「実装少女 1」 『ガルゥゥ!!デジャァァァア!』 威嚇する声と共に、時折獣に近い喚き声が聞こえる。 その声は素早い移動を繰り返し、声を追いかける男をあざけるかのように遠ざかって行く。 『チキショー!また逃げられた』 『あのスピード、あの声、間違いない、あれは実装少女だ!』 テレビのワイドショーでは再現フィルムが流されている。 目撃者と称する男が解説を始め、あたかも本当のように茶の間へ放映された。 その映像を真剣な眼差しで見つめる男がいる。 男は実装少女の行方を追いかけていた。 男の名前は南三郎、25歳、独身、職業は擁護福祉施設の職員。 三郎はアニメ版タイガーマスクに憧れこの仕事に付いた変わり者で、 子供の事となると全てを忘れるほどの熱血漢でもある。 半ば都市伝説化した目撃談を三郎は信じていた。 「実装少女」実装石に育てられた人間の子供、この噂はテレビのワイドショーでも一時話題になった。 人間の言葉を話さず実装石と同じ「デスデス」と話し、どこかの実装石コミューンでひっそりと生きている。 時折人間の街にやって来ては餌を漁り、人間に気づかれると素早く去って行く。 目撃情報が相次ぐと、こぞってテレビ局や出版社がその行方を追った。 実装石に縁の無いこの男がなぜ実装少女を追いかけているのか? それは三郎が実装少女を目撃した一人だからである。 数日前、三郎は仕事帰り、いつもの公園に差し掛かった。 薄暗い夕暮れ、街頭がちらほらと灯り始める時間帯。 回りの景色は薄っすらとした夕闇の中で、まだ街頭の光も弱弱しかった。 そんな時、公園のゴミ箱を漁る人影が見えた、三郎は単なる浮浪者かなと思ったがやけに身長が小さい事に気付く。 普段から子供の世話をしている三郎は、もしかして子供の浮浪者ではと心配になった。 目をこらしてみると緑色の服を着た少女に見える、三郎はそっとその少女に近づいた。 少女は懸命にゴミ箱に手を突っ込んでは、中の物を漁っている。 痩せ細って薄汚れた身なりから、この少女は浮浪者だと判断できた。 年の頃は八歳位だろうか、三郎は少女を保護しなければと思い声を掛ける。 にっこりと笑い歩み寄ると、少女が三郎に気づいた。 『どうしたのこんな所で、お母さんは?』 少女は手に持っていた残飯を投げ捨てると、地面に手が付くほど低く身構え三郎を睨みつけた。 「デジャ!デス!デチ!」 (デス?今デスって言ったよな、なんだぁ一体) 明らかな威嚇姿勢で唸り声をあげる少女に三郎は面食らってしまう。 これではまるで以前なにかのテレビで見た狼少女みたいではないか。 (しかもデスって事はこの子の親は実装石になるのか?) (いや・・まさかそんな筈はない、実装石ってのは共食いすら平気でする生物だと聞いてる、 人間の子供を育てるなんて愛情がある訳がないし、育てる事自体まず不可能だ) 三郎は心の中で否定をすると、ポケットに入れていたキャンディーの袋を取り出した。 これは施設で子供のご褒美としていつも持ち歩いている物だ。 少女は黙ってじっとキャンディー袋を見つめている。 (おっ興味を示したな) 三郎がそう思った瞬間、少女の姿勢が更に低くなる、ふわりとスカートを浮かせ両手を一瞬地面につけた。 ザッ!! 『あっ』 一瞬の出来事だった、少女は信じられない跳躍力を見せて三郎の手からキャンディーをはたき落とし、 ぽとりと落ちたキャンディー袋を鷲掴みにして、三郎から逃げ出してしまう。 追いかけたが三郎よりも早いスピードで少女は遠ざかっていく。 『おーい!待ってくれぇぇー』 三郎が叫ぶと少女は一瞬だが振り返り、何かを叫んだ。 「デチテチ!・・デププッ!」 (甘いのは貰ったデス!このバカニンゲン!) 三郎にその声は届かない、リンガルもないので届いたとしても意味が分からなかったろう。 翌日三郎は養護施設で保護してきた子供達の相手をしていた。 『サブロー!キャハハハ』 『こっち見ろよサブロー』 一直線で誠実な三郎はどこか子供っぽく、不思議と子供と波長が合うようだ。 ここに来た頃は暗かった子供も、サブローと接している内にいつの間にか本来の性格に戻っていく事がある。 