2010年 五月のとある日曜日 名も無き実装石は、ふと目を覚ました。 白い綿雲の浮かんだ青い空が見える。太陽の位置はあまり高くはない。暑くもなく寒く もない心地よい気温。風は吹いていない。静かな朝だった。 「デス?」 実装石はその場に身体を起こす。 自分が住んでいる公園の一角。剥き出しの地面の上に、実装石は仰向けに寝ていた。昨 日は自分の段ボールハウスで眠ったはず。だというのに、気がつけば地面の上に寝ころん でいる。なぜこんな場所に寝ていたのか、実装石には皆目心当たりがなかった。移動した 記憶はないし、寝ている間に寝ぼけて移動することないだろう。 「デースゥ……」 難しい事は考えても分からない。 実装石はそう判断して立ち上がった。 実装服についた埃を手で払ってから、ため息をついて歩き出す。静かな公園。いつもな ら、人間の声やら実装石の鳴き声などが聞こえるのだが、今日はやけに静かだった。 少し歩いた所に、その実装石のねぐらがある。 ツツジの茂みの奥に隠された段ボール箱。人目に付かない場所に住処を作る程度の知能 はある。いつも通り、ツツジの隙間から自分の家に戻ろうとして。 「デ?」 実装石は動きを止めた。 身体が進まない。 いつもなら細い枝をかき分け、茂みの奥に行けるのだが、なぜか見えない壁があるかの ように阻まれてしまう。一分ほど頑張ってみたが、効果は無し。 実装石は数歩下がり。 「デッスー!」 助走を付けて、茂みへと突っ込んだ。 だが、なすすべ無く跳ね返されて仰向けに倒れる。不思議と痛みは無かった。さきほど のように、青い空と白い綿雲が見える。ついでに、木の枝も見えた。倒れている場所は木 陰になっているため、太陽は見えない。 そこで癇癪を起こすほど、この実装石は短気でもなかった。 「デス……」 実装石は再び起き上がり、隙間に近づく。 見えない壁に触るように右手を差し出してみた。しかし、予想に反して右手は奥へと進 むことが出来る。見えない何かを探すように手を動かしてから。 「デ……?」 その正体らしきものに触れた。 細いツツジの枝。普段は身体で押すだけで簡単に曲がる木の枝である。しかし、今はま るで鋼鉄のように硬くなっている。手触りはツツジの枝なのだが、細い枝一本を両手で力 一杯押しても微動だにしない。 同じように他の枝を触っても、全く動かなかった。 曲がらないし、折れもしない。 「デス……デェ?」 枝から伸びた葉っぱの一枚に触れる。薄く簡単に曲がるはずの葉っぱも、手触りは葉っ ぱのまま異様に硬くなっていた。押しても引っ張っても折れず曲がることもない。むしろ うと力を加えても、枝から離れない。 実装石は再び後ろに下がった。 普段何の気無しに通っている茂みの隙間。そこに伸びている数本の細い枝が、実装石の 侵入を完全に阻んでいる。理由は分からないが、細い枝が凄まじく硬くなっていた。 「デェェ……」 この隙間から奥に進むのは無理らしい。 家に戻るのは、とりあえず諦める。 色々試して喉が渇いた——ような気がしたので、実装石は水場である池の方へと足を進 めた。静かな、いや全く何も聞こえない公園。人の声や実装石の鳴き声が聞こえないのは まだ辛うじて分かる。 しかし、木々のざわめきや鳥のさえずり、遠くから聞こえる街の喧噪。それらも全く聞 こえない。怖いくらいに無音の世界。 「………デ……」 今になって、実装石は周囲の異常さを感じ取っていた。 ふと視界の片隅に見えた別の実装石。奇妙な状況の中で同族の姿を見つけ、実装石は安 堵の息を吐き出した。一匹でいるより、誰かといる方が安心できる。 「デッスー!」 右手を振って、そちらへと走り出した。 が。 「デゴッ!」 不意に顔に衝撃を受けて、実装石は仰向けに転倒する。三度目だろう。青い空と白い雲 と太陽を見上げるのは。痛みは無いが、いきなりの一撃に思考が混乱していた。 上半身だけ起こして、周囲を見回すと—— 「デー……?」 蝶々が一匹飛んでいる。 飛んでいたというか、空中にあった。 白い羽を持ついわゆるモンシロチョウである。それが、何かに固定されたように空中に 留まっていた。羽ばたいている途中の姿のまま。顔にぶつかったのは、その蝶だろう。自 分からぶつかったと言うべきか。 「デスー、デスゥ?」 起き上がった実装石は蝶に触れた。 さっき触ったツツジの枝と変わらない。羽ばたきの形のまま、鋼鉄のように硬くなって いる。押しても引いても動かず、叩いても羽の一枚、触角の一本すらもげない。前後左右 上下に手を入れてみても、蝶を空中に固定している糸などはなかった。 「デェ……」 訳が分からず、実装石は首を傾げた。 「デ!」 視界の端にあった同族のことを思い出す。 蝶のことはひとまず無視して、実装石は走り出した。大した距離でもないため、すぐに 同族の元へとたどり着く。 