数日後、仕事場に新しく加わった社員の姿。 『 もしもし!……ったく、畜生!! 』 その新入社員……今は新社長が怒り、受話器を乱暴に戻した。 『 そんなに怒らないでください… 』 『 これが怒らずにいられるかよ!! 』 男は以前、ミドリをここに連れてきた女社長の弟である。 それまでは清掃局員をしていたが姉の死と共に実家へ戻り、今は家業を継ぐことにしたのだ。 『 くそ…!なんで、どうにも……どうしてだよ!! 』 『 まぁ、落ち着いてください…社長… 』 事務員が宥めるが、新社長はデスクを叩いて八つ当たりをするのみ。 しかし新社長が怒るのも無理は無いことであった。 今まで得意先だった先方からの仕事が、一方的に急に断られるようになった。 その理由だが、少し調べると例の虐待派の連中が様々な所へ圧力をかけているのが分かった。 『 せっかく俺が戻ってきても……ったくよぉ…! 』 新社長は椅子に座ると天を仰いだ。 今まで経営が芳しくはなかったが、それでもやってこれたのは姉の手腕に拠る所であろう。 事務員も有能であるが、流石に今の状況は挽回しようも無い。 「 ごめんなさいデス……ワタシ達のために… 」 「 申し訳ないデスゥ… 」 傍で見ていたタロとジロが、新社長に頭を下げて謝った。 『 は…………はは、何を言ってる、お前等のせいじゃないさ。 元々、ミドリをここへ連れてきたのは俺だ。だから一番悪いのは俺かもしれないしな……。 それに、ここでお前達を責めたら、あの世の姉ちゃんに怒られるよ。 』 新社長は2匹に強がって、笑ってみせた。 タロとジロだけでなく、その場に居た全ての実装石と獣装石が同じ思いであった。 今、ここにいる人間達は自分達のために苦しんでいる。 『 ふぅ…… 』 特に、誰の目にも事務員が疲れているのが見えた。 毎晩夜遅くまで居残り、何とか会社の経営を立て直そうとしている。 「 事務員サン、ワタシもお仕事を手伝うデス 」 『 いえ、サトさんも今は他にやることがあるのではないのですか? 』 「 デスけど… 」 『 私のことなら心配いりませんよ… それより、山や他の子達の面倒を見てあげてくださいね? 』 事務員の言うとおり、サトもまた多忙であった。 連日セキと打ち合わせをし、皆の不安を取り除き、纏め上げるのに必死であったのだ。 今、気を抜けば皆四散してしまうだろう。 サトが最も頼みにしていたコタロとコジロはまだ立ち直れず、タロとジロは仕事場を離れられない。 常にメイを助手とし、サトは全ての実装石と獣装石の統率に取り掛かっていた。 「 事務員サン、大丈夫デス? 」 『 え…。 す、すみません、気付かなくて…! 』 事務員は獣装石の声で目を覚ました。 既に日は落ちて真夜中……デスクの隣に、何時の間にか獣装石が立っていた。 疲れが溜まって眠ってしまったからだろうと、事務員は頭を振って意識を取り戻す。 眼鏡をかけ直し、その獣装石の姿をしっかりと確認した。 『 あ…この前も来たミチさん…ですね? 』 「 あ、覚えてくれてたデスね。 けれど事務員サン……休んだらどうデス? とっても疲れてるように見えるデス… 」 『 い、いえ、大丈夫ですから……それより、今日はどうしたんです。 』 「 そ、そうだったデス! 今日は、これを返しに来たデス…! 」 ミチが差し出したのは包み紙。 いつか手渡した青いリボンのお菓子の袋だった。 『 これは……わざわざ返しにきてくれたのですか? 」 「 当然デス! 」 獣装石は胸を叩いて答えた。 『 はは……別に良いのに、律儀な獣装石さんですね…。 』 「 デ…デスゥ! 」 事務員は、わざわざ返しに来てくれた袋を机の上に置いた。 本来なら捨てても構わない物だが、獣装石のことを思えば当然そんなことはできなかった。 