その日の午後。 普段は社員達の詰め所である事務所にて、事務員が1人だけ机に向かっていた。 女社長以下、全ての社員達は作業現場へ。 サト達実装石は、先日引き取った仔実装の教育のために自宅へ戻っていた。 誰も居ない事務所内で、キーボードを叩く音だけが物静かに響く。 静寂が支配した平穏な空間。 その時、ドアノブが回り…扉が開いた。 「 こ、こんにちはデスゥ! 」 元気良く挨拶し、扉を開けて入ってきたのは1匹の獣装石であった。 『 あら、こんにちは。 』 「 セキから、ショルイを預かってきたデス 」 『 そうですか、お疲れ様です。 』 獣装石が差し出した書類を、事務員がにこやかに微笑んで受け取った。 その書類には山への食糧供給に関する事項が書かれていた。 供給物資に関する品種、量……数々の項目に目を通していた事務員。 『 ……え? 』 ふと近くから、自分に向けられている視線に気付いた。 「 ……… 」 『 ……私の顔に何かついてます? 』 「 …ッ!な、何もついてないデス!! 」 声をかけられて驚いたのか、手を大きく横に振って否定し、獣装石は酷く狼狽している。 「 た、ただ……今はワタシも暇デスから、何かお手伝いすることがあればと思ったデス! 」 『 お手伝いですか? 』 「 力仕事には自信があるデス!何か用が有れば命じてくださいデス! 」 獣装石は自分の胸を叩いて誇らしげにしている。 『 そうですね、なら……。 』 「 デス…? 」 事務員は立ち上がると、給湯室の方へ入っていった。 そして戻ってくると、その手には湯飲みが二つ置かれたトレイ。 『 折角だから、お茶に付き合ってもらえます? やはり、こういうのは1人だと味気無いですから…さぁ、こっちに来て下さい。 』 手招きした先は来客用ソファとテーブル。その上にトレイを置くと、事務員は湯飲みへお茶を注ぎ始めた。 「 ワタシなんか良いデス…? 」 『 えぇ、構いませんよ…今は誰もいませんしね。 丁度休憩を取ろうとしていたところです。 ……それとも迷惑でしたか? 』 「 と、とんでもないデス! 」 テーブルの前に立った獣装石の前に、湯気の立った湯飲みが差し出される。 更に小皿にはクッキーなどのお茶菓子の小山。 『 さぁ、どうぞ。 』 「 い、いただくデスゥ… 」 獣装石は小皿の上のクッキーを一つ摘まみ、口へ運んだ。 「 美味しいデス…! 」 『 はい、遠慮なく食べていってくださいね 』 獣装石の感嘆に、事務員も更に笑顔を浮かべた。 一つ一つ摘まむごとに物珍しそうに眺め、そして口の中へ運ぶ。 『 さぁ、お茶もどうぞ。 』 「 あ…暖かくて美味しいデス… 」 柔らかな陽の光が差す午後。 テーブルを向かい合って湯飲みに口をつける事務員と一匹の獣装石。 『 それで、どうしていつも私を見てるんですか? 』 「 …! 」 何気ない事務員の言葉に、獣装石は摘んでいたクッキーを喉に詰まらせた。 「 デホッ!デホッ!! 」 『 だ、大丈夫ですか? さぁ、これで流して… 』 傍に駆け寄った事務員が、獣装石の背中をさすり、温めのお茶を手に持たせた。 「 …ありがとうデス 」 『 いえいえ…。 それで、前にもここへ来ましたよね? その時も…以前からですが、遠くから私を眺めていた獣装石さんがいた気がしたんです。 』 他の社員達、来客者、実装石と獣装石。 数多くの者達が出入りする中、事務員は1匹の獣装石の視線に気付いていた。 『 あなたじゃ無かったです? 』 「 デ…!そ、それは……デスゥ… 」 事務員が身を乗り出し、獣装石の顔を覗き込んで問いかける。 その間近からの問い掛けに、獣装石は身体を小さくして視線を逸らした。 明らかに狼狽し萎縮しているのが事務員には感じて取れる。 『 ふふ…そんなに私の顔が珍しいですか? 』 「 デ……デェー… 」 その微笑みに、獣装石は恐縮して更に身体を小さくした。 体格や外見は、他の獣装石より一回り大きい以外は何も変わらない。 しかし事務員はその獣装石に、なぜか他の個体よりも親しみを持つことができた。 『 …そういえば、あなたもホウさんに連れられてきたのですか? 