『JISSOU FREAKS』 CASE-2『the WEB』 part-2 ================================== 「テ、テェ、テチャアアアアアア!!!!」 カーテンを閉め切った薄暗い部屋に、幼い“彼女”の甲高い鳴き声が木霊する。 「テエェン! テエェェェン!! テチィ、テ、テチャッ、テェ、テッチュアアアアアアアアア!!!!!!!」 恐怖の色濃い涙声はやがて絶望の色彩を帯びた叫びへと調子を変え、狭い水槽の中を幾重にも反響して自身を責め苛む。 自分を取り囲む硬い無機質の壁をポフポフと短い両手で何度も叩き、どうにかしてここから逃げ出そうと必死に飛び跳ねる。 絶望的なまでに小さな跳躍。跳ねる度に漏らした大小便が飛び散り、辺り構わず異臭を振り撒く。 だが“彼女”にそれを気にする余裕など無い。 本能に突き動かされるままに、何度も何度も無駄な努力を繰り返す。 勿論、幾らそうしたところで状況は何も変わらない。 それどころか不必要に騒ぎ立てた為に、水槽の中に居た“何か”がのそりと動き出していた。 「テチャアアッ! テッチィーー!! テッチュウウウッ!!! …テェ、テェ、テエェ、テッチュアアア………チャアアアアアアア!!??」 突然、背後から圧し掛かられ、混乱した“彼女”は足を縺れさせて転倒する。 一瞬の驚愕。そして混乱。 「チィ! テチィィッ! テッチャアァァァ!!!」 伏した“彼女”に群がる黒褐色の“何か”。一つでは無い、合計で六つ程の塊が、小さな“彼女”の身体に纏わり付いている。 うつ伏せに倒れた“彼女”は狂乱し、非力な腕や足を振り乱し、身体を揺すって抵抗する。 しかし、その悲しいほどの非力さ加減では、何をしようとどうなるものでもない。 ただ、無理な姿勢で暴れていた所為か、何度目かの手と足を同時に振り回した拍子に“彼女”の体勢が仰向けに切り替わる。 結果としてそれは、恐怖を更に加速する役割しか果たさなかった。 「テ、テテテ、テッチィィィィィーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」 天を仰いだ“彼女”の眼に飛び込む、黒い“何か”の姿。 今まで遮二無二“それ”を眼にすまいと無意味な努力を重ねていた。そうする事しか出来なかった。 だがそれももう終わりだ。暴力的な現実を突き付けられた“彼女”に、もはや出来る事など何も無い。 唯一可能なのは、ただその身の儚さを体現する様に、身を蝕み軋ませる力に悶え、苦しみ、泣き叫ぶ事のみ。 「テェェ、テッチィィ、テッチュゥ、テッチュウゥゥ、テッチャアアアアアアーーーーーー!!!!!!」 小さな鼻や口からは鼻水や唾液を、色違いの両眼からは血涙を垂れ流し、滅茶苦茶になった顔を更に歪ませて命乞いする“彼女”。 内と外を隔てる透明なアクリル板に跳ね返される、そんな聞く者とて居ない声にさえ、今の“彼女”には縋らざるを得ない。 否。 そんな彼女の悲痛な叫びを、余す所無く堪能している者があった。 「……良い仔だな。反応がいちいち激しくて楽しいよ、お前は。 お前の親や姉妹はちょっと脆過ぎてあんまり楽しくなかったからなぁ。 これからもその調子で、一生懸命可愛い鳴き声を俺に聞かせてくれよ?」 水槽を置いた机の前に陣取り、熱の篭った視線を“彼女”に据えながら、男はそう呟いた。 “彼女”は母や姉妹と共に、ある男の下で飼われていた。 元々は“彼女”の母が男に飼われていて、姉妹と一緒に“彼女”は男の家で生を受けたのだ。 だから“彼女”は、男の家以外の世界を知らない。 より正確に示すなら、常に遮光幕の引かれた薄暗い六畳の部屋が、幼い“彼女”の世界の全てだった。 “彼女”や他の姉妹、そして母は男に飼われてはいたが、それはペットとしての役割を期待されてのものではなかった。 