既に誰も居なくなった職場に事務員と獣装石。 一人と一匹が僅かな時間の談笑を楽しむ。 『 そういえば、こんなに遅くまでいても良いのですか? 』 「 あ……少しマズいデス 」 『 では、そろそろ帰ってはどうです? 私はまだ少し片づけがありますから… 』 「 デスゥ………ではワタシも帰るデス 」 獣装石も時間を気にしてか、腰を上げた。 「 事務員サン、その……えぇっと…… 」 『 …どうかしましたか? 』 「 ま、また明日デス! 」 途端に居辛くなったのか、獣装石は足早に事務所を出て行った。 『 …おかしな獣装石さんですね。 』 結局、事務員が職場の電気を消して出たのは、とっくに日付が変わってからだった。。 『 ふぅ…… 』 その夜は月も無く、街灯が空しく照らすのみで人通りは無い。 近所は全て寝静まったのか、明かりどころか物音すらせず……街全体が静寂に包まれていた。 もう春とはいえ、日が沈めば夜は寒い。 事務員はコートを羽織り、マフラーを首に巻いて帰途に着いた。 部屋を借りているアパートまで徒歩20分。 丁度民家も無い寂れた田舎道に差し掛かった時……辺りの草むらから黒い影が飛び出した。 『 きゃ……っ! な、何ですか………んっ!! 』 3人……体格からして男らしき者達が事務員に襲いかかった。 『 だ、誰……! んっ…!! んぐっ……!!! 』 男達の力に、しかも複数に抑えられては細腕の事務員では抗いきれない。 口元を布で塞がれ、猿轡されると声を発することもできない。 ( くくっ… ) ( へへへっ…… ) 暗闇だが、事務員には自分を見下ろす男達の卑しく歪んだ笑みが見えた気がした。 地面に強引に横たえさせられ、手足を屈強な男達の太腕が抑え付ける。 更に用意されていたロープで、手首を頭の上で縛られ、更に足首まで拘束された。 『 ん〜っ!ん〜っ!! 』 力一杯身体を振り、もがいて抜け出そうとするが男達の手からは逃れられない。 寧ろ抵抗すればするほど、男達の笑みが卑しく歪んでいった。 ( くくっ…! ) 『 んっ…! 』 男の一人がコートを強引に引っ張り、ボタンが千切れた。 その時、男の指の勢いが余ってブラウスまでを引き裂き……僅かに胸元が覗いた。 ( 楽しませてもらおうぜ ) ( あぁ… ) 男達が唾を飲み込む音が聞こえた。 そして再び横になった事務員を覗き込み、手を伸ばして…。 『 ギャッ!! 』 何かが突進し、男の一人が横へのけぞった。 『 な、なんだ………ッ!! 』 『 なに……グッ! 』 もう一人、二人も吹き飛び、地面に尻餅をついて倒れこんだ。 倒れた事務員は顔を傾け、そこに立っている者を見た。 「 デシャアアアア!!!!! 」 一匹の獣装石だった。 男達の前に立ちはだかると爪を伸ばした両手を振り上げ……男達に全力で威嚇を示した。 『 なんだよ、獣装石か 』 『 驚かせやがって… 』 黒い影の正体を悟り、男達が一息つくと立ち上がって懐から何かを取り出した。 『 お前にだって爪があるんだ、俺達も武器を使う。 文句は無いよな? 』 2人が手に持っていたのは40センチ程の警棒、もう1人は短いながらもナイフ。 「 それがどうしたデス…! 」 『 なにぃ…? 』 「 それがどうしたデシャアアアアアア!!! 」 『 りゃあああ! 』 ( ドゴッ! ) 男が振り上げた警棒を、獣装石は避けもせずに突進し… 『 ッ!! 』 そのまま腹部へ体当たりを喰らわせた。 『 て、てめぇええ!! 』 『 たかが獣装石のくせに!!! 』 暗闇の中、獣装石1匹と男達3人の戦いが始まった。 実装石より遥かに戦闘能力が高いとはいえ、所詮は獣装石である。 武器を持った人間に、しかも相手が3人も居ては勝ち目などは無い。 