うららかな午後の時間。 暖かな日差しが窓から部屋に降り注ぐ。 「 ……そうデス、それはそうやって計算するデス 」 部屋にはサトを初めとする15匹の実装石がいた。 新しく預かることになった12匹の仔実装にサト達3匹が勉強を教えていたのだ。 「 は、はいテチュ! 」 仔実装の元気の良い声が響く。 全ての仔実装達には机代わりに小さな木箱があてがわれ、 その上でメモ用紙をノート代わりに勉強をしていた。 今、仔実装達が教わっているのは算数。 まだ始めたばかりだが、サトは仔実装達の非凡な素質を見抜いていた。 野良実装とはいえ、流石賢い個体の秘蔵っ仔達である。 しかも親実装の期待に応えるべく、その熱意にも並々ならぬ物がある。 仔実装達はサトが教えた事を瞬く間に吸収していった。 1匹の仔実装に勉強を教えつつ、ふとサトは顔を上げた。 その視線の先には別の仔実装達に勉強を教える2匹の実装石。 「 その通りデス、つまりこういうことなのデスゥ 」 「 確かにそうデスが、こうすればもっと簡単に計算できるデス 」 コタロとコジロもまた、仔実装達に勉強を教えていた。 この2匹の日頃の言動は最悪だが、意外にも下の者達に対して面倒見が良いという一面が有った。 サトは今までのことを思い起こす。 2匹は人間に対し常に挑発的な言葉を発し、親のタロやジロに反抗することも珍しくない。 だが、決して自分より弱い者を虐めようとはしなかった。 今は未熟かもしれないが精一杯努力し、這い上がろうとする者達を蔑ろにする者達ではなかった。 寧ろ、積極的に手を差し伸べようとしている。 少々性格に難が有るのは分かっていたが、基本的には義理堅い実装石だとサトは認識している。 「 …そろそろ休憩するデス 」 時計を見てサトが、皆に休むよう伝えた。 一時の休息に、教育係の2匹と仔実装達12匹の緊張が解かれて大きく息を吐いた。 これらの実装石を見て、サトは物思いに耽る。 以前からもそうであった。 だが女社長が仔実装達を引き取ってから特に、サトは1匹で考え込むことが多くなっていた。 自らが女社長に引き取られて、初めてタロやジロと出会った時。 その時の失言は忘れることはできない。 サトは女社長から怒られこそはしなかったものの、緩やかに注意された。 確かに言葉に出してしまったのは不味かった。 しかし今でも自分の気持ちは間違ってなかったと思う。 タロやジロ程の知能を持った個体の値段など、市場の相場では幾らにまで昇るだろう。 そんな個体を既に2匹も飼っていた女社長にサトは驚かされる。 更に自分が助け出したメイ。 研究機関でも無い限り、これだけの個体を個人が揃えられるのは稀であろう。 極め付けが、目の前の2匹。 サトがこの家に来て一月程経ってから、タロとジロが仔を産み落とした。 合わせて10匹程の仔実装も、サトが教育係として共に面倒を見た。 タロとジロの仔達はどれも物分りの良い仔達ばかりだった。 その時はこの仔達なら、どこへ里子に出しても問題無いだろうと思った。 だが、この時点で判断の付かない仔達が2匹いた。 見た目は他の仔達と大差は無い。 一般的な仔実装と区別はつかず、女社長達からも分け隔てなく話しかけられていた。 しかし、サトだけは細かい仕草や言動から非凡な才能に気付いていた。 賢い個体だろうとサトは推測する。 その素質はタロやジロをも越えているのでは、とさえ感じ取っていた。 単純な躾だけで無く、片手間にサトが教えた勉強に対しても意欲的に取り組む2匹。 用意されたテキストや文献を自らの知識として貪欲に吸収していった。 そして忘れもしないあの日。 ( へぇ〜、コイツがサトかい ) サトは女社長に見知らぬ人間の少年と引き合わされた。 < このニンゲンさんはどなたデス? > ( この子は近所の知り合いなんだけどね、サトと勝負させてくれって五月蝿いのよ ) 少年は中学三年生で、学年でも上位の成績優秀者だった。 その少年が、サトの噂を聞いて是非学力で勝負を競いたいと女社長に頼み込んだのだ。 実装石でありながら、極めて高い知能を持った実装石。 近所ではちょっとした噂の実装石のサトがどの程度の知能なのか興味が湧いたらしかった。 < ワタシは、そういうの好きじゃないデス > ( …そう言うと思ったよ。お前は、そんなの興味無い子だからね ) けれども少年は、しつこく食い下がった。 余程自分の学力に自信が有り、誇示したい気持ちも有るのだろう。 また噂のサトに勝ち、皆に自慢したい意図が見え透いていた。 そんな意図を察してか、サトも勝負を受けようとしない。 < ちょっといいテチュ? > < よければワタチ達が勝負するテチュ > サトと少年の間に割って入ったのは、3週間前に産まれたばかりのタロとジロの仔2匹。 ( こらこら、アンタ達……今は話中だからあっちで遊んできな ) < サト先生に勉強を教えてもらったテチュ > < ワタチ達だってお利巧なんテチュ〜、ニンゲンさんに負けないテチュ! > 女社長が見たところ、サトは学力勝負を引き受ける様子は無い。 少年の方もこのまま帰る様子も無かった。 ( え〜!こんなのと俺が勝負すんの? ) 少年の前には、まだテチテチと鳴くばかりの仔実装が2匹。 ( サトの方はね、なんかそういう勝負とかは苦手なんだよ その代わりにこの仔達が乗り気でね……ちょっと遊んでやるつもりやってみな ) そう決めた女社長自身も懐疑的だった。 こんな仔実装達が、少年と学力勝負できるとは思えない。 少年の学力をある程度聞いて把握していたし、勝負にもならないであろう。 しかし少年も簡単には諦めてくれそうにないし、2匹にとっても良い遊びになるかもしれない。 ( あはは!オマエ、こんな小さいのと勝負すんのかよ!? ) ( おいおい、負けんなよ〜? ) 少年の友人達も数人、話を聞きつけて集まってきた。 < よろしくお願いしますテチュ > < お手柔らかにテチュ > 2匹はペコリと少年達に向かってお辞儀した。 ( よし、勝負は国数英理社の五科目テスト、形式はマークシートだ 因みに、マークの付け方を覚えた猿でも運が良ければ点数が取れるぞ? ) 少年達は2匹を嘲笑していた。 確かに回答は全て選択方式であるが、それでも二択三択といった単純な物ではない。 適当にマークしただけ点数が取れる程甘くは無い。 ( アンタ達、やり方は分かってるかい? ) < 大丈夫テチュ! > < 社長サンも応援してテチュ! > 女社長の不安とは逆に2匹は学力勝負が楽しそうで仕方ないらしい。 仔実装でも扱える小さなシャーペンを持ちながら、元気にはしゃいでいた。 < …… > その光景をサトは少し離れた場所から眺めていた。 正確には2匹の能力を見極めようとしていた。 ( じゃ、そろそろ行こうか。制限時間は45分だ……始め! ) 一教科目は国語。女社長が模試用の答案用紙を少年と2匹に渡すと、各々はペンを走らせ始めた。 未だにサトでさえ得体の知れない2匹の仔実装。 ある意味、これはサトにとって2匹を見極める良い機会だった。 他のタロとジロの仔達とは明らかに異なる個体。 この学力勝負で、あの仔達はどのような結果を見せてくれるのか? 仔実装にとっては巨大な答案用紙を前にしながら、2匹が頭を捻らせている。 サトが予測するに、2匹の知能は既に中学レベルには到達している。 