【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 緑色の怪人の子供を捜すため、別世界に飛ばされてしまった弐羽としあきは、アパートの自室ごと、「実装石」という 人型不思議生物が存在する世界を巡る旅をするハメになった。 としあきは、五日間しかその世界に留まれない。 それを過ぎてしまうと、永遠に元の世界に戻れなくなってしまうのだ。 「人化実装の世界」にやってきたとしあきと実装石ミドリは、「ぷち」と「モカ」という二人の人化実装と関わったことで、 実装石特殊研究所と呼ばれる機関へと招かれたが—— −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ! 第3話 ACT-3 【 浅ましい気持ち 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 夕方、研究所から出たとしあきは、ローザの連絡先を聞いた上で、自宅に向かうことにした。 ぷちはどこに居るのか、ミドリはどこへ消えてしまったのか。 としあきは、なぜかとてつもなく嫌な予感に苛まれていた。 と、その時、突然携帯が振動し始める。 これは、実装石の誰かがとしあきに話しかけているという証拠だ。 携帯から、としあきにしか聞こえない翻訳音声が出ているが、見渡す限り実装石らしき姿は見られず、声も掠れていて うまく聞き取れない。 代わりに、やけに太ましいシルエットが、研究所の裏口からのそのそと歩いてきた。 「おっ、敏昭さん。そっちはどうだった?」 「あー、全然ダメ。 仔実装の教育係頼まれたんだけど、使い物にならんクズばっかでさ。 俺の方から断ってきたんだ」 迷惑そうに首を振る敏昭に、としあきはただ頷くしかない。 ふと、彼が脇に抱えている大きな黒いポリ袋に目が留まる。 「それ何?」 「ああ、死にかけた実装石だって。 保健所に渡してくれって頼まれてさ。タクシー代と飯代と小遣い貰ったよ」 自分は何の報酬も手数料も貰ってないのに……と思ったとしあきは、再び、ポケットの中で携帯が震えているのに気付いた。 再び嫌な予感がして、携帯を耳にあてる。 “クソ……ドレイ…” 「えっ、ミドリ?!」 “助けろ……デズァ……” 「なんでお前がこんなとこにいるんだよ?!」 「は、何言ってんのあんた?」 としあきは、敏昭からポリ袋をふんだくると、慌てて中を確認する。 そこには、五体満足ではあったものの、まるで全身の水分を抜き取られたかのようにやせ細った、ミドリが居た。 「敏昭さん、これ、俺に預けてくれないかな」 「はあ? ダメだよ俺金もらってるもん」 「それはあんたにやるよ、処分だけ俺がやるなら面倒ないだろ?」 「ああ、それならいいよ」 それだけ言うと、敏昭はろくに挨拶もしないで帰ろうとする。 としあきは、念のため彼との連絡先交換を(無理矢理)行い、別れることにした。 またしても、ミドリが瀕死の状態になってしまった。 としあきは、ミドリを再びポリ袋に押し込むと、動物病院を求めて街に出た。 ※ ※ ※ 実装石を扱う動物病院に駆け込んだ時、ミドリは正に死の直前にあった。 屈強な野良である上、過去幾多もの危機を乗り越えてきたミドリも、実装特殊研究所で受けたダメージはあまりにも深刻 過ぎたのだ。 身体はおろか偽石にもダメージが及んでおり、ミドリは急遽実装石活性剤という特殊な回復液に浸され、絶対安静となった。 医師によると、本来なら活性剤があれば一晩もかからずに回復するそうだが、今回はとてもそれでは済まないらしい。 実装用の鎮静剤で眠りについてミドリを心配そうに見つめながら、としあきは医師にすべてを委ね、後は彼女の悪運の強さ に期待することにした。 としあきは出来るだけ時間を無駄にしないよう、日中は野良実装捜しやモカ捜しに尽力し、夜は調べ物に集中した。 よく考えたら、「実装石特殊研究所」のことも、人化実装のことも、としあきは何も知らないのだ。 幸い、自室のパソコンにブックマークされていたページには、かなり重要な情報が記載されており、概要把握には充分に 役立った。 ——「実装石特殊研究所」 その名の通り「実装石」のみを専門に取り扱っている、日本だけでなく世界中に支部のある巨大研究組織だ。 実装生物関連商品の二大大手企業・ローゼン社とメイデン社両方の支援を受け、未だ謎の多い実装石について数多くの 研究分析を行なっている所である。 「実装石特殊研究所」は、実装石を基にした、或いは実装石に関連する各種産業・工業・科学技術の発展を目指しており、 今も多くのサンプル体を育成しつつ、他に類を見ない独創的な研究開発に邁進している。 繭化・人化は、そんな行程で発見された、実装石の特殊な性質の一つらしい。 実装石の人化は、20世紀半ばには既に実例があったそうだが、当時はまだ明確なプロセスが解明されておらず、事例も 極端に少なかったため、ほんの十年前までは都市伝説的に扱われていたという。 だが20世紀末、とある事件で逮捕された人間が、実は人化実装である事が突き止められたことから、その存在が突如 現実化した。 「実装石特殊研究所」は人化プロセスの理屈と概念を解析し、近年ようやく確実な方法を発見。 これに目を付けた実装関連商品プロデューサーが研究所と組み、一般に広めたところ瞬く間に大人気となったのが、 「実装人化マニュアル」だった。 当初は単なる人化実装の謎解明本に過ぎなかったマニュアルは、徐々に人化育成ハウトゥ的内容に変化し、一年後には ほぼ現在のものと同じ内容になった。 結果、現在では人化実装の数が万単位に届くほど増えてしまい、特に独身男性に需要が多いという。 しかし男性だけでなく、女性にも需要があり、中には男性化を促したり、人間の子供のように育成させたり、死んだ親族の 身代わりにするという用いられ方も確立した。 「すっげぇ世界なんだなぁ、ここは……」 次にとしあきは、実装石の人化の理屈を調べた。 実装石には、人間にとってのエンドルフィンに相当する「ジソルフィン」という脳内麻薬成分があり、これが分泌されると、 痛みを緩和したり危機状態でもリラックス出来る。 後者は一般に「幸福回路作動状態」と呼ばれる状態の原因で、実装石はこれにより何でも自分の都合の良いように捉えて 緊張感を取り去るそうだが、これにより「偽石」と呼ばれる最重要身体器官にかかる負担も軽減される。 