『 ん〜っ!ん〜っ!! 』 事務員は必死になって猿轡や手首や足首の縄を解こうとしたが、固く結ばれたため簡単には解けない。 逃げることも助けを呼ぶこともできなかった。 「 ッ!! 」 獣装石が蹴り飛ばされ、地面を転がり倒れた。 『 てめぇ、楽に死ねると思うなよ? 』 『 俺達の楽しみを邪魔しやがって…! 』 身体中を警棒で滅多打ちにされ、更にナイフで切り刻まれた。 「 デェ…、デェ…、デェ…、シャアアア! 」 だが、それでも獣装石は立ち上がり、息を切らしながらも両手を振り上げて威嚇を止めようとはしない。 そして突如突進をすると男の1人の間合いへ入り… 『 つっ!! 』 獣装石の爪が、男の手の甲を切り裂いた。 『 い、痛ぇぇぇぇ!! 』 『 なんだ、おい、大丈夫か!? 』 『 大丈夫じゃねぇ、無茶苦茶痛ぇよ!! 』 その爪は骨までは届かなかったけれども、男の手の甲の肉を切り裂いたのだ。 『 おい、けっこう血が出てんじゃないか? 』 『 まじぃよ、コレ! 』 『 くそ、今日は…… 』 男達は顔を合わせると頷き、その場を走り去っていった。 『 ん〜っ!ん〜……ふぅ、だ、大丈夫ですか!? 』 事務員が解き終えたのは、男達が逃げ出してから10分ほど経った後だった。 『 あなた、もしかしてミチさんですか!? 』 「 デス……事務員サンが心配だったから戻ってきたデスゥ… 」 『 そんな……まさか、そんな… 』 「 守れて…良かったデス… 」 そして事務員は直ぐに新社長を呼び、ミチは再び事務所に運ばれた。 更にこの騒ぎは山にも伝わり、獣装石達も事務所に集まって大きな騒ぎとなった。 『 アイツ等、絶対に許さねぇ!! 』 新社長が怒りの余り、机に拳を叩き付けた。 『 幾らなんでも、やっていいことと悪いことがあるぞ!! 』 就寝前だったが駆けつけた他の社員達も怒り心頭であり、怒りに身を震わせていた。 しかし怒っていたのは人間達だけではない。 「 今度は事務員サンデスか…! 」 「 このワタシでもアイツ等には、どんな悲惨な最後が相応しいか思いつかないデスゥ 」 塞ぎ込んでいたコタロとコジロも、事務員が危ない目にあったと聞いて駆けつけていた。 既に喚いたりする段階は越え、2匹は静かに……大きな怒りを湧かせている。 そして事務員から手当てを受けている獣装石の方へ向き直り、声をかけた。 「 とにかく、そこの獣装石は褒めてやるデス 」 「 オマエのやられた分は百万倍にして返してやるから安心するデス 」 女社長とミドリの死によって今まで一室で2匹は塞ぎ込んでいた。 だが、皮肉にも事務員の危機が強引に立ち直らせていた。 「 2匹の言うとおりデス……ミチ、でかしたデスゥ 」 「 事務員サンを助けてくれて、ありがとうデス… 」 「 こんなのは当然デス…! 」 今のミチにとって、セキやサト、他の者達からの言葉は確かに嬉しかった。 しかし最も嬉しかったのは、今目の前にいる人間が自分を手当てしてくれている事だった。 『 本当に……本当に私なんかのために…ありがとうございます… 』 事務員は何回、獣装石に感謝の言葉を並べたのか分からない。 さっきまでは暗くて分からなかったが、明るい場所に来て初めてどれだけ傷を負ったか知った。 この獣装石は自らの身も省みず、自分を助けてくれた。 警棒で何度も殴られ、ナイフでどれだけ身体を切り刻まれても、逃げずに立ち向かった。 その傷の一つ一つに包帯を巻き、薬を塗るたびに感謝の言葉と涙が溢れた。 『 もしかして……いつも私を守っていてくれたのですか? 』 「 デェ…? 」 『 今日のは偶然じゃなくて、毎晩帰りが遅くなった時に見張っていてくれたのですか…? 』 傷の手当てをしながら、ふと思い浮かんだ疑問。 