タイトル:【駆除】 実装山
ファイル:ママゴハン3.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4663 レス数:0
初投稿日時:2009/10/24-09:18:29修正日時:2009/10/24-09:18:29
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 テキパキと準備を進める一団から少し離れたプレハブ小屋の中から、俺はそれをぼんやりと眺めていた。
 
 正直……やることがない。

 お目付け役と言うことで呼ばれてきたものの、どうも出番はなさそうだ。
 俺は一つあくびをして、目尻を擦る。

「いやぁ、すいませんね。せっかくの日曜日なのにわざわざ」
「ぜんぜん構いませんよ。家に居てもすることないですし。天気のいい日は外に出るに限ります」

 50絡みのおっさんが、頭を下げながら隣にやってきた。
草や葉っぱを貼ったメットを被り、首からゴーグルを下げたサバイバルスーツ姿のそれは、まっとうな職業の人には見えない。
が、その物腰はどこまでも柔らかく、危険なものは微塵も感じさせなかった。横幅はあるが、ごつさはあまり感じられず、、
上着の膨れた腹を収めきれずにはみ出ている。格好を除けば、ほんとにどこにでも居る「おっさん」だった。

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 消防団の仕事だ、と社長(団長)に言われて俺が訪れたのは、近所の雑木林に設置されたサバイバルゲームの遊技場だった。
サバイバルゲーム、ようは戦争ごっこをより安全に、かつ迫真に近い形で楽しむための施設、らしい。
別に問題になっているわけでもない—というか、問題になってたらまず、おまわりさんの出番だろう—にも関わらず、
消防団員として俺がここを訪れているのには理由がある。

 今日はこのサバゲーの遊技場(フィールド、とおっさんは呼んでいる)が設けられている、この雑木林の実装石一斉駆除なのだ。
この雑木林におけるサバゲーフィールドの面積はせいぜい七分の一あるかどうか、というくらいのものだが、
雑木林全体の実装石の駆除については、サバゲーフィールドを運営する業者……つまりおっさんの会社に一任されていた。
入会権を持つ近隣住人が高齢化し、入会地の管理が困難になったため、
「迷惑施設」であるサバゲーフィールドを受け容れる代りに、面倒な管理を任されたのだそうだ。
 ちなみに、入会権を持つ連中はフィールドの設置を容認していたが、近所に開発された新興住宅地の住人は大反発。
入会地である雑木林の管理は拒絶するくせに、ちゃっかり茸狩りなどには参加する彼らと地元老人の対立は激しかったそうな。

 けっきょく、受け容れにあたって双方が妥協したのが、実装石駆除などフィールド外で活動する際には行政の監督を受ける、
という取り決めだった。

「最初の頃はそれも大変だったんですよ」

 おっさんは俺に麦茶をすすめながら言う。ん、美味い。欲を言えばもっとキンキンに冷えてたら良かったな。

「地元の役所に行ったら、入会地の管理はうちの仕事じゃない、って言われて
 警察に行ってもだからどうした、ってなって……」

 で、お鉢が回ってきたのが、フィールドの会員の知り合いが居た地元の消防署だったそうだ。
野焼きの監督指導という形でなら、一人は署員を送り込めるかも、という知恵を貰って、その線で申請したのだそうだ。
もっとも、野焼きなど実際には行なっていないわけだから、緊縮財政の煽りを受けて署員も撤退。
役人一人の休日手当ても、このご時世、厳しい監視の目にさらされている。
監督する役人が居なくなって駆除が出来ないとなると、フィールドを畳まないといけなくなるところだったが、
数年かけて積み上げた実績もあって、フィールド開設当時は反対派だった住民も「消防団員の監督」で妥協した、という。

「なんか、話だけ聞いてるとややこしいですね。
 俺みたいな新米なんかでよかったんですか?」

「ええ、まあ。
 実のところ、もうほとんど居ないんですよね、実装石。
 最初にやったスレッジハンマーが嵌まったみたいで。
 近所の装害も激減した、ってこないだ褒められましたし、まぁ格好はつけるためにやってるだけなんですわ」

 なるほど。
聞き慣れない単語(スレッジハンマーってまたゲーム臭いな)が引っかかったが、とりあえず体裁が整っていれば大丈夫らしい。
だからお目付け役としてなんか肩書きのついてる奴がいればそれだけで十分なのだ(それこそ俺みたいなヒラでも、だ)。

 おっさんが肩にくっつけていた小型無線から声が漏れる。俺たち消防団が見回りに使うものよりだいぶ高級そうだった。

「お、準備完了したみたいですね。それじゃ、いきますか」

 おっさんは腰を上げた。俺は慌てて麦茶を飲み干すと、おっさんに従って事務所を出る。
防護ネットを張り巡らしたフィールドを出て少しのところ、この雑木林の小高い丘が、今回の駆除の指揮所だ。
ようやく繁り出した青葉を通して差し込む日の光が、ほんのり温かかった。

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 小高い丘、と言ってもそこは外周500mほどの小さな雑木林。周囲に比べてやや盛り上がっている、という程度。
しかし、そこに集まっている人々は皆、トレッキング用と思われるストックを手にしていた。
指揮所の開設されたテントには、手製と思われる雑木林の地図を描いた模造紙を吊るしたホワイトボードが置かれている。
その地図に太いマジックでマス目が書き込まれていき、テキパキとなにやら書き込みが加えられていた。

 はっきり言って、大袈裟である。

 圧倒されるやら呆れるやら、俺は黙ったままその光景を眺めていた。
地図の前に置かれた折畳みの長机の前では、指揮官らしきおじさんがどっかと座り、机の前で直立不動の男と喋っていた。

「マーク一等兵、出頭いたしました!」

 どこからどう見ても「後藤さん」とか「鈴木さん」って感じの眼鏡のお兄さんが叫ぶように言う。
 指揮官らしきおじさんは鼻の下に蓄えた髭をさすりながら、鷹揚に頷く。けっこうサマになっている。

