【デイ・アフター・トゥモロー 2】 「デスゥゥウ!デェェーッス! (誰がこんなことしたんデスゥ? 私達が何したというんデェェーッス!)」 「テチィィィッ!(蛆チャァアアン!)」 「テェエエエ・・・・・・(蛆チャン・・・・・・)」 ひとしきり親子で泣いた後、少しずつ冷静さを取り戻した三匹は、蛆の死体を 避けるようにして水槽の端に集まって話し始めた。 『おかしいデス、飼い実装になれたのに人間の姿が見えないデス・・・』 『ニンゲンさん隠れてるテチ?』 『きっとニンゲンが蛆ちゃんを虐めたんテチ!でてこいテチ!』 『デェッ? そんなこと言ったらダメデスゥ!』 『ニンゲンさんに逆らったらワタチ達みんな殺されちゃうテチィイ!』 『テチィィーッ!』 最初にブチ切れたのは次女だった。水槽の壁をペチペチ叩いて苛立ちを表す。 実際のところ、蛆は少年の腕から落とされた時に母実装の尻に押し潰されて死 んだのだが、気絶していた彼女らがそれに気づくことはなかった。 『なんでここから先に行けないテチ? ワタチ達を閉じ込めるつもりテチ? ニンゲン! なにか言うテチ! 聞いてるテチ?』 事態の変化が次女の中で眠っていた糞蟲要素を開花させたようだった。こんな 狭いところに閉じ込めるなとアピールするように、壁に手をついたまま水槽の底 をぐるりと一周する。見上げると黒い空(水槽のフタ)があった。 『出れないテチ! 気の利かないニンゲンテ!』 『もうやめるテチィイ!』 賢い長女が次女の口を塞いだ。どこで人間が聞いているか分からない。せっかく 雨風をしのぎ、美味しい餌も食べられたというのに。蛆のことは残念だが全てを 失う愚は避けねば・・・・・・という判断は、次女に伝わることなく、次女は疲れ果て るまで暴れ続けた。 〜二日日〜 親子三匹は水槽の中で一日を過した。天井にあいた空気孔から隙間風が入るが、 それでも野ざらしの寒さに慣れた親子にとっては暖かく快適な場所だった。 だが、実装フードはすでになく、ペットボトルの水も飲みつくした。餌を取り に行こうにも頑丈な水槽はびくともせず、仔実装の倍以上ある親実装が手を伸ば しても、天井には手が届かない。 『ママー! おなかすいたテチィィ! ゴハン食べたいテチィ!!』 『だめデスゥ、どこにも出口がないデスゥ・・・・・・』 『ママ、ワタチをだっこしてテチ』 打開策を思いついたのは長女だった。親が限界まで伸ばした腕の先に立ち、 自身も思いっきり背伸びする。小さな腕はついに天井に触れた。 『お姉ちゃん頑張るテチ! 開けるテチィイーッ!』 『・・・・・・テェ〜〜〜〜〜・・・・・・ テチィィーーーーッ! テェエエ・・・・・・』 気合一閃! 全力で天井を押し上げる仔実装。しかしがっちりとロックされた 水槽の天井はびくともしなかった。幾度挑戦しても埒が開かなかった。焦るあまり、 仔実装は親の腕の上で足を滑らせてしまう。 『テッ?』 『デェスゥゥゥーッ!』 両腕を伸ばした体勢であったため、親実装は落下する我が仔を受け止めることが 出来なかった。ばしゃん、と、水風船を地面に叩きつけたような音がした。 『テッ・・・・・・テェェエ・・・・・・テェエーン!テェェエェェェーーーン!』 下半身が砕け散り、裂けた総排泄口から内臓が飛び散った。あまりの激痛に声を あげるのに時間がかかったが、下半身の感覚が消滅したことを知覚した瞬間から、 火がついたように大声で泣き叫びはじめた。 『デデテ、デスゥ、デスゥ・・・・・・オロロローン』 親実装はなすすべなく泣くばかりだった。抱き上げて慰めたいが、下手に動かせば 内臓が全て飛び出てしまう。いかに実装石といえど、中身を全て失えば死に至るのだ。 せめて治癒を早める方法だけでも・・・・・・。 『デスゥ・・・・・・そうです、私の娘のためデス・・・・・・デスゥウ!』 『テチィ? ママ・・・・・・ママー!?』 次女が叫ぶ。親実装は自ら腕を噛み千切り、溢れる血を傷ついた仔に飲ませ始めた。 同族食いをする実装石が力を増す例からも分かるとおり、実装石にとって実装石自身 の血肉は最大の栄養源となるのだ。 『これを飲んで元気になるデスゥ』 『テチィ・・・・・・ママごんめなさいテチ・・・・・・』 血を飲むたび、仔の痛みは消えていった。昨日食べた実装フードの栄養と、母の命 が実装石の持つ異常な回復力を機能させはじめたのだ。痛みが収まると、仔実装は動 くようになった両手で自らの涎掛けをひきちぎった。 『なにしてるデスゥ!?』 『ママが死んじゃうテチ・・・・・・だからこうするテチ・・・・・・』 仔はさっきまで自身の一部だった涎掛けで親の腕を縛り上げて止血した。 『ワタチはもう大丈夫テチ、心配かけてごめんなさいテチ!』 