タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!第6話02(完)
ファイル:「実装人形の世界編」02短縮版.txt
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初投稿日時:2009/12/27-08:13:40修正日時:2013/07/22-18:49:04
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられる。
 彼女の仔実装がとしあきに踏まれたため、異世界へ飛んでしまったのだという。
 初期実装の力で「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界へ飛ばされたとしあきは、5日間というタイムリミット
の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならなくなった。

 既に5つもの実装世界を巡ったとしあき達は、「人形の実装石が性玩具として扱われる世界」にやって来た。
 そこで知り合った実装石アンリは、喋ることはおろか鳴くことも、感情表現をすることも出来ない。
 海藤ひろあきからもらった赤いリボンに過剰反応したアンリと、彼女の過去を夢で見たとしあきは——
 



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  じゃに☆じそ! 第6話 ACT-2 【 555つの過去、1つの心 】

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 12月22日、午前11時。
 としあき達がこの世界に来て、三日目。
 残り滞在時間は、あと67時間。
 インターネットもなく、また情報源も限られた状態では、さすがのとしあきも初期実装の子供がいそうな場所の目星をつける事は
難しかった。

 いつものように、様々な場所を巡って実装石の情報を調べてみるが、これといって興味深い情報は出てこない。
 勿論、ここには野良実装のようなものは一切おらず、公園や路地裏なども至って普通だ。
 実装ショップさえなければ、まるで自分がいた世界(の27年前)と大差ないような気さえする。
 だが、やはり、何かが違う——根拠はないが、そんな予感がどうしても拭えない。
 これまで巡って来た世界とは決定的に違う、何か奇妙な軋みのようなものを覚えてやまないのだ。


 部屋に戻ると、ようやく目覚めたぷちとミドリが、昼食を摂っている。
 よく見ると、ちゃっかりお茶まで煎れているようだ。
 少しずつ色々な事を覚えて実践していく様子に、としあきは素直に感心させられた。

「ぷち、このお茶自分で煎れたの?」

“うんテチ。お湯沸かして自分で煎れたテチ”

「よく覚えたなあ。けど、火を使う時は充分注意しろよ」

“判ってるテチ。それよりクソドレイサン——”

 何か言い辛そうに、ぷちが呼びかける。
 よく見ると、室内にはアンリの姿がない。
 そしてミドリは、何も言わずただ黙々と味噌キュウリをかじっていた。

 ぷちが話したのは、夕べ彼女が見た夢のことだった。
 そして、それはとしあきが見た内容とはまるで異なっているものだ。
 ぷちによると、夢の中のアンリはある部屋の中に監禁されており、ほとんど外に出してもらえない状態にあった。
 しかも、たまに飼い主の家族と思われる女性により、叩かれたり罵詈雑言を浴びせられたりしていたらしい。
 アンリは何も反応せず、ただじっと受け止めるだけだが、それにより更に激しい暴行を受ける事もあったようだ。
 夢とはいえ、あまりに生々しい光景に、ぷちは激しく心を痛めていた。

“その夢を見ていると、胸の奥がズキッとするテチ。
 とても息苦しくなっちゃうテチ……”

 ぷちの呟きに、としあきとミドリはハッとして顔を見合わせる。
 すっかり忘れていたが、ぷちは仔実装時代に受けた虐待により偽石に亀裂が入っている上、人化したために負荷がかかり
過ぎている。
 そのため、ヘタに精神的ショックを与えるといつ自壊してしまうかわからない。
 顔面蒼白になったミドリは、としあきを寝室に招き寄せると、真剣なまなざしで話しかけた。

“聞け、クソドレイ。
 アンリは、きっと夢で自分の意志を伝えていると思うデス。
 お前もぷちも似たような夢を見ているってのは、絶対偶然じゃないデス”

「お前も、夢を見たのか?」

“見てないデス、いや見たかもだけど覚えてないデス。
 そんな事より、どうするつもりデス?”

「どうするったって」

“お前が引っ張り込んだ実装石のせいで、ぷちにもしものことがあったらどうするんデス?”

「いや、アレは俺が引っ張り込んだわけじゃないんだが……」

“男の癖に、女々しい言い訳はするんじゃないデス!”

 パスッ、と軽い音を立てて床を叩くミドリだったが、としあきにとって、それは迫力のある一打に感じられた。
 珍しく説得力のあるミドリの言葉に、としあきは反論の余地をなくしてしまった。
 自分達がいなくてもずっと生き続けていけるアンリと、彼女がいることで死と隣り合わせになってしまうぷち……選択の余地は
ない。
 だが同時に、アンリのせいであるという確証に乏しいのも事実だった。

「わかったよミドリ。けど、少しだけ時間が欲しい」

“夜になって、またぷちが夢を見たら、その時はアウトかもしれないデス”

「ああ、理解してる。だから俺がアンリを外に連れて行く」

“……”

 いつもなら、何か言い足して来そうな感じだが、今回のミドリはそれ以上何も言わなかった。

 ぷちとミドリが普段寝室として利用している部屋に、アンリは隔離されていた。
 としあきが部屋に入ると、ゆっくり身体を起こす。
 相変わらず無表情な顔で、じっと見つめてくる。