「デスー」 そこには成体実装石一匹に仔実装三匹、あと蛆実装が一匹いた。 成体実装石は左手に何かの草を持って、右手を持ち上げている。その前には仔実装三匹 と、蛆実装が並んでいた。何かを教えている最中らしい。もっとも、話を聞いているのは 仔実装二匹で、残りの一匹はよそ見をしている。蛆実装は言わずもがな。 「デースゥデスデス、デスッデデデースゥ!」 実装石は親子に駆け寄り、両手を振り回して大声で捲し立てる。公園がおかしくなって いること、木の枝や蝶がまるで鉄のように固まっていること、全く音が聞こえないこと、 とにかく何もかもが異常なことを。 しかし、ほどなく実装石は気づく。 この親子も固まっていた。 口を閉じ一分ほど見ていても、全く動かない。 「デスデースデースッ!」 親実装の真正面に移動した実装石は、その両肩を掴み前後に思い切り揺さぶった。気絶 した同族を起こすように。しかし、親実装は左手に草を持って、右手を持ち上げた姿勢の まま、微動だにしなかった。さっきの木の枝や蝶と同じ。 「デッス! デッス! デッス!」 両頬を何度も殴っても反応無し。 逆に殴った自分の手が、親実装の頬に跳ね返されてしまう。殴った感触と腕に返ってく る衝撃はあるものの、不思議と痛みはなかった。 「デーッ」 少し癇癪を起こし、後ろにいた仔実装を思い切り蹴るが、逆に自分の足が弾かれてしま う。何度か同じように蹴っても結果は同じ。さながら地面に深く打ち込まれた杭のように、 仔実装は動かない。 「デッス!」 実装石は地面を蹴って跳び上がり、蛆実装の上に右足だけで着地した。 儚い、チリィとまで表現されるほど脆い蛆実装。成体実装石に思い切り踏まれたら、 抵抗すら無く弾け散る。 しかし、実装石の足裏にかかった感触は別のものだった。 「デォ……」 細長い小石でも踏んづけたような感触とともに、バランスを崩し倒れる。 地面にぶつけた顔をさすりつつ振り向くと、蛆実装は変わらず地面に這っていた。足に 感じたのは蛆実装を踏んづけた感触なのだろう。 「デースッ!」 地面を叩いて跳ね起き、再び踏みつけを行うも、同じ結果に終わっただけだった。親実 装一匹に子実装三匹、蛆実装一匹。一番最初に見つけた時と変わらぬ姿である。 この親子も木の枝や蝶と同じように停止していた。 「デ……」 実装石は諦めたように首を横に振る。 振り返ることもなく、その場を後にした。 「デスゥ」 途中何度か小枝に道を阻まれたり、地面近くの綿埃に躓いたりしたが、実装石は無事に 水場にたどり着くことができた。 公園の片隅にある人工の小川。深いところでも、水深は二十センチにも満たない。近く にある河川から水を引いたものである。公園が作られた当初は、子供が水遊びをするため などに作られたが、今は実装石の水飲み場と化していた。 『ここの水は飲めません』 古ぼけた看板が立っている。 人間の文字を読めない実装石には、無意味なものだった。 「デス……」 見ると実装石が一匹、川縁に四つん這いになって水面に口を付けて水を飲んでいる。そ の横には水筒代わりのペットボトルが置かれていた。 そして、ここに来る途中見かけた同族と同じく、彫像のように固まって動かない。声を かけても触っても殴っても蹴っても結果は同じだろうと、実装石は無視した。 実装石もその同族同様水を飲もうと、四つん這いになって水面に顔を付け。 「デッ」 弾かれた。 咄嗟に水面を見つめる。 本来なら流れているはずの小川。その水面が、木の枝や蝶、他の同族のように固まって いた。流れによってできた細波が、その形のまま停止している。 「デェ、デスゥ……?」 改めて水面を手で触ってみると、ガラスのように硬い。 水でありながら、それは水でなくなっていた。 その場に立ち上がり、実装石は思い切って小川の上に足を進める。 不安とは裏腹に、いや不安通りと表現する方が正しいだろう。硬く停止した水面は、問 題なく歩くことができた。水面特有の凹凸があって歩きにくいが、足が沈むこともない。 走っても跳んでも、水面が揺らぐことはない。 「デェェスゥ……」 水面を歩くという普通の生き物では不可能な体験に、実装石は素直に感心していた。 だが、ほどなく水が飲めないことを思い出す。 自分の喉に手を当てた。 「デスゥ?」 落ち着いてみると、喉も乾いていない。さっきは異常な事態に遭遇した現実逃避として 喉の渇きを感じたような気がする。気がしただけで、実際に喉の渇きはない。ならば、し ばらく水は飲まなくとも構わないだろう。 そう現実逃避して、実装石は水場を後にした。 それから公園を回ってみても何も変わらない。 全てが停止している。 