ならば、良い勝負になるであろうと見ていた。 ( …よし、時間だよ。10分後に二教科目を始めるからみんな休んでな。 ) 女社長が答案用紙を回収し、解答を見ながら点を付け始めた。 しかし、それはサトの予想外の結果だった。 第一教科 国語 少年 88点 タロの仔 40点 ジロの仔 44点 ( へぇ……あの仔達、凄いじゃないかサト? ) 答案用紙を見ながら女社長が驚き、感嘆の声を上げた。 < ……デ…ェ? > 違う意味で驚いていたのはサトだった。 既に二教科目のテストは始まり、2匹は答案用紙に向かってペンを走らせている。 サトの予想では少年と同等か、それ以上の学力は持っていた筈。 なのに点数は少年の半分。 2匹は文系問題が苦手だったのか…と、サトは思い直しをした。 第二教科 数学 少年 96点 タロの仔 52点 ジロの仔 48点 ( やるねぇ…やっぱり教育係のサトも鼻が高いかい? ) 結果を見て、女社長がサトの肩を叩いた。 だがサトは無言で解答用紙を見つめていた。 問題と解答を交互に見つめ、その難易度を自分の目で確かめていた。 まさか… サトの中で、ある憶測が浮かんだ。 第三教科 英語 少年 84点 タロの仔 36点 ジロの仔 40点 ( 少し英語は難しかったようだね……ン? サト、どうしたんだい? ) 先ほどから黙りこんでしまったサトに女社長が声をかけた。 用紙の解答と問題を眺めつつ、一言も発しようとしない。 第四教科 理科 少年 92点 タロの仔 56点 ジロの仔 48点 第五教科 社会 少年 92点 タロの仔 40点 ジロの仔 60点 ( 凄いな、こいつら……実装石のくせにこんなに点数が高いなんて ) テスト終了後、少年達は2匹を見ながら僅かに感心していた。 結果として2匹は平均点には及ばないものの、それでも十分な点数を出すことができたのだから。 ( ……多分、マークシートだから運が良かったんだな ) ( 印の付け方さえ知ってれば猿でも点が取れるからなぁ ) 感心していたのも束の間、やはり仔実装達に向かって嘲笑い始めた。 < そうテチュ、運が良かっただけテチュ > < ニンゲンさんには敵わないテチュ > 少年達の見下した嘲笑を受けつつも2匹はテチュテチュと笑っていた。 ( こらこら、アンタ達は大人げ無いんだよ ) そんな少年達を嗜めたのは女社長だった。 ( この仔達はまだ産まれて三週間しか経ってないんだよ? 初めから勝負になんかならないの分かってたろうに……素直に褒めてあげたらどうなんだい? ) 嘲笑が止まり、少年達は言葉が出ない。 仔実装達相手にムキになった自分達を省みて、少々恥ずかしくなったのだろう。 ( それよりアンタ達、お疲れさまよ まさか、あそこまでの点が取れるとは……飼い主のアタシとしても鼻が高いね 今夜の夕飯はご馳走にするから楽しみにしてなさい ) < やったテチュ! > < 今夜は楽しみテチュ〜! > 女社長は労いの言葉をかけると、2匹の頭をそっと撫でてあげた。 褒められ、今夜はご馳走なのが嬉しいのか、仔実装達は満面の笑みを浮かべていた。 < …… > しかし、その光景を無言で見つめている実装石がいた。 無邪気に喜ぶ仔実装2匹を、サトだけは重苦しい表情で見つめていた。 < …2匹とも、聞きたいことがあるデス > 数日後、サトは他に誰も居ない頃合を見計らって2匹に話を切り出した。 < サト先生? > < 何かお話テチュ? > < あのテストで……なぜあんなことをしたデス? > 純真な瞳のまま、2匹はサトの問い掛けに首をかしげる。 < …テチュ? > < ワタチ達が何かしたテチュ? > < オマエ達…… > そんな2匹にサトの表情が益々険しくなる。 