「あのな、アンリ——」

 そう言いかけて、彼女の耳にリボンが付いてないことに気付く。
 布団の周囲を探してみるが、それと思しきものは見当たらない。

 だがよく見ると、布団の中に、何かある。
 それは、夕べとしあきが洗面所のゴミ箱から拾ってきた、あの汚い切れ端だった。
 としあきが縫い付けた分は乱暴に引き千切られており、どこかへ行ってしまっていた。

「あ、なんか余計なことをしちまったのかな、俺」

 アンリの態度に、怒りよりも無念さを覚える。
 なんだかとても悲しかったが、としあきは、アンリの気持ちも考えずに勝手な事をしてしまったと猛省した。

 しばらくの沈黙の後、本題を切り出すことにする。

「アンリ、俺と一緒に外へ行こう」

 としあきの呼びかけに、アンリは何の反応も示さなかった。


          ※          ※          ※


 もうすぐ夕方になろうという頃、としあきはミドリ用の運搬リュックにアンリを詰め、外出した。
 既に外は暗くなり始めており、街の照明が目立ち始めている。
 アンリは、リュックの蓋を閉めようとすると抵抗するので、やむなく頭を出してやらなければならない。
 無論、その結果としあきはまた変態扱いされる結果となるが、我慢で乗り切ることにした。
 商店街を素早く抜け、当て所なくさ迷う。
 としあきは、特に目的を定めていなかった。

 二十数分も歩くと、人気の少ない郊外に出る。
 葉のない枯れ木ばかりが並び立つ寂しい遊歩道をとぼとぼと歩きながら、としあきはアンリに話しかけた。

「君の夢を見た。
 あの部屋は、前に君が飼われていた家なのかい?」

 アンリは、凍りついたように静かだ。
 遊歩道を通り抜け、車通りの激しい国道に出て、道端を歩き続ける。
 すれ違う車の人々が、奇異な目で見つめてくることに気付いてはいたが、としあきは、どうせあと少しで立ち去る世界なんだと
割り切り、我慢を続ける。

 国道から適当な脇道に入ると、そこは寂れた住宅街だった。
 パッと見はかなりの家が立ち並んでいるが、それに反して人の気配がまるでない。
 軽自動車くらいしか通れなさそうな細い路地を上がり、住宅街に入り込んだとしあきは、ある一軒家の門前で驚くべきものを見た。

 郵便受けに、大量に詰まった古いチラシや新聞類……

 よく見ると、そこは廃墟家屋だった。
 その家だけではなく、その隣も、向かいも、はす向かいも同じような状態だ。
 中には、明らかに十年以上は放置されているだろうと見られるボロ屋もあり、軒先にはかつて干し柿だったと思われる黒い
カサカサの物体がいくつもブラ下がっていた。

 住宅街に建つ家は、いずれもそれなりに高価そうな家屋で、一部の例外を除けば相当な裕福層でないと住めそうにはない。
 しかし、もうかなり暗くなっているというのに、どの家も明かりが一切点かないというのは、異様を通り越してもはや恐怖だ。
 遥か彼方に、ぽつぽつと明かりの灯る家が見られるが、ものすごくまばらだ。
 一見新興住宅街、しかし実態は過疎村以下。
 あまりのギャップに驚愕したとしあきは、ついつい色々と見て回りたくなる。

「すげぇな、こんなの見たことない。
 まるで、人間だけ死に絶えたみたいだなぁ——」

 申し訳程度に建てられている街灯の光が、としあきとアンリの影を浮き立たせる。
 しばらく歩いていると、ずっと先の街灯の下に、何かがひょいと飛び出した。
 それは、人間より小さく、細身で、頭がアンバランスに大きい。

 ——実装石だ。

「初期実装?!」

 それは、初期実装ではなかった。
 アンリとそっくりな、ただの実装石。
 薄汚れた実装服をまとい、無表情な目でこちらをじっと見つめている。
 よく見ると、それは右腕がなく、袖がひらひらと風になびいていた。

 何かを訴えるような赤と緑の眼差しが、としあきを釘付ける。
 しばしの見詰め合いの後、その実装石は、踵を返して闇の中に消えた。

「……ここに、実装石が棲み付いているのか?」

 アンリ以外で初めて出会う野良?実装の存在に興味を覚えたとしあきは、更に住宅街の奥へ進んでいく。
 いつしか、背中に背負っている存在のことを失念して——


 時計が午後7時を示す頃、突然、背後から声をかけられた。

「やぁ、奇遇だね」

「どわああぁぁぁぁぁっっ?!? び、ビックリしたあぁぁっっ!!」

「臆病だなぁ、落ち着きたまえ」

 暗闇の中に佇んでいたのは、大きなリュックを背負った海藤ひろあきだった。
 彼の背中から「ボクゥ」という声がするので、アクアもいるようだ。
 ひろあきは、小さな懐中電灯でとしあきを照らした。

「お、臆病とかそういうもんじゃねぇ! 普通誰でもビビるわ!」

「ここに来るなんて、君もなかなかの調査力だね。
 正直あなどっていたよ」

「ここは、いったい何なんだ?」

“ここは、住人がほとんど居なくなった住宅街ボク。
 ホント、見たまんまの所ボク”

