第17話「デさん」 今日は、デさんの話。 デさんの仔実装の頃の話である。 「お兄ちゃん。この仔、すっごいメンチ切ってるよ」 巴が、実装ショップで1匹の実装石を指さして笑っていた。 今年入った短大で、実装石を飼っている友人に触発されたらしい。 「はやく選べよ」 誕生日プレゼントが実装石だなんて、子供だましも甚だしい。 我が妹ながら、巴には変わったところが昔からある。 「実装石……ね」 俺は実装ショップの水槽の中で、デスデスと鳴く実装石を見ながら呟いた。 正直、その時、俺は実装石に興味などはなかった。 今、思えば2年前のことである。 ◇ 定価28万円。今なら10%OFF。 信じられない値段のPOPが、水槽に煌びやかに貼られていた。 正直、誕生日プレゼントの選定を誤ったか。 そう思ったが、実装ショップの中を鼻歌交じりで見て回る巴の姿に、 今更値段が高いからよせと、言うわけにもいかなかった。 お兄ちゃんは社会人なのだ。 はぁ〜と溜息をつきながら、水槽越しに俺の姿を認めるや否や 「テチュゥーン♪ テチュゥーン♪」と哀しげに鳴く実装石たち。 手を口元に添え、首を斜め45度へ傾げ、お決まりのポーズで俺に媚びている。 まぁ、こいつらも必死なのだろう。 いい飼い主に飼われることこそが、こいつの実装生を左右することなのだから。 今こそ精一杯に自らの可愛さや愛嬌をアピールする時なのである。 だから別に、俺はこの実装ショップに響き渡る鳴き声にも、別段不快感を持たなかった。 いや正確には、興味を持たなかった、というのが正しいだろう。 今日は、妹の巴の誕生日プレゼントを買いに来たのだ。 ただそれだけ。それだけの理由で、俺はここにいる。それだけだ。 何も考えずに、ぐるりと1週。 ふと、一つの水槽の目がいった。 (お兄ちゃん。この仔、すっごいメンチ切ってるよ) 先ほどの巴が指さしていた実装石である。 「………」 なるほど。メンチを切るばかりに眉間に皺を寄せて、俺の顔を睨んでいる。 他の水槽の必死に媚びを売る実装石たちに比べると、なんと愛想のないことか。 見れば、水槽の値段のPOP。由緒正しい血統なのか20万の表示額に×がつき、 15万→12万→8万→5万、そして29,800円まで値崩れしていた。 見れば、体は仔実装の大きさとは言い難い。 もう数週間すれば、中実装と言えるほどの大きさに育つだろう。 聞いたことがある。 売れ残った仔実装は、最終的に処分される運命にあることを。 他の水槽で、必死に声を荒げて、喉が潰れんが如く鳴いている仔実装たちは、 売れ残った先に訪れる己の運命を知っているのだろう。 だからこそ、その運命に抗わんと、今を懸命に声を張り上げて生きていた。 しかし、何だこいつは。 「………テー」 ち。可愛げのない奴。 俺はそんな感想を持ちながら、巴の選定が終わるまで、また店内をぶらりと1週した。 (まったく、どいつもこいつも、テチテチと煩せーなぁ) そして、2週目。 また奴と目が合う。 「…………」 「…………」 見つめ合うも言葉はない。 再び、店内をぐるりと1週。 (巴の奴。まだ決めてねーのかよ) 3週目。 「…………」 「………テー」 (あいつ。売れなかったらどうなるんだろうな) そんなことを考えながら、店内を再び1週。 4週目で、俺はこいつに話しかける。 「おまえ。売れ残ったら処分されるんだろ」 「…………」 「だったら、もう少し、懸命に媚びたらどうだ?」 「…………」 「周りのお前の友達なんて、テチテチ鳴いてるぞ」 「………テー」 俺の顔が不思議なのか、眉間に皺を寄せながら、俺の顔を食い入るよう首を傾げて睨んでいる。 「……変な奴」 俺があまりにも水槽を覗き込んでいたので、店員が素早く俺に近寄ってきた。 実装石の知識などさほどない俺は、「躾済み」やら「血統」やらのセールストークに あまり興味を示すことはできなかった。 「こいつ値崩れしてますよね」 単刀直入に、俺は店員に言った。 「もうすぐ中実装になるんでしょ?処分しちゃうんですよね」 聞きかじりの知識で、店員に言い寄ると、なんと値段を1万円まで下げて来た。 加えて、仔実装用のケージや餌。玩具などをつけると言う。 こいつ。よっぽど売れないと店員にも見込まれているらしい。 再び店員が勝手に値段が5000円まで値下げを始めた時、 俺は、「こういうのを、厄介払いって言うんだろうな」と思った。 しかし、こんな厄介払いを巴のプレゼントに買うわけには…… 「お兄ちゃん。私、この子がいい」 店員と何か話し込んでいた俺に気づいてか、巴はいつの間にか値段交渉の頃から、 俺の後ろに立って居たらしい。 「おまえなぁ。折角のプレゼントなんだから、もう少しいいのを選べよ」 「ほら。この子、愛嬌があるよ」 「………テー」 巴の手の中で、何もない宙の1点を見つめて、眉間に皺を寄せながらテーとなく仔実装。 これのどこが愛嬌があるのか。 俺は頭を掻きながら、この愛嬌のある(?)仔実装を、眉間に皺を寄せながら見つめるのだった。 結局、仔実装用のケージと玩具。リードに仔実装用の実装フード。 諸々併せて5000円で、この仔実装を巴のプレゼントとして買うことになった。 この仔実装こそ、若き日のデスアことデさんである。 デさんの話は、もう少し続く。 (つづく)