問いかけられた獣装石は視線を地面に落とし、答えづらそうにした。 「 ……そうデス 」 気恥ずかしそうにしてミチは頷いた。 『 ありがとうございます……では何かお返しをしないといけませんね 』 「 …ェ? 」 『 そうですね、本当のお返しはいずれするとして……今はこれで我慢してください 』 事務員はデスクの上に置いてあった菓子袋を取り、その青いリボンを取り外す。 そしてデスクの引き出しからクリップを一つ取り出し…ミチの肩に手を伸ばした。 『 …はい、動いても良いですよ 』 「 デ…! 」 ミチの肩に、青いリボンが括り付けられていた。 緑の布地に青い光沢が映える。 「 ありがとうデスゥ〜! 」 『 いえいえ、本当のお返しは改めてしますから… 』 獣装石は余程嬉しかったのか、傷だらけになりながらもリボンを揺らしながらはしゃいでいた。 そんなミチを見て笑みを浮かべていた事務員だが、立ち上がると厳しい顔つきとなり…皆に伝えた。 『 それで皆さんにお願いがあります 私はこの通り大丈夫でしたし、あまり短絡な行動は起こさないよう抑えてください… 』 『 これが落ち着いてられるかっ!! 』 新社長が事務員の言葉に猛反発した。 『 アイツ等、全員ギッタギタにしてやる! 』 『 ウチの社員に悪さしようとしておいて、見逃せるかってんだ!! 』 更に反発する他の社員達、更に反発する者達が続いた。 「 事務員サンのお願いでも、そればかりは聞けないデス 」 「 あのニンゲン達…社長サンやミドリさんの分も含めて借りを返させて貰うデス 」 コタロやコジロだけでは無い、普段は温厚な実装石までもが怒りを露にしている。 「 ミチ!オマエの受けた傷はオレがきっちり返してやるデス! 」 「 オマエに3人がかりだったなら、ワタシ達が大勢で立ち向かっても文句無いデスね… 」 獣装石達もそれは同様だった。 事務員の危機、傷だらけになった仲間のミチを見せられては冷静で居られない。 しかし、そんな怒りに震える者達を抑える者もいた。 「 気持ちは分かるデスが、今は落ち着くデス! 」 「 勝手な行動はワタシが許さないデス! 」 サトとセキが毅然とした口調で皆を制した。 「 しかしサト先生!流石にもう我慢の限界デス!! 」 「 ここまでやられて大人しくしてられないデスゥ! 」 「 セキ!お前は仲間がこんなにやられて何とも思わないデスか! 」 「 これ以上、耐えられないデス! 」 冷静な2匹に、多くの個体達が詰め寄り、口論が続く。 抑えようとする者達と、抑えられない者達。 『 なぜ……なぜ……… 』 あれだけ笑顔に満ちていたこの場所も、今は怒りと殺気が満ち溢れていた。 「 今、ニンゲンに手を出したら、ワタシ達は全て駆除されるデス! そんなことも分からないデスか!! 」 「 なら戦ってやるデス! オレ達は、そのために今まで訓練されてきたデス!! 」 なんて幸せな時間だったのだろうと思う。 「 後方支援なら任せろデス! 」 「 駆除機関の一つや二つ、ワタシ達が何とかしてやるデス!! 」 「 オマエ達、ワタシの命令が聞けないデスか!? 」 そして同時に、もうあの時間は帰ってこないのだろうと理解した。 『 明日の朝一番でアイツらをブチ倒してやる! 』 『 社長、どうせなら今すぐやりましょうぜ! 』 1人と1匹、なんて大切な存在だったのであろう。 それだけ居なくなっただけで、あの幸せな時間は消え去ってしまった…。 『 なぜ、こんなことに… 』 一度失った幸せは二度と返ってこないのだろうか…? ( ドサッ… ) 「 じ、事務員サンッッ!!! 」 突然床に倒れこんだ事務員の身体を、ミチが揺さぶった。 『 お、おい!大丈夫か!? 』 『 誰か、毛布を! 』 「 事務員サン、しっかりするデス!! 