「装具の確認、願います!」

 そう叫ぶや否や、着ていたベストをガチャガチャと音を立てて脱ぐ「マーク一等兵」。検分する髭の叔父さん。
 そのやりとりが実に堂に入っていたので、俺は感心して思わず溜息を漏らしてしまった。

「おかしいでしょう、大の大人が」

 俺に気づいたおっさん(事務所の外では少佐だそうだ)が何ともいえない微妙な笑みで話し掛けてきた。
何と答えたものか迷ったが、とりあえず

「いや、ちょっと入団式とか消防訓練の時のこと思い出しました。
 けっこう本格的なんですね」

 と無難に答えておいた。

「こういうのは形から入らないと面白くないんですよ。遊ぶにしても真面目に、ですよ」
「なるほど。しかしなんでまたみんなストック持ってるんですか?」
「ああ、アレで実装石を駆除するんです」
「え?
 エアガンとかガスガンとか使わないんですか?」

 驚いた俺が言うと、おっさんはちょっと怒ったような顔で、

「滅多なことを言わんでくださいよ。今時そんなことしたらうちは潰れますよ」

 と言ってきた。苦笑交じりに怒ったような雰囲気を作ってはいるが、目は笑っていない。
俺はすぐに頭を下げた。

「すいません。てっきり駆除の日だけこの林全体でエアガン使っていいとか、そういう特例があるもんだとばかり」

 何しろ、「行ってこい」と言われてのこのこやって来ただけだ。細かい事情までは知らなかった。
おっさんも何も知らずに来た監督役、というのは何度か経験があるのか、ちょっと肩をすくめてから、

「うちが貰ってる許可はあくまでフィールド内だけ、安全の確保されてる区域だけですからね。 
 駆除のやり方自体は普通のとそんなに違わないと思いますよ。
 ……じゃあ、うちの使ってる装備の説明しましょうか」

 そう言って、おっさんは装備を点検する前の一人の青年に声をかけた。

「おーい、桑っち」
「なんすか、社長……じゃないや、なんでありましょうか、少佐!」

 おっさんの姿がすでにフル装備なのをみて、着替え途中だったその青年は気をつけ、の姿勢で敬礼をする。
てか、おっさん社長だったのかよ。

「いいよいいよ、まだ申告してないしさ。
 それより桑っち、この人」

 と親指で俺を指しながら、社長にして少佐のおっさんは続ける。

「今日のお目付け役、観戦武官さんだ。
 ってことで、いろいろ教えてやってくれないか?」

 桑っち、と呼ばれた青年はそれで緊張が解けたのか、うぃっす、と軽く答えて俺に向き直った。

「はじめまして。桑田ッス。ゲームじゃケニー上等兵ってことになってますけど」

 そう言ってニヤリ、と桑田は笑った。

「おかしいっしょ、大人が集まってこんなことしてるって。
 いっつも呆れられるんすよ、役所の人には」
「俺は役所の人じゃないよ」
「似たようなもんじゃないんすか、消防団の団員さんなら」

 ちょっと突っかかるような空気を感じたので、俺は少しカチンと来た。

「違うよ。消防団員には役人ほどの権限はないからね。ボランティアに毛の生えたようなもんだ。
 それに別にサバゲーがおかしいとも思わん。外で体動かしてやるRPGみたいなもんだろ」

 へぇえ、といった顔で作業の手を止めた桑田はにこりと笑ったあと

「話分かるんすね。なんか意外っす。……まぁ、RPGじゃないっすけどね。
 それよか、装備の話、先にしますか」

 ばらり、と並べたストックから何からを前に、桑田が口を開く。

「見てのとおり、ガスガン・エアガン、その他のトイガンはいっさい身につけないっす。
 サバイバルナイフも必要がないし、いろいろやばいんで、ぜったいに禁止。
 十徳ナイフとかの小物も、必ず携行を申告することになってるんすよ」
「しっかりしてるんだな……で、肝心の駆除用の器具は?
 バール(ryじゃないみたいだが」

 そもそもバール(ryも駆除道具などではないのだが、あえて聞いておく。
さっきおっさんはストックが駆除用だと言っていたが……?

「成体用には、これで代用にします。バールはもし間違って人に当たったらただ事じゃないッスからね」

 ぶん、と音を立てて桑田が振ったのは、さっき見たストックだった。桑田がそれを俺に手渡す。軽い。

「軽く振ってみてください」

 桑田に言われて振ってみると、わずかに腕を引っ張られる感覚があった。

「先ゴムの部分に釣り用の錘を熔接して、先端ほど重いように改造してあるっす。
 もし万が一人間に当たっても大怪我にならないようにゴムで覆ってます。
 ストックの握りも登山用の片手式の奴を流用して、振ったときにすっぽ抜ける〜、ってことのないようにしてあります」

 何度か繰り返し振ってみて、それを実感する。
なるほど、これなら実装石はひとたまりもないが、人間の場合は、当たっても悶絶するだけだろう。

「まあ、それでも危ないんで普段は事務所に保管してるんすけどね。
 あ、なんだったら使ってみますか?」

 そう桑田が尋ねてきたが、俺は首を横に振ってストックを返した。
事務所で普段は保管している、ということはそれだけあのおっさんがぴりぴりしてるアイテムってことだ。
無用な心配をかけたくなかったので、俺は要らないと答えておいた。 

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 今回の駆除も、おっさん……もとい、少佐の言っていた「スレッジハンマー」と言うやり方(作戦)が採られた。
 スレッジハンマー、とは大雑把に言うと、本部指揮所のあるテントの円周を適当な大きさに区切り、
区切られた区域ごとに駆除に当たる人員を投入。
一箇所の駆除が終わるごとに徐々に外周にその駆除の範囲を広げていく、という形を採る。
駆除を逃れて外周へ逃げたとしても、すでに発進した別働の人員が林の周縁部にトラップを張っているので、この林から逃亡
することは出来ない、というからくりだった。

