タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!第5話(完)
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初投稿日時:2009/12/19-14:01:00修正日時:2009/12/19-14:01:00
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 Journey Through The Jissouseki Act-5




【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられる。
 彼女の仔実装がとしあきに踏まれたため、異世界へ飛んでしまったのだという。
 初期実装の力で「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界へ飛ばされたとしあきは、5日間というタイムリミット
の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならなくなった。



【 Character 】

・弐羽としあき:人間
 「実装石のいない世界」出身の主人公。
 専門学校生で、今のところは実装石に友好的。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。

・ミドリ:野良実装
 「公園実装の世界」出身の同行者。
 フルネームは「ハゲハダカミドリジッソー」。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきとコンビを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
 「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。
 頭の中身は完全に仔実装のままなので純真無垢、その上人間の言葉は話せない。
 



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  じゃに☆じそ! 第5話  【 珍状 】

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 不思議なことに、としあきが次に訪れた世界では、実装石がまったく見当たらない。
 公園も、野原も、河川敷も、それどころかテレビを見てもペットショップに行っても、実装石に関連する情報が全く存在して
いないのだ。
 本来、それはとしあきにとってごく普通の筈だったが、さすがに5つ目の世界でこれとなると、奇妙な感覚を覚えざるを得ない。

 時は、2007年6月。

 この世界に到着してから丸一日、懸命に情報を探し回りつつも何の手がかりも掴めなかったとしあきは、ヤル気をなくして
部屋でのんべんだらりと過ごしていた。

「実装石がいないんじゃ、何もしようがないよなぁ〜」

“ここは、クソドレイが前に言ってた「実装石のいない世界」なんじゃないデス?
 お前の世界に戻ってきたんじゃないデス?”

「そう思って調べてみたんだけど、やっぱり俺の世界じゃないみたいだ。
 なんだかビミョーに違ってるんだ」

“例えば何デス?”

「響鬼のPが代わってなかったり、らきすたの監督が代わってなかったり」

“何のことだかわからんデス”

 あまりに退屈なので、としあきはぷちにインターネットの使い方を教えたり、ミドリに文字の読み方を教えたりして時間を
潰した。
 ぷちはマウスの簡単な操作で色々ページを開けることに関心し、興味を示しているが、まだ文字はひらがなしか理解
出来ない。
 逆に、ミドリの方が割と細かく理解出来ている事に驚かされる。

“ニンゲンの文字を読めるようになると便利デス。
 特に「集配日」と「保健所」という文字は、覚えておかないと大変だったデス”

「あー、なるほどな。
 実生活に関係するのか。
 さすがだなミドリ」

“デヘヘヘ、褒めてくれるならなんかよこせデス”

「ん、じゃハイ」

“これはサラミをくるんでたフィルムデギャア!”

「じゃあこっち」

“これはプロセスチーズを包んでたホイ……角にチーズがくっついてるデス”

「なにっ、返せこのやろ」

“テッチュテッチュ♪ インターネット楽しいテチューン♪”

 としあきとミドリのやりとりをよそに、ぷちは次々に適当なサイトを開き、画像閲覧を楽しんでいる。 
 どうやら食べ物や衣服、化粧品や自動車の画像がお気に入りのようで、そういったものを見つけてはじっと眺め、飽きると
次を開いていく。
 そんな事をしばらく続けていると、ぷちが突然驚きの声を上げた。

“実装石がいるテチ!”

「えっマジ?!」

“デッ?!”

 ぷちが開いた画像には、確かに実装石が映っている。
 イラストやコラージュではなく、間違いなく本物の実装石を写した写真だ。
 今までの世界で見てきたものと全く同じで、ミドリと見比べても何の違いもない。
 動物の生態について詳しく記しているサイトを巡ってみると、確かにそれを裏付ける情報も記載されていた。
 どうやらこの世界にも実装石がいるようなのだが、不思議なことに、生息地や詳しい生態などの情報が全く見当たらなかった。

“この世界では、きっと実装石がすごく珍しいんデス!
 そんな所にワタシが行けば、たちまち大スター間違いなしデッスン♪
 前の世界では酷い目に遭ったけど、今度こそ素敵な生活が待っているデス!”

“テェェ、オネーチャ羨ましいテチ!”

「お前、この前もそんな事言ってて、結局死にかける程酷い目にあったじゃねーか」

“ぐぎゃ! くだらねー茶々入れてるんじゃねーデス!
 それより腹が減ったデス。
 皆で牛丼食いに行くデス”

「おっ、悪くないな。
 そういや、まだぷちには食わせてなかったんだよな?
 どうせだから、一緒に行こうぜ」

“テチ☆ 興味あるテチ!”


 午前1時、としあき達は連れ立って近所の「末家」へ出向いた。
 道中、「ペット入れちゃあさすがにまずいよなぁ」と思い返したとしあきは、持ち帰り弁当を買って途中の公園で食べようと
提案した。

 ベンチに揃って腰掛け、三人はいただきますをして食べ始めた。
 慣れたもので、ミドリは器用にフォークを使って牛丼を楽しんでいる。
 さすがに溶き卵はとしあきに任せたが、特に零したり汚したりせずに綺麗に食べている。
 普段はボロボロ零しながら食べている事を知っているので、としあきはとても驚いた。

“だって、零したらもったいないじゃないデス!”

「至極ごもっともです」

 一方、ぷちも多少ぎこちないものの、箸を上手く使って食べている。
 ただ紅しょうがは苦手のようで、口に入れるたびに顔をしかめている。

“すっぱからいテチ!”

「ははは、ぷちは紅しょうが丼中毒にはならなくて済みそうだな」

“そんなお病気があるんテチ?”

 雑談に華を咲かせながら、三人は牛丼をゆっくり味わった。
 食べ終わり、ごみを片付けて帰ろうという頃、としあきはどこからか妙な視線を感じた気がした。

“クソドレイ、どうしたデス?”

「あ、いや……こんな真夜中に気のせいだよな」

“ふわわわ、お腹いっぱいになったら眠くなってきたテッチュ”

「そうだな、よし帰って寝ようぜ。
 ぷち、一緒に寝ような」

“テェ? なんでテチ?”

