タイトル:【飼育】 実装牧場
ファイル:ママゴハン4.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4242 レス数:0
初投稿日時:2009/10/24-09:23:01修正日時:2009/10/24-09:23:01
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「あなたも食用実装石を飼ってみませんか? ねぇ……」

 ちょっと前に貰ったチラシを眺めながら、俺はひとりごちた。
 世間ではゴールデンウィークとやらが終わり、皆が働き始めた頃。
 だが、俺の休日は終わって居なかった。

 不況の直撃で会社がかなりヤバイので、臨時の2週間の無給休暇が設定されたのだ。
 
 先月末には人員整理もあった。
 あまりにヤバすぎるので社長が泣きついて、年金受給資格のある最年長の二人に退職してもらったのだ。
 収入は激減するが、それでも他の連中を切るよりは……とおっさんたちも受け容れてくれた。
 次にやばいのは、たぶん……新参、無資格の俺。

 ようやく安定した職を手に入れて少しは真人間になった、と思っていたのだが、どうも世の中そう甘くはないらしい。
 チラシを放り出すと、寝転がって通帳の残高と睨めっこをする。
 以前の習慣、半年働いて半年休む、という生活が染み付いていたせいで、せこくケチってきたため、金はそれなりにある。
 だが今月はいいとして、来月にはクビにならないとも限らない。もしかしたら会社が潰れるのが先かもしれない。
 大事に使うに越したことはなかった。この不況下、30過ぎ無資格にホイホイ次の仕事があると思う方がどうかしている。

 一つ息をつくと、俺は電話をとった。以前持ちかけられた話を受けてみよう、そう思ったからだ。

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 翌日。

「いやぁ、まさか引き受けてくれるとは思わなかったよ」
「はは、まあ色々ありまして」

 俺は役所の担当者に連れられて、ある場所に向かっていた。

 消防団の仕事……のような、そうでないような、微妙な仕事だ。

 話を聞いた時には気乗りしなかったのだが、一週間の長期拘束になる代わり、普段は出ない手当ても出るのだから、家でゴロゴロ
しているよりはずっとマシ、そう思って引き受けることにしたのだ。
 担当者のおじさんはほんとにほっとした、といった顔で俺を迎えてくれた。

 なんと言うか、そこまで露骨に安心されるとこっちとしてもやる気が失せるのですが。 

「こっちも手一杯でねぇ。こればっかりやってると他の業務も滞っちゃって」

 肩の荷が下りた気安さか、実にぺらぺらとおじさんはよく喋る。これから面倒を押し付けられる俺は、
適当に相槌を打ってお茶を濁しておいた。

「あ、ここですここです」

 市の郊外、住宅と緑地の割合が半々といった感じの辺りまで出てきた俺たちは、一軒の家の前で立ち止まった。
 付近じゃあまり見ないが、聞き覚えのある表札がかかっている。
 おじさんがインターホンを押すと、すぐに門は開かれた。

 家人に招かれ、リビングに入った俺は、家の主らしい老人と目があって、ようやく合点がいく。

「なんじゃ、君か」
「お久しぶりです。お元気そうで」

 そこには、以前見回りの時に何度か組んだじいさんが座っていた。見回りの組換えもあって暫く会っていなかったが、顔を綻ばせて
声をかけてきたじいさんに、俺もつい声が明るくなる。
 が。
 じいさんから向かって左側に、3人の……おそらく今回の話の相手になる連中が座っているのを見て、心が再びずしんと重くなった。

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 俺たちがやろうとしている、というか押し付けられつつある仕事はいわゆる、「再就職支援」という奴だ。
 巷を吹き荒れる「派遣切り」で職にあぶれた人たちのための受け皿を開発しよう、という試み。
 ふたば市はさほど大きな街ではないが、それでもやはり、クビを切られた人はまとまった数がいた。
 行政もボランティアも全力をあげて雇用の確保と新たな雇用先の開拓に力を入れていたが、この不況下そうそうあるはずもない。
 なりふり構わぬ雇用の開拓・促進のために、俺たちのような末端も末端のまで協力するような羽目になった、という次第だ。
 もっとも、他所でも起きている現象は、ここでもちゃんと起きている。
 接客・介護・タクシー・運送……そういった業種は求人は出すが、「派遣切り」にあったはずの人でも寄りつかない。
 正直なところ、こんな状況で新たな雇用先を確保したところで無駄だと思わなくもない。

