第18話「デさん2」 実装ショップで買った仔実装は、巴の家へ住まうことになった。 巴の通う短大は、隣県にある。巴は、その短大の近くにアパートを借りていた。 「実装石程度の小動物なら隠れて飼う事ができる」というのが巴の弁である。 まぁ、あいつに買ったプレゼントだ。あいつのしたいようにさせるさ。 というわけで、今年の巴の誕生日の俺の役目は終わった。 ◇ 数日後、巴から電話があった。 電話口での巴の声は、涙ぐんでいた。 そのいつもならざる状況に、俺は数日前に購入した実装石をすぐさま連想した。 実装石というのは、欺瞞的な生き物であるという知識はある。 躾済みであれ、一人暮らしの女の子が、一緒に暮らすに耐える生き物であるかどうか。 中には、飼い主を飼い主と思わず、糞を投げたり、不平を言う「糞虫」という種類もいると聞く。 もしかして、デスアはその部類だったのか。 電話口で泣きじゃくる巴の原因がデスアであるのか、俺は彼女を慰めながら話を聞いた。 暫し、意味不明な言葉を繰り返していた巴だが、俺の声を聞くと落ち着いたのか、 何とか電話口の声を聞き取ることができた。 「……えないの」 「あ?なんだって?」 「食べないの。ご飯ぜんぜん」 「いや。俺は飯食ってるぞ」 「お兄ちゃんの事じゃない。デさん。デさんなの」 話の内容はこうだ。 数時前、俺が買ったデスアこと、通称……何だっけ、デさんか。 そのデさんとやらが、巴が与えるご飯を一向に食べない、ということらしい。 何を与えているかと聞くと、実装ショップで一緒に買った仔実装用の実装フードという。 仔実装用のフードなんだから、仔実装は普通それを喰うんじゃないのか? 実装石について、何の知識もない俺に、そんなことを相談してもなぁ。 しかし、妹に泣きつかれて無視できるほど、俺も冷酷ではない。 相談ぐらいには乗れるだろうということで、俺は巴宅へと向かった。 ◇ 「ほらね。全然、食べないの」 巴宅で巴を困られていたのは、あの実装ショップで購った、愛想のない仔実装であった。 確かに。 見れば、巴が実装皿に盛った実装フードをいくら目の前にかざしても、?な顔で、顔を傾げるばかりである。 眉間には、実装ショップの水槽の中でも見せた皺。 時折、皿と巴の顔を交互に見やり、ひたすら首を傾げ、眉間に皺を寄せるのだった。 「この仔、食べないと死んじゃうのかなぁ」 実装石について知識のない俺でもわかる。食べないとたぶん死ぬ。 でも、そういやこいつ。実装ショップでも、客に対して媚びたりもしなかった。 周りの水槽の仔実装たちは、生き残るために、必死に声を張り上げて鳴いていたのにだ。 媚びすらしなかったこいつは、今も飯を食おうともしない。 もしかして、生に対する渇望が、希薄なのかもしれない。 しかし、そんな生き物が果たして、この世にいるのだろうか。 腕を組みながら、俺もこいつと同じように、眉間に皺を寄せて首を傾げた。 「お兄ちゃん。病院。病院連れて行こうよ」 「うーん。そうだなぁ。多分それが一番なんだろうけど…」 思案顔でそう言う俺は、あることに気づく。 仔実装デスアの鼻がピクピクと動いていた。 鼻孔が大きく。小さく。そして、深く。浅く。 呼吸を細切れにしながら、鼻の穴が別の生き物のように、ピクピクと動いているのだ。 そう。それはまるで何かを探しているかのようだった。 「巴。牛乳あるか?」 それは単なる思いつきであった。 その仔実装の姿が、まるで母の乳房を求める子猫のように見えただけである。 ただその単純な思考からの試行が、思わぬ成果を上げる形となった。 「テェェェッ!? テチューーッ!! テチュゥゥーーッ!!」 小皿に牛乳を注いだ途端、その皿に飛びつくように駆けるデスア。 そして、前掛けをべっとり汚しながら牛乳で顔を洗うが如く、啜るであった。 生に対する渇望が希薄だなんて、考えすぎであった。 こいつ、こんなに腹を空かせているじゃないか。 先ほどまで涙ぐんでいた巴も、ぱぁと顔が明るくなる。 よっぽどお腹が空いていたに違いない。 2杯。3杯。注げば注ぐほど、デスアはミルクを総て飲み干した。 4杯目のミルクでようやく満腹になったのか、デスアはトロンとその場で寝入ってしまった。 「テスー… テスー…」 「よかったぁ。でも、何でこの仔、フード食べなかったんだろう」 巴が言う。 「さぁな。