「わかんねぇなぁ、結構よさげな所なのに、どうして——」

「ここだけじゃない。
 この世界には、こんな場所が色々な所に沢山あるのさ」

「えっ?」

 ひろあきの言葉に、としあきは目を剥く。
 懐中電灯を器用にクルリと回転させると、ひろあきはアクアを外に出し、話を続けた。

「ここがこんな風になったのは、実は実装石のせいだって言ったら信じるかい?」

「実装石が? ちょっと……信じがたいな」

“本当ボク。
 この世界の実装石は、人間を魅了してしまうボク。
 実装石のせいで、生活を乱されてまともに生きていけなくなった人間の数は膨大ボク”

「ちょっと待て、待て……困惑してきた。
 解りやすく教えてくれないか?」

「まあいいだろう。
 君も、今後の世界巡りの参考になるだろうからね」

 フフン♪ と鼻を鳴らし、ひろあきはどこか得意げに語り出す。

 この世界の実装石は、見た目こそ奇異でどこか不気味さを感じさせる存在だが、一度接触すると不思議な親近感を覚えてしまう。
 実装石は特に何の感情表現もしないのに、周囲の人間が気を回しすぎてしまう。
 やがて、実装石の世話を焼き始め、やがては越えてはいけない一線を越える者まで出てくる。
 この住宅街の人間達も、そんな風に実装石に魅了され、ここで生きていけなくなり姿を消してしまったのだ。
 今やここは、実装石のテリトリー。
 彼女達はここから動きはしないが、やって来た人間が関心を覚えれば、そこから再び崩壊劇が広がる。
 同じようなことが、日本だけでなく世界中で起きているというのだ。

「信じられねぇ、それじゃあまるで侵略者じゃねぇか!」

「そうともいえないさ。
 実装石に入れあげるのはあくまで人間達だ。
 彼らが強い意志を持っていれば、魅了される事なんかない。
 現に、実装とは関係なく生き続けている人々も大勢居る。
 割合は減りつつありがね」

“ボク達はこれまで色々な世界を回ってきて慣れてるけど、としあきさんはまだ初心者ボク?
 気をつけないと、実装石の虜にされちゃうボク”

「な…お、俺は…」

 としあきがそう言い掛けた時、背中がモゾモゾと動く。
 ひろあきは、懐からデスゥタンガンを取り出し、素早くマガジンを引き降ろした。


  —— Accept Command. ——


  —— Escape! ——


 トリガーを引いた途端、リュックの中からアンリが飛び出し、地面に落下した。
 幸い下が草原だったため、大したダメージは負っていないようだ。

「何するんだ!」

「やっぱり、この世界の実装石を連れていたのか。
 悪いことは言わない、ここで破壊したまえ」

“ボクゥ”

「は、破壊……? おい、何言ってんだ?」

 動揺するとしあきの前に、ひろあきは長さ30センチほどの鉄製の「楔」を取り出してみせた。

「吸血鬼みたいなものさ、これを胸に突き立てて、偽石を破壊すればいい。
 そうすれば、君の呪縛は解かれる」

「言ってる意味がわかんねーんだけど」

“としあきさんは、もう既に魅了されてるボク。
 このままだと危険ボク!”

 楔を足元に突き立てると、ひろあきは妙に冷めた目でとしあきとアンリを見つめた。
 いつもは愛らしい顔つきのアクアも、心なしか険しい表情を浮かべている。
 足元で尻餅をついた姿勢のまま固まっているアクアを抱き上げると、としあきは楔を蹴り倒した。

「生憎俺は虐待派じゃないんでね、そんな真似はゴメンだ」

「わかってないなぁ、これは虐待とか愛護派とか、そういう問題じゃない。
 そいつらは、そうでもしないと半永久的に生き続ける」

“としあきさんのことを心配しているボク!”

「せっかくだが、そういうのは好きじゃない。
 俺は俺のやり方でやらせてもらう」

 アンリを強く抱きしめ、ガードする。
 ひろあきは呆れたため息をついて、そっとアクアを抱き上げた。
 楔は、拾おうともしない。

「そうか、なら好きにしたまえ。
 君がどうなろうと僕達には関係ないからね」

“ひろあきちゃん、そんな言い方は……”

「それはお互い様だ。
 助言だけありがたく受け取っておくぜ」

 それだけ言うと、としあきはどこへともなく走り去っていく。
 取り残されたひろあきとアクアは、しばし無言で見つめ合った。


 闇雲に走ったとしあきは、完全に道に迷ってしまった。
 更に一時間以上も暗闇をさ迷い、遠くに見える街灯を頼りに道を辿る。
 だが、帰り道はおろか、先ほどひろあきと話した場所にすらたどり着けない。
 焦ったとしあきは、リュックの中からもう一度アンリを取り出した。

「なんだか招きよせられちまったみたいだなぁ。
 ここには、君の仲間も大勢いるのかな?」

 返答はないが、なんとなく肯定されたような気分になる。
 ほぼ完全な闇の中、確証こそなかったが、周りで沢山の何かが蠢いているような気配がある。
 それが、こちらを窺っている実装石なのだろうか——