だが所詮ドーピング的なものなので当然限界もあり、幸福感が長期間続く等の理由でこれが過剰分泌されると、逆に実装石 の身体自体が耐えられなくなる。 最悪の場合、「幸福な気持ちでパキン(自壊)」してしまうこともある。 しかし、稀にジソルフィン耐久性が高い個体も存在し、それらはジソルフィン分泌過多に陥ってもすぐには死なない。 代わりに全神経・全感覚が超過敏化し、蚊に刺されただけで激痛を覚えてショック死してしまうという逆転現象が発生する。 この状態が一定以上の期間続くと、実装石の身体は「このままじゃあかん」と認識して、身体を保護するため保護幕(専門用語で コロニー)を形成する。 ——これが、俗に「実装繭」と呼ばれているものだ。 繭を作った実装石は、胎児が形作られるプロセスを逆に辿り、経験や知識情報に従い最も最適とされる身体を再構成する。 ただし、脳や眼球、偽石などの一部器官はこの行程を経ても原型や特性を維持するらしく、その結果目の色や耳などが人間と 著しく違う姿になるそうだ。 ジソルフィン過剰分泌が起こる可能性は10000分の1、ジソフィン耐性が強い個体が5000分の1の確率、その後身体変化 まで起こす個体がいる確率は、更に数千分の一となる。 これでは、自然に人化する個体が極端に少ないのも当然だろう。 だが実装石特殊研究所は、ジソルフィン分泌の頻度上昇と耐性の強化、また安全な身体維持の方法を発見し、更にそれを 一般家庭でも行えるようにと工夫を施し、人化成功率を80%にまで引き上げた。 実装石人化マニュアルとは、そういう過程を経て作られたものなのだ。 人化マニュアルはそれ自体商品だが、育成に必要なアイテムがいくつかあり、それの商品化でもかなりの収益を上げて いるそうだ。 何せ思い通りの人間を作り出せる上に、飽きたら作り直せるのだから、売れない筈がない。 過剰に便利なものが出てくれば、世界がそれに併せて変化するのは当然だ。 携帯電話があっという間に世間に浸透したのと同様、この世界でも、人化実装の需要は驚くべき速度で広まっていったよう だ。 「——それなのに、自然人化を果たしたぷち、それにモカか」 都市伝説によれば、人化実装は本来「飼い主から一杯の愛情を受けた結果変態を遂げる」そうだが、敏昭の話を聞く限り、 ぷちはその条件すら満たさずに変化したようだ。 もしぷちが、初期実装の子供だとしたら、それだけ特殊な変態を遂げたのも納得できるだろう。 だとすると、なんとしてもぷちを捜し出し、連れて行かなければならない。 「それはいいけど……そのぷちって仔は、研究所の中か。 そういや、なんで彼女はそんなところに?」 これ以上考えても事態は変化しないだろうと考えたとしあきは、ひとまず眠りに就くことにする。 ミドリが、無事回復してくれることを祈りながら。 ※ ※ ※ 8月11日木曜日午前10時——残り時間、あと24時間。 結局、ミドリが回復するまでに、1日半以上もの時間がかかってしまった。 命ぎりぎりで復活したミドリは、としあきにこれまでの事情を説明した。 ぷちの事、実装石特殊研究所でされた事など、それは酷い内容の話だった。 しかし、復活したとはいえ以前のように元気に立ち振る舞うにはまだ至らない。 としあきは、今回はミドリに休んでいろと命じたが、彼女はきっぱりと断った。 「バカ野郎、もし何かあって今度こそ死んだらどうすんだ?」 “いちいちそんな事考えて、実装石なんかやってらんないデス!” 「そうかもしれないけどさぁ……」 “時間がないデス、とっとと行動に移りやがれデスクソドレイ!” 「わわ、わかったよ! えーと…」 敏昭の話が本当なら、ぷちという人化実装が、としあきの捜し求める仔実装ということになる。 仮に違ったとしても、あの研究所には多数の実装石がいるから、一気に捜索を進められる可能性も高い。 だが、再びあの研究所に行くためには、どうしてもクリアしなければならない問題がある。 「居て欲しい時に、肝心なのがいないんだよなあ?」 ——そう、あれ以来モカの姿が全く見られないのだ。 どうするべきかと悩んでいると、携帯が鳴り出した。 今までのような実装語翻訳のアラートではなく、本当に電話としてかかってきている。 それは、なんと敏昭からの呼び出しだった。 ※ ※ ※ 一時間ほどして、としあきは敏昭宅に辿り着いた。 途中、ミドリがすっぽり収まるリュックを買ったため、少し遅くなってしまったが、彼女がある程度の道と彼の自宅の特徴を 記憶していたため、比較的スムーズに移動出来た。 滅茶苦茶になった玄関を観て唖然とさせられるが、とりあえず瓦礫を避けて中に入る。 と同時に、死に掛けた豚にトドメを刺すような、情けない泣き声が響いてきた。 「おーい! 入るぞ!」 「ひ、ひぎいぃぃぃ! も、もぅらめえぇぇぇっ!!」 リビングに飛び込むと、そこでは、醜い裸体を晒しフローリングの上で大の字になっている敏昭と、その股間に顔を埋めて いるモカの痴態が展開されていた。 二人の周囲には大量のティッシュや粘液が飛び散っており、相当搾り取られたらしいことがわかる。 としあきが入り込んでもおかまいなしといった態度で、モカは顔を上げると、敏昭の腹の上にまたがろうとする。 「うふふふ♪ てっちぃ〜☆」 「た、助け…もう、死むぅ」 「……」 一瞬だけ躊躇ったが、としあきはモカを背後から掴み上げ、無理やり敏昭から引き剥がした。 全裸のモカは、身体を隠そうともせず、それどころか一杯に勃起したペニスや、濡れほそったアヌスをわざと見せ付けるよう な格好で、としあきの前に座る。 そのあまりにもいやらしく妖艶な姿に、再び理性が飛びそうになるが。 “このホモ野郎、デス” という、きつい緑神の言葉を耳元に受け、なんとか正気を維持する。 としあきは目を瞑りながら、少し大きな声で唱えた。 「頼むから、二人とも服着てくれ! 話はそれからだ!」 その後、ようやくまともな格好になった二人を前にして、としあきは今まで隠していた事情を洗いざらい説明することにした。 同時に、パートナーであるミドリの紹介も行う。 なんとしても、頭巾に模様のある仔実装を捜さなければならない事、そのタイムリミットが明日の正午だという事などを、 出来る限り細かく話した。 初めは狂人扱いしていた敏昭も、目の前で“としあきにしか聞こえない実装語翻訳”を行ってみせた事で、ようやく理解を 示した。 