3匹の間に重々しい沈黙。仔実装は暫く顔を見合わせて考え込み……。 < チプ… > < チププ…… > < …何がおかしいデス? > 2匹は何が可笑しいのか、突然吹き出して笑い始める。 < テ、テチャチャチャチャ! > < プチャチャチャ! > この場に居るのはサトと仔実装の3匹のみ。 他に誰も聞いてないのを知ってか、仔実装達は存分に笑い転げていた。 < だってテチュ… > < そうテチュ… > 暫く笑い転げると、2匹はサトに真実を話し始めた。 < やっぱりサト先生は騙せないテチュね > < マークの付け方を知ってるだけの子猿共とは違うテチュ > この後直ぐサトは女社長に、この2匹だけは里親に出さぬよう進言した。 タロとジロの許に置いておく仔は、絶対にこの仔実装達にしてくれと。 女社長は学力勝負で好成績を出した仔達だからだろうと、サトの意図を察したつもりだった。 しかし当のサトの考えは全く異なっていた。 この2匹だけは、絶対に自分の目の届く場所で監視せねばならない そして他の姉妹達が里親に出された後、この2匹には" コタロ "と" コジロ "の名前が与えられる。 近い将来、タロとジロに続いて仕事を引き継ぐであろう個体。 だが穏やかな性格のタロとジロに反して、2匹は滅多に他の者の言う事を聞かない。 唯一、命令を下せるのは自分達と同等か、それ以上の知能を有しているサトのみ。 気に入らない時は、たとえ親であろうと知能の低い者の命令など聞くに値しないのである。 しかし、そんな2匹だが、サトは憎んだり嫌悪感を抱くことはできなかった。 < けれど社長サンには悪いことをしたテチュ > < あの子猿共はともかく、社長サンを騙したくはなかったテチュ… > 高らかに笑った後、2匹は申し訳なさげに呟いた。 要するに、この仔達は正直者だとサトは思った。 自分達に対して嘲笑を向けた者には、それ以上の嘲笑を。 労いの言葉をかけてくれた者には、心からの気遣いを。 更にサトは思う。 もし仮に、何者かがこの仔達を傷つけた場合、もしくは怒らせた場合。 この2匹は、どのような報復をするのだろうかと。 知能は極めて高いかもしれないが、まだ親のように大人の分別は付いてない。 とてつもなく危険な個体であると認識した。 サトの肩に何か重いものがのしかかる。 この仔実装達を正しく導くことも自らの大切な仕事だとサトは感じた。 ふと、サトは窓から外を眺めた。 青い空の向こう、視線の先は獣装石達が棲む緑の山。 山のリーダーになった隻眼の獣装石、セキの事でも考えることが多くなった。 並外れた巨躯もさることながら、際立った統率力で山の獣装石と実装石を纏め上げている。 その配下には、大勢の人間と戦い抜いてきた歴戦の獣装石達。 特にテン、チィはセキの有能な部下であり仲間である。 更に先日、ショウと呼ばれる若い獣装石が指揮獣装に任命された。 ショウもまた、自分が教育係として勉強を見てきたが、その素質は素晴らしい。 獣装石は実装石に比べて知能が劣るといった先入観を見事に打ち砕いてくれた。 更にセキ自身からも指導を受けており、今では指揮獣装の名に恥じない力を持っている。 そして老獣装のホウ。 第一線を退いているものの、今は精力的に付近のコミュニティを駆け回り、仔獣装を引き取り集めている。 一応、群れの長をセキに譲ったことにはなっているが、今でもセキ自身の相談相手として重宝されている。 そして駆除戦によって一時は獣装石達の数は減少したものの、今では前以上に増強された。 更に内密だが、集められた獣装石達はセキ達の下、厳しい訓練が積み重ねられているという。 