 すべての部隊が持ち場に散ってしまうと、本部指揮所は閑散としてしまった。
装備の点検をしていたいかついおじさん(ゲンジ軍曹、とか呼ばれていたっけ)は外周包囲部隊の指揮にあたるとかで、
ここにはいない。
少佐と、行動している部隊の報告を地図に書き込む事務員さんらしき女性と、それに俺だけが残された。
少佐は次々に流れ込んでくる無線交信に忙しく、事務員さんもそれを書き込むのに一生懸命だった。

 少佐の口からは、ときどき

「殲滅しろ」

 だの

「チーム・ブラヴォーはチーム・チャーリーとともにポイント02で合流、包囲を完成させろ」

 だの、ゲームかなんかでしか聞いたことのないような言葉が飛び出す。余裕のあるおっさんだったはずの少佐は、今では
らんらんと目を光らせて指先でペンを弄りながら、無線を片手に大騒ぎしている。本気でのめりこんでいるらしい。

 なんとも言えない疎外感を感じた俺は、椅子の上で背伸びをした。横目で眺めたかぎり、駆除は順調に進んでいるようだった。
3段に区切られた周辺部のうち、もっとも指揮所に近い、第一周縁部の駆除はほぼ完成しかけている。
マーク一等兵の担当する区域と、その隣の区域の駆除が終われば、残存の実装石を掃蕩する人員を残して、第二周縁部の駆除
に移行する手はずだった。

「包囲を逃れた?」

 少佐が驚いたような声をあげたので思わず振り向くと、事務員さんが地図の上に青ペンで大きく矢印を書き込んでいた。
矢印が向かっているのは本部指揮所のある場所、つまり、ここ。
マーク一等兵とその隣接区域の境界線上に赤く×印が繰り返し描かれているのを見ると、何か面倒なことが起こったらしい。
相互に合流を果たしたものの、マーク一等兵の追っていた成体実装石は隣接区域のメンバーにも見つかることなく、
何処かへ逃げおおせたらしいのだ。
下へ、つまり駆除を広げる予定の外縁部へ逃げたのならいいが、駆除を開始した本部指揮所のほうへ逃れた可能性もある。
そこで警戒するように無線で連絡を入れてきた、ということのようだ。

 どうにも困った、というような表情を浮かべた少佐が、俺に視線を向けて言った。

「申し訳ない。今までは実装石が山頂のほうへ逃げてくるなどと言うことはなかったのだが……
 今回はどうも勝手が違ったようだ。もしかしたらここまで奴らが来るかもしれない」
「まあ、来たところで駆除することには変わりないのでしょう? 手伝いますよ」
「しかし、それは」
「いや、実を言うとちょっと退屈してたんで、もし来たら俺に駆除させてくださいよ」
「了解した。面倒だが、よろしく願います」

 口調までも変わってしまった少佐に内心驚きながら、俺は少佐のステッキと予備の麻袋(実装石回収用)を預かった。

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 実装石は狼狽していた。
実装石にはニンゲンの考えは分からない。ただ木の実や虫を食べ、枯れ木の洞の中に潜み棲んで暮らしてきた。
なぜこのような事態に至ったのか、未だに分からなかった。
ここには、ニンゲンは居なかった。
誰に聞いたのかすら忘れてしまったけれども、ニンゲンとは、それはそれは怖い生き物だという事は知っていた。
だから、飢える事もあったけれども、ここで暮らすのが一番なのだと、不平を鳴らす仔たちにも教えてきたのだ。
つらく厳しい冬を耐え抜き、久々に浴びた日の光の穏やかさに、家族で色つきの涙を流したのが、ほんの数日前。
蛾の蛹を掘り返し、とろりとしたその食感に、家族揃ってだらしなくミツクチを弛めたのが、昨夜の晩餐だった。

 それなのに、なぜ?
実装石はカサカサと音を鳴らす朽ちかけた落ち葉を踏みしめ、気の遠くなるほどの崖を這うように登りつづけた。
冬の寒さに不満を漏らしていた末の仔は、もう居ない。
突如あらわれた、ニンゲンの振る大きな棒で顔面を潰されたからだ。それに駆け寄った次女も踏み潰された。
逃れようと駆けつづけるうちに、体の小さかった三女が脱落して見えなくなった。
いつも後をついて離れなかった四女は、母親が跳ね除けた枝が撓り、反動をつけて飛んできたのを避けきれずに首をもがれた。
僅かな時間の惨劇にもはや母親の喉は潰れ、涙は涸れていた。
今、彼女に付き従うのは長女のみ。
長女が、下に逃げるのは危ない、と頑なに主張したので、それに従って母親も山を上ることにしたのだ。

(ムスメのいったとおりデスゥ)

 母親は、底の破れた靴に刺さる枝を取り払いながら、慎重に、慎重に歩みを前へと進める。
ムスメは、上にはニンゲンは居ないと言っていた。信じてよかった、そう母親は心から思った。
いつもならば、何かあれば下へ逃げるのが普通だった。上へ逃げるよりも楽だし、早い。実装石の性格からも、それが普通だ。
だが、ムスメは強硬にそうしてはならないと主張した。
それはニンゲンの思う壺だと、ムスメは言った。

(ニンゲンはワタチタチより大きいテチ!
 下に逃げてもすぐに追いついてくるテチ!
 こういうときこそ、アタマを使ってウラをかくんテチィ!!)

