タイトル:【虐・駆】 3/3 これでラスト
ファイル:JISSOU FREAKS 2-3.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2452 レス数:0
初投稿日時:2006/08/04-00:30:27修正日時:2006/08/04-00:30:27
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『JISSOU FREAKS』


CASE-2『the WEB』 part-3





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男がその実装石を選んだのは、ただの気紛れでしかなかった。

仕事からの帰り際、道端でテステス喚いていた野良実装。剣幕や服の汚れ具合から、一目で糞蟲型だと分かった。
男は愛護派ではない。全て承知の上で飢えに騒ぐこの実装石を家に連れ帰ったのは、丁度“道具”をこの前で全て使い潰してしまったからだった。

男は家に着くと即座に実装石の服を奪い、奥の六畳に置いた汚い水槽に叩き込んだ。
手荒に扱われて抗議する裸実装をニ、三発殴り付け、それでも黙らないと見るや分厚い蓋を閉めて煩わしい声を封殺した。
涙を流してペシペシと透明板を叩く裸実装はそのまま捨て置かれ、以降は一日に二度、朝夜に実装フードを与えられるだけの生活が始まった。

名も与えられず、排泄の躾もされず、垂れ流しの糞便で日々汚れを強くする狭い水槽での暮らし。
思い切り身体を動かす事も出来ず、下僕の筈のニンゲンはまるで機械か何かの様に食事を持ってくるだけ。
念願の飼い実装になったというのに、その理想と現実の余りの落差に激しく憤る裸実装。
しかし男はそんな反応に頓着せず、やがて裸実装が成体にまで成長すると花粉を用いて妊娠させ、程なくして裸実装は母となった。
無論、善意からの行動ではない。男はただ自分の計画に沿ってそうしただけである。
膨らんだ腹を幸せそうに擦り、調子外れの子守唄を歌う裸実装を見ても、単に実験を進める科学者のそれと似た様な感慨しか浮かばなかった。
つまりは、そういう事だ。道具は何処まで行っても道具に過ぎない。
男にとって、実装石は別に愛玩の対象では無いのだ。否、ある意味ではそうなのだろう。
気の赴くままに弄ぶ、という意味ならば。

男は実装石の他に、幾らか生物を飼っていた。
裸実装に比べるなら、それらはペットと呼んで良い扱いを受けていたと言えるだろう。
飼っていたのは爬虫類、両生類、昆虫、大別すればそんなものだ。それ自体は、昨今では別段珍しくは無いのかも知れない。
ただ、その趣味嗜好……言い換えれば“飼う目的”とでも言うものが、一般とは少々異なっていた。

やがて裸実装は産気付き、六匹の仔を生んだ。
男は生まれた仔からも服を剥ぎ取り、親と同じ水槽に無造作に放り込んだ。
母実装は男の扱いに抗議する姿勢を見せたが、男はいつもの様に取り合わなかった。ただ、その日から水槽を覗きに来る回数が増えた。
別に男が心変わりした訳では無い。単純な話、母実装に仔を喰われてもつまらないから、ただそれだけの理由である。
「テチテチ」と騒ぐ仔実装達は見た目には可愛らしいが、男には見慣れたものである。心動かされる事も無い。

仔実装達が生まれてから一月は、特に何事も無く過ぎ去った。
その間に男がやった事はと言えば、特にそれまでと変わりが無い。定期的に餌をやり、糞が溜まったところでまとめて洗い流す。
一つだけ、仔が生後一週間になったところで親から隔離し、別の小さな水槽に移したが、これは監視が面倒になった故である。
男にとってみれば、死ななければそれで良いという認識しか初めから持っていない。
都合が良いと言うか何と言うか、生物としてのテキトウさは生態系一の実装石である。特に世話をしなくても、余程の事が無い限りその心配は無い。

そうして一月後。
仔が中仔実装程度にまで育った頃、男は計画に従って行動を開始した。


「テ、テ、テチャアアー! テッチィーーー!!!」

目の前で絶叫を上げる最後の仔実装を満足気に見下ろす男。
水槽の中では、握り拳ほどもある大きな蜘蛛に群がられた裸の仔実装が悲痛な声で泣き喚いていた。
仔実装に群がっているのは、毒蜘蛛で有名なタランチュラの一種。最後に残った仔に、少しばかり趣向を凝らしてみた、という訳である。
六匹の大蜘蛛はそれぞれ好き勝手に行動し、結果的には仔実装を責め苛む悪意として男の眼を楽しませ続けていた。

これが男の求めていたものである。
男は自分の飼っている生物の玩具として実装石を使い、それを見る事を楽しみにしている。一種の虐待だが、当の本人にはそうした意識は薄い。
実装を責めるのが自分の手では無い事も一因だが、男の場合は単純に獰猛な生物が見せるありのままの姿を鑑賞したい、という欲求が一番強いのだ。
趣味が悪いのは自覚しているが、そういう意味では獲物は犬や猫より実装石の方が良い、と男は考えていた。
罪悪感も薄いし、何よりその辺に幾らでも転がっている。文字通りのモルモットよりも遥かに手に入り易い。
それに追い詰められた時の反応も面白い。泣き、叫び、糞を漏らして苦痛にのた打ち回るその姿。生の叫びを愉しむ為に、リンガルさえ使っていない。
この一瞬の為であれば、鼻の曲がる臭いを撒き散らす糞蟲の世話とてどうという事は無い。
きっかけは些細なものだったが、この行為に手を染めたその始まりから、男は実装石のもたらす暗い興奮に魅入られていた。
そう、本来の目的を見失っている事にすら気付かない程に。

「ふふ……ん?」

薄らと微笑していた男の口許が不意に大きく歪む。
視線の先には、気ままに動く蜘蛛の隙間を縫ってヨチヨチと逃げ出す仔実装の姿があった。


「テェェェ、テッチィィィィ、テッチュウーーーー!!!
 (たすけ、たすけてテッチィィィィ、ニンゲンさん、おねがいテッチュウーーーーー!!!)」

群がる蜘蛛から何とか逃れて少しばかりの距離を取った“彼女”は、壁越しに自分を観察するニンゲンへ声の限りに助けを求めた。
その叫びが再び蜘蛛どもを呼び寄せる事になる等、恐怖の極みにある“彼女”には分からない。
ただただ、実装石の本能のままにニンゲンの庇護を願い、媚びさえ忘れて叫び続ける。
体液と糞便に塗れた小さな身体には無数の噛み痕が刻まれ、唯一残った髪さえボロボロになり、野良より醜い姿を晒している“彼女”。
その脳裏には、凄惨な最期を遂げた家族の姿が今も色褪せず克明に焼き付いていた。

最初に犠牲になったのは、一番上の姉だった。
親の性質を色濃く受け継いだ典型的な糞蟲だった姉は、まず姉妹に対する見せしめとして嬲り殺しにされた。
自分より遥かに大きな蜥蜴に蹂躙され、四肢を喰い千切られ、爪で腹を裂かれ内臓を引き摺り出され、顔の半分を噛み千切られた。
姉が生きていたのは、実装石の常識を外れた生命力に拠るところが大きい。偽石が崩壊しなかったのが不思議な程ではあったが。
それでも結局、姉は丸ごと蜥蜴の腹に消えた。

次に選ばれたのは、二匹居た妹達だった。
長い後ろ髪を掴まれて宙吊りにされた妹達は水の張られた大きな水槽へと落とされ、そこに棲むピラニアの餌食となった。
溺れまいと必死にもがく妹達。だが皮肉にもその動きが振動として水を伝わり、悠々と泳いでいた凶暴な魚達を呼び寄せてしまった。
巨大な牛さえ十数分で骨に変える獰猛な牙に身体中至る所を引き裂かれ、妹達は殆ど一瞬でこの世から消えてしまった。
僅かな血と糞だけが、存在の名残として水に溶けて散っていった。

男とその下僕達の前では、庇護者たる母さえ無力に過ぎなかった。
惨たらしく殺されていく我が仔の様子に怯え、それまで内心で奴隷扱いしていた男に対して露骨なまでの媚びを見せ始めた母。
男は毛程も表情を変える事無く、暴れる母の髪を引き抜き、その水槽へ大きな蛇を投入した。
母は即座に飢えた蛇に捕まり、その長い胴体に締め付けられて全身の骨を砕かれた。
それでも母は自らを拘束する蛇と、そして男に対して醜い媚びを売り続けていたが、足から徐々に飲まれる段に至って精神の均衡を失った。
魂消る様な叫びを上げ、両腕を振り回し、最後には笑いながら全身を飲み込まれて息絶えた母。
その音律の狂った笑い声が、今も耳の奥に残って離れない。

残った三匹の仔の内、“彼女”を抜かした二匹もまた、別々の苦痛を味わって同じ末路を辿った。

二番目の姉は土の詰まった飼育槽に投げ込まれ、地面の穴から這い出て来た赤蟻の餌食となった。
身体に振り掛けられた香料の効果で興奮した蟻に全身を喰らい尽され、赤い絨毯が引いた後には緑の染みしか残っていなかった。

三番目の姉は家族が次々と凄惨な死を遂げる光景に耐え切れず、偽石を崩壊させながらゆっくりと死んでいった。
男はその様子を見て少し落胆したが、別段不都合が生じた訳でも無く、骸はピラニアの水槽に放り込んで合理的に始末した。

