タイトル:【観察】 実装石の日常 飢えた公園
ファイル:実装石の日常 38.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:22657 レス数:0
初投稿日時:2009/11/23-00:39:44修正日時:2009/11/23-00:39:44
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親実装は大した物が入っていないコンビニ袋を持って、自分のダンボールを目指して歩いていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

腕に下げる袋をのぞき込むが、それで中身が増えるでもない。

たっぷりあるのはペットボトルを満たす水(水溜りからすくった)ぐらいだ。

ふう、と憂鬱なため息一つ漏らす。




 実装石の日常 飢えた公園




ただいまデス、と親実装が帰宅すると仔実装たちがテチテチと群がってきた。


「ママ、お腹減ったテチィィィ—」

「ゴハン! ゴハ————ン!!!!」


毎日ぎりぎりの量しか与えられてない仔実装たちは、それしか知らないように空腹を訴えた。


「……今、あげるからみんな座るデス」


すこし不思議な雰囲気となった。

仔が行儀悪く騒げば、怒る親実装なのだが。

賢い仔もいたが、空腹でそれを口にする気力はなかった。

千切られた野菜クズを急いで咀嚼していく。



少ない食事を終えると、みな横になる。

仔と言えど遊んで体力を浪費して、空腹に苦しむことは身に染みていた。


親実装はわずかな蓄えを入れてある菓子の箱を自分の背中に隠して横になる。 

飢えた仔が勝手に食べてしまわないようにしているのだ。

箱の上には重し代わりの石を置いてあるので、開けられる心配はないが、習慣からかそうしている。


「みんなに聞きたいことがあるデス」


おもむろに親実装は言い出した。


「何かしたいことや、食べたい物はあるデス?」


以前はあったが、最近では珍しい会話だった。


「私は何でも良いからお腹一杯、一杯食べたいテチ……。 はやく公園が前みたいになれば良いテチィ」


次女が言うのはもっともである。

先月までこの公園もそれなりに平和と豊かさがあった。

やって来る愛護派たちがエサをばら撒き、好きなだけ野良実装たちは食べられた。

だが餌付けのために増えすぎた実装石を、愛護派は養えきれなくなり、限られたエサの奪い合いが起きはじめる。

仲間同士の小競り合いは殺し合いへエスカレートし、愛護派にまで被害が及ぶようになるまではそれほど時間はかからなかった。


一旦、わが身に悪影響が出始めると、冷淡に人間たちは手を引いた。

残されたのは過剰に増殖した野良実装ひしめき合う小さな公園。



「私は食べ物も欲しいけど、3女ちゃんに会いたい、テチ」


長女は力なく言う。

十分だった毎日のエサは、必要な量の半分にも満たなくなったある日。


「テチャアアアアアアアアアアアア! お腹減ったテチ、減ったテチィィィ———————————!!!」

「3女! みんな我慢しているデス、さあ、ママがお話を聞かせてあげるデス、こっちへくるデス」

「お話じゃあ食べられないテチ! 食べられないテチ! なんでお腹が空かないといけないテチ? 私悪いことしたテチ?」

「……お前も、ママたちも悪いことは何ひとつしてないデス。 悪いのは…………、とにかく落ち着くデス」

「テチャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


結局、3女は姿を消してしまった。 

誰も口にしないが、ダンボールの外、しかも飢えた公園で仔実装が1匹で生き残れるはずがないと分かっている。



「私もお腹一杯食べたいけど、お外で思いっきり走ってみたいテチ」

と言うのは4女。

物騒になってからと言うもの、仔実装はダンボールの中でひっそりとしているだけだ。

風に当たることもなく、体を洗うこともできず、大きな声も出せず、ただ空腹に耐える日々が続いている。


「……いつか、きっとそういう事ができる日が来るデス」

慰めるように言う親実装。



「お腹一杯食べたいテチ、それだけで十分テチィ」

