Journey Through The Jissouseki Act-4 【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられる。 彼女の仔実装がとしあきに踏まれたため、異世界へ飛んでしまったのだという。 初期実装の力で「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界へ飛ばされたとしあきは、5日間というタイムリミット の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならなくなった。 もし5日間を過ぎてしまうと、としあきは永遠にその世界から出られなくなってしまう。 「公園実装の世界」「虐待正義の世界」「人化実装の世界」を巡り、野良実装ミドリと人化実装ぷちという同行者を得た としあきが、次に訪れるのはどんな世界か—— 【 Character 】 ・弐羽としあき:人間 「実装石のいない世界」出身の主人公。 専門学校生で、今のところは実装石に友好的。 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。 ・ミドリ:野良実装 「公園実装の世界」出身の同行者。 フルネームは「ハゲハダカミドリジッソー」。 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきとコンビを組みよくも悪くも活躍。 ・ぷち:人化(仔)実装 「人化実装の世界」からの同行者。 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。 頭の中身は完全に仔実装のままなので純真無垢、その上人間の言葉は話せない。 ※ ※ ※ 2012年、10月8日・日曜日祝日、午後2時。 辿り付いたのは、としあきにとって少しだけ未来の世界だった。 ここは、どこかの高級マンション。 としあきの安アパートとは雲泥の差がある、恐らく一生住めそうにないゴージャスな物件だった。 “クソドレイサン、お金持ちになっちゃったテチ” “クソドレイが、じゃないデス、ぷち! 主人であり支配者である ワ タ シ が 金持ちになったんデッスンスン!” “じゃあ私は、お金持ちのおうちのエロメイドサンになったテチ!” 「お前達は、揃いも揃って大いなる誤解をしている……」 三人は、更に詳しく室内を調べ始める。 外部情報を得る手段、設備、食料の有無、環境など、確認すべきことは沢山ある。 やがて、奇妙なプレートの貼られた部屋を見つける。 「なんだこの部屋? ——あ、アントワネットちゃんのお部屋だぁ?」 ドアをゆっくり開き、壁のスイッチを入れると、8畳はあるかと思われる部屋に明かりが灯った。 そして、その中を見たとしあきは、思わず声を上げた。 「な、な、なんだこりゃあっ?!」 “どうしたデス——?” “クソドレイサン、何があったテチ?” 「見ろよこれ!」 としあきが開けた部屋には、とてつもなく豪華な設備が目一杯置かれていた。 人間の身長より遥かに高い作り物の家、その周囲に散らばる無数の玩具。 壁沿いに並べられた棚の中には、人間が使うには小さすぎる食器や容器、様々な道具があり、クローゼットや収納の中 には、数え切れないほどの小さな服がしまわれている。 壁紙の色は、ここだけ白地に黄色、水色、ピンクの水玉模様が飛び散る派手なものになっており、何故か角の方には 不似合いなオマルが置かれている。 ミドリは、恐る恐る中に入ると、散らばっている玩具を手に取り、服を取り出してみる。 そして、としあきとぷちの方を向き、ニヤリと不気味に微笑んだ。 “ここは、マジでワタシの城デス! 見やがれデス、これはぜーんぶ実装石用の物デスーッ!!” 「な、なにぃっ?!」 テチィッ?! ピンク色の実装服を嬉しそうにあてがい、ミドリは器用にクルリとステップを踏む。 ぷちはニコニコ笑いながら手を叩いてはしゃいでいるが、としあきは、何故こんな物が大量に、しかもデフォで置かれている のか、気になって仕方なかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ! 第4話 ACT-1 【 愛護マンションいらっしゃいませ 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 初期実装の話によれば、としあきがこの部屋にいられる五日間の間、本来の家主はどこかへ行ってしまい、決してはち 合わせすることはない。 だから、この部屋にある物も自由に使いたい放題ということになる。 ミドリは、いつの間にか実装服を着替え、全身派手なショッキングピンクになってしまった! “デップ〜ン♪ どうデス、この弾ける美しさ! 溢れる色香! 漂う気品! ワタシは今、真の飼い実装になれたのデッスン☆” “テチィ! オネーチャ、とっても素敵テチ! 私もお洋服着てみたいテチ” そう言って服を脱ぎ出そうとするぷちを、としあきが慌てて止める。 「待った待った! いくらなんでも、ぷちには小さすぎて着られないって」 “テェェェ……テッチュウ” しばしの喧騒の後、としあきはミドリとぷちを連れて、この世界の下見も兼ねて外へ出てみることにした。 ミドリには、部屋にあった赤色の首輪を着けてみるが、リードがない。 どこを探してもそれらしきものがないので、やむなくとしあきは、ぷちにミドリを抱いてもらうことにした。 “こうしてワタシがお前にくっついていれば、あのスケベクソドレイは手出し出来ないデス。” “オネーチャが、スケベクソドレイサンから守ってくれるテチ?” 「おいそこ、勝手に罵倒語をつぎ足すなよ!」 “スケベクソドレイサン、私にえっちな事したらイヤテチ♪” 「しねーよ!」 マンションの部屋の玄関で、談笑する。 部屋の鍵をしっかり締め、階段かエレベーターを探そうとしたとしあき達は、ホールに出て思わず足を止めた。 そこは、ちょっとしたエントランスホールになっている。 一階部分中央に大きく開かれた室内庭園があり、それを取り囲むように上の階の中央が吹き抜けになっている。 吹き抜け部分の手すりから下を覗き込むと、遥か下にはとても綺麗なレイアウトの噴水が設置されていた。 としあきの部屋は最上階の一番端、通路の奥にあるようで、12Fという表記が見えた。 各階のエレベーターホールもかなり広くスペースが割かれ、柔らかなカーペットの上にいくつかのソファと円いソフトチェア が置かれたロビーになっている。 かなり大型の空気清浄機が作動しているのか、流れる空気はとても清々しく爽やかで、寒くもなく暖か過ぎることもない、 ベストなバランスに調整されている。 とにかく、そこはとしあきのような男に相応しい場所ではない。 よほどの金持ちでない限り、住むことが許されないだろう規模だ。 だが、としあき達が驚いたのは、もう一つ別な理由があったからだ。 各階のロビー、一階のエントランス、そして各階の通路、エトセトラ。 いたるところに、実装石を抱いた人間達が行き来しているのだ。 否、抱いているばかりではなく、放し飼いにして足元をちょろちょろ動き回らせている人達もかなり多い。 それも、としあき達の有視界内に居る、すべての人達がそうなのだ。 もう一つ、そんな彼等に連れられている実装石のほぼ全てが、ミドリと同じどピンクの実装服を身にまとっている。 おかげで、見渡す限りピンクの色彩だらけだ。 としあきとぷちは、思わず顔を見合わせた後、揃ってミドリを覗き込む。 巨乳にすがりつくように抱かれていたミドリは、不機嫌そうな顔つきでとしあきを睨み返した。 “な、何が言いたいデス?!” 「いや別に」 “くぅぅぅ、何故奴らは、揃ってワタシの真似をしてるデス?! さては、ワタシ達のやりとりを監視してやがったデス?!” 「んなわけあるかっての。 単にこの世界の流行なんだろ、あんま気にスンナ」 “デェェ…” としあきが一階に降り立った時、玄関のホールで歓声が上がった。 見てみると、何者かがマンションの中に入ってきたようだ。 その様子は、まるで芸能人のステージ入りかプロレスラーのリング入りだ。 随分大柄な人物のようで、離れた場所からでもそのふくよか過ぎる体格がよくわかる。 飼い実装を抱きかかえた住人達は、まるで取り巻きや追っかけのように、その人物の周りを取り囲んだ。 と同時に、妙に癇に障る高笑いが響いてきた。 「にょおぉぉっホッホッホッ♪ 皆様、お出迎えありがとうザマス! 貴方達のご協力のおかげで、見事あの虐待派共に正義の鉄槌を下してやれたザマスわよっ☆」 遠目に見ててっきり男性だと思ったが、どうやら中年女性のようだ。 その人物は、手の甲を口元に当てた「いかにもな」イヤミ笑いを轟かせている。 彼女の言葉に反応し、住人達が先ほど以上の歓声を上げる。 としあき達は、少し興味が湧いて下のホールまで駆け下りてみた。 「ジュリアーノさん、それじゃああの“実を葬”の連中は——」 「やっぱり、壊滅も時間の問題なんでしょうか?」 「長年の苦労が実りました、これでやっと、安心して実装ちゃんとラブラブ生活に浸れるんですねぇ」 デスデス、デッス〜ン♪ 「いいえ皆様、まだ油断はなりませんことよ! 実装ちゃんを虐待しようと狙っている不埒者は、まだまだ多く潜んでいるザマス! たとえ“実を葬”が滅んでも、残党がいれば第二・第三の悪党集団が生まれるザマス! 私達の使命は、一人でも多くの虐待派を見つけて、彼らに重罰をたたき付けてやることザマスっ!!」 まるで天空に掲げるような勢いで拳を振り上げ、ジュリアーノと呼ばれた中年女性は、力強く唱える。 その言葉に感動したらしい住人達は、半ば涙ぐみながら話に聞き入り、割れんばかりの拍手をしている。 ホールの中で、何もせずボンヤリと佇んでいるのは、としあきとぷちだけだ。 そんな彼等を目ざとく見つけたジュリアーノは、いきなり目つきを鋭く変え、住人達を引き連れてツカツカと歩み寄ってきた。 「そこの、あーたっ!」 「ひえぇっ?! は、ハイ?!」 噛み付くような勢いで、ジュリアーノがとしあきに迫る。 厚化粧と加齢臭が入り混じった凄まじい臭いが漂い、思わず顔が歪む。 バフー、と激しく鼻息を噴出すと、ジュリアーノはとしあき達をジロジロと見回してきた。 「ふ〜ん……見覚えのない顔、のようなそうでないような? 私のマンションの住人にしては、妙にビンボ臭いザマスけど…」 無礼極まりない発言を吐きながら、ジュリアーノの視線は脇に立つぷちに向く。 細く鋭い眼差しに睨まれたぷちは、つい反射的に硬直し、「テチャア」と呻いてしまった。 と、その途端、ジュリアーノの態度が変わった。 「なぁるほど、あなた、なかなかやるザマスね」 「は?」 「メイド連れで、しかも実装ちゃんのラブリィ♪ な鳴き声を口真似させているなんて、なかなかのセンスザマス。 よく見ればそこの実装ちゃんも、とってもふくよかで愛らしいザマスね。 うちのマドモアゼルちゃんには遠く及ばないザマスが、なかなかザマス。 何号室の方ザマス?」 