そうして、最後に“彼女”が残った。

姉妹の中で四番目に生まれた“彼女”は、特別賢かったという訳では無い。
傲慢な母、無謀な長女、勇敢な次女、臆病な三女、好奇心旺盛な五女、無邪気な六女。
実装石なりの個性をそれぞれに持った家族の中で、言うなれば“彼女”は……凡庸な個体だった。
突出した個性も無く、故に同族と並べられても目立つ事が無い。
しかし、それこそ“彼女”が最後まで生き延びる事が出来た、もっとも大きな理由だったのだ。


「テヒィ、テッチィ、テチュゥゥアァーーーーーーーーーー!!!!
 (イヤ、イヤテチィ、死ぬのはイヤテチュゥゥアァーーーーーーーーー!!!!)」

だがその幸運すら、そもそも“彼女”が生み出された意味を考えれば無意味なものでしかない。
男には元々“彼女”も含め、実装石を生かしておくつもりなど無かった。
彼にとって意味があったのは実装石の示す“反応”であって、実装石そのものでは無いからだ。
取り返しが付かなくなるまで壊れたところで、また外から拾ってくればそれで済む。何処まで行っても、所詮は刹那の愉しみでしかない。

一度は蜘蛛の手から逃れた“彼女”だったが、狭い水槽の中には逃げ場など端から無い。
少しでも蜘蛛達から距離を取ろうと隅まで走り、自分を見詰める男に文字通り死に物狂いでアピールを繰り返す。
例え無駄だと分かっていても、他には何も出来ない。
母も姉妹も全て殺された。生まれてこの方、楽しい事など一つも無かった。
それでも“彼女”は、この小さな“彼女”は死にたくなかった。生きていたかった。
ただそれだけが、その想いだけが今も“彼女”を突き動かし、そして男の眼と耳を楽しませ続けていた。

「テチュゥーーー! テチィイイ! テッチャアアアアーーーーテヒュッ!?
 (出してテチュゥーーー! もうイタいのイヤテチィイイ! 死にたくないテッチャアアアアーーーーテヒュッ!?)」

力の限り飛び跳ね、叫び続けていた“彼女”の足に喰らいつく黒褐色の塊。
驚愕と恐怖、そして激痛にバランスを崩し転倒した“彼女”に、再び群がってくる六匹の蜘蛛。
硬い毛の生えた節足が抵抗を抑え込み、強靭な顎で柔な肉を破る。

「チィィ、チィィィィ!! テチュゥ、テチュゥーーーーーー!!!!
 テ、チャアアァァ、テチュゥ、チィィッ、チィィィ、テェ、テッチュアァァァーーーーーーーーーーーー!!!!!
 (チィィ、イタいチィィィィ!! ヤメテ、ヤメテチュゥーーーーーー!!!!
 お、おウデがアァ、テチュゥ、チィィッ、もうヤメチィィィ、テェ、テッチュアァァァーーーーーーーーーーーー!!!!!)」

いっそ一思いに死ねたのなら、まだしも幸福だったかも知れない。
だが蜘蛛の牙はあくまでも小さく、あくまでも細かく“彼女”を責め苛み、最期へ到達する事を執拗に拒む。
只管に生を望む“彼女”の精神もまた、偽石崩壊による絶対死を拒み、苦しみを長引かせる。
行為としては(男の主観では)虐待とも異なる為、わざわざ偽石を抜く等といった抗死措置は取っていない。
それだけにこの精神力、ひたむきに生を願うその意思だけは、唯一“彼女”の持つ性質の中で凡庸では有り得なかった。

それでも、如何に“彼女”が持ち堪えようとも、終焉は必ず訪れる。不可避であると、始まりから定められているが故に。

「……テェ…テェェ……テヒュゥ………テチィィ………」

月並だが、まさしくボロ雑巾の様な姿となった“彼女”。
タランチュラの持つ弱い毒に蝕まれ、ズタズタになった四肢を投げ出し、体液も糞便も為すがままに垂れ流している。
そんな“彼女”の様子に、観賞していた男は小さく溜息を漏らした。

「………ここまで、かな。
 まあ、長く楽しめた方か。こういうのは一瞬だもんなぁ」

男は独りごちると、大き目のピンセットを用いて蠢く蜘蛛を一匹一匹取り除き、元の飼育槽に移し変えた。
残ったのは死の淵にある“彼女”だけ。放置しておこうがおくまいが、もはや結果は変わらないだろう。
男は“彼女”を摘み上げると、無造作にゴミ箱へと放り込んだ。

「どうせもう助からんし、餌にするにも中途半端だしな。
 お前らは生きててもゴミみたいなモンなんだから、ゴミ箱で死ぬのも乙ってモンだろう?」

何処までも無慈悲な、絶対者の言葉。
死に逝く“彼女”の耳に届いた最期の言葉。
暗く、湿った悪臭に満ちた場所。“彼女”に与えられた安息はただそれだけ。

末期の闇。恐怖に焼け付き、磨耗し果てた胡乱な意識の中で“彼女”は考える。

……どうして、死ななければならないの?
……どうして、殺されなければならないの?
……どうして、ワタシはこんなトコロにいるの?

腐汁に浸され、原形を留めないまでに破壊され尽くした肉体。
ズタズタに切り裂かれ、恐怖と苦痛に極限まで磨り減ったココロ。
それでも“彼女”はまだ生きている。未だこの世に生命を繋ぎ、懸命にその存在を主張している。

しかし、現実はどうだ。
死に瀕する“彼女”に差し伸べられる手など無く、このままゴミ溜めの中で腐り、ゆっくりと消えていく。
母と同じ様に、姉妹と同じ様に、確かにこの世に在ったという証ごと。

………嫌。厭。イヤだ。消えたくない。
ワタシはまだ生きていたい! このまま何の意味も無く死んでしまうなんて、絶対にイヤだ!!
何も無い。何も無かった。だからせめてこの生命だけは、今生きている自分だけは失いたくない!!!

異常とさえ言える程の執念は、閉ざされた汚濁の底でいつしか妄執へと変わる。
ゆっくりと、ゆっくりと、泥濘が凝り固まるかの様に、それは一つのチカラへと結実していく。

“彼女”が“彼女”で居られた最期に感じたのは、埋め火の如く自身の奥底で燻る、ただ一つの感情だった。


明くる日、男は出勤前に外のゴミ捨て場へと立ち寄った。今日は生ゴミの日である。
面倒には違いないが、サボって家の中がゴミ袋で埋まるのもぞっとしない。
男はイタズラ防止用の柵を開け、手早く袋を投げ入れる。一瞬、生ゴミ特有の悪臭が鼻を掠めたが、眉をしかめる程度で我慢する。

「さぁて、行きますかね」

揚々と一歩を踏み出す。
昨夜は随分楽しんだ所為か、いつもより気分が良い。仕事にも身が入りそうだ。
清々しい朝の空気を存分に満喫し、男は爽快な気分で仕事場へと向かった。


————————自分が捨てたモノ。その中で輝く、鈍い翡翠の輝きには気付かぬままで。


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---20**年5月23日 緑野市 C3エリア 廃工場 午後6時21分---


公園で連絡を受けてから二十分。
逐次報告を受けながら移動し、遂に俺達は悪性変異実装“蜘蛛実装”が篭城する廃工場の一隅へと辿り着いた。
一見して結構な年月が経っているであろう建物は無残にひび割れ、敷地内はゴミとガラクタで荒れ放題になっている。
今、俺達が居るのは敷地のほぼ中央に位置する大きな建物。どうも工業製品の加工か何かに使われていたらしい。
そしてここには、俺達が到着する少し前……要するについ先刻、追い込まれた蜘蛛実装が潜り込んだのだという。
奴に捕まったままの、子供二人と一緒に。

「ほぉ、如何にもってな感じのロケーションだな。で、現状は如何様に?」

建物を包囲している要員達の責任者であるやや年嵩のハンターに尋ねる。
既に俺はスーツを脱ぎ捨て、いつもの黒い戦闘服に着替えて臨戦態勢である。パートナーであるJもまた、常の如く武装済みだ。

「……駆除対象“蜘蛛実装”がこの建物に侵入したのが今から三分前。既に敷地内も含めてこのエリア内の封鎖は完了している。
 斥候からの報告では、対象は子供達を奥の“巣”と思しきものに拘束し、自身は何故か動きを停めているらしい。
 後は突入して駆除するのみ、なのだが………問題は」
「“人質”…なのかねこの場合。まー何でも良いか。
 兎に角、捕まってる子供の安全を確保しろ、そういう事な訳ね」
「その通りだ」

単に駆除するだけなら物量に任せて攻めるのも一つの作戦だが、非戦闘員の人質が居る以上そんな無茶は出来ない。
まあそれ以前に、奴相手に質を考えない人海戦術など下策も良いところだと思うのでそれはそれで構わない。
どちらにしろ、今回の戦闘でまず重視すべきは人質の救出。一般人の、しかも子供が二人。
本音で言ってしまうと「随分とまあ面倒な」になってしまうのだが、愚痴っててもどうにもならんので口には出さない。

