2010年代に発生した、全世界規模の核戦争を経て、世界は3つの超巨大国家に分割され統治されていた。 その内の1つ、南北アメリカ大陸からなる巨大国家「オセアニア」が物語の舞台だ。 西暦2084年8月のある晴れた朝、 オセアニアの首都「マン・ハッタン」に住む、日系オセアニア人トシアキは開けっ放しにしておいた窓からの 嫌な風で目が覚めた。ベットからうとうとしながら起き上がった瞬間に、いやな悪臭が彼の鼻をついた。 実装石が腐った臭いと糞の臭いがブレンドされた臭いだ。夏の季節になると毎日のように悪臭が漂い始める。 換気扇をつけ部屋中の窓を開けて臭いを追い出そうと努力していたが、あまり効果は無かった。 その悪臭はこの部屋だけではなくトシアキが住む「ヴィクトリーマンションズ」 の建物内全てにその臭いが充満しているようだった。 時計は7時40分を回り、トシアキは出勤の準備をして部屋を出た。部屋を出ると、更に強い悪臭が漂ってきた。 廊下には悪臭の根源であろう実装石の死体が数体放置されていた。 激しく腐敗したものから、今朝殺されたばかりのようなものもあった。殺されたばかりの死体は頭部を 弾丸が貫通したかのように大きな穴があいていた。 そして、壁には大きな顔が描かれたポスターが 実装石の死体を睨みつけるかのように何枚も貼られていた。 「ジージェイがあなたを見守っている(G・J IS WATCHING YOU)」 ポスターにはそう書かれていた。 トシアキはそれをしばらく死体を少し眺めながらも、無視してエレベーターに乗り、ヴィクトリーマンションズを出た。 マンションを出ると超高層ビルが立ち並ぶマン・ハッタンの中でもひと際高い4つの巨大ビルがすぐ目に入る。 オセアニア国を動かす4つの歯車、政府の全機構を分割する四官庁の庁舎だ。 トシアキはその四官庁の1つ「真実省(ミニトルー)」の「実装局」に勤務していた。 真実省は報道、娯楽、教育などを担当しており、 実装局では実装石をはじめとする実装シリーズについてのそれを担当していた。 真実省はトシアキの住むヴィクトリーマンションズから徒歩で約20分ほどの距離にあった。 彼は、毎日徒歩で出勤していた。 季節は夏、アスファルトは焦げ付くように熱く、道端にはマンション内と同じように実装石の死体が、 いくつも転がっていた。強烈な夏の日差しに晒されグズグズに腐っったものや 原型を留めないほどにグチャグチャにされたものなど様々な死体が街中の至る所に転がっていた。 ゴミ捨て場でははゴミ袋一杯いつめられた死体の山がゴミ回収車を待っていた。 マン・ハッタンを始めオセアニア国では、このような光景は日常茶飯事だ。街中に転がる死体は、 毎日回収作業が行われていたが、その死体の量に追いつかず、 常時街中に死体が転がるような状況になってしまっていた。それ故、トシアキと同様に道を歩く人々は死体を 無視して歩いていた。 8時10分ごろトシアキは、真実省に到着した。エレベーターに乗り実装局のある666階に向かった。 トシアキが実装局で担当する主な仕事は、一言で言えば改竄である。実装シリーズ(特に実装石)について 書かれた過去の雑誌(実と装など)や研究文献、漫画、小説、ポルノ、映像作品、 そして新聞に至るまでまで毎日改竄を行っている。 実装局に到着したトシアキはタイムカードのような物を打ち、自分のデスクに向かった。全てのデスクは四方を 壁で囲まれており個室のような感じである。椅子に座りしばらくしてから、眼鏡をかけ彼は仕事を始めた。 デスクの右に備え付けられている穴から円筒紙が送られてきた。それにはこう書かれていた。 『実と装 2009・8 P88-89 黒髪 実装石 非事実 要全面的リライト』 簡略化された文章で書かれていたが内容はこうだ。 「実と装 2009年8月号 88〜89ページの黒髪実装石についての記事は事実ではない。記事全てを書き直せ。」 トシアキはデスク備え付けのPCを使い「バックナンバーズ」と呼ばれるデータベースから 実と装の2009年8月号を呼び出した。 2009年の8月号には黒髪の実装石についての記事が掲載されていた。それによれば黒髪実装石は 人間の男性と結ばれることにより生まれるらしい。 トシアキはこれほど古い記事が何故今まで修正されなかったのかとふと疑問を感じたが、すぐ仕事に取り掛かった。 少し考えた後、トシアキはキーボードで該当する記事全てを1から書き直した。 「黒髪の実装石は突然変異で発生する。