偉そうに下っ端に怒鳴っている公園のボス実装石、木から落ちている途中の木の葉、生 ゴミを食べている親子、空中に固定されているカラス、公園の片隅にひっそりと居を構え た賢い実装石、地面に落ちた何かをついばんでいるスズメ、親とはぐれて泣きながら歩い ている仔実装、それを背後から捕まえようとしている成体実装石。 何もかもが止まっていた。声を掛けても叩いても、何の反応もない。 「デェスゥ……」 この公園は無理と判断し、実装石は街に出ようとした。 そこで、あるものを見つけた。 「デス!」 公園の裏口付近。 若い男の後ろ姿が目に入る。男は袋を持って、その中身を地面に撒いていた。五匹の実 装石が男の近くに群がり、地面に落ちているものを拾って口に入れている。その実装石た ちは例外なく至福の表情を見せていた。 金平糖である。 「デス、デェェスゥッ!」 考えるよりも前に、実装石は突進していた。 若い男も金平糖を食べている同族も、他と同じように停止している。滅多に食べられな い金平糖が、無防備状態であるのだ。それを無視できる実装石はそう多くない。 その大多数に含まれる実装石は、調度口の位置辺りに浮かんでいた金平糖へと迷わず飛 びついた。口を開けて、金平糖へとかじりつく。 「デッス〜ン……デェ、デ?」 予想していた甘みはなかった。 しかも予想外な異物感が口にある。舌を動かしてみると、それはトゲトゲのある丸い粒 だった。金平糖が口の中に浮かんでいる。右に動くと金平糖が左の頬を押し、左に動くと 金平糖が右の頬を押した。屈もうとすると、金平糖が口の上側に引っかかる。 舌で舐めても甘さはなく、噛んでも歯が弾かれた。金平糖なのに、金平糖として味わう ことができない。まるで小石を口にしているようである 実装石は口を開き、後ろに下がって金平糖を吐き出した。 「デー……」 未練がましく金平糖を見つめてから、ふと目を上げる。 生暖かい笑みを浮かべた男の顔が目に入った。 すっと背筋に悪寒が走る。本能が理解した。この男は善意や好意で金平糖を撒いている わけではない。何かしらの悪意を持って金平糖を撒いている。 いわゆる虐待派。 それを判断する程度の知能はあった。 「デ、デ……」 顔を青くして、数歩後退る実装石。今は動かない男だが、突如として動きだし自分に悪 さをするかもしれない。怖ろしい想像が頭に浮かぶ。 「デギャアアア!」 悲鳴を上げながら、実装石は公園の外へと逃げ出していた。 どれくらい走っただろうか。 ひたすら、気が済むまで走ってから実装石は足を止めた。 周囲を見ると、街の風景がある。車道を走っている車、歩道を歩いている人間、建物の 奥には色々な商品や食べ物が見えた。どこにでもある市街地。 全てが写真のように停止している。 実装石が立ち止まったのは、大型トラックの前輪の前だった。普通ならばここで死を自 覚する間もなく轢き殺されていただろう。だが、時速六十キロ以上で車道を走っているト ラックも、今はただの止ったトラックに過ぎない。 しかし、問題はそこではなかった。 「デッスー……?」 がむしゃらに走りまくったため、今どこにいるのか分からなくなっていた。どこをどう 走ったのかも覚えていない。いわゆる迷子である。 しかし、それも今はどうでもいい。 「デェ、デスゥ」 実装石は己の身体に起こっている異常に気づいていた。 全然疲れを感じない。足も痛くない。息も上がっていない。汗もかいていない。必死の 勢いでどこだか分からない場所まで走ったのだ。動けなくなるのが普通である。しかし、 実装石に疲労などの現象は現れていなかった。 「デス」 お腹に手を当てる。 朝起きてから、何も食べていない。なのに全くお腹が空いていない。 喉に手を当てる。 朝起きてから、何も飲んでいない。なのに全く喉が渇いていない。 疲れや空腹、喉の渇きを覚えない。 「デスゥ……」 そっと前髪の一本を掴んでみる。 茶色い一本の毛。それを思い切り前へと引っ張った。 普通ならあっさりと抜けてしまう髪の毛。だが、今はまるで深く根を張った草のように 頭へとくっついていた。同じように数本髪の毛を引っ張っても、抜ける気配すらない。途 中で千切れることもない。 数秒躊躇ってから、実装服の裾を両手で掴み、引っ張ってみる。 予想通り、破けない。 「デスゥゥゥゥゥッ!」 裸実装石になることも半ば覚悟で、思いっ切り引っ張ってみる。 だが、破けない。 「デェ……」 実装石は自分の手を見つめた。 今の実験で気づいたことがある。いや、前から薄々気づいていたことではあった。 「デッスッ!」 実装石は自分の右手に思い切り噛み付いた。手の肉を食いちぎる勢いで歯を突き立てる が、あえなく弾かれる。手には傷跡はおろか、噛み後すら残っていない。 しかも、噛んだ感触と噛まれた感触もあるのに、痛みも無かった。 停止した世界と同様に、自分も『停止』している。 それなのにどういう原理なのか、動き回ることができ、考えることもできる。 