「 デギャアアアアアアアアアアアアア!!!! 」 「 シャアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 」 事務所の柱に縛られた実装石が2匹。 その回りを取り囲んでいるのは10匹の獣装石達。 2匹の実装石は拘束を振り解こうと身体を揺り動かし、力の限り暴れまくっていた。 「 絶対に!絶対に!!絶対に許せないデスッッ!!!! 」 「 あのクソニンゲン!この世の地獄を見せてやるデシャアアアア!!! 」 コタロとコジロだった。 サトに次ぐ知能の持ち主だが、今の2匹に麒麟児と評された面影は無い。 髪を振り乱し、涙を流し、半狂乱になって騒ぎ立てている。 「 よくも社長サンを…!!よくもミドリサンを……!!! 」 「 見逃してやった恩を忘れやがってデシャアアア!! 」 女社長とミドリの死より一日が経過した。 事務員や他の社員達は嘆き悲しみつつも、事後処理に手一杯だった。 自宅には親戚一同が集まり、実装石達の居られる雰囲気では無い。 そのため、現在は仕事場に主な実装石と獣装石が集まっている。 「 オマエ達、このまま2匹を見張っているデス 」 「 デス 」 「 ワタシが許可するまで絶対に繋いでおくデス 獣装石が千匹暴れるより、この2匹を自由にする方が遥かに厄介デス 」 サトが10匹の獣装石達に監視命令を下していた。 飼い主とミドリを亡くし、最も冷静なのはサトだった。 落胆するセキを叱咤して、司令獣装としての立場を自覚させた。 使命感を取り戻させると、配下の獣装石達全体の統率を指示した。 タロとジロには実装石達の取り纏めを命じた。 コタロとコジロとは異なり、年長者である2匹は冷静に現実を受け止めてくれていた。 サトは全ての個体に対して、冷静に対処するよう指示を下していた。 「 様子はどうデス? 」 事務所の仕事場に入ってきたセキとテンが、サトに尋ねた。 「 今の所は問題無いデス 山の方はどうなってるデス? 」 「 …動揺しているデス デスが、今はホウが纏めているから大丈夫デス… 」 獣装石達の動揺も大きかった。 最大の庇護者である女社長の死と、人間との仲介役であるミドリの死。 特に生前から同じ仕事場にいた獣装石達の悲しみは深かった。 そして皮肉にも、このコタロとコジロの狂態が逆に皆を冷静にさせていた。 2匹が余りにも感情を露わにしていたため、自分達を客観的に見ることができた。 「 …戻ってきたデス 」 セキに続いて事務所に入ってきたのはメイだった。 「 どうだったデス? 」 「 やっぱり……事務員サンが頑張ってくれたデスが… 」 ミドリを殺し、結果的に飼い主を死に追いやった男達は罪に問われなかった。 飼い実装であるミドリを攫い、死なせても器物破損程度の罪にしか問われない。 寧ろ、男達の住居へ侵入し、暴れた行為を指摘された。 そして道路に男がコミドリを放り投げたという主張は認められなかった。 男はその行為を否定した。 自分の意思で仔実装が道路に飛び出し、それを助けた飼い主がトラックに跳ねられたのだと。 男は、自分の目でその光景を見たと証言した。 否定するのはコミドリだけ。 しかし仔実装の言い分など、証言として認められなかったのである。 「 ふ、ふざけるなデス!!! 」 報告途中のメイに、身体を縛られた状態のコタロが怒鳴りつけた。 「 今すぐ、これを解くデス! そうすればワタシが社長サンやミドリサンの仇をとってやるデス!! 」 「 サト先生がやらないならワタシがやるデス!! 大人しくしてられるかデス!! 」 「 オマエ達は暫く頭を冷やすデス 」 完全に冷静さを失った2匹へサトは冷ややかに言い、集まった皆の方へ向かって口を開いた。 