なんという皮肉だろう 自分はあの時、実装石による人類社会転覆の可能性模索は完全に忘れることに決めた。 全てを忘れ、平凡な飼い実装として生きようと思った。 なのに今になってから、次々と条件が揃いつつある。 コタロやコジロを初めとする、この家の実装石達。 セキを中心とする、山の勇猛な獣装石達。 そして、これらの状況を踏まえてサトは何千回、何万回と同じ質問を自分に投げかけてきた。 もし……もしも、これだけの者達が自分に力を貸してくれたら…? そう考え、サトは首を横に振った。 「 ……ワタシは何を考えてるデスかね 」 偶然かもしれないが、ある一つを除いて全ては揃ってしまった。 しかし、その一つが無い限り、やはり現実はゼロでしかない。 これらの個体を纏め上げる指導者がまた必要なのである。 それを考えると、やはりサトは幾度となく、あの心優しい実装石のことを思い浮かべる。 「 ミドリサン……デス 」 全ての実装石や獣装石から一目置かれた存在。 これらの仔実装達も、ミドリを頼る実装石達がいるからこそ、今ここに居る。 コタロやコジロも、サトとは別の意味でミドリのことを尊敬していた。 同じ実装石に慕われる面もあるが、ミドリは親のタロやジロを助けてくれたからだ。 ミドリが居なければ、今の自分達がどうなってるか…そう考えれば、感謝し足りないであろう。 そんなミドリが何か頼みごとをするのなら、あの2匹も素直に受けるだろう。 自分達の親の次に慕っている実装石だから。 そしてセキ、テン、チィ達もミドリを普通の実装石とは違う目で見ている。 今まで多くの個体を見てきた獣装石達だが、実装石に慕われる実装石は始めてだ。 腕力でなく、別の力で多くの個体を惹きつける実装石。 そのミドリが自分達の中心になってくれたら…? 「 サト先生、そろそろ再開しないデス? 」 「 そうデスね……そろそろ休憩時間は終わりにするデス 」 コタロに声をかけられてサトは我に返った。 やはり無理である。 なぜならミドリは非常に心優しく、実装石は実装石として立場を弁えるべきだと考えているから。 自分の仔のコミドリも、トイレや簡単な躾を覚える程度の賢ささえ有れば良いと思っている。 実装石の身に過ぎた知能など必要無い。 ただ、飼い主の後ろを付いていくことができれば十分だと。 そんなミドリが、人類社会を滅ぼすなどと……絶対に有り得ない。 運命とは気まぐれだとサトは思う。五代続いた探求は、結局最後の一つが見つからず終わるだろう。 見つからないなら余計な材料など出て来ないで欲しかった。 そうすれば夢を見ることも無い。 未練無く忘れられるから。 それに……サトは肝心なことを忘れていた。 仮に万が一、最後の条件である指導者が目の前に現れたとしても、やはり可能性は可能性で終わる。 人類社会転覆など絶対に有り得ない。 なぜなら、サト自身にその意思が無いから。 サトは世界の王になりたいとか、栄華を極めたいとか、贅沢をしたいなどとは思わない。 ただ、単純に今の生活が気に入っていた。 今の飼い主との生活を送り、実装石として平凡な生涯を終えるつもりだ。 それ以上、何かを望んだりはしない。 既に今のサトは、全てに満ち足りていたのだから。 仮に今、指導者たる器の実装石が目の前に現れたとしよう。 その実装石が、人間が居なくなった後の世界で二番目の地位をサトに約束したと仮定する。 しかしサトはそんな物が欲しいと思わない。 だからといって一番の地位が欲しいわけでも無い。 単に、地位や名誉、富や財に全く興味が湧かないためだ。 なぜなら自分が、あの個体を探したのは今の世界を滅ぼしたいわけではなかったから。 