それ以上の事は不明である。」 書き直しされた文章はPCを通して真実省の別の局に送られる。そこで問題なければ、記事は差し替えられ 実と装2009年8月号は新しく訂正版が発行され、元版は廃棄処分されもう永久にこの世には出てこない。 送られてきた円筒紙はデスクの左の穴に捨てる規則になっていた。この穴は通称「記憶口(メモリーホール)」 と呼ばれ、真実省の地下にあるといわれる焼却施設に繋がっているらしい。円筒紙は改竄が行われた証拠 となりうる可能性があるため必ず記憶口に廃棄しなければならない。 訂正された記事に特に問題が無かったたようなのでトシアキは円筒紙を グシャグシャに丸めて記憶口に押し込んだ。 しばらくしてまた右の穴からまた円筒紙が送られてきた。 『ザ・タイムズ(オセアニア国で唯一の新聞) 2084・8・4 実装石 親子 庇う 処刑 要訂正』 バックナンバーズにアクセスし、8月4日のザ・タイムズの記事をスクリーンに映し出した。 つい先日、8月3日に行われた3000匹の実装石の捕虜の公開処刑に関する記事だ。 記事はある親実装が自分は死ぬから仔実装だけは助けてくれと懇願した、 という内容だった。トシアキはまた少し考えた後、キーボートを打ち始めた。 「8月3日の公開処刑の際、親実装は仔実装を盾にし、子供はどうなってもいいから自分だけは助けてくれと懇願していた。」 このように書き換えた。先ほどと同じように、訂正した記事を送り円筒紙は記憶口に破棄した。 実装石の印象を良くさせる様な物はどんな些細なことでも全て実装局が改竄を行い、実装石の不快なイメージ をかもし出すようなものに作り変えていた。 このような作業を長い年月,真実省・実装局が繰り返した結果、 国民の実装石に対する印象や考え方を昔と比べて大きく変化させ統一させる事にが成功していた。 「実装石はいろんな意味で最低の生物、すぐに駆逐すべきだ・・・・・・・」 全てのオセアニア国民が常にそのような考えを持つまでに至っている。街中で実装石の死体が転がってるのは そのせいだ。生きた個体は人間に見つかったら即座に殺される。 トシアキが仕事を始めて2時間ほど経ったころ、1人の男が実装局に入ってきたのに彼は気がついた。 さながら古代ローマの剣闘士のようながっしりとした体つきで背が高く眼鏡をかけ真っ黒なスーツを身にまとっていた。 その男はオブラインと名乗った。オブラインは、オセアニア国を実質支配している指導者「ジージェイ」 によって率いられる唯一の政党「プロテクジー党」の上層部(党内局)に所属する人物だった。 党内局員はあらゆる権限を持ちその存在はある意味恐れられていた。 そのオブラインは実装局局長に案内されて局員の仕事を視察していた。 時計は12時を回り午前の仕事の終わりを告げるベルがなった。トシアキは椅子から立ち上がり思いっきり背伸びを しながらデスクを離れた。本来なら昼休みの時間だが、その前にやる事があった。トシアキら実装局局員達は666階の フロアの中央にあるホールに向かった。「2分間憎悪(トゥ・ミニッツ・ヘイト)」の時間だからだ。 皆でホール中央のテレスクリーン(監視装置付き双方向テヴィジョン)の前に椅子を並べ準備を行った。トシアキは、 一番後ろの列の中央付近に座り、開始時間を待った。ふとホール入り口に目をやるとオブラインが入ってきた。他の局員達も 気付いた様子で、ホールは水を打ったように静まり返ったが、オブラインがニッコリと微笑むとトシアキを始め局員達は 張り詰めた緊張感がほぐれていくような感じがした。 しばらくして テレスクリーンから不快な音が急に鳴り出した。 「デジャアアアアアあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」 「デッシャャャャャャャャャャャャャャ!!!!!!!!!!!」 実装石が発する威嚇の泣き声だ。その不快音にトシアキは歯が浮くような感覚になった。 憎悪の始まりだ。テレスクリーンには憎むべきオセアニア国民の敵「エマ・グリーンストン(男性)」と黒髪実装石の「ミドリ」の顔が 映し出された。実装石ミドリのその不快な顔つきにトシアキの左前に座る女性は、憎悪の悲鳴を突如狂ったように発した。 トシアキもその映像を見て不快な気分になり椅子を担いでテレスクリーンに映る 1人と1匹目掛けて思いっきり投げつけてやりたい衝動に駆られた。 グリーンストンとミドリはオセアニア国の敵対国「デストピア」の指導者的立場にいる者達だ。