「くっ…」

 としあき達は、そのまままっすぐアパートに戻ることにした。



 だが、としあきは知らなかった。
 その行動が、予想以上の事態を引き起こしていたということを——


          ※          ※          ※



 翌日、退屈気味のミドリとぷちを引き連れて街に出たとしあきは、昨日の公園に入ったところで、突然通りすがりの中年男
に呼び止められた。

「ほ、本当だ!
 本当に居たぞ!!」

「は? 何ですか?」

「す、すみません! あの、それ……まさか」

 中年男は、驚きの表情でミドリを指差している。
 としあきの頭に捕まっていたミドリは、ぷちを顔を見合わせて首を傾げた。

「それ、実装石ですよね?! 生きてる本物ですよね?!」

「は、はぁ、そうですけど……それが何か?」

「お願いです! 売ってください!」

 中年男は、そう叫ぶと突然土下座をして頼み込んできた。

「はい?! あんた、突然ナニを——」

「二百万!! い、いえ三百万出します!!
 お願いです、どうか、どうか!!」

「に、二百……さんびゃくまん?!」

 突然の展開に驚愕するとしあきに対して、当の本人はいたって冷静だ。

“慌てるなクソドレイ、どうせ通貨はベトナムドンという落ちに決まってるデス”

“テェェ、現在の日本円相場だと、14,382円から21,573円テチ!”

「なんで咄嗟に計算できるんだよ!」

「いえ、日本円です! 足りないのなら、一千万円までお出ししてもかまいません!
 どうか、どうかお譲りを!!」

 中年男は、どうやら本気で頼み込んでいるようだ。
 訳がわからず呆然としていると、その脇から別な男が飛び出してきた。
 白衣をまとった、いかにも科学者といった風情だ。

「なら私は、その実装石に二千万円出しましょう!!
 いかがかな、どうかこちらにお譲り願いたい!!」

「んな?!」

“デ、デェェッ!? 思いの他超引く手あまたデス!
 こんなに大人気だなんて聞いてないデス♪”

“いったいどうなってるテチ?!”

 そこに、更に屈強な体格の黒服が現れた。

「ワタシノソシキナーラ、ヨンセンマンオ出シシマース。
 サア、ハヤイトコ譲渡シテクダサーイ」

 その背後から、今度はアジア人風の若者が現れた。

「ヂャーワタチタチは五千万出すアル!」

 その後ろから、どんどん人間が集まってくる。
 午前二時近い深夜だというのに、狭い公園の一角にこれだけ多種多様な人間が集まっているというのは、異様すぎる光景
だ。
 彼らの申し出の額は、既に一億七千万にまで届いていた。
 あまりに現実味の薄い話に感覚が麻痺していたとしあきだったが、少しずつ、その巨額に心惹かれ始めていた。

「なあミドリ、この世界でお嬢様になってみる気はないか」

“突然ナニを言い出すデス?!”

「毎日牛丼とステーキと金平糖が飽きるほど食べられるかも」

“クソドレイ、短い間だったけど世話になったデス”

“テチャア! オネーチャ売られて行っちゃイヤイヤテチ!!”

 こう着状態に陥った交渉にしびれを切らしたのか、先の科学者風の男が何か薬剤のようなものとスポイトを取り出した。

「どうしても売ってくれないなら、せめてこれを点眼させてもらいたい」

“デェ?!”

 男が差し出したのは、赤い染料の入ったスポイトと、大きなシャーレだった。
 意味がわからず困惑していると、周りの男達が喝采の拍手をし始めた。

「フラボー、OHブラボー!!」
「強制出産という手があったか!」
「みんなで分けましょう!」
「さあ、その実装石の左目に、この薬をポトッと…」

「ち、ちょっと待てーい!!」

 まるで群がるゾンビのように迫る男達に激しい殺気を覚え、としあきはぷちの手を引いて走り出した。
 背後から、ドドドという凄まじい足音と、「待てー」という呼び声が響いてくる。

“あ、あいつら、ワタシに子供を無理やり生ませるつもりデギャ!!”

「な、なんだって?! なんでそんなの判るんだ?!」

“実装石は、両目が赤くなると赤ちゃんを産むテチ!!
 けど、いきなり赤くされても産まれちゃうテチ!
 本人の意志は関係ないテチ!”

“その代わり、母体はボロボロになるデスーッ!
 もうあんな目に遭うのはコリゴリデスーッ!!”

「な、なぁぁぁぁ?! なんていい加減な身体構造なんだよてめーらは?!」

 ついに追い詰められたとしあきは、四肢をガッチリ押さえつけられ、ミドリを無理やり引き剥がされた。

“デギャーッ!!”

「ミドリィ!!」

“オネーチャ?!”

「おおぅ、こんなに丸々と太って成長しきった実装石など、何十年ぶりに見るだろうなあ」
「うちの会社は是非100匹は欲しいですな」
「私は300匹ほど」

 デギャアーッ!!

 公園の地べたに固定されたミドリは、瞬く間に実装服を剥ぎ取られ、丸裸にされた。
 下半身にシャーレを置かれ、左目の瞼をこじ開けられる。
 スポイトが眼前に迫り、赤く透明な液体が迫る。

 デ、デギャアァァァァァァッッ!!

 断末魔のようなミドリの悲鳴が、深夜の公園に轟く。
 だが、屈強な男達にガッチリ押さえつけられたとしあきとぷちは、全く身動きが取れない。

「ミドリィぃぃぃぃぃぃぃ!!」

“テチャアァァァ!!”

「せめて金払ってからやってくれぇぇぇ!!」

“テ、テジャ?!”

 二人の叫びも空しく、赤い液体はついに点眼されてしまった。
 間髪入れず、ミドリの腹が異様なぜん動を開始する。

 デ、デ、デ、デ、デ?!?!?!

「おおー、元気な仔が生まれそうじゃわい」
「さぁて、どれだけひりだすかなぁ?」

 デ、デギャアァァァァァ!!!

 じゅぼ、じゅぼじゅぼじゅぼ……

 耳障りな水音が聞こえてくる。
 しばらくすると——


 テッテレー♪


 場にそぐわない、呑気で陽気な鳴き声が微かに聞こえてきた。

「おお、蛆実装! 懐かしい!」
「見てください! 親指実装ですよ! 本物だ!!」
「仔実装はいないなぁ」
「ホラそこ、もうパキンしてますよ! 早く粘膜を!」

 デ、デデ……ハヒー、ハヒー

 としあき達からは見えなかったが、ミドリの居る辺りからレチーとかレフーといった、聞き慣れないようなどこかで聞いた様な、
奇妙な鳴き声が響いてくる。
 
「さあ、二回目行きますよ」

 誰かが、そんな事を言ったのが聞こえる。
 としあきは、無理やり振りほどこうとするが、まだ開放されそうにない。

「おいちょっと待て! 何してんだよ! ミドリ殺す気かよ!!」

 テチャアァァ!! テヂャアァァァァッ!!