「これまでの行動から見ても、人質をどうにかせずに奴を刺激するのは愚策だな。奴は頭が回る。
 それに、こちらの行動をある程度予測している可能性さえある。一番手っ取り早いのは陽動と本命で戦力を分ける事だが………」

説明しながらも、正直なところ正攻法では難しいと一方では考えている俺が居る。
捜索域内に散ってしまっている為、全員が集合し切っていない現在、この場に集まっているハンターが俺を除いて十五人。
その内、補佐戦力として計算して良い数が六人。実際に突入戦力として数えて良いのは………三人、と言ったところだろう。
被害が出て良いなら話は別だが、そんな無意味な真似してどうなるものでもない。
後はソルジャー実蒼石が三小隊分集結しているが、あの公園の惨劇を見る限り正面からぶつける事は出来ない。
やはり補助的に使うしかないだろう。

「ハンター「」。ここはまず我々の中から選抜したハンターで奇襲陽動を仕掛け、その隙に子供達を救出すべきだと思うのだが……」
「そうだな。それは俺もそう思う。ただ正直なトコロ、半端な戦力じゃ奴を抑え切れるか怪しい。
 陽動と言っても実質的に集中しなきゃならない本命はこっちだ。奴を相手にして持ち堪えられるハンターが現状で何人居る?」
「………少ないだろうな。君を含めても五名……いや、実際には恐らく、君くらいしか太刀打ち出来ない可能性が高い」

……それは流石に過大評価とは思うが。
ともあれ、彼の認識が割合に正しいのも事実だ。

悪性変異実装を相手にした時、例えどれ程訓練を積んだハンターであっても、実際にその場で実力を発揮出来るとは限らない。
実装シリーズ、分けても実装石は常識の埒外に居る連中だ。常人の心構えなぞ、現実を目の前にすれば早々に吹っ飛ぶ。
ましてやケース・フリークスともなれば……その心理的動揺は自ずと推し量れようというものだ。
実のところハンターに一番必要な素養は、優れた身体能力でも、緻密な思考能力でも、冷静な判断力でも無い。
要約すれば“常識を打破出来る力”………己の矮小な世界を破壊し、事実をありのままに捉える事こそがもっとも求められるのだ。
そしてそれはある種の例外を除き、基本的に経験によってのみ培われる。
言ってしまえばハンターになるという事は、自分を自覚的な異常者として認識し直す事に他ならない。

「せめて“色付き”が他にも居ればな、もう少し幅の広い作戦が立てられたんだが。
 まあ無い物はねだってもしょうがない。あるモンでどうにかしなきゃな。
 兎に角、この場合では量より質だ。徒に数を増やしてどうなるモンでも無い」

俺はハンターを集め、短い時間で組み立てた作戦を披瀝する。
ハンターの中には俺より年上の人間もそれなりに多いが、こと悪性との交戦経験において俺を上回る人間は存在しない。
経験と実績。ハンターにとってはそれが全てで、動かし様の無い真実である。
俺自身、そうした自分の発言の影響力は計算に入れている。使える物は親でも使う。作業の単純原則である。
まあ内心でどう思われているかは知らないが、別にどんな評価を受けようと構わない。
俺は悪性を殺す為だけに動いている。その他の事象など意中の外だ。
ここに居合わせてしまった不幸な方々には、傍若無人な馬鹿ハンターに率いられる事を精々呪って貰うより他無い。

三分程で説明を終え、ハンターや補佐要員を散開させて所定位置に就かせる。
まあ質問とか無くも無かったが、時間との勝負なので残念ながら黙殺させて頂いた。
ま、失敗したら失敗したでその時はその時だ。自分の力が及ばないならもう出る幕じゃない。
それに、多分その時はこの世とオサラバしてるだろうしな。

要員が皆配置に向かったのを確認し、俺は傍らに控えるJを視線を向ける。

「さて、J。言うまでも無いが今回の作戦の成否はお前に掛かってる」
「……デス」
「別にそう構えなくても良いぞ。いつもと同じだ。ま、少しは面倒かも知れんけどな。
 取り敢えず、お前はお前の役目を果たせ。脇目も振らずな。
 終われば後は自由にして良い。何をしようとお前の勝手だ」
「了解デス。……マスター「」」
「あん?」
「………御武運を、デス」
「ああ、お前もな」

頷き合い、それぞれ走り出す。
俺は三人のハンター、及び五体のソルジャー実蒼と共に建物入口付近で待機。
別働隊の合図を待つ間に、ドクから渡された特殊装備の再確認しておく。

……ここに来る前、ドクの意を受けた搬入部隊から受け取った物。
見た目には単なるアンプルで、中には水銀にも似た粘性の高い溶液が詰まっている。
これが今回の切り札、蜘蛛実装の“粘糸”を無効化する効果を秘めた特殊薬剤『粘糸溶解液』だ。
特製の射出機とセットになっており、接触破裂弾頭と合わせて使用する。
射出機は中折れ式の拳銃型で、ボルトアクションの様に一発ずつ装填する必要がある。
運用はやや煩雑だが、元々は医療用の注射銃を改造したものだから文句は言えない。有るだけマシだと思うしかない。
用意されたアンプル弾は全部で五発。その内二つは作戦の為に手放しているので、手元にあるのは計三発だ。
ちと少ない様な気もするが、そもそも今回は色々と時間的制約が多かったし、これでも最大限のバックアップだと言える。
むしろドクの手際を褒めるべきなのだろう。……いや、褒めないけどね。ムカつくし。
俺は道行でのドクとの会話を思い出す。

“『粘糸溶解液』は蜘蛛実装の“粘糸”に触れる事で効果を発揮する。
 人体には無害だけど、一度でも溶液が接触すればそこに有る粘体の全てを喰い潰すまで反応は止まらない。
 扱いはやや難しいけど、使いどころを間違えなければかなりの効力を見込める筈だよ”
“かなりの効力……ね。まあ何にせよ、要するに奴相手には切り札に成り得るって事だな?”
“無論だ、理論上ではね。兎に角、僕からはこれ以上の支援は出来ない。健闘を祈っているよ。
 ………ああそうそう。一つ、伝言を預かっていたんだった”
“伝言?”
“典君からね。—————『絶対に無理をしないで下さい。それと……また、ちゃんと顔を見せて下さいね』だそうだよ。
 うふふふふふ、いやはやいやはや、妬けるねぇ。これはひょっとすると、僕からも愛の励ましが必要かな? ねぇ「」”
“死ね”

……思考が逸れた。そんな事考えてる場合じゃない。
射出機の銃身を折ってアンプル弾を装填し、しっかりと戻してから腰裏のホルスターに差し込む。
残りのアンプル弾はベルトキットにケースごと固定し、残りの装備も確認する。
最後に防護プレートを仕込んだヘッドギアを装着し、アームガードとレッグガードを微調整。
さて、準備は完了だ。後は合図を待つのみ。
対実装銃を二挺構え、中腰姿勢でその時に備える。

元々は防火扉が付いていたのだろう、大きな入口からは中の様子が大まかながらも見渡せる。
プレハブの屋根に孔でも開いているのか、所々で弱く灯りが点ったかの様な内部の光景。
その一際大きな孔の真下に、微かなスポットライトを浴びて蹲る、一つの巨大な影があった。

(………アレか)

遂に眼にする今回の標的。
目算でも二メートルは下らないだろう巨体。胴体に収まる様に折れ曲がった太い八本の節足。
僅かに光を反射するのは、実装石特有のオッドアイか。光源は八つ。恐らくは複眼。

早々と空に昇った月明かりを浴びたその姿は、紛う事無き蜘蛛そのもの。
か細さ脆弱さなど欠片も見当たらない、獰猛で凶暴なフォルムの化物蜘蛛だ。
横目で仲間の様子を伺うと、どいつも蒼褪めた顔で小山の様な我等の標的を見詰めている。
俺自身これ程の奴は滅多にお目に掛かった事は無い。他のハンターが及び腰になるのも無理は無いかも知れない。

……だが、まあ。
冷えていく意識のもう片方で、この状況を心から愉しんでいる自分を自覚する。
抑え切れない衝動に口の端を歪ませ、知らず知らずの内に牙を剥いた様な笑みが零れ落ちる。
我ながら全く以って救い難い。救われる気は最初から無いが。

「……ハンター「」、時間だ」

横で対実装散弾銃を構えるハンターの一人が、震えを隠した小声で伝えてくる。

「了解。ま、気楽に行こうぜ。何事もE&Eだ、な?」

軽く肩を叩き、思考を切り替える。後……五秒。

四。
三。
二。
一。

瞬間、篭った爆音が全てを薙ぎ払った。


◆         ◆         ◆         ◆


暮れかけた夜空に鳴り響く発破を合図として、マスター「」の組み上げた作戦がスタートした。
蜘蛛実装が立て篭もるこの建物、その左右二箇所の壁に突入孔を開け、都合三箇所から陽動隊が侵入。
それに併せて救出部隊が拘束位置へ直上から降下、人質を速やかに救出する。
これが簡単な作戦の概要だ。

救出役であるワタシは今、二人のハンター及び六体のソルジャー実蒼石と共に、老朽化したプレハブの屋根の上に居る。
作戦開始前に開けた降下孔は四つ。錆の浮いた屋根板は実蒼の鋏で簡単に加工する事が出来た。