頭の悪い個体ならば、自分が不死身になった、無敵になったと無邪気に喜んでいただろ う。あらゆる苦痛から解放された超実装石になった、と。しかし、この実装石は中途半端 に賢かったため、その異常さを理解し怯えていた。 尋常ならざる世界に、自分独りだけが迷い込んだ。死という逃げ場すら無く。 「デェェギャアアアアアアアア!」 喉が裂けるほどの絶叫を上げながら、実装石は再び走り出す。本来なら両目から涙を流 して糞を漏らしている状況だというのに、涙も糞も出ていなかった。 疲れも痛みも感じない身体でひたすら走る。 変わらぬ青空と白い雲、太陽。 実装石は文字通り飽きるまで全力疾走していた。もし誰かが停止していない時計で計っ ていれば、丸一日二十四時間以上も走り続けていることに驚いただろう。だが、実装石に それほどの時間走っていたという自覚はない。時間を知る物が何も無いため、既に時間感 覚は無茶苦茶になっていた。 一段落してから、今度は解決策になるようなものを探し回る。 あちこちの公園、道路、民家、建物、森…… 思いつく限りの場所を見て回った。途中、何度も転んだり落ちたりしたが、停止した身 体は苦痛も何も感じない。 そうして、およそ停止した世界で一週間が経った。あくまでも、停止していない時計で 計ったらそれだけの時間になるというだけであり、実装石にそれだけの時間が経過してい る自覚はない。 ただ、長い時間が経ったとしか感じていなかった。 「デェェ……」 とぼとぼと何もない道を歩いている実装石。人気のない道路だった。車は時折見かける 程度である。犬を散歩させた人間とすれ違うが、気にも留めない。停止した人間と犬。も はや人間はただの置物という認識になっていた。 何度目か、何百度目か—— 実装石は空を見上げた。 青い空と白い雲、太陽。最初と変わらない空。 孤独という強いストレスに、偽石が自壊してもおかしくない状況である。相当に根性の ある実装石でなければ、とうに自壊していただろう。だが、身体と同じように『停止』し てしまった偽石は、壊れることも劣化することもなかった。 福音は唐突に訪れる。 カツッ。 「デ?」 背後から聞こえた音に、実装石は振り返った。 道に木の枝が一本落ちている。長さ五十センチほどの、ほぼまっすぐな枝だった。葉っ ぱなどはついていない。先端の少し下から、細い枝が一本斜めに小さく伸びている。 さっき通った時は無かった。 「………」 無言のまま実装石は枝に近づく。 停止した世界にあるものは、どんなに軽いものでも動かせない。たとえ木の葉や紙切れ でさえ。地面に落ちているもの、空中にあるもの、位置は一切関係ない。それは今までの 経験で分かっていた。 実装石は枝を掴み、腕を持ち上げる。 枝が、持ち上がった。 「デエエェッ!」 両目を大きく見開き、実装石は右手で持ち上げた木の枝を見つめた。停止した世界で、 初めて見つけた自分以外の停止していないもの。何度も枝を動かし、その存在が幻でない ことを確認する。 軽く道路に打ち付けると、カッと音がした。 自分が立てる音以外の音。 「デェェェスゥゥゥン!」 両腕で枝を抱きしめ、実装石は歓喜の叫びを上げる。 停止した世界で出会った自分と同じ、停止していない存在。実装石は自分と同じ存在に 巡り会えたことに、ただ無心に喜び叫び踊り続けた。 それから、実装石は枝とともに旅を始める。 この奇妙な世界には、自分やこの枝のように停止していないものが存在する。今まで探 しても見つからなかっただけで、必ず他にもあるはずだ。 そんな希望を胸に秘めながら。 唯一の相棒である木の枝とともに、道路を歩いていく。 疲れることもない身体は、不眠不休で止まらず歩き続けることができた。実装石の歩行 速度は時速一キロ程度である。歩くことを邪魔するものもなく、休む必要もない。一日止 まらず歩けば、二十四キロ。十日休まず歩けば二百四十キロ進める。 停止した世界では、時間は無意味だった。 大きな道路を止まることなく歩きながら、実装石は空を見上げる。 空を覆うのは灰色の雲だった。見慣れた青空と白い雲はもうない。空に浮かぶ白い雲が だんだんと増えていき、空全体を覆い、やがて空は灰色に染まっていた。 停止した世界でも、数十キロも移動すれば空模様も変わる。 「デッスー」 この先は雨らしい。 空の色を見ながら、実装石はそう判断する。 「デッ!」 前触れ無く足を引っかけられ、実装石は前のめりに倒れた。顔面からアスファルトに倒 れ込み、持っていた枝が手から離れて道路に転がる。 痛みはない。 実装石は手をついて起き上がり、手放した枝を拾い上げた。 足を引っかけられた辺りをじっと見つめる。足元付近で停止したものに躓くことは今ま で何度もあった。綿埃か何かに躓いたのかと思ったが、それらしきものはない。 