 不況の直撃前に正規雇用に滑り込んだ幸運な俺がいうのもアレだが、いま必要なのは、皆が現状をきちんと把握する、そのための
時間をおくことだと思う。
 仕事を選り好みしている、というのは、状況が激変しているというのは頭では分かっていても、仕事が溢れていた頃の記憶が強すぎて、
体の感覚がそれに追いついていない、という現れだと思う。自分がそうだった。
 ケツに火がついて本当に後がないのだ、という状況になるまでは、のんびりしているし、ある意味、高を括っている。
 30代になるまで、本当に仕事がなくなるということの意味など毛ほども考えていなかった。
 俺は30代になって求人が激減して、そこで初めて仕事を選んでいる余裕などないということを思い知らされた。

 そうして追い込まれてようやく、今の職を得た。20代の頃なら絶対に避けていたであろう、ガチンコの重労働だ。
 それでもどうにかこうにかこなしているのだから、人間、大抵の仕事には慣れる。

 既にふたば市に限っていえば、「派遣切り」された離職者を受け止めるだけの受け皿は確保してあるのだし、これ以上の支援は不要だ、
俺はそう思っている。
 俺だってこの先世話になるかもしれないから、条件のいい求人先の開拓は大歓迎、ではあるけれども。

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 はじめから気乗りしない話ではあったけれども、ひととおりの説明を受けて俺はあらためて後悔した。

 公園の野良実装を食用実装石として飼育する、大雑把に言えばそういう話だ。
 食用実装石にすれば、お金も儲かるし、野良にしたところで駆除や虐待で命を散らすよりはずっと幸せだろう、とか。
 じいさんの話では兼業農家の小遣い稼ぎにもならないらしいが、愛護派の婦人はそんなことを聞いてはいなかった。
 それでも辛抱づよく説明するじいさんに最後はキレ気味に

「公園の管理事務所の人間を増やせばいいでしょ!
 野良実装じゃなくて食用実装石として管理すれば、定期駆除もなくなるし、いくらか補填もできるわよ!」

 とのたまった。
 食用実装石の飼育は方便で、どうやらそれが本音らしかったが、一理ある、と役所は考えたようだ。
 たしかにおばさんが言うとおりに上手く行けば、定期駆除の費用を削減できるし、そこから公園の管理人の増員に繋げるのは難しくない。
駆除にかかる総費用に比べたら、一人増員する人件費くらいは安いもの、とは想像がつく。
 そこに興味を持ったのか、あるいは愛護派婦人の強烈なプッシュのおかげか……は分からないけれども、役所も検討する気になった。
その実現可能性を確かめるために、今回の研修と相成ったわけだ。

 愛護派の婦人は連れてきた二人を指し示していった。

「今回の食実装転換計画に際して立候補してくれた二人です。どうぞよろしくお願いします」

 頭を下げる愛護派婦人の隣に座っていた二人は、じいさんに挨拶しようとはしなかった。俺たちのほうは端から無視だ。
 若い、と思われる方は始終俯いたままで、年食った方は話の間中イライラと貧乏ゆすりをしていたのが目についた。
 立候補した、と言うのは真っ赤な嘘だろう。
 今までも幾つか斡旋してもらって、その全部から逃げてきた、そんなところだろうと思われた。

 この二人……やすあきとよしゆき……とこれから一週間、顔を突き合せないといけないと思うとなんだか気が重い。
 話を聞けば、やすあきは半ひきこもり気味の元ニート。まさにちょっと前の俺。
 よしゆきは「派遣切り」にあった元派遣社員、という組み合わせらしかった。

 愛護派の婦人はそれでもまだ、ぎりぎり常識が通じそうな雰囲気があったが、
「人に物を頼む時には頭を下げる」程度のことすら出来ないこの二人に、ほんとに研修に耐えられるのか、
俺は研修の内容を聞かないうちから不安になった。

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 挨拶を済ませる(やすあきとよしゆきは口すらまだ利いてないが)と、愛護派婦人は去って行った。
 俺たちはじいさんの畜舎に場所を移し、あらためて説明を受ける。
 畜舎と言ってもこじんまりとしたもので、田舎で祖母が飼っていた鶏小屋を思わせる、ボロい小屋だった。
 そのボロ小屋の中に禿裸に剥かれた成体実装石が5匹。囲われた別の部屋に、仔実装が10匹ちょっとくらい居た。