「準備は良いか? パートナーJ」
「いつでもデス」
「パートナーブルーワンからシックス、どうだ?」
「万端です、マスター」
「良し、では突入する! 各員、パートナーJに続け!!」
「「「「「「ボクゥ!!」」」」」」

突入孔に垂らした極太のワイヤーに金具で身体を固定し、ワタシは眼下の闇へと一気に滑り落ちる。
護衛役のソルジャー実蒼六体がそれに続き、ハンター二人は真上から火力支援を行う為持ち場に留まる。
かなりのスピードで落下する感覚。だがこの程度、恐怖を覚えるには足らない。
落着寸前でワイヤーを引っ張って速度を緩め、着地と同時に金具を外す。固定部分はスイッチ式なので簡単だ。
実蒼達も少し遅れて着地し、即座にワタシの周囲に半周防御の陣形を整える。

「ブルーワン、ツーからファイブと共にそのまま陣地を確保。人質を救出するまで維持するデス。
 ブルーシックスはワタシに続くデス。以上、実行デス!」
「了解!」「了解!」

シックスを伴い、ワタシは人質が囚われている“巣”に近付く。
実物は何度も見たが、今回のはまた格別に大きい。どうやら実装石も十体以上は捕まっている様だ。
規模に比べて獲物の数が少ないのは、駆除部隊が市街をうろついていたからだろうか。
時間は余り無い。マスター達が引き付けている間に、速やかに全てを終えねば。

「ブルーシックス、周囲の警戒を。何が起きるか分からないデス」
「ボク!」

返事を背に、素早く“巣”を観察する。
薄暗くて分かり難いが、放射状に広がった“粘糸”、その中央に一際大きな粘質の塊が二つ並んでいた。
大人のニンゲン程では無いが、ワタシ達よりも大きい。注意深く様子を伺う。

「……スン、うう、ひっく、ママぁ………」

! これは泣き声、男の子の泣いている声だ。
多分、さっきの突入の爆発音で気絶から目覚めたのだろう。
その時、離れた場所から悲鳴の様な声が響いてきた。これは……ニンゲンの声だ。
この建物内に居るニンゲンは、人質を除けばハンターしか居ない筈。まずい、陽動隊の方で何かあった様だ。早くしなくては。

ワタシは急いで周囲に転がる機械の残骸によじ登り、二つの塊に近付いていく。
“巣”は機械に絡まる様に張られているから、足場は幾らでも有る。飛び移り、時には這い上がり、ようやくの事で目的地へと到着した。

「グスッ、ひく、ううぅ…………う、うわぁ! なに、なんだよオマエぇッ!!」

遠目には塊に見えたそれは、やはりニンゲンの子供だった。ワタシを見て酷く怯えている。男の子だ。
もう一人、スカートを穿いた女の子はぐったりとしている。
ワタシはバックパックから音声式リンガルを取り出し、口元に当てながら呼び掛けてみる。

「……ワタシの声が分かりますデスか? 分かるのなら返事をして下さいデス」
「え、え? なんで、なんでジッソウセキがしゃべってるの?」
「リンガルを使っているからデス。ニンゲンの子供さん、ワタシの言葉が分かるデスか?」
「う、うん。わかるけど……でも、なんでジッソウセキがココにいるの? あのオバケの仲間?」

服の色が違うとは言え、ワタシも実装石には変わりない。
こんな場所にいきなり現れたりすれば、混乱するのも無理は無いかも知れない。

「違うデス。ワタシ達は貴方達を助けに来たのデス。
 今、ワタシのマスター……ご主人様とその仲間のニンゲンさん達が、そのオバケをどうにかする為に頑張っているのデス」
「え!? じゃ、じゃあボクたち助かるの? 妹も、パパとママの所に帰れるの?」
「そうデス。ワタシ達はその為にココに居るのデス。協力して貰えるデスか?」
「う、うん。どうすれば良いの?」
「今から貴方達を捕まえている“粘糸”……いえ、そのネバネバを取りますデス。
 その間、出来る限り静かにしていて欲しいデス。騒ぐとあのオバケがこちらに来るかも知れないデス」
「わ、わかった……静かにしてる」
「デス、宜しくお願いしますデス」

口を引き結んだ男の子に頷き、ワタシはマスターから受け取ったアンプルを一本取り出す。中には銀色のドロドロした液体が詰まっている。
背中に背負ったナイフを取り出し、アンプルの先を折って中の液体を刀身に刻まれた溝に流し込む。
アンプルを一本丸ごと使って二本のナイフに液体を染み渡らせ、ワタシは両手で大きく逆手に構える。

「……やりますデス。怖いかも知れないデスが、動くと危ないデス。じっとしていて下さいデス。
 大丈夫デス。ワタシのご主人様の名にかけて、必ず無事に助けてみせるデス」
「……うん。おねがい、黒いジッソウセキ」

震えながら、それでもワタシの言葉通りにしてくれる男の子。

「………デスッ!!」

大きく跳んだワタシは、両手のナイフを一閃させ、男の子を縛る“粘糸”を切り裂く。
銀色の液体がその“粘糸”無効化の効力を発揮し、緑のネバネバした粘体は容易く刃を通した。

「……あっ……動ける、動けるよジッソウセキ!」

身体に纏わり付く“粘糸”にも構わず、自由に動ける事を喜ぶ男の子。
更にナイフを繰り出し、男の子がイモウトと言っていた女の子を包む“粘糸”も切断する。

「エリ、エリ! 大丈夫? エリ、大丈夫!?」
「動かさない方が良いデス。大丈夫デス、その子も無事デス」
「エリぃ……うう、ひっく」

女の子を抱きしめて泣き出す男の子。抑えようとしても多分無理だろう。
それより、早くこの場から脱出しなければ。

「ブルーシックス! 他のブルーナンバーを呼んできて欲しいデス! 脱出デス!」
「ボクゥ!!」

呼び掛けにすぐさま反応し、風の様に駆け出すシックス。
程無くして全てのソルジャー実蒼が揃い、力を合わせて気絶した女の子を運び出す。
ワタシは殿を務めながら、女の子の傍らに立った男の子に呼び掛けた。

「彼女達に着いて行けば大丈夫デス。すぐにお家に帰れるデスよ」
「う、うん、ありがとう! オマエ、真っ黒で変だけどすごいジッソウセキだね!」
「変は酷いデス………とにかく、すぐに動いて下さいデス。何が起こるか…」
「! J、上!」
「!? デスゥッ!!」

ブルーワンの警告を受け、ワタシは咄嗟に真横に身を投げ出す。
一瞬遅れて、ワタシが立っていた位置に何かが勢い良く着地した。

「…! 仔蜘蛛実装だ!! マズイよ、J!」

彼女の言う通り、奇襲して来たのはあの日ドクターに見せられた悪性変異と同じ姿をした化物、仔蜘蛛実装だった。
捕えられていた実装石が孵化したのか、それとも今の今まで静観していたのか。どちらにしろ何てタイミングで……!

「ブルーナンバー! 子供達を護って離脱するデス! ワタシはコイツを片付けて後を追うデス!!」
「で、でもJ! 一人じゃ危険だ!」
「そうだよ、ボク達も……!」「一緒に戦うよ!」
「今はそんな事を言ってる場合じゃ無いデス! ワタシなんかより子供の方が大事デス!
 良いから行くデス!! 早く!!!」

有無を言わさず反論を封じ、ワタシは仔蜘蛛実装に飛び掛った。
仔蜘蛛はワタシの突進を横に飛んで避け、膨らんだ腹から“粘糸”を吹いてワタシを絡め取ろうとする。
ワタシは左のナイフでそれを受け、纏わり付く“粘糸”を絡めたまま思い切り投擲する。

「デジュゥウアアアア!!!!」

ワタシの手から飛んだナイフは仔蜘蛛の顔面に突き刺さり、その痛みに仔蜘蛛は聞き苦しい濁音を発してもがき苦しむ。
その機を逃さず肉薄し、右のナイフを走らせて仔蜘蛛の首を一気に切り飛ばした。

「デジュウ! デギュゥ! デジュアアアアアーーーー!!!」
「黙るデス! 貴様に構っている暇など無いデスッ!!」
「デジュゥーーーーー!! ……デジュバァッ!!??」

首だけになっても尚威嚇の声を上げる仔蜘蛛の頭からナイフを抜き取り、打ち捨ててあった機械の箱で潰して止めを刺す。
胴体の方もバタバタと暴れていたが、徐々にその勢いを弱め、そのままグズグズと崩れていった。
死亡を確認して息を吐き、ナイフを納めたワタシは、そこでココには居ない筈の声を聞いた。

「J! 無事かい!?」
「! ブルーワン、何をしているデス! さっさと脱出しろと言った筈デス!」
「大丈夫、来たのはボクだけだよ。それより仔蜘蛛は!?」
「……仕留めたデス。それより、任務を果たしたなら早く脱出するデス」
「ああ、分かってるよ。ボクはJを迎えに来たんだ。もしかしたらケガしてるかも知れないと思って……。
 でも、取り越し苦労だったね」
「デス。ついでに余計なお世話デス。
 そもそも脱出するのはブルーワン、貴方だけデス。ワタシはココに残るデス」
「!? な、何を言ってるんだよJ! キミの任務は……」
「ワタシの任務は“マスターの補佐”デス。
 それに、マスター「」はワタシにこう言ったデス。『任務を終えれば後は自由にして良い』と。
 ワタシはそれに従って“自由”にするだけデス。さ、何をしてるデス。早くココから立ち去るデス」
「で、でも……!」
「心配は要らないデス。ワタシはただ自分の役割を果たすだけデス。それに……」