突然態度が軟化したジュリアーノに面食らいながら、としあきは自分達が住んでいる部屋番号を素直に伝える。 「あれ、そのお部屋は確か——あなた、あちらのご親族の方?」 「あ、あちら?」 “クソドレイ、きっとあの部屋の元々の住人のことデス!” “クソドレイさん、上手く切り交わすテチ!” 不思議携帯を通じて、としあきにしか聞こえない翻訳音声が耳に届く。 としあきは、咄嗟に「親戚の者です」と言って誤魔化した。 「……そ、そうザマスか、わかったザマス」 やや納得がいかなそうな態度だったが、ジュリアーノは、としあきにこのマンションの事を教えてきた。 ここでは、住人の約9割以上が実装石を、しかも多頭飼いしている。 「愛(ラブ)実装パレス」という名称で、実装石にとって極上の楽園なのだという。 ここのオーナーであり管理人でもあるジュリアーノ京橋は、最上階全体を丸々占有した豪邸に住み、日々“実装ちゃんを いじめる悪い奴ら”とやらと闘っているのだとか。 あまりの化粧臭さに辟易し始めた頃、ジュリアーノはミドリの頭を愛しそうに撫で、それでいて表情を引き締めながら呟いた。 「いいザマス? ここでは——否、外でも、こっそり実装ちゃんを虐めたりしていたら、即刻出て行っていただくザマス! わかっていると思うザマスが、実装ちゃんを虐めたら重罪ザマス! うちでは、犯罪者を住まわせるつもりはないザマスから、それだけは絶対忘れないでいるザマスよっ!!」 「は、はぁ」 ブフー、と強烈な鼻息を吹き出し、ジュリアーノは踵を返し、のっしのっしと住人達の方へ戻っていった。 「な、なんなんだありゃ?」 “グエェェ、くっせぇ臭いデス。思わず吐き戻しそうになったデス” “テェェ、私の胸でそんな事しちゃイヤイヤテチ!” 「実装マニアの巣窟らしいな、ここは」 “それは悪い事じゃないデスけど、さすがのワタシも圧倒されるほど徹底してるデス” ジュリアーノは、相変わらず住人達と何やら楽しそうに話しこんでいる。 実装ちゃんがどうとか、可愛い、愛らしいがどうとか、そんな単語が繰り返し聞こえてくる。 だが、その中に混じって「地下」「あいつら」「いつ来るの」とか、妙な単語も混じっている。 ようやく気を取り戻したとしあきは、ミドリとぷちに、マンションの外へ出てみようと提案した。 デスデス、デスデス…… ざわざわ、ざわざわ…… デスデスデス テチテチ…… どこからか、飼い実装達の囁きが聞こえてくる。 ジュリアーノと話しこんでいる住人のペット達のようだが、明らかにとしあき達を意識しているようだ。 だがとしあきは、なんとなく面倒で携帯を確認する気にはならない。 もうすぐマンションの玄関を出る、というところで、一匹の成体実装が、ぷちに向かって駆け寄ってきた。 デスデスー♪ テチィ? 他と同じように、ピンク色の実装服をまとった個体。 それは、ミドリよりも一回り以上肥えた、完全なメタボ体型だ。 たるんだ頬とにやけた顔が、薄汚い中年男性を連想させる。 何か話しかけられたようで、ぷちはしゃがみこんで、その飼い実装と目線を合わせた。 テッチィ? テチュン? デェェ、ハァハァハァハァ…… テェェ? デェ、デェ……デ、デェェェェェェェェッ!! ズドボオォン! 次の瞬間、突然、飼い実装の股間から何かが飛び出した。 実装パンツをも突き破ってそそり勃つそれは、あきらかに「男性器」! しかも、どう見ても人間のそれより大きく、荒々しい。 予想もしていなかった事態に直面し、としあきは硬直した。 「な……?!」 テ、テェェェッ? デギ?! デッシャアァァァッ♪ 男性器を生やした飼い実装は、ぷちに飛びつくとミドリを無視して、「それ」を顔に押し付けようとする。 必死で抵抗するぷちだが、ミドリを抱きかかえているためなのかうまく追い払えない。 そしてミドリは、飼い実装の足の下敷きになっている。 顔面をグイグイを蹴り押され、苦しそうな悲鳴が漏れている。 デギャアァァ!! テチ、テチィィィッ!! デェェ、デェェェ、デェェ、デッヒャー☆ 「あ、お、おい!」 ようやく我に返ったとしあきは、巨根な飼い実装を跳ね除けた。 バランスを崩して尻餅をついたぷちは、涙目でとしあきにすがり付いて来る。 と、同時に、メイド服のスカートの端に、何か白いものが降りかかった。 どぷっ、どぴっ、どくっ、どくっ! 見ると、飼い実装も尻餅をついたままの姿勢で、男性器から大量の粘液を吹き出してぶるぶると震えていた。 デ、デェェェェェ〜〜♪ どくどく、どくどくっ! テ、テェェェェェェン!! 信じられないことに、その飼い実装は「射精」していた。 しばらくすると、その飼い主と思われる初老の婦人がやって来た。 飼い実装を背後から抱き上げると、取り出したハンカチで丁寧にフキフキする。 とても穏やかで上品そうな婦人だが、そんな人がそそり勃つ男根の先っぽを拭く様子は、一種異様なものがある。 「あらあら、カトレアちゃん今日も元気ねぇ〜」 デスデス、デスーン♪ 「いっぱいキモチイイ事しちゃいまちたね〜。 さあ、おうちに帰っておやつを食べましょうね〜」 デッスーン☆ 婦人は、そう言って踵を返そうとする。 驚いたことに、としあきやぷちに詫びを入れるどころか、声一つかけようともしない。 否、視界にすら入ってないという態度だ。 真っ先に、ミドリがブチ切れた。 “オラオラァッ、そこのテメー! 人を足蹴にしやがって黙って帰ろうなんて、許されると思ってやがるデスーッ?! 降りて来い、ギタギタにしてやるデスーッ!” 叫ぶが早いか、ミドリはぷちの手の中から飛び出し、婦人の後を追いかけ始める。 