「最近出荷したばかりであまり居ないんじゃが」

 そう言ってじいさんは案内する。歩きしな、実装石の餌や糞の世話などについてぽつぽつと説明する。

「そういや、じいさんはなんでまた食用実装石なんて飼おうと思ったんです?」
「クズ野菜の処分に困ってな。
 それに最近は野焼きも近所の人から苦情が出るんで、収穫後のガラの処分のためにも、こいつらを飼うことにしたんだ」

 俺が尋ねるとじいさんはそう言い、後を受けるようにして担当者のおっさんが続けた。

「野焼きに替わる雑草の処分法にならないかな、ってうちでも思ってるんですよ。毎年苦情がすごくて」

 なるほど。
 この辺は新興住宅地として拓かれた地域だ。元は百姓の方がずっと多かったが、今では勢力が逆転している。
 百姓の方が、周りに気を遣って生きなければならないような状況だということだ。
 そういえば、消防署で聞いたことがある。
 野焼きの時期にきちんと許可を取って野焼きをしている百姓と、近所のクレーマーが騒動起こして警察沙汰になるのが増えている、と。
 たいがいは警察が百姓が許可を取っているのを確かめてからクレーマーを叱り飛ばすらしいが、クレーマーというのは根に持つもの。
 いつ刃傷沙汰を起こすか知れない危ないクレーマーも居るそうで、なるべく刺激しない方向で対策を練っている最中らしい。

 爺さんは次に俺たちを倉庫のような建物に案内した。片方の隅に山と詰まれた名前も分からない草がある。

「あれがカッターにかける前の餌。
 そしてこいつが、カッターにかけた後の餌だ」

 機械を挟んで向かいの隅には、細かく裁断された草が、これも山になっていた。
 爺さんは機械の傍らに置いてあった籠をひょい、と持ち上げると、裁断された草をその中に書き込み、籠を抱えて立ち上がる。

「これを親に与えるんだ。クズ野菜を混ぜておけば、雑草でもかまわず口に運ぶから楽じゃよ」

 爺さんはそう言って成体実装石の居る室の囲いの上から、籠の中身を振りかけるようにして与える。
 動きのなかった実装石が「デシャアアアア」と喚きながら、先を争って食い始める。公園でよくみる風景と通じるものがあるな。
 コンクリの床に直播きするものだから糞に塗れたものもあるが、それもかまわず実装石たちは口に運んでいた。

「草でも喜んで食うまでに慣らすのに、だいたい1ヶ月はかかるんじゃ。
 最初タップリと味をつけた餌を与えて、コイツらの味覚を壊す手間があるからのぅ。
 そのために砂糖やら醤油やら使うんじゃが、これがけっこう馬鹿にならん値段がするんじゃ」

 暗にこれは儲からない、と念を押すかのように、爺さんは言う。
 やすあきとよしゆきは、そんな爺さんの説明などほとんど聞いてないようで、よしゆきは場所を移動するたびに聞こえざまに舌打ちする。
 やる気ないのはわかるけど、せめて隠すふりはして欲しいものだ。
 じいさんもだんだん不機嫌になって、案内しながらもどんどん口数が減っていって、仔実装の説明に入る頃には、
俺と役所の担当者だけが喋っているような感じになっていた。

「仔実装はだいたい、3週間で集荷して、出荷しとる」
「こっちの室は床奇麗なんですね」
「朝晩掃除するからの。こっちのは商品じゃから。クソ食いもさせんように注意せんといかん」

 それっきりじいさんは黙る。役所の担当者が補足して説明を入れた。

 食用実装石のおもな需要、それは結着剤としての需要だ。
 クズ肉をまとめて食用に適した肉に合成するとか、品質の劣る肉に添加して、歯応えをよくするとか、そういうのに使うとのこと。
 実装石そのものの肉には栄養価もほとんどないし、旨味だってまったくと言っていいほどない。
 生の実装石は、食用実装石といえども、それこそスポンジを噛むような味わいらしい。
 しかし、それだけにいかなる食肉にも合う。
 元の味がほとんどないために、結着剤としてひじょうに好適なのだ。
 自然由来の結着剤だから、食品添加物にうるさい客にもアピールになる。
 実装石を使ってクズ肉を成型加工したものの試食会が開かれた際には、たいがいの人がそれを一等肉と誤解したそうだ。
 クズ肉でも捨てずに食用にまわせる、というのは大きなメリットで、食肉業者からは実装石は歓迎されている。