母は偶さか男が拾ってきただけの、それこそ何処にでも居るただの薄汚い野良に過ぎなかった。 男は拾った母をすぐさま水槽に叩き込み、機械的に餌をやるだけで、他には何もしなかった。 愛玩でも虐待でも無い。接触自体、必要最低限の頻度でしか行われない。 傍から見ればそれは“飼う”と言うより、何か別の、もっと無味乾燥な“作業”に見えたかも知れない。 少し時が経って“彼女”や姉妹が生まれてからも、その待遇ぶりは変わらなかった。 それどころか“彼女”達は、ただの一度たりとも水槽の外へ出された事さえ無かった。 一体、何の為に男は“彼女”達を飼っているのか。否、飼うという言葉にそぐわないこの行為に果たしてどんな意味があるのか。 だが俗に糞蟲と呼ばれるタイプの母や、外界との接点を持たない“彼女”や他の姉妹には、そうした疑問を抱く余地が最初から存在しなかった。 ただ延々と時間だけが過ぎてゆき、そして。 ………この世に生を受けてから一ヵ月が過ぎた後。“彼女”はその“意味”を知る事になった。 ================================== ---20**年5月23日 緑野市中央部 午後4時20分--- 新種の悪性変異実装、識別名称“蜘蛛実装”の駆除認定が正式に下ってから二日。 ハンターである俺こと「」とそのパートナー実装である実装石のJは、発生区域である緑野市へと潜入していた。 目的は無論、奴の捕捉。そしてその撃滅。 とは言え、その実際は中々に難儀なものだった。 「見つからんなあ」 「デス……」 俺達は今とあるビルの屋上、フェンスが無い為に本来は進入禁止になっている場所で早めの夕食を摂っていた。 内容は質素なものだ。俺は良くある固形のバランス栄養食、Jはスティックタイプの実装フードである。 こんな所で悠長に弁当食っててもそれはそれでアレだが、味気無いのは如何ともし難い。 人と実装、お互いにもそもそと栄養を摂取する。 「市内から既に逃走した後、とかだったら笑うな。間抜け過ぎて」 「それは無いと思うデスが……」 やたら口の中が渇く固形ブロックを片付け、500mlペットのスポーツドリンクで喉を潤す。 一方Jは一口一口味わう様にゆっくりと食べている。 格好は黒い実装服に身を包み、首にはごつい革の首輪。いつも通りの戦闘態勢である。流石にナイフは背負っていないが。 今は幾分リラックスしている様だ。まあ、あんまり休む暇無かったからなぁ。 因みに俺は黒のスーツ姿である。まさか日中あの戦闘服姿で居る訳にも行かない。 面倒な話だが、今回は仕方が無い。これも任務、と思うしかないのだ。 ……ここ二日ほど、他のハンターや広報要員と連携しつつ探査に当たっているが、状況はどうも芳しくない。 緑野市は人口十万を越える、地方都市としてはまあ中堅どころと言って良い規模の街だ。 発見場所等から考えて市中央部に絞り込んではいるものの、それでも捜索範囲は広い。 実装を探し出す方法は幾つか有るが、もっともポピュラーで有効性が高いのが共鳴式の偽石レーダーを使う方法だ。 ノリ的には漁船の魚群探知機とかあんな感じで、ソナーの様に特殊な波形を示す共鳴波によって偽石の位置を特定する、というものである。 GPSと組み合わせる事でマッピングしながらの探索が可能になるが、話はそう単純とはいかない。 単純な棲息分布なら兎も角、特定の個体を探し出す場合、実に厄介極まりない事態と化すのだ。 一つは、都市部における実装石の個体数の問題がある。 周知の通り実装石は多産な生物である。種族的に総じて性欲が強く、特に都市型の実装は人間と同じで年中出産の傾向を持つ。 しかも出産方法は多岐に渡る。マラとの交合、花粉による単体妊娠、それ以外にもはっきり言って何でも有りだ。 