よっぽど不味い物だったんじゃないか」 俺がそう言って、実装皿に盛った仔実装用のフードの匂いを嗅いだ。 ほら。うまそうな匂いなんてこれっぽっちもしやしない。無味無臭の塊のようなものだ。 そう考えながら、俺は指で実装皿の上のフードを指で弾いた。 ◇ その日は事なきを得たが、結局、数日後デスアは病院に連れて行かれることになった。 それは、あまりにも、家の中の行動がおかしかったからである。 部屋の中でも、一カ所にじっと座り、動こうともしない。 唯一トイレの時だけ、震え震え、鼻をひきつかせながら、震える手足でトイレへ向かう。 飯時に、実装フードを出しても、まったく手をつけない。 仕方がなく牛乳を与えると、鼻をひくつかせて、飛びつくようにして飲む。 仔実装は、もっと元気で、部屋中を走り回るものだという。 それは、巴が想像していてた仔実装との生活にはほど遠かった。 そんなこともあり、俺は巴の付き添いとして、デスアを連れて実装病院へとやって来たのだった。 これは、大きな病です。 ご愁傷様です。もう手遅れです。 医者から、そんな宣告をされることを想像していたのだが、医者の診断は拍子抜けなものだった。 「近眼です」 「へ?」 俺と巴がハモってそう答える。 「近眼です。それも重度の」 「は?」 その医者の診断で、今までの事象の総てが合致した。 あの眉間の皺と愛想のなさ。弱視ゆえのデスアの癖なのだ。 実装ショップで、人間に向かって媚びない姿は、恐らく人間を認識していなかったのではないか。 実装フードを前にして、鼻をピクさせて、何かを感じ取ろうとしていた姿。 あれは無味無臭の実装フードの微かな匂いを感じ取ろうと、必死に試みていたのだ。 牛乳に反応したのは、匂いのきつい牛乳故、容易く反応が出来たということ。 部屋で一向に動こうとしないのは、視界の利かない部屋を動き回る恐怖から。 唯一トイレを、恐れ震える手で、手探りと匂いで探し出したのは、 躾けられたことを愚直に守ろうとする飼い実装の姿であったのだ。 「はぁ〜」 崩れるように肩を落とす巴。 緊張の糸が切れたのか、彼女からは、やるせないオーラが漂っていた。 「大丈夫です。眼鏡で矯正をすれば、見えるようになりますよ」 肩を落とす巴に、医者は言った。 「仔実装用の大きさに眼鏡を新調しましょう。目が見えれば実装フードも認識するでしょう」 医者はそう言って、仔実装用の眼鏡を持ってくる。 「度はもう少し検査して合わせるとして、これをかければ、見えるはずですよ」 医者は、やさしく小さな眼鏡をデスアにかけてやった。 デスアは、始めて広がる視界に、はっと息を吸い込む。 目を何度も瞬かせながら、周囲のぼんやりとした風景に見入っていた。 「この仔は、先天性の弱視ですね。生まれてこの方、はっきりと風景を見たことがないと思いますよ」 ずれ落ちる眼鏡を、仔実装の小さな手で必死に支えながら、何度も何度も周囲を見るデスア。 始めて見る風景に、デスアは頬を赤らめていた。 そして、そのデスアを心配そうに覗き込む人間がいる。 その姿にデスアは気付いたのか、赤らめた頬のまま、その人間を見上げた。 これから始まるであろう、20年余の実装生にパートナーであるご主人様を、デスアは始めて認識したのである。 「へへへ」 「………」 「はじめまして」 「………」 「私の名前は巴」 「……シャ」 「よろしくね、デさん」 「シャァァァァァッーー!! シャァァァァァッーー!!」 始めて会う人間の姿に、デスアが驚いたのは無理もない。 今までデスアが認識していた脳裏に映る人間の姿とは、弱視で見えたぼんやりとしたシルエットのみ。 医師が処方したサンプルの実装眼鏡とは言え、それは人間の姿を認識させるには充分だった。 生まれて始めて視力を矯正されたデスアは、いきなり別世界に召還されたような印象を持ったのだろう。 「シャァァァァァッーー!! アッアッーーーーッ!!!」 「ちょ、ちょっと」 パンツは膨らますわ、糞を投げるわ、口の両端が裂けるほど喚くわ、デスアの狂乱ぶりは凄まじかった。 「ヂィィィィーーッ!! ヂィィィィーーッ!!」 始めて視認する人間の姿に怯え、この世に生まれ落ちたことを呪うが如く、 絶叫を振り絞りながら、この世の理に抗うデスアの姿があった。 「アッーーーッ!! アッアッーーーッ!!」 糞を投げるデスアの眼鏡が、ズルリとずれ落ちた。 (つづく)