「ふーん、あれから再会して、ずっと付きまとわれてたのか。 へーえ、あんたって、可愛ければ男の子でもいいの。……え? それどころかむしゃぶりついてきた? 夕べから何回ヤッたかわかんない? なんだよ、好き者なんじゃないかぁ〜」 「そ、それ、本当にモカが話してるの?」 「そうだよ。嘘は言ってないんだろ?」 「……」 「てっちゅう♪ てちてちぃ〜」 「え? でも朝になったら、突然賢者モードに突入した?」 「わ、わかった! わかったからもうやめてくれ!!」 理解が及んだ時点で、としあきはなんとかぷちを引き取りたいと申し出、敏昭に彼女の譲渡を頼み込む。 それに対し、敏昭も条件を突きつけて来た。 「俺の条件は、簡単だよ。それは——」 ※ ※ ※ ローザ三隅とのアポが取れたのは、木曜日の午後3時からだった。 としあきは、モカが自分の所にやって来た所を捕獲したという事にして、彼を研究所まで連行していく話を取りまとめた。 勿論、背中にはミドリ入りのリュックを背負ったままで。 としあきは、ミドリに「絶対に声を出すな」と厳重注意し、彼女もそれを受け容れた。 妙に素直に言う事を聞くので逆に心配だったが、とにかくここは信用するしかない。 モカは、自分が研究所に連れて行かれたら処分されてしまうだろう事を感覚的に理解しているのか、当初は非協力的姿勢 を示したが、「必ず命は救う」という約束、そして彼自身から提示された「もう一つの条件」を守るという話をまとめ、協力して もらうことになった。 というより、としあきが考えた「ぷち奪取作戦」には、モカの協力が必要不可欠なのだ。 モカを連れて研究所へ出向き、ローザとの面会を求めたとしあきは、以前と同じ部屋に通された。 部屋にやって来たのは、ローザと、二人の屈強な男性研究員。 ローザは、モカを一瞥するなり途端に険しい表情を浮かべたが、反比例するような冷静な口調で、としあきに礼を述べて きた。 「ありがとうございます弐羽さん。 本当に助かりました。 お礼は必ず——」 「それなんですけど、ぷちに逢わせていただけませんか?」 「は?」 としあきは、知り合いの敏昭からぷちがここに居るらしい事を聞いており、一度逢ってみたいと考えていたことを告白する。 ローザは、しばし悩むような態度を見せたが、比較的素直に要望に応じてくれた。 だが—— 「てちぃっ?!」 モカは、二人の男性研究員に両脇を抱えられ、動きを拘束された。 一瞬、「大丈夫か?!」と声をかけそうになったが、ここでの立場を思い出し、あえて冷たい態度を取る。 「てちてちてちぃっ!! てちぃっ、てちてちぃぃぃっ!!」 必死であがき、悲鳴を上げるモカ。 としあきは、びっくりして振り返った。 「ちょっと、いくらなんでも扱いが乱暴なんじゃ」 「ご心配には及びません。 さあ、こちらへどうぞ」 「は、はあ」 モカを連れてくれば拘束されるだろう事は予想していたが、まさかこんな乱暴な手段を取られるとは思わなかった。 としあきは、申し訳なさそうな視線を向けるが、なぜか、モカの目は怯えておらず、それどころか逆に爛々と輝いているよう に見えた。 ※ ※ ※ ローザの案内で「検査室」と記された部屋に導かれたとしあきは、ベッドに座っているぷちを見て、思わずたじろいた。 「……フハッ」 「テチ?」 ぷちは、一糸纏わぬ姿だった。 染み一つなく透き通るような白い餅肌、信じられないほど大きく、それでいて型崩れのまったくない乳房、明確な色合いで ありながら全くくすんでないピンク色の乳首。 流れるような亜麻色の髪はとても豊富で、背中を覆いつくすほどのボリュームを湛え、丁寧に揃えられた前髪も可愛らしい。 少し釣り目っぽく見える大きな目はとても愛らしく、それでいてどこか大人びた印象を与える。 すっと通った鼻筋、ぷっくりと桜色に輝く唇、適度に赤みの乗った頬、そして何より奇跡のバランスで整った顔立ち。 ぷちの外観は、これまでとしあきが見てきたあらゆる女性よりも遥かに美しく、そして魅惑的だった。 あまりの美しさに、言葉すら出てこない。 モカは妖艶な美女というイメージだったが、ぷちは極まった可愛らしさを持つ美少女だ。 それでいて、メリハリのありすぎるボディまで持ち合わせているのだから、その破壊力は相当なものだ。 モカに魅了されたとしあきだったが、ぷちを見たことで、その呪縛は完全に払拭された。 「これほどとは……すげぇ、モカなんか足元にも及ばないぜ」 スパコン! 「いてぇっ?!」 何かで突然後頭部を引っぱたかれ、慌てて振り返るが、そこには無言で佇むローザしかいない。 「どうかされましたか?」 「え? い、いえ…おかしいなぁ」 気のせいか、ローザの額に青筋が浮かび、後ろに回した手がぷるぷると震えている。 後頭部を摩りながら、としあきは携帯を取り出し、ぷちに話しかけた。 「あの、君が——ぷち、かい?」 “テチ。あなたはどなたテチ?” 「俺はとしあき。君の主人と同じ名前の別人だけどね」 携帯に表示される翻訳文章を読みながら、としあきは出来るだけ丁寧な口調で語りかける。 自身の身体を隠そうともせず、ぷちは不思議そうな顔でとしあきを見つめていた。 「彼女は、どうしてここにあんな格好でいるんですか?」 後ろのローザに尋ねると、彼女はどこから取り出したのか一足のスリッパをテーブルの上に置いている所だった。 「この個体は、これから手術を受けるんです」 「へ? 何故です?」 「彼女は、人化育成プログラムを用いず、しかも人間の愛情を受けたわけでもなく、完全自力でここまで完璧な人化を 果たした、恐らく世界でも有数の稀有なサンプルなんです。 でも、彼女の偽石は仔実装時代に大きなダメージを受けていて、このままではすぐに死んでしまいます」 偽石——また、名前が出た。 実装石が体内に秘めている、生命力を司る不思議な石。 それが、ここまで完璧に人間化しているぷちにも影響を与えているという事実に、としあきは激しく驚愕した。 「じゃあ、偽石を補修するんですね?」 「いえ、偽石が完全破損する前に摘出するだけです」 「え? だってそれじゃあ、彼女は——」 思わず目を剥くとしあきに対して、ローザは“これだから素人は”とでも言いたげな態度で、わざとらしいため息を吐く。 「大事なのは、特殊な個体が持つ“偽石の情報”なんですよ。 肉体など、いくらでも作り出せるから価値などありません。 