その勢いは、まるで婦人ごとぶっ倒してしまいそうなほどだ。 「ま、待て、ミドリっ!」 テチィッ! としあきとぷちが、飛び掛ろうとするミドリを慌てて制止する。 後ろから押し倒し、上から押さえ込むようにすると、そのまま強引に担ぎ上げた。 デギィィ! デギャアァァ!! 「ったく、ケンカっ早いんだよお前は。 ぷち、それより大丈夫?」 “テェェ、おベベが汚れちゃったテチィ……テェェェン” デギャアァァ! デッギャアァァッ!! 「あーあー、こりゃまずいな。待ってて、今拭くか……ら……?」 ポケットティッシュでぷちのスカートを拭おうとした時、いつのまにかホールに居た住人達が集まっているのに気付く。 それはまるで、としあきを包囲するかのようだ。 「あ、あの、何か?」 「あなた、今……実装ちゃんに何をしようとしたの?」 「は?」 先ほどの婦人とは違う、別の年配女性に話しかけられ、としあきは困惑する。 彼女は、なぜか凄まじい怒りの形相を浮かべている。 その背後に、どんどんギャラリーが集まってくる。 その全てが、額に青筋を浮かべ眉間に深い皺を刻んでいる。 「答えなさい! あなた、その子に何をしようとしたの!」 「その子って……ま、まさか、コレ?!」 デェ? 脇に抱えたミドリを指差すと、女性達は揃って首を縦に振る。 「お、俺、何かしたっけ?」 デェ? デー……ハテナ? 「テ、テチィ?」 放置されていたぷちも、小首を傾げる。 だがその直後、ある事に気付き、ぷちは慌てて立ち上がった。 「テ、テチテチィッ!」 「んな?! ぷち、どうした?」 としあきからミドリを奪い取ると、ぷちは彼女を優しくあやすように抱き直した。 「テッチテチ〜♪ テッチッチィ〜♪」 デェ? デデデ? 突然ぷちに可愛がられ、ミドリは困惑している。 だが、その様子を見ていた住人達の態度が、いくらか緩和したようだ。 先の女性が一歩踏み出し、まるで値踏みでもするかのように、としあきをジロジロ見つめてきた。 「あんた、まさか……虐待派じゃないだろうね?」 「虐待派? 俺が? じ、冗談じゃない」 「フン、まぁいいわ。 どうせ隠したって、いつかバレるんだしね」 鼻をフンフン鳴らし、最後に軽く舌打ちをすると、女性はどこかへ歩き去った。 「チッ、なんだ…つまらん」 「虐待派だったら久々に……のに」 他の住人も、どこかつまらなそうな態度で散っていく。 その場に取り残されたとしあき達は、そんな彼等の背中を呆然と見つめているだけだった。 「な、なんなんだ、あれ?」 “マラへの怒りが一瞬で冷めたデス。 なんか、凄く怖かったデス。 まるでクソドレイを殺してしまいかねない態度だったデス” 事情はわからなかったが、とにかくぷちの機転でなんとかなったようだ。 としあきは、礼を述べつつぷちに尋ねてみた。 “あの人達、みんな実装石を優しそうにダッコしてたテチ。 だから、私も真似してみたテチ” 「そっかあ。 けど、俺別にミドリに何もしてないよな? なんで虐待派だなんて言われたんだろ?」 “お前の身体に流れる虐待の血が、あいつらに伝わったデス! ……というのは冗談として、ワタシもよくわからんデス。 あんなの、別に虐待でもいじめでもないデス” 「おいおい、俺、虐待なんてしたことねーじゃん」 “殺されかけたことは何度もあるデス! 死ねと言われたことも覚えてるデス!” 「お互い、嫌な事は忘れようぜ」 “何、都合のいい事言ってやがるデズァ!!” またいつものノリで言い争いをしそうになり、二人は思わず口を紡いだ。 弱り顔でやりとりを見つめていたぷちは、しばらくして、スカートの端に感じる違和感を思い出した。 “テチャアァ! それより、このベタベタなんとかしてテチ!” 「うぉっと、忘れてたぜ」 “このままじゃ、ぷちが妊娠しちゃうぅっ♪ デス!” 「あ、なんか今の言い回し、少し色っぽかった」 “テチャ! ふざけてる場合じゃないテチ! テェェェン!!” としあきは、一旦自室に戻りぷちのメイド服を洗濯し、改めて出直すことにした。 ※ ※ ※ メイド服は洗濯したものの、マラ実装に振り掛けられた精液はシミになってレース部分に若干染み付いてしまった。 メイド服と下着を洗濯されたぷちは、現在、タンスの奥から引っ張り出された白いワイシャツだけを羽織っている。 無論、その下は完全な裸だ。 Gカップの巨乳に押し上げられたワイシャツの裾はずり上がり、まるでマイクロミニスカートのようになっている。 そこから覗く、肉付きの良いすらりとした白い美脚は、女性に免疫のないとしあきにとって余りにも目の毒だ。 その上、少し動くだけで裾がめくれ、時折尻や腰があらわになる。 元・飼い主の歪んだ欲望を一身に受け止め人化したぷちのボディは、容赦ないエロティシズムを発揮している。 普段のメイド服でも凄まじいものだが、この格好の破壊力は更なるものだ。 肝心な部分こそさすがに見えなかったが、としあきは、二人の間にどっかと居座り視線防御壁に徹するミドリの存在が、 ものすごく疎ましく感じられていた。 「なんだか、この世界の実装石はとっても大切にされてるみたいだな」 なんとなく呟いたとしあきの言葉は、全員の総意だった。 実装石が持ちやすい形に加工された容器入りの「実装ドリンク・まむし味」をチュパチュパしながら、ミドリすらも首を傾げて いる。 ミドリの性格なら、あれだけ幸福そうな実装石の様子を見れば、自分も自分もと騒ぎ出しそうなものだが、今回に限っては そうならないらしい。 一方のぷちは、胸元のボタンを弄びながら、ポケーとしている。 “でも、ここは実装石が幸福に暮らせる世界みたいテチ。 