 必死で叫ぶが、二人の声は全く聞き入れられることはない。
 二度目の点眼が今まさに行われる……という時。
 突然、変化が起きた。

 片言の怪しい日本語を操る黒服の外人が、突如、宙に舞ったのだ。

 ウワアァァァァアアアア?!  ——ズ・ズ……ン!!

 続けて、科学者風の白衣の男、中年男、アジアな男も空を飛ぶ。

 ギャアァァァァァアア?!?! ——ズズゥゥン!! ×3

 ポイポイ、ポポイポイ

 公園に集った男達は、何者かによって次々に投げ捨てられていく。
 としあき達を押さえつけていた者達が、「それ」に気付いて逃げ出した頃、ようやくその正体が見えた。

「げ!」

 テチャ?!

 デ……デ、デエェェェエエエエ?!


 それは、一匹の実装石だった。
 しかし、身長と体格が普通ではない。
 背丈は明らかに2メートルを越えており、まるでボディビルダーのように発達した筋肉をまとっている。
 それでいて、緑色の実装服と白い前掛け、赤いリボンをしっかり身に着けている。
 筋張った逞しい表情と、風にたなびく赤いマフラーが、なんだかかっこいい。
 ズシン! と足音を立て迫るその異形の実装石は、腹の底から響く良く通った声で、


 デッ、スウゥゥ———ウウウン!!


 と叫んだ。
 まるで、ジャキイィィン! という効果音とファンファーレでも聞こえてきそうな迫力だ。

「——なに?! やっと仲間に巡り会えた、だって?」

 デッス、デッス!

「え、大丈夫かって? き、気遣ってくれるのかよ」

 デッス、デッス!(コクコク)

 驚いたことに、その巨人実装はとしあき達には友好的だった。
 ミドリを介抱し、としあきとぷちを立たせると、丁寧に埃まで払ってくれる。
 だがその時、巨人実装はぷちの顔をじっと見つめてきた。

 テチ? テッチュン♪

 デ、デッスデッス!

 何故か頬を赤らめる巨人実装。

 無数の男達が飛び散る惨状の中、巨人実装は鉄○28号のように両腕を上げ吼えると、どこへともなく走り去ってしまった。

「なんなんだありゃ?」

“でも、実装石がいたテチ! おうちに帰って調べるテチ!”

“デ……デデ……”

 としあきは、上着でミドリを包み隠すようにしながら、急いで自宅に戻った。
 彼女が産み落とした、総数286匹の愛らしき子供達のその後の運命は、誰も知らない。


          ※          ※          ※


 ミドリをぷちに介抱させ、としあきはインターネットでもう一度実装石について調べることにした。
 ところが、その時意外なものを見つけてしまった。

「うわっちゃ、奴らこれを見たんだ!」

“何があったテチ?”

 としあきが見つけたのは、とある匿名画像掲示板だった。
 そこでは、公園のベンチに座るとしあきとぷち、そしてミドリの姿がバッチリ写されている写真が掲載されて話題になっている。
 スレッドの見出しは『絶滅した筈の実装石発見!』だった。

 そこから更に調べてみると、昨日までわからなかった色々なものが見えてきた。
 どうやらこの世界では、実装石はとっくに絶滅してしまったらしい。
 人間の「乱獲」により世界規模で数が減ってしまい、十年前に正式に絶滅宣言されたのだ。
 
“ランカクって何テチ?”

「本来の意味なら、食料にされたり加工品の材料にされたりして狩られ過ぎたって意味なんだが。
 ものが実装だけに絶対そうじゃねーだろうな」

“テチュウ”

 ようやく合点が行ったとしあきだったが、逆に、あの巨人実装の存在理由がわからなくなった。

「あいつも、見た目はアレだけど一応実装石だよな?
 なんであっちは取り沙汰されないんだ?」

“検索してみるといいテチ。
 キーワードは、巨人……実装石……そして、公園テチ”

「検索したよ翔太郎。
 あれは“実装さん”と呼ばれ——なんだ、あれはあれで希少種なんじゃないか!」

“ショータローって誰テチ? 私はぷちテチ!”

「あ、いやつい…」


          ※          ※          ※


 「実装さん」とは、この世界ではほとんど妖怪のように扱われている変種の実装石だ。
 神出鬼没で、電光石火の如く現れ、疾風のように去っていく。
 強きをくじき、弱きを助ける、まるで正義のヒーローだ。
 半ば都市伝説と化している存在だが、ネット上では「信号を渡る時に荷物を持ってもらった」「バーゲンセールの開店待ち
で並び待ちをしてもらった」「屋台で焼き鳥を焼いていた」「街中のケンカを制止した(双方重傷)」など、報告内容は大変豊富
だ。
 都市伝説はどんどん肥大化しているようで、最近では「口にマスクをつけて通りすがりの小学生を脅す」など、どんどん
活動内容のバリエーションが増えている。

「うーん、凄いんだけど、こりゃあ答えが出ちゃったなあ」

“テチ?”

「だって、これでこの世界には実装さんしかいないってのが判明したわけじゃん。
 初期実装の子供捜しなんかやるだけ無駄ってことさ」

“テチィ……確かにそうテチ”

“そ、そんな奴がいるなら、どこかに家族もいるんじゃないデス?”

 へろへろ状態のミドリが、一言付け加える。
 一理ある、と考えたとしあきは、実装さんにもう一度会ってその辺を聞いてみようかと考えた。


          ※          ※          ※


 翌日、ミドリをリュックに詰めて公園にやって来たとしあきは、実装さんを捜し回った。
 だが、実装さんの姿はどこにも見えず、逆に実装石(ミドリ)を捜していると思われる不審な男達の姿が目立った。

 その日は夕方近くまで公園周辺を探ったが、結局実装さんの気配すら感じられず仕舞いだった。
 アパートに戻ると、ちょうど入れ違いで隣の住人が出てくる所だったので、としあきは軽く挨拶をしておこうと思った。

「こんばん……わっ、居た!」

 デェ?! デッス、デッス!!

“テ、テチャア!”

 デッスデッス、デッスデッス!!(ポワワ)

 なぜか頬を赤らめる実装さんと、それを見つめて硬直するとしあき達。
 灯台下暮らしとは、良く言ったものである。

「ちょうど良かった、あんたに聞きたいことがあったんだ。来てくれ」

 デッス、デッス?