つくづく、という感じで言う5女であった。



「私もお腹一杯食べたいレチィ」

姉妹で唯一の親指実装が、ぼそり、と言う。


そのうち夜も更けていく。

一家は静かに眠りにつき始めた。




ごそごそ、という動きが闇の中にあったので5女が目覚めた。

隙間からの月明かりで、親実装の影が動いている。


「ママ、どうしたテチ」

「……っ! 少しお仕事デス、お前は寝てていいデス」


5女はすぐ眠りに戻った。





*************************************






「おかしいからおかしいと言ってるだけテチィィィ!!!」


次女の喚き声で5女は目覚めた。

目の前では長女、次女、4女、親指が集まっていた。


「とにかく、おちつくテチ」

長女らしく、長女が次女をなだめていた。


「おはようテチ……ママは?」

5女はいつも起こしてくれる親実装を探すが、ダンボールの中にその姿はない。


「それが…」


4女が言いかけると、次女が大口を開ける。


「ママがいなくなったテチィィ!!!」

「たまたまお仕事でいなくなっただけテチ」

「黙っていなくなったテチ! 今までそんなことなかったテチ! なかったテチャアア!」


5女は事態を飲み込めた。どうやら、親実装が黙って姿を消したらしい。

不安がる姉妹を、懸命に長女が励ます。


「きっと、急なお仕事だったテチ、すぐに帰ってくるテチ。 きっと、ゴハンをたくさん持って帰ってくるテチ」

「ゴハン? ゴハンレチ?」

「そうテチ! たくさんたくさん持ってきて私たちはお腹いっぱい食べられるテチ。 きのうママがお話したのはきっと何かあったからテチ」

「昨日と言えば」


5女が喋りだす。


「夜、みんなが寝てるときママがなにかしてたテチ。 少しだけ私が目を覚ましたら、お仕事と言ってたテチ」

「やっぱりテチ!」


勢いづいて長女。


「ママはお仕事に行ったテチ! たくさんゴハンを持ってかえって来るテチ。 みんな、安心していいテチ」

「でも、黙って行ったのはなんでテチ」


4女の疑問に長女は笑顔で答える。


「きっと私たちを驚かせるためテチ、そうに違いないテチ」

「良かったレチ! それなら、ママが帰ってきたらみんなでありがとうっていうレチ!」


親指は飛び跳ねて喜びだした、今までよほど不安だったのか、涙目だ。


「…………」


4女がダンボールの片隅を指差す。そこには備蓄のエサを入れたお菓子の箱があった。

が、蓋は開けられており重し代わりの小石が床に置かれている。

姉妹たちは、一瞬無言で顔を見合わせると急いで箱の中を覗き込んだ。

中身はほとんどなくなっていた、洗いざらい、という感じで欠片が少し残っている程度だった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


箱を覗き込んだまま、姉妹たちは沈黙した。


「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


次女が絶叫した。


「4女! 黙るテチィィ!」

長女が怒鳴るが次女の絶叫はやまない。


真っ青の顔で5女がつぶやく。


「思い出したテチ、昨日の夜、ママは……」


5女は思い出した。薄明かりの中、親実装が備蓄をコンビニ袋に移していたこと。


「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「4女! 黙るテチィィ!」


4女が5女の頭を撫でてやり、カタカタ震えている親指の肩を抱きかかえる。

「大丈夫テチ、姉妹みんなでがんばれば大丈夫テチ。 ママもすぐ帰ってくるテチ」

「捨てられたテチャア!!! 
テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 
捨てられたテチャアアアアアアアアア!
テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——————————アアアアアアアアアア——————————アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「黙れ! 次女、黙れテチィィ————————————————!」