この個体には、IDチップがありません——つまり、野良と同じです。 だから、私達がどのように扱おうと、法的にも道義的にも問題はありませんわ」 「うえ」 「テ、テチィ? テ、テェェェェェ!! テチャアァ?!」 「ぷ、ぷち、落ち着いて!!」 ローザの話は、ぷち本人にも聞こえた。 自分の運命を知り、身をすくめて震えている。 ローザは、一瞬「しまった」という顔つきになったが、すぐにいつもの表情に戻る。 「お話は終わりでよろしいですか? あまり部外者の方を長居させてはいけないことになってますので、すみませんが——」 そういって、ローザが背中を向けた瞬間、としあきの背中が猛烈に震えだした。 “な、なにぃぃぃぃ?! そんな事絶対させんデス!! クソドレイ! あの仔を助けろデズァ!!” 我慢の限界に達したのか、ミドリがついにデスデスと鳴き声を上げ始めた。 「うわバカ! なんてことを!!」 「えっ? って貴方! まさか実装石を?!」 「え、あ、いやこれはその…」 デギャアァァッ!! としあきの抑制も空しく、ミドリはリュックから飛び出し、としあきの身体をつたってぷちの方へ向かおうとする。 としあきとローザは呆気に取られ、ただその様子を見守っている。 だがその瞬間、としあきの頭の上に電球が浮かんだ。 パリン! としあきは、咄嗟にミドリの襟首をふんづかまえた。 デギィィィッ! デギャアァァッ!! 「すみません、こっそり持ち込んじゃって。えへへへ」 「貴方、いったいなんのつもりなの?」 「え〜こいつミドリってんですけど、実は、ぷちの母親なんですよ」 「え?」 デ? “テェ?” としあきの思わぬ言葉に、三人の動きが同時に停止する。 「どうしても逢いたいってんでこっそり連れて来ちゃったんですけど、こんな話を聞かされてすごく動揺してます。 お願いですから、手術の直前まで、せめて一緒にいさせてやってくれませんか?」 ブラ下げたミドリの脇を軽く小突きながら、そんな作り話をする。 しばらく眉間に皺を寄せていたミドリは、突然パッと顔を上げ、ボロボロと涙を流し始めた。 デ、デェェェェン、デェェェェェン、デェェェェェン!! 「ほら、こんなに」 「実装石の親の情を、いちいち考慮に入れるわけにはいきません」 デェェェェン、デェェェェェン、デェェェェェン!! (チラッ) ローザは厳格な態度を崩さず、としあきの願いを突っぱねる。 さすがの態度に、としあきは更に下手に出ることにした。 「じゃあ、せめて一日だけ、この仔を預けてくれません? それならいいでしょ?」 「預けて、どうするんです?」 「こいつにきっぱり、ぷちのことを諦めさせます。 そして、明日にはちゃんと送り返します」 「そんな事、許可出来るわけないでしょう? 常識的に考えて」 デェェェェン、デェェェェェン!! (チラッ、チラッ) 「テ、テチィィィ…」 ローザは、あくまでとしあきの要望を受け容れる気がないらしい。 弱り切ったとしあきは、少しだけ考えて、更に説得にかかった。 「ぷちの偽石は弱ってるんでしょう? だったら、母親からまた引き剥がされたりしたら、自壊しちゃう危険があるんじゃ?」 「えっ」 ようやく、ローザの顔に動揺の色が浮かぶ。 どうやら、思った以上にぷちのサンプルとしての価値は高いようだ。 それを失う危険が生じ、しかもその場に立ち会っていたとなると、ローザ自身もかなりまずい事になるのだろう。 としあきは、攻め所を見定め、心の中でガッツポーズを取った。 「お願いします、一日だけ時間をください。 ぷちは必ず戻しますから」 「わ、わかりました。 一日だけ、の約束ですよ、絶対ですよ?!」 「ありがとうございます!!」 デッス〜ン♪ 観念したローザは、としあきの申し出を渋々受け容れ、ミドリを含めた三人を自分の車で送る事で話をまとめた。 ぷちの着ていたメイド服を返却し、着衣を手伝うと、ローザは上司に断りを入れてくると言って席を外した。 彼女が部屋を出たと同時に、としあきは、ふう、と息を吐き天井を見上げた。 「いい演技だったぞ、ミドリ」 “デプププ♪ あんなメス豚一匹騙すなんてお茶の子サイサイデス!” “テェェ、オネーチャはオネーチャテチ? 私のママじゃないテチ!” 「あれは嘘だよ、大丈夫だから心配しないでな」 “テチィ……” としあきはぷちをなだめると、ミドリをリュックに詰め直した。 “デ? 何をするつもりデス? クソドレイ” 「今度はモカを助けに行くのさ」 “どうするデス? あいつはどこへ連れて行かれたかわかんないデス!” 「あの女を追いかければ、わかるさ」 “デ?” としあきは、ミドリに説明した。 ローザは、モカを憎んでいるから、きっと早く何か手を打とうとする筈だ。 言い換えれば、こちらの件は二の次で、さっさと済ませたかっただろう。 だが意外に時間を取ってしまったので、彼女は慌ててモカの監禁場所に、様子を窺いに行くだろう。 モカを拘束したのは、二人の男性——モカにとっては「餌食」だ。 いつまでも拘束力が維持出来る筈はないと、ローザも理解している筈だ。 そう考えれば、彼女の本当の行き先はすぐにわかる。 “なるほど、理に適ってるデス。 じゃあ早速向かうデス!” 「ぷち、すまないがもう少しだけ一人で待っててくれ」 そう言うが早いか、としあきはミドリ入りリュックを背負い、素早く部屋を飛び出した。 「テ、テェェ?」 いきなり一人ぼっちにされたぷちは、小首を傾げ、閉じられたドアを呆然と見つめた。 ※ ※ ※ その後、三戸部門長の個室を出たローザは一旦自分の部屋に戻った。 机の引き出しからある物を取り出すと、それを懐にしまい、そっと人目をはばかるように退出する。 非常階段に通じる通路を降り、地下三階へ辿り着く。 そこは、明らかに責任者が居そうな場所ではない。 地下三階は、比較的近代的な設備を誇っている研究所内とは思えないほど、薄暗く寂しい場所だった。 カードキーによる電子ロックが設置されたドアなどは一つもなく、せいぜい古いタイプの鍵が付けられているだけだ。 いくつもドアが並ぶ廊下を進み、突き当たりの大きな観音開きのドアの前に辿り着くと、ローザはノックや呼びかけもなく、 両手でゆっくりと開き始めた。 そこは、物置のような部屋。 コンクリートが剥き出しの広い部屋は、明らかに面積に釣り合わない小さな蛍光灯のせいで、所々に暗がりが生じている。 