“私達のお部屋に来るテチ♪”

 デ、デデ、デッス!(ポワワ)

 ぷちに手を引かれて赤面状態の実装さんは、と国抵抗することもなく、素直にとしあきの部屋に入り込んだ。
 途中、頭がつっかえて壁がメリリと音を立てた。


          ※          ※          ※


 としあきは、翻訳携帯の力を使って実装さんから実装石の状況を聞いた。
 この世界では、実装石は壊滅しているという事になっているが、実際にはほんの少数だけ生き続けているという。
 ただし、種としての存続能力が著しく衰えており、出産数の激減に加え仔の未発達&突然死が多く、人間の乱獲が
なくても全滅は時間の問題なのだという。
 実装さんも、元々は公園の一角に隠れ住むごく普通の野良実装の娘だったのだが、なぜか他の個体と違い、生まれつき
身体が大きく丈夫だったのだという。

 デッス、デッス!

 しかも、彼女は寿命も長く知性も高いため、実装石としての生活の枠に収まり切らなくなった。
 現在ではその恵まれた体格とパワーを活かし、人間社会の中で細かな仕事をしながら生きているのだという。

「つーか、よく人間のアパートなんかに住んでいられるもんだな」

 デッス、デッス! デッス、デッス!

「……何? ここの元住人を説得して? ……平和的に居住権を譲ってもらった、だと?」

“それはどういう意味デス?”

「力ずくで追い出したって意味だろうよ、多分」

“テチャアッ!”

 このアパートは、今では“妖怪が住むアパート”として、管理人や不動産屋にも避けられている物件なのだという。
 としあきは、道理で他の住人の姿を全く見かけないのか、ようやく合点が行った。

  デッス、デッス! デッス、デッス!

“えっ? あんた達ならうちの家族に逢わせてやってもいい、デス?”

「なんと、他に実装石がいるのか?」

“テェェ、それはすごいテチ。どこに居るテチ?”

 デッス、デッス!

 実装さんは、自分の部屋にとしあき達を案内する。
 六畳一間の部屋はとても綺麗に片付けられており、実装石が一人暮らししているとは到底思えないほどすっきりしていた。
 しかも、部屋の臭いも爽やかでご丁寧に消臭剤まで置いてある。
 実装さんは、押入れを開けると中から大きなダンボールを取り出した。
 その途端、ムワッと実装臭が漂ってくる。
 それは、小さなライトで照らされた箱庭で、中には親指実装と蛆実装がレチレチ、レフレフと元気に動き回っていた。
 更によく見ると、端の方には少し身体の大きな仔実装が座っている。
 身長12センチ程度と仔実装にしてはかなり小型だ。
 実装さんは、箱の中の者達に何か話しかけると、彼女達をそっとテーブルの上に連れ出した。

 デッス、デッス!

 テーブルの上に敷かれたマットには、親指が5匹に蛆実装が3匹。
 としあきは、蛆実装を見て「虐待正義の世界」の事を思い出し、背筋がゾワッとさせられたが、親指実装が彼女達を優しく
抱きかかえてる光景を見て、少しだけホッとさせられた。

 テチーテチー

 仔実装が、何か話しかけている。
 随分声が小さいようで、ミドリとぷちは耳を近付けている。
 実装さんは、眉間に皺を寄せて、何か言いだけにとしあきを見つめていた。

 デッス、デッス! デッス、デッス!

「え、これがこの世界唯一の実装石家族なのか?」

 デッス

「うわあ、子供達だけじゃ大変だろうなあ、こんなちみっちゃいのばっかりだし」

“待つデスクソドレイ、これは子供じゃないデス”

「え?」

 ミドリは、静かに座っている仔実装を指差す。
 よく見ると、仔実装は体格の割に随分老けているようで、顔には細かな皺が沢山寄っている。

“これはれっきとした成体実装デス。今聞いたら、ワタシより年上デス”

「えっ、マジ?!」

“本当みたいテチ! テチャ! この親指ちゃんの中にも、私よりオネーチャな仔が居るテチ”

「う、うっそ〜!!」

 デッス、デッス!

 計8匹のこの子供達は、実に五回に分けて出産された者達の生き残りだという。

「ふわ〜、そこまで弱ってるものなのか!」

 デッス、デッス!

“そうすると、実装さんみたいのが生まれたのが奇跡みたいデス”

“私ネットで見たテチ! トツゼンヘンイという物テチ”

 デッス、デッス!(ポワワ)

 ぷちと目が合う度に、実装さんは照れ臭そうに顔を真っ赤に染める。
 としあきは、何事かと思ったが、気にせずテーブルの上の者達に注目した。
 今までのパターンからすると、こういう者の中に初期実装の子供が混じっている可能性があるからだ。
 だが、目を皿のようにして見てみるが、それらしき者は見受けられなかった。

 デッス、デッス! デッス、デッス!

 突然、実装さんが鼻息を荒げてとしあきに迫った。
 彼の両手をしっかと握り、懇願するような目で見つめてくる。
 としあきの手の骨が、ギリギリときしんでいく。

「い、いててててて! は、放せ手を放せ!」

 デッス、デッス!

「わかった、わかったから! 話を聞くから放せって!」

 いきなり興奮し始めた実装さんは、痛そうに手を摩るとしあきを見て、次にミドリを見て、最後にぷちを見て……両手で顔を
覆った。

「えーと、何ナニ? この仔達を……えっ、しばらく預かって欲しい?」

 デッス、デッス!

「ちょっと待った! 俺達はあと三日間しかこの世界に居られないんだ」

 デッス、デッス!

“えっ、それで充分デス?
 二日間旅に出るから、その間だけでいいデス?”

“テェェ、責任重大テチ!”

「まいったなぁ〜」

 実装さんには一度助けられた事もあり、断り辛いものがあった。
 としあきはミドリやぷちと相談し、彼女達の力を借りることで話をまとめた。

 デッス、デッス! デッス、デッス!

 としあき達が自室に戻ると、アパートの外からバイクの音が聞こえてくる。
 窓から見ると、なんと実装さんがフルカウルタイプの大型二輪にまたがり、ヘルメットをかぶって走り出そうとしていた。

「実装さん……あんた、万能すぎるぜ」

 ドルルルル、という重い爆音を立てながら、実装さんはどこかへ走り去って行く。
 赤いマフラーがたなびき、風になる。

 またがるバイクのカウル正面には、可愛らしい実装石の顔がペイントされていた。


          ※          ※          ※


 早速、としあき達は実装石達を連れ込み、部屋の真ん中のテーブル上に上げてみることにした。
 まず小さな親実装を両手で包み上げ、続けて親指実装をつまみあげる。
 ぷちが、一匹目の胴体を指で優しく摘んだ瞬間……

 ヂッ!!