 少し怖くなったとしあきは、アンリを抱き上げると、もう少し歩いてみることにした。
 近くにある緩い坂道を登り、少し開けた場所に出る。
 住宅街の外れに辿り付いたのか、だんだん廃墟の数が減ってきた。
 とある家の前を通り過ぎようとした時、突然、アンリが激しく暴れ出した。
 としあきの腕をすり抜けようと、必死でもがく。

「あ?! え、あ、おい!!」

 するり、と腕を抜け出すと、アンリはベタリと地面に落下し、走っていく。
 向かう先は、薄グリーンの壁色の、少しだけ大きな一軒屋だった。
 半壊した垣根の隙間を潜り抜け、するすると中に入り込む。
 少し悪い気もしたが、としあきも、その後を追うことにした。

「待てよ、アンリ!」

 その家は、一見かなり新しそうに見える造りだったが、相当風化が進んでいるようで、ドアなどは簡単に取り外せてしまいそうだ。
 窓枠は完全に機能を失っており、冷たい風が自由に行き来している。
 分厚い埃が床を覆い、そこにカーペットがあるのかどうかもわからない。
 幸い、近くに街灯が立っているため、微かに入り込む光で足元の様子は確認出来そうだった。
 濛々と舞う埃に苦悶しながら、としあきは、アンリに続いて一階奥の個室に入り込んだ。

 としあきが追いつくと、アンリはその部屋の真ん中で大の字に寝転んでいた。
 いつも寝室で見せている、あの姿勢だ。
 先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように静まり、ただじっと天井を見つめている。
 呆れたとしあきは、脇にしゃがみこんで話しかけた。

「あのなぁ、こんな所でそんな事されても、俺は乗らないっての!」

 だが、アンリはピクリとも動かない。
 そのまま十数分、としあきはアンリが動き出すのをじっと待ち続けた。
 ミドリ達の事が気になり始めた頃、ようやくその部屋の様子に気付く。

「あれ、ここは……まさか?」

 闇に目が慣れ、多少細かいものも見えるようになった。
 としあきは、その部屋を見るのは初めてではない。
 あの時、夢で見た場所そのまんまだ。
 ここは、間違いなく、アンリが飼い主と愛を育んで? いた部屋そのものだ。
 思わず感嘆の声を上げる。

「うっそぉ、こんな事ってあるのかよ!」
 
 まるで何かの作り話のような偶然に、驚きを禁じえない。
 部屋の中を巡り記憶と照合するが、疑いようはない。
 特徴的な模様のある壁紙、洋風の凝った造りの出窓、フローリングの床、ダブルサイズのベッド、何もかもがそのまま同じだ。
 しばらく眺めていたとしあきは、やがて、少しずつ理解が及んできた。

(アンリ……まさか、ここに連れて来てもらいたかったのか?)

 床に寝そべっているアンリが、いつのまにかこちらに顔を向けている。
 二人の視線が、暗闇で絡み合う。

(間違いない。アンリは、ここに来たかったんだ。
 以前住んでいたこの場所に、戻りたかったんだ!)

「わかったよ、アンリ。じゃあ、ここでお別れしよう」

 としあきは、優しい目でアンリを見つめた。
 ほんの僅かの付き合いだったが、とても不思議な思い入れを抱いてしまった事を実感する。
 だが、当初の目的は、アンリと別れること。
 後ろ髪引かれる思いはあったが、としあきは、そのまま廃墟の家屋を出て行くことにした。

「達者でな、アンリ。——さよなら」

 なんともいえない気持ちで、としあきは寝室を後にする。
 立ち去るとしあきの後姿を、アンリは身体を起こしてじっと見つめていた。


          ※          ※          ※


 12月23日、午後3時——残り滞在時間、あと39時間。
 ぷちとミドリにたたき起こされたとしあきは、慌ててベッドから飛び降りた。
 
 あれから更に道に迷い、空が白み始めてようやく帰路を見出したとしあきは、ボロボロに疲労した状態で帰宅した。
 食事をすっぽかされたミドリやぷちから散々文句を言われたが、反応する気力すらなかった。
 気絶するように眠りにつき、気がつくとこんな時間。
 だがとしあきは、これ以上この世界で初期実装の子供を捜すのは無意味な気がしてきた。

 それよりむしろ、ここに至りひろあきが言っていた事が引っかかり始めた。


『あいつに通じるものが何かあるんじゃないかと思ったわけさ』

『初期実装は、僕達に実装石の世界巡りをさせているが、それには何か意味があるようだ。
 僕も、アクアも、そして君達も……このままだと、いつかとんでもない事に巻き込まれてしまうだろうね』


 どういう意味なのか、今のとしあきには全く意味がわからない。
 加えてひろあき達は、「初期実装に子供はいない」とまで言い切った。
 彼等と自分達の間に、明らかな認識の差異がある。
 それがとても気になって仕方なかった。

