第8話 「モニカ」 「デブデブ…」 デさんが、ずれた眼鏡をなおしながら、ブツブツと文句を言っている。 ボラギノールがこの家にやってきて1週間。ようやく新しい「家族」を受け入れた矢先だったのだが、 新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)に、ご立腹の様子である。 「テェ!? テェェ!?」 一方、ボラギノールは、煌びやかな実装服を身にまとうモニカに興味津々だった。 あれからモニカは、よほど疲れていたのか、泥のように眠り、むくりと起き出したかと思うと、 椀に盛ってあった水道水を、犬のように四足で、ぐびりぐびりと飲み、ようやく落ち着きを取り戻した感じだった。 薄いイエローの前掛けをびっしょりと水で濡らした、ぽかんと呆けたような状態のモニカに、俺はリンガルで話しかけた。 『ここ何処テス? ご主人様は何処テス?』 「あー、え〜と」 俺は、虹裏さんの家の様子を思い出し、言葉を選んで「夜逃げ」を説明するのに頭を悩ませた。 『モニカは公園でご主人様とお出掛けをしていたテス』 『ご主人様は、アイチュを買って来るから「ここで待ってろ」とモニカに言ったテス』 モニカの話はこうだった。 1時間、2時間待っても、虹裏さんはモニカの前には現れなかった。 不安になったモニカは、公園で泣きつくし、半日かけて見覚えのある道と匂いを辿って、家に戻ったという。 玄関で必死に虹裏さんの名前を呼び、泣き続けた。 夜を迎え、雨露を避け、水溜りで喉を潤し、また虹裏さんの名を玄関の前で声が枯れるまで呼び続けた。 そして、あまりの空腹と寂寥感のため、夢遊病者のように彷徨った末、近所の俺の家に偶然辿りついた。 というわけである。 『ご主人サマ、きっと家で待ってるテス』 「あー、え〜と」 『世話になったテス』 モニカはペコリと俺に頭を下げ、玄関に向かってトテトテと歩いた。 「ちょっと待……」 「デスァッ!!」 モニカを引きとめようとする俺を制したのはデさんだった。 黒縁の実装眼鏡の奥から睨み付ける眼力に圧倒されて、俺はおもわず玄関の扉を開けてしまった。 モニカは玄関から外に出て、庭においてあるデスクーターにちょこんと乗り、俺に頭を再び下げた。 ブルルゥゥゥゥ〜〜 最新世代のデスクーターは、電動スクーターの脱炭素の環境仕様だった。 「デスァ!! デスァ!!」 モニカを見送る俺の背中で、デさんが叫んでいる。 ああ、わかってるよ。これはモニカが選んだ選択だ。他人である俺がとやかく言うことじゃない。 「デブデブ……」 「テェ〜?」 ブツブツ呟くデさんと、?な顔をしているボラギノールが、玄関から戻ってきた俺を迎えてくれた。 俺には俺の家族がいる。生活がある。 モニカにはモニカの家族がいる。生活がある。ただそれだけなのだ。 ◇ 30分後。 「テェェェーーン!! テェェェーーン!!」 俺の庭先の茂みから、黄色い実装服を着た実装石が、梅干顔で現れ、 俺の家の玄関の扉に、緑の糞がついた両手で、手形を一杯つけるのだった。 「テェック!! テェック!! テヂヂーーッ!!」 嗚呼…。 デさん、そんな顔で睨まないでくれ。嗚呼……。 (つづく)