 プシャッ

 あっさりと、潰れた。


“テ、テチャアァァァァ?!”

“バカぷち! なんてことをするデス!”

「いきなり殺す奴があるかあぁぁぁ!!」

“テェェェン、テェェェェン!! 綿を摘むくらい弱く触ったつもりテチィ!”

 まるで万力で締め上げたように、真っ赤な肉塊となってしまった親指実装。
 ティッシュで死体を包むと、としあきが代わることにする。
 親実装は無反応だが、今のトラブルは他の子供達を怖がらせるのに充分過ぎるインパクトがあったようで、しきりにレチャァァ
という鳴き声を上げている。
 ダンボールの真ん中に佇む、おとなしそうな親指を見つけたとしあきは、細心の注意を払ってこれを摘むことにした。
 軽く触れただけなのに、腹部が大きくへこんでしまい、驚く。

「うわ、こりゃあやわいなんてもんじゃない! 指で摘むのは無理だ」

 としあきは、部屋の隅に転がっていたプラスチック製のスプーンを取り出すと、その上に親指実装を乗せてみることにした。
 後ろから背を突いてスプーンの上に導くが、親指実装はスプーンの段差に足を引っ掛け、そのまま顔面からコケた。

 プチッ

 チャッ!

 プラスチックのスプーンの腹に、どくどくと赤い血が溜まっていく。

「う、うわぁぁぁぁぁ!! なんなんだこれわぁ!」

“クソドレイ! この不器用者め! デス!!”

“テチャアン! なんでこんなにすぐ死んじゃうテチィ?!”

「これを平気で掴み上げるなんて、実装さんどんだけ手先が器用なんだよもぅ!」

 預かってものの数分もしないうちに、二匹もの親指を死なせてしまったとしあき達は、ヘタに箱から出す事は止め、最後
まで箱飼いする事に決めた。
 しかし、現実はなかなか思い通りにはいかない。

“クソドレイ! 蛆チャンが死んでるデス!”

「えっ、嘘!!」

 ミドリの言う通り、ダンボールの中の蛆実装は、一匹を残して死んでいた。
 外傷らしいものはまったくないので、恐らくショック死したのだろうという結論を出す。
 残り、あと5匹。

“と、とりあえず、出来るだけ触らないようにしてそっとしておくテチ”

「ところがそうもいかないっぽい」

“えっ、どうしてテチ?”

「この仔達は結構頻繁に餌をやらなきゃならないんだそうだ。
 もうすぐ午後6時だから、夕飯だな。
 水で練ったきな粉をごく少量、耳かきに乗る程度だな」

“聞くだけで死亡フラグ立ちまくりデス”

“ど、どうすればいいんテチ?”

「とにかく、何があっても親実装だけは死なせるな!」

“うむ、らじゃったデス”

 それから、としあき達の悪戦苦闘が始まった。
 種の末期に達している実装石の生き残り達はあまりにも儚く、ほんの些細な衝撃すら致命的なダメージに発展する。
 手で触れる事は勿論、迂闊に大声を出すことも厳禁だ。
 としあきとミドリはいつものような賑やかな漫才も出来ず、ぷちは「テチャアァ」という声も上げられない。
 ドアを開けるのも、トイレに移動するのも神経を遣う。
 そんな状況下、としあきは、ぷちと協力して実装石達の夕食をなんとか用意した。

「さぁー、ご飯だぞー」

 チーチー
 レフー

 耳かきを用意して、水練りきな粉を軽く掬い、ダンボールの床にポトリと落としてやる。
 幸い、落下の衝撃による悪影響はまったくなかった。
 生き残った親指実装3匹と蛆実装一匹が、きな粉の周りに集まってくる。
 ダンボールの一部を僅かに湿らせている程度にしか見えないが、彼女達はそこに顔を寄せて懸命に舐め取っている。
 蛆実装はなかなかご満悦のようで、レフ〜ン♪ と気持ち良さそうな声を上げている。
 だが、親指実装達は何かうろたえているようだ。
 よく見ると、三匹のうち一匹が、床に顔を伏せたまま全く動こうとしない。

“テェェ、全然動かないテチ。まさか……”

 ぷちは、どこから持って来たのか綿棒の先で動かない親指実装の頭をツンツンする。
 だが、それでも反応がない。
 意を決して身体を裏返してみると、それは苦悶の表情を浮かべて死んでいた。

“テチィ?! どうしてテチ?!”

「まさかこいつ、床に顔を近づけ過ぎて起き上がれなくなって窒息したんじゃ……」

“儚いなんてもんじゃないテチ!”

“なんという難儀な子育てデス! あの実装さんは育成の天才としか言いようがないデス!”

 その後、としあきは苦労の果てに、ティッシュでこよりを作りその先端にきな粉をまとわせたものを口元に近づけ舐め
取らせるという方法を考え付いた。
 これで、ようやく問題なく食事をさせる事が出来るようになった。

「ふぇぇ〜、やっと解決」

“一時はどうなる事かと思ったデス〜”

“もう既にどうにかなってしまった気がするテチ…”

「言うな、悪気があったわけじゃないんだ」

 初めてまともに実装石の育成を経験するとしあきは、そのあまりの難しさに心底辟易し始めていた。

 その後、親実装にも食事を与え、蛆実装に水を飲ませ(こより使用)、ようやく一息ついた。
 小さな実装石達は、家族がいきなり半減したため寂しそうだったが、やがて何やらチーチーと話し合いをし出した。
 しばらくすると、としあき達の方を見上げ、両手を挙げながらしきりに鳴き声を立て始める。


 チーチーチチーチーチーーチーーチーチチーチーチー
 レチーチーレレーレチーチレーチレチーレチーチーチーチチーチーチーーチーーチーチチーチーチー
 レチーチーレレーレチーチレーチレチーレチーレチーチーレレーレチーチレーチレチーレチー
 レチーチーレレーレチーチレーチレチーレチー


 それは、先ほどまで聞き取りにくかった親指実装の声とは思えないほど、はっきりと聞こえてくる。

「だあぁぁっ、うるせぇ! まるで超音波じゃねぇか!」

“クソドレイサン、大きな声出しちゃダメテチ!”

“いやこれは、確かにうるさすぎるデス! コラー、少し静かにするデスーッ!”

