託児された。 よりにもよって実装臭がもっとも強烈なこの季節に、である。 俺のショックがどれほどのものか、皆さまにはご理解いただけるだろうか。 まあ通常の託児とはちょっと傾向が違った、というのを割り引いても、これは失態と言っていいだろう。 いつの間にか自転車のかごに放り込まれていたレジ袋にも気付かず、こうしてアパートに戻ってきてしまったわけだから。 アパートの玄関先で郵便受けを覗いていた時に「テチー」と声がしなければ、それこそずっと気付かなかったかもしれない。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「さて」 寸でのところで自室まで「おむかえ」せずに済んだ仔実装入りレジ袋を提げて、俺は近くの空き地へ向かう。 マンション建設予定地だったらしいが、日照権絡みのゴタゴタで着工が延び延びになってるうちに、サブなんとかローンの 影響で放り出された土地だ。がらんとした何もない土地だが、誰が持ち込んだのか分からないベンチが置いてある。 足元には防火用水の文字の入ったバケツがあり、その中に煙草の吸殻が貯め込まれているのを見ると、建築の準備をしていた 関係者が置いていったものなのかもしれない。 カラーコーンと虎ロープでぞんざいに作られたバリケードを跨いで侵入すると、俺はベンチに座り、レジ袋の中の仔実装を取り出した。 「テッチューン♪」 目が合った途端に、雑巾を敷いたレジ袋の中から媚びてくる仔実装。 レジ袋に雑巾入れて投擲の時のショックを和らげたのね。ずいぶんと準備がいいじゃないの…… ん? 仔実装の首には首輪が巻かれていた。てことはこれ、託児ならぬ捨て実装か? 捨て実装なら(虐待派に)売れるかも、と思い慎重に袋から仔実装を取り出す。 やさしく抱き上げられた仔実装はなにを勘違いしたのか「テププ」と笑い出した。ああ殺してぇ(笑)。 素手で持ち上げた時にこの時期の実装特有の粘つくねっちょり感があるかも、と少し覚悟していたが、そんなものはなく、 洗いたての手拭のようなその実装服の感触に、やっぱり捨て実装なんだな、と思いかけたところで、 俺はその仔実装の首輪に取り付けられたタグに気がついた。 「とてもカシコイ野良ちゃんです。飼ってあげてください、ねぇ」 首輪からタグを引っぺがすと、「テッ」と声を上げて仔実装が仰向けに倒れる。タグは手書きだ。どっかで見たような気がする。 レジ袋をひっくり返して雑巾を引っ張り出してみた。100均あたりで売ってるような奴だ。 まだ真新しくて、実装石が手に入れられるようなものではない。 仔実装の首輪をもう一度よく確かめてみる。 飼い実装がしているような登録タグをつけられるような立派な首輪じゃない。 猫用のノミ取り首輪によく似た、プラスチック製の首輪だった。もしかしたらノミ取り首輪そのものなのかもしれない。 タグを信じるならば、こいつは野良の仔実装だ。 ベンチに立ち上がってテチャテチャと喚き始めた仔実装を見下ろしながら、俺は考えた。 小汚い野良実装のはずなのに、こいつはやたらと小奇麗だ。 そして野良が持っているはずもない真っ白な雑巾。野良ならエサ袋にするだろう真新しいレジ袋。 野良なら絶対につけるはずのない首輪。 人間の手がかかった野良なのは見れば明らかだが、いったい何者の仕業なのか? 「たぶん、あの人だろうなぁ……」 容易に見当がついた俺は溜息をついた。まったく、実装石に拘る奴は愛護派も虐待派もろくな奴がいない。 俺は立ち上がると、まだ喚き続けている仔実装を掴み上げ、雑巾で包んで握り締める。 体全体を襲う圧力に耐え切れないのか、仔実装は悲鳴すら上げられずに、口をパクパクさせるだけだ。 雑巾越しに仔実装の脆い骨が砕ける感触がつたわってくる。なおも力を入れていくと、雑巾の裾が緑色に染みてくる。 脱糞したのだろう。 それほど間をおかずに仔実装の口からはモツがはみ出てきて、鼻汁と血涙とともに、真っ白な雑巾に汚らしい染みを作る。 仔実装が絶命する前に俺は力を抜いた。 雑巾のあいだからズルリと抜け落ちた全身粉砕骨折仔実装はタバコの吸殻で埋め尽くされたバケツへまっさかさま。 「ジョヒィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 ぼちゃん、と音がして、茶色い飛沫が上がると同時に、蘇生した仔実装が絶叫する。 ニコチンの染み出した汚水が傷口から染み込んでくるのだろう。そりゃ痛いわな。 しばらくニコチンの海で楽しんだ仔実装は息も絶え絶えになりながらバケツの縁を掴む。 ニコチンいっぱいの汚水をタップリ含んだ体と実装服がいかにも重そうに喘いでいる。 「まあこんなもんだろ」 臭い消しの終わった仔実装を掬い上げて、レジ袋に放り込む。雑巾はそのまま放置。 これで仔実装を託児した親実装なり家族なりが俺のところに来ることはないだろう。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 夕暮れが影を落とす公園の一角に実装石の楽園はあった。 デスデス、テステスと騒ぎあう実装石の声は慎ましやかで、あまり不快な印象はない。 エサの入った籠から家族分のエサを受け取って前掛けに載せていそいそと自分の段ボールハウスへ向かう成体実装石。 公園の一角、段ボール箱に敷き詰められた猫砂の上で踏ん張る仔実装たちとそれをやさしく見守る母親実装石たち。 「テッチュー、テチュー」 「デッデッスー」 親指実装石と仔実装石のあいだくらいの小さな仔実装石が踏ん張るのを見守る母親実装。 踏ん張りながら気合を入れる仔実装石を励ます母親実装。 「テ、ッテッテレー、テッチャア♪」 ぷりっ、と音を立てて緑色の糞が猫砂の上に落ちると、仔実装石は思わず歓声を上げる。 その仔実装を母親実装はぱんつもはかないうちに抱き上げて抱き締めた。 ……実装石でなければ、それなりに感動的な光景なんだろう。 抱き上げた仔実装の股間から残糞がだらしなくプブッ、ブプッ、と漏れるのを慌てて自分の前掛けで拭ってやる母親実装石。 涙目になった仔実装の額をやさしく撫でると母親実装石は「デスゥ」と鳴いた。 それを聞いた仔実装も「テチィ♪」と大はしゃぎ。 母親実装石から下ろしてもらった実装石は「テッチュー、テッチュー♪」と鳴きながらポテポテと駆け出した。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「なるほどねぇ」 愛護派が野良実装を「地域実装」として公園で飼おうとしていることは知っていた。 まあ胡散臭い活動だが、愛護派のおかげでこの公園から実装の糞の臭いがだいぶ薄らいだのも事実だ。 それまでは誰も近寄ろうとしなかった公園だったが、朝夕、まだ涼しくて実装臭の目立たない時間であれば、人が戻りつつある。 俺もここの便所は避けていたが、最近はだいぶきれいになったので使わせてもらうこともあるくらいだ。 俺はベンチに腰を下ろし、先ほど半殺しにした仔実装を入れたレジ袋を置く。 コンビニで買って来たコーラを飲みながら、アスパラドリンクを半殺しにした仔実装に飲ませてやる。 仔実装は見た目はすでに完全に元どおり。ゲロと血がついていた頭巾と実装服は軽く水洗いしたあとに着せてやったから、 託児された時とほとんど変わらない格好になっている。 アスパラドリンクの瓶に抱きついてストローを無心に吸っている仔実装を余所に、俺は視線を公園の一角に向けた。 そこには行列をなす実装石。そして一人の愛護派がいた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ ポテポテと駆けていった仔実装のついた先には、公園の水飲み場。 水道の蛇口にホースを突っ込み、簡易シャワーを作った愛護派がいた。 「テッチュー♪」 そう鳴くと、仔実装はパンツを履き忘れた適当に拭っただけの股間を見ろ、とばかりに愛護派に股を開く。 「あらあら、元気がいいわねぇ」 愛護派おばさんは特に不快になることもないようで、それをにっこりと眺めた。 「デスゥ」 母親実装が頭を下げて仔実装を抱き起こそうとすると、仔実装は 「テッチー、テチィー!」 