泣きそうな顔のブルーワンに、ワタシは絶対の自信と共に断言する。

「マスター「」が居るデス。ハンター“黒”、ワタシの主は………必ず勝つデスゥ」

視線の先には———————————奴と単身で矛を交える、ワタシのマスターの姿があった。


◆         ◆         ◆         ◆


発破による突入孔作成と同時に、俺達は正規入口から突入した。
すぐさま周囲に放置されたままの大型工作機械の陰に身を隠し、蜘蛛実装の様子を伺う。

「デギォォ……デジィ……デェジャギャアアアーーーーーーーーーーー!!!!」

突然の爆音に驚いた奴は、素早く身を起こし油断無く警戒姿勢を取っていた。
改めて見れば、行動体勢時の大きさはやはり凄まじい。俺の身長を遥かに超えている。少なくとも上に二メートル半、横は四メートルに達するだろう。
だが、まだ状況把握するまでには至っていまい。この機を逃す理由は無い。

「コードワン!」

俺の発した命令に基づき、ハンターの一人が腰だめに構えた対実装榴弾砲をぶっ放す。
六連続で発射された超小型の榴弾は、着弾と同時に中に詰め込まれた実装弾と濃縮コロリ溶液を盛大に撒き散らす。

「デギョォッ、デェジャアァァァーーーーーーーーー!!!!!」

実装弾と濃縮コロリの飛沫を浴び、咆哮を上げる蜘蛛実装。化学反応で蒸気が生じ、巨体を丸ごと包み込んでしまう。
狙いが大雑把過ぎて直撃は無い。だが目的は最初から霍乱だ。例え倒せずとも、この場を制圧出来ればそれで良い。

「コードツー!!」

更に畳み掛ける。俺も含めて突入班全員が物陰から飛び出し、各々の得物で一斉に攻撃を仕掛けた。
総勢十名による弾幕集中。並程度の悪性変異ならば、塵さえ残らないだろう大火力だ。

「打ち方止めェ! 各員警戒維持!」

それぞれ二弾倉分を撃ち尽くしたところで射撃を止めさせ、奴の状態を確認する。
流石に反応煙の量が多く、少し間を置かなければ奴の姿は見えてこない。時間にして十秒以下だが、一秒だろうと今は焦れる。
やがて濛々と立ち込めていた白煙は切れ切れになり——————

「……おいおい。マジかよ、これは」

この場に存在する者全てに、驚愕の二文字を刻印する結果が明らかとなった。

爆心地じみた惨状を見せる攻撃中心点、そこにあったのは………巨大な緑色の塊。
表面の粘質には、胡麻粒の様にびっしりと実装弾が食い込み、威力を全て殺されている。
蜘蛛実装はその巨体の全てを己が“粘糸”で包み込み、俺達の放った攻撃を完全にシャットアウトしていたのだ。

「あの一瞬で“粘糸”の防御膜を形成するだと……? どうやってそんな不可能事を……」

誰かが呆然と呟く。この場に居る全員の思いを代弁する様に。
そんな人間の無様な様子を嘲笑うかの如く、粘塊はドクドクと有機的なうねりを見せる。
その膜状の“粘糸”を透過して……赤と緑の光点が、ぐにゃりと歪んだ。
刹那、石火の勢いで背筋に悪寒が走る。

「…! マズイ、全員散れ!! 遮蔽物に身を隠せぇッ!!!」

異常事態に硬直していたハンター達を一喝する。
だが全員が行動するより早く、奴は反撃に移っていた。
瞬間的に防御粘塊が収縮し、次の瞬間、爆発的な勢いで膨張。
凶悪なまでの圧力に屈した膜壁が爆ぜ割れ、まるで手榴弾の様に硬質の破片が全方位発射される。

「うわあああぁぁぁーーーーッ!!??」「グッ、があああああああ!!!!」「ボ、ボクゥゥゥ!!??」

逃げ遅れた幾人かが高速で飛来した破片に打ち据えられ、衝撃で数メートルも吹っ飛ばされる。何つー威力だ。
喰らった奴等は倒れてはいるが、あの程度で死ぬ程ヤワでは無いだろう。
それより、奴は何処だ。爆心点には居ない。逃げたか。否、違う。奴はここに居る。既に奴は俺達を敵対者と認識している筈。
ならばどうする。次の一手はどう打ってくる。考えろ。奴の特性。その行動原理を。

「ハンター「」! 奴は何処に……」
「………上だ!!」
「!?」「な、うわぁっ!?」「くっ!?」

警告に遅れる事一秒、直上から降り注ぐ緑の衝撃。一人が肩口に直撃を喰らい、苦痛に思わず膝を突く。

「あ、あんなトコロに! 畜生、喰らいやがれェーーー!!!!」

天井に逆さまになって張り付いた蜘蛛実装が、膨張した腹だけを反り返らせて粘体の弾丸を放ってきたのだ。
逆上し掛けたハンターの一人が突撃銃型の対実装銃を天に向けて乱射する。
しかし奴は、硬い毛の生えた節足でまさしく蜘蛛の様にスルスルと天井を不規則に這い回り、射線軸を巧妙に外している。

「糞ッ! 当たれ、当たれぇぇーーー!! …ッッ!? うああああああ!!!!」

重力をまるで無視するかの如く、複雑な建物内を縦横無尽に疾駆する蜘蛛実装。
銃を乱射していたハンターの懐へと直覚的に潜り込み、強靭な節足で胴を薙ぎ払う。
避け損なったハンターはゴロゴロと転がり、廃棄された機材にぶつかってようやく停止した。気絶したのだろう、ピクリとも動かない。

「無駄撃ちすんな! 移動中じゃ当たらない! それよりも距離を取れぇッ!!」

駆けずり回って援護に回りながら、俺は堪え切れずに舌打ちする。
この、至る所に機材の残骸が転がる空間。加工に用いられる大型工作機械も骨組ごと取り残され、極めて立体性に富んでいる。
あの節足によって人間には不可能な立体的移動を可能とする蜘蛛実装にとって、ここは絶好のハンティング・ゾーン。
要するに、ノコノコ足を踏み入れた俺達は、纏めて奴の獲物へと成り下がった訳だ。

「デジュガァァァ……ジャアア……デェェジィギャアアアアアアアーーーー!!」

勝ち鬨にも似た狂咆。奴は今、間違い無く“悦んで”いる。人間を思う様打ちのめし、蹂躙している事実に。

「畜生、死ねっ、死ねぇッ、死にやがれぇーーーー!!!」「駄目だ、動きが速過ぎて………ぐああああああ!!??」「ヒィッ、ひあああああ!!!」

一気に恐慌状態に陥ったハンター達は、見るに耐えない醜態を晒して右往左往する。
その無様な光景を見て、更に音程の狂った哄笑を発する蜘蛛実装。
その耳に纏わり付く不快な濁音を聴いた俺は、

「………………くく、くくくく、ははははははははは」

……思わず、乾いた笑いを漏らしていた。
笑わせてくれる。俺達は……俺はハンターだ。
それが獲物だと? ふざけるなよ、ただデカイだけの蟲野郎が。
何故この俺が狩るべき相手を前にして、コソコソと逃げ回らなくちゃならない。

内心でかなりヒートアップしていた俺は、すぐにも単独で飛び出しかねない位に焦れていた。
それが実現しなかったのは、ヘッドギアのインカムから歓喜に満ちた声が響いてきたからだった。

「…えるか。……聞こえるか、ハンター「」! こちら救出隊、子供達の救助に成功した!
 繰り返す、こちら救出隊、子供達の救助に成功した! 損害はゼロ!」

その言葉を聴いた瞬間、急激に思考が冷却された。
救出に成功したのなら、こうして過ぎ行く時を気にする理由は無くなった訳だ。
俺は一度だけ深く深呼吸し、声の限りに鋭く叫んだ。

「聴けェッ、ボケ共ッ! 既に人質は救出された!! 良いか、もう俺達を邪魔するものは何も無い!!
 遠慮は要らねぇ、この糞蟲を——————————叩き潰すぞォッ!!!!」

吼えると同時に、らしくもない逡巡を弄んでいた事に気付き、軽く失笑してしまう。
適材適所、臨機応変。相手によって闘い方は何通りにも変化する。
ならば、何を悩む事がある? つい先刻、仲間に言っただろう。
俺はただいつもの様に愉しめば良いだけじゃないか。

人質救出の報が伝わった事で、一時的な混乱は収束した様だ。
無事な要員を確認する。無傷のハンターは六人、隠していた実蒼は十体丸々残っている。
その内四体は実装用エアガン・デスゥンガンを持ち、中距離戦闘にも対応しているガンナー実蒼。使わない手は無い。