 やたらと耳障りな親指実装達のキンキン声は、耳をふさいでも聞こえて来て神経を逆なでする。
 いい加減頭に来たとしあきは、何かでダンボールの上を塞いでしまおうと考えた。

「もう夜だし、どうせ寝るんだからいいよな!」

 そう言うと、毛布を静かにかける。
 しばらくすると、親指達の声が徐々に弱まっていった。

「ふー、これでやっと静かになった。さぁ寝よう寝よう。
 ぷち、俺のとこに来いよ寒いから。
 また温め合おうぜ〜」

“気をつけろデスぷち、奴はそうやってお前の柔肌を弄ぶ魂胆デス”

“テェェ、クソドレイサンはまごうかたなき鬼畜テチィ”

「……チッ」

 六畳間にゴロ寝する三人は、分厚い毛布のかかったダンボールをそのままに、いつしかスヤスヤと寝息を立て始めた。
 箱の中から、僅かに声が出ている事にも気付かないまま。


          ※          ※          ※


 翌朝、毛布を取り除き中を見たとしあきは、瞬時に全身を凍りつかせた。

「ぜ、ぜぜぜ、全滅しとるっっっ!!」

 デェェェェッ?!
 テチィィッ?!

 ダンボールの中では、親実装も含め、すべての実装石が死に絶えていた。
 親指達は全員血涙を流し衰弱死しており、蛆実装は潰れている。
 そして親実装は、前と全く同じ姿勢のまま、二度と動かなくなっていた。

「ま、ままま、待て、待て待て待て待て。
 なんでこうなった、どうしてこうなるんだ?」

“暗くしたのがまずかったとしか思えないデス”

“そういえば、実装さんのおうちだと、ずっとライトを点けっ放しだったテチ!”

 それを聞いて、としあきはなんとなく状況を理解出来た。

「多分こうじゃないかな。
 暗くて周りが見えない→誰かが蛆実装を踏んだ→その時のショックで死亡→仲間連鎖反応
 そうだ、そうに違いない!」

“でも、親も死んでるデスー”

“もう何がなんだかわかんないテチィ!”

 どちらにしろ、としあき達がこの世界で最後かもしれない実装石家族を全滅させてしまった事は事実だった。
 しかも、実装さんからの預かり者を、だ。
 としあきは、しばらく悩んだ後、ミドリの顔を見て「しゃあないか」と呟いた。

“クソドレイ、なんでワタシを見るデス?”

「この仔達を埋葬するついでに、ちょっと買い物に行って来る」

“テチャア?”

 実装親子の死体を丁寧に袋に包み、としあきはどこへともなく出て行ってしまった。
 30分ほどして、小さな袋を手にしながら戻ってくる。
 としあきは、なぜか不自然にミドリと目を合わせないようにしながら、流しで何やら水を汲み始めた。

“ぷち、あいつは何をしてるデス? 猛烈に嫌な予感がするデス!”

“何かをお水で溶いてるみたいテチ。
 真っ赤っかテチ”

“真っ赤……ち、ちょっと待てデス!!”

「ぷち、ミドリを抱っこしててくれ」

 慌てふためくミドリをよそに、としあきが静かに告げる。
 意味もわからずミドリを捕まえたぷちは、胸の谷間に彼女を挟み固定した。

“デ、デギャァァァァ!! 放せデス下ろせデス!”

“テチィ! 今手を話したらオネーチャ下に落ちちゃうテチ”

“しゃがんで降ろせデス! 少しは頭使えデスーッ!!”

「よし、準備完了。
 ぷち、ミドリをしっかり押さえててくれよぉ〜」

“待てクソトレイ、話せばわかるデス!
 落ち着けデス、早まるのは良くないデスっっ!!”

「ミドリ、この世界に実装石は——まだ居るんだよぉ?」

“ワタシは違うデス! ワタシは別物デス!
 ギャアア、寄るな触るな近づくなデスーッ!!”

「大丈夫、世界移動が始まればまた元に戻るさ。
 痛みは一瞬だ……ぷち、絶対に放すなよ、この世界の実装石を救うためなんだぜ」

“はいテチ!”

“はい、じゃねえぇぇぇぇぇェェェェ!!!”

 右手に赤い絵の具水を入れたスポイトを携え、としあきが物凄く物騒な表情で近づいてくる。
 必死の悲鳴も空しく、ミドリは、としあきに顔を掴まれた。


 デッキャアァァァアアァァアア?!?!


          ※          ※          ※


 翌日、マシンの爆音を響かせながら、実装さんが戻ってきた。
 全身に刻まれた新たな傷の数々が、激戦の様子を物語っている。
 朝風に真紅のマフラーをたなびかせると、実装さんはゆっくりとアパートへと戻っていく。
 としあきの部屋を目指して……


「お、おかえり〜」

“テチャア”

“デ、デスゥ……う〜んう〜ん”

 デッス、デッス?

 としあきとぷちは、すっかりやせ細って寝込んでいるミドリと共に、どこか力ない態度で返事をする。
 部屋の中央に置かれたダンボールの中からは、元気な子供達の声が聞こえている。
 実装さんは、筋張った頬をにんまりと緩ませると、ノッシノッシと歩み寄り、中を覗き込んだ。

 ベチャッ!

 その途端、実装さんの鼻先に、何かが引っ付いた。

 レピャピャピャピャピャ♪
 レチレチレチ、レチチチチチチ♪
 レピャハッハッハッ
 レヂャーッハッハッハッ

 箱の中は、壁面の色がすっかり変わるほど「投糞」で汚染されまくっていた。
 五匹の親指実装、三匹の蛆実装は、全て健在。
 その親にあたる小さな親実装も、ちゃんと中に座っている。
 だが不思議なことに、彼女達はいずれも以前からは考えられないほど元気になっており、おまけにちょっぴり下品に
なってしまっていた。
 やかましくエサを求め、きな粉の塊では満足出来ず、金平糖とおつまみサラミ一本丸々を齧り切るほどの食欲。
 どう見ても以前の二倍以上は増えただろう体重と、それに伴い身に着けたふくよかな脂肪。
 ぶくぶくと膨らみ、そのため大変醜悪化した顔と、もはや元の色がわからないほど変色してしまった実装服。
 綺麗な亜麻色の髪はゴワゴワに固まり、棍棒のように硬化している。
 蛆実装ですら、エサを目にすると全身のバネを利用して高速スライド移動を敢行し、親指達を跳ね飛ばすほどに逞しく
変わっている。
 そしてその親……だった筈の者は、なぜかとても若々しくなっており、しかも以前よりいくらか背が高くなっている。
 どの個体も溢れんばかりの元気さと目を背けたくなるほどの醜悪さに満ち満ちている。
 顔に付いた糞をマフラーで拭った実装さんは、何も言わず、ただ静かに箱の中を見つめ続けていた。

“じ、実装さん?”

