第15話「思春期」 ある日のことだ。 ボラギが廊下で壁に背を向けて立っていた。 何してるんだ、あいつ? そう思い声をかけようとすると、ボラギが小さく震えだした。 む。また粗相か。 多分、お漏らしか何かだろう。 全般的な躾は、デさんに任せているわけだが、彼女の始終ボラギの側にいるわけではない。 躾は、都度、その場で行わなければ意味がない。 タイミングを逸すると、実装石は何故怒られたかも理解できないからだ。 俺は、実装叩きを持ち出し、ボラギを制しようとした。だが、ふと一種の違和感を覚えた。 「テー…」 ただの排泄であれば、恍惚の表情を浮かべるはずなのだが、至極ボラギの表情は真面目である。 何かこう真剣な雰囲気がボラギからは伝わった。 俺は、手にした実装叩きをそのままに、しばらく彼奴の様子を見ることにした。 ◇ ぽたり。ぽたり。とスカートの中から、廊下の床へ垂れる液体が見える。 お漏らしをしているのは確かだった。だが彼奴からは、只ならぬ雰囲気を醸し出されている。 「テー」 ボラギはそのまま、廊下の木製の柱の角へ、尻を突き出し、尻を擦り始めた。 「テー… テー…」 目は半開き。眉間に皺を寄せ、尻を柱の角へ何度も擦り寄せていた。 尻。いや。少し緑ばんたパンツの中央。そう、股間をもろに擦りつけている。 まさか…。 俺の脳裏に、一つの単語が浮かぶ。 自慰か? にしてはボラギの年齢では早すぎはしまいか。 しかし、薄っらと頬を朱に染めるその姿は、体の奥から湧き出る快感を感じているに違いなかった。 飼い実装である身は、自慰は禁止である。 これは厳しく躾なければなるまい。 俺は実装叩きを持ち出し、ボラギへ近づいた。 ◇ 「テェックッ!! テェックッ!!」 俺はボラギの頭巾を掴み、彼女を風呂場へと連れ込み、実装叩きでしこたま打ち据えた。 折檻中にお漏らし、脱糞、吐瀉、耳だれは付き物である。 後片付けを考えると、折檻の場としては、浴室は適した場であった。 『わからないテチ 知らないテチ』 自慰の事を問いただしても、ボラギは知らぬ存ぜぬを貫き通した。 デさんやモニカから性知識を学んだわけでもあるまい。 「淫乱」という業は、実装石が持ち合わせる一つの性質である。 それを否定するほど、飼い主としてのエゴを貫くつもりはないが、幼少の頃の教育というものがある。 猿に自慰を教えると永遠と繰り返す。飼い実装として、そんな風には育てなくはない。 「おまえが、やっていた行為は『自慰』というんだ。とにかく、自慰は駄目だ!」 俺はボラギを浴室のタイルの上へ放り投げ、シャワーを手に取る。 そして、温度設定を40度にして、シャワーの蛇口を捻った。 「チャァ!! チャァァッ!!」 浴室の床上に散乱したボラギの吐瀉物や排泄物を流すのと同時に、ボラギにそのシャワーを浴びせる。 お湯の温度は40度。実装石にとっては熱湯に違いない。 「ヂィーーッ!! ヂヂッーーッ!!」 「自慰はめっ!わかった?」 『ジィーーーッ!! ジィーーッ!!』 熱湯コマーシャルのリアクションのようにのたうち回るボラギ。 リンガルには、自慰と叫ぶボラギの声が流れた。 わかってるのか、こいつ? 「デッ!? デッ!?」「テッ!? テッ!?」 ボラギの悲鳴を嗅ぎ付けてか、彼女の保護者たちが浴室へとやってきた。 浴室の曇りガラスにぼやけて見える赤緑の目の間が、鼻息で曇っていた。 デさんたちに免じて、躾はこれにて終了だ。ま、少しは懲りただろう。 俺は泣き叫ぶずぶ濡れのボラギを、デさんたちに引き渡した。 ◇ その夜の出来事だった。 寝る前にトイレで用を足し、自室に戻ろうとしたときだった。 