三郎に群がる子供達全員は、親愛をこめてサブローと呼び捨てにしている。 そんな様子を先輩の上田美穂が困った顔をして見ていた。 上田美穂はこの施設の課長で三郎の直属上司に当たる。 今年で40を超え今ではお局的な存在でもあり。 『まぁた仕事をサボって子供の相手をしてる、本当に困った奴ね』 美穂は机の前に積まれた書類を次から次へと目を通し、保護が必要な子供の確認をしている。 今に始まった事ではないが、昨今の親子関係の希薄ぶりは目を見張るものがある。 それに比例するかの様に虐待される子供の数も増えていった。 他にも引き取った子供の里親の選定、戸籍の整理、やる事は山ほどあった。 『三郎!あんた自分の分の書類まだ終わってないでしょう!』 『遊ぶんならそれが終わってからになさい!』 子供達が蜘蛛の子を散らすように、三郎から離れる。 口々に『鬼ばばぁ』『ヒステリー女』など好き勝手に言っては逃げ出した。 その内の一人が三郎のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。 『あっこら!』 『とろいんだよサブロー』 『サブローだもんしょうがないよ』 『みんなで食おうぜぇ』 子供達はいつも三郎のポケットにキャンディー袋がある事を知っている。 『まったく・・あいつら』とにやけ顔で三郎が呟いた。 美穂は『あの悪ガキ共、元気だけはいいんだから』と答えた。 『いやぁ、元気がいいのが何よりです』 『そんな事より仕事しなさい三郎、今日も保護に行かなきゃいけない家があるんだから』 『あっそうだ上田課長、キャンディーで思い出しました』 『なによ、また虐待児童を見つけたとか?』 三郎は昨日の出来事を美穂に話してみた。 実装石のようにデスデスと話し、自分より素早い身のこなしで、あっという間に逃げてしまった少女の事を。 『それってテレビやってたわよ、本当にいたのね実装少女って』 『実装少女?なんすか課長それ』 『ワイドショーネタとしか思ってなかったのに、三郎が見たって言うなら本当の事ね』 三郎は美穂から実装少女の事を、色々と解説して貰うと体をブルブル震わせた。 『何よ三郎?怖い顔して』 いきなり三郎が叫んだ。 『くっそー!なんて可哀相な少女なんだぁ!』 『課長!この少女を助けましょう!』 また始まったかと美穂は思った。 『子供の事となると見境がなくなるんだから』 『でも駄目!いい事、私たちは市から依頼された子供しか保護する権利は無いの』 『厚生労働省や市の児童福祉課の意見が先よ、上の人が保護するどうかは決める』 『幾ら私たちが児童保護の職についてるからって勝手は出来ない、職権乱用に当てはまるのよ』 三郎は口を尖らせ拗ねると、少し考え込んだ。 『上に報告してたら埒があきませんよ』 『分かりましたもう頼みません』 『仕事外の時間に僕が勝手にやるなら構いませんよね』 そう言うだろうなと美穂は最初から予想は出来ていた。 『それならOKよ、ただし大っぴらにやらないでね』 三郎のこう言った行動は今に始まった訳ではない、子供の為なら何を差し置いても行動してしまうからだ。 完全に否定した所で三郎は納得しない、美穂は三郎の性格を知り尽くしていた。 軟着陸地点に美穂が誘導しただけである。 日曜日になり三郎は実装少女を見た公園にやってきた。 手がかりはここしかない、とにかくここで張り込んで待つ事にした。 夕暮れになり三郎が実装少女を見つけた時間が近づいてくる。 『今日は来るんだろうか、あの子』 ゴミ籠を植木の陰から見つめる三郎はいつしかうとうととしだした。 ガサ・・ゴソ ゴミ籠から音が聞える、三郎が目を覚ますとそこにはあの日と同じ様に少女がごみ籠を漁っていた。 実装ショップで購入したリンガルのスイッチを入れると、じっと少女を観察した。 すると公園在住の実装石が少女に近づいて来た。 「オマエ!また縄張りを荒らしに来たデスか?」 実装石は相当怒っているのか両手を振り上げ怒りの表情を見せる。 