実装石の日常 渡りⅡ 第2話
「助けてテチィ、先生ーーーーーーーーーーーー!」
先生実装の巣である木箱の前には、仔実装が2匹やって来ていた。
1匹は(公園ではさほど珍しくないが)靴を履いていない。
もう1匹はかなり痩せ、顔色も悪かった。
「……とりあえず、入るデス」
蓋を開けた先生実装は招き入れてやった。
「ママが帰って来ないテチャアア! おうちのゴハンはママのお姉ちゃんが持って行っちゃったテチ—!」
「私の姉妹までママを探しに行って帰って来ないテチィ!!!!」
2匹の話は要領を得ないものの、つまるところ一家は壊滅し巣から逃げ出してきたのだ。
それぞれ姉妹がいたが、道中ではぐれてしまっている。
この飢えた公園で、はぐれてしまった仔実装が生存している可能性はほぼゼロだと言えるが、それでも先生実装は2匹を励ます。
「お前たちの姉妹はきっと元気にしているデス。 まずはゴハンを食べるデス」
と言って貴重なエサを三姉妹とこの2匹に分け与えた。
軽く朝食を終えると、先生実装は外から施錠して木箱をあとにする。
残された仔実装も数が増えて不安も減ったのか賑やかだ。
考えがあって出掛けた先生実装だったが、めずらしく人間を見かけ、注視していると、どうも仔実装を捨てていくようだ。
男は必死になって抵抗している仔実装のリードをベンチに繋ぐと、何かを叫ぶ。
あちこちから、公園に住む野良実装が現れる。
男が立ち去ると、ものすごい勢いで取り残された仔実装に襲い掛かった。
あれでは即、餌であろう。
……いったい何を言ったデス
少し気になったが、ほかに用があるので先を急ぐ先生実装であった。
先生実装は慎重に廃棄されたダンボールを見て回る。
このところ餓死したり他の野良実装の襲撃を受けて、住むものがいないダンボールが増えてきている。
もっとも、まだ住めるようなものは、すぐに強者が占領しているのだが。
どんな野良実装も住めないほど破損したダンボールは、当然碌なものは残っていない。
だが幸運にも4つめで先生実装は見つけた。
風雨で腐りかけたダンボールの中から、灰色の巾着袋を拾い上げて、穴が開いていないか確認する。
薄汚れているが、破れてはいない。
先生実装は少し笑みを浮かべた。
収穫を携えて帰る先生実装、1匹でおどる仔実装がいた。
少し、気がおかしくなっているように見えるが、幸いにも近くに成体の姿はない。
いれば、とっくに食い殺されていただろう。
「お前、……どうしたデス」
先生実装を見上げ、仔実装はダンスをやめてぼそぼそと言う。
「捨てられたテチ」
「………………」
数秒、考えてから先生実装が告げる。
「良ければ、うちに来るデス?」
少し間をおいて、仔実装は嬉しそうに踊る。
仔の踊りを見て、先生実装も微笑した。
幸運に恵まれて思っていたよりも準備がはかどるので、先生実装の足取りは軽い。
もちろん養い始めた仔実装を考えれば、楽観できる要素は少ないけれども、準備ができないより遥かにマシである。
また先生実装に近づく姿があった、今度は成体なので彼女は素早く腰の棒を抜いて構えた。
「こんにちはデスゥ」
ややのんびりした挨拶をしてきた個体を見て、先生実装は警戒を解く。
「お久しぶりデス」
そういえばゴミ漁りで知り合ったこの個体と会うのは久しぶりであった。
知り合い実装は先生実装に尋ねた。
「この仔はどうしたデスゥ」
「親が死んだから私が面倒を見ることになったデス」
「そうかデスゥ」
と愛情深い知り合い実装は悲しげであったが、はっと知り合い実装が先生実装の顔を見る。
「公園がこんなになっちゃったデス、ひょっとしてもう……」
こくんとうなづく先生実装。
「今度ここを出るつもりデス、今会えて良かったデス」
少し躊躇ってから知り合い実装
「私たちも一緒に行きたいデス、もちろん食べ物は準備するデス」
「…………」
どうしたものか、と先生実装は沈黙する。
だがそれも数秒。
「数日後の日の出に公園の一番大きな入り口に集合デス。 間に合わなかったら先に行ってるデス、詳しくは今度話すデス」
うなづく知り合い実装、準備のため慌てて巣へ帰っていく。
それにしても公園の荒廃ぶりは凄まじい。
数日後、公園の状態を見回った先生実装は悲鳴を聞いて振り返った。
「そんなことないテチャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
仔実装の悲鳴で振り返ると、禿裸の仔実装が泣きながら、立ち去ろうとしている親実装に追いすがっていた。
「………………………………でも、でも私だけじゃ生きていけないテチ! 私だけじゃ公園で生きていけないテチャアッ!」
「自分のことは自分でなんとかしろデス」
「捨てないでテチャアア!!!」
仔は必死だった、親実装の足にしがみつく。
親実装は足手まといの仔実装に容赦なく殴打を浴びせ、そして足を折り曲げた。
「テヒャアアアアアアアアアアアアア———————————————————————!」
事情は分からないが、禿裸となった我が仔を捨てたようだ。
「私は悪くないテチャアア! 私だけじゃあ生きていけないテチ! 助けてテチィィ!」
命がけで訴える仔実装に背を向けたまま、親実装は折りたたんだダンボールを頭にのせ、家財を詰め込んだであろう
コンビニ袋を持って足早に立ち去っていく。
保護者を失った仔実装に、数匹の成体が互いにけん制しつつ、にじり寄っている。
先生実装は禿裸の仔実装を救おうとしたが、距離が離れすぎていた。
「ママァ! 捨てないで下さいテチィ!!!!!!!!」
哀れな声を聞きながら、先生実装は諦めて自分の住まいに足を向けた。
「テチャアアアアアアアアアアアア! ママ! ママ! 食べられちゃうテチ! 私食べられちゃうテチャ———————————————!!」
見回りを終えた先生実装が木箱に戻ってくると、茂みから小さな影が飛び出した。
「先生っ! 助けてレチ! 先生!」
親指実装が1匹、泣きながら走ってくる。
「お家に変な実装石がやってきたレチ! ママがやられちゃったレチィィィィィ!」
なだめて、親指も連れて木箱の前にやってくると、その前で座り込んでいる仔実装がいた。
「……先生」
「話は中で聞くデスゥ」
木箱の中で話を聞くと、待っていた仔実装もまた一家が壊滅したらしい。
待っていた仔実装は次女であったが、姉妹はただの1匹も今は生きてはいない、しゃがみ込んで号泣した。
「ママは優しかったテチィィ! 悲しい事された4女ちゃんも、みんなも優しかったテチィ! なんでみんな死んじゃうテチャアアアアアアアアア!」
泣かせてから、先生実装が次女を撫でてやる。
「しょうがないことデス、これはしょうがないことデス。 お前は賢いから、いつかわかるはずデス」
他の仔実装たちも涙目で見守っていた。
こんこん、と外から叩く音がする。
木箱の中の空気が緊張するが、先生実装は棒をそっと隙間から外を見る。
あちこちに血がついた仔実装が1匹、たたずんでいた。
よく見ると右腕がほとんど食いちぎられている。
「しっかりするデス」
慌てて先生実装が蓋を開けて仔実装を中に引きずり込む。
「お姉ちゃん達が5女と6女に噛み付いたテチ……。
止めようとしたら……。
止めようとしたら、私の腕に噛み付いて食いちぎったテチ。
私の腕を食べたテチ、お姉ちゃんがあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
仔実装の悲鳴が尾を引いた。
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いくらか落ち着いてから、先生実装は保護した仔実装たちを見渡す。
三姉妹(本来の家族では3女・4女・5女)。
体の弱い仔実装(彼女は一家では長女であった)。
靴なし。
外出先で合流した、踊っていた仔実装。
この中で唯一の親指実装。
次女。
右腕を食いちぎられたウデナシ。
総勢9匹を前に、先生実装が語る。
「明日の朝、私たちはこの公園を出て、よその公園へお引越しするデス」
どよめく仔実装たちは、驚いて仲間と声を交わす。
「よその公園って何テチ? ほかにも公園があるテチ?!」
「公園からあまり外に行くと、大きな大きな崖があってそれ以上行けないテチ! お日様やお星様が昇って来る崖に落ちちゃうテチ!」
先生実装がじろり、と一瞥するとざわめきは収まった。
「お前たちも分かってると思うけど、一応説明するデス。
もうこの公園で生きていくのは無理デス。
