タイトル:楽園崩壊 4/8
ファイル:楽園崩壊04.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:988 レス数:0
初投稿日時:2009/12/23-00:27:48修正日時:2009/12/23-00:27:48
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日が傾き始めた夕刻。

「 テン、ぶちのめしてやれデスッッ!! 」
「 絶対に負けるなデスゥゥ!! 」
『 社長、良い所見せてくださいよ〜! 』
『 負けたら示しがつかんですよ! 』

事務所横の資材置き場の空き地に、社員達と獣装石達が集まり騒いでいる。
その輪の中心にいるのは指揮獣装テンと女社長。
1匹と1人が、その身体を駆使した格闘を演じていた。

『 せやっ! 』
「 デギャッ!! 」

女社長のミドルキックがテンの身体を吹き飛ばした。
資材近くまで転がり、力尽きて立ち上がることができない。

『 はぁ……ぜぇ……テ、テンも…まだまだだねぇ…。 』

肩で息を切らせながら、女社長は倒れているテンを見下ろした。

「 デェ……デェ…! 」

日中の労働に加え、女社長と実戦並の稽古。
流石のテンも息が上がって暫くは動くことができず……辛うじて女社長を見上げた。

『 ふぅ……まぁ、そこで気絶してるバカよりはマシだね。 』

「 ……ェ… 」

既にチィは仰向けになって白目を向いていた。

『 凄いね、社長は…。 』
『 やっぱり親分は只者じゃないって。 』

資材に腰を降ろしながら社員達も、夕飯前の暇つぶしに見入っていた。

社員達も共に仕事をしていて分かったが、あのテンとチィの2匹は強い。
他の獣装石達とは明らかに異なる体格と体力。
日頃の力仕事で鍛えられ、他の獣装石達も強くはなっていた。
しかし、それは2匹も同様で、尚且つ仕事量は他の者達の倍以上。
現に今では、普通に力仕事を任せるようになっている。
仮に取っ組み合いになった場合、果たして最後に立っていられるだろうか。

その2匹相手に連戦し、まだ余力を残している女社長。
腕っぷしに自信のある彼らだったが、自分達の社長には一歩譲らざるを得ないであろう。

「 次はワタシが行くデス! 」
「 抜け駆けは許せないデス! 」

すると血気盛んな獣装石が次の挑戦順を巡り、小競り合いが始まった。
互いに一歩も譲らず、前に出ようとする獣装石達。
しかしそこへ、背後から一際大きな影が割り込んできた。

「 ワタシが行くデス…! 」

現れたのは隻眼の獣装石…自分達のリーダーの司令獣装だった。

「 セ、セキが……デス? 」

突然現れた司令獣装に、その場に居た部下の獣装石達がざわめく。
このような場にセキが出てくることは滅多に無く、こうして参加するのは初めてだったからだ。

『 へぇ…今度はアンタが相手かい? 』
「 あの山の時のようには、いかないデス 」

気圧された獣装石達を後に、セキが堂々と歩いて前へ。
そして皆の輪の中心にて立ち止まり、向き直って女社長の正面に立ち塞がる。

そう、両者が手合わせをするのは前の山の戦い以来だ。
あの時は女社長の勝利に終わった。
だが敗北に終わったセキは1匹の獣装石として、あれ以来再び自らを鍛え上げている。
司令獣装として自身の責を果たしつつ、並行して研鑽を積み直してきた。
人間に対して初めての敗北。
何時か司令獣装としてでなく、1匹の獣装石として女社長に挑むつもりであった。

『 こいつは面白いじゃないの… 』
「 ワタシを他の獣装石達と一緒にしないことデス 」

両者が対峙し、その場の緊張が高まる。
女社長が拳を握り締め、セキが腰を落として身構える。

だが、その時。

『 しゃ……社長! 』

この資材置き場に姿を現し、声を上げて制したのは事務員だった。

『 …こんな時に、なんだい?今は忙しいから後にして欲しいね。 』
『 そ、それが……今、事務所に…… 』
『 ん、客でも来たのかい? 』
『 いえ、お客様というより……その…。 』