』 返答に困って黙り込んでしまった獣装石に、別の話題を切り出して助け舟を出した。 「 そ、そうデス。ワタシは仔供の頃、ホウに拾われてきたデス… 」 その獣装石は気が付くと親が居なかった。 親は獣装石である自分を間引くこともできず、放置して見捨てたのだろう。 たとえ獣装石といえど、仔であっては普通の実装石にすら敵わない儚げな存在。 それでも通常の仔実装よりも体力はあったためか、暫くは生き延びることができた。 だがある時、他の実装石達に見つかって追われることになった。 何とか逃げ延びたものの、身体は傷だらけで体力は殆ど残っておらず、身動き一つ取れなかった。 「 その時、偶然通りかかったホウがワタシを助けてくれたデス 」 あの時、ホウが通りかかってくれなければ、そのまま自分は死んでいただろう。 それ以来、この獣装石はホウの下で生きていくことに決めたという。 「 今では、こうして連絡係を任せられているデス 」 セキ達が来て以来、事務員も何十匹という獣装石と顔を合わせてきた。 その獣装石達と比べ、この目の前の獣装石は理知的な印象を受ける。 おそらくセキやホウから、その素質を見込まれて連絡係を任せられたのだろう。 今ではテン、チィ、ショウを含め、指揮獣装の数は5匹に膨れ上がったという。 有能な獣装石には大切な責務を割り当てていたらしい。 『 なるほど……それでは、あなたって凄い獣装石さんなんですね。 』 「 そ……そ、そんなことは無いデスゥ… 」 事務員に褒められると再び恐縮したのか、獣装石は身体を小さくして黙りこくってしまい…。 「 ……そ、そろそろ山へ戻らないといけないデス 」 獣装石は逃げるように立ち上がると、慌てて扉の方へ向かう。 『 そうですか、お疲れ様です……あ、ちょっと待ってください。 』 「 な、なんデス? 」 扉を開け、立ち去ろうとした獣装石を事務員が引き止めた。 『 …これを持っていってください。 山への帰り道にでもこっそり食べるといいですよ。 』 事務員が手渡した小さな紙包みにの中には、先ほどのお茶菓子の残り。 「 もらって良いデス…? 」 『 …えぇ。今度はゆっくりお茶にしましょうね。 』 掌の上に乗せられた小さな紙包み……その袋の口は青いリボンで結ばれていた。 事務員は獣装石の手を取り、その包みを持たせた。 『 そういえば、大切なことを聞くのを忘れていました。 』 「 デ…? 」 『 あなたのお名前は何て言います? 』 数瞬、獣装石には質問の意味が分からず立ち尽くしていた……が。 「 ワ…ワタシの名前は " ミチ " デス! 」 『 " ミチ "…ですか? 』 「 そうデス! ワタシは道に倒れてるところを拾われたから " ミチ " デス! 」 それだけ言い残すと獣装石は駆け出し、扉を開けて出て行った。 『 ミチさんですか……慌てんぼうですね。 』 事務員はトレイに湯飲みを乗せながら片付けを始める。 午後の休憩は終わり、また仕事に戻らねばならない。 『 ふふ…。 』 その片付けの中、落ち着きの無い獣装石の事を思い出すと自然に笑みが零れた。 空が青い。 山上から見上げる空は、地上からよりも更に青く見える。 「 疲れたデスか、セキ? 」 傍にいた獣装石に声をかけられ、セキは視線を戻した。 「 いや、疲れてないデス。ただ、今日は晴れて良かったと思っただけデス… 」 視線を戻した眼下の森の中、数十匹の獣装石が疾走していた。 前後左右上下と駆け抜ける緑の集団。 その先頭に立つ獣装石は、他の個体よりも身体は大きく逞しかった。 「 ショウは凄いデス……さすが指揮獣装に選ばれただけはあるデス 」 セキの傍の1匹が洩らした。 この晴天の日、先日指揮獣装に任命されたばかりのショウが、始めて指揮獣装として訓練に加わった。 人間の駆除の手と何度も戦ってきたセキである。 肉体的戦闘力もさることながら、その統率力は老獣装ホウでさえ認めている。 そしてそのセキが、ショウもまた非凡な素質があることに感付いていた。 まだ指揮獣装に任命するのは若いと思っていたが、それは杞憂だったようだ。 「 …ど、どうだったデス!? 