そして生めば増えるのは当然で、事実どんな町でも年がら年中奴等の姿を拝む事が出来る。 つまり、一定以上の規模を持つ都市にはそこかしこに実装が蔓延っているのである。公園の数がそれほど無いとなれば尚更に。 考え無しにレーダーを起動しても、画面に映るのは地図の至る所に光る無数の光点、という結果になる。 サーチ可能な範囲を狭めればある程度の個体的特徴による見分けも出来る様になるが、それにはより多くの人員が必要となる。 精度の為に故意に検知範囲を狭める訳だから必然である。 もう一つは純粋に物理的な問題。 市街全域をカバーする為の人員確保など、組織的に不可能なのである。 悪性変異実装は非公然存在だ。一般人には欠片ほども情報が渡らない様に統制されている。 まあ、この御時世で完全な情報秘匿など出来はしないが、世間的には話題になる事は無い。精々が都市伝説の類止まりだ。 大きな理由はパニックを考慮して、というのが名目だが、それ故に縛りが存在する。 要するに、“外”に対しての大規模な協力要請が甚だ難しいのである。 ケース・フリークスに当てる要員は全て組織から出す。これが大原則で、同時に絶対の鉄則。 通常の事件の様に、警察や消防と言った大きな組織に協力を頼む事は出来ない。 まあ、実際には協力したとしても精細な知識を持たない人間など邪魔なだけなので、それはそれで間違ってはいないのだが。 ……とまあ、細かい話になるともうニ、三あるが、大きな理由はこの二つだ。 特殊機関故の閉鎖性が、この際は完全に裏目に出ていると言っても良い。 あの日、ドクと話した後すぐ隊長殿に進言し、割ける限りの要員を割いて貰いはしたものの、それでも限界はある。 市内に散ったハンターは五十、後方要員はニ百、そして生粋の実装ハンターである実蒼石三百体。 捜索規模に対して十分であるとは口が裂けても言えない数だ。 しかも直接戦力であるハンターにしても、大半は大して経験の無い駆け出しばかり。 恐らく遭遇して対処可能なレベルにあるのは俺を含めて数名と言ったところだろう。それさえ唯の予想に過ぎない。 悪性相手に常識を振りかざしても得られるのは何も無い。特に危険度の高い個体の場合、冗談ではなく死に直結する。 せめて“色付き”がもう少し揃えられれば状況も違っていたかも知れないが、無い物をねだってもしょうがない。 まあ、悪い点ばかり眺めていてもアレだ。思考を切り換えよう。 少ないとは言え成果も出ている。特に、潜入して早々に“巣”を発見出来た事は中々に大きい。 “巣”とは今回の標的である蜘蛛実装が作る、名の通り蜘蛛の巣の様な粘質の構造体である。 捕えた獲物(主に実装石)を拘束し、あまつさえ自身の分身である“仔蜘蛛実装”に作り変える、悪夢の様な代物だ。 都市部に潜伏する悪性変異を相手にする際、常套手段とされるのは円周からの包囲索敵だ。 目星を付けた区域を円形に囲み、レーダーを使いながら徐々に包囲縁を狭めていく、という方式である。 今回もそれが採用され、実施された結果……この二日間で四つに及ぶ“巣”が発見された。 最初に発見された“巣”より大きなモノは無かったが、それでも総数百五十体に迫る数の実装石が犠牲となっていた。 因みに人間の被害者はゼロ。ある意味奇跡的である。 これにより明らかとなったのは、少なくとも最初の“巣”が発見される以前は人間の犠牲者が出ていないだろう、という事だった。 五つの巣の粘糸(そう呼ばれる事になった)を調べてみると、劣化の激しい物ほど“巣”自体の規模が小さく、獲物の数も少ない。 時間的にはもっとも古い物で一ヶ月と少し、新しい物で十日間以上は経過している。 最初に発見された“巣”、数えて五つ目に当たるそれの形成時期が今から約一週間前。 