デストピアは、オセアニア国の遥か西 かつてグレートブリテン呼ばれた巨大な島に建国された国だ。(オセアニアを始め、他の2国も国としては認めていない) その始まりは今から数十年前に遡る。世界規模の核戦争を終え、3つの超巨大国家が生まれ始めた頃の話だ。その頃オセアニアは 南北アメリカ大陸の他にグレートブリテン島も領土としていた。しかし当時のグレートブリテン島は、ボロボロだった。 核の雨が降り注ぎ、街という街は全て破壊されすぐに復興して人が住めるようにするのは容易ではなかった。建国したばっかりだった オセアニア国の上層部達はグレートブリテン島をしばらく放置し、国が落ち着いてから復興を行おうと考えていた。 しかし、それからしばらくして、突如グレートブリテン島に実装石が増え始めた。 原因は不明であったが、その数は爆発的に増えていった。実装石達は町を作りそして、 グレートブリテン島を領土とする国を作った。そして実装石達は宣言した。ここが実装石の国デストピアであると・・・・・。 もちろん実装石達だけでは広大な領土を持つ国を建国し支配することは出来ない。 そう、ある人間達が手を貸していた。エマ・グリーンストンをリーダーとする「緑の姉妹同盟」という組織だ。 彼らは食料や様々な知識、そして自衛のためという名目で人間をも殺傷できる兵器まで実装石達に提供していた。 緑の姉妹同盟は謎の多い組織であった。組織の本部は国内にあるのか??それとも国外にあるのか?? 莫大な資金や人員はどこから調達しているのか??全て謎であった。オセアニア当局も血眼になってその行方を追っていたが 尻尾を掴む事が今だに出来ずにいた。 その建国の宣言に、オセアニア国も黙っていなかった。実装石相手に話合いなど必要ないと アイルランド島に前線基地を築き、空爆や地上部隊を送り込み領土を奪還を試みたが、 うまくいかなかった。(核兵器やBC兵器は隣国のユーラシア国に汚染が広がる危険があり使用できなかった) そのまま戦局は泥沼化し、数十年の月日が流れて今に至る。 つらく長かった戦争が終わりようやく平和な日々が始まると信じていたオセアニア国民にとって実装石達の この行為はとても許せるものではなかった。 それ故、オセアニア国民にとって実装石はオセアニアの領土を不法に占領している敵であり、 殺すべき対象であった。全国民は、2分間憎悪行い実装石に対する憎悪を殺意を常に心に留めるようにしていた。 2分間憎悪が始まり30秒ほど過ぎた頃、テレスクリーンに別の実装石が映り、そして喋り始めた。デ ストピアの建国宣言の映像だ。この映像は緑の姉妹同盟が電波ジャックを行い、 オセアニアだけでなく他の2国にも発信されたものだ。 「ワタシ達実装石の歴史は悲劇そのものだったデス。毎日のように世界中で同属達はニンゲン達に殺され、 戦争が始まれば、爆弾を背負わされて殺され、数え切れないほどの仲間達はニンゲン達の都合で死んでいったデス! しかし、そのようなワタシ達の悲劇の歴史は今日で終わりを迎えるデスゥゥ! ワタシ達はついに辿り着いたデス! 全ての仲間達がシアワセに暮らせる楽園にデスゥゥゥゥ! そして今ここにワタシ達だけの国、楽園デストピアの建国を宣言するデスゥゥウ!!」 「何を言う!!下等生物めが!!!」 建国宣言が終わると同時に最前列の席に座っていた男が大声で叫んだ。 それと同時に憎悪は更に熱狂的なものとなった。全局員が椅子から立ち上がり画面上に映る実装石に一斉に罵倒を投げかけた。 トシアキも息が続く限り絶叫し続けた。1分30秒を過ぎた頃になると憎悪は最大級のものとなった。画面にはグリーンストン とミドリが再び映っていた。そして「デププププ」という実装石と特有の笑い声が聞こえてきた。その笑い声が画面に映る グリーンストンとミドリを巨大なハンマーで粉砕してやりたいという衝動を発生させ駆り立てる。 そして憎悪はクライマックスを迎えた。画面に映る1人と1匹の顔がしだいに歪んでいき、そして別の人物の顔が浮かんできた。 ジージェイだ。オセアニア国の偉大なる指導者ジージェイだ。局員達は一様に安堵の溜め息をついた。その力に満ち溢れ 神秘的であり、そして自信と誇りが溢れ出ているかのような顔付きはまさに救世主のそれであった。 トシアキも溜め息をしながら椅子にゆっくり座った。ふと後ろにいるオブラインに視線を移した。オブラインは目を大きく見開いて 画面に映るジージェイを見つめていた。 <<<続く>>>