上手く説明できないのか、事務員の言葉が詰まる。
その場にいた誰もが、事務員から只ならぬ空気を感じ取っていた。


『 一体、どなた様が来たってんだい…? 』

女社長は不機嫌な表情を一切隠すことなく、事務所内に戻ってきた。
中を見ると、来客用のソファに見慣れぬ……いや、以前に一度だけ見た顔があった。

「 デ……デェ… 」
「 しゃ、社長サン…… 」

事務所の隅でタロとジロが怯えている。
その傍で2匹にミドリとサトが寄り添っていた。

『 やれやれ……まさか、またお目にかかるとは思ってもいなかったわ。 』
『 あぁ、久しぶりだったな。 』

ソファに腰掛けていたのは、タロとジロの飼い主だった男だ。
以前、楽園杯でミドリを助けた実装石親仔を送り込んだ男でもある。
手を挙げ、女社長に笑顔を振り撒くが、当の女社長は一切笑みを返そうとはしない。
セキとの対決を中断させられて不機嫌だったのが、男の顔を見て益々機嫌を悪くさせた。

『 …それで、一体何の用で来たんだい? 』
『 それなんだがなぁ… 』

男は怯まず、愛想笑いを繰り返し…。

『 実はよ、そこのミドリを高値で買いたいって人がいて…。 』
『 帰りな。 』
『 な…。 』
『 今は不景気で救急車を呼ぶ電話代だって勿体無くてね……
  その足でさっさと帰りなってんのよ。 』
『 まぁまぁ、話は最後まで聞けよ。 』

男は下卑た薄笑いを浮かべながら、更に話を続けた。

『 俺も色々とコネが有ってね……とある金持ちの息子達と知り合いなんだよ。

それで今回、ミドリを高値で買い取りたいって交渉役を頼まれてな……。 』

男は如何に旨みのある話かを力説するが、女社長は冷ややかに見下ろすだけ。

そして同じ事務所の中。
離れた場所から男を無言で睨みつける二匹の実装石がいた。

「 オマエ達、落ち着くデス 」
「 …… 」
「 …… 」

サトの制止に無言のコタロとコジロ。

2匹にとって親であるタロとジロは、この男から助け出されなければ、おそらく死んでいただろう。
虐待紛いの扱いを受け、ロクに食べ物も与えられず衰弱していた。
しかもタロとジロの姉と親実装は楽園杯に送り出され、2匹とも帰って来れなかった。
自分達の親を死なせかけ、叔母と祖母にあたる親族実装を間接的に殺した男。
前の飼い主だった男の話は聞いていたが、こうして実際に目の当たりにするのは初めてだ。
憎い仇を目の前にして、2匹は怒りで肩が震えていた。

バチィ……ン!!

『 ギャッ! 』

女社長の振り上げた張り手が、男の頬に炸裂した。

『 これ以上、アンタと話すことは何も無いし、聞く耳も無いね!
  さっさとここから出て、二度と顔を見せんじゃないよ!! 』
『 グッ……ま、前の事は許してやろうと思ったのによぉ…! 』

打たれた頬を抑えながら、男が言葉を吐き出した。

『 やっぱり頭が悪いよ、お前……折角の儲け話だってのにな………たかが実装石のために…。 』

それ以上交渉の余地は無いとようやく分かったのか、男も立ち上がった。

「 デププ…… 」
「 ププ… 」

扉を開け、出て行こうとする男を2匹の実装石が遠慮する素振りも無く笑っている。

『 なんだ、お前ら? 』
「 オマエは運が良いデス… 」
「 今日、この世界で一番幸運なニンゲンデス… 」
『 何言ってんだ…? 』

問いかける男に、コタロとコジロは更に高らかに嘲笑を浴びせた。

「 そこの社長サンに床に額を擦りつけて感謝するが良いデス 」
「 ワタシ達も寛大デスね
  今日の所は社長さんに免じて許してやるデス 」

男は2匹の言ってることが理解できない。
そしてさっきまで自分達に不安な眼差しを向けていたサトに2匹が笑いながら言った。

「 大丈夫デス、サト先生。
  ワタシ達だっていつまでも仔供じゃないデス 」
「 あんなゴミみたいなニンゲンに怒っても仕方ないデス 」

この実装石達も丸くなってきた、とサトは思う。

本来なら八つ裂きにしても足りない相手だが、2匹は女社長の張り手一発で忘れることにしたのだ。
サトにとって生徒である2匹が成長したのは嬉しかった。
いくら知能が高くても感情のコントロールができなくては話にならない。
これからも何かに怒る時は度々有るかもしれないが、今日程の事は二度と無いであろう。

そろそろ、この2匹から眼を離しても良い時期かもしれない。
各々が1匹の実装石として成長したならば、これ以上の干渉は不要であろう。
先日、仔実装を引き取った事は、2匹にとって大きなプラスになったようだった。
日頃の言動からは想像もつかない熱心な指導と教育。
後輩に当たる存在が現れたことにより、2匹は精神的に成長したようだ。
これからは何か有っても自分の代わりとして、安心して任せられるかもしれない。