」 下から若い獣装石が1匹、息を切らせながらセキの所へ駆け上がってきた。 「 まだまだ甘いデス…… これからはオマエも指揮獣装デス、もっと気を引き締めていくデスゥ 」 「 デ……デェ… 」 訓練を見終えたセキは、ショウに冷たく背を向け、数匹の獣装石と共に村の方へ向かった。 「 なぜ、ショウを褒めてやらないデス? 」 「 ここで甘やかすわけにはいかないデス… 」 隻眼の司令獣装が険しい顔つきで答えた。 自分が冬香の下を飛び出し、初めて世話になった河川敷の村。 駆除に遭い、その村は仔獣装だったショウを残して一匹残らず全滅した。 しかし村の者達の願いが通じたのか…? 唯一生き残った獣装石は逞しく成長し、今では指揮獣装の名に恥じない立派な個体となっていた。 平凡な獣装石であれば自分の仔として育てるつもりだった。 しかし幸か不幸か、仔獣装は数々の仔獣装の中で頭角を現し、今ではサトさえ認める程の個体となった。 テンやチィと並ぶ指揮獣装になるのも遠い日では無いであろう。 「 サト……デスか 」 青い空、そこに浮かぶ白い雲を見ながらセキは呟いた。 初めて老獣装ホウと出会った時、まだ若かった頃の話をセキは聞いた。 まだホウが村を作り始めた時に出会った実装石の親仔。 その親仔は旅を続けていた…何かを探し歩いてると話してくれた。 ホウは口癖のように" あの親仔が仲間になっていれば… "と話していた。 あの時、あの非凡な才能の親仔が仲間になってくれれば、自分の村を更に強固にできたと。 だがセキ自身は、ホウの前で口には出さなかったものの、そうは思えなかった。 多少賢いとはいえ、所詮実装石は実装石である。 そんな親仔が仲間になるよりは、獣装石が10匹増える方が頼もしいと思っていた。 しかし、そのセキの認識を崩したのがサトの存在だった。 サトと、その他女社長の下で飼われている実装石達。 我々、獣装石には持ち合わせてない能力を確実に備えている者達。 改めて、自分を指導してきたホウの言葉が正しかったと痛感する。 そして更に、セキはホウの言葉を思い出す。 < あの仔を……コミドリを絶対に守るデス!それが我々にとっての幸福なのデス…! > あの手に指が生えている以外は平凡な仔実装を、ホウは全力で守れと言う。 今までの老獣装の労苦は、全てこの仔実装のために有った。 だからこそ守れとホウは皆に言うが…やはりセキにはその意味が理解できない。 しかしホウがあれだけ熱心に皆に頭を下げて頼み込むのだから、それだけの理由があるのであろう。 一応、コミドリには主にショウを護衛に付けさせている。 他の実装石には当然だが、仮に相手が人間だとしても互角以上に戦えるだろう。 だが万が一、人間がコミドリを本格的に狙ってきた場合。 果たして自分達獣装石だけで守りきれるであろうか、との思いが浮かぶ。 先の駆除戦で人間達の強さを嫌というほど思い知った。 どれだけ退けても、何時かは抵抗する力を悉く削がれて敗退するであろう。 仮にそのような状況へ再び陥った時には別の力が、全く別の発想が必要だとセキは痛感する。 その結論がサト達だった。 一応、立場的にはセキもサトも女社長に飼われている身分だが、実際は殆ど顔を会わせない。 つまり別行動をしており、意見を交換する機会も無い。 「 ……セキ、どうしたデス? 」 真っ白な雲を見上げながらセキは立ち止まっていた。 現在、この山の獣装石達は着実に増強されつつある。 指揮獣装は5匹に増え、誰もが精強で頼もしく、他の部下の獣装石達の存在も心強い。 そしてセキ自身の手腕。 もし万が一…白髪の実装石達が自分達の群れに加わってくれたら、どんなに頼もしいであろう。 ホウは以前、「あの親仔とセキが組めば、実装石の国だって作れる」と言った。 サト達は親仔以上の存在ではないか、とセキは思っている。 あの実装石達は自分達にはできないことをしてくれる。 そして我々獣装石は、あの実装石達にできないことができる。 そんなサト達と自分達、山の獣装石達が手を組んだら? 強大な力を持つ人間達にも、対抗でき得るのでは? 「 何でもないデス、早く村に戻るデス 」 部下の獣装石に応えると、セキは再び山道を歩き始めた。 