ニンゲンさんとも仲良し良しみたいテチ。 それはとってもいい事テチ” 「うん、そうなんだ…が…」 返答しようとしてぷちの方を振り返ったとしあきは、一瞬呼吸が止まりそうになる。 ぷちは、第四ボタンまで外して、今まさに第五ボタン(下から二番目)に手をかけようとしていた。 豊満な乳房がほとんど露出しており、かろうじて際どい部分だけ隠れている状態である。 「ぷ、ぷち! ボタン留めなさいっ!」 “テェェ、だってこの服、身体にピッチリしないから着心地悪いテチィ” 「だからって、いきなり脱ぐなぁ!」 “テェ?!” “ぷち、ドスケベで淫乱で変態でマニアックでホモで無職童貞なクソドレイに、そんな上等なものを見せてやる必要はない デス。 もっともったいぶるデス” “テ、テェ?! え、えーと、ドスケベデインランデヘンタ…… オ、オネーチャ、長くて覚えきれないテチ!” 「復唱すんなーっ!! それに、ホモってなんだ、無職童貞ってなんだよ!」 “フフフ、前の世界のことを忘れたとはいわさんデス♪” 「ぐ…!!」 としあきの脳裏に、人化美少年実装モカの肢体が浮かぶ。 ぷちを説得してワイシャツの前を閉じさせると、としあきは今後の行動について作戦を練ることにした。 その上で少し引っかかるのは、マンションの住人達の反応である。 ぷちが飼い実装、しかもマラ付きという“明らかに性的な意味で”襲われかけたというのに、飼い主は詫びを入れるどころか 何事もなかったかのように状況をスルー。 にも関わらず、怒るミドリを抑え付けたとしあきは、まるで罪人のように睨まれた。 何かが、おかしい。 しかも、とてつもなく不気味な軋みを感じる—— 「やっぱり、一旦外に出てみた方がいいかもしれないな」 “デ!” テレビを観てもなお、いまいちこの世界の概要が掴み切れないとしあきは、ミドリと共に夜の街に出てみることにした。 当然、まともな服を持っていないぷちは留守番である。 “テェェ、私一人ぼっちじゃ寂しいテチ! 連れて行って欲しいテチ!” 「無理いうな、その格好で外に出たら犯罪だよ。 お前の身体に合う服って他にないからなあ…ついでに何か探して来るから、頼むよ」 “心細いテチィ…” “クソドレイ、あの箱を置いていけデス。 あれがあれば、ぷちもニンゲンと会話出来るデス?” 「箱」というのは、としあきの持つ不思議な万能携帯のことだ。 人化したとはいえ実装語しか話せないぷちは、何かあった時に翻訳装置があった方がいいだろう。 「そうだな、ミドリの言葉わかんなくなるけど、仕方ないな。 じゃあぷち、もし人が来たら、ここ……そう、この画面を見せながら話すんだよ」 “ここテチ? あ、なんか出て来たテチ” 「それを見せれば、人間でもぷちの言う事がわかるから。 じゃあ行って来る。すぐ戻ってくるからな」 “いい子にして待ってるデス!” “テチャア……行ってらっしゃいテチィ” 午後8時、としあきはピンク色のミドリと共にマンションを出た。 独り取り残されたぷちは、寂しそうなため息をつくとテレビを点けてみた。 映し出される文字や音声のほとんどは理解が難しかったが、眺めているうちになんとなくニュアンスが伝わってくる。 やがて、夜のニュースが始まった。 「テチ? 額の広いオジサンが、何かぷちにお話してくれてるテチ。 お座りしてしっかり聞くテチ。 お話をきちんと聞くのもエロメイドのたしなみテチ!」 ソファの上に正座すると、ぷちは大きな耳をピクピクさせながら、アナウンサーの声に聞き入った。 『——次のニュースです。 9月18日に実装虐待防止法違反で逮捕された野部可塑乃介被告の死刑が、本日午後4時、最高裁判所にて確定しました。 野部被告は、8月末頃、自宅で飼育していた推定2歳半の実装石がトイレ以外の場所で用を足したという触れ込みで食事を 抜き、更に躾と称して暴行を加えたとして家族により通報されました。 警察は、これは大変悪質な犯罪であると——』 ※ ※ ※ 夜の街に出たとしあきは、ミドリに肩車するような(というより後頭部抱きつき)格好で大通りを巡ってみた。 2012年の近未来は、としあきの知る都会の街並と大差ない。 ただ大きく違うのは、街を行く人々の多くが実装石を連れていることだ。 しかも、ほぼすべてが例外なくピンク色の実装服を身に着けている。 ハデハデで目に飛び込む色彩の桃色は、長時間見続けているとかなり気分を害する。 だがとしあきは、その飼い実装のどれもが、過去の世界で見てきた実装石と大きく異なっている点が気になってしょうが なかった。 「なーミドリ、後で意見聞かせて欲しいんだけどさ」 デー 「なんかこの世界の実装、みんな異様にブサイクじゃね?」 デスデス、デスデス! 頭に伝わる振動から、ミドリが激しく頷き同意しているのがわかる。 先ほどテレビで見た者達もそうだったが、どの個体もでっぷりと肥え太り、その顔にはいかにも醜悪な性質が窺い知れる おぞましい表情が浮かんでいる。 実装石に対して、特に強い偏見を持っていないとしあきにして、そう感じさせるほどなのだから相当なものだ。 決して可愛いとはいえないミドリですら、ここの実装石達と比べれば「美少女の域」だ。 デーデーと、頭の上からミドリの声が響く。 何を言ってるのかと少しだけ考えてみたが、最後に「デッスンスン♪ デプププ☆」と締めたのを聞いて、どうせろくでもない ことを考えたのだろうと判断した。 実装石を連れている人達の年齢層、人種は本当に様々で、老若男女どころか外国人まで含まれている。 