 その進言に従い、一家は山を登った。三女と四女が途中で居なくなったが、母親と長女は残った。
誰に教えてもらったかすら分からない、あの伝説の「ニンゲン」を出し抜き、二匹は生き延びたのだ。
聡明な長女の瞳はエメラルドとルビーもかくや、とばかりに光り輝き、その頬は興奮に上気している。
死んだ家族のことを思えば、哀しくないわけではない。
だが、生き延びたこの歓びに比べれば、ニンゲンを出し抜き、勝利したこの喜びに比べれば、なんと言うことはない。

「デププ」
「テププ」

 母と娘は、嗤った。
頭を吹き飛ばされた末の娘を、嗤った。——バカだから、死んだのだと。
末の娘を気遣って駆け寄り、潰された次女を、嗤った。——マヌケだから、死んだのだと。
辛い険しい逃避行から脱落し、取り残された三女を、嗤った。——ヨワムシだから、死んだのだと。
怖さのあまり前も見ず、唸る枝に跳ね飛ばされた四女を、嗤った。——オクビョウだから、死んだのだと。

「デップップー」
「テップップー」

 何よりも声高らかに、ニンゲンを嗤った。
棒を振り回すだけの、大きなだけの、クソみたいなニンゲン。
アタマの悪い、どうしようもなくオロカなニンゲン。
カシコイワタシタチについてくることも出来ない、ヘタレなニンゲン。

 多幸感に包まれたまま、母と娘は山を這い登る。

 頂は、もうすぐだった。

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 どこからか実装石の鳴き声が響いてきた。
実装石のあの癇に障る鳴き方だ。機嫌がいい時に出るという、あの鳴き声。
リンガルは使ったことがないので知らないが、実装石の笑い声、なのだそうだ。
「デップップー」「テップップ—」と重なり響くその鳴き声に、かすかに苛立ちを覚える。
実装石の「媚び」も中々に人の神経を逆撫でするものだが、この鳴き声もけっこうなストレスを与えるものだ。
しかし追われているはずなのに、上機嫌で大声をあげて存在を誇示するとは、まったくバカな生き物だ。
声の具合から、ちょうど本部テントの正面方向から現れるらしいことは推測できたので、連中が登りきるまで待つことにした。
やがて、ひょっこりと緑の頭巾が一つ、続いてそれよりは小振りな頭巾がもう一つ見えた。
どす黒く汚れているが、もともとは緑だったことは判別がつくその頭巾が完全に姿を現した時、俺は立ち上がった。

「デッ!!!!!!!!!!」

 実装石は一声上げて、硬直した。その後ろのやや小さいのは声も出せずに固まっていた。
手を出したものかどうか、迷う。
あまりにもバカすぎる。何も考えずに山の頂上まで登ってきたんだろうが、それでも酷い。
普通もう少し警戒しながら歩くものだ。まさか俺の足にぶつかるまで「デププ」「テププ」と鳴きながら行進するとは。
俺に気がついた時点で逃げるそぶりを見せるものとばかり思っていたが、想像を上回るバカさだった。
手をこまねいていると、大きい方の実装石がいきなり小さい方、おそらくは仔供の実装石に殴りかかった。
俺の見ている前で、成体実装石がマウンティングポジションで仔実装を殴り、殴り、さらに殴る。
ぽふっ、ぽふっ、とマヌケな音しか響かないが、仔実装の方はそれなりにダメージを食らっているようだ。
成体実装石が拳を振るうたびに、もこっ、もこっと伸縮性に優れたパンツが膨らみ、悪臭が漂う。
赤色と緑色だった瞳はどちらも少しずつ黒く濃くなっていき、やがてパキッ、という音とともに白く濁った。
仔実装は成体実装石にリンチされて完全死を迎えたようだった。

 いかなる事情によるものかは図りかねるが、親らしき成体実装石が、我が仔であろう仔実装を殺した。
ムナクソ悪くなるような光景だった。実装石はこういうものだ、と分かっていても、気分がよかろうはずもない。
俺はストックの先で、成体実装石の後頭部を小突いた。
仔実装の死骸に馬乗りになったまま、ぜいぜいと荒い息を吐いていた成体実装石は、それだけで軽く転ぶ。

 腹ばいになった成体実装石の頭の先から、軽くストックの先で押す。
ストックの先で圧迫されるたびに、「デェ」「デェッス」と鳴き声をあげるのを無視して、俺はさらに押し続け、胴体の方も
つついて確かめた。
胴体の半ば以上を突付きたおし、左のわき腹を突付いていた時に、かつん、とストックの先に手応えがあった。
なおも力を込めて押すと実装石は「ディェエエエエ」と呻く。もこっ、とパンツが膨らみ、糞が裾からポロリと転がった。
急所を確認し終えた俺は、ストックを振りかざし、一気に実装石の腹を貫いた。
パキン、という感触はなく、ガリッと言う砂利を踏み潰した時のような音がして、実装石の偽石が壊れる。
刺し貫いたストックの先を見れば、赤い血と緑の体液に塗れた偽石の欠片がこびり付いていた。

 死骸を片付けるために麻袋を広げたところで、自分が素手だったことに思い出し、振り返った。
少し離れた場所から一部始終を見ていた事務員さんが、微妙な表情を浮かべている。
じっさいの駆除の現場を目撃したのは、これが初めてなのかもしれない、そんなことを思った。
俺はつとめて平静を装いながら、言った。

「すいませんが、軍手を貰えませんか?
 出来れば、二組。重ねて使いますんで」

 事務員さんはすぐに軍手を用意してくれた。薄手のゴム手袋ととともに。
気の効く人だな、とちょっと感心しながら、俺はそれを受け取った。

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 実装石親仔が1組、本部前に逃れてくるハプニングはあったものの、それ以降は万事順調に進んでいた。
第二周縁部の駆除も完了し、いよいよ最後の雑木林の周縁部に取り掛かる。

 その前に。

「大休止」

 と少佐が声をかけ、無線を通しても分かる弾んだ声が次々と返ってくる。気づけばもう昼をすぎていた。

「さて、昼飯にしましょうか」

 ヘッドセットを外した少佐は、屈託なく笑った。少佐からおっさんに戻った瞬間だった。

 昼飯はレーション、軍用の非常食みたいなものをいただくことになった。
「最近はちょっとレアなんですよ」と嬉しそうにおっさんが取り出したのは缶詰のご飯だ。
研修で食ったことある、などと贅沢なことは言えず、ありがたく頂戴する。
消防団の研修の時にはメニューになかった赤飯があったので、それを食べることにした。なかなか美味い。