「コードファイブ! ガンナー実蒼、円周包囲から奴を追い込め!
 各ハンターはソルジャー実蒼と連携、奴を牽制しつつ制空圏内より後退しろ! 以上、実行!!」

コードファイブは即ち“近距離戦闘への追い込み”を意味するコードだ。
今ある間接武装で奴を相手に回していたのでは百年経っても駆除なぞ出来ない。そもそも性に合わん。
俺は対実装銃をホルスターに戻し、背中のケースから専用バール(rを抜き出す。真っ向勝負だ、化け蜘蛛が。

蜘蛛実装の移動スピードはソルジャー実蒼を超えるが、今回は公園の時の様な一方的展開にはならない。
入り組んだ内部構造は確かに蜘蛛実装にとって最適なフィールドではある。だが、それは小回りの利く実蒼とて同じだ。
ガンナー実蒼が連携してソルジャー実蒼の行動的自由を確保し、更にハンター達も加わって制圧的に動く。
そうすれば、如何に奴と言えどそうそう優位には立てない。

また、奴の“防御粘糸”に関しても、先程の様な無茶苦茶な生成は恐らく現段階では不可能だろう。
“粘糸”の生成には溜めが必要となる。自分の身体を覆い尽くす程の量だ、動きながらでは補充などままなるまい。
“捕縛粘糸”に関しては未知数だが、ここまで間断の無い攻撃を加えられている以上、噴射体勢を整える事も難しい筈。

八本の節足を自在に動かし、着地の度に廃棄材を更なる残骸に変えながら高速移動する蜘蛛実装。
その動きに及ばぬまでも付かず離れずで距離を保ち、蜘蛛実装の行動範囲上に実装弾をばら撒くガンナー実蒼。
面攻撃で生じた隙を的確に捉え、常に三体一組で反撃を封じ、一撃離脱を繰り返すソルジャー実蒼。
そして、その連携の隙間を埋める様にハンター達が制圧射撃を加え、奴の行動を徐々に制限していく。
与えるダメージは微々たるものだが、その鬱陶しさは並大抵のものでは無い。

「デジュゥゥゥウ………デジャガアアアアーーーーーーーーーーー!!!!」

針で刺す様な細かく途切れの無い擾乱攻撃に痺れを切らしたか、蜘蛛実装が恐ろしげな咆声を上げてソルジャー実蒼に突っ掛かる。
壁を垂直に走り抜け、飛んだ先には丁度三体の実蒼石。鋏を構え、応戦の姿勢を見せる獲物を捉えるべく、一気に迫る八つ足の巨体。
させるか、阿呆が!

「だらああアァーーーーーー!!!!」
「デジャガアッ!?」

タイミングを合わせて繰り出した横合いの一撃が、蜘蛛実装の窄まった胴体連結部分に直撃する。
元々バランスの狂った体型だ。巨体故に派手な吹っ飛び方はしないが、思い切り不意を突かれた奴はもんどりうってコンクリートの床に激突する。
俺は滑る様に床面を蹴り、仰向けに倒れた蜘蛛実装の節足、その一本へ全力でバール(rを打ち込んだ。
硬く、弾力を持った肉を撃ち抜く確かな手応えが両腕に伝わり、右二段目の節足が第一間接からへし折れる。

「デジ……デェギジュアアーーーーーーーーー!!!!」

半ば千切れ掛けた傷口から血を迸らせ、濁った苦痛の叫びを漏らす蜘蛛実装。
突進のエネルギー全てをバール(rに乗せ、更に大きく回転を加えながらの一撃だ。効かない訳が無い。
呻きながらも無茶苦茶に節足を振り回し、起き上がり小法師の様に跳ね起きた蜘蛛実装は、八つの複眼に憎しみを揺らめかせて俺を見る。
如何に実装の再生力が高いとは言え、この状況下で悠長な再生は行えないだろう。
八本の内のたかが一本、しかし全体の微妙なバランスを狂わされた奴には、もう今までの様な立体的運動は不可能だ。

「ギィィィィィ、デェェギィアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

牙から涎を滴らせ、敵と看做した俺へ重突進を仕掛ける蜘蛛実装。
対してバール(rを左半身で構えた俺は、無謀な突撃を独楽の様に回転していなし、がら空きの側面に横薙ぎの殴撃を叩き込む。
折れ曲がった釘抜き部分が楕円の腹に突き刺さり、体液と粘質を間欠泉の如くしぶかせた。そのまま深く肉を貫き、捻りを加えて勢い良く抜き放つ。
複眼から血涙を撒き散らし、倒れ込みながら再度の絶叫を上げる蜘蛛実装。
しかし、ここで予期せぬ反撃を喰らった。

「デギャアアッ、デギュオォ、デェェジャアアオオオオオオ!!!!」
「!?」

バックステップで距離を取った俺を追う様に無理矢理腹を捻じ曲げ、噴出孔から“粘糸”を吐き出す蜘蛛実装。
一直線に噴出した粘質の糸は咄嗟に振り上げた俺の左腕に絡み付き、奴と俺とを一つに繋ぐ。

「デェェギィィオオオオーーーーーーーーー!!!」
「くっ、うおおッ、だあああああああ!?」

踏ん張りが利かずに一瞬で引き倒され、ズルズルと凄まじい力で引き摺り寄せられる。
まずい、単純な力比べでは相手にならない。
糞、どうにかこの糸を外さん事には………糸? そうか!!

バール(rを投げ捨て、ベルトキットから『粘糸溶解液』のアンプルを一本引き抜く。
すぐさま歯で弾頭部分を捻り切り、左腕に直接叩き付ける様に振り掛ける。途端、がくんと腕に掛かる力が弱まる。

「デジュォッ!!??」

狙い通り、腕に巻き付いていた“粘糸”が形を失って崩れ、奴に引っ張られる力も消失した。
突然獲物の重さを失った奴は狼狽し、一本足りない節足をまごつかせる。
度し難い隙だ。目の前に居るのは貴様の獲物じゃない。床を転がりながらバール(rを拾い上げ、飛び跳ねる様に起き上がる。
そのまま俺は蜘蛛実装に身体ごとぶつかる勢いで間合いを詰め、大上段からバール(rの振り下ろしを見舞う。

「っっらあッ!!!!」
「デグッ!? デェェジイィィィィ!!?!?」

大きく弧を描いたバール(rが右一段目の節足を直撃し、硬い外皮ごと半ばから千切れ飛んだ。

「まだまだァァーーーッ!!!」

振り抜いた勢いをそのまま利用し、回転しながら横一文字にバール(rを薙ぎ払う。横っ面に強かな一撃を喰らう蜘蛛実装。

「デギョオオオオオッ!? デギュゥアアアアアーーーーーー!!!!」

度重なる攻撃に混乱したのか、聞き苦しい苦鳴と共に蜘蛛実装は碌な狙いも付けないまま腹から“粘糸”を乱噴射する。
その様は例えるなら差し詰めクラッカーか。数十本に枝分かれし、四方八方から襲い掛かってくる夥しい粘体の奔流。

「うわぁっ!?」「ボ、ボクゥッ!!」「くっそ、こんな……!」

警告を発する間も無く、降り注ぐ“粘糸”に捕えられていくハンター達。この状況では動きが鈍るだけでも致命的だ。
何とか“粘糸”の雨を掻い潜った数名に注意を呼び掛ける。

「一旦離れろ! “捕縛粘糸”なら固まらない内に無理矢理剥げば何とかなる!
 捕まった奴等を助けて退がれ!!」
「し、しかし「」! アンタはどうするんだ!!」
「俺は時間を稼ぐ! 動けない奴にはコレを使え!!」

俺はケースから『粘糸溶解液』のアンプルを抜き出し、無事なハンターに向けて滑らせる。

「ナイフでも何でも良い! 兎に角ソイツでさっさと糸をどうにかして……!? ッ、危ねぇ!!」
「ジャアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「!? ひ、ひぃっ!!」
「ぐッ!? ガアァッ!!!」
「あっ!? な、は、ハンター「」!!!」

数瞬の隙を気取られた。
死角から体当たりをかまして来た蜘蛛実装から仲間を咄嗟に庇った俺は、そのまま奴もろともガラクタの山に激突する。
巨体のぶちかましにガラガラと鉄屑や壊れた機械が崩れ、耳を劈く反響音が辺りに木霊した。

糞、まともに喰らった……! 衝撃吸収プロテクターでも吸い切れないダメージに身体が軋み、息が詰まる。

「グゥッ……ぐはッ!!!」
「ジュゥゥゥ、デェジュゥゥゥゥ!!! デジャバアアアアア!!!!」

不揃いの足でガッチリと俺をホールドした蜘蛛実装が、恐ろしげな顎を一杯に開いて喉元に牙を突立てようとする。
痛む身体に鞭打って無理矢理バール(rを掲げて防ぐも、醜悪な面をこれ以上無い程に満喫出来るこのポジションは非常に精神に悪い。
度重なる攻撃で妙な形に歪んだ顔面を更に近付ける蜘蛛実装。ガチガチとバール(rに牙が噛み合い、不快な擦過音が連続する。

「ぐ…ぐぐぐ、ぐぅぅぅぅぅぅ………!!!」
「ギジュッ、デギィ、ジュバアアアアア………!!!!」

何度も言っているが、普通に力比べをしたのでは明らかにこちらに分が無い。
両腕の筋力を全開にし、足まで使って凶悪過ぎる接吻を御遠慮し続けてはいるが、このままではいずれ俺が先に力尽きる。

「この、「」を離せ化物ォ!!」
「やああああああ!!!」「喰らえぇぇぇーーー!!!」

先刻突き飛ばしたハンターが、残ったソルジャー実蒼と共に俺に圧し掛かる蜘蛛実装目掛けて突撃してくる。手にした銃を棍棒代わりにして。
ド阿呆、そんなモンでどうにかなる訳……!!