様々な雑貨や椅子、テーブルなどが乱雑に放り込まれた室内、その中央に置かれた「檻」の中に、モカは捕らえられていた。 しかし、檻の扉は開け放たれ、本来の役割を果たしていない。 モカを連行した屈強な体格の男性が、下半身を露出させたまま呆然とローザを見つめている。 舌なめずりをするモカの表情から、ここで何があったのかは一目瞭然だった。 「出て行きなさい!」 ローザの鋭い一声で、男達は慌ててズボンを引き上げると、外に飛び出していった。 よほど慌てていたのか、入り口の脇に潜んでいたとしあきの姿に気付くこともなく、階段を駆け上っていってしまう。 「なんなんだ、ありゃ?」 “世の中にどんどんホモ野郎が増え続けているデス” 男が出て行った後、としあきはしずかに室内を覗き込む。 檻の中に静かに座っていたモカは、怒りのオーラを漂わせ佇むローザに向かって、ニッコリと微笑んでいた。 一歩前に進み、ローザは更に険しい表情で見下ろした。 「やっと逢えたわね、このバケモノ」 「てち? てちてぃ♪」 「あんたのために、あたしがどれだけ酷い目に遭わされたと思ってんのよ! あんたがあたしの姿を写し取ったばかりに……絶対に、許さない!」 そう言うと、ローザは懐から「ある物」を取り出し、モカに向かって翳す。 それは、拳銃—— 小型とはいえ、鈍く黒光りしている凶器は、異様な存在感を示している。 美しい顔を般若のように歪め、ローザは、引き金に指をかける。 「所内でおかしな噂を広められた恨み、降格された恨み、新プロジェクトの計画書を奪われてメンバーから外された屈辱、 あんたが話題になる度に辱められた恥辱……数えたらきりがないわ!」 「んふ?」 「あたしの手で、殺してあげる! 一発では殺さないわ! 手を撃って、脚を撃って、腹を撃って…… 散々苦しめて、それからトドメを刺してあげるからねっ!!」 全身からドス黒い憎悪を漂わせ、ローザは拳銃を両手で構える。 だが次の瞬間、モカは突然予想外の行動に出た。 「うふ、ふふふふふふふふ♪」 「何がおかしいのよ?!」 「ソンナニボクガ、ウラヤマシイノ?」 言葉が、漏れた。 「んな…?!」 実装リンガルも、としあきの携帯も、ここにはない。 それなのにモカは、ハッキリと、人間の言葉を話した。 驚愕の表情を浮かべるローザや、部屋の外から覗くとしあきに微笑むと、モカはゆっくり立ち上がる。 そして、まるであざ笑うかのような眼差しで、まっすぐにローザを見据えた。 異様な事態が発生したためか、それとも拳銃を向けられつつも微笑むモカの様子に異様な気配を感じたのか、ローザは 呻き声すら立てられない。 目を剥いて硬直するローザの真正面に立つと、モカは少しだけ小首を傾げ、彼女の顔を覗き込む。 「ボク達ハネ、ニンゲンサンノ情報ヲ一杯モラッテ、覚エテ行クノ。 ボクガコンナナノハ、貴女ト同ジニナッタカラナノヨ」 「だ、黙れ……」 「貴女ノ姿ニナッタカラ、イロンナ男達トマジワッテ、イロンナ事ヲ覚エテ、イロンナ物ヲモラエタノ。 貴女モ、ボクト同ジ事ヲスレバイイノニ」 「黙……れ……」 「コレデボクモ、アノ人ニ認メテ貰エルワ、キット。 貴女ヲ好キダッタ、ボクノゴ主人様ニ——」 「黙れ! 黙りなさい! このバケモノ!!」 ローザが拳銃を構え直し、モカに狙いを絞る。 まっすぐに伸ばした両腕に、力が込められていく。 銃に詳しくないとしあきでも、彼女がすぐにでも発砲しそうだと容易に判断出来た。 咄嗟にミドリの襟首を掴み上げると、としあきは、すかさず部屋の中に飛び込んだ。 「行くぞ、ミドリ!」 “ガッテン、デギャ!!” 次の瞬間、室内の空気が一瞬燃え上がり、そしてすぐに凍りついた。 バシュウゥン!! バキュゥゥ——ン!! 鋭い銃声と、鈍い“発射音”が、ほぼ同時に響く。 ローザの放った弾丸は右に逸れ、モカの左方向の空気を切り裂くと、何度か兆弾した後に静まった。 モカは微動だにしておらず、負傷もない。 ローザが引き金を引く瞬間、彼女の手に、ベットリと濃い緑色の異物体が粘着したのだ。 「ひ……!! ひいぃぃぃっっ!!」 立ち込める異臭、ねっとりと流れ、指の間、袖の中に流れ込んでいくゾル状の汚物。 としあきは、まるでバズーカのようにミドリを肩に担ぎ、その尻をローザに向けていた。 ミドリの尻からは、なぜか硝煙? が噴き出している。 「間一髪、かな」 “ろくに食ってなかったから、一発勝負だったデス。 クソドレイ、良く当てたデス” 「いやいや、お前の微調整が上手だったんだよ」 “デプププ、ワタシ達の合体技にも磨きがかかったってことデス☆” 「う、ウギャアァァァァ!! 手、手があぁぁぁ?!」 自分の置かれた状況をようやく把握したローザは、けたたましい悲鳴を上げて暴れ始めた。 汚れた手を振り乱すため、飛沫が周囲に飛び散る。 距離を置いたとしあきは、彼女の手に拳銃が握られたままなことに注目した。 「やべ、危ないぞ!」 “デデ?!” 手にねっとりと付着した糞を必死で振り払おうとして、ローザは左手を激しく振るう。 銃を持った右手は上に向けられていたが、その直後、何者かの手によって押さえつけられた。 続けて、左手も掴み取られる。 ローザの両手は、モカに押さえつけられていた。 「げ……!!」 怒りと恐怖、困惑が入り混じったローザの顔には、先ほどまでの美しいイメージは既にない。 逆に、彼女のすぐ目の前にあるモカの方は、まるで女神のように美しく見える。 緊張のあまり全身を硬直させるローザを壁際まで追い詰め、モカはクスッと微笑み——口付けした。 「……え?」 デ? それは、不思議な光景だった。 全く同じ顔、同じ姿をした者同士が、暗がりの中で激しいキスを続けている。 互いの手は汚れ、身体の一部にも汚物が付着しつつあるのに、構いもせず。 ローザを押さえつけていた手はいつの間にか開かれ、今は彼女の顔を優しく包み込んでいる。 あまりにも長い沈黙、あまりにも濃厚な接吻。 やがて、ローザの膝はがくがくと震え始める。 立っていられなくなったローザは、壁をつたうようにへなへなと崩れ落ちるが、それでもモカは逃がさず、延々とキスを続けて いる。 彼が唇を話したのは、たっぷり十分以上も経ってからだった。 「今度ハ、貴女ガ、ボクニナレバイイヨ」 「ひ……ぃ……!!」 モカは、すっかり抵抗しなくなったローザの衣服を、慣れた手つきで次々に剥ぎ取っていく。 上半身を完全に露出させると、その白い肌に舌を這わせた。 