そう決め付けるサトの認識は甘かったのだが。


そして一週間後、事務所内は重苦しい空気に包まれていた。

『 あそこも無理だった? 』
『 はい、どうしても卸してくれないそうです…。 』
『 そう……まさかこんなことになるとはね…。 』

女社長は天を仰ぎ、天井を見上げた。

あれから三日後のこと、今まで会社に資材を卸してくれた所が断りの連絡が入ってきた。
今まで支払いもしっかりしてきたし、こちらの手落ちは何も無い筈。
理由を聞いても、はぐらかすばかりで応えてはくれない。
まだ手持ちの資材は残ってはいるが、それが全て尽きるのは時間の問題だ。
そんな時、あの男から電話がかかってきた。
用件を受け継いだ事務員が聞いたところによると、軽く手を回したらしい。
今ならまだ" あの人達 "はミドリを高く買い取ってくれる。
交渉は俺に任せろ、そうすれば悪いようにはしない、と。
電話を取ったのが女社長だったならば、鼓膜が破けんばかりの勢いで怒鳴りつけていただろう。

「 社長サン……そんなに……デス…? 」
『 あぁ、大丈夫だよ、大丈夫。
  アンタ達が心配することじゃないから…。 』

傍に来て心配げに見上げていたサトの肩に、女社長が微笑みかけながら手を乗せた。
だが、その笑みには疲労が混じっており、誰の目から見ても無理をしているのは明らかだった。
ここ数日、事務員と同様、女社長はあちこちへと走り回って殆ど寝ていない。

「 お姉サン……ワタシ……デスゥ… 」

事情を知っているのか、ミドリが申し訳無く女社長や、そこにいた皆に項垂れた。

『 ミドリ、アンタが謝ることはないんだよ。 』
「 そうデス、ミドリサンは悪くないデス… 」

回りの者は気を遣い、気落ちするミドリを慰めていた。その一方、

「 あのクソニンゲン、絶対に許さないデス… 」
「 見逃してやった恩も忘れやがってデス… 」

コタロとコジロが怒りに震えていた。
2匹だけではない、他の事情を知っている血気盛んな獣装石達も同様に怒っている。

「 社長サン、ワタシも何か手伝うデス 」
『 大丈夫よ 』

サトの助力を女社長は制した。

『 お前達の力はセキ達の時に借りたからね、また借りるわけにはいかない。 』
「 で、でも…デス…… 」
『 ははは、少しは飼い主のアタシを信用したらどうだい?
  安心して、会社もお前達も、みんなアタシが絶対守ってやるよ。 』

自らの胸を叩き、自分の力を回りに誇示する女社長。
そして、その前にコタロとコジロの2匹も進み出てきた。

「 しかし社長サン、本当に困った時は遠慮無く言って欲しいデス 」
「 その時はワタシ達も力になるデス 」

『 ……ありがとうね、アンタ達。 』

女社長は2匹の前に屈みこみ、各々の肩に手を置いた。

『 アタシはね、アンタ達みたいな子の飼い主である事を誇りに思ってるよ。 』

女社長が2匹に向って、精一杯笑った。

「 デェ… 」
「 デスゥ… 」

しかし間近で見ていたコタロとコジロに限らず、誰もが無理をしているのが分かった。
自分達を安心させようと笑顔を作っているのは明白だった。

実装石達も獣装石達も皆嬉しかったが、同時にその笑顔を見て非常に悲しいと思えた。



「 サト先生……調べたところ、資材はあと一週間から二週間は大丈夫みたいデス 」
「 なら、暫くは大丈夫デスね 」

自分の秘書的な立場であるメイの言葉に、サトはひとまず息を下ろした。

「 コタロ、コジロ。聞いての通りデス、オマエ達も今は辛抱するデス 」
「 デ… 」
「 デェェ… 」

サトに説き伏せられたか、普段は傲慢な2匹も渋々了解する。

「 安心するデス
  ワタシ達の飼い主が、これくらいで参るような人じゃないデス
  それにいざとなったら、ワタシやオマエ達が手伝えば済む話デス 」

まだ完全に納得したわけではないが、サトの言うことは尤もだった。
あの社長のことだから、何とかしてくれるような気がする。
それに万が一、本当の本当に会社が危機に陥るようなら自分達が前に出れば良い。