「さっきはずいぶん手際よかったですねぇ」

 フォークで鳥めし缶をつつきながら、おっさんが話し掛けてきた。

「ええ、まぁ……ストックとか使ったのは初めてですけど」

 俺も割り箸で底の潰れた赤飯、というか赤餅を引っ張り出しながら答える。
消防団の見回りで実装石の駆除をすることはしょっちゅうある。掃除に都合がいいのでスコップがもっぱらだが
要領はどんな道具を使っても似たようなものだ。偽石を確実に潰して、必要以上に汚物が散らばらないようにするだけ。
こんな普通に暮らしていればどうでもいいスキルも、消防団に入ってから身についたものだ。
俺はふと気になって、おっさんに尋ねた。

「ここの皆さんはアレですか、実装石の駆除とか、あまり経験がなかったりしますか?」

「まあ、そうですねえ。
 いろんな人が居ますけど、実装石をここで初めて見た、という人もいますよ。
 遠いところからいらしてる人も居ますし。
 実装石の駆除に慣れてるとはとても言えんでしょうな。ですから、人海戦術で潰そうというわけで」
「なるほど」

 おっさんの答えに俺は頷く。普段はフィールドの広さの制約もあって会員全員を招集することはないそうだが、実装石駆除
だけは話が別で、全会員に参加するように呼びかけるのだそうだ。その数、50人近く。
朝、開始する前に本部テント前が混雑したのも道理と言える人数だった。
なるほど、中には実装石を見たこともない、という人が居ても不思議ではない。

「しかし、みんなよく参加しますね。なんかわざわざ泊まりで来た人も居るみたいじゃないですか」
「そうですね。
 ありがたいのかどうか微妙なんですが、運営の上手く行ってるフィールドは恥ずかしながらうちくらいのもんなんですよ。
 他のフィールドが寂れたり畳んだりしてるもんですから、ここだけは何とか維持してもらいたい、ってお客さんが
 大勢集まってくれるのが救いです」

 そう言っておっさんは、そのときだけ社長の顔になって深い溜息をついた。
なにか答えようとしたが、おっさんの腕時計がピピ、ピピと電子音を鳴らす。
休憩は終わりですね、と言って空き缶を片付け始めたおっさんに倣い、俺も食事を大慌てですませた。

 やや食いすぎた腹をさすってテントへ戻ると、事務員さんはすでに地図の前で準備を整えていた。
ヘルメットを被り、ヘッドセットをつけたおっさんが、少佐の顔に戻る。

「ナイトウォッチ、作動」

 無線に小さく呟くと、地図の外周に張られた線についたたくさんの豆電球が瞬き、消えた。

 ほんとに手が込んでいる。大袈裟すぎるくらいに。

 おっさん—少佐によれば、これが外へ実装石を逃がさない秘密兵器なのだそうだ。
軍隊でも実際に使われているシロモノだそうで、ワイヤーを張り巡らし、それに何かが引っかかると警報が鳴る、というモノ。
これが雑木林の外周部をぐるりと囲っている。
ワイヤーの高さは成体実装石の肩の高さに合わせてあり、引っかかったらすぐに実装石と分かるようになっていた。
この雑木林には、イタチなどの小動物はいるものの、実装石ほどの背丈のある動物はいないからだ。
この警報が鳴ったら、ゲンジ軍曹率いる包囲隊が銀輪部隊、いわゆる自転車隊を現場に急行させ、実装石を捕獲する。
説明を聞いていて、いったいこの人たちはどれだけのカネをこの駆除に注ぎ込んでいるんだろう、と呆れるほかなかった。
もちろん駆除だけに使うものではなく、サバゲーの装備なのだろうが、それにしたってカネがかかりすぎだと思う。
サバゲーという趣味は、どうやら俺の想像をはるかに超えてカネのかかる趣味のようだ。

 呆れる俺の耳に、ビー、ビー、と古くさいブザーの音が飛び込んできた。
ブザー音とともに地図の豆電球の一つがピカリ、と赤く光る。
ほんとに戦争してる気分になってるんじゃないのか、と少佐の方を窺えば、喜色満面といった様子で無線を掴んでいた。

「よし、軍曹、直ちに行動せよ!」

 無線の向こうからは良く聞こえないがゲンジ軍曹らしい声が快活に返事をする。
地図に実装石を発見したという情報を書き込む事務員さんも、必要以上にきびきびしていて、文字も躍っている。
みんな、実はノリノリでやってるんじゃねーか、という俺の疑いは、確信に変わった。
 この人たち、楽しんでる、絶対。
俺は二人に気取られぬよう、そっと息を吐いた。

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 本部テントの二人も、駆除がいよいよ佳境に入ってノリにのっている頃。
俺はひとり、隅っこの方で温くなった麦茶をちびちびと飲みながら、早くおわんねーかなぁ、とか考えていた。
見上げた空は底抜けに青く、これまたいやらしいくらいに白く輝く雲がゆったりと流れていく。

 みんな楽しそうだ。俺だけのけものにしやがって。

 ぼんやり空を眺めながら、呟いてみたが、二人とも振り向きもしない。
桑田に誘われた時にストック借りておけば良かったなぁ、とちょっと後悔する。
そうすれば、ここまで暇を持て余すこともなかっただろう。
まあけど、地図見るかぎりあと30分もせずに終わるだろうし、そしたら……。

 がたん! という大きな音とともに、俺のそんな思いは破られた。
少佐が顔面蒼白になり、無線を片手に立ち竦んでいた。事務員さんもペンを持ったまま固まっている。
俺と目が合うと、少佐は無線を下ろし、低い声で言った。