両手で赤子を抱くようにしている者、ベビーカーをさらに小型化したような乗り物に乗せている者、おんぶひもを逆に着けた ようなスタイルで、胸の前に固定している者、としあきのようにしている者、実に様々。 だがいずれも、首にリードは着けられていない。 としあきは、虐待正義の世界の状況を思い返し、世界が違えば何もかも違うものなんだなぁと妙に関心した。 だが、30分も歩き回っているうちに、としあきの中の違和感は先ほどまでとは別な形で膨らみ始めた。 街並のイルミネーションは実装石を模したものばかり。 店頭に並ぶ商品は、実装石に関連する物のみ。 どの業種の店看板にも、マスコットとして可愛らしい実装石が描かれている。 コンビニには実装石用ベビーカー専用の駐車スペースがあり、なんと駐車場・駐輪場より入り口に近く広い。 歩道と道路を隔てるガードレールは異様に低くなっており、それが実装石の身長に合わせたものだと解る。 横断歩道が青の時、「デッスン♪ デッスン♪」と音声が鳴り響く。 更に、実装石が歩道を完全に渡り切るまで、どの自動車もバイクも、自転車すらも微動だにしない。 よく見ると、各所に多数の「実装幼稚園」なるものまであり、写真屋の店内には実装石の写真が無数に並ぶ。 アニメショップの巨大な看板には、萌えキャラ風の「まじかる☆テチカちゃん」なる魔女っ娘実装石が描かれている。 トドメに、玩具屋のショーケースに「DX超合金 内臓合体ジッソウセキング」なるものを発見し、悶絶する。 「なんで、こんなに実装石ばっかなんだよ、ここは」 デスー それから小一時間ほど街を徘徊したとしあきとミドリは、そろそろ自宅に戻ることにした。 幸い、近くに小洒落た古着屋があったので、としあきは明日ここでぷちの服を調達しようと考えた。 午後九時半を過ぎた頃、としあきは何か食料を買って帰ろうと思った。 近くのコンビニへ立ち寄ろうとした時、突然、ミドリが「デスッ!」と強く鳴いた。 髪を引っ張られ、視線を駐車場の脇へ向けさせられる。 すると、そこにはとても小さな人影……成体実装石の姿があった。 店内の明かりにボンヤリと照らされたその姿は、髪や服を一切身にまとっていない、所謂禿裸の状態だ。 両手に何かを抱え、デスデスと呟いている。 その様子を見たミドリが、なぜか異様に鼻息を荒げているのが気になった。 しばらく様子を窺っていると、コンビニから出てきた若い男の後を追うように、禿裸はトタタと走り出す。 その視線は、男の下げている白いコンビニ袋に向けられているようだ。 だが、その禿裸は気付いていなかった。 男の上着のポケットの中に、ピンク色の実装服を着た仔実装が潜んでいるのを—— テチテチ!! 「ん? あ、なんだまたか!」 ピンク仔実装の鳴き声に反応し、男は立ち止まり振り返った。 走る勢いを殺し切れない禿裸は、男が止まったことに気付きつつも走り続けるしかない。 前のめりになりそうな不安定な格好で、トテトテ、フラフラと駆け寄っていく。 頭の後ろでミドリが大声を張り上げたのとほぼ同時に、男は、大きな足で禿裸の顔面を思い切り蹴飛ばした! ガスッ! デギ……?! チププププ♪ 禿裸は、見事なカーブラインを描き、宙高く舞い上がった。 と同時に、ミドリがいきなり興奮し始めた。 デギャァァァァァ!! 「うわ、うるせ!!」 デス! デスデス! デギャアァァ! プリ、プリプリ 後頭部から響く耳障りな大音声、そして同時に漂う嗅ぎ慣れた異臭。 としあきは、後頭部に両手を回すとミドリを捕まえ、前方に投げ落とした。 デギャッ!! 「てめ!! 人の頭の後ろでウンコすんじゃねーっ!!」 デギャデギャ、デギャアッ!! 「やかましいっ! てめ、なんでいつもすぐにウンコ漏らすんだよきったねーな! この世界に捨ててくぞ!」 デシャアッ! デギャアァッ!! デギィィッ!! 「あー本当にうるせ。ったく、そこで待ってろすぐ戻るから」 目の前で別な実装石が攻撃されたせいか、ミドリは異様なほど興奮している。 パンツをコンモリと膨らませ、アスファルトの上にペタンと座り込んだまま、しきりに何かを訴えようと吼えている。 としあきは、先ほど若い男が蹴飛ばした禿裸の様子が気になったが、それより買い物が先だと割り切り、コンビニの入り口 を目指そうとして——止められた。 「おい」 「は?」 気付くと、先ほど禿裸を蹴飛ばした若い男が、後ろから襟首を掴んでいた。 としあきが振り返るよりも早く、横っ面に激しい衝撃と痛みが襲い掛かった。 バキッ! 「ぐへっ?!」 「てめぇ!! 見たぞ、この虐待派め!!」 「は? はぁっ?!」 殴られた左頬を摩りながら立ち上がろうとする所に、今度は蹴りが見舞われる。 としあきは脇腹に重い一撃を食らい、一瞬宙に浮かび上がったかのような感覚にとらわれた。 「げ、げへぇ……っっ?!」 “俺が何をしたんだ?!”と言いたかったが、言葉が出せない。 若い男は、としあきの髪を鷲づかみにして無理やり立ち上がらせると、腹部に数発ボディブローを叩き込み、更に顔面を 思い切りぶん殴る。 やがて、騒ぎを聞きつけた人達がコンビニから飛び出してくる。 店員らしき人物を見止めた男は、もんどりうっているとしあきを指差し、吐き捨てるような口調でこう言った。 「こいつ、虐待派だ! 実装石を虐待してる現場を見たんだ。 警察呼んでくれ」 若い男の言葉に、野次馬達が突然騒ぎ始める。 更に次の瞬間、立ち上がろうと必死で腕に力を込めているとしあきに向かって、大勢の人間が同時に踊りかかった! 「う、うわあぁぁぁ!!」 「虐待派が! こんなところうろついてんじゃねぇっっ!!」 