スーパーやコンビニの店頭に、そろそろ花火セットがお目見えし始めた今日この頃。 この時期になると、消防団と老人会合同の防火見回りが始まるのも、毎年恒例のことだ。 いつもと少し違っていたのは、それに俺も参加することになってしまった、ということだが。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ プチひきこもりでややニート気味だった俺が、地域活動の中でも特に面倒くさいと評判の消防団に入団した経緯はこうだ。 1年のうち半年ほど働いて小銭を貯めると、あとの半年は家の中でゴロゴロとネットをするかマンガを読むか、 それこそ惰眠を貪るかしていたそれまでの生活。 この先ずっとそれでどうにかなるんだろう、と構えていたら、30を過ぎた途端、求人に受からなくなった。 職歴が真っ白な履歴書に怪訝な表情をされることが多くなってきたのだ。 20代の頃は避けていた重労働くさい仕事や、危険そうな仕事に応募しても、30過ぎということで撥ねられる。 年齢不問ということで試しにはじめた警備員のバイトも、通過する車から次々に浴びせられる罵声に耐えかね、 火のついた煙草を投げつけられて逃げ出した。 いよいよ自分の手ではどうにもならない、と観念した俺は、家を出て初めて親に泣きついた。 もともと情の薄い家庭だったが、べつにお互いに邪険にしていたわけではない。 世間一般の家庭に比べて、親子の絆とかがものすごく薄くはあったが、それを両親も俺も気にしたことはなかった。 高校を卒業後、近所のボロアパートに引っ越して独立してはや10年ちょっと。 俺はその間に親父が転職したのを知らなかったし、親父も俺がこんなむちゃくちゃな生活をしているとは知らなかった。 それでも「半年働いて半年怠ける」という俺の就労態度はまずいと思ったのか、ちょっと小言を言われた。 そうして紹介されたのが、今の仕事だ。 紹介された仕事は、近所の自動車部品の製造工場だった。俺も含めて従業員10人のすごくこじんまりとした工場。 資格だのスキルだのはまったく求められなかったが、ただ一つ条件がつけられた。 それが、消防団への入団だった。 鬱陶しい、というのが本音だったが、親父はここ以外に伝手はない、というし、工場の社長さんからも、ただ雇うなら リフト免許のある奴の方がいい、といわれては観念するしかない。何より金がないのだ。 いま仕事しなければ実家に戻らなければならなくなる。 30過ぎて無職で実家暮らしなど、痛々しすぎておちおち引きこもってもいられないではないか。 オフの日には、じめっとした家の中で、ただ一人グダグダと過ごすことの出来る今の環境を捨てるつもりはない! ------------------------------------------------------------------------------------------------ そんなわけで、俺は「ひぃのぉ〜よぉ〜じん」とお称名のごとく唱えながら歩く一団に紛れて、夜の目抜き通りを往く。 「騙されたよなぁ……」 傍らを歩く爺さんが拍子木を叩くのに紛れて、俺は呟く。 出発前に渡されたチラシに、何度目かの視線を落とす。 今週行方のわからなくなった徘徊癖のある老人の写真と、先週無事見つかった徘徊老人の家族の感謝のコメントが 刷られたチラシだった。 防火見回りといいつつ、徘徊老人の捜索を兼ねているので、消防団は小集団に分かれている。ふだんなら分団単位で行なわ れる防火見回りも、今夜は三人一組の編成だった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ じっさいに入団した消防団は、面倒くさいなんてもんじゃなかった。 ポンプ講習、ボート免許講習、応急手当講習、講習、講習…… で、ほとんど1週間くらい潰れた。 講習から解放されてホッとしたのも束の間、就職して最初の休日には実地講習、と称して町内の消火栓、防火水槽を設置 しているポイントを「歩いて」教え込まれた。 新人が加入した時の恒例の行事らしいが、馴れない金型整理で悲鳴を上げていた俺の体の筋肉があちこち死んでいくのが 分かる苦行だった。 