と鳴いて、愛護派おばさんの持っているシャワーを腕指した。 数組の実装石家族がシャワーの順番を待っていたので、ちょっとだけ困った顔になる愛護派おばさん。 けれども、仔実装が「テチーテチー」と鳴くのに負けて、仔実装家族を優先してやることにしたようだ。 母親実装は鳴くのをやめない仔実装の頭巾と実装服を手早く脱がせると、愛護派おばさんに裸になった仔実装を預ける。 「テッチャー、テッチュゥゥン、チュゥゥゥウウンン」 股間にシャワーを当てられた仔実装が嬌声を上げる。 それを聞いた母親実装はじれったそうに自分の服を脱いで、 「デッスゥゥンン♪」と鳴いて愛護派おばさんの前に股間を晒す。 愛護派おばさんは苦笑混じりにその股間にシャワーをあて、少し水量を強くした。 「デッ、デッ、デッ、デッ、デデデデェッスゥウゥウンン♪」 セミの声に負けないほどの勢いで母親実装の嬌声が響いた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ デデデデェッスゥウゥウンン♪…… セミの鳴く公園でも響き渡る実装石の嬌声。たまったもんじゃないな、と顔を顰めつつ、俺は立ち上がった。 大体の様子は掴めたからだ。 アスパラドリンクのビンにしがみついたまま放さない仔実装をふたたびレジ袋に入れると、俺は愛護派おばさんの方に歩き出した。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ シャワーを終わった仔実装と母親実装が神妙な顔をして愛護派おばさんの前に座っている。 「いい、実装ちゃん?」 「デスゥ」 「テチィ」 「人間さんはね、実装ちゃんがウンコ漏らすからキライなの。実装ちゃんがちゃーんとおトイレできるようになったら、 みんな実装ちゃんのこと大好きになるのよ。賢い実装ちゃんなら分かるわよね?」 「デスゥ!」 「テッチィ!」 「いいお返事ねー。 だからね、実装ちゃん。人間さんに仔実装ちゃんをプレゼントする時は おトイレできるようになった仔をプレゼントしないとダメよ」 「デッス!」 「テチテッチィ!」 愛護派おばさんのお話に自信を得たのか、母親実装と仔実装は立ち上がって胸をドン、と叩いた。 「あらあらー、とっても元気ね。それじゃ、人間さんにプレゼントして、みんな幸せになれるように、お布団上げましょうね。 これで人間さんと幸せになっても、公園のおばさんとか、仲間のみんなとか忘れちゃダメよー」 デッスデッス、と鳴きながら、母親実装はそれに応えて服を着始める。 仔実装の方も自分でパンツを履きながら、テッチュー、と鳴いてそれに応じた。 愛護派おばさんは、自分でちゃんと着替えのできる実装石たちを微笑ましそうに見つめていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 歩み寄りながら、俺はなんかヤダなぁ、と思っていた。 いま、近づきつつあるその屈みこんだ背中は、盛んに「プレゼント」とか「幸せ」とか言っているのだ。 実装石にむかって。 なんとも面倒なことになりそうだけれども、被害をこれ以上多くしないためにも、ここは勇気を振り絞ってやるしかないだろう。 「あのー」 振り向いた愛護派おばさんは、実装石に向けるのとは真反対な、実に胡散臭そうな視線を俺に送ってきた。 ああ、こりゃ先が思いやられる。 返事をすることもなく、愛護派おばさんは視線を俺から外すと、ふたたび実装石のシャワーに取り掛かる。愛護派おばさんの 手の中で成体実装石が泡だらけになりながらデスデスとはしゃいでいる。これなら臭わないわけだ。 「あのー、ですね」 「聞こえてるわよ! 実装ちゃんを駆除するような人は声かけないで!」 「……」 ダメだ。やっぱりまるっきり敵だと思われてる。こないだの駆除活動の時、地域実装活動にどうしてもなじめない成体実装 が数体いたから駆除したんだけども、そのことを恨まれているらしい。あの時も 「実装ちゃんは賢いんだからもう少し待ってくれればトイレくらい覚えます」 って言ってたなぁ……。 