」 消え行く意識の中、事務員は皆の声を確かに聞いた。 『 ……疲れが溜まっていたようだな。 』 ソファへ寝かしつけた事務員を、他の社員や実装石と獣装石が見守っていた。 その上には毛布が敷かれ、近くにはストーブが焚かれている。 『 今夜は俺とコイツらがここに居る。 明日の朝一番で、医者に診せに行くよ。 』 事務員が倒れたことで、その場にいた者達全員が落ち着き、冷静になれた。 一番精神的に疲れていたのは、他ならぬ事務員だったのだから。 「 …ナゼ、ミンナ ワラワナイテチュ? 」 1匹の仔実装が、タロの服を引っ張った。 「 コミドリ… 」 「 オネエサン ト ママ ハ マダカエッテコナイテチュ…? 」 コミドリは最近起きたことが全然理解できていなかった。 女社長とミドリの死、疲れきっている皆の表情…どれもが仔実装の知能で理解するには難しすぎた。 「 コミドリ、聞くデス……ママはもう帰ってこないデス 」 「 テェ…? 」 「 社長サンも、もう帰ってこないデス… 」 「 ナ、ナンデ テチュ? 」 タロの答えに、コミドリは更に強く服を引っ張った。 「 ママも社長サンも、悪いニンゲンに遠い場所に連れて行かれたデス 」 「 ェ… 」 「 もう、二度と……二度と帰ってこれない……遠い場所デ……スゥ… 」 「 ナンデ…ナンデ、ソンナワルイニンゲン ガ イルテチュ…? 」 「 デェ……スゥ… 」 言葉は最後まで続かず……タロは目頭を押さえて溢れそうになる涙を止めた。 「 ソンナワルイニンゲンガ…ミンナ ヲ イジメルテチュ? 」 「 コ、コミドリ…… 」 「 ナンデ…ソンナ ワルイ ニンゲン カ ゛イジメル テチュ? 」 堪らず、タロは幼い仔実装を抱きしめた。 「 ナゼ…ソンナ ニンゲン ガ イキテルテチュ…? 」 その後、コミドリは皆の集まっていた事務所をこっそり抜け出した。 夜も遅くなり、帰宅しようと扉を開けた隙を抜けて外へ飛び出したのだ。 ナゼ…ナゼ,ミンナ ハ アンナニ カナシイノテチュ? ( ポツ…ポツ…… ) 夜の道を1匹で歩くコミドリ……空から雨が降り始めてきた。 ナゼ…ミンナ クルシンデイル テチュ? ナゼ ママ ヤ オネエチャン ガ カエッテコナイ テチュ? 湧き上がる疑問は途切れることは無い。 一度浮かんだ疑問は止まることなく溢れ……コミドリを更に思考の渦へ巻き込んでいく。 ナゼ…アノコタチ ハ イタイコト ヲ サレタテチュ? どれだけ歩いたであろう。 コミドリは亡き女社長の墓標の前に立っていた。 その隣にはペット用の墓が一つ…ミドリの墓も立てられていた。 ( ザァー…… ) 雨は徐々に激しくなり、冷たい水滴が仔実装の身体へ容赦無く叩きつけられる。 ナゼ…ナゼテチュ? 飼い主の墓標を伝って水滴が流れ……コミドリの足元に水溜りができた。 ナゼ、ナゼ オネエサン モ ママ モ カエッテコレナイ テチュ…? ナゼ ミンナ ガ カナシンデイル テチュ? ナゼ…ナゼ… 湧き上がる疑問は更に大きく、果てしなく大きくなり…何時しかコミドリは涙を流していた。 ナゼ、ニンゲン ナンカ ガ イキテル テチュ !? ( ナゼ ニンゲン ゴトキ ガ イキテイル !? ) 今になり、人間が仲間達を悲しませている事実を理解した。 ナゼ、オネエサン ヤ ママ ガ コロサレタ テチュ !? ( ナゼ オネエサン ヤ ママ ガ コロサレタ !? ) そして続いて死を理解し……大好きだった飼い主と親実装が二度と帰って来ないのを悟った。 ナゼ!? ナゼ!? ナゼ!!?? ( ナゼ!? ナゼ!? ナゼ!? ) 自問自答が繰り返され、コミドリの知能が急速に上昇していく。 何度も繰り返される自問に対し、それに対する解答が新たな疑問を産み出す。 