よく見ると、モカ自身も臨界点に達している。 子供のようにローザの乳房にしゃぶりつくモカの姿、そして抵抗も出来ないまま、憎むべき相手に弄ばれているローザの 様子は、あまりにも倒錯的でエロティック過ぎた。 「はぁ…?! あ、あぅ……んっ、んんっ……!!」 「クスクス、クスクスクス♪」 ついには全裸にされ、全身を指先や唇で丁寧に愛撫されていくローザは、押し殺したような呻き声を立てつつ、幾度も身体 を痙攣させている。 その表情はまるで廃人のようで、視線は定まらず宙を漂っている。 モカがローザの敏感な部分に触れる度、或いは感じる場所を探り当てる度に、彼女は魔法にかかったように抵抗力を 弱めていく。 「あ…ああぁ、あ! あ……ひぁ……!!」 ローザは、もはやまともな言葉すら話せないほど、甘美な悦楽に酔いしれている。 その目は、明らかに正常ではない。 忌まわしい者に汚された影響なのか、それとも本性を剥き出しにされたせいなのか、ローザはとしあき達に見つめられて いる事すら忘れ、ただ深い恍惚感に酔いしれている。 モカは満足そうな微笑を浮かべてゆっくり立ち上がると、としあきの許に歩み寄った。 その手には、拳銃が握られている。 「…!!」 デギ?! 「コレヲ持ッテテ。アト、コレモイルデショ?」 そう言いながら、モカは反対の手の中から、黒いケース状の物を取り出す。 ケースの表面に刻まれた刻印はBMW社のもの……車のキーだ。 「早ク」 「え? あ、ああ。い、行くぞミドリ」 “デッス!” としあきは、拳銃の安全装置をかけリュックのサイドボケットにしまうと、更にミドリを中に押し込んだ。 一方のモカは、いつのまにかローザの服を着ている。 フードや耳などを除けば、パッと見ローザと区別はつかない。 部屋のドアを閉じ、ぷちを検査室から連れ出すと、としあき達は駐車場を探した。 ぷちは、モカがローザではない事にすぐ気付いたようで、不思議そうな顔をしているが、一方のモカは余裕のウインクで 反応している。 他の研究員の目を逃れながらの探索は意外に手間取ってしまったが、なんとか地下駐車場へ辿り着くことが出来た。 「オ兄チャン、車ノ運転、デキル?」 「心配ない、免許は持ってる。 しかも、ペーパーじゃないぜ」 “でも、この時代だとお前は無免許デス” 「そ、そうか……気をつけないとな」 “テェェ、展開に付いていけないテチィ!” 環状八号線に入った頃、としあきは、モカの服の裾がウンコまみれだった事を思い出し、おぞましい気持ちになった。 ※ ※ ※ ローザの車をわかりやすい場所に乗り捨て、敏昭の家に入り込んだ四人は、ようやく一息着くことが出来た。 「おー、連れて来てくれたな、ありがとう」 テチィ、テチテチィ♪ 敏昭の姿を見るや否や、ぷちは両手を広げて突進した。 だが軽やかに身をかわされ、豪快に壁に激突する。 ドシャッ テ、テェェェ?! 「いやぁ、やっぱこっちの方がいいよなぁ♪ なんかちょっと臭いけど」 テ、テチャアアッ?! 敏昭がとしあきに示したぷち譲渡の条件とは、代わりにモカを連れて来るというものだった。 彼は、背後でさめざめと泣くぷちには目もくれず、モカの肢体に魅入り鼻の下を伸ばしている。 「そういうわけなんだ。 話すのが遅くなってごめん、ぷち。 どうか、俺達のところに来てくれないか?」 テチィ?! テ、テェェェェッ! “そんなのイヤテチ!”と首を振り、ぷちは敏昭に助けを求める。 だが、当のご主人様はそんなぷちを受け止めようとはせず、逆に身をかわす。 ぷちは再び、壁に頭をぶつけてもんどり打った。 テ、テェェェン、テェェェン!! “よしよし、泣くんじゃないデス、オネーチャが付いてるデス” テェェェェン、テェェェェン! ミドリにすがりついて泣きじゃくるぷちに対して、敏昭は軽く舌打ちをする。 そして、モカを抱き寄せるとまるで見せつけるような態度をとった。 「やっぱ、こっちの方がいいよなぁ〜♪ あんなデブはいらねーよ」 テチ?! 「で、デブ?! ぷちがかい?」 デエ? 愛するご主人様の態度に、目を白黒させる。 だが、現実は皮肉だ。 敏昭は、もうぷちには目もくれず、モカの白い肢体に見入っている。 「こういうのは巨乳っていわないんだよ、ただのデブ。 ウエストも太いし足も太い。 おまけにブスだし、いいところ全然ないね。 その点、この仔は男の子だけど美人だし色っぽいし、何よりスタイルがいいじゃない。 飼うんなら、こっちの方が絶対いいって」 と言いながら、敏昭はモカの首筋をいやらしくベロベロと舐め始めた。 呆れながら見つめるとしあきとミドリ、そして顔面蒼白で呆然としているぷち。 そして当のモカすらも、いきなりの展開にキョトンとしているようだ。 敏昭の傍若無人な態度に真っ先にキレたのは、ミドリだった。 “ふざけんなあぁぁデス! こいつ、ぷちに欲情して襲い掛かったのに、今更何ほざいてやがるデギャア!!” そして、としあきも続く。 「でもあんた、朝はモカに攻められて悲鳴上げてたじゃん。 ありゃいったい何だったんだ?」 テ、テェェェェェン、テェェェェン!! 「だってさ、ぷちはえっちしようとすると抵抗するんだもん。 でもこっちは、自分からしようとしてくるんだぜ? だったらそっちのが便利じゃん」 敏昭の発言に、としあきの思考が一瞬止まる。 当の本人は、「そんなの当然じゃないか」といわんがばかりの顔をしている。 「んがっ」 “そ、そんなことで、ぷちを捨てやがったデスかこのド畜生がぁ——!!” テェェェェェェン、テェェェェェン!! 呆れるとしあきと、怒り心頭に発するミドリ、そして絶望に暮れて泣き喚くぷち。 テェェェェェェン、テェェェェェン!! 以前からわがままな奴だとは思っていたが、さすがにここまでとは思っていなかった。 としあきは、今度という今度こそ、心底呆れ果てた。 “こんガキャー! もう我慢できないデシャア!!” テェェェェェェン、テェェェェェン!! テェェェェェェン、テェェェェェン!! テチャアァァァァン! だがとしあきは、飛び掛ろうとするミドリを押さえつける。 ジタバタ暴れるミドリに尻を乗せ動きを封じると、真面目な顔で敏昭に向き直った。 「あのさ、せめて最後に、ぷちにご主人様らしい言葉くらいかけてやってくれよ」 「嫌だね、そいつは俺の意志に反して勝手に人化したんだ。 知ったことか」 としあきの額に、青筋がはっきりと浮かび上がる。 