「テー… テー…」 廊下の暗がりから、息の荒い声が聞こえる。 俺は、昼間の出来事を思い出した。また、あいつ。懲りてなかったのか。 俺は、その場に身を沈めて、暗がりの中から廊下の様子を伺った。 前にも言ったが躾はタイミングが肝心だ。いわば、現行犯。 後で証拠を立証しても、彼奴らは理解できない。つーか記憶が持たないのだろう。 素行が改善されないならば、何度も何度も躾を繰り返すしかない。 しかも、その躾の度をだんだんとエスカレートさせなければならない。 本能に直接訴えかける痛みこそが、ルールを理解せしめる最短の有効な教育方法なのだ。 「テー… テー…」 電気を消えている暗がりの廊下に響く、甘い声の息づかい。 しかし、ボラギにしては、少し大きすぎるような声? そんなことを考えているうちに、俺の目が、暗がりに目が慣れてきた。 「!」 声の主は、モニカだった。 見れば、廊下の柱に向かい、腰を突き出すようにして、湿った下着を擦りつけている。 (あいつか……) 無垢なボラギに自慰を教えたのは、モニカだったか。 俺は実装叩きを手に、モニカに近づこうとした時であった。 「デー… デー…」 俺の後ろから、モニカよりも大きな声の荒れた声。 見れば、デさんが台所の冷蔵庫に向かって、同じように腰を宛がっていた。 前後からニチャニチャと滴るような音に囲まれて、暗がりの中、思わず転けそうになる俺。 嗚呼、デさんまで…。 実装叩きを手に彼女らを折檻部屋(浴室)に招こうとした時、俺は、実装石特有の習性を思い出した。 「…! マーキングか…」 従来、実装石は群れない生物である。 家族単位で生活を行い、家族の死も家族の皆で看取る。 花粉などで妊娠が可能な実装石は、家族のみのコミュニティで生活を行い、 極端に他の実装石と交わるのを嫌う。 ダンボールのような小さな空間を好み、その中で仔を成し、仔を育てる。 しかし生活する中では、他の実装石と接触をせざるを得ないシーンも現れる。 それを避けるために、実装石は、自らの行動範囲内のあちこちに、 自らの糞や小水などの排泄物でマーキングを行う習性を持っているのだ。 他圏から現れた実装石が、そのマーキングを匂いで気づく。 ここから先は、他実装のテリトリー。その実装石はその地域を避けて、別の地域へと赴く。 他の家族との接触というトラブルを、できるだけ避けるための実装石たちの知恵である。 公園などで、錆びた鉄棒に股間を擦りつける実装石をよく見るが、 あれは自慰行動ではなく、マーキングに躍起になっている姿であると言えよう。 飼い実装では、その習性は現れることはない。 なぜなら、自らの生活空間を脅かす天敵がいないからだ。 つまり、家族という概念をもたらす多頭飼いを行わなければ、家庭内で現れない習性。 それがマーキングだ。 ということは、昼間のボラギも自慰でなく、マーキングというわけか、 幼少のボラギに自慰は、似つかわしくなかったわけだ。 あ〜ぁ、あほらし。 俺はデさんとモニカをそのままに、自室へと引きこもった。 ◇ さて。今夜のおかずは何にしようかな。 よし、これだ。「チョリベバ女子高生 潮吹き大作戦」だ。 俺はDVDをセットし、近くにあったティッシュペーパーを足ですり寄せ、右手で愚息を握る。 「え〜と、抜き所は、トラック3のこの辺り〜と」 その時、背筋が凍るような3つの視線を、部屋の後ろから感じた。 「…………」 「………」 「……」 折檻のためか、両目がお岩さんのように腫れたボラギが、俺の股間を凝視していた。 「いやまぁ、なんだ」 (つづく)