「まさか、初期実装は複数居るのか?
 俺達を飛ばした奴と、あいつらを飛ばしてる奴が別にいるとか……それなら、理屈が通るけど——」

 ベッドの上に座りながら、としあきはいつしか腕組みをして考え込んでいた。


          ※          ※          ※


 それから、としあき達はあの不思議な夢を見ることなく、ごく平凡な生活を営んだ。
 ミドリはぷちと共にマンションの部屋にこもり、としあきが提供する食事を貪ったりテレビを観たりして時間を潰し、ぷちは部屋に
閉じこもり何かを行っている。
 としあきは街に出て様々な情報を求めたが、やがてぷちが不満を唱え始めたため、途中からは協力してもらうことにした。
 二人は、やがて図書館通いを始め、あの時見た住宅地と同じような状況にある場所について調べた。
 かろうじて読める文字を頼りに、本の検索を手伝うぷちは、としあきが調べ物をしている間に別な本を読み、時間を潰す。
 そんな時、ぷちが偶然、実装石に関連する情報を発見した。

 彼女が持ち寄ったのは、実装石についての研究叙説だった。
 かなり古い本で、発行年月日が昭和47年になっている。
 読み進めていくと、どうやらこの時期が日本における実装石の大流行年だったらしい。
 ヨーロッパから持ち込まれた謎の生命体としてマスコミの注目を受け、簡単に数を増やせるとあり一時は爆発的なペットブーム
を巻き起こしたようだ。
 当時の写真を見ると、街行く人々の多くが実装石を連れている。
 今ではとても考えられないことだったが、若い女性が肩から提げたバッグに実装石を収め、笑顔でピースしているフォトなんて
いうものまである。
 その本では、実装石の起源や生態、身体構造についての言及はなかったが、筆者の持説とはいえ、当時の風俗を通し
「実装石についての認識がどのように変化していったか」を詳しく解説していた。

 「ジックス」なる行為が、アングラな世界で流行し始めたのも、これとほぼ同じ時期だった。
 この頃は、十代後半から二十代の青年層による“世間への反発・反抗”が目立ち始める頃であり、いわば「主張を通し、個性を
強調するためなら何でもしてやる」という風潮が生まれ始めていた。
 この頃の日本は経済成長期であり、所謂産めよ増やせよがスローガンだった。
 だからこそ、社会が敷いたレールに反抗したい者達は、こぞって「産まず増やさず」というアンチテーゼに奔走する。
 その結果選択されたのが、ジックスだったのだ。

 この頃圧倒的なカリスマ的人気を誇っていた有名人が、出演映画の中でジックスを提唱したのも拍車をかけた。
 所謂不良主人公が活躍する内容の映画だったのだが、その中でアンチモラル的行為の代表として取り扱われた。
 これが有名人のファンを中心とした一大ブームを巻き起こし、社会現象にまで発展し、現状の基盤を作り上げたとされている。
 この影響は想像を絶するレベルだったようで、それまでの実装石に対する認識を一変させるのには充分すぎるものがあった。

 だが、これはすぐに歪みをも発生させた。
 昭和四十年代初頭には既に実装石=ジックス=忌まわしい存在という認識に切り替わってしまい、かつてからは考えられない
ほど人気は衰退。
 多くの実装石が処分され、また同時に無法に捨てられた実装石による被害が指摘され始めた。

 問題は、その「被害」の内容だ。
 ここでとしあきは、ひろあきの発言が嘘でなかった事を知る。

 この世界の実装石は、人間の精液を受けることで簡単に増殖する。
 非生物の特徴を持ちつつ、生物としての性質も併せ持つ、まさにデタラメな存在だ。
 その代償として、人間の女性とは比較にならないほど強く常習性のある快感を与える。
 一部では、麻薬に匹敵するほどの効力があるとも言われているほどだ。
 ジックスブームは実装石の過剰増殖を併発する一方で、若年層男性の異性に対する関心・性欲を著しく減退させるという
恐るべき結果をも生み出した。

 実装石と交わった者は、実装石に魅了されてしまう

 それがたとえペットでも、一時的な保護でも、関係ない。
 しかも、男性だけでなく女性にも影響があり、これはやがて深刻な少子化を発生させる温床となる——その書籍では、最後に
そう分析されていた。

「うへぇ、これじゃまるで魔物だなぁ」

「うう、この世界の実装石だけの話テチ! 私達は全然違うから安心してテチ!」

「いやあ、俺は結構ぷちに魅了されてるけどなぁ〜」

「それは、クソドレイサンが単にスケベなだけ……もぅっ、おっぱいばっかり見ちゃダメテチ!」

「大声で言うな!」

 周囲の視線にいたたまれなくなったとしあきは、慌てて図書館を後にする。
 初期実装の子供に繋がるような資料には巡り合えなかったが、ともあれ、この世界はこの世界でとんでもない状況にあるという
事はよくわかった。

 帰り際、不意にぷちがとしあきに腕を絡めてきた。
 豊満なバストが肘を圧迫してくる。


          ※          ※          ※


 12月24日、午後6時。
 滞在時間、残りあと12時間——

 クリスマスイブの夜、としあき達は、マンションの一室で楽しいひとときを過ごした。
 ぷちの要望通り揃えられたケーキとローストチキン、そしてスパークリングワイン。
 スーパーの特売品だったが、ミドリの要望も加えて寿司まで揃えた。
 クリスマスツリーまで準備は出来なかったが、二人と一匹の食卓はそれなりに盛り上がり、いつもの喧騒も漏れなく繰り広げ
られた。
 