  姉妹たちは自分たちが親から捨てられたことを悟った瞬間だった。





*************************************





泣いたり喚いたりしても、いつか疲れがやって来る。

次女が泣きつかれて静かになると、長女が姉妹に言う。


「ママがいなくなったのは確かテチ。 でも、いつか帰ってくるテチ。 それまで私たちでがんばるテチ」

「ママはもう帰って来ないテチィィィィ。 私たちだけじゃあ生きていけないテチィ」


恨みがましく言う次女を、姉妹は無視した。

次女が姉妹を見渡す。


「ダンボールの中にある物を確認したテチ。 

ゴハンはお菓子のクズとフードのかけらがあるテチ。

お水は満タンにあるテチ。お皿があるテチ。

きれいなタオルと汚いタオルが1枚づつと、おトイレと木の葉が少しテチ」


うん、と長女。


「今までどおりがんばれば、きっとママに会えるテチ。 だからみんながんばろうテチ」


はげまそうとする長女は泣いていた。

床に転がっている次女も泣いていた。

4女も泣いている。

5女も泣いている。

親指も泣いている。




何はともあれ食事だ。

4女が言い出した事を姉妹たちは、とにかく始めた。

まず500ミリリットルのペットボトルの蓋を外し、姉妹で協力してそっと傾けて皿代わりのプラスチック容器に水をこぼす。

そこへ菓子のクズを慎重に入れ、手を入れてかき混ぜる。

…かき混ぜる。

……かき混ぜる。

泥のようになった物を姉妹は囲んだ。

それぞれ、手を入れてついたペーストを口に運ぶ。

甘みもあって、一時、彼女らは恐怖や孤独を忘れた。

だがペーストはすぐに尽きた。


皿の隅っこの残り物を舌ですくって、食事の時間は終わりを告げた。



しばらくすると次女が騒ぎ出す。

「お腹減ったテチィィ!」

「でもこれはダメテチ!」

長女は箱の前で立ちふさがる。

かすかな備蓄を彼女が管理することになったのだが、さっそく次女は空腹からそれを寄越せと要求していた。


「お腹減ったテチ!」

「これしかないテチ、これが無くなったらみんなお腹へって死んじゃうテチ。 だからみんなも我慢してるテチ」

「関係ないテチャ!!! 寄越せ! 寄越せテチャ———!」

「次女、聞いて欲しいテ……」

「寄越せテチャ—————————!」

「じ……」

「食わせろテチ! 食わせろテチ! 食わテベェ!」


長女が次女を思い切り殴ったのだ、温厚な長女の暴力にダンボールの中は静まり返る。


「ルールを守らない仔は私が許さないテチ!」


規律を維持しようと長女は断固たる決意をしたようだ。


「4女! 5女!」


長女は妹たちに命じた。


「次女にお水を飲ませてあげるテチ、少しは足しになるテチ」

水が大量にあるとは言え、貴重なのには変わりない。

だが4女も5女も文句を言わず、水をペットボトルから皿に移し替えて、泣き止まない次女に飲ませた。



親実装不在4日目。


姉妹たちは皿に置かれた実装フードを見下ろしている。

最後の一粒なのだ。食べられる物はもう菓子のクズさえ残されてはいない。


「……………」


無言で長女が実装フードの粒を割った。

5等分した欠片をそれぞれに与えると、ゆっくりと口に入れてかみ始める。

咀嚼する音だけがダンボールで聞こえた。

次女さえ静かにかみ締めて味わう。

これが姉妹にとって最後のまともな食事となった。



親実装不在5日目。

ごそごそと次女が菓子箱に入って底を舐めまわしていた。

2日前に箱へ水を注いで、その水を皆で飲みつくしたのだから、残りカスさえない。

それでも次女は死に物狂いで舐めまわす。


じっと横たわったままの姉妹。

4女がひとり言のように言った。


「みんなで外へ行くしかないテチ」

「無理テチ」


長女はにべも無い。


「でもこのままじゃあ、みんな動けなくなってしまうテチ。 そうなる前に動くべきテチ。 何か食べられる物を探せると思うテチ」

「私たちだけじゃあ、無理テチ」

「食べ物を見つけて、すぐ逃げ帰るテチ。 ほかに方法はないと思うテチ」

「………………………………」