「 今は兎に角冷静になって落ち着くのが大切デス 山の者達も、家の者達も今は不安かもしれないデスが、じっと我慢するデス 」 その場にいた獣装石達と実装石達は、サトの言葉に頷く。 しかし、そんなサトを見て1匹だけ不審に思う獣装石がいた。 「 セキ、何を考えているデス? 」 「 …いや、何でもないデス 」 テンの問い掛けを、司令獣装は軽く流した。 今は司令獣装としての自覚を取り戻したものの、そう叱咤したのはサトだった。 女社長とミドリを失って混乱に陥りかけていた自分達だが、サトだけは冷静だった。 「 …… 」 セキは縛られているコタロとコジロを眺めた。 この白髪の実装石が居なければ、今頃は一部の者達が暴走していたであろう。 サトの指示は正確且つ的確であった。 しかし冷静過ぎとも言えた。 自分より女社長やミドリとも付き合いが長く、仲が良かった筈だ。 なのに、なぜそこまで冷静に居られるのであろう。 そういえばサトは一度も涙を流していない。 あの時から一度たりとも。 セキだけは、サトが悲しむ様子を見せないのに気付いていた。 告別式の日。 多くの黒い喪服を着た人達が自宅に参列していた。 その面持ちは誰もが暗い。 「 あの中に社長サンがいるデス… 」 自宅から運ばれていく棺をサトとセキ達は離れた場所から見ていた。 実装石である自分達が、式に参列する訳にはいかない。 だが、せめて最後は飼い主を見送っておきたかった。 『 ふぇ……おかあさん………おかあさん、なんで… 』 参列者の女の子が一人、泣いていた。 連れの父親がハンカチを出して、その涙を拭っていた。 『 おかあさんが……また死んじゃった……… 』 その言葉を聞いた参列者の何人かが目元を抑えた。実装石達も同じであった。 運ばれていく棺を見て頭を垂れ、飼い主との最後のお別れをした。 「 ププ…… 」 場違いな笑い声。 「 デププ……お笑いデス…! 」 同じく最後の別れをしていた中の巨大な獣装石が一匹。 悲しみに暮れる仲間達にかかわらず、声を上げて笑っていた。 「 チィ、黙るデス! 」 「 今がどういう時か分かっているデスか! 」 セキとテンが殺気立ち、場違いなチィを戒めた。 しかしチィは態度を改めようとしない。 「 オレは、ずっと昔から思っていたデス 」 霊柩車に棺が運ばれるのを眺めつつ、獣装石は大声で話を続けた。 「 もしもこの世の終わりが来て、 ニンゲン達がたくさん死ぬ時が来たら、大笑いしてやるつもりだったデス! 」 「 チィ…! 」 「 今まで仲間を殺してきたニンゲン達が…! たくさんのニンゲン達が死ぬのを楽しみにしていたデス! 」 「 チィ、もう止めるデス! 」 「 けど…全然楽しくないデス… 」 チィは笑いながらも…大袈裟に声を出して笑いながらも涙を流していた。 「 なんで、このオレが……ニンゲンが死んだくらいで……デスゥ… 」 チィの震える肩に、セキが手を置いた。 「 気を強く持つデス…泣いていては、部下達が動揺するデス オマエは重要な指揮獣装なのデス… 」 「 分かってるデス……分かってるデスけど…! 」 泣きながらチィは、一着の上着を両手に持っていた。 古ぼけた一枚の上着。 だが、その場に居た者達はそれに見覚えがあった。 なぜならそれは女社長がミドリを助けに行く時、チィに預けた物だったから。 「 あのバカ社長、後で取りに来るって言ったのに……デス… 」 大粒の涙が上着の表面に落ちた。 「 後で取りに来るって……大嘘つきの大バカ社長デスゥ…! 」 巨大獣装石が膝をつき泣いた。 垂れた頭から、幾つもの大粒の涙がカーキ色の上着を濡らす。 女社長を運んだ霊柩車が視界から消えても、チィは泣き続けていた。 