「すいません、アクシデントです。
 ちょっと来ていただけますか」

 言い終えるや否や、少佐は無線のパネルをなにやら操作して、ふたたび無線を持ち上げた。

「フィールド内に侵入者あり、侵入者はガンで武装、繰り返す、侵入者はガンで武装!
 総員、ゴーグルを着用せよ! 総員、ゴーグル着用!
 掃蕩隊は別名あるまで現位置にて待機!
 駆除隊は作戦中止、速やかに隣接区隊と合流し、掃蕩隊との連絡を確保しろ!」

 ヘッドセットを外し、少佐は太い腹を揺らして駆け出した。俺も慌ててそれに続きかけて、鋭く制止された。
振り返れば事務員さんが、首から下げていた自分のゴーグルを手渡してきた。
俺はそれを受け取ると、顔にかけながら少佐の後を追う。

 ……ガンだって? いったいなんでまたそんなものが?
分からないまま、俺は少佐の背中を追いつづけた。

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 血塗れの実装石の死骸を前に佇んでいるゲンジ軍曹に駆け寄った俺たちは、足元に転がったそれを見て言葉を失った。
顔面に穴が空き、後頭部は派手に吹き飛んでいる。
胸に抱えていたらしい仔実装は弾けてほとんど染みとなり、手足が辛うじて判別できる肉塊と化していた。

「……ガスガンとかで打つと、こんな風になるんですか」

 汚く潰れた死骸を見下ろして、なかば感嘆しながら俺は少佐に尋ねた。
これなら、もしガスガンやエアガンを駆除に使えるとしても、使わない方がいいだろう。後片付けが面倒すぎる。
少佐は素の表情に戻って答える。

「いえ、これは有り得ません。偽石に当てないかぎり、普通は貫通するだけです」
「俗に言う実装ダムダムですな。ほら、アレです。
 環境負荷の少ない圧縮粘土製の奴。新型銀玉、って試供品が来てた奴です」

 社長の声で答えるおっさんに続けて、ゲンジ軍曹が言った。この人はゲームでも素でも大して変わらないみたいだ。
それを聞いておっさんが目を見開いた。

「ちょっと待ってくれ、あの玉は常連しか持ってないはずだぞ。バイオプラスチックの方が有望だってことで……」

 言いかけたおっさんを制して、ゲンジ軍曹が無線に耳を近づけ、愁眉を開いた。

「ケニーがやりましたよ。賊を確保しました」

 ホッとしたようににっこり笑ったゲンジ軍曹とは対照的に、おっさんはますます暗い表情になった。

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「おい、離せよ!
 離せっつってんだろうがぁ!!」

 現場につくだいぶ前から、暴れる甲高い男の声が響く。
その声に、ゲンジ軍曹の顔からも笑顔が消えた。
 程なくして、俺たちはケニー上等兵(桑っち)に後ろ手に締め上げられている一匹の服を着たブタにまみえた。
我ながら酷い言い方だと思うが、声のでかさの割にその動きは緩慢で、一番下までボタンを留めきれていない迷彩服の裾から
ゆさっ、ゆさっ、と揺れ、腹に比べて悲しいくらいにほそっこい足首はまさにブタという印象であった。
太っているおっさんよりも、あごの周りは太ましく、腹の周りの肉も倍ほども多い。
動いているのが不思議なくらいのデブだった。テレビの中でたまに見るが、ほんとにここまで太い人間を見るのは初めてだ。
 正直、「ブタ」という感想しか浮かばない。

「もういいぞ、ケニー」 

 困ったような顔をしながらそれを取り押さえていたケニー上等兵に、ゲンジ軍曹が声をかけた。
いきなり解放されたブタはたたらを踏んで転びかけて、ようやく踏み止まると、落ちていた銃を拾いかけて、
おっさんに先を越された。

「おい! 返せよ!
 それからそこのお前! なんでヒットコールしねえんだよ!
 当たっただろうが、ぁああ?」

 おっさんに歩み寄りかけて、ゲンジ軍曹が行く手を遮るのに怯み、矛先を桑っちに変えたブタが喚く。
なるほど、桑っちの腹には3発ほど、弾の当たったような跡があった。

 コココココ……

 軽い音が響く。

「おい! なにやってんだよ! おい!」

 血相を変えたブタの視線の先には、空に向けて銃の引き金を引き続けるおっさんの姿があった。
ブタが言い終える前に弾は全部打ち尽くしたようで、おっさんはすぐに銃を下ろして、地面に置いた。

「としゆきさん、フィールドの外で銃を使うのはやめてください」

 え? と驚いたのは俺だけ。
ここに居る連中、みんなこの狼藉者の正体を知っているらしかった。

「関係ねぇだろうが、ッボケェ!
 ここはジジイの土地なんだからよ!
 お前らのほうこそでかいツラして変な網張ってんじゃねーよ!!」

 ヒョコリ、ヒョコリと歩きながら銃を拾い上げるブタ、もとい、としゆき。
どこにも怪我はないようだが、その歩きはえらく不安定に見えた。
前で留めることの出来ないベストをぶらぶらガチャガチャいわせながら、立ち上がる。

「ふぅ……いいか、おい!
 ここはジジィの土地貸してやってんだぞコラ?
 お前らみたいな雇われ人がでかい口たたくなよ、あ?」

「地主さんで一番有力な人の孫っす」

 いつの間にか隣に来ていたケニーが囁き声で言った。俺も声を潜めて返事をする。

(あんなキ印も居たのか、あんたたちの仲間には?)
(一緒にしないでくださいよ!
 ゾンビープレイ、打たれても死なないでそのままゲームするのが多すぎるんで除名になってるんすから。
 もっとも、除名してからますますおかしくなっちゃったみたいっすけど……)
(なるほどね。で、どうするんだよアレ)
(そのことなんすけどね。ちょっとお願いが)

 そう言ってケニーは俺を皆から少し離れた場所に誘う。その間もとしゆきの怒号は続いた。

「だいたいなんだよアイツは!
 ヒットしたのにヒットコールすらしねえぞ! あ?
 フリーズコールしても止まらなかったぞ、あ?
 オマエラよくそれで俺を除名とか出来たなぁ、あああ?」