 日付がもうすぐ変わるだろうという頃、急に雨が降り出した。

 としあきは、夢を見た。

 そこは、例の部屋——先日としあきがアンリを置いてきた廃墟家屋の寝室だった。
 以前見たように、若者がアンリを抱いている。
 若者のたぎる欲望を黙って受け止めるアンリ……と思ったが、何か以前と様子が違う。

 若者は、泣いていた。
 セピア色に曇ったビジョンでもわかるほど、はっきりと泣いていた。
 泣きながら、アンリと交わっている。
 事を終え、若者は愛しそうにアンリを抱きしめ、何度も頬ずりをした。
 相変わらずのアンリだったが、よく見ると、いつのまにか左耳のリボンがない。
 どうしたわけか、彼女はリボンを外して手に握っていた。

 やがて、アンリから離れた若者は、大きな荷物を持って部屋を出ようとする。
 拙い足取りで、その後を追おうとするアンリだが、振り返った若者の言葉に足を止める。
 彼が、なんと言ったのかは、聞こえない。
 ドアが閉じられ、アンリは、部屋の中で立ち尽くす。
 ずっと、ずっと、何時間も、何日も……

 それ以来、若者が寝室のドアを開けることは、二度となかった。



「テチャアッ?!」

 突然ベッドから起き上がったとしあきの横で、驚きの声が上がる。
 すぐ脇には、なぜかパジャマ姿のぷちが立ち尽くしていた。

「ぷち? なんでこんなところに?!」

「テ、テェェ……クソドレイサンこそ、どうしたテチ?
 すごく息が荒いテチ」

「——ちょっと、外に出てくる」

「テェッ!? お外はまだ雨が降ってるテチ! 濡れちゃうテチ!」

 時計は、午前1時半を指している。
 この世界に居られる時間は、あと5時間未満しかない。
 だが、としあきはそれを理解しつつ部屋を飛び出す。
 騒動に目を覚ましたミドリが、あくびをしながらリビングに出てきた。

「こんな夜中に、何を騒いでいるデス〜?」

「オネーチャ! クソドレイサンが出て行っちゃったテチ!
 もうすぐ別な世界に行っちゃうのに!」

「デ……マジデス?
 ってそれより、ぷちはこんな時間に何してたデス?」

 ミドリは、彼女が手にしている物を見て尋ねた。


          ※          ※          ※


 マンションの玄関前に飛び出したとしあきは、心の中で「やっぱり」と呟く。
 激しい雨の中、誰もいない敷地の中に、小さな一つの影がある。
 人間よりも小さく、とても細く儚げな——それは、実装石だ。

「アンリ、どうして戻って来た?!」

 雨の中駆け出したとしあきは、アンリの肩に触れる。
 全身ずぶ濡れになり、実装服も初めて会った時のように真っ黒に汚れている。
 あれから、ここまで独りで歩き通して来たのだろうか。
 彼女を抱きかかえ部屋に連れて行こうとしたが——アンリは、首を横に振り、拒む。

「どういうことだ?」

 いきなりの意思表示に戸惑うとしあきをよそに、アンリは外に向かって走っていく。
 マンションの門の前に来て、まるで付いてきてくれと言いたげに振り返った。
 雨の降りは、まったく弱まらない。
 アンリの意図を計りあぐねたとしあきは、ミドリ達の意見を聞こうと部屋に戻ろうとしたが、先ほどの夢の内容を思い出し、足を
止める。
 同時に、ひろあきの言葉も脳裏にフィードバックした。
 彼から教わったこの世界の知識が、突然頭に浮かんでくる。
 時間は、あと30分で2時になる。

「畜生!」

 としあきは、駐輪場に飛び込み鍵の付いてない自転車を探し回った。


          ※          ※          ※


 大雨の中、雨具もなくジャージ姿で自転車を駆るとしあきは、必死であの住宅街を目指した。
 前はかなり遠回りした上に道に迷ったため、無駄に時間がかかったが、まっすぐに行けば自転車なら三十分もあれば充分
だった。
 雨に濡れた手が、感覚を失っていく。
 としあきは、かごに乗せたアンリの後頭部を見ながら、何度も「畜生!」と叫び、必死でペダルをこぎ続けた。

 途中、何度か「これも、実装石に魅了されてるからなのかなぁ」と思い返したが、頭を振って必死で否定する。
 としあきは、今の行動をそのような部類のものだとは思いたくなかった。

 廃墟家屋の建ち並ぶ住宅街にたどり着く。
 出たばかりの頃より多少雨足は弱まったが、それでもまだかなりの降りだ。
 途中、道端からこちらを見上げる数体の実装石を見かけた。
 赤と緑の目が、暗闇だというのにやけにはっきりと見える気がする。
 以前アンリと別れた家屋に向かう途中、としあきは、ひろあきと立ち話をした場所を通過する。
 キッ、と軋んだ音を立て、ブレーキをかける。

