シ・カ・エ・シ 男はその人間が離れた隙にそれにそっと近づき、手にしていたスプレーを吹き付け、素早く袋に押し込んだ。 黒い袋はピンクのそれが押し込まれているとは容易には判らなかった。 人目を避け、素早くその公園から遠ざかる。 後ろで呼び声が聞こえていた。 「マリー、マリー。何処に行ったんだい? マリー」 数日後、男の家のチャイムが鳴る。 男が出ると、相手は近所の愛護派の双葉とか言う男だった。 時々散歩中に会って、挨拶と軽い社交辞令敵な会話を交わす程度の付き合いだ。 「家のマリーが一昨日の昼前、公園からいなくなったんです。もしかして此方にお邪魔していませんでしょうか?」 「マリーちゃんですか? いつも一緒に散歩してた。いいえ家には来てませんねぇ。何しろ僕はマリーちゃんに嫌われてますからね」 「そうですか。もし、見かけたら教えて頂けまんか?」 そう言って双葉は帰って行った。 部屋に戻った男は笑いを堪えきれない。 「クックックッ、あーはっはっは。ざまあ見やがれ糞愛護派。でももっと酷い目に遭わせてやる。覚悟しとけ」 そう言って男は床に転がっている、ピンクのそれを思いっきり蹴飛ばした。 「デッギャッ」 「何時まで寝てんだ、この糞蟲ッ」 男は虐待派だった。 仕事や私生活で嫌な事が有ったりすると、公園に出かけては手当たり次第に実装を殺しまくった。 マリーは本能的に感じ取ったのだろう、男を酷く警戒していた。 その事が男を苛つかせ、又双葉とマリーが幸せそうに歩いているのを見ると訳もなく殺意が湧いて来てついに今回の凶行に及んだのである。 男はピンクのそれを再び袋に押し込み、笑顔を浮かべ家を出た。 双葉が家に帰ると留守電のランプが点滅していた。 慌てて再生する。 「もしもし、双葉さんでしょうか。私、保健所の者ですが・・・」 案内されて双葉がその部屋に入ると檻の向こうにマリーが居た。 しかし、双葉を見ると歯を剥き出し大声で威嚇してくる。 「信じられません、確かに服とあの首輪はマリーの物ですが・・・」 「しかしですね、頭と胴体に埋め込んである発信器は、役所に登録してある物と完全に一致しています。 あれは間違いなくお宅のマリーちゃんですよ」 「でも、たった1日や2日であんなになって、しかも人を襲っただなんて信じられません」 「信じるも何も、現に飼い実装5匹が食い殺され、学校帰りの児童3人、それにウチの職員2人が咬まれてるんです。 離れている時に何か有ったんじゃないですか? 兎に角、傷害を起こした実装は処分が原則ですから。 飼い主さんから渡しますか? この薬」 檻の中で威嚇の声を上げ、暴れ回るマリーに双葉が金平糖に見せかけた実装コロリを差し出す。 だがマリーは一瞥しただけで受け取ろうとしない。 それどころか益々悪態を付いて暴れ回る。 「そんな毒になんか騙されないデスゥ。食いモンならステーキを持って来いデスゥ」 結局、スプレー式実装ネムリで眠らされた後、毒薬を注射されマリーは死んだ。 双葉はマリーの死体を調べると、とある場所へと連絡を取った。 男は机の上の偽石が割れたのを見て思わず叫んだ。 そして笑う。 その偽石は保健所で死んだマリーの体内に一反入れられた後、性格が入れ替わった時点で再び取り出した物だ。 手間を掛けたが、その分成功した時の喜びは大きい。 足下では鎖に繋がれた獣実装が震えている。 その怯え様が気に障り、拳で何度も殴りつける。 「デギャッ デギャッ デギッ デジャァァァーッ」 泣き叫び逃げ惑う獣実装。 「そろそろ、こっちもトドメを刺してやろうか? マリーちゃん」 部屋の隅に立て掛けてあったバールの様な物に手を掛けた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。 舌打ちをしながら、玄関を開けると2人の背広姿の男と双葉が立っていた。 背広の一人が書類を取り出し、男に読むよう指示する。 「捜査令状。? 何です、これ」 「見ての通りです。これからお宅を調べさせて貰いますよ」 男の問いに答え、背広の刑事は双葉を伴って家の中に入っていく。 男の制止も空しく、双葉たちは獣実装を見つけた。 獣実装が泣きながら双葉に駆け寄って来るとズボンにしがみつき泣きじゃくる。 「デジャァー、デズァァッ、デェック、デェック、デェェェーン」 双葉が獣実装の偽石の有る辺りに携帯の様な物をかざした。 ピーピーピー 機械音が鳴り渡った。 「間違い有りません。こいつの中に有るのがマリーの偽石です」 「実装石虐待、器物損壊、実装を使用しての傷害。実装規制法に基づき逮捕します」 男の手に冷たい金属の感触、ガチャリという音と圧迫感。手錠が掛けられた。 男は懲役5年の刑となった。 「ご主人様ァ、此処から出たいデッスゥ」 部屋に作られた檻の中からマリーとなった獣実装がごねる。 「まだそんな事言うのかい? マリー」 双葉が冷たい笑みを浮かべ其れを手にする。 「デピッ」 叫び声を上げマリーが隅の法へ逃げる。 手にしたのは靴下、中には粘土。砂だと処理に困るが粘土なら何かの形にしてしまえば疑われない。 しかも砂より硬いため痛みは大きい。 鎖で引き寄せられたマリーの肩口に降り下ろされた。 多少残っても実装ならばすぐに消える。 こうして双葉はマリーには躾と言いながら虐待を加えてきた。 もともとマリーは躾を受けて買われてきた個体だ。 変に増長する事も無く、我が儘を言わない賢さが有った。少々忘れっぽいが。 男がマリーを狙っている事に直ぐに気付いた。 目を見て判る。自分と同じ虐待派。 しかし、彼の虐待はむしろ虐殺であった。 後先考えずに殺しまくる。 気が済むとそのまま帰ってしまう。公園に居る全ての実装を殺しておきながら、後は同族食いが片づけるだろうと放置していく。 結果、腐敗した実装を保健所やボランティアが片づける事になる。 しかも飼われている物にも平気で手を出した。 周囲の虐待派からは似非虐待派として嫌われていた。 その為、保険としてマリーの偽石に極小の発信器を取り付けておいたのだ。 しかし、まさか偽石のすり替えを行うとは思わなかった。 保健所で死んだマリーの死体からは反応が無かった為、偽石のすり替えに気付いて直ちに実装犯罪課へ連絡したのだった。 獣実装となって耐久力の上がったマリーをどう「躾」てやろうか。 笑いが止まらない双葉だった。 終わり
