Journey Through The Jissouseki Act-6 【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられる。 彼女の仔実装がとしあきに踏まれたため、異世界へ飛んでしまったのだという。 初期実装の力で「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界へ飛ばされたとしあきは、5日間というタイムリミット の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならなくなった。 既に5つもの実装世界を巡ったとしあきだったが、いまだに初期実装の子供は捕まえられない。 しかも、途中で目的を同じくする別グループ「海藤ひろあきと実蒼石アクア」まで現れた。 次にとしあき達が辿り付くのは、どんな実装世界なのか—— 【 Character 】 ・弐羽としあき:人間 「実装石のいない世界」出身の主人公。 専門学校生で、今のところは実装石に友好的。 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。 ・ミドリ:野良実装 「公園実装の世界」出身の同行者。 フルネームは「ハゲハダカミドリジッソー」。 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきとコンビを組みよくも悪くも活躍。 ・ぷち:人化(仔)実装 「人化実装の世界」からの同行者。 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。 頭の中身は完全に仔実装のままなので純真無垢、その上人間の言葉は話せない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ! 第6話 ACT-1 【 悦楽園の人形 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 時は、1983年12月20日。 街は、どこもクリスマスムードに包まれている。 色とりどりのイルミネーションが煌き、どこからともなくクリスマスソングが流れている。 サンタクロースやクリスマスツリーの飾りつけが各所に見られ、そこら中に赤と緑、白が点在している。 「実装愛護の世界」で保留されていた“ぷちの普段着購入”をようやく思い出したとしあきは、その日ぷちを連れて近所の ショッピングモールにやって来ていた。 当然、ミドリも一緒である。 まずは最初に適当な服を決め、それに着替えてから本格的に服探しを始める。 ペットという触れ込みで店内に入る事を認められたミドリと共に、としあきは一生懸命にコーディネイトを考案した。 自分の時代より26年も前なので、いささか古臭いデザインやセンスの物が多かったが、ぷちは何を着てもそれなりに似合って しまう。 薄水色で薄地のノースリーブ・ワンピース、そしてブラウンのハーフコートは、ぷちの体格になんとかぎりぎり合うサイズだった。 本来は比較的スレンダーな体格のぷちだが、とにかくGカップのバストのせいで、どうしても大きな制約を受けてしまうのだ。 としあきは、いつものメイド服のデザインが、どうしてあんな風になっている必要があるのか、ここに至ってようやく理解出来た。 “あれは単なる見せ用デス?” 「それもあるけど、ああでもしないと乳の肉を逃がせないんだろうな。 多分偶然の産物だろうけど、機能性はあったんだろ」 “ものっそいこじつけ感が漂うデス” 店を出る時、他の客の視線がとても痛かったが、旅の恥はコキ捨てという言葉を思い出し、耐えた。 “ありがとうテチ、クソドレイサン♪ いつかちゃんとお礼してあげるテチ!” 「じ、じゃあ、帰ったら、俺と一緒に、そ、そのぅ……」 “ぷち、安売りは絶対ダメデス! ここはじらして引っ張って、とことん搾り取るデス!” “テチュン? クリスマスだから、何かプレゼントしてあげようかなって思っただけテチ” “それならワタシは、養老の滝の牛丼がいいデス” 「なんでお前がリクエストすんだよ!」 新しい服を着て、ようやく普通に街中に出られるようになったぷちは、いつもより足取りが軽く、スキップしながらショッピング モール内を見物している。 所持金の大半を一気に失ってしまったとしあきだったが、ぷちのそんな様子を見ていると、なんだかほんわかした気分になって 来た。 “ところでクソドレイ、ぷちばかりじゃなくワタシにもプレゼントしろデス” 「お前には良い物しょっちゅう食わせてるだろうが! ぶっちゃけ、実装石にはもったいないものばっかだぜ! これ以上何を望むってんだ」 “ムカ! いい物って牛丼ばっかりじゃないかデス!” 「イヤならもう奢らない」 “愛してるデスクソドレイ。ブチューしてやるデス” 「おえっ」 “クソドレイサーン、オネーチャー! 早く来るテチーッ!!” いつものようなバカな会話をしながら、としあきとミドリはどんどん先へ行ってしまうぷちの後を追った。 休日昼間のショッピングモールは人通りも多く、大勢の老若男女が行き来している。 人の流れに乗りながらモール街の出口に向かっていたとしあきだったが、不意に、すれ違った女性の声が耳に飛び込んだ。 