実装リンガル・・・人と実装石の意思疎通を可能にする脅威のアイテム。 最近、その実装リンガルにまつわる都市伝説と呼ばれる動画がちょっとした話題になって いる(ただし実装石に関心のある人々の間での話だが)。 色々な動画投稿サイトにアップされては削除されるのだが、「実装リンガル」「都市伝説」 「ミーディアム」というキーワードで検索すればどこかで見る事ができるだろう。 その動画(と言っても音声と静止画のみだが)は真っ暗な画面に少女の嗚咽、悲鳴、許し や助けを求める声。それに被るように変化する無機質な電子音。そして最後に、左眼に眼 帯をした少女の画質の悪い白黒写真が映される。 この動画が出始めた頃は児童虐待ではないかと騒がれたが、いつの間にかこんな噂がネッ ト上に流れるようになった。 「実装リンガルをつくる為ある少女が人体実験の犠牲になった。この音声はその実験デー タの一部なのだ」と・・・ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 今更説明の必要も無いと思うが、実装リンガルとは実装石の言葉を人の言葉に翻訳する装 置である。 一般的には、あの「デスデス」という鳴声を翻訳していると思われているが、実際には偽 石が発する波動を解析して翻訳している。この事は実装石に詳しい人ならば周知の事実だ ろう。 波動・・・現象としては偽石の振動であるが、この振動の周波数、位相、振幅などを調べ る事により実装石の言わんとしている事がわかる。すなわち、周波数は物や事象、位相は 喜怒哀楽などの感情、振幅は感情の度合いを示すと言うように。 この方法で翻訳した実装石の「言葉」とその時の「行動」を客観的に観察すれば、高い相 関というレベルを超えた一致があり、偽石の波動が実装石にとって思考の表明手段・・・ つまり「言葉」である事は疑いようがない。 ここで素朴な疑問が涌く。いったいどうやって実装石の言葉、つまり偽石の波動を人間の 言葉と精緻に対応付ける事が出来たのだろうかと。「人間の言葉」と「偽石の波動」を併 せ持つ何者かに、虐待、拷問を施し、その様子を観察でもしない限り不可能ではないだろ うかと・・・ 昔ある処に寝食を忘れて実装石の言語解明に没頭する男がいました。偽石の波動が実装石 の言葉である事までは解っていたのですが何百何千の実装石を犠牲にしても人の言葉に翻 訳する研究は進みませんでした。狂気に取り付かれた男は、自分の娘に偽石を埋め込み、 今まで実装石達に行ってきた事を娘に対して行いました。そしてその様子と偽石の波動を 記録しました。最後には近親相姦の末に生まれた赤ん坊を娘の目の前で・・・ その後の男と娘の消息は誰も知りません。男が狂ってしまったのは実装石に関わり過ぎた せいだと言う人もいます。 兎にも角にも実装リンガル開発の裏にはこんな恐ろしい物語があったのです・・・ ・・・もうおわかりと思うが前述の都市伝説とはこのような話である。冒頭紹介した動画 の眼帯の少女がその娘で、悲鳴に被る電子音は偽石の振動を表していると言う事なのだろ う。 実装産業に関わる人々にとっては噴飯ものの話である。実際、実装リンガルの開発には何 百何千どころか何千何万という実装石が投入された事だろう。しかし人間が投入したのは 生贄の少女ではなく、研究者の努力であるのだから・・・ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 実装リンガルが偽石の波動を解析して翻訳している事は広く知られているが、どのように して偽石の波動を捉えているのか。その仕組みまで知る人は少ないだろう。 実装リンガルの要となるのは「偽石振動子」という3mm角にも満たない小さな部品だ。 よくパソコンのCPU性能を「動作クロック何ギガHz」などと表現する(ちなみにHz [ヘルツ]と言うのは周波数の単位。Hartz[ハーツ]の略で心臓の鼓動に由来する) が、このクロックを発生しているのが水晶振動子という部品で電圧をかけると振動する。 偽石振動子は丁度この逆で、偽石の発する波動に共振し、その振動を電圧の変化として取 り出す事ができる。言わば偽石波の受信アンテナのようなものだ。 水晶振動子は水晶を薄くスライスした切片に電極をつけたものを金属やセラミック等のパ ッケージに封入した物だが、偽石振動子の構造もまったく同じで、水晶の部分が偽石に置 き換わったものだ。 よく知られているように偽石は実装石の生命であり、スライスなどすれば本体の悶死はも ちろん、偽石自体も変成してしまう。鮮やかなエメラルドグリーンからどす黒い石になっ てしまい、こうなると共振はしない。偽石も死んでしまうのだ。 そこで偽石振動子の材料には「人工偽石」と言う物が使用される。 オートクレーブと呼ばれる巨大な圧力容器に苛性ソーダを充填し、上半分にタネ用の特に 質の良い人工偽石、下半分に実装石から採集した偽石を入れ、高温・高圧の条件下で再結 晶化したものが人工偽石だ。 未だその原理は解明されていないのだが、こうして作られた人工偽石はスライスしてもそ の組成が変化することは無い。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私は偽石振動子を製造・販売する会社に勤める技術者だ。人工偽石にはまだ原理的に解明 されていない多くの謎がある。入社以来人工偽石の研究に携わり品質の向上に繋げようと 努力している。 あの動画が話題になってから実装リンガルの一部品メーカーである我が社のホームページ にも「あの話は本当か」と言うような質問が多く寄せられるようになった。稀に「技術的 な問い合わせ」の方にもこの手の質問が来る。総務部からの指導で「事実無根であり、当 社とは一切関係ありません」とはっきり否定するように言われているが、私は「そのよう な事実は確認されておりません」と穏便な回答を返す事にしている。実のところ私自身心 に引っかかるものがあり完全に否定しきれないからだ。 あれは入社して早々、私を含む同期入社の数人が先輩技術者に連れられ古びた倉庫の整理 をしていた時だ。扉の開いた金庫の中に厳重に梱包された小さな箱を見つけた。私たちが 騒いでいると先輩技術者が飛んできてすぐに金庫を閉めてしまった。 誰かが「それは何ですか」と質問すると、先輩技術者は「人工偽石の原石だよ」と答えた。 箱には英字で何やら書いてあり、私にはわからなかったが一緒にいた同期の一人が、ラテ ン語で「仲介者のものである」と書いてあったと教えてくれた。 何処かの研究所から誰かを介して借用でもしているのだろうと思うくらいで、その事はも う忘れていた。動画の少女がミーディアム−中間、媒体−と呼ばれている事を知るまでは・ ・・ ちなみに人工偽石の未解明の謎のひとつが「色」だ。エメラルドグリーンの偽石を原料と するのに、何故か人工偽石の色は淡い紫色となるのだ。 そしてもうひとつ、昔からの慣習で私の職場では人工偽石の事をこう呼ぶ。 「薔薇水晶」。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− この物語はフィクションです。