このあとしばらくは休日に消防団に呼び出されることはなかったが、7月に入って最初の日曜に、ふたたび実地講習が 行なわれた。 このときの実地講習は、町内の公園の把握だった。広域避難場所に指定されているものから、公園に指定されてこそ いないものの、公開空き地として、公園に準じた扱いを受けているところまで、その利用基準をあれこれ教え込まれた。 どんなちっこい公園にもある、立て看板に書かれた「ボール遊びは止めよう」「犬や猫のフンはきちんと後始末しよう」、 というアレだ。 そんなのいちいち覚えなくてもいいだろう、と思ったが、道中、団長の話してくれた利用基準の見直しの話を聞いて ちょっと考え直した。 子供の頃は何も考えずにいろいろ遊んでいたことを思い出し、その話を聞いて、少しだけ身が引き締まる思いがした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 次の角を曲がれば、今日最初の見回りポイントの児童公園だ。 団長(俺が働いてる工場の社長)・俺・シルバー人材センターの爺さん の順に公園に入る。 ちいさな児童公園の中にはジャングルジムと滑り台があるだけで、他に目立つようなものは何もない。 公衆便所や噴水が設置されてるようなやや広めの公園になると、公園の木立や植え込みの陰に、徘徊老人が蹲っていることも あるので、その辺も徹底捜索する(もっとも、見つかるのは、たいてい場合実装石)のだが、これだけ殺風景な公園だと、 ちらっと一瞥するだけでじゅうぶんだ。 先頭に立って公園に入った団長が、遊具のない公園の中央にいた人影に声をかける。 「こんばんは。花火ですか」 水を張ったバケツを前に、花火セットを広げ始めていた父親らしい男性が答えていった。 「ええ。まだちょっと早いと思うんですけど、子供にせがまれちゃって」 「あー、なるほど。コンビニに並んでるとどうしても欲しがりますもんね」 「そうなんですよ。まだ早い、って言うのにどうしても欲しい欲しい言い出すから……」 団長が父親と話をしているうちに、子供らが広げている花火セットの内容を確認する。どれも手持ち花火で、打ち上げ花火 の類はない。ロケット花火もなかった。防火の準備も万端できているし、保護者同伴だから問題ないだろう。 「それじゃ、くれぐれも火事には気をつけて」 「はい、そちらこそお疲れさまです」 こっちの確認が終わったのに気付いた団長が、話を切り上げる。 かわってシルバー人材センターの爺さんが、父親に徘徊老人の情報提供を求めるチラシを渡してなにごとか話をしている。 正味五分もかからずに、最初の見回りは簡単に終わった。 「全部この調子だといいんじゃけど」 爺さんがポツリと呟く。 まったくもってそのとおりだと俺は思った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 12年前。 この町内の公園で花火遊びをしていた大学生が、悪ふざけで打ち上げまくったロケット花火が公園の隣家に飛び込み、 火事を起こして生まれたばかりの赤ん坊が亡くなったそうだ。 とうぜん大学生は放火容疑で捕まったが、未成年と言うことで懲役刑とはならず、納得できない両親は謝罪と損害賠償を 求めたが、大学生側は隣家への着火は予測不能、そもそも公園の利用基準が不備であったと主張し、 頑としてそれを拒みつづけた。 けっきょく民事訴訟に発展し、ようやく損害賠償の一部は認められたが、進学のためだけにこの町に住んでいた大学生は 既に転出しており、ただの一言も謝罪の言葉は聞かれなかったそうだ。 その後、公園の利用基準の見直しが行なわれ、公園での花火は原則禁止という方向が決定された。 もっとも、町内で花火をするなというのに等しいそれを、完全に徹底するのも難しいのは事実。 打ち上げ花火・ロケット花火(場所によっては鼠花火も)といった延焼を招く危険性のある花火を除き、黙認されているのが 現実だった。 古くからの住人や自治会に加入している世帯はこうしたルールを承知していたが、学生街でもあるこの町には そうした公園での花火についてのルールを知らない連中もけっこういる。 そうした連中に注意してまわるのも、消防団の務めというわけだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「だからアンタらに、なんの権限があるんだよ!」 