打ち付ける雨の中でコミドリは身体が震え、涙を流しながら墓標を見上げていた。 …ニンゲン ガ イキテイルカラ テチュ! ( …ニンゲン ガ イキテイル カラ ) 果てしない疑問の末、仔実装は結論を下した。 ニンゲン ナンカ ニンゲン ナンカ…! ( ニンゲン ナンカ ニンゲン ナンカ…! ) コミドリは雨を振り落とす真っ黒な天を見上げ、頭上に向かって叫んだ。 テッチュアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!!!! ( コノワタシガ 滅ボシテヤル !! ) 天に誓った仔実装の叫び声 それは真っ黒な空と雨音に掻き消されていった…。 長い夜が明けた。 「 デッ!デッ!デデッ! 」 街中を、再び百を越える数の獣装石達が疾走していた。 今は何に代えても目立つ行動は避けない時期であり、このような派手な行動は有り得ない。 「 す、すまないデス!ワタシが目を離したばかりに…! 」 「 今更、そんなことを言っても仕方ないデス! 」 「 手分けをして探すデス!コミドリが行きそうな場所は全て向かうデス!! 」 事務所の中では、突然姿の見えなくなったコミドリを発見すべく大騒ぎになっていた。 『 さすがに、コミドリまで攫われたとは考えられないが…! 』 徹夜明けで目に熊を作りながら新社長は忌々しげに口を開いた。 もしミドリに続いてコミドリまで危害を加えられたら……もう、皆を抑えることはできないだろう。 「 何としてもコミドリを見つけるデス!! 」 普段は山から降りてこない老獣装のホウまで出向いて指揮を執っていた。 ホウが今まで獣装石を集め、訓練してきたのはコミドリ1匹を守るためだけであった。 それだけに何としてもコミドリを失うのだけは避けなくてはならない。 雨が止み、空が白くなってきた。 その時、事務所の扉が開いて獣装石が入ってきた。 「 コ、コミドリを発見したデス!無事デス!怪我も無いデス!! 」 走り回り、息切れた様子の獣装石の報告に、その場にいた全ての者達は安堵の息をついた。 「 そうデスか……良かったデスが、コミドリにも困ったものデス 」 「 あの仔には、ワタシからよく言い聞かせておくデ……どうしたデス? 」 緊張の糸が緩み、皆の表情が柔らかくなったが…報告してきた獣装石の顔は真っ青だった。 「 デッ……デッ…… 」 「 そういえば、なぜコミドリを連れてこなかったデス? 」 「 デッ…!そ、そんなことできないデス!! 」 なぜか大きく狼狽する獣装石に、また新しい疑問が湧き上がる。 「 …何かあったデス? 」 「 怪我も何もしてないデス…!デスが……近寄れないデス!! 」 一堂は顔を見合わせた。 「 近寄れないって、何がどうしたデス? 」 「 分からないデス!! 」 「 デェ? 」 「 他にも獣装石が集まってきて守っているデス!! デスが、誰も近寄れないデス!! だ、誰も怖くて、顔を見ることさえできないデスッッ!! 」 ホウとセキが鍛え上げてきた獣装石が"怖い"と言った。 人間とさえ戦うとしても躊躇しないであろう獣装石が、たかが仔実装一匹を恐れていた。 事情が飲み込めないまま、サトとセキ達は事務所を出てコミドリの下へ向かった。 空が明るくなり、日が差してきた。 雨は完全に上がり、黒い雲は割けて青い空が見えてきた。 「 デェ…!デェ……! 」 そんな青い空の下。 雨上がりの墓地に、100匹以上の獣装石が所狭しと詰め寄せていた。 獣装石達の視線の向きは只一つ。 皆は震えながら、1匹の仔実装を遠巻きに囲んでいた。 報告を受け集結した獣装石達が、たった1匹の仔実装に近づけないまま硬直していた。 「 ……… 」 仔実装は墓標を見上げていた。 