『 皆さん、今は辛いかもしれませんがお願いしますね…。 』 告別式から数日後。 サトを始めとする実装石達とセキを始めとする獣装石達は仕事をしていた。 女社長が亡き後も会社は続く。 事務員が指示を与えていたのは仕事で気を紛らわせる為でもある。 『 コタロちゃんとコジロちゃんはどうです? 』 「 今は家で落ち着いているデス… 」 「 手伝わせたいデスが、申し訳ないデスゥ… 」 『 いえ、いいんです。あの子達に無理強いはできませんから…。 』 タロとジロは自分達の子の事で事務員に頭を下げた。 あれ以来、コタロとコジロが暴れることはなくなった。 ただ、大切な飼い主と慕っていた実装石を亡くした喪失感から部屋に閉じこもっていた。 何をするまでもなく、部屋の中で一日中呆然とし、座り込んでいた。 念のため、サトは獣装石達に監視を命じていたが、変わった動きは何も見せなかった。 今は一番大事な時期であり、是非ともあの2匹の力が必要で有ったのだが。 しかし塞ぎこんでいたのは実装石だけではなかった。 『 おかあ……さん… 』 「 テェ… 」 持ち主の居なくなった椅子に座っているのはカスミ。 その膝にはコミドリが乗せられていた。 元々内気がちだったカスミは女社長の死で、一層閉じこもりがちになった。 ただ毎日、事務所にある整理されていない女社長の椅子へ座りに来るようになった。 誰と話すでも無い。 そして女社長が身を賭して守ったコミドリを膝に置き、時を過ごした。 「 ママ……オネエサン…? 」 まだ幼いコミドリには死という物が理解できない。 突然居なくなった親と飼い主。 なぜ居なくなったのか分からなかったが、直ぐに戻ってくるだろうと思っていた。 「 コミドリ… 」 書類を整理していたタロが、コミドリを見て呟いた。 以前、楽園杯にて自分とジロの親と姉の実装石がミドリを助けた。 その後、瀕死だった自分達は、虐待派からミドリに助けられた。 そしてコミドリが飼い主と親を失ってしまった今、自分達が助ける番だと自覚した。 ジロも同じ想いだった。 自分達がコミドリの親代わりとなり、面倒を見ていかなければと。 コミドリだけではない。 他の実装石や獣装石も、全力で守らなければならないと感じていた。 そんな考えに浸っていると、扉が勢いよく開かれて獣装石が入ってきた。 「 で、デスッ!! 」 事務所内にいた社員達、実装石や獣装石が振り返った。 「 何がどうしたデス? 」 「 表で…!見てくれデス!! 」 『 ギャハハハハハ!! 』 「 チャアアアア!! 」 事務所に面した道路に数人の男達、その足元には緑と赤の染みが広がっていた。 男達の手には仔実装が握られている。 「 ママ!ママ〜!タスケテテチュ!!! 」 「 ワタシの仔に酷いことをしないでデスゥ〜!! 」 道路の脇には実装石の満載されたケージが並べられている。 そのケージから親実装が手を伸ばして命乞いをしていた。 『 そりゃっ!! 』 「 …チュベッ! 」 一人の男が手に持っていた仔実装をアスファルトに叩きつけ、体液が飛び散った。 「 ワタシの仔、ワタシの仔が〜〜!! 」 『 ギャハハハ!たまんねぇぜ!! 』 泣き叫ぶ親実装を見て、男達は文字通り腹を抱えて笑っていた。 『 …あなた達、何をしているのです? 』 『 何やってんだ、おまえら…。 』 社屋から出てきた事務員と社員達、更にその後ろには実装石達や獣装石達が続いていた。 この男達が何者なのか、皆は検討が付いていた。 事務員も社員達もそれを知ってか、怒りを隠し切れない。 『 別に〜、俺たちはゴミを綺麗に処分しているだけだぜ? 』 『 そうそう、そこの公園で集めてきたゴミをな! 』 「 チャア!! 」 ケージの中から引きずり出された仔実装の一匹が叫び声を上げた。 