爺さんと俺の希望は、次の公園であっさり打ち崩された。 団長に食ってかかってるのは、ゆとり世代ど真ん中らしい、学生風の男。 公園で花火をしようと屯していた若者集団のリーダー格らしい。仲間らしき若者たちは、まだ使ってない花火を抱えたまま その男の後ろから胡散臭げな視線をこちらに向けている。 その足元には既に打ち上げたっぽい連発花火の残骸。水はどこにも用意されていなかった。 「公園の入り口の看板に書いていただろう? ここでは花火はやっちゃいけないんだよ」 「だ、か、ら、なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけねーんだよ! 消防か? 警察か? あ?」 団長の静かな口調とは裏腹に、ますます声を荒げる男。どうも女の子のいる前で注意されたのが腹が立ったらしい。 団長も俺も、ちゃんと「消防」の腕章つけてるんだが、どうも見えてないようだ。 団長が「うちらは消防団だから……」と言ったのを遮り、「カンケーねーだろ! オメーらにそんな権限はねーんだよ!」 と男が喚く。 こっちが消防団だと分かって、怯んだ様子を見せたのはほんの数人。他の連中はむしろ「なんだ」と言った表情を浮かべる。 ああ、この感じ、覚えがある。 思い出すのも嫌な警備員時代、「おまえらには強制力なかろーが」と強引に交通誘導を突破していったドライバーとまったく 一緒だ。 強制力のあるヤツに言われないかぎり、他人に迷惑をかけようが従わなくてもいいって手合だ。 ますます激昂する男と団長の間に、埒があかないと見たのか、爺さんが割って入る。 「まあまぁ……」 「ひっこんでろジジィ! ウゼーんだよオメーら! うせろよボケがぁ!」 ありゃま。何か言う前に食ってかかってきたよ。醜いねぇ。 振り返った爺さんが頷いたので、俺は鞄に入れていた携帯無線を取り出して、消防署に連絡する。巡回中だった消防車が来 るのもすぐだろう。 団長が 「それじゃあ、消防車呼んだから、消防の人から注意されたら、ここで花火をするのはやめてくれよ」 と声をかけるが、男はヒートアップしすぎて、もはや聞く耳を持たない様子。 「あ? 消防車? あぁ? おまえら逃げんのかよ! だったら最初っから言いがかりつけてくんじゃねーよゴミ! 卑怯モンが、自分じゃなんも出来ねーくせに、えらっそーによ! 殺すぞこらぁ!」 さすがに最後の「殺す」にはお仲間もビビッたようで、女の子たちはみんなドン引きしているのが良くわかった。 消防車を呼んだ、と言った時点で、リーダーらしい男を止めようとした子もいたが、そんなのにかまわず、リーダー格はなお 喚きつづける。 たぶん女の子たちの間では、こいつの株だいぶ下がったんだろうなぁ、と見当はついたが、同情する気にはなれなかった。 腕を振り回し、地面を蹴り、悪態を吐きつづける男から離れ、俺たちは公園を後にする。 公園を出てすぐに、サイレンを鳴らさずに赤色灯だけを閃かせた消防車とすれちがう。 男のあの様子じゃあ、警察も呼んでおいたほうが良かったかもしれないな。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 消防団の見回りに求められている役割は実に多様だ。 火災予防の啓発はもちろん、徘徊老人の保護、ごく稀に深夜に出歩く未成年者への指導……etc、etc…… 不審火が続いていたりしたら、警察並みに放火されやすそうな物件のチェックなどもしなければならない。 参加していなかった頃には、ただのんべんだらりとぞろぞろ歩いているだけにしか見えなかった「火の用心」行列だが、 その実、けっこうな仕事をこなしているのだな、と認識を改めた。 もっとも、たいていの場合は火災予防の啓発が主で、その他の役割はたまにこなすだけだから、それほど大変でもない。 ただ、さいきん役割として期待されるようになった仕事は、けっこうしんどい仕事だった。 仕事そのものがしんどい……というのとはちょっと違う。体力よりも、精神的に疲れるのだ、連中の相手は。