ただ、実装石の可能性を見出したかっただけなのだから 数日後の夕方。 この時、事務所には会社員達と実装石達、そして獣装石達が集まっていた。 明日以降の仕事と山の者達の資材に関する打ち合わせである。 ( トントン ) 『 ……ン? 』 事務所の扉を誰かが礼儀正しくノックしている。 普通ならば社員は問答無用に入ってくるために、ノックという行為は非常に珍しい。 『 はい、どなたかしら…… 』 トレイをテーブルの上に置くと、待たせて悪いのか事務員が小走りで出迎えた。 『 …やぁ、こんにちは。お邪魔します。 』 扉を開けて入ってきたのは30歳程のスーツに身を包んだ男性。 土建会社には不釣合いな小奇麗な格好で、温和な表情を浮かべた男性が1人。 中へ入ると、事務員に軽く会釈をした。 『 えぇっと……どちら様でしょうか? 』 一度見た顔は決して忘れる筈の無い事務員が男に尋ねた。 事務員ですら見たことの無い人物。 『 はい、私はですね……あっ!いたいた! 』 挨拶途中の男性の目に何かが止まり……事務所内へ声をかけた。 『 あったぁ〜〜……… 』 デスクにいた女社長が目元を指で押さえて俯いていた。 来訪した男性に決して視線を合わせようとしない。 「 …デス? 」 「 社長サン、どうしたデスか…? 」 『 うん、聞いたとおりだね……実装石をたくさん飼い始めたっていうのは… 』 男性は社員達と実装石達の間をすり抜け、女社長のデスクの傍へ。 『 何しに来たのよ… 』 『 な〜に、突然来て驚かせようとね……びっくりしただろ? 』 『 えぇ、とってもね… 』 男性と女社長は知己の間柄らしい。2人は最低限の会釈で、話を始めた。 『 それで前の話、そろそろ良い返事を聞かせてくれないか? 』 『 こんな所で… 』 『 こんな時でないと、キミに聞けないからね 』 『 え〜っとね……ん〜…… 』 傍に立っている男性はデスクの女社長に微笑みかけているが、女社長の方は目を合わせようとはしない。 今まで傍若無人な振る舞いをし、恐れる物は何一つ無いと思われた彼女が明らかに焦っていた。 「 あの……社長サン? 」 『 …なんだい? 』 「 大事な話なら、ワタシ達、外に出ていた方が良いデス? 」 『 別に大した用件でもないから気を遣わなくてもいいよ 』 『 おいおい、結婚申し込んでるのに、そんな言い方は無いだろ? 』 2人を除く全ての者達の動きが止まった。 女社長が大きく溜め息を付くと、頭を抱えて視線を逸らす。 「 ェ……ェ……お、お姉サン……本当なのデス…? 」 傍に居たミドリの問いに、女社長は何も答えることができない。 『 あぁ、本当さ。 僕がどれだけ連絡取ろうとしても逃げられてばかりでね…… こうして、直接会いに来たんだよ 』 男は胸を張ってミドリに答えた。 女社長の方は突如発生した頭痛のために、額を抑え込んでいる。 「 デププ……あんな凶暴なバカ社長に結婚を申し込むなんて…ギャッ!! 」 影で嘲笑していたチィの顔面に1000ページを越える電話帳が叩きつけられた。 『 ほら、カスミも出ておいで 』 男が声を出すと、開けられた事務所の扉から女の子がひょっこりと顔を出す。 まだ小学校低学年らしき少女。 扉から中を覗きこむと、中をきょろきょろと見渡し…女社長に向いて視線が止まった。 『 マ……ママ? 』 再びその場は凍りついた。 女社長をママと呼ぶ女の子の存在。 長い黒髪の少女が遠慮がちに事務所内に入ってきた。 『 ……っ! 』 中に居た社員のみならず、実装石や獣装石からも注目されて気恥ずかしかったのだろう。 顔を真っ赤にしながら、駆け足で父親の影に隠れた。 