「やだぁ……変態」 振り返ると、若い女性がまるで変質者でも見るような目でこちらを見ている。 視線が合うと、わざとらしく視線を逸らして、そそくさと行ってしまった。 「なんだ、ありゃ?」 “どうしやがったデス?” 「いんや、なんでもねぇ」 ぷちを見失わないように、急いで追いかける。 だが、またもおかしな声が各所から聞こえてきた。 「何あれ……正気ぃ?」 「いやらしい……昼間っから」 「うそぉ、信じらんない! 人目が気にならないの?!」 「ママー、あのおにいちゃん何連れてるのぉ?」 「ゆかちゃん、見ちゃいけませんよ!!」 その声は、すべて女性……しかも、明らかにとしあきに向けられている侮蔑の言葉だ。 いわれのない罵倒に憤りを覚えるが、同時に、一体何が変態呼ばわりされる原因なんだろうと模索する。 ——その回答は、一つしかありえない。 “デス? どうしたクソドレイ、早くしないとぷちとはぐれるデス” 「やっぱこいつだよなぁ。よく見たら、ここでは誰も飼い実装連れ歩いてないし」 “デェ? 言われてみればそうデス” としあきは早足で追いかけ、ぷちと合流した。 どうやらミドリを連れ歩くとまずいらしいという事に気付いたとしあきは、一旦マンションに彼女を置いて、あらためて出直す事に 決めた。 「というわけだ、留守番しててくれミドリ」 “ふざけんなデス! どうしてワタシがそんな理由で……” 「牛丼特盛、玉子お新香付きでどうだ?」 “ここから一歩も動かないデスーッ!! とっとと行って来いデス!!” としあきは、実に話がわかる実装石だなと、少しだけ感心した。 再び出直したとしあきは、少し寂しそうに歩くぷちに近づくと、思い切って手を握ってみた。 温かく柔らかい感触が伝わり、その気もないのに頬が緩む。 “テェ?” 「い、いやホラ。はぐれないように、な」 “テチュン。わかったテチ” 手を握り街中を歩くという意味を、ぷちはまだよく理解していないようで、特に抵抗はしない。 としあきは、胸をドキドキさせながら、少しだけ恍惚感に浸っていた。 先ほど歩いたショッピングモールから小路に入り、少し寂れた商店街へ抜けようとすると、その途中で「実装ショップ」なる店舗を 発見した。 ペットショップではなく、実装ショップという名義になっている事に興味を惹かれたとしあきは、ぷちと共に中を覗いてみることに した。 「うへ?」 “テェェ?” 二人は、室内に入って呆然とした。 そこは、白い無機質な壁に覆われた狭い店舗で、窓という窓が分厚い遮光カーテンで覆われている。 入り口の左手の壁には床から天井までアクリル製のケースが隙間なく積み重ねられており、その中に実装石が入れられている。 だが、どの実装石もまともな格好を一切していない。 グリーンの実装服をまとっている者はおらず、ほとんどが薄ピンク色や薄ブルーのベビードールやネグリジェ風のコスチューム をまとっている。 更に、特徴的なロールヘアは派手なパーマをかけられており、顔には色とりどりの化粧が施されている。 中にはセーラー服やナースのようなコスチュームを身に着け、足にハイヒールのような靴を履いているものまでいる。 としあきもぷちも、例のオッドアイと三ツ口を見るまで、それが実装石だと咄嗟にわからないほどだった。 だが、もう一つ不思議なことがある。 ざっと見た限り、60センチ級の成体が20匹ほどはいるというのに、室内はとても静かなのだ。 微かに流れる古臭いシンセサイザー音楽が流れてはいるものの、ケース内の実装石は一切鳴き声を立てず、また騒いだりも しない。 としあき達が入って来ても騒いだりはせず、せいぜい1〜2匹の目線が僅かに動く程度だ。 “まるでお人形さんテチ。 これ、本当に実装石テチ?” 「わかんね……けどこれじゃあ、まるでダッチワイフじゃねーか」 “何ソレテチ?” 「大人になればわかるよ」 “後で検索してみるテチ” 「この世界にインターネットないよ」 “テチャ!” しばらく呆然とケースを眺めていると、店の奥から頭の禿げ上がった中年男性が姿を現した。 エプロンを着けているところを見ると店員のようだが、その男はとしあき達を見るなり目を剥いて驚愕した。 「長年この店やってるが、女性連れで来たお客さんは初めてですよ。 いらっしゃい、どんな仔をお求めですか?」 「え? あ、いやなんとなく覗きに来ただけで…… ねえ、これ本当に実装石なんですか?」 としあきの質問に、店員の男は首を傾げる。 「当然でしょ、うちは実装石専門店。どんな殿方も楽しませること請け合いの優良品質の仔しか扱わないよ」 「楽し……優良? おいおい、アダルトショップかよここは」 「はあ? お客さん、ひょっとして冷やかし?」 “テ、テチィ? なんだかよくわかんなくなってきたテチ!” としあきは、この世界で初めて実装石を良く知る人物に会ったということで、商品の質問として詳しい話を聞いてみることにした。 最初は戸惑っていた店員も、冷やかしではないと理解したのか、説明を始めてくれた。 ここにいる実装石は、いずれも独身男性または妻との性生活が途絶えた壮年男性向けに販売されている、本物の「性的玩具」 だった。 所謂“生きたオナホール”みたいなもので、総排泄孔に男性器を挿入し性的満足を得るための商品なのだ。 