以降、新たな“巣”は出ていないから、最初の物が最新である事は確実だろう。 だが、この発見は一つの恐ろしい事実を示唆してもいる。 それは、この悪性変異……蜘蛛実装が、経験による学習成長を遂げているかも知れない、という予測だ。 実装石やその他のシリーズの知能レベルが個体ごとにバラバラなのは良く知られた事実だ。 勿論ある程度のカテゴリ的な傾向はある。実装石がアレなのはまあ、一種の種族的傾向と言って良い。 だが、どういう要因で賢い個体が生まれるのか、またその逆はどうなのか、実際には良く分かっていない事が多い。 そしてそれは悪性変異実装にもそのまま当て嵌まる。 以前の巨人実装さんの様に大した知能を持っていない個体が居れば、それこそ人間と遜色無いレベルの悪性も存在する。 今回のコイツはまだ判然とはしないが……ある程度以上の知能は持っているものと仮定した方が良いだろう。 そこまで考えたところで、何やら視線に気付いた。 「……ん? どうした、J」 思考に没頭している間に食い終わったのか、手ぶらのJがこちらを見ていた。 声を掛けると何故か微妙に狼狽した様な素振りを見せたが、すぐに冷静になって言葉を返す。 「……いえ、そろそろ定時連絡の時間だと思ったのデスが」 「お? そうだったか」 時計を見れば、確かに時刻は四時半。 今回は連携索敵に重点を置いた任務の為、半時間ごとの定時連絡が義務付けられている。 面倒は面倒だが、街中に要員が散っている以上どうにもならない。 俺はズボンに手を伸ばす。 「…おお?」 ポケットから取り出そうとした瞬間、図った様なタイミングで震え出す携帯。 取り上げて液晶を見ると、本部からの着信だった。 「こちら「」、どうした?」 『ハンター「」、いきなりで済まないが、すぐにF5エリアに行って欲しい』 「何? まさかまた“巣”でも見つかったのか?」 『いや……どうやら、第二実蒼小隊を率いていたハンターが“当たり”を引いたらしい』 「! 奴が見つかったのか!?」 『ああ、だが交戦状態に入った後、隙を付いて逃走した……らしいのだが、ただ』 「あん? ただ、何だ。何かあるのか」 『……報告を寄越したハンターが酷く混乱している。詳細な情報が未だ入ってこないのだ。 数体の実蒼石が追跡している様なのだが、状況そのものが混沌としている。 兎に角、今すぐ急行してくれ。詳細は追って指示する』 「……了解」 通話を終え、携帯を仕舞う。 どうにも要領を得ないが、何か抜き差しならぬ事態が起こった様だ。 のんびりしている暇は無くなった。 「J、移動だ」 「了解デス」 俺は床に置いていた細長の革ケースとリュックを持ち上げ、リュックの中からPDAを取り出す。 端末を操作して緑野市の電子地図を呼び出し、先程の通信で言っていたF5エリアの位置を確認する。 今回は作戦に合わせ、緑野市全体を縦軸を数字、横軸をアルファベットとしてエリア分けし、担当箇所を分かり易くしている。 F5エリアは北西部やや中央寄り、公園のある区画だ。 そして現在、俺が居るのがE5。すぐ隣のエリアである。どうやら近場から掻き集めているらしい。 公園か。実装石の住処としてはまず確実に第一候補となる訳だが、さて。 俺はJと共にビルを離れ、一路F5エリアへと向かった。 ---20**年5月23日 緑野市 F5エリア 午後4時54分--- F5エリアに到着した俺達は、案の定と言うか何と言うか、公園に向かえという指示を受けた。 緑野中央公園。この近辺では一番大きな公園である。要するに実装石の数もかなり多い。 市はそれなりに対策を打っている様だが、幾ら駆除したところで奴等が消滅する訳では無い。 まあ、イタチごっこと言うか、ある種の諦めも有ってか対策自体はそれほど激しくも無いらしい。 