「ち、ちょおぉぉっと、元気になりすぎたけど、俺達ちゃあんと預かってたぜ、な?!」

“テ、テチィ♪”

“デ……良く言いやがる……デ……ゲフッ”


 レギャア、レギャア!!
 レビャァァァ!!
 レギィィィィッ!!
 ジヂャアァァァッ!!

 箱の中では、子供達が取っ組み合いのケンカを始め、親までそれに加担している。
 殴る、蹴る、かみつく、ウンチ投げると、なんでもありのバトルロイヤル。
 としあきの携帯からは、エサであるウンチを巡る奪い合いが発生している事がわかる。

 しばらく黙って見つめていた実装さんの肩が、プルプルと震え出す。

 デッス……デッス

 レヂィ? レギャッハッハッ!!
 レビャァァァァ♪
 レジャァァァァ☆

 デッス……

 レピャピャピャピャ♪
 レヂレヂィ、レジャアァァ!!
 ギーッ!!

 ……


 何やら会話を終えると、実装さんはゆっくりと立ち上がり、としあきの方を見つめてきた。
 気のせいか、背後から紫色のオーラが漂っている気がする。
 赤と緑の目は爛々と輝き、まるで心臓を射抜くかのような迫力で見つめてくる。

“テ、テェェェ、大失敗テチ!”

「な、なんだ、どうした?!」

“親指ちゃん達のアレは、「お歌」だったテチ!
 親指ちゃん達は、お歌を唄ってくれてたんテチ!
 私達、それに気付かなかったから、あの仔達にお歌まで教えてないテチ!”

「歌?! って、なっ……ば、バカ!! 余計なことを言うな!!」

“テチ?! ……あっ”

「あっ、じゃねー!!」


 ブチン、という何かがキレたような音が、二人の耳にはっきりと届く。
 実装さんは、ダンボールを静かに持ち上げると、中の子供達を出そうともせず、そのまま外に運び出した。
 相変わらず罵声を浴びせ続ける子供達を無視して箱を敷地内に置くと、実装さんはいきなりバイクのエンジンをかけ始めた。
 ゆっくりとまたがり、そして——

 ブオオォォォオン!!

 グシャアッ!!

 瞬時に、踏み潰した。

「げっ」

“テチャアッ!! 滅茶苦茶怒ってるテチィィ!!”

“デエェェェ?! またワタシの仔が殺されたデスゥゥ!!
 これで何百匹目デスゥゥゥ?!”

「に、逃げろおぉぉぉ!!」


 デ……デッギャアアアァァァォオオオオオオオォォォ!!!!!!!


 大地を揺さぶるような雄たけびが響き、ついに、実装さんの怒りが爆発した。
 乗っていたバイクを遥か彼方に投げ飛ばし、敷地の塀を難なくぶち砕き、階段を踏み壊しながら、としあき達に迫ってくる。
 全身に浮き出る血管が、怒りの激しさを物語っているようだ。
 まるで光線でも発射しそうなほど煌々と輝く実装さんの目は、「エモノ」を捜し求める。
 そう、あの時の闘いのように——

「あの時って何のことだあぁぁ!!」

“デデェッ!! 出口が破壊されたデス!!”

“飛び降りるしかないテチ!!”
 
「ま、マジかよ……って、うわぁぁぁ! そこまで来たぁっ!!」

 としあきの部屋の入り口まで迫ってきた実装さんは、鍛え抜かれた豪腕を伸ばしてくる。
 すんでのところで手をかわせたとしあきは、躊躇うことなく窓から身を躍らせた。
 ミドリを無理やりひっつかんで。

「ギャァァァァァアア!! でべっ?!」

 デギャッ!?

 数メートル下の敷地に、なんとか着地する。
 少し足首をくじいたようだが、激しい怪我はなく、ミドリも無事だ。
 だが、ぷちの姿がない。

 テチャアァァァァァ!!!

 彼女の叫び声が、頭の上から聞こえてきた。

「げっ、あのバカ捕まったのかよ!」

“なんてこったデス!!”


 デグワオオォォォォォオオオ!!!

 もはや絶対に実装石とはいえないほどの、迫力ある唸り声。
 それは周囲の住民を怯えさせ、野良猫を気絶させ、飼い犬を失禁させる。
 どこからともなく吹いてきた強風に煽られ、破壊された部屋のカーテンがバサバサと大きな音を立てる。
 今にも雷が落ちてきそうなほどの大演出効果の中、実装さんは、いつの間にか半裸に剥いたぷちを脇に抱えていた。

“オネーチャ、助けてテチーッ!!”

「ちっくしょお、どうすりゃいいんだ」

“ここは、お前が素直に詫びを入れて一発ブン殴られればいいと思うデス。
 どうせ世界移動で元に戻るデス、心配ないデス♪”

「ばっかやろ、あんな鋼鉄パンチ食らったら怪我どころか一撃で死んでしまうわ!!」

“たまにはお前も生死の境をさ迷ってみるがいいデス”

「ふざけんな! 冗談じゃねぇ!!」

“第一、これはお前がつまんないごまかしを考えるからいけないデス!!
 見ろデス、あいつとんでもない事を言い始めているデス!”

「えっ?」

 携帯を取り出すと、実装さんの翻訳言語が液晶に表示されていた。

『オレ、コノ乳娘オカシテ孕マセル
 ソウスレバ、丈夫ナ仔ガタクサンウマレテ実装種族安泰デッス!』

 見上げてみると、実装さんの股間からは、とても逞しく奥様うっとりなものが神々しいほどにそそり勃っている。
 としあきは、顎が外れそうになるほどの衝撃を抑え、「またかよ」と呟いた。


 その時、何者かがとしあきの脳内に話しかけてきた。
 ミドリやぷち、実装サンではない。
 機械的なこの声は——あいつだ。

『問題が起きたデスゥ。
 この世界は間違いだったデスゥ。
 来る予定になかったところに来てしまったようデスゥ』

「な、なんだと?!」

『荷物が増えてしまったので、うっかりミスしちゃったデスゥ。
 そーいう訳だから、予定を繰り上げてとっとと移動するデスゥ。
 お前は今すぐ自分の部屋に戻れデスゥ』

「無茶言うな! 実装さんのせいで部屋に戻るどころじゃねぇんだよ!」

『実装さん……ううむ、あそこまで進化してしまうと、もう実装とは言えないデスゥ。
 むしろ実装人に近くて、ワタシの求めている存在とは違うデスゥ』

「ちょっと待て! フェードアウトすんな!!」

“おい、何を独り言いってやがるデス?!”