 ただし、実装石そのものが食肉として流通しているわけではないので、需要はさほど大きくない。
 食用実装石の飼育だけで生計を立てる、などと言うのはほとんど不可能なのだ。
 現実に、食用実装石の需要は伸びつつあるものの、生産農家はいずれも副業的にやっているものばかり。
 多くはじいさんのように、農業廃棄物(野菜の収穫後の蔓や茎、葉っぱ、畠の畦の雑草など)の処分用に飼っているのが実情だという。
 実装石のことだからクソが問題になるんじゃないかと思われるが、定期的に出産という過酷な負担を課すために、
クソとして排泄される量はごく少ない。
 食用実装石はそれだけ効率的な消化器官を発達適応させているのだ。
 野良実装石でも時間をかければそうした体機能の適応が可能らしいが……

「チッ」

 またもよしゆきが舌打ちをした。これほど敬意を抱く気になれない年長者というのも珍しいだろう。
 畜舎の中で喫煙を禁じられたよしゆきはせわしなく足踏みをしながら「チッ」「チッ」と連続で舌打ちをする。
 やすあきはやすあきで、ものも言わずにぴったり後ろからくっついてくるだけで、いいかげん鬱陶しい。
 俺もかつては、他人から見ればこんな感じだったのだろうか? そう思うと、なんとなく背筋が寒くなった。

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 ひととおり説明が終わったところで、いよいよ実習だ。
 役所の担当者は次の仕事があるとかで、研修が終わった時間に迎えに来る、と言って帰ってしまった。
 担当者がつきっきりになるわけには行かないために、ここからは俺が連絡役、兼お目付け役、としてこの研修を取り仕切ることになる。
 もっとも、名目上そうなっているだけで、じっさいの仕事の監督はすべてじいさんだ。

 俺とじいさん、やすあきとよしゆきの4人で、まずは仔実装の畜舎の掃除からはじめることになった。
 床につきそうなほどに丈の長い前掛けをつけて、仔実装の畜舎に入る。
 親実装と違って、体力の弱い仔実装はハゲハダカ処置が出来ない。生まれたままの普通の実装石の格好だった。
 途端に仔実装たちがテチャテチャと喚いて駆け寄ってくる。クソの投擲姿勢をとっているのも数匹見えた。

 べちゃり。

 一匹の仔実装が投擲したクソがやすあきの前掛けの裾に付着する。やすあきは「ひっ」と声を上げてへっぴり腰で柵に寄りかかった。
 じいさんはすぐさま投擲した仔実装を捕まえると、目の高さに上げて、言った。

「こいつらは躾済みとかじゃないから、人間の怖さを知らん。ああやってクソ投げをしたときにはこうしてくれ」

 言い終わるや否や、じいさんは仔実装のクソ投げをしたほうの腕をもぎり取った。

「もう片方も忘れずにもいでおくんじゃ。逆恨みして残った方の腕で投擲し始めるバカが居るからの」

 そう言って、仔実装が絶叫しながらも媚びるように頬に当てていた腕をも、ちぎり取る。
 じいさんはちぎりとった腕を前掛けのポケットにしまい、仔実装を床に下ろした。

「実装石はほとんど味はせんが、同属食いをした奴はえぐみが強くて売り物にならんから、もいだ腕は回収してくれ」

 床をのた打ち回る仔実装を尻目に、俺たちは掃除をはじめる。
 出産がないために仔実装のクソの量は公園のそれとほとんど変わらないくらいに大量だ。
 手渡されたスコップでコンクリートの打ちっぱなしの床のクソを丁寧に攫う。攫ったクソは猫車に入れてクソ小屋に放り込む。
 クソ小屋で醗酵させたあと、肥料に使う。もっとも、牛肥などの堆肥に比べるとずっと養分に乏しいために、
殆ど気休めみたいなものだとか。

 猫車を押しながらよしゆきが「やっとらしくなってきたじゃねぇか」と暗く嗤う。
 掃除をしながら、よしゆきは投糞してきた数匹の仔実装を嬉々として甚振っていた。
 肩口まで裂けるほどの勢いで腕をちぎりとり、回収しろ、と言われていたにも関わらず、クソ塗れの床にちぎった腕を
落としてそれをぐりぐりと踏み躙った。
 腕をもがれ踏み潰された仔実装が、甲高い悲鳴を上げると「うるせーよ馬鹿」と呟いて投げ落とすように床に転がす。
 やすあきに投糞した仔実装まで引っ手繰るようにして奪うと、ぶちり、ぶちりと腕をもぐ。
 始終その顔にはニヤニヤと笑みを浮かべていて、明らかに楽しんでいる風だった。