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ テチャァアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー……パンッ! 最後の公園の入り口に差し掛かったところで、仔実装の悲鳴&ロケット花火の最後の破裂音らしきものが聞こえてきた。 爺さんは顔をしかめ、団長は参ったな、という顔をする。 「連中の湧く季節になったんですかねぇ……」 「さぁ……ちょっとまだ時間は早い気もするがのぅ……」 爺さんと団長はそう話しながら、公園の奥へと進む。俺は公衆便所の掃除用具入れから、トングとチリトリを取ってその後 に続いた。 まだ日付は変わってないから、たしかに時間帯としては早いけど、こんなことするのは連中しかいないだろうな。 俺はこれから向かう先に展開しているであろう光景を想像して、うんざりした気分になった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 案の定、公園の中ほどには実装石の親仔が一組、それに虐待派らしき青年が一人。 分かりきった光景だけに驚きも何もない。すでに消防団に入ってから、この手の人間には4度あっている。 が。 俺は先に到着していた爺さんと団長の隣について、思わず鼻を摘んだ。 ……くさい。 虐待派らしき青年は、暗くてよく分からないが、撫でつけた長髪、煮染めた色のTシャツとよれよれのジャージに身を包み、 今まさに仔実装を掴み上げんとしていたところだった。 傍らにはビニール袋が落ち、中から弁当らしき箱が覗いている。 (託児されたのか) いまどき珍しいことに、この虐待派らしき青年は、実装石に託児されてしまったらしい。よほど鈍感なのか? 夏場の実装石、それも野良実装石となればその臭いは凄まじいもので、数メートル程度の距離からでもその臭いは漂ってくる。 コンビニの前で待ち構える実装石、それは通年で見られるものだったが、この時期の実装石の託児の成功率はほぼゼロだった。 あまりにも臭い実装石が店先にいるせいで、誰も彼もいやでもその存在に気付いてしまうのだ。 汚らしい実装石から目を背けることは出来ても、臭いは容赦なく襲ってくる。 ふだん実装石を無視した生活を送っている人間でも、この時期はいやでも実装石というナマモノの存在を意識せざるを得ない。 そんな不快臭を放ち、存在をバリバリにアピールしている野良実装が託児を起こしたところで、成功するはずがないのだ。 ゴミ箱の影にうまく隠れているつもりなのだろうが、実装石はその臭いで存在がモロバレ。 そんな実装石におめおめ託児を許すなどというのは、託児されることを待っている奴か、そうでなければ実装石並みに臭いに 鈍感になっている奴だ。 目の前の虐待派はどっちなのだろうか? わざわざ託児されてやった愉快犯か、とも思ったが、それならば実際に弁当がダ メになるといったヘマはやらないだろう。 たぶん、この虐待派自身が、実装石並みに「臭う」のだ。実装石の臭いと渾然一体となって鼻に突き刺さる悪臭の中に、俺 は人間の小便を煮詰めたような臭いが混ざっているのに気付いていた。浮浪者・ホームレスの類のあの臭いだ。 自身がそれほどまでに「臭う」から、野良実装の強烈な悪臭にも嗅覚が麻痺しているのだろう。そこを付け狙われたのだ。 「あー、君、この公園は花火禁止になっているんだがね」 鼻声になりながら、団長が虐待派らしき青年に声をかける。 虐待派らしき青年は肉付きの良すぎる肩をびくりと震わせると、モノも言わずに振り向いて立ち上がった。 脂の浮いた眼鏡のレンズが、外灯の光を反射してギロリと輝く。 撫でつけたものだと思っていた髪は、どうやらあまりに長期間洗っていなかったせいで脂が浮いて固まってしまったものだっ たらしい。 ボロボロとまばらに生えた無精ひげと相まって、どこか悪鬼じみた雰囲気を感じさせる。 「……ゥルサィ」 ささやき声が聞こえたような気がした。しかし、爺さんが反応してないので気のせいかな? と思っていたら、 「え? もうちょっと大きい声で言ってくれないか?」 団長にもそれは聞こえていたのか、一歩踏み出し、ふたたび尋ねる。 「うるさいっ!」 急に大声を出されて、俺たち3人は思わず固まってしまう。