「ジュゥゥゥゥゥ、デッジャアーーーーーーーー!!!!!」
「くっ、うあ、うわああああああ!!??」
「「ぼ、ボクゥゥーーーーー!?」」

敵の接近に気付いた奴は腹を海老の様に反らし、粘弾を撃ち出して撃墜する。もはや手勢のほぼ全てが壊滅状態だ。
そして蜘蛛実装は俺を抑えたまま後ろの節足だけで立ち上がると、腹の噴出孔をこちら側に向けた。
……まさか、オイ。

「デッジュウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」
「だああああマジかコレはうおおおおおおおおおお!?!!???」

予感的中。瀑布の如く吐き出された緑の波濤に飲み込まれ、瞬く間に全身を覆い尽くされる。
マウントされた体勢のまま、俺は“粘糸”の塊と化して動きを封じられてしまった。
顔と右腕は辛うじて露出している。が、胴体と両足を完全に拘束され、もはや動く事はままならない。
やべぇ。ひょっとして今ピンチか、俺? ……ひょっとしなくてそうだろうが!!

「ジャアアアア……デジャギィィィィ!!!」
「グッ、ごっ、ぐぅッ、がっはッ!!!」

複眼を嗜虐に光らせ、節足を滅茶苦茶に振り回して何度も俺を打ち据える蜘蛛実装。
叩き折られた二本の復讐とでも言いたいのか、嬲る様に右腕や固められた足を殴り付け、腹にも重い一撃を叩き込まれる。
更に追い討ちが右頬にぶち当たった。肉ごと皮膚が裂け、血の珠が弾ける。口内にも、鉄錆びた生臭い味が広がる。
その赤を目に留め、蜘蛛実装は何故か攻撃を止めて俺に顔を近付ける。そして、

「……デェブ、デジュブブブブ、デェビャビャビャビャビャ!!!」

………。コイツ………笑ってやがる。
笑っている。嘲笑っている。無様な俺に、文字通り手も足も出せない俺を見て、例え様も無い優越感に浸っている。
正視に絶えぬ程歪み切った不細工な面。牙の並んだ口から悪臭が漂い、止め処無く汚らしい唾液を垂れ流す。
俺はその下卑た表情を何処か醒めた意識で見詰め………思わず失笑を漏らしてしまった。
そんな俺に戸惑いを感じたのか、嘲笑を引っ込める蜘蛛実装。不思議そうな奴に、俺は口元を歪ませて語り掛ける。

「……は。人を笑う前にまず自分の姿を鏡で見てみたらどうだ。
 ま、中身に似合いの腐れた見た目だ。分かっちまったら耐えられねぇか? クク、クククク、ハハハハハハハハハハ!!!」

痛みも忘れて爆笑し、溜まった血を目の前の面目掛けて思い切り吹き出す。
濁った赤が当たって飛び散り、奴の顔をまだらに化粧する。ははは、どうだ? 随分とマシになったじゃないか、ええ?

「……………デェェェェェジャァァァァガァァァァアアアアーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

これまでとは異なる、恥辱という名の怒りに震えた蜘蛛実装の絶叫。俺は更に笑みを深くし、吼え返す。

「ハハハハハ!!! そうだそうだ! それが分相応ってモンだ!!
 さあ潰してみせろよ、テメェは強いんだろ? ニンゲン如きに舐められたままで良いのか、えぇオイ!!!!」

俺の安い挑発に身を捩り、更に威嚇の度合いを強める蜘蛛実装。ここまで化物になっても元が元故か、扱い易い事この上無い。

「ジャガアアアアアアアアアア!!!」

怒りに我を忘れ、蜘蛛実装は再び牙を俺に突立てようとする。

「……ふっ!!」

その牙が首に食い込もうとしたその瞬間。
俺は唯一動く右腕を振るい、バール(rの柄尻を蜘蛛実装の複眼に叩き込んだ。

「デジュゥッ!? …デズジャバアーーーーーー!!!」

角ばった金属が半面に深々と突き刺さり、潰れた緑眼から同色の体液がボタボタと大量に零れ落ちる。
痛みに顔を振り乱す奴を無視し、突立てたバール(rを捻り込む。そのまま力任せにグチャグチャと傷口を掻き回した。
血液と肉片が盛大に降り注ぎ、目の前が赤と緑に染まる。

「デギィィィ、デジャァオオオオオーーーーーー!!!!!」
「…!!」

しかし、ここまでやっても尚、地力の差はやはり埋め難かった。
脳に届きそうな程に顔面を抉られながらも、奴はより力を込めて抵抗を振り払い、仕舞いには俺の左肩に喰い付いてきた。
巨体に見合った凄まじい顎の力に肉が軋みを上げ、絶え間無い激痛となって俺を苛む。特殊繊維の織り込まれた戦闘服さえ食い破られそうな勢いだ。
だが叫んでなどやるものか。歯を食い縛り、苦痛の呻きを噛み殺す。
負けじと右腕に力を込め、奴もまた苦しみから逃れる様に顎に更なる力を注ぐ。
左腕は既に痺れを通り越し、感覚さえ曖昧になっている。肩口の痛みは増す一方だ。糞が、脳味噌直接掻き回す位じゃねぇと止まらねぇか!?

「ジュオオオオオ、ジュオオオオオオオオ!!!!」
「ぐ、ギギギギギギ………こ、の、いい加減にくたばり………や、がぁ、れぇぇぇッ!!!!」
「ジュガアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「……がはァッッッ!!!!!」

奴の節足が“粘糸”塗れの胴を痛打し、思わずバール(rから手を離してしまった。
肺の空気が残らず吐き出され、ついでに濁った血も混じる。ハハハ、内臓にキたか? 肋骨にヒビ位は入ったかもな。
けどまあ、こんなモンじゃあ足りねぇなあ!!

「………の、程度で、殺れるとでも思ってんのか糞ッタレがァァーーーーーーーーッ!!!」
「デジュアッ!? デビィ、ジャビィッ、デジュアアアアアッ!!!!」

貫手で直接複眼の一つを抉り、ズルズルと神経索ごと引き摺り出す。弾力のある眼球を潰すと、何とも言えない高揚感が全身を突き抜けた。

「デジュバアアーーー!? ビィ、デビィィィィ!!!!!」
「ククク、ハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

更にぽっかりと開いた穴に手を差し込み、グチャグチャと中を捏ね繰り回す。うわ、超気色悪ぃ。ドロドロだよ、オイ。
脳が何かヤバイ具合にトリップしているのが自分でも分かる。何処からどう見ても絶体絶命だと言うのに、今この瞬間が楽しくて仕方が無い。
馬鹿笑いを上げる俺に神経を直で嬲られている奴は、想像を絶する激痛に身を捩りながらも尚獰猛に牙を喰い込ませてくる。
左肩でブツ、ブツと繊維が引き千切れる嫌な音が響き、遂には皮膚を破って鮮血を噴き上げさせた。

「………————————————デェェェェスゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!!!!」

その時、意識がアッチに飛び掛けていた俺の耳を、聞き覚えのある怒声が力強く打ち据えた。
その声につられる様に眼球だけを動かして上を見ると、鴉の様な黒い影が猛然とこちらへ落ちてくる光景が眼に映った。

「………ッ、J!?」
「マスターに何をしてやがるデスこのデカブツがぁーーーーーデスゥーーーーー!!!!」

突然上から落下して来たJは、両手に携えたナイフを閃かせ、蜘蛛実装に激突する。
煌く刃の尖端は正確に頭部と胴体の連結部————人間で言えば延髄に相当する箇所を抉り、蜘蛛実装は電流を流された様な痙攣に身を震わせた。

「ジェベェッ、ジャアア!? デジュゥ、デジュバベェーーーーーーー!!!!」

露骨な苦痛と狼狽の叫びと共に、左肩に掛かる負荷が一気に消滅した。

「でやああああーーーーー!!!!」「「「「「ボックゥーーーーーーーッ!!!!」」」」」

そこへ更に六体のソルジャー実蒼が飛び込み、自慢の鋏を振るって二本の節足を切断する。コイツ等は………そうか、救出隊のチームブルーか!