ゴハンをくれるニンゲンさんがほとんどいなくなったデス。
ゴハンを探そうにも仲間が多すぎて全然足りないデス。
ゴハンが無ければお前たちもお腹が減って死ぬしかないデス……。」
さすがに家族が崩壊した者ばかり、静かに聞き入った。
「だからよその公園で私たちはやり直すデス。
途中危ないことが多いデス、歩けなくなったりしたら私は置いていくしかないデス。
でも歩いていけば、いつかは私たちは、私たちはたどり着けるデス!」
先生実装も声が大きくなった。
「私たちは家族ではないデス、でも協力すればきっとたどり着けるデス!」
その日の夕食はたっぷりと出た。
持ち運べない分を、ここでたっぷりと腹に収め、明日へ備えようと言うのだ。
先生実装は巾着にエサ、水の入ったペットボトル、タオルなどを入れる。
木箱を除けば財産すべてを押し込んだ。
頑丈な袋が入手できねば、いくらかは捨てていくところであった。
虎の子の貴重な物品も入れ、忘れ物がないか入念に確認した。
「先生、教えて欲しいことがあるテチ」
「どうしたデス、明日は早いデス、はやく寝るデス」
「どうして、私たちを連れて行ってくれるテチ? きっと私たちは足手まといにしかならないテチ」
比較的賢い次女の質問に、先生実装は首を横に振る。
「つまらないことを聞くなデス」
「それに先生は賢すぎるテチ、とっても不思議テチ」
「新しい公園についたら教えてあげるデス—」
「……………………」
質問を諦めて、次女は他の仔に混じって床に転がる。
「……私はただの落ちこぼれデスゥ」
……彼女らは久しぶりの満腹感に浸りながら、公園での最後の一夜を過ごした。
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先生実装は念入りに外をうかがってから、木箱の蓋を開けた。
「よし、全員行くデスゥ」
翌日の日の出前、まだ空気も冷たく暗い中、一行はそっと木箱を後にした。
先生実装は巾着を肩にかけ、腰には頼りの枝をぶら下げている。
仔実装は、親指にいたるまで全員に小さな袋を首の後ろに結び付けていた。
幾ばくかのエサをそれぞれに持たせて、はぐれたりしたとき助かるよう先生実装が配慮したのだった。
(もっとも、はぐれてしまえば助かる見込みはほとんど無いが)
一行が公園出口を目指してそっと行進していくと、右側でうごめく塊があった。
さっと先頭を行く先生実装が立ち止まって身構え、仔実装たちはその後ろに回って震えた。
暗闇の中で目を凝らすと、成体の実装石が1匹、仔実装を抱きかかえている。
あちこち擦りむけ、傷だらけの姿になんらかの攻撃を受けたのは間違いない。
「……なにかあったデス?」
この公園では何もかも油断できない。
念のため先生実装が聞くと、座り込んでいた親実装。
「いきなり、お家が襲われたデスゥ。何匹もいたから、逃げるのが、精一杯だったデス」
口を動かすのも辛そうだ。
いよいよ公園の状況は悪化している、と先生実装は感じた。
「そっちはこんな時にどこ行くデスゥ」
「私たちは違う公園へ行くレチ!」
親指が自慢げに応えた。シ、と次女が口を押さえる。
しばらく動かなかった親実装、先生実装を見つめる。
「一緒に連れて行って欲しいデス」
「怪我しているのは連れて行けないデス」
にべもない。
足手まといの怪我を負った実装石を連れて行けるわけもないのだ。
もっとも、怪我をしていなければ、それはそれで厄介だが。
「でも」
「だめなものはだめデス」
成体実装は抱え込んだ我が仔を眺めて
「せめて、うちの仔だけでも連れて行って欲しいデス」
「…………」
「いい仔デス! 絶対迷惑にならないデスゥ」
親実装は涙を流していた。
「お願いデス! ここにいたらもう助からないデスゥ」
襲撃で我が家を失い親もこの有様では、そのとおりだろう。
どこからか、小さな包みを取り出す親実装。
「コンペイトウが入ってるデス! これをあげるから、この仔を連れて行って欲しいデス。 お願いデス……」
静かに親実装を見つめる先生実装。
「コンペイトウ! コンペイトウレチャアアアアア!」
騒ぐ親指を靴なしと次女が押さえている。
「わかった、デス。 連れて行くデス。 ただし」
礼を言おうとする親実装を制して先生実装は言う。