だが怒りに震える手を必死で押さえ、出来るだけ冷静な態度を維持しながら続ける。 「そうか、残念だよ。 念を押すけど、後悔はしない?」 「しつこいな、するわけないだろ。 それに俺は、元々こんな糞蟲いらなかったんだ。 出来心で買ってきただけの奴なんか、どうなろうと知った事か」 敏昭のその言葉が、決定打になった。 ぷちはあまりのショックに言葉を失い、泣き声も止まる。 ミドリも、唖然とした表情で凍り付いている。 としあきは、敏昭の言葉がどれだけぷちの偽石に負担をかけてしまうかを考え、今すぐにでも立ち上がりぶん殴ってやりたい 衝動に駆られる。 だが、あえて全身全霊を込めてこらえ、無理矢理怒りの感情を殺した。 「ぷちはな、このままだと死んでしまうんだよ」 「はあ?!」 テチ?! “ば、バカ! 言うなデスクソドレイ!” としあきは、ミドリの制止を無視して、ぷちの寿命が残り少ないことを説明した。 「このままここに居続けたら、ぷちは間違いなく死ぬし、仮に寿命が延びてもいずれ特殊研究所の連中に目を付けられる。 けど俺が連れて行けば、世界を移動することで身体の負担が減少する」 てち… 「だけど、ぷちはもう二度とこの世界に戻って来れなくなる。 大好きだったあんたに、もう二度と逢えなくなってしまうんだ! 頼む、彼女の気持ちを理解してくれ! 嘘でもいい、せめて、思い出になる優しい言葉をかけてやってくれよ!」 としあきは、土下座をして頼み込む。 ミドリもモカは、ただ黙って彼を見つけるしかない。 テェ… ぷちが、とてもせつなそうな顔でとしあきの背を見つめている。 彼女が、そっととしあきの背に手を触れようとした途端、敏昭は、ピスーと鼻を鳴らした。 「そんなにこんなデブがいいのか? あんたは真性のデブ専なんだなあ」 「……は?」 敏昭の反応は、土下座するとしあきをあざ笑うという、予想の斜め上を行くものだった。 腹を割って話したつもりだったとしあきは、思わず拳をグッと握り締めた。 「綺麗事言ったって、結局あんたはぷちにエロい事したいだけなんだろ? いちいちかっこつけんじゃねぇよ」 「…………」 その後、勝手にシャワーを浴びて身体を清めたモカは、バスタオル一枚だけの姿でリビングに現れ、敏昭にわざとらしい ほど色目を使い始めた。 だが、彼が手を伸ばそうとすると、身を翻して翻弄する。 モカの尻を追いかけている敏昭は、としあき達にろくに挨拶もしようとないが、モカは、笑顔で手を振ってくれた。 思えば、モカが居てくれたおかげで、今回は色々と学ぶことが出来た。 としあきは、無言で手を振り微笑むと、ぷちとミドリを連れて家を出た。 ※※※ 夜道の途中、デスデス、テチテチとやかましく騒ぎ立てる二人を制しつつアパートに戻ったとしあきは、ミドリにウインクした。 「このまま世界の移動が始まれば、ぷちを研究所に返す必要もない」 ようやく彼の意図を理解したミドリは、ポンと手を叩いた。 “なるほど、踏み倒す気デス!” “テチ!!” “さすがはクソドレイ、大したもんデス! ワタシが育て上げただけのことはありやがるデス!” 「誰がお前に育てられたって?」 “テチィ♪ クソドレイサン最高にカッコイイテチ♪” 「ちょっと待て! そのクソドレイってのやめい! ミドリ、この仔に変な言葉教えるなよ!」 “ワタシはいつでも真実を騙るのみデス” 「騙りかよ!」 大団円の予感にひとしきり笑った三人は、ようやく一息つくと部屋の中央に座った。 ゆっくり回転している扇風機が、少しだけ涼しい風を送ってくれる。 なるべくぷちの胸を直視しないように注意しながら、としあきは、いよいよ本題を繰り出すことにした。 「ぷち、一つ聞きたい。 君が仔実装だった時に着けていた頭巾には、模様が入っていたかい?」 “うんテチ” 「! 本当か! それは、これこれ、こんな模様だったかい?」 としあきは、宙に「6」の字を描いてみせる。 だがぷちは、それを見て小首を傾げている。 “私の頭巾は、ご主人様がお洗濯に失敗して、色が抜けてしまって出来たものテチ” 「んげ?!」 聞いてみると、どうやら中性洗剤で丁寧に手洗いしなければならない実装服を、よりによって漂白剤に漬けられたらしい。 幸い漂白剤の量が少なかったので極端な色抜けはなかったが、それでも頭巾だけは酷いマダラになってしまったという。 ぷちは我慢してそれをずっと身に着けていたが、本当はとても嫌で仕方なかったという。 だから、人化した時は一切の実装服を身に纏っていなかったのだ。 としあきの希望は、見事に打ち砕かれた。 「くはぁ〜、やっと見つけたと思ったんだがなぁ」 “でも、ぷちがその仔実装じゃなくて良かったデス。 もしこの仔がそうだったら、別な世界に行けなかったかもしれないデス” 「そういやそうだな。 今回は諦めるか」 その後、としあきとミドリはぷちに自分達の正体と事情を伝え、様々な世界を巡っている事、不思議な仔実装を探している事 を説明した。 ぷちは話の半分も理解出来ていない様子だったが、この世界にはもう戻って来られないこと、移動することで自分の寿命が 延びるかもしれない事を知り、一応の理解を促した。 “あのね、クソドレイサン” 「俺の名前はとしあき! ちゃんと覚えろ」 “テェェ、クソドレイサンの方が言いやすいテチ” 「……勝手にしろよ、もう」 “あのね、私、クソドレイサンと一緒に行くテチ” 「わかってくれたか」 “うんテチ。 ちょっと悲しいけど……でも、私、オネーチャとクソドレイサンと一緒に居たいテチ!” “よく決断したデスぷち! よーし、お前とワタシで、すべての世界を支配して回るデスーッ!” “テチーッ!” 「俺はミドリのおまけかよ、トホホ……」 ぷちの態度から、敏昭と別れなければならないことに対する抵抗感がまだ少し見受けられるが、時間が解決してくれる だろうと考え、今はもう何も言わない事にする。 それよりも、共に世界を巡る仲間が増えたことを、祝いたかった。 としあきは、楽しそうに戯れるぷちとミドリを見て、ふっと、目を細めた。 “デジャッ! クソドレイがエロエロしい目線でぷちのオパーイ視姦中デス! ぷち、もったいないから隠すデス!” “テチィッ! クソドレイサン、えっちなのは良くないと思いますテチ!” 「か、かかか、勝手に決めつけるなーっ!!」 気がつくと、もう午前3時を回っていた。 世界移動開始まで、残りあと7時間。 