「 …それなら、ワタシ達は少しだけ遠慮するデス 」
「 社長サン、あまり無理はしないでして欲しいデスが… 」

コタロやコジロの気持ちも分かるが、女社長自身にも意地が有るのだろう。
サトを中心とした実装石達に、会社の事を手伝ってもらってる以上の事はさせられない。
女社長が普段、あれだけ胸を張って歩いてるのは、それだけの責務をこなしているからだ。
やはり飼い主として、飼い実装の自分達に良い所を見せたいのであろう。

ならば、その立場を弁えるのも自分達の責務ではないか、とサトは思った。

「 …そういえば、ミドリサンはどうしたデス? 」

「 さっき、家に帰ったデス 」
「 家の仔達の食事の用意をすると言ってたデス 」
「 デスか……なら、家の方は甘えることにするデス 」



「 みんなに申し訳ないデス… 」
「 ママ… 」

会社の帰り道、ミドリはコミドリを連れて自宅へ向かっていた。
今、会社は大変であり、それなら早めに家に帰って少しでも家事をこなそうと思ったからだ。
サト、タロ、ジロ達は普段の業務に勤しんでいる。
自宅には仔実装達しか居ない……せめて、あの仔達の世話をするしか報いる術を思いつかない…。

『 コイツか? 』
『 あぁ、間違い無い… 』
「 ……?あなた達はどなた様デス? 」

自宅まであと10メートル足らず。
仔を連れたミドリの前に、見知らぬ男達が突然立ち塞がった。



『 あのさぁ…。 』
『 どうしました、社長? 』

既に日付が変わるであろう時間帯。
事務所には女社長と事務員だけが居残っていた。
これからの会社の目処が立たなければ、安心して自宅に帰ることもできない。

『 なんでそこまでミドリを欲しがるんだろね… 』

弟の清掃局員が始めてミドリを引き合わせた時、ミドリは凄い実装石だと絶賛していた。

『 飼い主のアタシが言うのも何だけどね……ミドリは普通の実装石だと思うよ。 』
『 いえ、社長。やはり、そういう問題じゃなく……ミドリちゃんは…。 』
『 あぁ、やっぱりアレ絡みなんだろうね…。 』

楽園杯、史上初完走実装石であるミドリ。
そんな希少な個体だからこそ、大枚をはたいて欲する者達がいるのであろう。

『 別にね、アタシはあの子が離れていくのなら、それはそれで構わないさ。 』
『 え……。 』
『 あの子が別の飼い主の下へ行きたいって言うのなら、引き止められないしね…。 』
『 まさか……社長以外の人の所へ行きたいわけないじゃないですか。
  それにあの男の言うミドリちゃんを欲しがる人ですが……どんな人間なのかは想像が付きます。 』

あの男は金持ちの息子連中が欲しがってると言った。
単純に考え、ミドリのような実装石に大金を出すのはコレクターか、もしくは虐待派。
その連中はコレクターとは思えない……おそらくは虐待派であろう。
そんな連中にミドリは渡したとしたら、どうなるかなんて容易に想像が付く。

『 それにしてもね… 』
『 なんです? 』
『 アタシ達はさ、食べていくためにお金を稼いでる。たまに遊んだりもするけどね…。 』
『 …はい、それが何か? 』
『 けどさ、必要以上にお金を持ってるのも考え物かもしれない… 』
『 ……。 』
『 身に余る程のお金を持ってる人間って、ありとあらゆる物を手に入れようとするんだろうね。

  そしてそれでも飽き足らず、次へと次へと……その欲望は限りなし、か。
  だから、そんな連中だからこそ、ミドリが欲しいんだろうね……
  
  わざわざ虐待するためだけに…。 』

今の事務所には、2人以外誰も居ない。
ミドリや他の実装石達には決して話せられない内容であろう。

『 アタシね、ミドリや他の実装石を見て、前から思ってたことが有るんだよ。 』
『 …はい? 』

『 人間ってさ………人間って、そんなに………。 』

そこまで言葉を続けると、宙を見上げながら女社長は黙り込んでしまった。

『 ……社長? 』
『 はは……アタシって、どうかしてるね。
  さて、仕事をしないと!
  安心して、アタシはいつまでも社長さ!
  そう、いつまでもね! 』

強がりを言って、再び作業を始めた女社長に事務員は何も言い出せなかった。
この夜、女社長が途中で止めた言葉。


数年後の最後の夜。

事務員はその言葉の続きを、身をもって知ることとなる。


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