トイレの躾がわりと簡単といわれる野良猫ですら、地域猫にする際にどうしても人間の用意したトイレが使えなくて駆除される 奴もいるのに、実装石を信じすぎだろう。というか、成体になってからの再しつけなんて不可能に近い。 地域実装活動を進めるなら、諦めや見極めも肝心なのだ。 愛護派おばさんに押し切られる形で始められた地域実装活動は成果も上がっているけど、やっぱ衝突もそれなりにある。 愛護派おばさんにいまいち地域コミュニティと歩み寄る姿勢がないからだ。 俺以外の苦情入れる人にも、今みたいな感じで噛み付いてるんだろうか? これじゃいくら清潔でも野良どもの里親見つからないのも道理だよな……関わりたくねぇ。 俺が佇んだまま引き下がろうとしないので、愛護派おばさんは行列になっていた野良実装のシャワーが終わると、再びこちら に視線を上げてきた。敵意のこもった熱視線。 「あの、ですね」 「用件は早く言ってね。暇じゃないから」 「あ、えと、この仔託児されたんですけど」 俺はレジ袋からアスパラドリンクの瓶(と、まだくっついてストロー吸ってる仔実装)を摘み出す。 「うちじゃ飼えないんで、親のもとに返そうかな、って思って」 俺が摘んでいる仔実装を愛護派おばさんは仔細に眺めたあと、これ見よがしに溜息をついた。 「まったく、最近の若いこは本当に薄情ね。実装ちゃんの一匹二匹、飼ってあげなさいよ。 賢いんだからトイレだってちゃんと守れるわよ。守れないって簡単に殺す方がおかしいわ」 最後にあてつけのように付け加えられたのをグッと我慢して、俺は言った。 「いや、うちペット禁止なんで……」 「ペットじゃないの。パートナー」 「はい……」 「まあいいわ。それで?」 愛護派おばさんは立ち上がると、アスパラドリンクと仔実装を俺の手から取り上げようとする。 俺は慌てて愛護派おばさんにそれを手渡しながら、続けた。 「こいつの親の住処に返しておくとか出来ませんかね?」 愛護派おばさんは仔実装をためつ眇めつ吟味していたようだが、馬鹿にしたように首を振った。 「ダメね。私だってこの公園の実装ちゃんの家族全部見分けがつくわけじゃないもの。 とりあえずここにおいておけば、母親の実装ちゃんが迎えに来るか、自分で帰るわよ。 それよりこの仔、託児されたとき雑巾と一緒に入ってたんじゃないの?」 やはりか。 「やっぱりおばさんだったんですね。自転車かごに託児なんてふつうの実装石じゃ思いつかないし」 そう言って俺は取り外しておいた手書きのタグを愛護派おばさんの前に突きつける。 愛護派おばさんは、怯むかと思いきや、悪びれずにそれを認めてしまった。 「そうよ。悪い? だいたい里親募集しても誰も引き取ってくれないのがいけないんでしょうが。 このまま公園で実装ちゃんが増えすぎたらまたあんたたちが殺しにくるから、託児して幸せになって欲しいのよ」 かつて実装石を隣近所に押し付けようとして苦情が出た事を思い出したのか、忌々しげに付け加える。 「実装ちゃんが死んでもいいみたいなこと言う人間のほうこそ、糞蟲だわ」 自信満々に自己正当化をやってのけた愛護派おばさんにめまいを感じながら俺は言った。 「……託児された仔実装がどうなるか知らないわけじゃないでしょう?」 託児の成功率は10万分の1にも満たないと言われる。コンビニ前の側溝は託児を試みた実装石の死体で埋まるとも。 「知ってるわよ。けどそれ野良の話じゃない。 私が託児を奨める実装ちゃんはキレイだし臭わないし、トイレだってちゃんとできるもの。 実装ちゃんを見つけては殺して回ってるあんたみたいなのに当たらなければ、ちゃんと幸せになれるわよ」 あーそうですか。さきほどより自信満々に、いけしゃあしゃあと言ってのける愛護派おばさんにはさすがに呆れた。 これ以上話すだけ無駄なようだ。 「わっかりましたよ。それじゃその仔、たしかに返しましたんで、よろしくお願いします。 家族のもとに戻れるといいですね。それじゃあ」 俺は、愛護派おばさんの返事も待たずに仔実装から空になったアスパラドリンクの瓶とストローをひったくると 後ろも見ずにその場を後にした。 地域実装活動だと? 