しかも、実装石は自身の意識を持っておらず、また食事も排泄もないため、洗浄さえしっかり行っておけば半永久的に使い続ける ことが出来るのだという。 更に、価格もリーズナブルで、なんと先ほどぷちの衣料を揃えるために散在したとしあきでも、思い切れば充分購入出来るほど のレベルだった。 「今は時間帯が時間帯だから空いてるけど、夜になると結構お客が来るのよ、これでも」 「へ、へえぇぇぇぇえ、知らなかった」 “……テチー” 「あたしゃてっきり、その彼女さんと特別なプレイに使うのかと思ったよ。 それにしても珍しいね、女性はたいがいこういうお店毛嫌いして近寄ろうともしないのに」 「あ、やっぱそう?」 「そりゃそうだよ、なんせ実装石のせいで少子化が進んでるなんて思い込んでるくらいだからねぃ」 店員の話によれば、この性的玩具実装石の人気は日本全国に留まらず世界各国でも大変大きく、あまりにも需要が大きいため 「人間の女性不要」とまで言われるほどだという。 あまりに具合が良すぎるため、本物の女性との性的接触に拒絶反応を示す男性も増えているということで、そういった問題を 踏まえた婦人団体が、各地でアンチ実装活動を展開しているようだ。 そのお題目として掲げられているのが、「実装石が少子化の原因」という指摘だ。 「へーぇ、すごい世界だなぁ。全然知らなかった」 “……” だがとしあきは、ここまでの説明でようやく合点が行った。 こんな世界では、確かにミドリを肩に乗せて歩いていたら変態呼ばわりされて当たり前だ。 ふと見ると、なぜかぷちが頬をぷーっと膨らませている。 まだ色々話を聞きたいと思ったが、ぷちが機嫌を損ね始めたため、としあきは適当な首輪を一つ買い、店を出ることにした。 出がけに「今度はお一人でいらっしゃい」と声をかけられ、ぷちは益々むくれてしまった。 “酷い世界テチ! 実装石をなんだと思ってるテチ! プンプン、実装石はニンゲンサンのおもちゃじゃないテチ! クソドレイサンもわかってるテチ?!” 「わ、わかってるって」 “ぷー!! 今度あんなお店に行ったら、二度とお口聞いてあげないテチ!” 「わ、悪かったよゴメン! マジゴメン!」 としあきは、さっき買った赤い首輪を是非ぷちに着けてみたいと思っていたのだが、諦めることにして上着のポケットに押し込んだ。 帰路に着きながら、としあきは“このままでは迂闊にミドリを連れ出したり、この世界の実装石について調査出来ないな”と 考えていた。 マンションの脇を抜け、もうすぐ入り口にたどり着く…というところで、突然ぷちが袖を引っ張って来た。 “テチ! クソドレイサンこっち来てテチ” 「なんだよ、建物の影じゃないか」 “いいから来てテチ!” 「え、キスでもしてくれるの? デヘヘ」 パチン!! 頬を平手打ちされ、無理やり引っ張っていかれる。 隣接する別マンションとの合間、日も差し込まない細い隙間の奥には、放置された木箱や発泡スチロールの箱が積み重ね られている。 だがその中に身を押し込むようにして、小さな姿が見て取れた。 「えっ、実装石?」 “助けてあげてテチ! とても弱ってるテチ!” 「あ、ああわかった!」 拾い上げてみると、それは確かに実装石だった。 やせ細り身体も汚れまくっているが、死んではいないようで微妙に胸が上下している。 としあきは、上着で実装石を覆い隠すと、急いで自室を目指した。 「おや、アレは——?」 ボクゥ? その時、マンションに駆け込むとしあきとぷちの姿を、二つの影が見止めていた。 ※ ※ ※ “なるほど、事情は良くわかったデス” 「わかってくれたかミドリ、愛してるよ」 “——だが、それと牛丼買い忘れた理由が全然繋がっていないデス!” 「だ、だからぁ〜、あまりにショックな事が続きすぎてつい忘れて……」 “噛み千切ってやるデシャアアァァ!!” 「うわぁぁぁ!! 暴力反対、ヤンキーゴーホームっ!!」 “もう!! 二人とも静かにしてテチィッ!!” 「すみません」 “ごめんなさいデス” ドタバタ暴れる二人を一声で制止すると、ぷちはバスタオルを折りたたんで作った布団の上に、衣服を脱がせた実装石を 横たわらせた。 実装石は、途中で意識を取り戻したようだが、特に何も言わず、ただじっとぷちやとしあきを見つめている。 “この仔、アンリさんというテチ。ホラ” 見ると、見につけていた実装服の裾に、“Anri”という刺繍が施されている。 どうやら飼い実装だったみたいだ、と思った直後、ぷちがいつのまにか英字を読み取れるようになっていた事に気付き、少し 驚かされた。 アンリ、と呼びかけてみると、実装石の目線がこちらを向く。 名前であることを確信したとしあきは、携帯をかざしながら、心配いらないという事を説明した。 だが—— “デェ? こいつ何にも言わないデス” “警戒されちゃってるテチ?” 「おかしいな、携帯にも反応がない」 アンリという名の実装石は、ただじっと三人を見つめるだけで、ウンともスンとも言わない。 としあきは、自分達は危害を加える気はない事、他の二人も実装石だという事を伝えるが、それにも反応を示さない。 その様子は生き物というより、まるで人形のようだ。 “いきなり家に連れ込んだから怯えてるデス” 「でも仕方ないよなあ、ミドリにぷち、この仔を頼む。 俺、この服洗濯してくるからさ」 “ツケにしとくデス” アンリを任せて、としあきは洗面所に向かい実装服を手洗いし始めた。 (うん? なんだか手ごたえが違うな……なんだかアクリル生地みたいな……) ミドリの服と全く異なる質感に戸惑いながら、としあきは実装服とパンツを洗い陰干しにする。 不思議なことに、野良だというのにパンツはまったく糞で汚れていなかった。 洗面台を流し後片付けをしようとしていると、排水溝に、長さ5センチほどの黒く細い布切れみたいなものが引っかかっている のに気付いた。 色褪せた上に汚れがこびりついており、触るのも躊躇われる。 「うわ、なんだこれ、きったねー」 我慢してゴミ箱に放り捨てると、としあきは洗濯物を干しに部屋へ戻った。 ※ ※ ※ その後、としあき達はなんとかアンリと会話を成立させようとしたが、すべて徒労に終わった。 声を出さなければ翻訳も出来ず、また感情を示すこともなく、ジェスチャーも一切しない。 ただ、無表情な顔で周囲をキョロキョロと見回し、時折自分の手を見たり身体をまさぐったりしているだけだ。 よく見ると、アンリはとしあきが今まで見てきた実装石と、あまりにも特徴が異なっていた。 身長や服の色、手足の形やオッドアイなどは同じだが、耳の付き方や長さ、体つき、顔の造り、四肢の細長さ、髪の色と質感、 すべて別物だ。 どちらかというと、ミドリより初期実装の方に近い姿をしている。 体重もとても軽く、ミドリの半分くらいしかないような気さえするほどだ。 また、その身体は幽霊を思わせるほど色白で、胸や腹、太股の付け根などに微妙な膨らみが見られ、なんとなく幼女の裸体を 連想させる。 としあきは、「これはロリ好きにはなかなかたまらないものがあるかもしれないな」と考えた。 起き上がった時、服を身に着けていない事に戸惑ったようで若干慌てるような仕草を見せたが、としあきが説明するとすぐに 落ち着いたので、こちらの言葉は通じるし多少の思考能力もあるようだ。 ひとまず、体調が回復するまでゆっくり休んだほうがいいと説得し、再び布団に寝かしつける。 ぷちが、キッチンから吸い飲みを見つけてきて、そこにぬるま湯を加えた水を入れて準備する。 だが、アンリは特に水を欲しがる様子は見せない。 ただしきりに、布団の中で両手を何度も見返しているだけだ。 “なんだか変な態度デス?” “何か持っていたんじゃないテチ? なくしちゃったんテチ?” 「うーん、でも見つけた時は何も持ってなかったよ」 としあきは、ぷちとミドリにアンリの面倒を見てもらうことにして、もう一度さっきの場所を調べに向かった。 だが、どこにも何も落ちておらず、せいぜい枯れ草や石ころが落ちているだけだった。 部屋に戻ると、なぜかミドリとぷちが狼狽していた。 布団の中にアンリの姿はなく、なぜかリビングと寝室の間のドア前に佇んでいた。 としあきを見るや、まるで一緒に入りたそうな態度を見せる。 “いきなり起き上がって、あそこから動かなくなったデス” 「何が言いたいのかな」 としあきは、試しに寝室のドアを開けてみた。 すると、アンリは滑り込むように中に入り込み、ベッド脇の床に仰向けになった。 そして、としあきに向けて両足を開く。 隣室から差し込む僅かな光に照らされたその部分は、しっとりと濡れた肉ヒダが露出しており、不自然なほど毒々しい色合いを 放っている。 としあきの脳裏に、実装ショップの店員が言っていた言葉がフィードバックした。 『どう扱うかって? カンタンな話だよ、こいつでセックスすりゃいいのさ。 実装石の中ってな、すげぇ気持ちいいんだぜぇ、あったかくてきつくってまとわりつくようでさ! 女のアレとは比べ物にならないよ! おっと、こいつぁ失礼、ヘヘヘ』 アンリの意志を理解したとしあきは、そっと彼女を抱き上げ、リビングへ戻った。 「俺は、そんな事したいわけじゃないんだ」 そう呟き、再び布団に寝かしつける。 アンリは、少し不思議そうな目でとしあきを見つめていた。 その後も、アンリは何度か立ち上がり、何かを探すような仕草をしたり、としあきを寝室へ導こうとした。 その度に、としあきは彼女を諌め、「その必要はない」とたしなめる。 だが、アンリはそれを受け入れず、何度も何度も、同じ事を繰り返し続けた。 ※ ※ ※ ——そこは、見覚えのない部屋。 ごく普通の、ごくありきたりの家の一室に、アンリは若者と二人で居た。 若者はアンリをとても可愛がり、頭を撫でたり、手を取ってあやしたりしている。 アンリは相変わらず無表情のままだが、若者をじっと見つめ続けている。 若者が、仕事に向かう。 家を出る時、玄関まで迎えに出るアンリ。 留守中、ずっと部屋の中で待ち続けるアンリ。 一歩も動かず、何もせず、鳴きも、泣きもせず。 夜遅く、仕事から戻ってくる若者を迎えるアンリ。 その小さな身体は大きな手で抱きかかえられる。 そして、夜—— 若者に、抱かれるアンリ。 セピア色の映像が、次第に闇に溶け込んでいく。 若者の身体に激しく揺さぶられるアンリの姿が、消えていく。 (夢……?) ※ ※ ※ 21日、午前6時。 世界到着から、ほぼ丸一日経過した時刻、としあきは不思議な気分で目覚めた。 リビングからは、ミドリのイビキが微かに聞こえている。 水を飲むついでに皆の様子を見に行こうと考えたとしあきは、ベッドから降りようとして、心臓が止まるようなショックを受けた。 「げ……?!」 ベッドの脇には、全裸のアンリが佇んでいた。 