その時、事務員の背後にいた仔実装の一匹が飛び出してきた。 「 オ、オネエチャン!! 」 「 デェ…!? 」 驚いたタロが双方の仔実装を見回した。 「 …オマエの家族デス? 」 以前、ミドリに預けられた仔実装の姉実装らしかった。 その仔実装の家族が公園で捕らえられ、今あのケージの中にいるらしい。 『 お前達、いい加減にしないか! 』 『 あ〜?俺たちは善良な市民だぜ? 』 『 少しでも俺たちに触ってみろよ、速攻で暴行罪にしてやるよ。 』 社員の一人が怒鳴りつけるが、男達は法律を盾に実装石達への虐殺を止めようとはしない。 「 オネエチャンを!オネエチャンを助けてほしいテチュ! 」 仔実装が近くにいた獣装石の服を引っ張って助けを求めた。 けれども獣装石は身動きができない。 握り締めた拳が震えているが、決して動けはしない。 「 みんな、絶対に動いてはいけないデス 」 サトがその場にいた実装石と獣装石全てに命じた。 「 挑発に乗ってはいけないデス……今はじっと我慢するデス! 」 しかし一匹、どうしても忍耐が限界に来ていた獣装石がいた。 「 アイツ等デスか…。 」 既にチィは臨戦態勢に有り、その爪が限界まで伸びきっていた。 「 チィ、落ち着くデス…! オマエは指揮獣装デス……部下を抑えるのがオマエの仕事デス! そのオマエが冷静でなくてどうするデス! 」 テンがその前に立って制した。 「 チャ、チャアアアア〜〜!! 」 『 そぉれ、そぉ〜れ♪ 』 男は持っていた仔実装の小さな手と足を一つづつ千切って遊んでいた。 「 オネエチャンが!オネエチャン〜〜!! 」 家族を目の前で引き裂かれていく仔実装の懇願が、残酷なくらい実装石と獣装石達の耳に届く。 『 …なんだ、もしかして家族がいるのか? 』 男の一人が、ケージの中の親実装と仔実装の関係に気付いた。 すると男はケージの中から親実装を引きずり出し、地面に叩き付けた。 「 ギャ! 」 『 これからショーの始まりだぜ〜♪ 』 「 ママが〜! 」 「 行っては駄目デス! 」 たまらず、親の方に駆け寄ろうとした仔実装をタロが引き止めた。 「 だってママが!ママが、テチュ〜! 」 仔実装はタロの手の中から手を伸ばし、必死に振り解こうとする。 『 だからいい加減にしろってんだ!! お前ら、そんなことをして恥ずかしくないのか!! 』 『 はぁ〜?恥ずかしいって、こういうことをするのがか? 』 「 ギャアア!! 」 アスファルトに抑え付けられた親実装の腕を、男は強引に引き抜き、辺りに鮮血が飛び散る。 『 …少しでも俺たちに手を出したら110番だぞ? 』 『 あ、あなた達…。 』 『 てめえら…! 』 あくまで法律を盾にする男達に、事務員や社員達の怒りが頂点に達した。 しかし社員の一人が腕をまくり上げ、今にも殴りかかろうとしていた時。 片腕を無くし、激痛に顔を歪ませている親実装が顔を上げて、全員に呼びかけた。 「 駄目デス!! 」 その一言に、会社の人間も実装石や獣装石が前進を止めた。 「 来たら駄目デス!!ここで我慢しなければ、大変なことになるデス!! 今は悔しいけど我慢を……ギャアア!! 」 更に男は、親実装の片足を引き抜き、乱暴に放り投げた。 『 舐めた口を聞いてんじゃねえよ! 』 「 ギャ…ァ……我慢を…我慢をするデス……! 」 片手に続いて片足を失い、痛みで声が思うように出せない親実装が更に皆を抑えた。 「 それより、ワタシの仔を……ワタシ達の仔をお願いするデス… 」 親実装の目は、タロに取り押さえられた仔実装に向いていた。 「 ママ!ママッ!! 」 「 ワタシの事はいいデス……だから、その仔達を…お願いするデァァ!!! 