ガゴン、キィィ……。 「もう、お別れだ」 ぽすん。 「テヒャッ?!」 キィィ、ガコン。 月夜の晩、飼い主から真夜中の散歩に誘われたチャアは、 不意に襲った浮遊感と、その後に続く落下の衝撃に小さな悲鳴を上げた。 最後に聞こえたご主人様の声は、何を言いたかったんだろう? パソコンにお茶をこぼして怒られた時でも、あんなに冷たい声じゃなかった。 そんなことを思いながら、チャアは柔らかいクッションのような床から起き上がる。 天を覆う真四角な扉の隙間から、細く満月の光が差し込んでいた。 チャアの足元を照らすその光は、大好きなご主人様と一緒に、さっき見上げた光と別のにおいがした。 その光で、足元が何なのかに気づく。 びっしりと床を埋め尽くすのは、同族の亡骸。 「みんな……寝てるんテスゥ?」 その問いかけに答えられるものは無かった。 実装廃棄ボックス。 交通事故やえさ不足、野良同士の闘争に敗れて事切れた、実装石の遺体を捨てるための箱だ。 死因は何にせよ、街中に生ものの死骸を残しておくわけにはいかない。 ひろった「物体」を捨てるために作られた公共のボックス。 そして、そんなお題目に反し、飼い実装の格好の遺棄場所としても機能していた。 環境の変化で飼えなくなったもの、糞蟲化が激しくて手が付けられなくなったもの。 うっかりされてしまった託児の仔、子供が拾ってきてしまった野良……。 いろいろな原因を抱えて、実装石はこのボックスに捨てられる。 「テェ…知ってるテス。ココはいらないコが入れられるところテス——」 飼い主との散歩の途中で、何度目にしたことか。 その箱から響く、デシャァァ、デシャァァと叫ぶ声を何度聞いたことか。 無駄とはわかっていても、天井に届かないかと背伸びをしてみる。 案の定、無理だった。 光差す隙間は、到底届かぬ遥かな高み。 「ワタシじゃまだ届かないテスゥ……でも大きくなったら出られそうな気もするテス」 精一杯の幸せ回路を活動させながら、チャアと呼ばれていた中実装は、ボックスの光当たらぬ隅へ身を寄せた。 まだ秋とはいえ、夜中は冷え込む。 特別な服を買い与えられていないチャアには、生来の実装服しかない。 本当なら寒さで凍えてもおかしくないが、この廃棄ボックスには、庫内を乾燥させるための温風が循環していた。 「不思議テス。死んでる仲間しか居ないのに、怖くないテス。 ご主人様がワタシを捨てたのに、悲しくないのは何故なんデスゥ?」 主人の前から姿を消したいと思ったのは本当。 テチューン、と鳴けなくなったから。 主人は「仔実装はかわいいなぁ」と、いつも言っていた。 「ワタシはもうすぐ大人になるテス。デスデス言う大人になるんテス…… ご主人様は、きっとワタシを要らないというテスゥ……それがちょっと早まっただけテス」 同族の血肉のにおいと温風に包まれて、チャアは目蓋を閉じた。 仔実装に戻りたい。 仔実装に戻りたい。 そう願いながら。 § § § § § § 朝日が隙間から差し込む。 それはチャアの目蓋に容赦なく刺さり、夢から現実へと彼女を引き戻した。 ———グゥゥ 「お腹、減ったテスゥ……」 こんな状況でも腹は空く。食欲旺盛な実装石の性を呪った。 足元の同族をじっと眺める。食べられそうな気もするが、どれも乾燥してカサカサとしている。 これを食べても喉が渇くだけだろう。 ———グキュルルル 「テェェ」 バン!! どさっ、ガシャン! 「テッ?!」 一瞬の出来事だった。 高みにある蓋が開き、まぶしい光でチャアの世界が白くなる。 そして、何かが落ちてきた。 「テェ、大丈夫テスゥ?」 思い切って、落ちてきた「ソレ」に近づき、話しかける。 「…………」 返事がない。 髪も服も下着も失ったソレは、まだきっとテチテチと鳴いているであろう大きさの、仔実装だった。 瞳は白濁し、体中に傷が刻まれている。 手足は到底曲がらないであろう方角を向いていた。 腹部を押してみる。まだ弾力があった。 ごくり、と喉が鳴る音に、チャアは自分で驚いた。 この触り心地なら、水分である血液も体液も、たっぷり含んでいるだろう。 ……どうせ棄てられた身テス。もう、堕ちるところまで堕ちるだけテス。 思い切って齧り付いた仔実装の喉笛は、甘露の味がした。 翌日の夜までに、チャアに分かった事がある。 朝と夕方に、必ず仔実装の亡骸が放り込まれるのだ。 朝は大きなニンゲン、夕方は小さいニンゲンが。 どちらの捨てる仔実装も、傷だらけで血まみれで、柔らかくて美味しかった。 仔実装に恨みをぶつけるように、チャアは残らず食した。 そして、寄せ集めた実装服や頭巾に寄りかかり、眠りにつく。 仔実装に戻りたい。 仔実装に戻りたい。 そう願うのは止められなかった。 無垢なあの頃に戻りたい 幸せなあの頃に戻りたい ご主人様が愛してくれる、可愛らしい声のあの頃に…… § § § § § § 廃棄ボックスで迎える4度目の夜。 チャアは夢を見た。 自分を取り巻いていた死せる同族と、自分が食べた同属の仔。 皆が自分を囲んで、共に叫んでいる。 