見えないものが浮かんでいたのだろうと考え、実装石は歩き出した。 ほどなく。 「デッ」 右肩に何か小さなものが当たり、再び転倒する。 カッ、と枝が転がった。 枝を拾い上げ、実装石は自分の肩にぶつかった何かを見つめた。目には見えない何か。 その辺りに手を差し出すと、小さな粒がある。 「デスゥ?」 実装石は空を見上げた。灰色の雲。この先は雨だろう。今まで気づかなかったが、アス ファルトの地面を見ると所々に雨粒の小さな染みが見える。 自分がぶつかったのも空中に浮かぶ雨粒だと、実装石は見当を付けた。 「デス」 直感的な危険信号に、その場から引き返す。 その判断は正しかった。 この道路の先は、寒冷前線の積乱雲によって発生した土砂降りの雨になっている。普段 はただの雨でも、停止した世界では空中に固定された立派な障害物となる。もしこのまま 強引に雨の中へと進んでいたら、無数の雨粒が作り出す立体迷路に捕らわれていた。 「デースー……」 枝を持った実装石は、砂浜に立っていた。 目の前に広がるのは、音のない海。遙か遠くには水平線が見える。白い砂浜も細波が押 し寄せる海も、完全に停止していた。青い空には大きな雲がいくつか浮かんでいる。それ はさながら一枚の絵だった。 太平洋沿岸の浜辺である。 今まで存在だけを聞かされていた実装石は、生まれて初めて見た海に感動していた。本 来はこういう形で見るものではないだろう。だが、このような機会が無ければ、海を見る こともなく一生を終えていた。 それが幸運かと問われれば、おそらく否だろう。 「デスゥ」 実装石は後ろを振り返る。 砂浜には足跡も残っていない。砂浜の向こうには、防波堤とコンクリートの階段。その 向こう側には、今まで歩いてきた道路がある。 気が遠くなるほどの時間——約半年間、ほとんど止まらず歩き続けた結果だった。 右手に持っている木の枝を見つめる。結局あれから自分と同じ停止していないものは見 つからなかった。しかし、この枝がこの世界に自分以外の停止していないものが存在して いることを証明している。 「デッスン!」 力強く頷き、実装石は海へと向き直った。 この世界には海と呼ばれる物凄く大きな水溜まりがあり、それを越えた先には自分たち がいるのとは違う世界がある。 誰かにそう聞かされたような気がした。 話にだけ聞いていた海は実在した。ならば、この海の先に違う世界がある。その世界に 行けば、動くものに出会えるかもしれない。 「デースー!」 気合一喝。 実装石は水平線の向こう目指して歩き出した。 「デス?」 どこまでも広がる太平洋上。 実装石は奇妙なものを見つけていた。 雨の境界線。 海の上を歩いている時に一度、小雨の抵抗を無視して雨の迷路に侵入したことがある。 その時は、無数の雨粒に遮られ、雨から抜け出すまで二年ほどの時間を要した。その反省 を生かし、それ以来雨雲っぽい雲には近づかないように注意している。 だが、今回は意を決して再び雨雲へと近づいた。 そうして、見つけたのが雨の境界線である。 「デスゥ……」 雨粒を枝でつつきながら、実装石は首を傾げた。 ほんの一メートルにも満たない距離。 それだけの短い距離で、全く雨のない空間と、大量の雨粒が停止した空間が分かれてい た。雨側の海面は雨粒による無数の波紋ができ、雨の奥は灰色に染まっている。しかし、 反対側は水平線まではっきりと見えた。空は雨側の七割が黒い雲に覆われているが、反対 側は青空となっている。 急激に成長した積乱雲で稀に見られる現象だった。 だが、実装石がその現象を知るわけもない。 「デー……」 境界線を眺めるのに飽きてから、実装石は境界線に沿うように歩き出した。 徒歩での太平洋横断。 もしこの実装石と同じ立場に置かれたとしても、人間ならそれを躊躇するだろう。太平 洋の広大さを知っているからだ。たとえ、一切の疲れを感じない身体でも。 だが、太平洋の広大さを知らない実装石は、それを実行していた。 無論、まっすぐ進むということは不可能。雨雲に近づけば、それを逸れるように進路を 変える。暑さや寒さなどの感覚はない。あっても意味は無いだろう。 時間感覚が壊れたまま、実装石は既に五十年ほど太平洋を彷徨っていた。 延々と水平線を眺める徒歩旅行。 「デッ!」 実装石はその地平線の先に黒い線を見つける。 それは陸地だった。 およそ二百七十年ほどの徒歩を経て、実装石はアメリカ西海岸へと到達していた。延々 と太平洋上を彷徨ってもおかしくなかった状況で、陸地へとたどり着けたのは幸運と言っ て過言ではない。 「デス」 枝を振って空を見上げると、日は随分と西に傾いている。 単純に地球の位置関係なのだが、実装石がそれを知ることもない。自分が知らないうち に、世界がほんの少しづつ動いているのだと解釈していた。 