」 他の男が持っていたバットで、親実装の頭部を打ちつけた。 頭蓋が割れ、アスファルトに脳漿が飛び散り、親実装の身体は動かなくなった。 『 実装石の癖に舐めたことを抜かすんじゃねえ…!! 』 すると男はケージの中に手を突っ込み、乱暴に一匹の仔実装を取り出した。 「 チャアアア〜!! 」 「 デェェ!? 」 次に驚きの声を上げたのは臨戦態勢にあったチィだった。 「 知っているデス? 」 「 あの仔は……あの仔は、前にオレが遊んでやった仔デシャッッ!! 」 「 ま、待つデス!! 」 我を忘れ、巨体で飛び出そうとするチィをテンが身体を張って止めた。 「 お、落ち着くデスッッ!!オマエ達も止めるのを手伝うデス!! 」 「 離せデス!あの仔は何も悪くないデシャアア!! 」 「 我慢するデス! 」 『 落ち着け!今はおとなしくしろ!! 』 巨大なチィの身体を他の獣装石達が、更に社員までもが前に出て止めようとする。 『 へぇ〜、あのデカいのがもしかして親か〜? 』 先ほどの親実装の言動に不機嫌だった男が笑みを漏らした。 『 じゃあ、コイツは念入りに楽しもうとしようぜ? 』 『 お、それ良いな! 』 『 じ〜っくり可愛がってやろうか! 』 男達は全員でまだ幼い仔実装を取り囲み、その小さな身体に手を伸ばす。 「 チャアア! ヤ、ヤメテテチュ!! ママ! ママ! ママ〜!! 」 男達の手は簡単には殺さぬよう肝心の急所を外しつつ、四肢の端から引き千切り、最も長く辛い苦痛を仔実装の身体に与えていった。 「 今すぐ止めるデシャア!! オマエ達全員、オレがブチ殺してやるデシャアアアア! 」 「 耐えるデス! チィ、今は耐えるデスゥゥ!! 」 チィだけではない。 引き止めるテンも、他の獣装石も同じく泣いていた。 タロもジロも、家族に駆け寄ろうとする仔実装達を引きとめながら泣いていた。 同属達を無惨に殺される悔しさ。 何もできず耐えるしかできない自分達の無力さに。 しかし、その悲しみに耐える実装石の更に背後から……小石が一つ投げられた。 『 痛ッ!! 』 頭に当たり、全く予期しない痛みに男が呻き、会社の実装石達を睨みつけた。 『 なんだぁ……投げたのはどいつだっっ!! 』 男達は、社員達は、実装石も獣装石達も小石を投げつけた者を見た。 『 ひっ……ひっく……! 』 胸にコミドリを抱えたカスミだった。 睨みつける男に対し、涙目になりながらもカスミは必死で睨み返していた。 『 よ、よ、よ……! 』 『 はぁ〜、何言ってんだオマエ? 』 『 よ、よわいものいじめするなぁぁ!! 』 『 …うるせえよ!! 』 男は足元に落ちていたコブシ大程の石を持ち上げ……カスミへ思い切り投げつけた。 ( ガンッ! ) 石はカスミには当たらなかった。 代わりに緑と赤の体液の付いた石が地面を転がっていく。 「 デェ……デェ…!! 」 一匹の獣装石がカスミの前に仁王立ちしていた。 その額が今の石で割れたのか、その顔を緑色に染めていく。 『 舐めんなよ……っ!? 』 腹いせにもう一度石を拾い、投げつけようとした男の動きが止まった。 「 デェ!! 」 「 シャアアア! 」 「 やってみろデスゥゥ!! 」 「 デシャア!! 」 カスミの前に獣装石達の壁が、更にその背後には実装石達が取り囲んでいた。 全ての個体が男を睨みつけていた。 少女を傷つけまいと壁を作り、全ての目が睨みつけていたのだ。 『 くっ……ガキが…… 』 男は興醒めし、同時に怖気づいたのか……持っていた石を放り捨てた。 『 なんか、白けちまったな。 』 『 今日のところはこれで我慢しといてやるかよ…。 』 「 テェェ…ッ! 」 他の男達も虐待の熱が冷めたか、手にしていた仔実装の身体を道路に放り投げた。 