「今ならまだみんな力があるテチ」


結局長女は決断した。

確かにこのままでは、あと数日で飢え死にしかない。


「準備はいいテチ?」

「大丈夫テチ!」

「ばっちりテチ!」


久々に行動を起こすと言うことで、仔実装たちの声も張りがあった。

エサへの渇望もあろう。


護身のため長女と次女は爪楊枝を、4女と5女は小枝を持っている。

親指には持たせる物もなかったので、そのままだ。


「いいテチ?」


長女は何度も姉妹に繰り返す。


「もしも食べ物が落ちていたら、そこで食べたらダメテチ、安全なお家に持ち帰って食べるテチ。

襲われたら、みんなで相手の足を刺したり叩いたりするテチ。 噛み付いても良いテチ。 大人でも1匹ならこっちのほうが強いテチ!」


一行は、颯爽とダンボールを出た。

茂みを抜け、久方ぶりの公園を一望すると……。

公園のあちらこちらに実装石の死骸がある、それも食われたり襲われたりして損傷が激しく、ひどく腐った状態で。

地面には赤と緑の染みが点々とこびり付いている。

ベンチの下には白骨が散らばっており、飼い実装だったのかボロボロの首輪が残されていた。


長女以下、一列になって歩いて行く。

だが、地獄のような惨状にすっかり腰が引けていた。





                    「テヂィィィィ!」





どこかで仔実装が悲鳴をあげていた。

次女がカチカチと歯を鳴らしはじめた。

後ろに続く4女も、周囲に目を配りながら気が気ではない。

植え込みや路肩のブロックにもたれている成体も、うろんな目で一行を見ているからだ。

空さえもこの公園の状況を写すように、濃い灰色で覆われている。


「長女ねえちゃん……」


4女が声を上げたとき、さっと一行の前に成体が1匹立ちはだかる。


「オバチャ」


言いかけた時には長女が捕まり、持ち上げられた。


「テヒャアアアアアアアアアアアアアア————————! 助けてテチィィ」


とっさに4女は小枝を構えて飛び出し、成体の右ひざにつきたてた。


                ポキリ。
 

小枝はあっさりと折れてしまう。


成体は攻撃に気づきもせず、長女の肩をかじった。


「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 痛い! 痛いィィィィィィィ!!!!」


服ごと肩の肉と骨がかじりとられ、血が飛び散る。

成体はそのままむしゃむしゃ食べていく。

次女と5女と親指はその場で失禁した。


「私にも食わせろぉぉぉぉおぉデ—————————ス!!」

「デジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「デ————————————————ス!!!!!!」


飢えた共食いがあちこちから飛び出してきた。

たちまち成体同士の乱闘になった。


「テヒャ————————————————! おうち! おうちに帰るテチィ!!!」


次女が、そして5女と親指が逃げ出す。


「助けっ助けてテチィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「逃げたらダメテチ! 長女ねえちゃんを助けないといけないテチ!」


4女は次女が落とした爪楊枝を拾って構えると、長女を奪い合う成体の足めがけて体当たりした。

意識せずに成体が振り回した足が4女を蹴飛ばす。

じつにあっさりと、4女は軽く飛ばされた。

だが被害は甚大だ、飛ばされて足を痛め、前掛けは裂け、口から血が流れている。


「テヂャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


乱闘の中、長女の右足がもぎ取られ、あとからやって来た成体が食らっている。


「………………………っ!!!!!!」


圧倒的な腕力さを4女は悟らざるをえない。

こうなればわが身が危ういだけだ、身をひるがえして傷ついた体で必死に逃げる。

その時、長女と一瞬だけだが目があった。


「4女! 4女! 助けてテチィィ! お姉ちゃんを助けてテチィィィ! 