そして父親の影から伺うように、顔を半分だけ見せていた。 「 しゃ…社長サン、子供がいたデス…? 」 『 違う!違うから!! 』 ミドリの問い掛けに、女社長は手を大きく横に振って否定した。 『 こ、この子は……カスミはね、アタシの友達の娘だよ 』 『 そう言わないでくれよ。僕達が結婚したらカスミは君の娘になるんだから…。 』 『 ママ…… 』 カスミと呼ばれた少女は父親である男性の横から、じぃっと女社長の方を見ていた。 ママと呼んだ自分を違う、と言われたのに少々怯えているようだ。 『 ったく……カスミ、おいで 』 『 う、うん…! 』 呼ばれたカスミは、椅子に座っていた女社長の膝の上に昇った。 『 暫く見ない間に、また大きくなったね… 』 『 うんうん! 』 余程嬉しかったのか、内気な少女は何度も大きく首を縦に振って答えた。 つい今まで怯えていた少女は、既に満面の笑顔を浮かべていた。 「 ……ェ! 」 その光景を見ていたサトが、突然驚きの声を上げた。 「 どうしたデス、サト? 」 横にいたセキの問い掛けにサトは答えようとしない。 そう、あれはサトが女社長に連れられてきた日。 初めて女社長の部屋へ入った時のことを思い出していた。 その机の上に置いてあった写真立て。 写真には夫婦らしき男女と女社長……そして、その腕の中には赤ん坊。 サトが初めて女社長の姪である冬香を見た時、てっきりその冬香こそが写真の赤ん坊だと思ったのだが…。 『 なぁ…? 』 その2人に男が再び声をかける。 『 カスミも君に懐いてるし、問題無いさ。 そろそろいい返事を聞かせてくれても良いだろ? 』 『 ったく……。 』 女社長はカスミの頭を撫でながらぼやいた。 『 ……悪いんだけどさ、やっぱり今のアタシには無理よ。 』 『 え……。 』 女社長の言葉に、男とカスミの表情が曇る。 『 だってね、今のアタシには、この子達がいるからねぇ……。 』 視線を落とした先には、実装石と獣装石達。 「 お……お姉さん、ゴメンなさいデス… 」 『 あ、別に怒ってないわよ、謝らなくても良いわ。 それに会社のこともあるしね……どちらにしろ、なかなか難しいってことよ。 』 『 なんだ、そんなことかい。 』 実装石達や事務所内の社員達を見て感傷に浸る女社長に、男は口を開いた。 『 実装石達のことなら問題無いさ、今まで通りにやればいい。 僕はこのまま飼い続けることに反対するつもり無いよ。 』 『 簡単に言うね……カスミはどうなんだい? 』 『 え…? 』 『 カスミも一緒に、この子達と一緒に暮らしてくれるかい? 』 問いかけられた少女は振り向き、ミドリ達実装石を見た。 『 う、うん…!私も大丈夫…! 』 膝の上の少女は満面の笑みを浮かべていた。 『 コミドリ、こっちにおいで。 』 「 テェ…? 」 女社長に呼ばれると、コミドリはミドリの元から女社長の下へ。 『 さってと……カスミ、この仔は一番小さい仔でコミドリって言うんだ。 』 『 こ、こんにちは、よろしくね…! 』 「 テェ〜♪ 」 女社長の膝の上で少女と仔実装が向き合い、笑いながら挨拶を交わした。 カスミの差し出した指に、コミドリが自分の手で触れて嬉しそうに鳴いている。 『 良いかい、カスミ…? お前は、これからコミドリの飼い主なんだ。 だからしっかり面倒を見て、しっかり守ってやるんだよ? 』 『 うん! 』 少女は……カスミは力強く頷いた。 その光景を、その場に居た全ての者達は微笑ましく見ていた。 弱虫の少女は確かに約束した コミドリと呼ばれた仔実装だけではない この場に居た、全ての実装石と獣装石を自分が守ると たとえ自分が1人になったとしても