『 また今度、遊びに来てやるから楽しみにしてな。 』 『 あぁ、次はもっと凄い趣向を凝らしてやるからな! 』 そして男達はケージの中から残った実装石達を放り出すと、その場を去っていった。 『 ……だ、だいじょうぶ? 』 カスミは自分を庇ってくれた獣装石の顔を見た。 「 このくらい全然、どうってことないデス… 」 獣装石は額から流れる体液を拭いもせず、カスミの気遣いに答えた。 『 そんな……いっぱい血が出てるよ… 』 「 だから全然大したことないデス………それより、ありがとうデス 」 『 …え? 』 不意の感謝の言葉に、カスミは目を丸くした。 この獣装石のみならず、他の者達も少女には感謝していたのだ。 絶対に手出しできない自分達に代わり、この少女は一矢を報いてくれた。 ただの小石一つだったけれども……反撃してくれたカスミに心から感謝していた。 「 そんなことがあったデスか… 」 「 デスゥ… 」 1時間後、セキ達が山から降りてきてサトから事情を聞いていた。 事務所の中で、実装石と獣装石達が善後策を練っている。 「 みんな、よく耐えたデス………特にチィ 」 セキが地面に座り込んでいたチィの肩に手を置き、労いの言葉をかけた。 「 今は辛いかもしれないかも我慢するしかないデスゥ 」 「 …… 」 しかしセキの言葉に、チィは聞こえてないのか返事を返さない。 無表情のまま座り込み、無言のままであった。 「 セキの言うとおりデス 」 気落ちしている皆に、サトが口を開いた。 「 セキはこれまで通り山の統率を頼むデス タロとジロは、コタロとコジロや仔実装達のことを頼むデス あのニンゲン達のことは、ワタシが事務員サンと相談して対処するから気にするなデス それから…… 」 サトは更に各自へ細かく指示を下した。 全ての者達は単独で動かず、必ず複数で行動すること。 何かの挑発が有っても決して乗らず、人間達に危害を加えてはならぬこと。 他に相手に口実を与えるような法律に触れる事を、人間に迷惑をかけないようにすること… 「 だから今は我慢するデス 」 「 いつまで我慢しなくてはいけないデス? 」 サトの説明の終わり際、地面に腰を下ろしていたチィが問いかけた。 「 チィ… 」 「 オレ達は、いつまで我慢しなくてはいけないのデス…? 」 顔を上げてサトを見つめ……そして立ち上がると詰め寄った。 「 サト、オマエは頭が良いデス、だから教えて欲しいデス… オレ達は、いつまで我慢しなくてはいけないのデス……? 」 「 チィ、落ち着くデス… 」 「 あの仔は……あの仔は何も悪いことはしてなかったデス!! 」 問いかけに答えられないサトに、業を煮やしたのかチィが声を荒げた。 「 良い仔だったデス! オレが遊んでやった仔デス! 殺されるようなことはしてないデス!! なのに、なんでとっても痛いことをされて、殺されなくてはいけないデス!!?? 」 チィは再び泣いていた。 「 バカ社長はバカだけど、嫌な奴じゃなかったデス!! オレ達のことをいつも心配し、暮らしていけるように考えてくれたデス!! なのに…なんでバカ社長は死んだデス!? バカ社長はバカだけど、とってもとってもバカだったけど…! とっても良い奴だった…デス!! 」 サトの両肩に手を置き、チィの問いかけは続く。 「 ミドリだって、良い奴だったデス!! いつも公園や野良の実装石達のことを考えて、親切にしていたデス! なのに、なんでそんな良い奴が死ななくてはいけないデス!? もっともっと長生きしていて、何が駄目なのデス!? 」 両肩に置かれた手がサトの身体を揺さぶる。 