 ミドリに呼びかけられ、ようやく我に返る。
 実装さんは、ぷちを部屋に引き戻し、何やらし始めたようだ。
 中から、悲痛な泣き声が響いてくる。
 としあきは、ミドリの襟首を捕まえると、覚悟を決めてアパート内への再侵入を試みた。

“待てデス! 自殺行為デス!! このままじゃ殺されるだけデス!!”

「初期実装が言ってたんだ。緊急世界移動するから、今すぐ部屋に戻れって」

“デ、デェェッ?!”

「いちかばちかだ。
 部屋に飛び込んで、実装さんだけを追い出す」

“し、死亡フラグにしか思えない行動選択デス〜!!”

 ミドリの言う通りだったが、やむを得ない。
 としあきは、破損した階段にしがみつき、なんとか無理やり二階へ上がることに成功した。
 既に傾きかけたアパートは安定性が悪く、ギシギシと不気味な音を立てる。
 ミドリを後頭部のポジションに固定し、としあきは、自室のドア——のあったところをくぐった。

 デッス、デッス!!

 テ、テチャアン! テェェェェン!!


 危機一髪、ぷちは、全身をベロベロ嘗め回され、今まさに挿入行為を施される直前にあった。

 デェェェェェェェ……デッスリャアァァァ!!

「げげっ、邪魔されて怒った!!」

“こうなったら、お前(クソドレイ)も一緒に犯しまくってやるデス、だそうデス!!
 男は度胸、なんでも試してみるものデス、とか言ってるデス!”

「じ、冗談じゃねぇ!! くそぉ、もうヤケだぁっ!!」

 ぷちを脇に抱えたまま立ち上がり、ノッシノッシと迫ってくる実装さんに向かって、としあきは渾身の飛び蹴りを放った。
 だが、それは片手で簡単に掴まれ、何のダメージも与えられない。
 あっさり押し倒されたとしあきは、何の抵抗も出来ないまま衣服を全て剥ぎ取られてしまった。
 ガリガリで半端に筋肉のついたみすぼらしい身体が、全く劣情を催さない!
 実装さんの、進化しまくったぶっとい指が、としあきの柔肌に迫る!!

“今こそウホッ、の時!”
 
“テェェェン、こんな間近でへんなの見たくないテチィィィ!!”

「へんなのとはなんだあぁぁぁ!!」

 デッス、デッス、デッス!!

 力強い腕で両足をガッチリ抱えられ、完全に逃げる術を奪われる。
 何かとてつもなく物騒なものが、男の子のとても感じてしまう部分に、ちょこん♪ と触れた。

「い、いやだあぁぁぁあああ!! こんなオチはいやだあぁぁぁぁ!!」

“テチィィィッ!! クソドレイサーン!!”

“安心するデス、お前がそっちに目覚めても、エサさえくれれば付いていってやるデス☆
 その代わり生涯罵倒のネタにしてくれるデス!
 デピャピャピャピャ♪”

 デッス、デッス!!

 三人の声が入り混じり、わやくちゃになる。
 一世一代の貞操の危機に直面したとしあきは、腹の底から悲鳴を上げた。
 物騒なシロモノが、ググッ、と押し迫ってきた。

「う、うわあぁぁぁぁぁああああ!!」



『よし、そろそろ移動するデスゥ』

 その時、としあきの頭の中で、誰かの声が聞こえた。



 突然、世界移動が開始された。
 ボロボロに破壊された部屋はみるみる変化し、見たこともない部屋へと変化していく。
 完全に破損させられたぷちの衣服も元通りになり、疲弊した筈のミドリの体調もあっさり回復した。
 そして——破り捨てられたとしあきの服も。

 ずんっ!!

 力いっぱい突き出された物騒なシロモノは、としあきのジーンズに進行を遮られる。
 分厚く硬い、しかも重ね縫いされている特に強い部分に、身体で最もデリケートな部位が密着していたのだ。
 いくら強力実装さんといえど、これを突き破って想いを遂げることは出来なかった。
 としあきに押し込むために放たれた突進パワーは、逃げ場を失い、「ソレ」の真ん中辺りに集中する。
 そして——


 メキ……っ


 デ…? デ、デ、デギャアアァァァァアアアアアア!!!!


 凄まじい悲鳴を上げ、股間を押さえた実装さんは、窓を開けて逃げるように外へ飛び出した。

 デギャアァァァァァ………                    ズシン


「な、なんか知らんが、助かった?!」

“テチィ♪ おベベが元通りになったテチ!”

“チッ、ロストバージンの劇的瞬間を見損ねたデス”

「てめぇら、さっきはよくも酷い事言いまくってくれたな! お仕置きしてやる!」

 ようやく立ち上がれるようになったとしあきが、ぷちとミドリに迫る。 
 だが三人とも、それより先ほど飛び出ていった実装さんの行方が気になった。

「そういや、妙に静かだ———」


 ヒュウゥゥゥゥウウ……


 開け放たれた窓から入り込む風が、冷たく激しくとしあきの髪と頬を叩く。
 窓から顔を出してみると、眼下には、まるで米粒のような人と、ミニチュアのような自動車が行き来し、低い建物がビッシリ
と並んでいる。
 どう見ても、そこは地上15階以上はあるだろうと思われる高層建築物だった。
 下の方では、大勢の人々が集まって何かしている。
 その理由を瞬時に察したとしあきは、咄嗟に手を合わせてナムナムした。


「まさに、風のような奴だった——あばよ実装さん」

“クソドレイの初めての人になり損ねた無念、ワタシがしっかり覚えておくデス!”

“あなたの無念は、私達がきっと晴らしてみせるテチ!”

「晴らすなよ!」


 正義の人・実装さんは、空へ還っていったのだ。
 としあきは、大空に浮かぶ実装さんの笑顔を見て、背筋をぞくっとさせた。




→ To Be Continue NEXT WORLD


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次回 【 実装人形の世界 】




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このスクは、

sc1862
sc1863
sc1865「じゃに☆じそ!」第一話(公園実装の世界編)
sc1891
sc1892
sc1893「じゃに☆じそ!」第二話(虐待正義の世界編)
sc1897
sc1899
sc1900「じゃに☆じそ!」第三話(人化実装の世界編)
sc1948
sc1949
sc1951「じゃに☆じそ!」第四話(実装愛護の世界編)

の続きです。

ただし、前のエピソードを特に読まなくてもだいたいわかります。
全3回で1エピソード完結という構成ですが、今回は1回のみです。





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