「殺さない程度にぶっ殺してやれ!!」 「死ね! 虐待派を生かしておく事は許されない!」 「さーアンドレアルちゃん、この醜い虐待豚にウンチかけてあげましょうねぇ〜♪」 テチュ〜ン♪ プリプリプー ほんの数分にも満たない時間の間に、としあきはボロ屑のようにされてしまった。 パンコンしたまま座り込んでいたミドリは、そのあまりにも凄絶な光景にいつしか叫ぶのを止め、ただ呆然と見つめている しかなかった。 デ、デデ? デ……デ、デェェェ?! 遠くから、パトカーのサイレン音が響いてくる。 薄れいく意識の中、としあきは、“裸の実装石蹴飛ばしたあいつは、ど〜なるんだ…?”と考えていた。 ※ ※ ※ 10月9日月曜日・祝日振替。 外から聞こえる小鳥の鳴き声で目覚めたぷちは、ソファから立ち上がると、慌てて室内をキョロキョロ見回した。 どうやら、テレビを観たまま疲れて眠ってしまったようだった。 としあきとミドリが戻ってきた様子は、ない。 携帯も、としあきが置いていったままの状態だ。 「テチィ、オネーチャとクソドレイサン、いったいどうしたテチ?」 寝乱れてほとんど全裸になっていたぷちは、シャツをまくし上げるとクチュンと可愛いくしゃみをする。 そのまま一時間ほど待ち続けたが、としあき達が戻ってくる様子は全くない。 途方に暮れたぷちは、少しずつ増大化してきた空腹感に耐えつつ、外へ出てみようとした。 ピンポーン ぷちが玄関にたどり着いたのと同時に、チャイムが鳴った。 以前、敏昭の家に居た頃、チャイムが鳴ったのと同時に彼が対応したのを記憶していたぷちは、そのままの格好でドアを 開けた。 テチ? 「あ、おはようござ……いま…!!」 テェ? そこには、制服を身に着けた若い警官が立っていた。 脇には何か大きなカートのようなものを置いている。 全裸の上に白いワイシャツを羽織っただけ、しかも第四ボタンまで外れた状態のぷちを見た警官は、瞬時に顔を真っ赤に 染めた。 「あ、あの、双葉警察署の者ですが! こ、こちらは弐羽ぷちさんのお宅でよろしかったでしょうか?」 テチ! “ぷち”という名に反応して、頷く。 警官は、わざとらしく目線を反らしながら、ため息を吐いた。 「あの実は、お宅の飼い実装ちゃんを保護させていただきましたので、お連れしました」 テェ? 警官は、持って来たカートの中から、ピンク色の実装服をまとった実装石を取り出した。 テェェッ!! テチテチィッ!! 「ああ良かった、ようやくお送り出来ましたよ」 テェ? 「そ、それでは、実装ちゃんは確かにお返しいたしました。 また何かありましたら、いつでもご連絡ください! ではっ!!」 それだけ言うと、若い警官はパッと敬礼して、逃げるようにその場から走り去った。 ぷちの目の前には、玄関に置かれた“熟睡している”ミドリと、空のカートだけ。 何が起きたのか事態を把握出来ないぷちは、ドアを締めるのも忘れてミドリを起こしにかかった。 警官に連れられてたった一匹帰還したミドリを、ぷちはひたすら質問攻めにした。 としあきはどうしたのか、あれから何があったのか、夕べはどうしたのか、なんでいい匂いがするのか。 まくしたてるように尋ねてくるぷちを慌てて制すると、ミドリは一杯の水を求めた。 「ま、待つデスぷち、順番に説明するデス」 「早くしてテチ! クソドレイサンが心配テチ!」 「あんな奴にも情けをかけてやるなんて、ぷちは本当に優しい子デスぅ」 「冷蔵庫の食べ物はカチンコチンでツメタイテチ! クソドレイサンが帰ってこないと、私達いつまで経ってもゴハンが食べられないテチ!」 「……そっちかよ」 ミドリの話によると、その後としあきと共に「ケーサツ」という所に連れて行かれた彼女は、大勢の人間に厚い待遇を受け、 おいしい食事やデザートを沢山食べさせてもらったという。 パンコンしたパンツと汚れた実装服は丁寧に洗われ、ふんわり暖かな羽毛布団に寝かされ、高級な香水を付けさせて もらった上に舌もとろけるような素晴らしい朝食を与えられたという。 「ワタシはようやく、本物のステーキを食べたデスゥ♪ オウミギューという最高級のシャロ・ウィーンというものを身の丈ほど食べたデスゥ☆ 頬張ると口の中に肉汁が溢れ、芳醇な香りのソースの旨味がじんわりと広がっていくデスゥ。 クソドレイが前に食べさせたステーキは、全然違うニセモノだったデスゥ! ケーサツのニンゲンにそう言ってやったデス」 「そしたら、どうなったテチ?」 「ケーサツニンゲンが“なんて悪い奴だ、キョッケーはまぬがれない”と吼えてたデス」 「テェェ、オネーチャ、クソドレイサンの事に全然触れてないテチ!」 「デ? ああ、あんなのもうどーでもいいデス。 それより聞くデス、ぷち♪」 「テ?」 「この世界にいる限り、ワタシとお前はサイコーの存在デスゥ☆ もう、クソドレイなんかと訳のわからない世界を回る必要もないデスゥ! ここでは虐待もないし、実装石は絶対安全デスゥン♪ ぷち、ワタシ達はこの世界に来た歓びをかみ締めるべきデスゥン!!」 「テチャア…」 完全にのぼせ切っているミドリの態度をよそに、ぷちは限界に達しそうな空腹感に気を取られていた。 結局、ミドリの指示であらためて冷蔵庫の中を調べてみることになったが、そこから出てきたのはすべて調理加工が必要 な食材ばかりだ。 唯一そのままで食べられそうなものがあったが、それは実装石の顔のイラストが描かれた缶詰だけだ。 まして、それが食べ物だと理解は及んでも、二人には開けられない。 それは今時の「パッ缶」だったが、ぷちは人間の手を持ちながらも開けた経験がないため、どうすればいいのかわからない のだ。 