「……」

 かごの中に座り、じっとしているアンリの後ろ姿を一瞥すると、としあきはそこで一旦自転車を降りた。


          ※          ※          ※


 廃墟家屋。
 そこは、アンリがかつて飼い主と生活し、交わり合った場所。
 凍えるような寒さに、今にも倒れてしまいそうな状態だったが、それどころではなかった。
 自転車のかごから下ろされると、アンリはあの時と同じように、としあきを寝室へ誘導する。
 分厚い埃が積もる暗い廊下を通り、一階の奥にある半開きのドアを開ける。
 窓から差し込む街灯の明かりが、薄紫色の不思議な空間を演出している。
 それはまるで、誰かが演出したかのような、どこか幻想的な雰囲気だ。

 アンリは、あの時と同じように床に大の字になる。
 としあきは、足下のアンリを、ただじっと見つめていた。

 ここは、かつてアンリが若者と住んでいた家。
 どのような事情があったのかはわからないが、家財道具がそのまま放置されている所から、あまり真っ当な理由で出て行った
訳ではなさそうだ。
 アンリは、この場所にずっと居た。
 そして、なぜかその映像を夢として見せ続けていた。
 それが偶然のものではないことを、としあきは自覚している。
 偶然見た夢なら、むしろどれだけ良かっただろうか。
 
「アンリ……」

 跪き顔を近づけると、アンリが顔を向けてくる。
 薄紫色の光に照らされたその顔は、ぞっとするほど白く、そして何故か美しく見えた。
 無表情で、人間とはかけ離れた形の顔なのに、それは引き込まれそうになるほど綺麗だ。
 アンリが、手に握っていたリボンの切れ端を、そっと胸の上の乗せる。
 そして、もう一方の手を、としあきの冷たい手に重ねた。

「……」

 アンリは、リボンを手でポンと叩く。
 としあきに向けられた顔は、とても美しく、そして儚く、悲しい。
 若者に貰い、ずっと大切にしていたリボンを胸に飾る。
 その意味と意志を、としあきはせつないほど理解していた。
 彼女が帰りたがっていたのは、此処であり、ここではない。

 アンリは、としあきと交わりたかったわけではなかった。
 寝室に導き、無抵抗で横になる。
 としあきとぷち……「人間」にだけ、夢を……過去という名の記憶を伝える。
 それは、失われたぬくもりを求めているのではない。

 望んでいたのは——決別だ。

 としあきは、先ほど拾ってきたものを掴み、アンリの胸にあてがう。
 彼女は、教えていた。
 リボンの位置が、答えなのだ。
 アンリは、最初に逢った時からずっと、としあきに呼びかけていたのだ。
 こうしてくれと。

 最後に、としあきは、アンリの頭を優しく撫でてやった。
 夢で見た若者がしていたように。


『吸血鬼みたいなものさ、これを胸に突き立てて、偽石を破壊すればいい』

『、これは虐待とか愛護派とか、そういう問題じゃない。
 そいつらは、そうでもしないと半永久的に生き続ける』

 ひろあきの言葉が、頭の中で再び繰り返される。
 ミドリ達とは違い、「人形」である実装石に、寿命はない。
 破壊されるまで、延々と生き続けるのだ。
 本人が望む、望まないに関わらず。

「ごめんな、アンリ……
 もっと早く、気付いてやれば良かった」

 としあきの言葉に、アンリは、首を振って答える。
 そっと、目を閉じる。
 とても、とても静かな時間が流れていく。

 としあきは、楔の先を一度リボンの先端に当ててから、強く振り上げた。
 心の中で、何度も「ごめん!」と叫びながら——

 楔を振り下ろす瞬間、アンリの目が開き、虚空を見つめた。
 


 ドスッ!


 バキ……ッ



 金属の楔が、アンリの胸を貫く。
 リボンは体内にめり込み、偽石を完全に打ち砕いた。
 四肢から力が抜け、パタリと床に落ちる。
 ほんの一瞬の出来事だったが、としあきにとって、それは物凄く長い出来事に感じられた。

 アンリは——微笑んでいた。
 見間違いではない、ほんのりと微笑みを浮かべ、こと切れていた。
 無表情の筈のアンリが、としあきに向かって、はっきりと微笑んでいたのだ。
 
「……」

 重い楔を引き抜き、アンリの体を抱き上げると、そっとベッドの上に横たえる。
 血は、ほとんど流れていない。
 それが、なぜかとても悲しく、切なかった。

「……ごめんよ」

 両手を合わせ、祈るような姿勢に整えてやると、そのまま静かに退室する。
 それ以上、ここに止まってはいけない気がしたのだ。
 帰り際、ふと気になり、広間に通じるドアを開く。
 そこにも、様々な家具類がそっくりそのまま残されていた。
 いずれも、大変時代がかったデザインのもので、テレビには高い足が付いているほどだ。
 窓からの明かりを頼りにテレビの側面を見ると、「1967年2月」と書かれたステッカーが確認出来る。
 としあきの心に、何かとても重いものがのしかかった。