馬鹿馬鹿しい考えだ、とセキは溜息をついた。 司令獣装の立場から口には出さないものの、実は今の訓練に関しても疑問を抱いていた。 現在、山の住処は女社長の庇護の下、正式に人間達に認められており、駆除の心配は全く無い状態である。 前までは食料の調達が非常に困難だったが、今では供給も安定してきている。 外敵の心配は全く無い。 そのため、獣装石達の中には今の訓練に対して疑問に思う者も少なくない。 住処は保障され、食べ物も生きていくだけなら十分な量が有る。 それにホウが守るよう命令したコミドリは立派な飼い実装である。 無法な野良実装などからならともかく、虐待派でも人間達から危害を加えられるとは思えない。 それに只の野良実装なら自分達獣装石だけで十分に蹴散らせる。 この地にやってきて五ヶ月が経つ。 その間、全ての者達が死に物狂いで生きていくために働いた。 何も無い場所へ住処を作り、僅かな食べ物を分け合って暮らしてきた。 しかし今では生活も安定し、全ての者達に余裕が出てきた。 まだ量的には少なかったものの、以前に比べれば遥かに食料事情は良くなっている。 「 ホウには悪いデスが… 」 誰にも聞かれないよう、セキは低く呟いた。 そろそろ訓練量を半分にしてはどうだろう、とセキは思い始めている。 開いた時間は女社長の会社で働くか、皆で思い思いに過ごせば良い。 ホウには悪いが、セキにとって村の者達が餓えず凍えずに暮らすことさえできれば訓練など必要無い。 それに最近は、ミドリという実装石の存在に感心している。 サトとはまた違った力を持つ、多くの実装石達に慕われている実装石。 回りの人間達からも評判は良いとセキは聞いている。 自分達獣装石は駆除員達と戦い、人間の強さを嫌というほど思い知らされた。 ならばミドリを見習い、人間達との共存の道を選ぶべきでは無かろうか? 仮に人間社会の一員として認められるならば、それを拒む理由は無い。 その選択肢を取るならば訓練など必要無い、寧ろマイナスであろう。 人間達に誤解されうる行動を取るのは得策ではない。 それに今の女社長に、セキもまた好感を持っていた。 言動は決して上品とは言えないが、自分達獣装石のことを何だかんだと気にかけてくれている。 口悪くありながらも村の者達に様々な援助をしてくれる。 これからはサトと共に、女社長の下で働くのも悪くないとさえ思える。 現に部下の獣装石達の心境にも変化が生じている。 チィを含め、最近は部下の獣装石達までもが女社長に闘いを挑み始めたと聞く。 ( セキ!アンタは部下にどんな教育してんだい!? ) 最近、女社長から叱りつけられた。 しかし怒鳴りつけつつも挑戦を受けるのは人の良さだろうか。 夕刻、仕事で疲れた女社長に、チィや他の獣装石達が次々と闘いを挑む。 但し疲れているのは獣装石達も同様で、普段の半分も力が残っていない。 毎日夕方に返り討ちに遭うが、次の朝には快復して再び仕事に望む。 人間でありながら自分達獣装石と、正面から向き合ってくれる女社長を悪くは思わないのだろう。 これは獣装石にとって、人間との交流手段の一つなのだ。 おかげで今では女社長を慕う獣装石の数も少なくない。 そういう自分自身もいずれ機会が有れば、女社長に挑戦してみようとセキは思っている。 だからもう、血生臭い訓練など必要無いであろう。 あの飼い主の下でなら退屈せず、しかも幸せに暮らせるのなら、それで良いのでは? 現在、ホウは付近のコミュニティーを回っているため、ここには居ない。 だから戻り次第、自分の考えを打ち明けてみよう。 これからも獣装石を村へ引き取る方針に反対はしない。 だが、訓練方針の変更を提案してみよう。 新たな指揮獣装候補を2匹検討していたが、この分なら任命する必要は無い。 現在の指揮獣装数は5。 平穏に暮らせるならば、これ以上の増員は不要であろう。 『 指揮獣装 』という名称も変更し、『 班長獣装 』と呼ぶべきかもしれない。 平和になっても、生きていくための仕事は多い。 その為の役職名に変更した方が、人間達に警戒心を抱かせることもないであろう。 隻眼の司令獣装は再び青空を見ながら思いに馳せた。
