時間よ・・・ 母親は見ていた 禿裸にされ、俯せになった体を人間の足で押さえられながら。 燃えさかる炎に生きたまま焼かれ、死んでいく我が仔を。 1匹は既に骨が露出していて、動かない。 1匹は皮膚が焼け落ちていて、内蔵や筋肉が露出していた。焼けた喉からかすかに声が聞こえる。 1匹は服や髪に火が回って、熱さと痛み、恐怖から必死で母親に救いの悲鳴を上げている。 母親には見えないが、自分を踏みつけている人間の手に握られた1匹が苦痛から悲鳴をあげている。 どうして? 何故? 自分たちが何をしたのだろう? 生まれた時から母親に厳しく躾られた。 人間のゴミ捨て場を荒らす事はしない。 落ちている物や草や木の実、そういった物しか口にしていない。 人間に媚びる事もしない。 髪や服も毎日のように洗い、体も常に綺麗にしてきた。 人間に関わってはいけない。 自分たちだけで生きていけ。 そんな母親の教えを守り、今日まで生きてきた。 なのに・・・、なのに・・・。 そう、理由は人間の横にいるあの糞蟲のせいだ。 仔たちが生まれてすぐに、自分が受けた躾を仔たちにしてきた。 公園のトイレで12匹を出産、直後に長女は勝手に外に出ていき同属に食べられた。 三女と五女は乱入してきた同属に何の疑いもなく母親の警告を無視して近づき、八女と末っ子は家へ戻る途中で同じように母親の忠告を無視して離れ、襲われた。 次女は栄養不足で死んだ。 六女はあまりに我が儘で、乱暴だったので残りの仔たちの前で悲しい事をした。 母の言う事を聞かない仔は死んでいった姉妹たちの様になる。そう母親は残った仔たちに言い聞かせた。 残った仔たちは優しく、賢い。 母親が餌を探しに出掛けている間も大人しくしている。 でも、そられは見せかけだった。 母親は七女や九女が良く小さな傷や痣を作っているのに気が付いていた。 小さな仔同士、喧嘩でもしているのかと思った。 四女がいつもお腹を空かせている。 餌は5匹の仔に均等に与えている筈。なのに四女はいつもお腹が鳴っていた。 その日の朝、十女が冷たくなっていた。 服の下は痣だらけだった。 何処かでチププッという笑い声がしたのを母親は聞き逃さなかった。 誰がこんな事をした、と言う母親の詰問に仔たちは一斉に十一女を見た。 濡れ衣デチィーと叫んで十一女は家を飛び出していってしまった。 餌を横取りする。 些細な事で殴る蹴るの暴行を加える。 母親の気付かなかった悪事が暴露されていった。 母親はすぐに十一女を探しに出た。 狡賢い仔だ。 何かをしでかし、自分1匹だけが酷い目に遭うのならそれは天罰と言うもの。しかたがない。 しかし、それが母親も含め残った仔たちにまで類が及ぶとなれば話は別だ。 公園内にその姿は見えなかった。 仔実装の足だ、そう遠くへ行ける筈が無い。 ふと、家の方から悲鳴が聞こえた気がした。 嫌な予感。 母親は急いで家へ戻る。 偶然手に入れた、頑丈な木で出来た箱の家。しかも扉には鍵がかけられるようになっている。 何度か同属たちに発見され襲われても、びくともしなかった家。それを立木の側の草むらの中に苦心して隠れるように置いた。 度重なる駆除からも逃れてきた。 出入りするところを見られない限り見つけるのは難しい筈。 まさか。まさか。 不安は的中した。 家の側には人間。 四女が禿裸にされ手足を千切られていた。 「テジャァーーーッ テジッ テジィッ テェェーーッ」 思わず飛び出し、人間に威嚇する。 だが、一瞬にして側の立木に叩き付けられた。 気がついた時、母親は俯せにされていた。 四女は既に意識が朦朧とした状態で家の中に放り込まれていた。 「いやぁ、気がつかなかったぜ。こんなとこに巣があったとはな。それに賢くて愛情ある親子か。ったく反吐がでるぜ」 そう言って人間は母親の服を剥ぎ、髪を毟った。 「デギャアアアアッ! デェック デェック デェェェェェーンッ」 服と髪を失い、泣き叫ぶ母親。 母親の服や髪が家に放り込まれ、火がつけられた。 「テジーーーーーッ」 四女の悲鳴が上がる。 「デジャァーッ」 我が仔を助けようと手足で近づこうとするが人間の足で押さえこまれた。 火の勢いが激しくなる家に両手を千切られた九女が、ついで七女が放り込まれる。 「テジャッ テジャッ テジィィーーーッ」 「テチャッ テッ テッ チュァッ チュァァァーーッ」 放り込まれた衝撃で脚を潰され身動きの出来ない2匹を火が包み込む。 そして母親は気付いた。 人間の側にいる十一女に。 あろう事か、袋を抱えて中から金平糖を出して舐めていた。 そうか、此奴はそんな物と引き替えに家族を売ったのか。 母親は理解した。そうでなければこんな事には。 十一女は金平糖の甘い感触に酔いしれている。 生きたまま焼かれていく姉妹たちの悲鳴がまた、心地よい。 「チププッ チププッ」 思わず笑いが込み上げてくる。 いつも口うるさい。 餌もロクに寄越さない。しかも不味い。 でも、体格から見て仔である自分ではとてもかなわない。 鬱憤を他の姉妹にぶつける。 母親の隙を見て餌を横取りし、注意した姉妹には制裁。 でも、夕べはやりすぎた。 腹を思い切り蹴飛ばしたのが不味かったらしい。 姉妹たちの冷たい視線と母親の殺気を感じて急いで飛び出した。 あてはあった。 いつもこの位の時間、すぐ近くに来て同属を殺している人間がいるのを覚えていたのだ。 後は簡単だ。 家まで連れて行けば、憎い母親や気に障る姉妹たちを片づけてくれるだろう。 もっとも、その後で人間が自分を虐待目的で連れ帰るなど知るよしもない。 思惑どおりに事が運んだだけではなく、金平糖を袋ごと手にする事が出来た十一女は生涯で唯一の至福の時を満喫していた。 自分に助けを求める悲鳴を上げながら死んでいく娘たちを見ながら、何も出来ない。 せめて、せめて何かをしてあげたい。 もし、もしも時間を止める事ができたら。 ほんの少しの間だけでも良い。 母親は願った。 異変が起こる。 物音が全くしなくなった。 驚いた母親が目をこらす。 全てが止まっていた。 火は我が仔を包んだ状態で、煙が立ち上ったそのままの形で。 落ちてきた木の葉が空中で浮いていた。 願いが叶った。 母親は神様に感謝し、抜けだそうとした。 が、動かない。 手足はおろか、首さえ回せない。 音も聞こえ無ければ、声を出す事すらできなかった。 動かせるのは両目のみだった。 そんな・・・。そんな・・・。 せっかく時間が止まったのに、何も出来ないなんて。 深い絶望感。 賢いゆえに悟ってしまった。 止まってしまった時間の中で何も出来ず、死ぬ事も出来ない。 そんな状態が、再び時間が動きだすまで続く事を。 死に行く我が仔を見つめ、糞蟲を呪い、人間を恨み続けるしかない 母親はただ、見つめていた。 ただ見つめるだけだった。 終わり あとがき 以前から時間関係のネタを考えていたのですが、「時間の狭間に落ちる」を拝見して今回、形にしてみました。