              助けてくださいテチャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」


ひたすら4女は走った。走ってダンボールへ駆け込むと一番奥に転がった。

次女・5女・親指もダンボールの中で震えていた。

追跡は幸運にもされなかったようだが、餌食となった長女の悲鳴だけは木霊している。



「テチャアアアアアアアアアアア!!!!

腕! 私の腕ェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

助けてくださいテチィィィ!!!

食べないで下さいテチャ————————————————————————————————————!!!!

次————————————女————————————! 助けてテチィィ!!!

4女おおおおおおおおおおおおおお! 助けてテチィィ!

助けてママ—————————! 

アアア!

アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

テチャ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


4女は悲鳴を聞かないよう、うずくまってガタガタとただ震え続けた。

次女たちも失禁しながら震えるだけだった。





*************************************



親実装不在6日目。


飢えは我慢の限度を越えている。

それでも仔実装たちはダンボールから出ようとは考えもしなかった。

親指が4女にすがる以外は、ばらばらになって失禁や水で腐敗しかけたダンボールの床に転がっていた。

リーダー格の長女を失い、すっかり連携することさえなくなっている。


のそり、と次女が4女と親指に近づく。


「親指、ちょっとこちらにくるテチ」


黙って親指が従うと、4女が立ち上がる。


「次女姉ちゃん、ちょっと待つテチ」


間に合わなかった。

次女は親指を抱きかかえると長女が食われたときのように、肩へ食らい付く。


「レチャ———————————アアアアアアアア—————!」

「お腹が減ったテチィィ!」


口元を妹の血で汚しながら次女は叫ぶ。

2度、3度と噛み付き、妹の肉を食らう。


「やめるテチィ!」


4女が引き剥がそうとするが、次女に蹴飛ばされる。


「何してるテチャ!!!!」


5女が起き上がって次女へ飛び掛ってくる。


「私にも食べさせるテチィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「テチャアアアアアアアアアアアアアア!」

「テ————————————チィィ!!!」


次女と5女が争う間、4女は親指を抱きかかえてその場を離れる。


ダンボールの片隅で親指の様子を見ると、右肩がなくなって腕は皮一枚で繋がっている。

足が引きちぎられているし、口から大量の血を吐いていると言う事は、内臓を痛めたのだろう。

これはもはや致命傷だ。


「親指ちゃん…………」

「痛いレチィ!!!!!! 死んじゃいそうレチィィィ!」

「もう、親指ちゃんは助けられないレチ」


はっと親指は表情を変えた。


「嘘レチ! すっごい元気レチ!」

「今大丈夫でも、すぐ次女姉ちゃんたちに襲われるテチ……」

「大丈夫って言ってるレチ! 言ってるレチ! 危ないならお家から出てもいいレチ!」

「出た途端に食べられちゃうテチ。 だから私が……」

「やめてぇぇぇぇ! やめてレチィィィ!!!!!!!!!!! わぁたぁしぃを食べないでレチャ———————!!!!!!!!!!!!」





*************************************



親実装不在8日目。


親指を3匹で奪い合い(いつ死んだかも分からないほど)の末に食べたので、一応空腹は満たされたが2日も経つと飢えだした。

3匹はそれぞれ距離をとって座っている。

もう、いつ相手に食べられるか分からない。

家族ではなく、もう食べるか、食べられるかの関係になっていた。


(ここは地獄になっちゃった)