その白い肌と無表情の顔は、薄暗がりでいきなり見せられると大変な恐怖感を覚える。 激しく鼓動する胸を押さえながら、としあきは出来るだけ冷静に話しかけた。 「あ、アンリ、どうしたんだ?」 呼びかけに反応したアンリは、トコトコと寝室の真ん中へ移動すると、としあきを一瞥してから仰向けに寝転がった。 両手足を広げ、まっすぐ天井を見上げるように。 呆れたため息を吐くと、としあきはアンリを抱き上げた。 「だから、俺はそういう事はしないっての。 せっかくだけど、もういいから」 腕の中で、アンリが見つめてくる。 としあきは、「ひょっとして、こいつが夢を見せていたのかな?」などと一瞬考え、すぐに馬鹿馬鹿しいと振り払った。 しばらく後、目覚めてきたミドリとぷちが朝食を求める。 昨日買出しした材料を使って簡単な食事を用意し、としあきは三人に振舞った。 といっても、単なるバタートーストと目玉焼き、インスタントのスープだけである。 文句を言いつつもムシャムシャ食べるミドリと、玉子の黄身を零して残念がるぷち。 なんとも平和な光景にホッとさせられるが、アンリだけは、まったく手をつけようとしない。 ただじっと、としあきを見つめているだけだ。 ぷちが、乾いた実装服と下着を持ってきて着せ付けるが、その後も、アンリは食事に手をつけることはない。 「うう、やりづらい」 “アンリはきっと、クソドレイのことを気に入ってるデス。 それが証拠に、お前しか見てないデス” “テチュ〜、アンリサンとおしゃべり楽しみたいテチ!” “デヘヘ、普段ぷちの巨乳を見て盛ってるクソドレイのことデス。 そろそろ我慢の限界デス? アンリとハアハアするなら、見ないフリしててやるから向こうの部屋に行ってとっとと済ませて来いデス” “テチ! クソドレイサンはやっぱり真性の変態テチ!” 「まてい! このままだと、ぷちの中の俺の清純潔白なイメージが汚れるだろ!」 “心配するなデス、クソドレイ。 ぷちの中のお前は、とっくにドス黒く汚れているデス” 「な、なんだとおぉぉぉぉ〜〜!!」 ※ ※ ※ としあきは、アンリが自分達の知る実装石とは根源から異なる存在なのではないかと疑い始めていた。 それだけ、アンリは実装石らしさを欠いている。 否、正しくは、としあきがこれまで巡って来た実装石のいずれとも特徴が合致しない。 『どうなってるのかな、この世界の実装石は本当にみんなああいうものなのかな』 気になって仕方ないとしあきは、アンリをミドリとぷちに任せ、街に出ることにした。 なんにしても、初期実装の子供を見つけ出さなければならないのだ。 定番ルートである本屋・図書館を巡り、その後喫茶店で雑誌や新聞をめくるが、不思議なことに実装石に関する資料がほとんど ない。 また、街中でも実装石に関連する物を一切見かける事がない。 これでは、まるで前回の「実装石がいなくなった世界」と同じではないか、とすら思えてくる。 再び実装ショップに向かおうとしたとしあきは、背後からいきなり肩を叩かれ、ぎょっとする。 振り返ると、そこには見覚えのある人物が佇んでいた。 「やぁ、メイド君のご主人様じゃないか」 ボクゥ♪ 海藤ひろあきだ。 「実装愛護の世界」で出会った男……あの時のままの姿で、目の前に立っている。 背中には大きなリュックを背負っており、どうやら御付の実装風の生物はその中にいるようだ。 「あれれ? どうしてあんたがここに?」 「君達と同じさ、僕達もこの世界にジャンプしてきてしまったんだ。 まぁよろしく頼むよ。 ところで——」 ひろあきは、としあきとの情報交換を申し出た。 としあきも、彼に興味があったので是非にと応じることにした。 ※ ※ ※ まもなく夜の帳が下りる頃、としあきとひろあきは、手近の喫茶店に入り込んだ。 聞けば、別世界では「実装石」ではなく「実蒼石」と呼ばれる生物が多く住んでいるところもあるらしく、アクアもそこからやって 来た存在だという。 リュックの隙間からしか僅かに見える目を見つめ、としあきは首を捻った。 「そうだ、教えて欲しいことがあるんだよ。 ここは、いったいどういう世界なんだい?」 「ここは、実装石が人間に忌まわしがられている世界さ」 「忌まわしがられてる世界?」 「この世界の実装石は、現在ではほとんどが性処理目的のみに利用されている。 マニアの専門用語で“ジックス”というらしいが、そのせいで少子化が深刻化していると分析している人がいるほど、影響は 大きいらしいよ」 ウェイターが運んできたコーヒーの香りを楽しみながら、どこかキザな態度で返答する。 「それは聞いたけど、まさか本当だったとはなぁ。 でもなんで、ここの実装石はそんな風に扱われてるんだ?」 “この世界は、としあきさんが知っているのとは違う性質の実装石しかいないボク” 「それって、どういう意味?」 「ここの実装石は生物じゃない、正確には、生きている“人形”なんだ」 「にんぎょ……う? オイオイ」 “本当ボク” アクアは、リュックの中に潜ったまま説明する。 いつ、どこで誰が生み出したのかはわからないが、この世界の実装石は生物としての機能をほとんど有しておらず、有機質の 身体と無機質な骨格・内臓器官を併せ持つ“本来なら動く筈のない者”なのだ。 生物ではないため、食事も水分摂取も必要なく、また生きるために必要な活動のほとんどが不要であり、更に寿命がない。 