 なるほど。
 やすあきはまだよく分からないが、このよしゆきはたぶんダメだ。

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「虐待派、でしたか……」

 研修の一日めが終わり、やすあきとよしゆきを迎えに来た担当者は、話を聞いて嘆息した。
 うすうす感じてはいたそうだ。
 どんな仕事を周旋しても愚痴るだけで研修すら受けようとしなかったよしゆきが、
この仕事に限ってはケチをつけながらも研修を受けてみる、というつもりになったという。
 やすあきのほうはここが最初の候補で、別に選り好みしたわけではなかったようだ。
 愛護派の婦人にしてみれば候補が多ければ多いほどいい、ということで研修に名乗りをあげた人間の素性は考慮しなかったのだろうが、
よりにもよって天敵のはずの「虐待派」を自分たちの仕事に招き入れている。とんだ笑い話だ。
 愛護派の連中はどうも楽観的で、実装石に積極的に関わりたがる=愛護派という固定観念が強すぎる。
 じっさいに実装石に関わりたがるのは虐待派のほうが圧倒的に多いにも関わらず、だ。

「どうします、間明さん。
 間明さんが拒否されるのであれば、よしゆきさんは明日から研修外すことも出来なくはないですが」
「まぁしばらく様子を見ましょうや。
 引き受けたときからこれくらいは覚悟しておったし」
「申し訳ありません」
「アンタが頭を下げることじゃないやね。……しかし、ほんとにあの二人の考えてることはわからんのう」

 担当者が頭を下げるのを制して、じいさんは言った。
 たしかに、俺にもよく分からない。
 虐待派が実装石を育てる仕事をしようなどと、一体どういうつもりなのだろうか?
 やすあきは結局口すらろくに利かないままだったから何を考えているのか推測するよすがもないが、よしゆきには虐待派一般に感じる
嫌悪感を禁じ得ない。
 いつ発作的に爺さんの飼っている実装石を潰すか知れたものではない。

 俺がそう言うと、じいさんは

「さすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。
 君はちょっとよしゆきくんのことを見くびっているんじゃないかの?
 今殺してしまえば元も子もなくなることくらいは分かるはずじゃよ」

 とちょっと怒ったような声で言う。
 こんな面倒ごとを引き受けるくらいだ、じいさんは基本的にお人好しなのだろう。
 まあ……普通に考えればじいさんの言うとおりなのだが、その普通が通じないのが虐待派なのだ、とはあえて言わないでおいた。

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 翌日。
 朝の実装石の世話を済ませると俺たちは公園に向かった。
 世話をしているあいだじゅう、よしゆきは「たりー」を連発する。昨日よりは環境に慣れた気安さか、妙に態度がでかい。
 作業中、やすあきに「おいデブ、どけ」と顎をしゃくってみたり、指示を出すじいさんに「チッ」と舌打ちで答えてみたり。
 早くもメッキのはがれ始めたよしゆきに俺の苛立ちは募るばかりだが、じいさんは辛抱づよく付き合う肚を固めているようだった。
 こうと決めた時の老人の頑固さは敬服するものがある。裏返して言えば「頑固」にも繋がるのだが、この時俺は、じいさんの我慢強さに
素直に感嘆していた。俺がじいさんなら、もうとっくによしゆきを追い出しているのに、すごいと思う。

 公園に向かったのは、食用実装石の候補になる野良実装を捕獲するためだ。
 中央公園はさいきん駆除が入ったばかりで実装石を探すのも一苦労なので、駆除の済んでいない近郊の小さな公園に向かう。
 潜んでるところは見当がつくので適当に捕まえてじいさんの所に戻ってみると、やすあきはまだ公園の真ん中でうろうろしていた。
 ほんとにドンくさいが、いちおう真面目に探してはいるようだ。
 手助けしてやろうかと思ったが、じいさんに止められたのでそのまま眺めることにする。
 1時間ほどかけて、ようやくやすあきは成体になりかけの中実装を捕まえてきた。……まあ、合格か。

 それからしばらくして、やけにすっきりした顔のよしゆきが片手にハゲハダカをぶら下げて戻ってきた。
 さんざん甚振り尽くしたのか、そのハゲハダカのツラは生きているのが不思議に思えるほどにぐちゃぐちゃに潰れていた。