「 サト、教えて欲しいデス…… なんでオレ達に優しくしてくれるニンゲンや実装石が死ぬデス? なんでオレ達に優しくしてくれる事務員やニンゲン達が苦しんでいるデス? なんでオレ達は虐められ、殺されるデス…? 」 「 …… 」 抑え切れなくなったチィの問い掛けが湧いて出るが、サトには何も答えられない。 「 オレ達は……生きていてはダメなのデスか…? 」 やはり何も答えられない。 「 オレ達は…殺されても仕方ないのデスか…!? 」 眼を伏せ、只の一言も発することができない。 そんな無言のサトに、チィが一際大きな声で問いかけた。 「 ならオレ達は、何のために産まれてきたのデス!? 」 「 …… 」 その場にいた全ての実装石と獣装石も溜まらず、サトへ続いて返答を迫った。 「 サト先生! 」 「 先生! 」 「 教えて欲しいデス! 」 「 サト、お願いデス! 」 全てが行き詰っていた。 出口の無い迷路に、皆が閉じ込められ、どうすることもできずにいた。 しかしそんな皆の問いにサトは何も答えることができず… チィの両手を振り払うと背を向けた。 「 サ……ト…? 」 「 指示は今出した通りデス……全員、冷静になって行動することデス 」 「 ……サト!! 」 問いを無視されて、チィが怒声を浴びせ……そんなチィにサトが一言だけ洩らした。 「 そんな事……ワタシには答えられないデス 」 「 デッ……デェェエエエエ…………! 」 チィが床に手をつき、悔しさと悲しみのあまりに号泣する。 その傍にテンが、他の実装石や獣装石が近寄り、巨大な獣装石を慰め始めた。 背を向けたサトは扉の方へ向かい、ドアノブへ手をかけた。 「 サト、どこへ行くデス? 」 声をかけたのはセキだった。 「 用事を思い出したので、家の方へ行くデス 」 「 それなら1匹では危ないデス……ワタシも一緒に行くデス 」 「 ……分かったデス 」 セキは後のことをテンに任せると、サトと共に外へ出て行った。 「 考え事をするから、少し離れて歩いて欲しいデス 」 「 ……デス 」 既に外は薄暗くなっていた。 街灯が道を明るく照らし始め、近所の家からは光が零れる。 「 …… 」 「 …… 」 先にサトが歩き、その10歩ほど後ろをセキが歩いていた。 セキにはサトの表情が見えない。 何か考え事をしているのなら、此方から話しかけることもできない。 女社長の死以来、冷静すぎるサトの事をセキは色々と考え込んでいた。 サトが頭の良い実装石であることは知っている。 だが、あれだけ慕っていた飼い主を亡くして、あそこまで冷静に居られるのは明らかに異常であった。 セキには、サトが何かを隠しているような気がしてならなかった。 「 …デ? 」 不意にサトが立ち止まり、後に続いたセキも同じように立ち止まった。 そこは幾つか並んだ自動販売機の前。 サトは振り返ると、その明るく輝いている一つを見上げていた。 自販機の明かりにサトの顔が照らされるのが見えた。 「 ……? 」 まだ自宅まで距離はある。 なぜ自動販売機の前で立ち止まっているのだろうか? セキは不思議に思うが自らも立ち止まったまま、サトが動き始めるまで身動きが取れない。 「 サト、どうし………ッ! 」 声をかけようとして、途中で止めた。 なぜなら、サトの肩が震えていた。 自動販売機を見つめるサトの肩が大きく震え始めていたからだ。 それだけでは無い。 背後のセキには、はっきりと見えた。 自動販売機を見上げるサトの両目から、大粒の涙が流れているのが。 思い上がるなよ!ニンゲン如きが! 泣きながらサトは女社長のことを思い出していた。 《 お疲れ様だよ、サト 》 残業で遅くなった夜。 サトは飼い主と一緒に自宅へ帰り歩いていた。 〈 どういたしましてデス 〉 自宅までの短い帰宅時間。 