避妊処置による個体調整もしないでなにが地域実装だ。 けっきょく託児援助活動を止めるように諭すはずだった最初の目的を果たせぬまま、俺は公園を後にすることになった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 数日後。 あいかわらず公園の実装石たちは元気そうだ。愛護派おばさんもそれなりに元気らしい。 仔実装を持っていった後、公園の地域実装支援施設にまた一つ、変な施設が追加されていた。用途はよく分からない。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 愛護派おばさんは、胸にいとしい我が子を抱えた母親実装石たちとともに、その石の前にひざまずく。 母親実装石たちの胸にか抱えられた仔実装は、いずれも尋常なようすではない。 目玉をくりぬかれているもの。 四肢を焼きちぎられているもの。 体じゅうの皮を剥かれているもの。 首と胴体がかろうじて繋がっているだけのもの。 そのどれもが、託児を試みたあげくに失敗したものだ。母親実装石たちも、よく見れば無傷なものはいない。 「託児を試みる糞蟲はお仕置きして公園リリース」のセオリーを、みな忠実に守っているのだろう。 禿になった母親実装、顔に焼きごてで刺青された母親実装、鼻環を通された母親実装…… いずれもコミュニティで排除されること確定な実装石だ。 仔実装たちの亡骸を、石の前の穴に横たわらせながら、母親実装たちがさめざめと鳴く。 哀れな仔実装のために鳴いているのか。それとも自らのこれからを嘆いて鳴いているのか。 それはきっと、愛護派にも、虐待派にも分からないことだ。 仔実装たちの冥福を祈る愛護派おばさんの腰を叩くものがいる。 あの日、俺が手渡した託児未遂仔実装だ。 アレから結局、仔実装は家に帰ることが出来なかった。 仔実装の臭いの染み付いた雑巾を手に、家族が帰ってきたのは日もとっぷり暮れたあと。 ベンチ下に蹲っていた仔実装は託児先での恐怖を思い出し、家族の下へと一目散に駆け出したけれども、 ダンボールハウスの中へ入ることすら許されなかった。 ニコチン臭が染み付き、もともとの実装臭が消え去った仔実装など、家族と認識してもらえなかったのだ。 それから仔実装は、母親実装の次に頼りにしていた愛護派おばさんに縋りついて、今日まで暮らしてきた。 うんざりしたような視線を仔実装に向けると、愛護派おばさんはその口に徳用実装フードを詰めてやった。 あれから、愛護派おばさんは実装石たちにその仔実装の「里親」になってくれるように頼み込んで回った。 そして、ことごとく拒絶された。酷いのになると愛護派おばさんが巣に近づいただけで糞を投げてきた。 エサは世話になってもそれ以外で干渉されるつもりはない、そんな野良の矜持を示しただけだが、 愛護派おばさんにとってそれは、近所の人間に実装石の里親になってほしいと頼んで拒否された時のことを思い起こさせた。 愛護おばさんが気付いた時、足元には糞を投げてきた成体実装が転がり、破壊されたダンボールハウスがあった……。 愛護派おばさんは思う。 どこで歯車が狂ったのだろうと。 なにが間違っていたのだろうと。 愛護派おばさんの苦悩も知らぬげに、ニコチン臭の染み付いた仔実装は、腰を叩いて実装フードを催促していた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 俺はあの仔実装が家に戻れたかどうか、公園の様子を覗きに行こうか、と思ったが、やめにした。 どうせ戻れるはずもない。どっかで隅っこの方で野垂れ死んでいるにちがいない。 セミに負けじと鳴きかわす実装石の声が公園の外まで響いている。 愛護派おばさんが居るかぎり、この公園の実装石は増殖を続けるのだろう。 この調子で増えると次の駆除は来月頭になるのかな……、そう思うとうんざりする。 俺は少しだけ、ほんの少しだけ、愛護派おばさんの実装石託児援助が上手く行くといいな、と思った。 <おわり> 09/10/24 再UP。白保管理人さんに感謝します。お世話になりました。