「私も全力を尽くすけど、絶対によその公園まで連れて行けるとは限らないデス。 それでも良いデス?」
親実装はうなづきながら包みを差し出す。 そして、仔実装に語りかけた。
「今からこのオバチャンの言う事を良い仔にして、ちゃんと聞くデスゥ」
「……ママは? ママと離れたくないテチ…」
「ママはここでお留守番デス。 でもお前が良い仔にしていれば、必ず、必ず会いに行くデス。約束するデス。 それと」
親実装はコンペイトウのほかに、唯一持ち出せた財産を取り出して我が仔に手渡した。
おそらく、生涯最後の贈り物になるでだろう、小さな櫛(くし)がひとつ。
「大切な大切な櫛も持っていくデス」
一行は親仔のやり取りを静かに見守っていた。
「ママァ」
「さ、もう行くデス。 ママはお前と一緒に居て、とてもとっても楽しかったデスー。 まるで夢のような時間だったデス」
親実装が抱きかかえていた仔実装を、先生実装が受け取ると頭巾がずれて禿の仔だと分かる。
過酷な環境下とはいえ、なにか惨い目にあったのだろう。
「……ママァ」
涙声なのもかまわず、先生実装は抱え上げる。
「……では行くデス」
「よろしくお願いするデス」
「ママァーーー」
「良い仔にしてるデス、良い仔して長生きして欲しいデス。 ママの願いはそれだけデス」
「マァマァ!」
禿仔実装は懸命に手足を振り回す。
「嫌テチ、一緒、一緒テチィーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「元気にしているデスー」
親仔を引き剥がすように、先生実装は歩き出す。
自分たちの足音と禿仔実装がぐずる泣き声だけが闇に溶けていく。
「デジャアアアアアアアアアア! さっきの奴がいたデス!」
叫び声に、先生実装は緊張したが、それはさっきの親実装が居たあたりからだ。
もうかなり離れているし、暗闇で状況がよく分からない。
「デジャアアアアアアアアアア! 仔実装を寄越せデスゥ!! 私がおいしく食ってやるデス!」
「デジャアアアアア———!! お前も旨そうデスゥゥゥ!」
複数の野良実装が親実装に襲い掛かっているようだ。
「ママァ? マーーーーーーーーーーーマーーーー!」
禿仔実装が親の危険を察して泣き出す。
ためらいが無かったわけではない、だが先生実装は駆け出して、仔実装たちがあとに続いた。
急いで戻れば、親実装を救える可能性はある。
だが一時的に助けても、あの怪我では公園では絶対生き残れないし、渡りなど論外だ。
ならば、襲撃してきた集団を足止めしてくれている間に、この場から一行を連れて脱するのが上策だった。
負傷した親実装に、襲撃集団は噛みつき、石を投げつけ、大きなペットボトルで殴りかかり、ずたずたにしていく。
「ママーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
我が仔の悲痛な叫び声は親実装に届いたであろうか。
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息を乱しながら一行が公園の入り口にたどり着くと、うっすらと空が明るくなってきた。
闇夜が薄まり、街並みがにじむように見えてくる。
生まれてはじめて見る光景に禿仔実装以外声もなく見とれていた。
先生実装は仔実装を降ろすと周囲に異常が無いか、見渡している。彼女に自然現象に見とれる余裕はなかった。
別段、野良実装の姿は無いが、真新しいダンボールが見えたので近づいてみる。
「…………………」
中には食いちぎられた仔実装の死骸が三体分(恐らく)あった。
近くには逃げようとして食われたのか、親実装らしい死骸もある。
(……多分捨てられたデス)
飼い実装が今の公園に捨てられて、1日とて生き残れるわけはないのだ。
仔は食われ、親実装も服を奪われている。
先生実装は悲劇だと思いながらも涙さえ流さない自分に気づいた。
だがそれに対して感慨は無い。
公園では飼い実装が捨てられるのも、例外を除けば、すぐに殺されるのも日常茶飯事である。
野良実装がそんなことでいちいち感傷いては、生きてはいけないのだ。
しばらくすると連絡してあった知り合い実装が、膨らんだコンビニ袋をぶら下げてやって来た。
後ろには仔実装が5匹もいる。
続く