 やっぱりか……俺はじいさんに見つからないように顔を背けて息をついた。

 よしゆきは俺より先に実装石を見つけていたはずだ。捜索中、近くの茂みから「ヒャッハァアアア!」と叫ぶ声がはっきり聞こえていた。
 にも関わらず今までかかったということは、つまりそういうことだ。

「これしか居なかったのかのぅ?」

 じいさんは唖然とした表情を浮かべていたが、かろうじてそれだけ言った。

「あ?
 ああなんか知らんけど、これしか居ないぜ?
 たぶん他のクソムシに奴隷にされてたんだろ」

 悪びれる風もなく、よしゆきは言う。実に軽薄でチンピラっぽい口振りだった。そのよしゆきの背後から仔実装の群れが飛び出してきた。
 服も髪もある仔実装が、よしゆきにぶら下げられたハゲハダカにすがり付いてさんざんに泣き喚く。

「仔の居る奴は食用には出来んといったはずじゃが。
 もういっぺん探して……」

 ダン! ダン! ダン!! という地面を踏みしめる音とともに湿り気を帯びたモノが弾ける音が響く。
 よしゆきが足を上げると、地面には染みと仔実装の服の残骸だけが残った。

「こまけぇことはいいじゃんよ、ジジィ。さっさと帰らせぇや」

 よしゆきは巻き舌ぎみに煽るようにして言った。じいさんはもう何も言わず、車に乗り込む。
 帰りの車中は恐ろしいほどに静かだった。
 荷室の実装石も、騒ぐほどの余裕はないようだ。

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 じいさんの家に帰り着き、野良実装を臨時の飼育室に放り込んだ後、再びよしゆきはキレた。
 
「おいジジィ!
 いつになったら実装石の解体ショーができるんや!
 そういう仕事だって聞いてわざわざ来てやったんじゃけぇ、さっさせぇよ!!」

 夕方の仔実装飼育室の掃除を言いつけられたよしゆきが、口から泡を飛ばして叫ぶ。
 やっぱりこうなったなぁ、と思いつつも、じいさんが気の毒に思えた。
 だれも仔実装の屠殺解体までここでするとは語ってないのに、勝手にそう思い込んでいたのだ、よしゆきは。
 思い込みが真実であるかのように語り、偉そうに喚き散らすよしゆき。

 いったいこれと実装石、どこがどう違うのだろうか?

 既に見切りをつけていたので、俺はよしゆきから少し離れたところで様子見を決め込むことにした。
 バカと刃物は扱いを間違えると、とても危ない。
 やすあきがバカ正直にそんなところへ出て行こうとしたので俺は止めた。

「今は危ないから待っとけ」
「でも、掃除が……」
「いいから」

 やすあきは少しは未練があったみたいだが、なおも喚くよしゆきに恐れをなしたのか、けっきょくは俺に従うことにしたようだ。
 じいさんとよしゆきは、向かい合ったまま睨み合っている。
 というか、よしゆきがさんざんガン飛ばすのを、じいさんが正面から受け止めているという感じか。

「わしらはそんなことはせんよ」
「はぁ?」
「うちの卸した食用仔実装は買い取った業者が処理するんじゃ。
 じゃから、うちでやるのはあくまで食用実装石を飼育するだけじゃ」
「ああ?
 なんじゃ、そりゃ?
 ふざけんなよジジィ、そんなのが通用すると思ってんのか!!」

 がしゃん、と柵を蹴り上げて、派手に鳴らすよしゆき。

 哀れで、滑稽だ。

 そんなことをしても恫喝にもなりはしないのに、よしゆきはあの年までそれを知ることなく過ごしてきたのだろう。
 見回りでよくみる若いチンピラとよしゆきが被って見える。ずっと皺が多く、白髪も混じっているが、よしゆきはチンピラに相違ない。
 あの調子ではとても次の仕事など……それは俺が言うことではないが、少なくともここの研修を無事にこなすことは無理そうだった。

 じいさんが動じないと見ると、よしゆきは柵を飛び越え、仔実装の飼育室に入った。
 適当な仔実装を捕まえると、握りしめながら叫ぶ。

「おいジジィ、あんま舐めんなよ?
 あ?
 仔蟲潰されたくなけりゃ責任者呼んでこいよ、責任者。
 だいたい仔実装の解体の仕事だって聞いたから来たんだよ、俺は。
 クソムシの世話するとか聞いてねぇんだよ。我慢して付き合ってやってたけどよ」

 ……言うに事欠いて責任者、か。この畜舎の持ち主が誰だかわかっているんだろうか?
 まさか愛護派の婦人か、役所の担当者が「責任者」とでも思っているのだろうか?
 自分の思ったとおりの仕事じゃなかったから傷ついた、責任をとれ、とでも言うつもりなのだろうか?