 聞くからに頭の悪そうなセリフを繰り返しながら、がなり立てるとしゆき。
それを背中に聞きながら、ケニーは「これゲームじゃないんだからさ……」と呆れたように呟いた。

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 ぱん、ぱん、ぱん。

 俺は大きく手を叩きながら、なおも言い争いを続けていた、というか一方的にまくし立てていた皆の間に割って入る。
ケニーの言ったとおり、この場を収める役目を任されたのだ。内心、うんざりしている。

「その辺でいいかな? ちょっと整理したいんだけど」
「うっせぇ黙ってろデブ!!」

 思いがけない一言に俺はいっしゅん言葉を失った。誰がデブだよおい(笑)。
怯みかけたが、俺はさらに続ける。

「としゆきくんだったかな? 君なんでガスガンなんて持ってるの?」
「ガスガンじゃねぇよ、エアガンだよボケ!」

 とりあえず語尾になにか罵倒語をつけないと言葉をしゃべれない人種らしい、と判断して俺はグッと堪えた。

「うん。じゃそのエアガンだけど。
 人に向けて撃っちゃいけないとかってのは買うときに教わったはずだよね」
「はぁ? 何言ってんだガリ公。
 サバゲーでは撃ちまくってんだろうがボケ」

「ゲームじゃないですよ。実装石の駆除です」

 社長のおっさんが突っ込みを入れる。ケニーは手早くおっさんたちにも事情を伝えたようだ。

「そう。実装石の駆除ですね。
 それに、この林でゲームしていい場所は、厳密に決められているけど」
「私有地で何しようが勝手だろうがクソがっ!」
「私有地じゃないよ。入会地は。
 たとえ君のおじいさんがどれほどの有力者であってもね」
 
 私有地だから何をやってもいい、というのが彼の正義を支えていたのだろう、いっしゅん怯んだ隙に畳み掛けた。

「で、としゆきくんはエアガン撃っちゃいけないところで人に向けてエアガン撃っちゃったわけだ」
「いきなりそいつが来たからだろ、俺は実装石しか撃つつもりなかったんだよ!」

 語尾の罵倒語が消えた。としゆきは目に見えて狼狽していた。

「けど撃っちゃったしね」
「なんなんだよアンタ偉そうに」
「別に偉くはないけど。ただの消防関係。
 実装石の駆除の監督頼まれてきただけ。だったんだけど……見過ごすわけにはいかんよね」

 ハッタリだが嘘でもない、ギリギリの表現にとしゆきはうろたえた。人種的にものすごく分かりやすい。
傍若無人に振舞えるのは、自分が100%勝てる相手に対してのみ。勝つといっても、自分の実力とは限らない。

「ちょっと待てよ。別に最初っから人間撃とうとしたわけじゃねーって!
 ゲームのつもりでやってただけなんだよ。だいたいここがジジィの土地じゃねーなんてしらねーよ!」
「ウソだと思うんなら確かめてみることだね。
 君のおじいちゃんが代表管理人になっていたとしても、ここは私有地なんかじゃないから。
 ゲームのフィールドとして登録されてもいないし、認められてもいない。
 だから、君がそのエアガンで、桑田君を撃ったという事は」

 ゲームじゃないということを強調するためにあえて、俺はケニーとは呼ばずに「桑田君」と呼んだ。

「立派に傷害罪にあたるわけだ」

 がちゃん、と、としゆきは銃を取り落とした。思った以上にチキンだったようだ。
子供と言うのはそういうものなのだろうが、いきおいで突っ走ったぶん、我に返った時の萎縮ぶりがすごい。
見かねたおっさんが、俺より先にとしゆきに助け舟を出す。

「まあそうは言っても、怪我人も出なかったわけですから」
「んー、それもそうですけど。
 ここゲームのフィールドじゃないのに、エアガン持ってる奴がうろついてる、ってなったら近所から苦情が……」
「俺、俺謝ります! 謝りますから、どうか見逃してください」

 としゆきはいきなりがばっ、と頭を下げた。
地面に膝をついて、土下座でもしかねないいきおいだ。
ここですかさず桑田君、ケニーが口を挟む。

「あのー、いいっすか?
 俺も別にどこも怪我してないんで、出来れば許してあげたらって思うんですけど」
「ほんとにいいのかい、桑田君」
「ええ、ぜんぜん。
 ていうか、警察沙汰になったらなんか面倒くさそうだし、俺からもお願いしますよ。見なかったことで」

 俺とケニーは、少し冷静に見ればすぐにばれるであろう下手な芝居をうった。
だが、としゆきはそれに気付かない。目の前がパッと開けたかのように顔を明るくする。
俺は一つ大きく息をついた。

「じゃあ、しょうがないか。
 被害者が居なければ傷害も何もあったもんじゃないしね。
 俺は見なかったことにする。けど他の人も見逃すとは限らないから、それだけは覚えておいてくれよ」

 へなへなとへたり込んだとしゆきに肩を貸して、ゲンジ軍曹が立ち上がり、事務所へ向かった。
社長のおっさんは無線に「状況終了」と短く伝えると、顔をあげた。

「いやはや、申し訳ない。最後が、締まりませんでしたねぇ」

 おっさんの口調こそ軽かったが、表情は今にも泣きそうになっていた。

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 駆除が終わって数時間。
中途半端なところで作業が中断されたとはいえ、軽トラック1台分の実装石を捕獲・処分したのだから上首尾だった。
例年なら皆で打ち上げに繰り出すらしいが、今回は事情が事情だけに、参加者はそれぞれに散会していった。
後片付けを事務員さんとケニーに任せて、社長のおっさんと俺は事務所に戻る。