ならば、向こうに見える陸地にも動くものがいるかもしれない。 「デェェスゥゥ!」 相棒である木の枝を振り回しながら、実装石は歓声と共に地平線に見える陸地目掛けて 走り出した。まだ見ぬ新世界と、まだ見ぬ仲間を期待しながら。 海岸へとたどり着いてから岸壁に阻まれ、とりあえず陸地へと上れるような砂浜を見つ けるまでは、またしばらくの時間がかかった。 夕闇の峡谷。 「デエエェェェギャアアァァ!」 無音の世界に、実装石の絶叫が響く。 V字形の谷に架けられた橋。そこから何の気無しに下の谷川を見つめていたら、うっか り足を滑らせて落ちたのだ。ロッキー山脈東部に存在する、日本には無い規模の大渓谷。 橋から谷底までの距離は百メートルほど。 五秒ほどの落下時間を経て、 「デギョァ!」 実装石は頭から谷底に激突した。 普通ならば木っ端微塵である。脆い身体を持つ実装石でなくとも、百メートルの高さか ら落下すれば大抵の生き物は死ぬだろう。だが、停止した実装石は激突の衝撃を感じただ けで、痛みもなく無傷だった。 カンッ。 一緒に落ちた枝が近くに落ちる。この枝も実装石同様、停止したまま動いているため、 どんなことをしても折れることもなく傷ひとつつかない。 「デェスゥ……」 実装石は固まった川の上に起き上がった。ぶつかった頭をさすろうと手を伸ばすが、届 かない。今まで何度も高いところから落ちているが、せいぜい十数メートル程度。これほ どの高さから落ちるのは初めてである。 生きているのが幸運なのか不運なのか、実装石自身も分からない。 「デー?」 見上げると遙か上空に吊り橋があった。 左右にあるのは針葉樹林の森。登ろうとすれば登れるだろう。時間はかかるだろうが、 もはや実装石にとって時間は無意味なものとなっていた。 「デス……」 目を移す。 谷底を流れる川。 これを辿って行けば、どこかにたどり着くだろう。外敵が来る心配もなく、ケガをした り死ぬ心配もない。滝があっても飛び降りれば問題ない。道に戻るか川を下るかしばらく 考えてから、川を下ることを選択する。 「デッスデース?」 実装石は近くに落ちているはずの相棒を捜し始めた。 「デッ、デェェェスッ!」 実装石は両手両足ででこぼこの壁を登っていた。 道の近くにあった穴に落ちたのである。深さ八十センチほどの穴だが、実装石を閉じこ めるには十分な深さだった。誰が何のために掘ったのか、実装石が知るよしもなく、知っ たところで意味もない。 幸い壁面は傾いていて凹凸もあるため、実装石でもぎりぎり登ることは可能である。停 止していない状況だったら、登ろうとしても壁が崩れて登れなかっただろう。これが垂直 の穴で壁面が平らだったら、文字通り終わりだった。 相棒の枝は放り投げて、先に穴の外に出してある。 「デッ……」 足が滑った。 再び、実装石は穴の底へと落下する。 落ちても痛みはなく、穴を登ろうとした疲労もない。だが、同じ動作を何度となく繰り 返しているという、精神的な疲労は蓄積している。 「デッスゥ」 見上げた空は夜の闇色に染まっていた。無数の星が輝き、半月が浮かんでいる。近くに ある街灯のおかげで、穴の中は普通に見回すことができた。仮に明かりが無くとも、動き 回れば嫌でも穴の形状を覚えるだろう。 「デェ」 千回以上も同じことを繰り返し、穴の縁辺りまで登れるようになっていた。不器用な実 装石でも同じことを気が遠くなるほどの回数反復すれば、コツを掴むことができる。 しかし、そこから上へは進めない。 自分が登っていた壁面を見つめる。 何度も壁面を登ろうとした結果、そこが一番登り安いと分かった。だが、もしかしたら その壁は駄目なのかもしれない。 そう考え、実装石は起き上がる。 そして、別の壁面へと挑み始めた。 穴から出られたのは、さらに半年先である。 停止した世界に迷い込んでから、およそ八千年が経つ。 無論のこと、停止していない時計で誰かが時間を計っていたらそれだけの時間になると いうだけであり、時間感覚の完全に壊れた実装石に、それほどの時間経過を体験したとい う自覚はない。 ただ、物凄く長い時間が経ったとしか感じていなかった。 「デス?」 実装石は首を傾げた。 見知ったものが、そこにある。 若い男が袋から金平糖を辺りに撒いていた。それに群がる五匹の実装石。みな金平糖を 口に含んで至福の表情を見せている。それを、生暖かい笑顔で見つめる男。 「デェ……」 記憶の片隅にあったその光景に、実装石は思わず呻き声を漏らしていた。 ただ、遠い昔という認識だけがある大昔、実装石が住んでいた公園の光景である。あの 時は恐怖に逃げてしまったが、今は冷静にその光景を眺めることができた。 何の因果か、実装石は自分が住んでいた公園に戻ってきた。 「デスゥ……」 一日が経っている。 