弄んでいたであろう実装石親仔もビクリとして動かなくなった。 「うるさいんだよ! ここの実装石が! うるさくてたまんねぇんだよ! 邪魔すんなよ!」 そう言うと、先ほど掴み上げようとしていた仔実装の上に足を踏み下ろし、それを潰してしまった。 うわ、また仕事が増えたorz。 いっしゅん怯んだものの、団長は落ち着き払ってその虐待派らしき青年に言った。 「あー、そういうことなら、役所に言ってくれればすぐに駆除するんでね。 それにここは先月駆除が入ったばかりだよ。うるさいなんて苦情は、今までに入ってないんだけど。 というか、実装石がうるさいのと、花火するのと、いったいどんなつながりがあるんだい?」 団長の言っていることは事実だ。 今この時間帯に、ここにこの一組の実装石親仔しかいないことからもそれは分かる。 夏場は暑い昼間動き回らず、一時的に夜行性となる実装石が、この時間帯にこの親仔だけ、と言うのはありえない。 もしこの虐待派らしき青年が言うとおり「うるさい」ほどの実装石がいれば、なおのことだ。 虐待派らしき青年は言い返そうともせず、黙って弁当の残骸の入ったレジ袋を拾うと無言で立ち去った。 いつものことながら、虐待派というものは不気味な反応を示す。 不良グループのように食ってかかることもなく、酔っ払いの中年オヤジのように悪態を吐くこともない。 ただ自分の形勢が不利になると、黙って立ち去るだけだ。こちらに反論することもない。 まるで人間との接触を最小限に抑え込もうとしているかのようだった。 少なめに見ても数ヶ月は風呂に入ってない格好の虐待派らしき青年の後姿を見送りながら、なんで連中みたいなのを 放っておくんだろう、とあらためて思う。 まあ実装石以外には無害なんだろうけど……、他人との接触をロクにこなせずに実装石に没入するだけの彼らの将来に、 いったい何があるのだろう? 実装石虐待派、という趣味はなかったものの、自堕落であることに関しては、ちょっと前までの自分も似たようなものだった。 そう考えると、今何も言わずに立ち去っていった虐待派らしき青年が、もう一人の自分のように思えて、憐れまずにいられな かった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 虐待派の残していったゴミ——ロケット花火用のペットボトルやら、100円ライター、使い残しの花火セット—— を回収していると、もう一つのゴミ、虐待されかけていた実装石がデスデスと声をかけてきた。 「ニンゲンさんありがとうデスゥ」とでも喚いているのだろうか? それとも「ドレイニンゲン、アイツの無礼を許してやるデスから、謝罪と賠償(ry」とでも? まあどっちでもいいか。 「団長、これどうします?」 顎をしゃくって実装石親仔を指し示すと、団長は 「ああ、いつものように処分しろ。ちゃんと片付けろよ」 と応じた。 実装石親仔がデスデステチュテチュと俺の後をついてくるのを確認しながら、俺はトイレに向かう。 掃除用具入れには実装処分用のポリ袋というか、ポリエチレン製の風呂敷様のものも何枚か常備されている。 俺はそのポリシートを一枚取り出すと、用具箱から取り出したバケツに水を入れ、ポリシートを地面に広げて言った。 「洗ってやるからその上に乗れ」 どうやら人語は解する程度に賢い親仔だったらしく、親仔3匹とも嬉しそうにシートの上に乗る。 大人しくシートの上に3匹が乗ったのを確認すると、俺はその3匹に向けて殺装スプレーを吹きかけてやった。 コロリやシビレと言った一般的な実装石に効能を発揮するものと違い、突然変異などを含めたいかなる実装石に対しても効果 を発揮する、実装殺傷率100%を誇る殺装スプレーは殺鼠剤を薄めたものだから、人体にとっても無害ではない。 噴霧が舞い上がる前に俺は立ち上がり、実装石たちが「デジァア」「テギュゥゥ」とのた打ち回るのを確認すると、その場を離れ る。 実装石親仔の処分以外にも、仕事はまだ残っているのだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 懐中電灯で照らされた地べたには、反吐にも似た実装石の死骸やら血痕やら、残骸が転々としていた。 