特徴こそ、としあきの知る実装石と似た部分があるが、本質はまるで異質。 そんなものが、どこからともなく湧いてくる恐ろしい世界なのだ。 「それって、ただのバケモノじゃないか!」 「そうだね、全くその通り。 だからこそ、あいつに通じるものが何かあるんじゃないかと思ったわけさ」 “としあきさんも、あいつの被害者ボク? 良かったら協力して欲しいボク” 「あいつ? それってまさか……」 息を呑むとしあきに、ひろあきは不敵な笑みを浮かべつつ、頷く。 「そう、初期実装だよ」 「やっぱりな、あんたらもあいつの子供を捜させられてるのか」 「子供?」 “ボク?” としあきの言葉に、ひろあき達の反応が変わる。 二人はしばらく首を傾げていたが、何かこそこそと密談し始めた。 「おかしなことを言うんだね。 初期実装に、子供なんているわけないじゃないか」 「はあ?! いや、だって俺は実際に見てるし、ふんずけてるし……」 “きっととしあきさんは、あいつの罠にはめられたボク” 「わ、罠?! ど、どういうこと?!」 思わず前のめりになるとしあきを抑えると、ひろあきは「落ち着きたまえ」と断りを入れる。 「それはね——っと、おっとっと、いけないいけない」 何かを言いかけて、ひろあきはわざとらしいリアクションをしながら言葉を止めた。 「あいつがどこで何を聞いてるかわからないからね、これ以上はやめておこう」 「ちょ! 引っ張っておいてそれかよ!」 「悪く思わないでくれたまえ。 ただ、これだけは伝えておくよ」 少しだけ偉そうな態度で、ひろあきはとしあきに迫る。 リュックの隙間から、アクアも顔を出して見つめている。 「恐らく君はもう、初期実装によって“因子”化されている」 「因子? 因子ってなんだよ?」 “わからないボク” 「は?」 「因子というのは、あいつが僕達に対して使った表現だ。 目的を果たすために利用される存在だと、あいつ自身がわざわざ説明してくれたよ」 “因子となった者が、世界移動を行えるボク” 「因子? 目的? はて? だって俺は、ただ子供を踏んづけただけなのに……」 としあきは、初期実装との過去の会話を思い返すが、そんな発言はまったく記憶にない。 だが、奴との会話の一部は記憶が薄ボケていた事もあったため、それにも自信が持てない。 ひろあきは、コーヒーをぐっとあおると、「まずいコーヒーだね」と一言呟き、更に続ける。 「初期実装は、僕達に実装石の世界巡りをさせているが、それには何か意味があるようだ。 僕も、アクアも、そして君達も……このままだと、いつかとんでもない事に巻き込まれてしまうだろうね」 「おいおい、なんだか話が大きくなりすぎてないか?! 俺はただ、あいつの子供を——」 「いつか君もわかる時が来るさ。……おっと、そろそろ帰らなきゃ」 “としあきさん、また会おうボク” アクアが首を引っ込め、ひろあきはドッコイショと言いながらリュックを担ぐ。 「待ってくれ、俺達は、このままどうなっちまうんだ?!」 引き止め尋ねるとしあきに、ひろあきは少し呆れたような態度を示す。 「それは、君が自分で考えたまえ。 僕達には、本来君達の世話を焼くゆとりはないんだ」 「そ、そうか……そうだよな、変な事言った。 ごめん」 「意外に素直なんだね、わかったよ」 素直に詫びるとしあきに少しだけ驚くと、ひろあきはある物をポケットから取り出し渡した。 真ん中辺りに薄い金属板のようなものが取り付けられている、赤色のリボン。 それが、ものすごく精巧な造りの機械だということに、としあきはすぐ気付いた。 「これは何?」 「実装言語翻訳装置——僕の世界で実装リンガルと呼ばれるものだ」 「じっそ……り、リンガル?」 「僕には不要だから君にあげるよ。 前に会った時から思ってたんだが、あのメイド君に着けてあげたらいいんじゃないか? それを首に巻きつけてやれば、彼女は他の人間とも普通に会話が出来る筈だ」 「そ、そんなすごいものなのかこれ?!」 「僕からのクリスマスプレゼントだよ。 じゃあ、またどこかで会おう」 フフン♪ と鼻を鳴らし、ひろあきは銃の形を真似た指を向けると、そのまま喫茶店を出て行ってしまった。 時計を見ると、そろそろ皆に食事を与えなければならない時刻になっている。 伝票を取ろうとして、そこで初めて、としあきはもっと肝心なことに気付いた。 「あいつら……金、払ってネエエェェェェェェェ!!!」 ざわざわ、ざわざわ…… 「あの人達、さっき実装とかジックスとか言ってたわよ! らやし〜!!」 「やだぁ、変態の集まり?」 「これだから男はフケツなのよ!」 店内の各所で、女性客達の誹謗中傷が囁かれる。 いたたまれなくなったとしあきは、泣く泣く金を支払い、逃げるように喫茶店を飛び出した。 ※ ※ ※ 部屋に戻ったとしあきは、腹を空かせたミドリにフライングドロップキックの洗礼を食らってしまった。 しばしのドタバタの後、アンリ以外の二人に夕食を準備してやると、としあきはひろあきからもらった実装リンガルリボンを取り出し、 ぷちに見せた。 「ぷち、後でこれを着けてみてくれ」 “テチ? おリボンテチ” “クソドレイ、ぷちばっかり贔屓するんじゃねぇデス! ワタシらにもなんか寄越せデス” 「ワタシ…ら?」 “おっと、そうそう、説明してなかったデス” ミドリは、リビングのソファで寝ているアンリを指差し、“あいつもワタシ達の旅に連れて行ってやるデス”と言い出した。 いない間にどんなやりとりがあったのか、ミドリとぷちは、もうアンリも連れて行く事で意志を統一させているようだ。 確かに、食事も排泄もしないアンリを連れて行っても、今までの生活が大きく変化することはないだろう。 だが何故か、それで本当に良いのか? という疑問が拭えない。 世界移動の事をアンリに直接確認したのかと問い質すと、二人は言葉を濁してしまう。 呆れたとしあきは、食事を終えた後、アンリの反応を確認しようと考えた。 だがまずは、ぷちにリンガルを試させることが先決だった。 “クソドレイサン、私にいっぱいプレゼントしてくれてありがとうテチ♪” “まったく、女を物で釣ろうなんて浅ましい考えデス。 いくら女っ気がないからって、80年代の古臭い攻略マニュアルなんざ持ち出してくるんじゃないデス” 「はいはい、なんとでも言ってくだち」 ぷちの背後に回り、としあきは、リボンをチョーカーのように首に巻きつけた。 金属部分が正面に来て、なかなか洒落た感じに落ち着く。 リビングの鏡で付け具合を確認したぷちは、頬を赤らめて喜んだ。 「テチィ♪ とっても似合うテチィ!! クソドレイサン、ありがとうテチ!」 「おっ! 本当に人間の言葉でしゃべってる!」 “デデデ! すげぇデス!” 言われてようやく自身の変化に気付いたぷちは、喉を押さえながら発声練習のような真似をする。 「ん? テチ? え、あーえーいーおーうー、隣のテチは良く客食うテチだ」 「どんなテチだよそれ」 「すごいテチ! これでちゃんと、ニンゲンサンとお話できるテチーッ♪ 念願のボイスチャットにも参加出来るテチ! クソドレイサンありがとうテチ!」 「ボイスチャット…?! どこまで進化してくんだこの人化実装娘は!!」 よほど嬉しかったのか、ぷちはとしあきに抱きついて頬ずりを繰り返す。 柔らかい頬と大きな胸の感触、そして赤ん坊のような甘い匂いに包まれ、としあきの鼻の下がみるみる伸びていく。 「テチテチ♪ アンリさん見てテチ! こんなに素敵なおリボンもらっちゃったテチィ☆」 ソファの上に横たわるアンリに近づき、ぷちは首に巻いたリボンを見せる。 しばし呆然と見ていたアンリだったが、突然—— テ、テチャアァァッ?! としあきとミドリが目を放した途端、リビングからぷちの悲鳴が上がった! 「どうしたぷち?!」 “何があったデス?!” キッチンから駆けつけると、そこには、必死でもがくぷちの姿と、彼女の首にしがみつくアンリの姿があった。 無表情のままだが、アンリは初めて見せるような殺気をほとばしらせて、首のリボンを引き千切ろうとしている。 ものすごい力でしがみついているようで、ぷちの苦しみ方が尋常じゃない。 「い、いやぁぁぁっ!! く、苦し……やめ……!!」 「ぷち!!」 としあきは咄嗟にアンリの両腕を鷲掴みにすると、外側に向けて力一杯引っ張った。 ミシリ、という嫌な音と振動が伝わり、あっけなく剥がれる。 引き剥がす瞬間、アンリの顔が、まるで「どうして?」と語りかけているかのように見えた。 「テ、テェェェン、テェェェェン!!」 ぷちには幸い怪我はなかったが、相当怖かったようで泣きながら震えている。 一方のアンリは、としあきに押さえつけられながらも尚ぷちに飛びつこうと暴れている。 無表情のまま、息も乱さずに暴れているため、抑えているとしあきはとても気持ちが悪い。 その隙に、ミドリがぷちに促して首のリボンを外させた。 「これを見てから興奮したデス。 クソドレイ、これは一体何なんデス?」 「あっ、ミドリの声も翻訳された」 「呑気な事ほざいてるんじゃねぇデス! こんな危ないもの、ぷちに着けさせておくわけにはいかんデス!」 ミドリがリンガルリボンをアンリに近づけると、明らかに反応を示す。 彼女が、ぷちのリボンを強奪しようとした事は、これで間違いなくなった。 身体を前のめりにして、外れた腕をしきりに伸ばしてリボンを掴もうと暴れ続ける。 としあきは、だんだんアンリが気味悪くなり始めていた。 結局、リンガルリボンはとしあきの手に戻り、戸棚の奥深くにしまわれた。 その後、アンリが暴れたりぷちに飛びついたりする事はなくなったが、再び、自分の周囲で何かを探すような仕草を行い始める。 あれほどのことがあっても尚、としあきを寝室に導き、床に大の字になるという意味不明な行為も続けている。 としあきとミドリは相談の上、やはりアンリは旅に連れて行けないという結論を出さざるをえなかった。 ※ ※ ※ その晩、としあきは再びアンリの夢を見た。 見覚えのない例の部屋の中、若者とアンリは全裸で抱き合っていた。 若者が、アンリとジックスをしているのは明白だ。 だがアンリは、無表情のまま若者のたぎる欲望を受け止め続けている。 ふと、細く小さな手が動き、若者の肩を撫でる。 そして若者も、その手を優しく握り締めた。 二人の逢瀬は、何度も、何度も、繰り返し行われる。 寝室の中から外に出ないアンリは、日々ぼんやりと天井や壁、窓を見て過ごす。 そこに若者が入り込み、アンリの実装服を脱がしていく。 彼女をベッドの上に抱き上げ、白く細い肢体に舌を這わせ、指をまさぐらせる。 