後は、これで一眠りさえすれば、万事完璧に完了する筈だった。 しかしとしあきは、致命的な失敗をしていることに、まだ気付いてない。 彼は、絶対に持ち帰ってはいけないものを、一つだけ部屋に持ち込んでしまっていたのだ。 ※ ※ ※ 翌朝、午前9時。 突然、アパートのドアが激しくノックされた。 何事かと思い、起き出したとしあきは、外から漂ってくる異様な圧迫感にビビりながら、ドア越しに声をかけた。 「あ、あい、どなたですか?」 『警察の者ですが』 一瞬にして、眠気が覚める。 としあきは、慌てて服を着替えると、更にドア越しに話しかける。 「あの、何か御用ですか?」 『弐羽としあきさん、あなたが不法に拳銃を所持しているとの通報を受けました。 ここを開けてください』 としあきは、昨日の研究所地下室でのことを思い出した。 ローザから奪い取った後、取り返されないようにと一時的にしまっておき、車内に置いてくるのを忘れていたのだ。 『他にも、車両盗難、婦女暴行について、色々お伺いします!』 『開けていただけないと、無理にでも入らせてもらいます!!』 ドアの向こうで、なにやらノブをガチャガチャ動かしている音がしてくる。 としあきは、ミドリとぷちを叩き起こすと、部屋の影に移動させた。 “何が起きたデス、クソドレイ?!” 「わかんねぇよ、なんでここがバレたんだ?!」 “テェェ、なんだかわかんないけど怖いテチ、イヤテチィッ!” 怯えたぷちが顔を伏せた瞬間、肩から伸びている白いフリルの裏側に、何かがキラリと輝いたのが見えた。 それは、僅かに赤い光を放っている小さな機械だった。 「——発信機! 野郎、これでこの部屋の位置をかぎつけたんだ!」 “テ、テチャアッ!” ドン、ドン、ドン!! バキャッ!! その直後、アパートの部屋が破られた。 何人かの警官と、その奥から刑事と思われる男が入り込んでくる。 としあきは、咄嗟に拳銃を掴み、ぷちの頭に押し付けた。 テチャ?! “こらクソドレイ!! 何しやがるデス?!” 「お前ら、こっちに来るんじゃねぇっ!!」 テ、テェェェェン!! ぷちを人質にしながら、としあきは警官達に向かい合う。 思わず怯む警官達に対し、としあきは、部屋の外まで下がれと命じる。 テ、テチィィィ!! 「貴様、その子を放せ!」 「人化実装でも、殺せば罪が増えるんだぞ?!」 「お前はもう逃げられない!! おとなしく投降しろ!」 警官達は、としあきと距離を置きはするものの、彼に逃げるチャンスを与えようとしない。 窓の外が、ドヤドヤとやかましくなってきた。 恐らく、窓から飛び降りて脱出するのを警戒しているのだろう。 としあきは、横目で時計を睨んだ。 「ぷち、これは演技だ。お前を殺したりなんかしないから、心配するな」 “テチ? 本当テチ?” 「本当だよ。だけど、わざと怖がっていてくれないか、あと50分間くらい」 “テチ、クソドレイサンのことを信じるテチ” 「誰がクソドレイだーっ!!」 テチィィィィィッ!! テチャアァァァッ!!! デシャアッ、デギャアッ!! いつしかミドリも飛び出し、睨み合いに加わる。 そのまま、緊張感漲る時間が刻々と過ぎていく。 としあきは、銃口を細かに移動させ、入り口に向けたり、ぷちに向けたりして威嚇を繰り返す。 更に、重い時間が流れていく。 そろそろこう着状態も限界かもしれない、と考えたとしあきは、ゴクリとツバを呑み込むと、時計を横目で確認する。 「時間だ!!」 デギャッ!! テ、テチィッ?! 次の瞬間、としあきはドアの真正面から飛びのき、ぷちとミドリを連れて押入れの中に飛び込んだ。 ふすまの向こうから、大勢の人間が飛び込んでくる足音が聞こえる。 誰かが倒れたような音、怒声、悲鳴も聞こえてくる。 続けて、何者かがふすまを開こうと手をかけた。 なにやら怒鳴り声が聞こえてきたが、それはやがて少しずつ掠れ、まるで夢の中の話し声のように感じられた。 “デ、ど、どうなったデス?” “お外が、急に静かになったテチ?” 「大丈夫らしいな、そろそろ……」 携帯の時計を確認すると、時間は午後7時丁度を示している。 としあきは、恐る恐るふすまに手をかけると、ゆっくりと開いてみた。 だが、なぜか開かない。 「あれ? おかしいな…あれれ?」 “どうしたデス、クソドレイ?” 「いや、ふすまが開かないんだ。あれれ? どうなってるんだ?」 “閉じ込められたテチ? テ、テェェェ” 「いや待て、なんか手触りが変だ。これ、ふすまじゃな……どわっ?!」 としあきは、不意にバランスを崩し、短い悲鳴を上げながら外に転がり出てしまった。 三人が閉じこもっていたのは、かなり大型だがクローゼットのようだ。 としあきは、あまりの部屋の変わりように驚愕の表情を浮かべていた。 そこは、まるでモデルルームの一室のように、美麗に整えられた超高級ルームだった。 ふっくらとした皮製のソファと、大きなガラステーブルが置かれた広いリビング、黒を基調とした上品な壁紙とカーテンに 覆われ、天井からはちょっとしたシャンデリアを連想させる、凝った造りの照明がぶら下がっている。 明らかに、としあきのアパートの数倍以上の広さがあるそこは、明らかに超高級マンションだ。 「な、なんだこりゃあ……いきなりマンションになった?」 “クソドレイ、時代デス、確かめるデス!” 「おっと、そうだった!」 としあきは、慌ててカレンダーを探し、日付を確認した。 2012年、10月—— それは、としあきがいた時代より少しだけ未来の世界だった。 「ははは、はははは……今度は未来旅行かよ!」 “テチィ、まるで魔法みたいテチ” その後、としあき達は前の世界で買い込んだ食糧や日用品を持ち込むことに失敗した事に気付き、途方に暮れた。 だがとしあき達は、それどころじゃないほど過酷な「地獄」を、この世界で体験することになる。 → To Be Continue NEXT WORLD −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 次回 【 実装愛護の世界 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 拙作「心配してもいいですか?」から、キャラクターを再登場させてみました 以前にリクエストくださった方々、深く感謝致します 次回は↑こんなですが、愛護スクではありませんので、念のため