恐れおののく獣装石達に背を向けて悠然と。 誰も近寄ることができない。 仔実装の小さな背中を眼にしただけで、圧倒されていた。 獣装石達は表に回り、仔実装の顔を覗き見ることすらできなかったのだ。 「 一体、何がどうしたデス!! 」 「 コミドリはどこデス!? 」 そこへサトとセキを先頭に事務所にいた実装石と獣装石達が現れた。 「 コミドリは……ッ!! 」 「 デェ…!!?? 」 やはり同じであった。 サトとセキ達も、仔実装の背中が視界に入っただけで身動きが取れなくなっていた。 コミドリは依然、背を向けたまま水溜りの中に立っていた。 その服は一晩雨に打たれていたせいか、濡れているのが見て分かる。 しかし圧倒的な存在 その場にいた全員が、今まで体験したことの無い威圧感 「 デッ…!?デェッ!?デデデッ…!? 」 チィが後ずさりをした。 獣装石の中で巨体を誇るチィまでもが恐れて震えていたのだ。 これまで繰り返された人間達との戦いで、常に勇敢に立ち向かった巨大な指揮獣装。 そのチィが、産まれて初めて恐怖を抱いていた。 今まで一歩も退いたことのない獣装石が、初めて後退した。 相手は体格的に問題にならない筈の仔実装。 その背中を見ただけで、身がすくんでしまったのだ。 しかし その圧倒的な存在を目前にしても 尚も前に進める2匹が存在した 通常なら顔を覗き見ることさえできぬ仔実装に 直接言葉を交わすことが許された個体 それは並外れた器量の証明である 「 オマエは…コミドリなのデスか…? 」 皆の中から一歩前に進んだのはサトであった。 「 それとも違うデス…? 」 続いて進んで前に出たのはセキだった。 仔実装の前に並んだ2匹の個体 左側に白髪の実装石 サト 右側に隻眼の獣装石 セキ 更にその後に続くは9匹の個体 タロ ジロ コタロ コジロ メイ テン チィ ショウ ホウ 類稀な素質の実装石達と鍛え抜かれた指揮獣装石達 その11匹の個体の前に立ち 「 ……… 」 ゆっくりと仔実装は振り返った 遠い昔 既に日は落ちた深い夜 寒空の下に親実装が仔実装を連れ歩いていた 2匹の服は擦り切れて所々が朽ち欠け、その血色はお世辞にも良くない あかぎれた両手を摺り合わせつつ、寄り添って体温を逃がさないよう歩いていた 〈 ママ… 〉 〈 どうしたデス? 〉 〈 なぜ、あの獣装石の村に行かなかったテチュ? 〉 数日前、この親仔は力有る獣装石に村へ誘われた 一目で分かる立派な獣装石であった これからあの獣装石は、実装石の村作りをするという 今までのコミュニティとは違う、実装石だけの本格的な国作りに取り組みたいと言った その為に自分達の力が必要だと だから一緒に、国作りをしないかと懇願された しかし親実装は、その申し出を丁重に断った あの誘いを受けて村へ行けば、食べ物にも困らなくて済んだであろう 外敵に備える必要も無い 寒い日に凍えることも無いであろう なのに断ってしまったのが、仔実装には不思議でならなかった 〈 ワタシ達には、やらなければならないことがあるデス 〉 親実装は顔を上げ、星空を仰いだ 〈 ワタシ達は…実装石は、どこに行っても苦しい生活をしているデス 〉 その親実装の言葉に仔実装は耳を傾ける 〈 しかし、この世界のどこかに…… どこかにワタシ達を救ってくれる実装石がいるデス 〉 〈 そんな実装石が見つかるテチュ…? 〉 〈 …分からないデス しかしワタシでは見つからなければ、次はオマエに探して欲しいデス 〉 〈 ワタチが…? 〉 〈 オマエが見つからなければ、次はオマエの仔が… それでも見つからなければ、次の仔が… いつか見つけて、全ての仲間達を救ってくれるデス… 〉 サトの家系 五代に渡る悲願 今 ここに達成された