「なに言ってるデス、このごみ籠は背の低いオマエじゃ届かないからどうせ漁れないデス」 「ワタチはこれでも遠慮して、このゴミ籠だけで我慢してるデス」 ツンと目をつぶり得意そうに話す少女に実装石が更に怒りだした。 「そこは昼間に弁当の残りが大量に捨てられる所デス!」 「一人占めするのは許されん事デス!!」 すると少女は掌を口にあてがい、横目にその実装石を見ると「チププ♪」と嫌味っぽく笑った。 「この世は弱肉強食デス、ワタチの方がオマエより優れているだけデス」 「優れたワタチがより良い食料を得られるのは世の道理ってもんデス」 反論された実装石は文字通り地団駄を踏んで見せたが所詮は実装石である、 少女の足をポフポフ叩く位しか出来なかった。 そんな様子を眺めていた三郎だが、ここはどうすれば少女を懐柔出来るのかを思案していた。 (お菓子で釣るのは前に失敗しているしなぁ・・) (無理矢理捕まえるのはあの素早さを見ているから無理そうな気がする) 『ここはやはり罠だな・・』 『人間の姿をしているとは言え、中身は実装石とそう変わらないみたいだし』 こんな事もあろうかと三郎は睡眠薬を持って来ていた。 施設で眠れない子がいるので子供用だが、あの少女も年齢は似たような物なので危険はないだろうと踏んでいた。 あらかじめ持っていた金平糖の袋に多量の睡眠薬を砕いてそこにまぶした。 見た目は砂糖がかかっている様に見えるから、上手く食べさせればイチコロのはずだ。 『おい!俺の事を憶えてるか』 夕日を背に受け三郎が登場すると、ゴミを漁っていた少女が身構える。 「またオマエデス!」 「ニンゲンには用はないデス!とっとと消えるがいいデス」 『まぁそう言うなって、今日も貢物を持って来たんだ』 胸のポケットから金平糖の袋を取り出し差し出すと、少女は物欲しそうに見つめた。 だが今回は何かありそうなので、近づこうとはしなかった。 「くれるって言うなら地面に置けデス」 (ちっ・・実装石並の知能かと思っていたら意外と考えてるな) 三郎が地面に置こうとした時だった「ニンゲン!それはワタシへの貢物デス」と横にいた実装石が飛びついて来た。 『あっテメー!お前にやったんじゃないぞバカ』 しかしもう遅かった実装石は袋に飛びつくと、これは自分の物だとばかりに自分の糞をなぶりつけてしまった。 「デププ〜ン、あんま〜いデスゥ」 「ニンゲン!オマエは見込みのある奴デス」 「今なら美しいワタシが特別に飼い実装になっってやっても・・・」 お約束の言葉を並べる実装石から少女へ視線を向けると、もうそこには少女の姿はなかった。 三郎は目の前の実装石に怒りを覚えると『いらん事しやがって〜この糞蟲が!!』とゴミ籠へ向かっておもい切り蹴り上げた。 金平糖をかじっていた実装石は「ヂッ!!」っと短い悲鳴を上げるとゴミ籠へ叩きつけられる。 その瞬間持っていた金平糖がバラバラと地面にこぼれた。 「デェェー!ワタシの金平糖がぁぁ」 慌てて拾い上げる実装石の頭を三郎は踏み付けると、ぐりぐりと地面に埋めるような勢いでこすり付ける。 「や・・やめて〜デス」 「オマエは虐待派だったデスー」 力無く上げる手を掴むと『オラ〜!!オマエにはここがお似合いだぜ』振りかぶりゴミ籠の中へ投げ捨てた。 実装石はゴミ籠から出られず「デスデス」ともがいた。 『オマエは一生そこに入ってろ』 (は〜・・無駄な時間を過ごしてしまった・・) 今日はもう無理だから帰ろうと思ったが手が実装石の糞で汚れているのが分かった。 『糞が付いてやがる・・便所で手を洗って行こう』 綺麗に手を洗いトイレから出ると、あの少女がゴミ籠の前で倒れていた。 『あれ?何で?』 三郎が近づくと少女の口の回りに金平糖のカスが付いている。 どうやら三郎がいなくなったと思い、金平糖を拾いに来て食べてしまったらしい。 『なんか拍子抜けするな、この子は意外と馬鹿なのかもしれない』 『このままって訳には行かないから、まずは俺の部屋に連れて行くか』 三郎は少女を抱き起こすと背中に背負いその場を後にした。 ゴミ籠の中の実装石がいつまでもデスデスと喚く声が聞こえていた。 続く