 ——どれだけ、彷徨ってたんだよ——
 
 置かれた家具や家財の種類、様子から、この家がそんなに長い間使われていなかった事が窺い知れた。
 ここの住人だった若者が、全てを捨てて旅立たねばならなかった事情の片鱗も、ここに眠り続けている。
 そして、たとえ一時でも、彼に愛されていた存在も、眠りに就いた。

 その時、としあきはぷちが見たという夢の内容を思い出した。
 ここには、アンリを虐待する女性も居た筈だ。
 若者は、少なくともアンリを含めて三人でこの家に住んでいたのだ。

 ほとんど使われていない家財道具に混じって、それなりに使い込まれた生活用品も混じっている。
 それは、彼らが本来営む筈だった新しい生活が、ほんの僅かで途切れてしまったことを、如実に示していた。
 新しめの家具の色調や模様から、それらは女性が選んだだろう様子が窺える。
 対して、使い込まれているものはいずれも無骨なものばかりで、とても女性が好んで購入するものには
感じられない。

(これを買い揃えた人は……どんな気持ちで、この家に来たんだろう。
 どんな想いを抱きながら、この家で生活してたんだろう……)

 若者が、悲しげにこの家を出て行こうとした夢の内容を、思い出す。
 同時に、何故若者だけが独りでこの家を出たのか、その理由も理解出来た。

「そうか——そういうことか」

 三者三様の悲しみが、今も色濃く残されている家屋。
 身体に染みいる寒さすら忘れ、としあきは、その場に立ち尽くしていた。


          ※          ※          ※


 自転車に乗り、もうすぐ住宅街を抜けるという頃、突然目の前に小さな生物が現れた。
 それは、実装石のようで実装石ではない。

『あと一時間しかないデスゥ、いったい何をしているデスゥ?』

 小さな生き物が、頭の中に直接話しかけてくる。

『お前には、こんな無駄なことをしている余裕なんかない筈デスゥ。
 忘れたデスゥ? お前は、ワタシの仔の捜索だけしていればいいデスゥ』

 小さな生物の言葉が続く。
 としあきは、ただじっと目を閉じていた。

『お前は、どの世界でも無駄な事しかしないデスゥ。
 あんな年老いた人形実装に感情移入なんて、馬鹿げた真似をしたものデスゥ』

 小さな生物は、笑っていた。
 表情こそ変わってはいないが、明らかにとしあきを嘲笑していた。

『この世界の実装石には、心はおろか感情も、魂もないデスゥ。
 人間の意識に反応して、特定の行動を繰り返すことしか出来ない、どの世界の実装石よりも愚かしい存在デスゥ。
 お前は、そんなくだらない“物”しかいない世界に、取り残されたいんデスゥ?』

「……せぇ」

『こんな無駄な事をするゆとりがあったら、もっと——』

「……るせぇ」

『デ…?』

「うるせぇって言ってんだよ!!」

 次の瞬間としあきは、全身全霊の力を込めて、小さな生物の顔面を蹴飛ばした。
 派手に転がり、遠くの草むらまでふっ飛んでいく。
 としあきの肩や腕は、ぶるぶると震え続ける。
 冷え切っていた筈の身体が、怒りで熱くなっていた。


「心も魂も……しっかりあったぜ!」


 それだけ叫ぶと、再び自転車にまたがり、人気のない住宅街を駆け抜ける。
 雨は、少しずつ弱まり始めていた。


          ※          ※          ※


 12月25日、午前5時38分。


 ずぶ濡れのまま部屋に戻ったとしあきは、玄関に立ち尽くすミドリの姿に驚かされた。

「起きてたのか」

 驚くとしあきを、ジロリと睨み付ける。
 だがミドリは何も言わず、抱えていたものを投げつけた。
 それは、畳んだバスタオルだ。

「ミドリ……」

 ミドリは、そのまま自分の部屋に戻っていった。


 リビングには、ソファに寝そべったぷちの姿があった。
 完全に熟睡しているようで、とても起こす気にはならない。
 手早くシャワーを浴び、着替えを済ませたとしあきは、寝室に置いた自分の荷物を回収してリビングに戻ろうとした。
 ふと、枕元に何か置かれているのに気付く。
 それは、丸めてリボンで縛られている画用紙だった。
 リビングに持ち込んで開いてみると、それは、クレヨンで描かれた得体の知れない絵だった。
 幼稚園児でももっと丁寧に描くだろうと思われるほど、乱雑で汚く、所々汚れている乱雑な絵。
 だがとしあきは、それを見てうっすらと涙を浮かべた。

“クソドレイサン、めりぃクリすマす”

 所々左右反転した文字があるが、その絵には、確かにそう書かれていた。
 人と思われる物が二つ寄り添い、その脇に小さな緑色の物がくっついている。
 元気一杯に描かれた、拙く汚いけれど、とても楽しそうな絵。

 としあきは、眠り続けるぷちの頭を優しく撫でた。

「メリークリスマス……」

 そっと、静かに呟く。

 個室から荷物を持ち出してきたミドリは、物陰からそれを見て、ふっと笑った。




 もうまもなく、夜が明ける——






→ To Be Continue NEXT WORLD


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次回 【 他実装の世界 】



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ご閲覧ありがとうございました。
今年はこれで最後の投下とさせていただきます。

来年もよろしくお願いします。


敷金

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