その日の仕事を終え、飼い主と一緒に過ごせる時間がサトにとっては至福だった。 《 さて、残業代よ……サト、アンタは何が良い? 》 〈 今日は紅茶がいいデス! 〉 帰りが遅くなった時、女社長はサトに感謝の意味を込めてジュースを奢ってくれる。 《 言っておくけど、他の子達には内緒だよ? 》 ささやかな残業代かもしれないが、サトには何にも代え難い物であった。 そしてある夜、女社長がサトに向かって別の事を言い出した。 《 いつもジュースばかりじゃ悪いからね…他に何か無いかい? 》 〈 何かって、何デス? 〉 《 ほら、アンタだって欲しい物の一つくらいあるだろ? いつも仕事を手伝ってくれるんだ…たまには奮発して何かを買ってあげないとね 》 〈 …それなら間に合っているデス 〉 《 そうかい?何か願い事とか、本当に何も無いのかい? 》 〈 …お願い事は有るデス 〉 《 へぇ……なんだい、遠慮なく言ってごらんよ 》 〈 いつかお願いするデスから、その時に遠慮無く言わせて貰うデス 〉 サトは女社長を見ていて自分が実装石であった事を、この上なく幸福だと感じていた。 なぜなら実装石は人間より寿命が短い。 どんなに実装石の自分が長生きしても、女社長より長く生きることはできないからだ。 それは自分が、飼い主である女社長の死を見なくて済むことを意味している。 いつかの遠い日 歳を取って身体が動かなくなり、目も見えなくなり、話すこともできなくなった時 その頃の自分には仔がいるだろう 実装石や獣装石の仲間達に囲まれているだろう そして サト、今日の調子はどうだい やはり飼い主が傍にいてくれるだろう 今日は天気が良いね……ほら、見えるかい? もう何も見えない けれども、自分を抱き上げてくれた飼い主の温もりは感じる はは……そんなに気持ち良いかい? コクリ しわがれた顔で精一杯笑い、僅かに頷いてみせた 陽の光は暖かく……風は心地よく……全てが満ち足りていた サト……疲れた…? コクリ… そうかい……じゃ、休みなさい… もう頷くこともできない 目も見えないし、音も聞こえない……けれども暖かい お疲れさま……サト………お休み…… サトの願い それは最期に飼い主に看取られて逝くことであった あの時、コミドリを庇って飼い主が死の直前だった時。 飼い主はサトに懇願した。 《 サト……頼みが…あるん……だ 》 〈 しゃ、社長サン… 〉 《 み…みんなを……他のみんなを…頼む…わ… 》 サトは女社長を酷い飼い主だと思った。 一言で良い。 どうせなら恨み言の一つでも、ほんの少しでも恨み言を吐いて欲しかった。 憎いと、悔しいと、悲しいと。 自分を苦しめた人間達に仕返しをしたいと。 一言でもいいから、口にしてくれれば良かったのだ。 そうすれば自分は怒りに我を忘れることができた。 直ぐにこの地を去り、何年経とうが準備を進めただろう。 そして、何時しか人間達に大いに後悔をさせてやっただろう。 世界を滅ぼすことはできないが、こんな国くらいは火の海にしてやれただろう。 その果ての自分の運命は承知している。 どちらにしろ破滅は免れない。 しかしそれで良かった。 どうせ、こんな世界に何も未練は無かったから。 なのに、それが出来なかった。 飼い主の、女社長の最期の頼みを聞かないわけにはいかなかった。 だから全力で、自分の持ち得る全ての力を使って、仲間達を守ることに決めた。 怒りと悲しみを抑え、自分の責務を果たすことにした。 たとえ周りの者達がどれだけ怒り狂い、暴走し、悲しみに暮れようとも、 自分1匹だけは絶対に冷静でなければいけなかったのだ。 『 社長サン……アナタは……本当に酷い飼い主デス… 』 涙を流しつつ、赤い空を見上げ サトは初めて飼い主を恨んだ