仔沢山な実装石だったようで、原型をとどめた仔実装石は、虐待派に最後に踏み潰されたのも含めて、3体あった。 原形をとどめたと言っても、顔や手足の一部がそれとわかると言った程度で、客観的には惨たらしい死体だ。 もっとも慣れてしまえばどうという事もない。完全に弾け飛んだ死体と違って回収が楽な分、これくらいの方が有り難いとす らいえた。 体液の流出の多いと見られる場合は、死体の周辺の土ごとこそぎ取り、肉片が落ちているだけならばそれをトングで摘んで回収する。 チリトリ5杯分の死体やら残骸、土壌を入れると、実装用ゴミ袋はほとんど満タンになる。 それを持って先ほどのポリシートのところへ行くと、親仔3匹とも脱糞して絶命しているようだった。 親仔3匹を押し潰すようにしてゴミ袋を置き、ポリシートの四方を掴んできつく結ぶ。 ゴミ袋分+親仔3匹分の重量となった包みの重さはちょっとしたもので、担ぐのに苦労した。 分厚いポリシートだけれども、ポリシート越しに、実装石の臨終間際の脱糞の柔らかさが背中に伝わってくるのは不快でしょ うがなかった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「実装石処分箱」と書かれた鉄製の重い蓋を開き、背負ってきたポリシートの包みを投げ込む。 箱の底の方に蛆蟲が湧いていたので、残り少なくなってきていた殺装スプレーを全部吹いてから蓋を閉めた。 まあこれで、焼却場に運ぶまでの間は復活することはないだろう。 トイレで手を洗い、人心地ついたところで、他の見回りをしていた団長たちが戻ってきた。 この公園に、他に実装石がいる様子もなく、また徘徊老人がどこかに蹲っている様子もないようだった。 一人遅れてきた爺さんが抱えてきた缶コーヒーを飲みながら、一息つく。 おおざっぱには清掃したけれども、明日の朝になれば掃除しきれてない実装石の残骸などが見つかるのだろうな。 そうなると、子供たちのラジオ体操はここじゃやらせない方がいいだろう。 そんなことを考えていたら、団長はその辺のことには先に気付いていたらしく、この公園でラジオ体操をしている自治会の 会長さんに話をつけてきたらしい。 中止になるか、代替の会場が見つかるのかまでは分からないが、とりあえず明日の朝一番で清掃局がこの公園の清掃に入るの は間違いなさそうだ。 公園の入り口で団長と爺さんと別れた後、俺は公園をあらためて振り返り、見渡した。 虐待派の青年は言っていた。実装石がうるさいから、と。託児されたことも、そりゃ腹立たしかったのだろう。 しかし、だからと言って私的な虐待に走りそれを正当化するというのは、どうにかならんものか? 実装石ごときを相手する暇人は連中くらいのもの。 ふつうの人間なら、それこそ道端の石ころのように無視するか、危害を加えられたときには一撃のもとに殺すかするのに、奴 らは異常に処分の手法にこだわる。 周りがどれだけ迷惑するかも知らずに。 連中が糞蟲処分と称して実装石を身勝手に殺しまくり、その後始末をほっぽりだしてくれるおかげで、実装石の駆除に回せ るはずの清掃局員が、実装石の死体回収に回されている。 そのために抜本的な実装石対策が出来ず、いつも後手後手に回っていることも、連中にはどうでもいいことなのだろう。 周りの迷惑を顧ることもなく、公園を汚してすっきりしていくアイツらこそ、じつはクソムシなのではないか? 一気にコーヒーを飲み干すと、俺は空き缶を道路に叩きつける。 今夜の無償での公園清掃の対価に、空き缶の一つをポイ捨てするくらいの権利はあるだろう、不意にそんな気分になったから だった。 ふと我に返り、物に当たった自分が恥ずかしくなった。 拾って帰ろうと空き缶の方に目をやる。 からからん、と軽い音を立てて車道に転がる空き缶に、縁石に蹲っていたらしい仔実装が駆け寄り、「テッチュ~ン♪」とプルタブ に吸い付こうとした刹那、走ってきたワゴンに缶ごと潰された。 缶を拾う必要がなくなり、俺はやや駆け足でその場を後にする。 背中に感じた実装石たちの潰れた肉片や糞の感触がよみがえり、一刻も早く風呂に入りたくなったからだ。 駆け出した俺の後ろで、ペシャンコになった仔実装と空き缶が、車道でカタカタと揺れていた。 <おわり> 09/10/24 再UP