実装石はそう思いこんでいた。 太平洋を横断し、アメリカ大陸を横断し、大西洋を横断し、アフリカへとたどり着き、 地中海を抜けてヨーロッパに至り、中東からインド、東南アジアを通り、日本へと戻って きた。途中何度も挫けかけ、それでも続けた長い旅。 文字通り地球を一周したため、実装石視点では一日経ったように見える。 しかし、停止した時間は一秒たりとも進んでいなかった。 「デェェ……」 毒を撒く虐待派の男と、金平糖を毒と知らずに食べている同族たち。 そこで、ふと閃いた。 「デスデースン、デッスゥ!」 この男は昨日と同じように、ここで毒の金平糖を撒いているのだ。 そう自分に言い聞かせ、実装石は枝と一緒に努めて元気に歩き出す。自分の考えが正し いことを証明するために。 しかし、待っていたのは冷たい現実だった。 「デェ……」 公園の片隅にある人工の小川。深いところでも、水深は二十センチにも満たない。近く にある河川から水を引いたものである。公園が作られた当初は、子供が水遊びをするため などに作られたが、今は実装石の水飲み場と化していた。 実装石が一匹、川縁に四つん這いになって水面に口を付けて水を飲んでいる。その横に は水筒代わりのペットボトルが置かれていた。 かつて実装石が見たのと同じ姿である。 「デェ……」 成体実装石一匹に仔実装三匹、あと蛆実装が一匹。 成体実装石は左手に何かの草を持って、右手を持ち上げている。その前には仔実装三匹 と、蛆実装が並んでいた。何かを教えている最中らしい。もっとも、話を聞いているのは 仔実装二匹で、残りの一匹はよそ見をしている。蛆実装は言わずもがな。 「デスデースデースッ!」 枝を置いて親実装の真正面に移動した実装石は、その肩を掴み前後に思い切り揺さぶっ た。気絶した同族を起こすように。しかし、親実装は左手に草を持って、右手を持ち上げ た姿勢のまま、微動だにしなかった。 「デッス! デッス! デッス!」 拾い上げた枝で頭を何度も叩いても反応無し。 逆に叩いた枝が、親実装の頭に跳ね返されてしまう。 「デーッ」 後ろにいた仔実装を思い切り蹴るが、逆に自分の足が弾かれてしまう。何度か同じよう に蹴っても結果は同じ。さながら地面に深く打ち込まれた杭のように、仔実装はぴくりと も動かない。 分かってはいた。 「デェ……」 蝶々が一匹飛んでいる。 飛んでいたというか、空中にあった。 白い羽を持ついわゆるモンシロチョウである。それが、何かに固定されたように空中に 留まっていた。羽ばたいている途中の姿のまま。 「デッス……」 蝶に触ってみるが、結果は同じだった。 他の停止したものと変わらない。羽ばたきの形のまま、鋼鉄のように硬くなっている。 押しても引いても動かず、枝で叩いてみても羽の一枚、触角の一本すらもげない。前後左 右上下に枝を差し入れてみても、蝶を空中に固定している糸などはなかった。 無いことは分かっている。 他を巡っても結果は同じだった。 偉そうに下っ端に怒鳴っている公園のボス実装石、木から落ちている途中の木の葉、生 ゴミを食べている親子、空中に固定されているカラス、公園の片隅にひっそりと居を構え た賢い実装石、地面に落ちた何かをついばんでいるスズメ、親とはぐれて泣きながら歩い ている仔実装、それを背後から捕まえようとしている成体実装石。 何もかもが停止している。声を掛けても叩いても、何の反応もない。 かつて見たときと何も変わっていない。 「デェェン……」 力なく泣きながら、実装石は相棒と一緒に公園を後にした。 「デスゥ……」 建設中のマンションの鉄骨に腰掛けたまま、実装石はため息をつく。時間はかかったも のの、ここに登ることは造作もなかった。建設中の建物は大抵一番上まで登れるように足 場や階段が作られている。 なんとなく、高いところに行きたかったのだ。 白い綿雲の浮かんだ青い空が見える。太陽の位置はあまり高くはない。暑くもなく寒く もない心地よい気温。風は吹いていない。 「デッス」 実装石は抱きかかえた枝を見つめた。 何もかもが停止した世界。その中で自分以外で動けるものは、この物言わぬ木の枝だけ だった。飽きるほどあちこちを探し回ったが、結局この枝以外に停止していないものは見 つけられなかった。 「デスデス、デースゥ?」 そもそも、この枝は何なのだろう? そんな疑問が実装石の頭をよぎった。 実装石が動く物を探していた時に見つけた枝。この全てが停止した世界で、唯一動かせ るものである。前触れなく現れ、実装石を仲間捜しの旅に向かわせた。 だが、考えてから無意味と気づく。 「デッス……」 実装石は再びため息をついた。 その時。 手が緩んだのだろう。 枝が腕の中から滑り落ちる。 「デッ」 実装石は慌てて空中に飛び出し、枝を捕まえようとした。