そして、いきり立つ若者自身を、アンリの股間にあてがう—— アンリの顎が上がり、くっ、と短い呻きのようなものが聞こえた……ような気がする。 彼女が、もう何日も、何十日も、或いは何年も、そうして若者を受け止め続けて来たことが判る。 だが若者は、決してそれだけのためにアンリと接しているわけではなかった。 窓の外に白い物が降り積もる夜、若者は、ある物を持ちながら部屋に入り込んできた。 その日は、アンリの服を脱がそうとはしない。 若者は、小さく細い箱の中から何かを取り出し、それをアンリの左耳に巻き付けた。 呆然とするアンリと、その頭を優しく撫でる若者。 その晩だけ、若者はアンリと交わろうとはせず、ただ膝の上に乗せくつろいだ。 いつもはどこか不思議そうな顔で若者を見上げるアンリだったが、その時だけは俯き続けていた。 ※ ※ ※ 真夜中に目覚めたとしあきは、もしやと思いながら、ベッドの横を見た。 そこには、案の定アンリがぼうっと立ち尽くしていた。 わかっていたとはいえ、やはり薄暗がりで見るとかなり怖い。 だがとしあきは、そっとその頭を撫でてみた。 アンリは、どこか恥ずかしそうに、俯いた。 としあきはベッドから起き上がると、洗面所に向かう。 あの日、アンリの服を洗濯した時にごみ箱に捨てたものを探すために。 長さ5センチほどの、黒く細い布切れ。 ほとんどが千切れ落ち、断面もぼろぼろにささくれ、あげくにすっかり変色してしまったそれは、間違いなくリボンだった。 としあきはそれを丁寧に丁寧に洗い、少しでも綺麗になるように努力した。 ムラのあるこげ茶色の平たい紐のようになってしまったが、これをドライヤーで丁寧に乾かす。 千切らないように、丁寧に、丁寧に。 「はい、返すよ」 もはやリボンとは呼べないものだったが、としあきはそれを、アンリの手の上に静かに置いた。 しばらく呆然と見つめていたアンリは、やがてそれを上下させ、全身を揺らし始めた。 無表情のままなのでいまいち確信はないが、それはまるで、宝物を見つけて喜んでいるかのように思える。 それを見ていたとしあきは、ふと思い立ち、あの戸棚の奥からリンガルリボンを取り出した。 「こいつの、余ってる部分を切って……と。 さあアンリ、ちょっとだけそれを貸してごらん」 としあきは、マンションの部屋に元々あった小さな裁縫セットを取り出すと、アンリのリボンとリンガルのリボンを切ったものを 縫い合わせ始めた。 小学校の家庭科以来針と糸など手にしたことはなかったが、懸命に縫い付けていく。 数分後、いささか不恰好だったが、アンリのリボンはかつての長さを取り戻した。 それを、あの夢と同じように、左耳の頭巾の上から縛ってやる。 「よし、綺麗になったぞ」 アンリを抱き上げ、リビングの鏡の前に置く。 その視線は、自分の耳に結ばれたリボンに向けられている。 としあきは、心の中で「やった」と呟いた。 「良かったな、君のプレゼント、戻ってきたよ」 表情も、態度も全く変化はない。 だがアンリから漂う雰囲気は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。 「ごめんな、気付いてやれなくって。 でも、もう大丈夫だよ」 返事はないが、としあきは優しく声をかける。 アンリはただ、じっと、耳のリボンを凝視し続けていた。 ※ ※ ※ その頃、別な部屋で眠っていたぷちは、うなされていた。 “う、うぅん……ダメテチ、そんな事…しちゃダメテチィ……!!” “虐めちゃダメテチ、アンリさん……虐めちゃダメなんテチィッ!!” いつしか、ぷちの寝言が叫びに似たものになる。 慌てて飛び起きたミドリは、ぷちを揺り起こした。 「どうしたデスミドリ? 酷くうなされていたデス」 「テ、テェェ……とっても嫌な夢を見たテチ」 「どんな夢デス?」 「テチィ……」 言い辛そうな態度で、ぷちはぼそりぼそりと、呟くように話し始める。 汗でびっしょり濡れた背中をしきりに気にしながら—— 「アンリさん、飼い主さんに虐められてたテチ。 どっかのおうちで、虐められてたテチ」 「デデッ、虐待デス?」 「わかんないテチ! でも、女の人が……女の人が、飼い主さんと一緒になって—— あんなの酷いテチ! 酷すぎるテチ!」 「デ……」 ミドリはぷちを落ち着かせ、頭を撫でながら寝かしつけると、ゆっくりベッドを降り、リビングへと歩いていく。 としあきは既に寝室に戻っており、部屋は明かりが消えていた。 「……?」 ふと、ミドリの足に何かが触れた。 「これは——リボン? どうしてこんな所にあるデス?」 →NEXT −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− このスクは、 sc1862 sc1863 sc1865「じゃに☆じそ!」第一話(公園実装の世界編) sc1891 sc1892 sc1893「じゃに☆じそ!」第二話(虐待正義の世界編) sc1897 sc1899 sc1900「じゃに☆じそ!」第三話(人化実装の世界編) sc1948 sc1949 sc1951「じゃに☆じそ!」第四話(実装愛護の世界編) sc1956「じゃに☆じそ!」第五話(実装石のいなくなった世界編) の続きです。 ただし、前のエピソードを特に読まなくてもだいたいわかります。 基本的には全3回で1エピソード完結という構成ですが、今回は2回です。