親の不安を払うようにつとめて明るい声で言うと、親はポロポロと涙を流した。 『オマエは私の宝デスゥ・・・・・・』 次女はその様子を水槽の端から不愉快そうに眺めていた。もともと、親から糞蟲 と看破され、間引かれる予定の仔だった。だが、寒波で他の姉妹が死んでいく中で、 糞蟲といえど「悲しいこと」にする訳にはいかなくなって今日まで捨てられずに きたのだ。皮肉にも姉妹の命を奪った寒波こそがこの次女の命を救っていたのだ。 (ママはいつもお姉ちゃんばかり可愛がるテチ・・・・・・) 空腹と苛立ち、どこにも逃げられないという極限状態が次女の糞蟲度を加速させ、 ただでさえ低い判断力をさらに奪っていった・・・・・・。 〜三日目〜 親実装が目を覚ましたのは昼頃だった。自ら噛み千切った腕は再生していたが、 そのために普段より多くの睡眠が必要だったのだ。 『デスゥ・・・・・・?』 長女の姿がなかった。先に起きていた次女に尋ねると、そっぽを向いて答えた。 『知らないテチ。ワタチが起きた時もういなかったテチ。きっとどっか行ったテチ』 『ここから出れるんデスゥ?』 『だから、知らないっていってるテチャャァ!』 苛立って大声で叫んだ次女は、思わず大きく口を開けてしまい、慌てて閉じた。 親はその不審な動きを見逃さなかった。食べるものは自分達の糞しかないはずなのに、 次女の歯に血肉のカスがこびりついていたように見えたのだ。 嫌な考えが頭の中を駆け巡る。 秋頃、生まれたばかりの時からすでに長女と次女は折り合いが悪かった。といっても、 賢く正しい長女に愚かで卑劣な次女が難癖をつけるパターンがほとんどだった。次女が それをやめたのは、単に寒波でそうするだけの体力がなくなっただけのことだった。 親実装は次女が糞蟲であることを思い出し、長女失踪の理由を悟りつつあった。 『・・・・・・何食べたんデスゥ・・・・・・?』 『ママ・・・・・・?』 『口をあけるデスゥ』 『いやテチ』 『デスゥ!』 親が次女の口を強引にこじ開けると、並んだ歯の奥に見慣れたものがあった。長女 の耳の先端だった。生まれる前、腹の中で姉妹に踏まれた状態だったために、仔実装 として生まれてからも折れたまま大きくなった耳だ。歯の隙間に挟まっていた。指の ない実装石には、ほじって出すことができず、口の中で溶けるまで我慢していたのだ。 『デスゥゥゥゥーーーーウウッ!!』 『痛いテチィィ! ママァーッ! ママァーッ!!』 『この糞蟲が! 私のカワイイ娘に! この! この!』 『ワタチもママの娘テチィィーッ! やめてテチ! やめてテチ! しんじゃうテチ!』 『オマエなんか私の娘じゃないデスゥ! 糞蟲デス! 死ぬデス! 死んであの仔を 私に返すデス! デシャャャァァーーーッ!』 パキン! 偽石の割れる音で親実装は我に返った。気がつけば、長女の姿を求めて次女の腹を引き 裂き、どこにいるのだとひとつひとつ内臓を取り外していた。消化されずに残っていた 長女の赤と緑の目玉を見つけ、まだ息のある次女の目の前でだきしめた瞬間、次女の頭 にあった偽石が砕け散ったのだ。 長女、次女、蛆・・・・・・ 我が仔らの血と肉で赤緑に汚れた水槽の床に座り込み、親実装はしばし呆然とした。 『デッ・・・・・・デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪』 突然、胎教歌を歌い出すと、自らの緑目をえぐりだし、長女の赤い目をそこにはめた。 両目が赤くなった親実装の腹がたちまちに膨らみ、総排泄孔の奥では凄まじい勢いで 細胞分裂が行われて仔の元となる蛆実装が沸き始めた。 『お前たちはカワイイかわいい私の仔デッス〜ン♪ 元気に産まれてくるデッス〜♪』 『この世にはおいしいものや楽しいことがいっぱいデッス〜♪』 親は次女の死体を食い始めた。すでに正気を失った親にためらいはなかった。腹の 中の仔が食べやすいように骨ごとバリバリと噛み砕いて嚥下すると、腹の中から、 「レフー♪」「おいしいレフー♪」「幸せいっぱいレフー」と嬉しそうな声がした。 『早く産まれてきて、ママと一緒にたのしいことばかりするデスゥ〜♪』 実装石にとってもっとも耐えられないことは孤独だった。長女の目を抜き取らない限り、 際限なく体力を消耗して死ぬまで仔を産み続ける事になるのだが、その苦しみさえも親に とっては孤独よりはるかにマシだった。生まれた仔の大半は他の姉妹や自分の食料とする ため「悲しいこと」になるだろうが、それでも構わないと思った。 『寒いことも怖いこともない、ママとオマエ達だけの楽園デッス〜ン♪』 『『『 レフ〜〜〜〜♪ 』』』 (dead end)