 さすがに呆れて俺は思わず笑みを漏らしてしまった。
 まさか現実に、これほどステレオタイプの動物が居るとは思っても居なかった。
 不愉快な珍獣、実装石より実装石らしい、よしゆきとはそう言ったシロモノだ。

 じいさんは黙ってよしゆきに背を向け、こちらへ戻ってくる。
 言われたとおりに「責任者」とやらに連絡をつけるのか、と思いきや、そうではないらしい。
 じいさんが俺と擦れ違うタイミングで目配せをするのに気付いて、俺は懐の携帯を取り出した。
 連絡先は決まっている。警察だ。

 じいさんはカッターの上に残っていた大根の欠片を手にとると

「責任者は、わしだ」

 と言った。静かだが、聞くものを圧倒するだけの迫力を感じさせる、そんな声だった。

「わしは一言も、実装石を潰すのが仕事だ、とは言っておらん。
 そういう説明も、聞いておらん。
 よしゆき君の勘違いじゃろぅ」

 はっきりそう言われたよしゆきは、もう引っ込みがつかない。俺も助けるつもりなどなかった。

「ふっ……ざけんなよジジィ!!!
 なに寝言言ってるんだコラァ!」

 ぶぢゅ「チブッ」

 叫ぶと同時によしゆきは握りしめていた仔実装を潰した。クソ塗れ・血塗れの手を振り回しながらなお喚く。

「俺はちゃんと実装石を潰す仕事だって聞いてんだよ!
 オメーの言うことなんかカンケーねーんだよ!!」

 喚き続けるよしゆきの顔面に、じいさんは思いきり大根の欠片を叩きつけた。

「頭を冷やせ。
 お前がどう聞いたかはわしの知ったこっちゃあない。
 わしは役場の人間から、そんな話は聞いていない。
 わしは食用実装石の飼育に興味を持っている人が居るから教えてやってくれ、と言われて引き受けただけじゃ。
 食用実装石の飼育に屠殺なぞ入っておらんよ、最初から」

 ぐしゅぐしゅに潰れた大根が、よしゆきの醜く歪んだ顔から滴り落ちる。
 よしゆきが何かを言おうとしたが、それに被せるようにしてじいさんが大喝した。

「気に入らんのなら、さっさと失せろ!
 ここはわしの家で、わしの仕事場だ!
 わし以外に責任者はおらん! 出て行け!!」

 よしゆきは顔を真っ赤にして何か言い返そうとしたが、けっきょく、何も言わずに出て行った。
 よしゆきが最後に畜舎の壁を蹴りつけた音だけが、静かな室内に木霊する。

 警察が到着した頃には、よしゆきはもうどこにも居なかった。

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 夕方になって、愛護派の婦人、役所の担当者が慌てふためいてじいさんの家に駆けつけてきた。
 愛護派の婦人は最初、じいさんを堪え性のない頑固ジジィと言ってなじったが、

「あんた達は、よしゆきにこの仕事が実装石を潰す仕事だと教えたのか?」

 と尋ねると、何の話だ? と言わんばかりのきょとんとした顔をする。
 俺が事のあらましを説明してやると、愛護派の婦人はみるみる青ざめていった。
 虐待派をそれとは知らずに招き入れていた自分の無知に対する怒りか、裏切ったよしゆきに対する怒りか、どちらかは分からない。

 じいさんに食ってかかっても無駄だと悟った愛護派の婦人は今度は役所の担当者に食ってかかった。
 どういう人選をしているのか、よしゆきに曖昧な説明をしたのは役所なのか、と火を噴くような勢いでまくし立てている。