実装石達は相も変わらず勝手気侭思うが侭に振舞っているが、何故か利用者も結構居る様子だ。 まあノーマルな奴ならその気になれば一般人でも容易に殺せる訳だから、別に弱腰になる必要は無い訳だが。 とは言え、今は人の姿は見えない。ウチの要員が何だかんだと理由を付けて追い払ったのだろう。 大抵の人間は振り翳された権威に弱い。ハリボテとは言え、我が組織は一応警察機構の一部でもある。 利用しどころさえ間違わなければ、大抵の無茶は通るという訳だ。 公園に入った俺達を出迎えたのは、五人のハンターとそのパートナー実装達、そして———— 「……成程。混乱する訳だな、これは」 ————原形を留めぬほどに破壊され尽くした、実蒼石達の死骸だった。 噴水が置かれた少し拓けた広場には、腕と言わず足と言わず、パーツ単位で細かくバラされた肉片が山の様に転がっている。 偏執狂なパズルかと思うほど分解されているので正確な被害総数は分からないが、十は軽く超えているだろう。 他の生物と比べても規格外の再生力を誇る実装シリーズだが、流石にここまで破壊されてはどうにもなるまい。 奴と交戦した実蒼石の小隊を率いていたハンターは既に護送された後だった。丸きり腑抜けになっていて、もはや役に立たないと判断されたらしい。 うわごとの様に「蜘蛛」とだけ呟き続けている、という報告だけが入ってきている。 その報告を裏付ける様に、実蒼石の遺骸には多量の粘糸が付着し、周辺にもベタベタと痕跡を残している。 これで確定か。名が体に追い付いたとでも言うのか、豪く遠回りしたものだ。 後、何か実蒼石以上に干乾びた実装石がゴロゴロしているのだが、これはまず間違い無く悪性の仕業だろう。 どいつもこいつも粘糸で拘束され、この世の終わりを見た様な面して事切れている。 周囲に生きた実装の姿は見えない。普段と異なる状況に怯えて隠れているのか、それとも様子を伺っているのか。 まあ、邪魔にならなきゃどちらだろうと構わない。 「で、結局逃げられっ放しなのか?」 俺は隣に居たブルーのスーツを着込んだ男に訊く。パートナーが実蒼石の為か、この惨状に心を痛めているらしい。 彼は沈痛な面持ちで俺の質問に答えた。 「…いや、生き残った数体が追撃している。距離を保って追っているから多分やられる事は無い筈だ。 他の小隊も連携して、包囲網を完成させつつある」 「ふむ……取り敢えずそっちは任せておくか。それよりも奴さんの情報だな。 唯一接触に成功したのが病院送りじゃ話にならん」 おかげで面倒ばかりが際限も無く増大してしまっている。後手に回らざるを得ないとは言え、これでは手落ちも良いところだ。 「手練れのハンターと実蒼一個小隊がものの十分で壊滅だからな……正直、今すぐにでも逃げ出したい気分だぜ」 「全く」 実装紅を連れたラフなジーンズ姿の男と、実装金を肩に乗せたボマージャケットの男が口々にそう漏らす。 気持ちは判らんでもないが。 「しかし、どうやって情報を集めるんですか? 目撃者は居ない、ハンターも護送された……手の尽し様が無いですよ」 「そうだよなぁ……」 集まった五人の内、パートナーを連れていない二人が溜息を吐く様に言う。 どちらもまだハンターになってから日が浅く、どんなシリーズが自分に合うのかも分かっていないのだろう。 まあそれは兎も角。 「目撃者は居るぞ」 俺がそう言うと、新米二人は文字通り眼を丸くした。 「えぇ? だ、だって今この公園には俺達以外に人は……」 「“人”は居ないな、確かに。だがそれ以外は居るだろうよ。 ————ほーれ、ウジャウジャと湧いて来やがった」 言葉を切り、俺は視線を周囲に飛ばす。 「え? あ……」 慌てて二人が辺りを見回すと、出るわ出るわ。 茂みといい遊具といい、そこら中から緑のナマモノがワラワラと這い出てくる。 