第9話「モニカ2」 「………テェ!?」 モニカは渡された実装服を見て、眉間に皺を寄せながら、首を二度三度、左右に傾けた。 それは、あの後、デさんの叱責に耐えながらモニカを家に向かえ 『ご主人様ッ!! 何処テス?何処テス?』と泣く彼女を風呂に入れた後のことであった。 汗と涙と吐瀉物と排泄物で塗れたそのモニカの姿は、見るに耐えないものであったからだ。 数日ぶりの熱いお湯に酔いしれたモニカの涙の痕も、上気した頬で少しは消えかかっていた。 そのモニカの実装服は洗濯籠行き。 風呂上りのモニカに与えたのは、昔デさんが中実装の頃に来ていたデニクロの中国産。 3着980円の、あせた緑色の麻製の実装服であった。 何度も何度もデさんが手を通したその実装服は、洗濯機で洗い繰り返され、 固くてごわごわであったが、寒さを防ぐには十分なものである。 「テェ? テェ……?」 その緑色の実装服を両手で掴み、モニカは天井のシーリングに透かすような仕草を繰り返す。 「ん?どうした?」 「テェ?」 眉間に皺を寄せるモニカが、それが服であることを理解するのに、30分近い時間を要したのだった。 ◇ 『ご主人様は、「リョコウ」テス。きっとそうテス』 麻の実装服が合わないのか、時節、ない爪でボリボリと体を掻くモニカ。 「リョコウ」。旅行のことか。飼い実装であるモニカの語彙は多そうだ。 旅行という言葉を聴いたボラギノールは、?な顔をして、顔を引きつらせていた。 デさんは完全に無視。居間でソファーの上で横になりながら、屁をこいている。 『ご主人様が帰ってくるまで、ここで世話になるテス』 「……………」 本当の事を告げない事は容易い。 騙し騙しで、モニカをこの家で保護することもできる。 しかし、俺はどうしたいんだ?モニカをそのまま寒空へリリースしても責められる筋合いはない。 だが家族として受け入れるのであれば、彼女の今後10年以上あろう実装生を支える 責任が、飼い主にならんとする俺に生じる。 「デさん」 俺は長老へとお伺いを立てる。 「………デ」 ふん。と寝返りを打って、スカートをまさぐりながら、尻を掻いていた。 すまんなぁ、デさん。また迷惑をかけることになる。 ◇ 「テェェェーーン!! テェェェーーン!!」 ダンダンと地団駄を踏みながら、モニカが泣き叫んでいた。 ボラギノールは怖がり、デさんのスカートの中に逃げ込んでいる。 デさんは、両手で両耳を押さえながら(手は届いてないのだが)、冷たい目でモニカを見つめていた。 モニカが泣いている理由。 それは俺がモニカをうちの家族として迎えるための行った儀式のためであった。 「君のご主人様はもう君を迎えに来ない」 「ここからは君の選択だ。ご主人様を待ち続けるか。俺を新しいご主人様と選ぶかだ」 「但し、俺は虹裏さんのように君に贅沢を与えることはできない」 そんな事を彼女に告げたかと思う。 モニカは事の真意を理解したのか、目から溢れる涙をこらえ切れず、大声で泣き始めた。 「デヂヂィーーッ!!」 だんだんと両手をリビングの床に叩き付ける。 どんどんと両足で地団駄を踏み、怒りと悲しみを露わにする。 「おまえは捨てられたんだ」 捨てられた飼い実装を、飼うことは難しい。 大抵は、捨てられた事実を理解できず、悪戯に前の主人を追い求めてしまう。 この先、モニカを飼うためには、真実を徹底的に理解せしめることは、何よりも重要な事なのである。 「おまえは要らない仔だったんだよ」 「テェェェッ!!」 「虹裏さんは、おまえが大嫌いになったんだよ」 「アアア〜〜〜ッ!! アッアッ〜〜ッ!!」 理路で攻めても理解はできまい。 多少、誇張が入ってでも、インパクトを与えて理解させることが肝要だ。 ぷぅ〜んと鼻につく匂い。 あまりにも認めたくない現実のためにか、モニカは、パンツにこんもりとした糞を排泄していた。 天を仰ぐように、そのまま固まった状態で、小さく唇を震わしている。 そろそろ、頃合いか。 俺は、モニカをそのままに部屋を出て、彼女をそっと一人にしてあげた。 ふぅ。あとはモニカ次第か。一晩たてば、少しは落ち着くだろう。 「テスン… テスン…」 数時間後、居間を覗いてみると、まだモニカは泣いていた。 数分に何度か、手首を切る仕草を繰り返していた。 血の出ない手首を見つめては、テーと呟き、涙を拭った。 そのうち泣き疲れたのか、モニカは知らぬ間に眠りに入った。 (つづく)