賢かった4女はあまりの惨状に発狂寸前だった。

親に捨てられ姉を食われ妹を食えば、そうもなるだろう。

きれいだったダンボールも掃除もできないので荒れる一方だ。

以前親実装が居た頃は悪臭などなかった。


もう、ずいぶんと昔に感じられた。


「ママを殺してやるテチャ—————!!!!!!!」


次女がいきなり叫ぶ。


「殺してやるテチ! 殺してやるテチ! ママのせいで私が死にそうテチィィ! 殺してやるテチャ———!」


殺意に関してみれば4女さえ同意だった。 

子を捨てざるをえない事情を理解しても、納得はできない。


のそっと起き上がって5女の前へ行くと、歯をむき出しにして威嚇された。


「おトイレテチ」


排泄物で盛り上がったトイレ代わりのプラスチックの容器に排泄する。

枯れ葉でぬぐった後、4女はしばし、それを見続け、そして。





                食らった。





字義通り口に運び、噛み砕いて飲み込んだ。


「クソ蟲テチ」


見ている次女が唾棄するように言う。


「どう言っても、良いテチ」


吐き出しそうな表情で4女。


「なんとか、食べられたテチ。 これでも食べないと死んじゃうテチ。 私は死にたくないだけテチ」


しばらくすると、次女と5女の排泄物を口にする姿があった。





*************************************



親実装不在13日目。


排泄物を食らい、排泄し、それを食らう。

それさえも栄養分が吸収されつくされたのか、泥水のようなものしか出なくなった。


排泄物を食べることもあって、ダンボールの中は凄まじい悪臭と湿気がしみこんでいた。

4女はのそのそと起き上がり、飲み水を入れた容器に顔を入れる。


水はまだあった。

あったが、腐って濁り始めている。

力なく水を飲む4女。


「ママはどこに行ったテチ?」

うわ言のような次女に、4女が応えてやる。


「聞いたことがあるテチ。 どこかに他にも公園があるって言うお話テチ。 ママはそこに行ったのかも知れないテチ」

4女は思い出した、少し前の親実装との会話を。



「違う公園?」

「そうデス、この公園が本当に住めなくなったら違う公園へ行くデス」

「他にも公園があるなんて知らなかったテチ」

「ママも見たことないデス。 
物語のような、話せば14回くらいかかるような冒険でやっと行けるかどうかデス
ひょっとして続編もあるかも知れないデス」

「みんなで行ってみたいテチ」

親実装は笑って首を振った。

「お前たちは絶対無理デス。 大人でも辛いのに、仔実装が行けば死にに行くようなものデス。 行くなら、大人だけで…」

最後は良く聞き取れなかった。




「でも、もしかしたらこの公園にいるかも知れないテチ」


5女が泣いている。

気がつけば、次女と4女も泣いている。


「みんなでママを呼ぶテチ」

次女が妹に呼びかける。

「そうテチ、帰ってきてくれるかも知れないテチ」

「…………そうテチ」

4女も捨て鉢なのか、同意した。

3匹は精一杯の声で産みの親を呼ぶ。


「ママ——————————————!」


「ママ——————————————!」


「ママ——————————————!」


「ママ——————————————!」


「ママ——————————————!」


「ママ——————————————!」


「帰ってきてママ——————————!」


「会いたいテチ!ママ——————————!」


「お願いだから帰ってきて、ママ——————————!」


「「「ママァ———————————————————————————!!!」」」



……野良実装に気づかれる危険を犯して叫んだが、何も起こらなかった。





*************************************



親実装不在14日目。


今日初めて立ち上がり、そして初めて喋った5女に少しだけ4女は驚いた。


「今からお外に行って、ニンゲンさんに飼ってもらうテチ」

「無理テチ」

「このままじゃあ、動けなくなるテチ……。それに私の格好を見れば分かるテチ」


4女と同じく、5女も服は裂け、体は傷だらけで血や排泄物がこびり付いていた。


「ひどい格好テチ」

「だからニンゲンさんが同情してくれるテチ。 かわいそうって思ってくれるテチ。 大人に捕まらなければ、きっとうまく行くテチ」