あの頃に戻りたい あの頃に戻りたい シアワセだったあの頃に 暖かかったあの場所に 悲しみも怒りもあったけれど、あの場所はシアワセだった ウンチを失敗して痛いことされたけど、お風呂に入れてくれた 痛いことをされたけれど、あの人は愛してくれた いつも暖かく抱きしめてくれた 初めてご主人様がくれたコンペイトウはとっても甘かった ママはワタシを捨てたけど、袋の中で食べたプリンはとっても甘かった ——ああ、みんな同じなんテスゥ。シアワセな仔に戻りたいんテス。 § § § § § § 3度の朝と4度の夜が過ぎ、4度目の朝日が蓋の隙間から降り注ぐ。 ボックスの中は静かだ。 一人の初老の清掃員が、軽トラでやってきた。 実装廃棄ボックスの中身を回収する為だ。 この辺りでは、藪に住む注意深い野良が多く、あまり野良の死体は出ない。 飼い実装の廃棄もそれ程多くない為、収集は2週間に1度程度。 脱臭・乾燥機能の付いたこのボックスは、収集の手間が1ヶ月に1度で済むようになっていた。 のんびりと清掃道具を降ろす清掃員に、一人の青年が近づいてきた。 「す、すみません、この……ボックス、回収……もう、終わりですか?」 走ってきたのか、息を切らし、額に薄く汗をにじませている。 「……あ、ああ。すいません。まだ中身を出してないんです」 「よかった! ちょっと、中を見せてもらえませんか?!」 清掃員と青年が廃棄ボックスを覗くと、そこには。 「うわっ! なんだこりゃ?!」 その内部の異様な状態に、2人は思わず声を上げた。 実装石の死骸が一つも無い。 まぁ、これはたまにあることだから、それほど異様ではない。 異様なのは、ボックスの中を占領している「もの」だった。 薄緑色の糸が幾重にも張り巡らされ、その中央に大玉スイカ程もある塊が鎮座している。 「『繭』…か。何もこんな所で作らんでも…」 「こないだはあんなに入ってたのに——チャ、チャア! チャアーーっ!!」 必死で叫ぶ青年。その様子から、清掃員は気づいた。 この男、飼い実装をここに棄てたな—— みしり、めりり。 不意に繭が動き出した。 まるで外から燦燦と差し込む陽の光に反応するように。 「?」 バリッ 「「「「「「「「「「テチィィィィ!!!!」」」」」」」」」」 「うわっ!!!」 繭の中から飛び出したのは、小さな——蛆実装ほどしかないだろうか、それ程に小さな実装石の大群だった。 ばさばさと音を立て、無数の仔実装が後ろ髪を翼のように羽ばたかせて飛び立っていく。 「「「テチューン♪」」」 「「「テチャァァ!」」」 「「「テェェェン!」」」 「う、うわぁぁぁあぁぁ!!!」 ばさばさばさばさばさばさばさばさばさ ——サマ……ご主人サマ? 「チャア?! チャアなのか?」 ——そうテス。チャアテス。 「お前……どこだ? どれがお前なんだ?!」 ——みんながワタシテス。そしてワタシはみんなになったんテスゥ…… 「戻って来いよ——俺のところに戻ってくれ! お前が、お前だから一緒に居たかったんだ。やっとわかったんだ」 ——ありがとうテス、ご主人様。ワタシはみんなの中に戻るだけテス 「わかんねぇよ……何を言ってるのかわかんねぇよ!」 ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! ——また、生まれてきたら、大人になっても一緒に居て欲しいテスゥ…… ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり! 仔実装のかん高い声が、青年に降りかかる。 そうして 仔実装たちは、飛び立った。 光の下へ。 再び生まれ出ずるべきところへ。 シアワセになるための場所へ。 それぞれの運命の場所へ向かって、陽の光に溶けて消えていった。 「何……だったんだ?」 「——チャ、ア。 チャアァァァァァ!!」 膝を地に突き、慟哭する青年の手の中には、小さく名前が縫い取られた頭巾が1つ、握り締められていた。 ——全ては混沌に還りて、再び混沌より生まれり さようなら。またいつか仔実装になって、あなたに会う日まで。 § § § § § § § § § § スク祭りに出遅れましたorz 彼に何があったのか、それは人それぞれのカラーで妄想してください。 実は毎朝仔実装を投げ込んでいたのかもしれないし、 思い出の品を見つけてしまったのかもしれないし…… ジャンルは一応カオスでいいのかな? ひ乃字でした。

| 1 Re: Name:匿名石 2014/10/21-01:02:01 No:00001486[申告] |
| 繭化も可能性はいろいろあるよなぁ
これに加えて中将さんの異形の望むものも好きだ |
| 2 Re: Name:匿名石 2014/10/22-19:01:15 No:00001487[申告] |
| 回収BOX内の描写がすごくいい
結末も意外で面白かった |
| 3 Re: Name:匿名石 2023/03/30-21:25:06 No:00006988[申告] |
| とりあえず飼い主は死ね |