「……としゆき君は、悪い子ではないんですが……」

 心底困った様子で、おっさんは言った。

「そうは言いますけど、ほんとに人間撃ったら洒落になりませんよ。
 いくら除名したと言っても、世間じゃそうは見ないですから、そうなったらたぶん……」

 一発でフィールドは潰される、そう言いかけて俺は口を閉じた。そんなことは分かっている、と言わんばかりのおっさんの
視線に気付いたからだ。
 気まずい沈黙が下りる。傾きかけた日が、木陰を通して、窓から差し込んでいた。

(ひゃっはあああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAA)

 林にこだまするとしゆきの声。
としゆきはフィールド内に放された、捕獲されてきた実装石を追って、ひとりでゲームをしているのだった。
としゆきに遊び場を提供してくれるなら、そう言って入会地の使用合意を取りまとめてくれたとしあきの祖父の手前、
会員から除名処分したとはいえ、フィールドへの出入りを規制するわけにも行かなかった。
もっとも、ゾンビープレイで嫌われているとしゆきとのゲームに応じるものなど居ない。

 としゆきには、実装石を撃つ、それしか残されていなかったのだ。

「ゲームに参加してる最初の頃は良かったんですけどね……」

 おっさんが遠い目をして言う。
庇いきれなくなって除名してからしばらくして、としゆきは実装石を撃つのに目覚めたらしい。
それでも、それがフィールド内であれば容認していた。としゆきが使う時間帯に、他の会員が被らないようにすればいいからだ。
しかし、最近はフィールド外で装備に身を固めたとしゆきを見た、という噂が流れ始めていた。

「実装石が、フィールドから居なくなったからでしょう」

 としゆきのためだけに、フィールド内では実装石を駆除していなかった。
周囲を網とフェンスで囲まれているから、近所に出て行って迷惑をかけるものでもないし、
としゆきのストレス発散になるなら放っておいた方がかえって好都合、という判断からだった。

 だが、毎日のようにフィールドに入り浸っていたとしゆきは、ついにフィールド内の実装石を全滅させてしまった。

 こうなると獲物の居ない退屈さから、としゆきはフィールドの外に出て実装石狩りをはじめてしまう。
としゆきにとって、実装石は殺されて当然の害獣であった。
その認識は世間と被る部分も多くあったかもしれない。
だが、その害獣を殺すのにトイガンを使う、というのは世間では容れられることのない、異質な発想だった。

(死ねぇえええええええええEEEEEEEEEE クソムシィイイイYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!)

 絶叫を上げるとしゆき。
こだまするとしゆきの吼える声を聞きながら、おっさんは頭を抱えて机に蹲った。
 としゆきの声には、狂人の響きがあった。耳を塞ぎたくなるほど、常軌を逸した大声。

 おっさんはこれからもあの狂人の相手をしなければならないのだ。
ここでフィールドを維持しようとするなら、としゆきの、いやとしゆきの祖父の機嫌を伺わなければならない。
そうして機嫌を伺っていても、少しでも気に入らなければ、としゆきは今日のように外で実装石を殺すだろう。銃を使って。

「別に、実装石を殺すのはいいのです、正直にいうと」
 
 別れ際、おっさんはそう言った。ただ、銃、トイガンを使うのは止めてほしい、と。
トイガンを使いさえしなければ、それはただの虐待派ですまされる。
実装石の命の価値など、しょせんその程度だ。虐待派がどれほど実装石を殺そうと、それはさしたる問題ではない。
しかし、トイガンを使った虐待・虐殺はそれだけで、社会的な制裁の対象となる。
トイガンを使って殺した、それだけで危険人物とみなされる。
実装石を殺すという行為それ自体は、なんら変わらないのに、だ。
そうして、トイガンを愛好し、ルールを守っている連中ですらも奇人・変人としてますます偏見に晒される。

 それが遣り切れないのだ、とおっさんは呟いた。

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 夕暮れの中、俺はトボトボと家路を歩く。
公園を通りかかったところで、ふと気になって、少し寄り道してみた。

 公園には今日もたくさん子供が居た。
元気に今日も実装石を殺している。バットを振り、ボール代わりに仔実装をしばき上げる子たちも居れば、
茂みから引っ張り出してきた崩れかけのダンボールハウスをめちゃくちゃに踏みつけている子たちも居た。

(実装石の虐待ってのは、通りものみたいなもんなんですよ)

 誰かが、言っていたような気がする。もしかしたら、何かで読んだのかも知れないが、思い出せない。
 誰だってどこかで一度は憑かれるものだけれども、すぐに目が覚めたりしてしまうものだと。
 そして、ごく稀に、通りものが憑いたまま、落ちなくなった者がでる。

 俺だって、虫の足をもいで遊んでいた。花火をしていた時、カナブンを見つけて焼き殺したこともある。
今の子供たちにとって、それが実装石に置き換わっただけであり、とくだん騒ぐことなどないのだ、と世間は言う。
 
 しかし本当にそうなのだろうか?

 虫の足をもいでいたかつての子供たちが、としゆきのように狂ってしまったと言われても、ピンと来ない。
やはり実装石を甚振るという行為は、虫を甚振るのとはなにかが決定的に違うのだ、と俺は思う。

 今まで何気なく見過ごしてきた夕暮れの公園の喧騒から、俺は目を逸らして、家路を急ぐ。
実装石の虐待が通りものならば、いつか、この公園からもあのとしゆきのような狂人が生まれるのかもしれない。
胸のむかつくような思いを堪えて、俺は駆け足気味に通りを歩く。

 デギャアアアア、という実装石の絶叫に重なって、何か湿ったモノが潰れる音、そして急ブレーキ。

 公園から、わあっ、と騒ぐ子供たちの声がひときわ大きくなった。
俺は思わず耳を塞ぎ、駆け出した。

 子供たちの声が、としゆきの、あの絶叫に重なって聞こえたからだ。
 耳を塞いでも、子供たちの笑い声と、としゆきの絶叫は、いつまでも俺の耳にこびりついたままだった。

<おわり>


09/10/24 再UP。白保管理人さんに感謝します。お世話になりました。読者の方にも。

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