「テェェェン、オネーチャ、お腹空いたテチィ」 「デェ。弱ったデス。 おいぷち、お前はメイドなんだから、何か料理をしてみるデス」 「リョウリって何テチ? 習ったことないテチ」 「お前、何のためにメイドやってるデス!」 「テェェ! わ、私はエロメイドテチ! ご主人様のご本にも書かれていたテチ! “お前はずっとここに居て、俺専用の肉便器としてただ奉仕だけしていれば良いのだグフフ”って」 「なるほど、それじゃあしょうがないデス」 その後、冷蔵庫の中身を順番に取り出し、なんとか食べられそうなものを探そうとしたが、容器に入っていたりレトルト入り だったりと、食べ物とわかりつつ「食べ方がわからない」ものばかりで、二人にはどうしようもなかった。 どんなに食料が豊富でも、としあきがいなければ生活出来ない。 そんな現実にようやく気付いた頃、不意に、チャイムが鳴る。 ぷちはミドリに言われて、携帯を持って応対に向かった。 玄関のドアの向こうには、推定年齢五十歳くらいの肥満体女性が佇んでいた。 アップにされた髪には無数のアクセサリが施され、ぶっとい黒縁メガネに女性とは思いたくないほどのむくれ顔、くぼんだ 目、タラコのような唇、ドピンクの上着に黒のジャージ、実装石を思わせるほどの大きな脂肪腹… ぷち以上に「人間になった実装石」っぽく見えるその中年女性は、凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。 両腕に抱かれている飼い実装は、そんな飼い主の態度に無関心といった様子で、大あくびをしている。 ——昨日、一階のホールで出会った、ジュリアーノ京橋だ! ドアを開け、恐る恐る会釈をした途端、中年女性は二人を吹き飛ばすかのような勢いで怒鳴りつけてきた。 「この、虐待派っ! あの夫婦の親戚だからと用心してみれば案の定……やっぱりバケの皮が剥がれたザマスね」 テ、テェェッ?! デス?! 「実装ちゃんを虐める悪い奴は、絶対許さないザマスっ!」 テ、テェェ?! テ、テチテチィッ! ぷちは、としあきに教わった通りに携帯をかざし、自分の言葉を翻訳してジュリアーノにかざす。 だがジュリアーノは、突然ばふーんと猛烈な鼻息を噴出し、かみつくような勢いで迫る。 「あなた! 実装ちゃんを虐待する極悪人・弐羽としあきの家族か関係者か愛人か同棲者ねっ?! “実装虐待防止法違反”で警察に捕まった者の家族には、出て行ってもらうザマス! 今すぐに荷物をまとめて、ここから出て行けザマースッッ!!!」 デギャーシャシャシャ♪ テ、テチィィィッ?! デスッ?! デギャアァァッ!! 『なんてことを言うテチ、酷いテチ!』と抗議するぷちを無視して、ジュリアーノは突如表情を和らげると、ミドリに向かって ニッコリ微笑んだ。 真正面から不気味極まりない厚化粧ババアの笑顔を向けられたミドリは、こみ上げる嘔吐感に必死で耐えた。 「でも、こちらの実装ちゃんはワターシのおうちで大事に大事にお世話するから、心配ないザマス〜♪ と! 言うわけだからっ!! ホラホラ、そんなみっともない格好してないで、とっとと着替えて出ておいき!! ザマスっ!!」 デスデスデス、デシャシャシャシャ!! テ、テェェェ…? どうやらジュリアーノは、ぷちも虐待派の一員だと解釈しているらしい。 だが、見た目はともかく中身は仔実装に過ぎないぷちには、何がなんだかまったく理解が及ばない。 助けを求めるようにミドリの方を向くが、なぜか、先ほどまでと態度が違っている。 ミドリの眼差しは、先ほどまでの汚物を眺めるようなものではなく、まるで神を崇めるようなうっとりした表情になっていた。 “ワタシ、ついに本物の飼い実装になれる時が来たデッスン♪” テ、テェッ?! “そういう訳だから。ぷち、達者で生きて行くデス♪” テ、テチャアッ!! 「今日の午前中に出て行くザマスッ!! あなたのような虐待の血が流れる者達に、この“愛(ラブ)実装パレス”の敷居を跨いで欲しくないものザマスッ!!」 テ…テェェェェン、テェェェェェン!! デ、デッス〜ン♪ 突然の事態に泣き崩れるぷちと、その横でジュリアーノに対して媚まくるミドリ。 30センチも離れていない両者の間には、神々しい光と絶望の闇が同時に訪れていた。 その頃、点けっ放しで放置されていたテレビでは、夕べも出ていた「額の広いニンゲンさん」が、朝のニュースを読み上げて いた。 “次のニュースです。 今月5日未明、千代田区内で発見された男性の惨殺死体は、二ヶ月前に行方不明となり捜索願が出されていた、 双葉敏昭・二十三歳無職と判明しました。 双葉敏昭の遺留品の中から実装コロリやドドンパと呼ばれる猛毒薬が発見された件から、警察は双葉敏昭を虐待派と 認定し、「実装虐待防止法違反」容疑での逮捕立件を検討する旨を発表しました。 加えて、テロリストグループ「実を葬」との関係も追及する方針で——” →NEXT −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− このスクは、 sc1862 sc1863 sc1865「じゃに☆じそ!」第一話(公園実装の世界編) sc1891 sc1892 sc1893「じゃに☆じそ!」第二話(虐待正義の世界編) sc1897 sc1899 sc1900「じゃに☆じそ!」第三話(人化実装の世界編) の続きです。 ただし、前のエピソードを特に読まなくてもだいたいわかります。 全3回で1エピソード完結という構成です。