蜘蛛実装は金切り声を発しながら飛び退り、今も首筋にナイフを突き刺したままのJを振り落とそうと暴れ回る。
嵐の如き狂態に、突き刺さったままだったバール(rが抜け落ち、ガラガラと喧しい音を立てて床に放り出された。

「マスター! コレを!!」「!? ……ッ!!」

死を掛けたロデオに翻弄されながら、Jが俺に向けて何かを投げて寄越した。反射的に無事な右手で受け止める。
見ると、掌に収まったそれは銀色の液体が詰まった細長い容器—————Jに預けた『粘糸溶解液』のアンプルだった。
全く………何処までも粋な演出じゃねぇか、なぁJ!
俺は頭を振って息を深く吸い、胴体を拘束する“粘糸”目掛けて一気にアンプルを叩き付けた。
その衝撃で弾頭が弾け、中の溶液を広範囲にぶち撒く。飛び散った銀の液体は即座に効力を発揮し、ぬめる緑を溶かす様に侵蝕していく。
数秒で無力化した拘束を引き千切り、無理矢理身体を起こした俺はすぐさまJに大声で呼び掛ける。

「J、ブルー、離脱だ! 止めを刺すぞ!!」
「デスゥッ!!!」「「「「「「ボクゥッ!!」」」」」」

走り始めながらの叫びに即座に反応したJは、荒れ狂う巨体からタイミングを計って飛び降りる。チームブルーもそれに続いて離脱する。
打ちっ放しの床をゴロゴロと転がるJに気付き、これを踏み潰そうと迫る蜘蛛実装。
体液を滴らせるその顔面に、俺は右手で引き抜いた対実装銃のフルオート射撃を浴びせ掛ける。
傷口に集中した実装弾が連続で破裂し、奴の頭部に汚い緑の華が幾つも咲き誇った。

「デジャビャアアアアッ!! デジュゥーー!! ビャアアアアア!!!!!」

化物面の左半分を削り取られ、その勢いを緩める事無く床と壮絶な抱擁を交わす蜘蛛実装。
俺は突進しながら全弾撃ち尽した銃を放り投げ、落ちていたバール(rを片腕だけで拾い上げる。

「ぐぅぅぅ……ァァあああああああーーーーーーーー!!!!」

痺れの残る左腕に鞭打ち、両手で握ったバール(rをゴルフスイングの様に倒れた蜘蛛実装へと飛び込みながら一閃させる。

「ジャブバァッ!!!!」

燕の如く下から弧を描いて浮き上がった一撃が斜めに傾いだ蜘蛛実装の頭をスイカよろしくカチ割り、衝撃で巨体が仰向けに引っ繰り返る。
相当なダメージを与えたが、俺の方も無事では済まなかった。無茶な攻撃の所為で左腕に力が入らない。
……構ってられるかボケが! チャンスは今しか無ぇ!!

「J! ブルー!! やれぇ!!!!」

倒れて尚、ぶんぶんと節足を振り回して抵抗する蜘蛛実装へ、Jと実蒼達が一斉に飛び掛った。
最初に比べれば無きに等しい抗いを排し、Jのナイフ、実蒼の鋏、種類の異なる二つの刃が闇を縦横無尽に切り裂き、残る節足を全て切り飛ばす。

「ジャアア!! ジュオオオオ!! ジャベベベベエェェェェ!!!!!」

これで最後だ。俺は腰裏から射出機を抜き出し、銃身を口に銜えて蜘蛛実装に躍り掛かる。
達磨状態になった奴の腹へと飛び乗り、鞘走らせたコンバットナイフを突き刺して真一文字に胴を切り開いた。
滝の様に迸る鮮血を浴び、全身が赤と緑に染まる。耳を劈く絶叫を意識から締め出し、裂けた噴出孔に腕ごと射出機をぶち込んだ。

「ジャボォッ! デジュブゥゥゥーーーーーーーーー!!!!」
「最後の一本………折角だから直に味わえ。遠慮はするなよ? ——————大盤振る舞いだ!!!!」

不快感に呻く蜘蛛実装に言い捨て、最初で最後のトリガーを引く。
接触状態からの発射により行き場を失った圧力が内部で膨張し、元々それ程頑強では無い射出機の耐久力を上回る。
その行き着く先は—————まあ、一言で言えば暴発だ。そして当然の事ながら、装填済みのアンプルもあっさりと粉々になる。

「………!!!!!????? デジュゥゥゥゥゥ、デジャバアアアアッ!!! デジィ、ジャボォォォォォーーーーーーーー!!!!!!!!」

自身の裡から喰い潰される感覚に身悶え、足の無い身体をブルンブルンとのた打ち回らせて苦しむ蜘蛛実装実装。
腹の中で飛び散った溶解液は糞の代わりにタンマリ詰まった粘体に反応し、その全てを溶かしながら奴を内部から侵略する。
俺は自分の血と粘液に塗れた右手でナイフを握り、石榴の様に弾けた奴の胴体部を見据える。
体液に濡れ光る肉の奥、鈍く輝く巨大な翡翠の輝き………奴の生命そのものがそこに埋もれていた。

「………これで終わりだ化物。中々愉しかったぜ」

全身至るところを破壊し尽くされ、もはや動く事さえままならない蜘蛛実装。唯一無事だった赤い眼と、一瞬だけ視線が絡み合う。
俺はナイフを振り上げ、口の端を軽く歪めた。

「けどもういい加減に飽きたろ? それじゃあな」

ごく短い呟き。
高々と掲げたナイフに全体重を掛け、痙攣を繰り返す蜘蛛実装目掛けて一気に振り下ろした。
研ぎ澄まされた切っ先は寸分の狂いも無く偽石に吸い込まれ、一瞬の儚い抵抗の後、定めし破壊へと導く。
何処までも透き通った響きを立てて砕け散り、乱舞する偽石の欠片。だが、予想された断末魔は無かった。

「————————————————————————————————テ、ェ」

ただ一度だけ、衝撃波の様な末期の痙攣に身を震わせ———————悪性変異・蜘蛛実装は、永遠の沈黙へと伏された。
崩れた頭に残った赤い複眼は濁りを湛えて虚空を睨んでいる。もう、何も視る事は無い。
自分が喰らうものも、自分を脅かす存在も、何もかも。
死して尚威容を誇る骸は、ありとあらゆる箇所から逆流した粘液を垂れ流したまま微動だにしない。
……終わった。

「………………はぁ」

だらりと下がった右手から勝手にナイフが落ちる。
気怠い溜息と共に全身から力が抜け、思わずその場で座り込んでしまった。
全身を鈍く覆う疲れを意識した途端に節々に痛みが走り、何もかもがどうでも良くなってくる。

………ま、もう事は済んだんだ。休んだところで罰は当たるまい。

俺はズタズタになった右手で懐から煙草を取り出し、豪く難儀しながらようやく一服する事に成功した。
目の前でくゆる紫煙が傷に沁みる………。口の中が非常に痛い。
おっと、忘れるトコだった。通信機のスイッチを入れ、簡潔に最低限の情報だけを伝える。

「——————あー、こちらハンター「」。駆除対象“蜘蛛実装”の殲滅を完了。
 可及的速やかな処理班の出動を要請する………」

返事を待たず、俺は埃と血と粘液だらけの床に大の字になる。汚れるのも気にならない。既に粘液塗れだし。
寝転んだまま煙草を銜えていると、一体の実蒼を伴ってJが近付いて来た。

「……マスター「」」
「…んん? おぉ、ご苦労さん。疲れただろ?
 それとオマエも良くやってくれたな。えーと……ああ、そうか。確かチームブルーのワン…だったな」
「ハイ、ハンター「」。覚えていて下さって光栄です。それと……お疲れ様でした。後はお任せ下さい」
「おーぅ、頼んだ………あー、痛ってぇ…………」

一礼して駆け出したブルーワンを見送る俺とJ。
疲労が骨の髄まで浸透している。もはや一歩たりとも動きたくない。

「……満身創痍、デスね」
「あー、そうだなぁ。ここまでやられたのも久しぶりだ……くぅー、ああー、うぇー」
「しばらく休んでいて下さいデス。後は待機要員が全て済ませる筈デスから」
「そうする………」

冷静だが何処か気遣わしげなJの言葉に頷き、俺は同じ様に横たわる蜘蛛実装の死骸に目を向ける。
一歩間違えば俺があそこに転がっていたかも知れない。しかし、だからと言って何を思う事も無かった。
狩りの後に訪れる安息は嫌いでは無いが、俺の求めるものはやはりそこには存在していない。
実に滑稽だ。全く以って救い様の無い屑だな、俺は。

Jはただ静かに俺の傍らに立っている。
その視線がただ一度だけ蜘蛛実装の骸へと注がれ—————やがて何事も無かったかの様に他へ向けられた。
駆除が終わると決まってこんな態度を取るが、聞いた事が無いから真意は不明だ。
もしかすると、これがJなりの“同胞”に向けた弔い………なのだろうか。
勿論ただの当て推量だ。本当のところがどうかなんてのは、本人にしか分からない。

「…………」

あーもう、考えるのも面倒臭い。
寝ちまおう。そうすれば何も感じずに済む。幸いと言うか不幸にもと言うか、既に半分落ちかけているしな。
短くなった煙草を吐き捨て、ゆっくりと目を閉じる。傷口の熱が少々気に触るが、すぐに曖昧にぼやけて拡散していく。

そうして意識が沈むその瞬間、益体も無い事を一つ思い出した。

ああ、そう言えば怪我には気を付けて、とか言ってたっけか。やれやれ、見つかるとまた五月蝿そうだな。
でもま、別に良いや。きっと許してくれるさ。


———————————俺はまだ、こうして生きているし、な。そうだろう?





『JISSOU FREAKS』CASE-2:『the WEB』....ALL the END.


※ここまで長々とお付き合い頂いた方、感謝の極みです。お疲れ様で御座いました。
 相変わらず設定は嘘八百だらけです。後、人物名もテキトーです。性格も作ってます。そこのところは合わせてご了承下さい。

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