第10話 「モニカ3」 『ニンゲンさん』 泣き腫らした眼で、翌朝モニカは俺にこう告げた。 『これから、お世話になるテス』 体に合わないデさんのお古の緑の実装服を着たモニカは、ペコリと頭を下げた。 一晩考えたのか、モニカはモニカなりに決断をした。 世間には捨てられる飼い実装の数は多い。 その飼い実装たちが、再び別の人間に拾われる確率はそう高くはないだろう。 そう考えれば、モニカは恵まれた部類の実装石と言えるだろう。 「人間さんじゃないだろ」 俺がそう言うと、モニカは頬を躊躇いながらも、 『ご…ご主人サマ』 少しはにかみながら、俺の事をそう呼んだ。 虹裏さんに遠慮もあるのだろう。だが、自らの運命を受け入れて従うその姿勢は、 これから飼い実装として生きるモニカには、必要な処世術だった。 『これか……テステ」 俺はリンガルを切る。 モニカの声は、意味不明な中実装特有の鳴き声に戻る。 「俺は、あまりリンガルは使わない主義なんだ」 「テス?」 なんと言ったらいいんだろうか。 リンガルを使って会話を成立させてこそ、対等のコミュニケーションが図れる という飼い主もいるが、俺はどうもその説には釈然としないところがある。 「なんて言うかな」 俺は少し頭の中を整理して言った。 「こんな道具を使って意志を疎通させても、俺たち人間のエゴにしか感じられないんだよ」 「テ?」 リンガルを通じてないので、俺の言葉がわかるはずもない。 モニカは、?な顔をしている。 そうだ。そうなんだな。 こんな道具に頼らなくても、家族は分かり合えるべきなんだ。 俺の後ろでソファーに横になっているデさんが、「ブ」と屁をこき、「ゲ」とゲップをした。 ◇ 何はともわれ、モニカがこの家の家族に加わることになった。 モニカは虹裏さんの教育が行き届いた飼い実装だったが、 やはりと言うべきか、俺の家の生活に慣れるまでには、相当の時間を要した。 なぜなら、モニカの生活レベルは一変したからだ。 煌びやかなフリルのついた実装服から、デさんのお古の緑の色褪せた麻の実装服へ。 食事は、高級実装フードからお徳用の実装フードへ。 風呂では、実装用高級シャンプー「ヴィダルデスーン」から、亀の子石鹸へ。 玩具など、デスクーターなど買い与えることなどできない。 近所の愛護派のおばさんから頂いたお古の絵本や積み木など。 実装石は、1度体感した生活レベルを落とす事は、極端に嫌がる。 どんなに躾けられた飼い実装でも、心の中では、さらなる高みの生活を望み、 自分より以下の生活をしている同族を蔑み、優越感に浸る習性を持つ。 それは、その日の食卓を見ても明らかだった。 それはいつも食事の風景だった。 俺は、デさん。ボラギノール。そして、モニカにそれぞれの実装皿を手渡す。 皿を渡されたモニカは、?な顔をして、皿を斜めに持ったりして、頭に乗せたりしている。 そんなモニカを余所に、デさんが、実装用の椅子を取り出し、その上に乗る。 テチュ〜ン♪テチュ〜ン♪と、ボラギノールが、その椅子の周りを小躍りしている。 デさんが椅子の上でつま先立ちになると、デさんの手が戸棚の柄にギリギリ届いた。 成体実装石であるデさんだからこそ、届くギリギリの高さ。 「チャァーーッ!! ァッァーーッ!!」 観音開きの戸棚が開くと同時に、ボラギノールの小さな嬌声も響く。 戸棚の奥から現れたのは、デさんたちの主食「お徳用実装フード」だった。 「チョォーーッ!! ォッォーーッ!!」 椅子から降り立ち、カラカラと実装フードを各自の皿へと給餌するデさん。 「デス」 「テ?」 「デスデス」 「テ」 頭に皿を乗せていたモニカに、デさんが皿を置けと命じる。 置いた皿に上に、カラカラと実装フードが注がれた。 「テチュ〜〜ン……チベッ!!」 給餌後、お徳用実装フードの袋を仕舞わない内に、手をかけようとしたボラギノールが、 デさんの足蹴にされる。 「テェ… テスン…」 育ち盛りのボラギノールに、目の前の餌を我慢させるのは酷な事だ。 だが、これも飼い実装になるためには、必要なステップなのだ。 「デッスゥ〜〜ン」 デさんが手を合わせて鳴いた。 モニカもデさん達に真似ながら、手を合わせて「テスゥ〜ン」と鳴いた。 ◇ その食事の場で、モニカは困惑をしていた。 数個、実装フードを口に含み、モニカは眉をしかめて脂汗を掻く。 この家に来たばかりの頃は、数日以上何も口にしていなかったため、 このお徳用の実装フードの味も気にしていなかったのだろう。 今後、日常3食、食べるであろうその実装フードを目の前に、 モニカは口の中に広がる奇妙な味覚に背筋を凍らざるを得なかった。 口に入れると唾液を一気に吸い上げ、バサバサに崩れ落ちる塊。 全体的に無味に近い上に、科学調味料のような味しかしない物質。 あまりの味覚に咀嚼を止めると、咀嚼途中のケロイド状のそれから広がる溝のような匂い。 脂汗を拭いながら隣りを見れば、ボラギノールは実装皿に 覆い被さらんばかりに、両手で実装フードを口に頬張っている。 野良上がりのボラギノールにしては、ご馳走であることこの上ないのであろう。 頬を赤く染めながら、口の中に広がる味と、満たされている胃の感触に、 チュフ〜ン♪と絶えず喉を鳴らしていた。 モニカは何度も瞬きを繰り返し、意を決した。 この家で生きる。そう決めたばかりではないか。 食わなければ生きていけない。それは庇護された生活を送っている飼い実装である モニカにとっても、最低限、本能として理解できることであった。 食べる。それはすなわち、生きることである。 モニカは口の中に半分溜まった唾液と、それに浮くカスカスの膨れあがった実装フードを、 そのまま嚥下した。 「………………」 そして、モニカが2口目の実装フードを口に入れた時、 「オゲェ!! ゲェェ!!」 モニカの嘔吐神経が刺激された。 「ロパァ〜〜ッ!! ロパァ〜〜ッ!!」 ◇ 「チュフ〜〜ン♪ チュフ〜〜ン♪」 思いもかけず、天から降ってきた大量の食べ物に、ボラギノールは大興奮だった。 柔らかく暖かい湯気のあがる食べ物が大量に空から降ってきたのだ。 それは、口に入れても噛む必要もない、新しい食感だった。 もしボラギノールが「プリン」という食べ物を知っていれば、きっとそれに近い感覚を 描いたに違いあるまい。 「チュフ〜〜ン♪」 モニカの滴る胃液を見つめながら、デさんの眼鏡がずるりとずれた。 星降る夜の物語。 (つづく)