しかし、手は枝に触って少し 上へと弾いただけで、掴むことはできなかった。 実装石と枝はそのまま真下に向かって落ちていく。 落下自体はもう慣れていた。落ちてもケガもしないし痛くもない。何百回、何千回、何 万回とそれを経験していれば嫌でも慣れる。ただ、落ちる場所によっては、元の場所に戻 るのが大変だったりと、面倒なこともあった。 自分がどこに落ちるのか確認しようと、実装石は下に目を向け。 「デスッ!」 意識が凍り付く。 落下地点にあるのは、金属の缶だった。直径六十センチ、高さ九十センチほどの円筒形 の缶。その中に落ちるのはほぼ確実である。 それは実装石が今までの経験から一番恐れていた形だった。一度落ちたら絶対に出られ ない形状。垂直な壁面は掴まるものが無く、登ることもできない。 脳裏に浮かぶのは、かつて虐待派によって透明な円筒に閉じこめられ、朽ち果てていっ た同族の姿。必死に出ようと何日も足掻いたが、結局出られず干からびて死んだ。 だが、停止している自分にとって、死という逃げ場はない。 「デェスゥゥゥ!」 悲鳴とともに、金属缶に落下した実装石。 衝撃はあったが痛みはない。 四方を光沢のある金属の壁に囲まれた、狭く丸い世界。実装石の力ではどう頑張っても 壁を登ることができず、絶対に出られない。たとえ薄い紙でできていたとしても、壁を壊 せないことは百も承知である。 「デスッ!」 すぐさま真上に目を向けた。 唯一の相棒である木の枝。あれがあれば、ここから出られるかもしれない。出られなく とも一緒にいれば孤独に苛まれることはない。今までずっと一緒に旅をしていたのだ。枝 が自分を見捨てることはない。 実装石はそう信じていた。 しかし、枝は落ちてこなかった。 どこかに引っかかったのか、もうどこかに落ちたのかは分からない。しかし、どれほど 待っても枝は落ちてこなかった。落ちる際に手で弾いてしまったせいで、どこかへ行って しまったのである。 出られない缶の中では、探しに行くこともできない。 それは、実装石も理解していた。 「デスゥ……」 それでも、いつか必ず相棒が迎えに来て助けてくれる。 そう信じて、実装石は空を見上げていた。 永久に。 2010年 五月のとある日曜日 一匹のモンシロチョウが公園の花壇に向かって飛んでいた。 「デースデスッ、デスデッスゥ」 親実装は左手に持った草を仔実装たちに見せている。この草を食べるとお腹を壊してし まうので、食べないようにと教えていた。 「テチ」 頷く仔実装。 生き残っている仔実装のうち二匹は真面目に聞いているが、一匹はよそ見をしてまとも に話を聞いていない。前々から分かっていたが、この仔は糞蟲素質が強い。 近いうちに間引く必要がある。 親実装はそう判断した。 「デッスー」 水を飲み終わった実装石は右手の袖で口元を拭う。 川から流れてきているこの水は、冷たく美味しい。かつて水場の無い公園に住んでいた この実装石は、自由に水が飲めるありがたさを実感していた。 「デス」 それから水筒用のペットボトルの蓋を開け、小川の水を汲み始める。 「デ……デデ……」 「どうでしょう、実装石ちゃん? シビレのお味は?」 虐待派の男は生暖かい笑みを浮かべたまま、シビレを食べて動けなくなった実装石たち を見下ろしていた。 何故毒を食わせたんだと抗議しているらしいのが三匹、動かない身体を動かして必死に 逃げようとしているのが二匹。どちらも、無駄な抵抗である。 「さて、今日の小道具はこちら」 男がポケットから取り出したのは、焼き鳥などに使う竹串の束だった。 「降り出したか」 車を運転していた壮年の男は、フロントガラスに落ちてきた雨粒を見つめ、ワイパー を動かした。ガラスを擦る音とともに、水滴が払われる。 一度きれいになったフロンガラスに、再び雨粒が落ちてきた。 再びワイパーが動き、雨粒が払われる。 「土砂降りになるって言ってたしな……」 男はそう愚痴った。 休日の工事現場。 その片隅に、誰かが片付け忘れた空っぽの缶が置かれていた。 公園から一匹の実装石が消えた。 それに気づいたものは誰もいない。 あとがき オリキャラの露出過剰は反省。 今回は止まった時間の中に実装石が落ちてしまったらどうなるかと考えてみました。日本 一周して終わる予定だったのですが、なぜか世界一周という無駄に壮大なことになってし まいました。 当初の予定通りネタが尽きましたので、投稿はこれで終わりにしたいと思います。

| 1 Re: Name:匿名石 2019/11/10-03:04:45 No:00006138[申告] |
| 奇妙な空気感、日常の様であり得ない世界の描写が巧みでつい読み耽ってしまう。
人語を喋らない実装石も逆に思考を推理するのが楽しい。 少し前に流行った五億年ボタンにも通じる物があるかな? |