 どうでもいい議論をはじめた二人を尻目に、俺とじいさんはこの日何度目になるか分からない溜息をついた。

 とにかく疲れた。精神的に。

 二人で柵にもたれかかっていると、後ろから声を掛けられた。

「あの……僕もクビですか……」

 やすあきが不安そうな声で言った。じいさんはそれを聞くと、やすあきに向き直り

「いや、やすあき君が研修を続けたいなら、このまま続けるよ。そういう約束だしのぅ」

 そう言って相好を崩す。こっちはまだ見込みがありそうだった。
 やすあきはもうどうにも後がないのだ、と分かっているようで、挙動不審ではあるものの、目は真剣そのもの。
 あらためて実装石の飼い方のレクチャーをはじめたじいさんの言葉に、熱心に耳を傾けていた。

 よしゆきに、この半分でも熱意があればな。

 そう思わずにはいられなかった。

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 一週間の研修が終わり、いちおうの目処が立ったということで、やすあきは公園の管理事務所で試用ではあるものの仮の実装石管理人
として採用されることになった。野良実装を食用実装に仕立て上げると言うのは難しそうだが、やすあきはまだ熱意を持っているから、
なんとかなるだろう。
 研修当初は人の目を見て話すことも出来なかったやすあきだったが、今では小声ではあるけれども挨拶を自分からするくらいはできる
ようになっている。

 研修の最後に、やすあきが言った言葉が忘れられない。

「よしゆきさん見て、ああはなりたくないな、って」

 やすあきは、そう言った。
 けっきょくあの後、よしゆきはボランティアの提供している宿泊施設に何事もなかったかのように戻っていて、
今もだらだらと過ごしているそうだ。もう役所の担当者が仕事を周旋することもないという。

 よしゆきを見てやすあきが発奮したのはいいが、なんだか複雑な気分だった。

 よしゆきのまさに実装石もかくや、と言わんばかりの自己中心的、独善的な態度を見て考え直してくれたのはいいが、
それだけじゃダメなのだ。
 よしゆき……というか、俺が出会ったことのある虐待派は、どれも人間のカタチをした実装石だ。

 実装石というブザマなナマモノを人間の基準で判断することになんらの疑問も覚えない、度し難い愚か者。
 実装石ごときにいったいなにを期待しているのか知らないが、人間並みのモラルを連中に要求し、裏切られ、発狂する。

 よしゆきの虐待だって突き詰めてしまえばそれだ。

 実装石に人間のモラルを当てはめ、甚振る。
「俺より下の下等なナマモノがいる、だから俺はまだ大丈夫」そう考えてまともに危機感を持って動こうとはしない。

 そもそも、実装石と比べて「自分のほうが上」と感じるその優越感こそがまずまっとうな人間ではないというのに。
 まっとうな人間なら、いくら2足歩行するナマモノとはいえ、実装石ごときと同じ基準で自分を語ることにとてつもない屈辱を覚える。

 よしゆきにも、今まで何度かチャンスはあったんだろうと思う。
 だがそのとき、現実と正面から向き合うのではなく、実装石を甚振ってすっきりするというどうしようもなく
刹那的な対応で満足してきたから、今日のような羽目になったのだろう。
 哀れすぎるが、本人がそれでいいと信じているのだからもうどうしようもない。

 やすあきはまだ若い。
 もっともっと世界を広げて、よしゆきは「人間の最底辺にすら届かない、実装石レベル」だったのだと気付いて欲しい。
 そうして自戒して動くかぎり、やすあきの心の闇に、実装石がもぐりこむ隙間はないだろうから。


 明日からは、俺も仕事が始まる。
 仕事があるというのは、ほんとにありがたくて、いいことだ。
 公園をうろちょろする実装石のことなぞ、本当にどうでもよくなる。
 先のことを考えると不安になるが、その不安や焦りを実装石にぶつけたところでなにがどうなるものでもない。

 苛立ちや不安がたまったとき、実装石にぶつけると、ほんとにすっとする。これはどうしようもない事実だ。
 だがいい年こいた大人がそれにばかり溺れて、自らもまた実装石と同じところまで落ちてしまえば、人生はお終いだ。

 俺は実装石の声の響くじいさんの家に背を向けて、家路につく。途中、スーパーの前を横切りかけて、ふと思い出す。
 そういや、今日は肉の特売日だっけか。
 もしかしたら、じいさんの作った実装石を俺も知らないうちに食っているのかもしれない、そう思うとなんだか不思議な気がした。

 いずれ、やすあきの作る実装石がそこに混ざるようになるといいんだが。

 そんなことを考えながら、俺は踵を返してスーパーへ向かった。

<おわり>


09/10/24 再UP。白保管理人さんに感謝します。お世話になりました。

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