5女は意外と賢いようだ。

だが。


「無理だと思うテチ。 まずおとなに見つかるテチ。 うまく行ってもニンゲンさんが手を差し伸べてくれるとは思えないテチ。

この公園には、わたしたちみたいのが大勢いると思うテチ。 相手にされないテチ」

「……でも、わたしはこんなひどい目にあってるテチ、きっと何かしてくれるテチ」


5女は次女にも何か語りかけるが、まともな反応が返ってこなかった。


「じゃあ、私は行くテチ。 もしうまく行ったらお姉ちゃん達も飼ってもらうようお願いするテチ」

「…………………さよならテチ」


共食いするような関係になっても、家族は家族であった。

別れを告げると、5女は外へ出て行く。




ここでありえないことが起こった。


茂みから出たばかりの5女の目の先では、男性がひとりベンチの下を覗き込んでいる。

赤と緑に染まったダンボール片を見ては何か呟いていた。


「…………………!!!!!」


千載一遇のチャンスに5女は声もない。

全力で走って男性のもとへ走っていった。

もし人間が歩き出したら、二度と追いつけないだろうことは理解していた。

だから最後の力を振り絞って走り、間に合った。


ん?と足元の仔実装に男性は気づく。

はぁはぁと息をしながら、5女は人間を見上げた。

一気呵成に自分の境遇を告げた。


「ママがいなくなったテチ! 私たち捨てられたテチャ! 食べ物がないテチ! おとなが襲ってくるテチ! 死んじゃうテチニンゲンさん—!!!」


男性はリンガルを立ち上げていないが、公園の様相からおおよその事は理解できた。

だから彼は何も言わずおもむろに、5女を蹴り上げて数m飛ばした。

全身の骨が砕け、内臓が破裂した5女は血を吐きながら、見開いた目で人間を見た。

だが人間はひとり言をいいながら、もう背を向け歩き出している。


「帰って剣客商売でも読むか……」


お前ら実装石にはまったく関心も価値もないとその背中は無言で告げている。

ビクンビクンと震える5女に、野良実装が群がり始めた。





*************************************



親実装不在15日目。


暗闇と悪臭のこもったダンボールの中には、次女と4女しか残されていなかった。

前触れもなく、次女はスクッと立ち上がると


「お帰りなさいテチ、ママ」


いぶかしる4女を尻目に、次女は笑っている。


「今日も私たちのためにお疲れ様でしたテチ、ありがとうテチ、ママ大好きテチ————」

「……次女姉ちゃん」

「ママ、私ママに謝りたいテチ」


急に次女は静かになった。


「ママにわがままばかり言ってたテチ。 

わがままだって分かってたけど、我慢できなかったテチ。 

私たちのためにがんばってるの知ってるのにテチ。

だから、ごめんなさいテチ」


頭を下げる。


しばらくすると、汚れた顔を上げる。


「ありがとうテチ! やっぱりママ大好きテチ!!!」


輝くような満面の笑みだ、許されたのだろうか。


「4女ちゃんもこっちにくるテチ!」

「次女姉ちゃん」

「ほらほら、3女ちゃんも帰ってきたテチ、みんなでゴハンテチ—」


ダンボールの壁にもたれかかって、ゆっくりと座り込む次女。


「みんなで、楽しい、ゴハ………………………」

「……………………………………」

次女は微笑を浮かべつつ、目をつむり、壁にもたれかかりながら座った。

「………………………………………………………」

「次女姉ちゃん…………………?」


呼びかけても、次女は身じろぎ一つしない。

4女は次女に歩み寄ろうとして、立ち上がれないことに気づいた。

這って、姉の下へ向かうがそれさえ辛くて時間をかけようやくたどり着く。


よく次女を見てみるが、座ったまま餓死したようだ。

わずかに4女の両目が潤む。


「ご、ごめんなさいテチ」


そう呟いて己の姉の痩せこけた腕に噛みつく。

だが4女には姉の死肉を食べる体力さえ残されておらず、ただくわえていただけである。

この瞬間、4女は悟った。


この腐ったダンボールの中で、自分も死ぬのだと。



残りの命を燃やして彼女は呟いた。




























「……ママァ」

END

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