大小様々、成体実装に仔実装、マラ実装、中には親指や蛆まで混じっている。つーか蛆、不用意に出てくるから思いっ切り潰されてんぞ。 「デププ、肉、肉デスゥ。こんなにイッパイあるのに喰わないなんてバカのやることデスゥ♪」 「テチュ〜ン、おいしそうテチュゥ。はやく食べたいテッチュゥーン♪」 「デスッ、近寄るなデスッ! この肉は高貴なワタシに捧げられた聖なる供物デスゥ。 オマエらの様な糞蟲に手を付ける権利は未来永劫存在しないんデッスゥ!」 好き勝手にくっちゃべりながら、じりじりと近寄ってくる実装ども。 大方、ニンゲン(俺達)が動きを見せないから安全だと踏んで(と言うか高を括って)出てきたんだろう。 何を狙っているかはまあ、一目瞭然である。 俺たちの周りには、見れば見るほど精神に優しくない前衛芸術の様な死骸がゴロゴロしている。 だが同族食いも平気でこなすコイツ等からすれば、危険さえ無くなればさぞかし食いでのある御馳走の山にしか見えないのだろう。 しかしホント、数だけは無闇矢鱈と多いな。 「デプ、デプププ、美味そうデスゥ」 「あのナマイキな蒼いのもこうなっちまえばただの肉デスゥ。 せいぜい美しいワタシに喰われて糞になるがいいデッスゥ〜ン♪」 「ママー、おなかすいたデチュ、もうガマンのゲンカイデッチュー!」 「大丈夫デスゥ、もうすぐ幾らでも食べれるデプププ」 皆一様に特有の厭らしい笑いを漏らしながら、抑え切れない欲望に両目をぎらつかせている。 見たところ全てが糞蟲型の個体の様だ。口からはだらしなく涎を垂れ流し、それどころか興奮し過ぎて漏らしてる奴さえ居る。 喰い漁る前からこの有様じゃあ世話は無い。 多少頭が回る個体や恐怖心の強い個体は恐らくまだ様子を伺っているのだろう。 まあ、賢い奴等は人前で不用意な真似はしない様に心掛けているし、何よりこの状況だ。 例え野良よりマシな程度の知能だとしても、いつもと違うという事くらいは分からざるを得ない。 しかし、肥大した欲望だけが実装された糞蟲型のおつむでは、公園を取り巻く不穏な雰囲気は感じ取れないらしい。 しかし、こちらとしてもサバトの開催を指を咥えて見ているだけ、という訳には行かない。 ケース・フリークスによる物的損害は処理班到着まで保存しなければならない。例え死骸でも、それが価値有る研究資料になる場合もあるのだ。 仕方ない。激しく面倒だが蹴散らすしかないか。十体も殺れば多少時間が稼げるだろう。 それで止まらなかったらその時はその時。手間が少し増えるだけだ。 「デプププ〜ン♪」 …とか思ってたら既に一体の糞蟲が実蒼石の腕を拾い上げて口に運ぼうとしていた。 やべ、間に合うか。 俺はスーツの内側から対実装銃を引き抜き、走り出す。 しかし、この中で誰よりも早く行動していた奴が居た。 「デップゥ〜ン、デッププゥ〜ン、今夜はホームランデッスゥ〜…デプギャッ!?」 汚い舌で腕を舐めようとしたまさにその瞬間、錐揉みしながらすっ飛んでいく実装石。 空中でグルグルと縦に回転し、顔面から地面に突っ込んで慣性のままにヤスリの如く摩り下ろされる。 赤と緑の汚らしいラインを描き、ようやく停止した実装はピクリとも動かない。仮死した様だ。 「……」 俺以外の全員が、呆気に取られてその光景を眺めている。 糞蟲を殴り飛ばしたJは、殴る寸前に奪い取った実蒼の腕を丁寧に地面に置き、近付いて来ていた他の実装石を睨み付けていた。 「デェェェ! お、オマエ何してやがるデス! も、もしかして独り占めする気デスゥ!? そんなの許さないデッスゥー!!」 もっともJに近い一体が、それは自分の願望だろと突っ込みたくなる様な事を口走る。 他の奴等も最初の衝撃から徐々に立ち直り、Jを睨み付けて騒ぎ始めた。 「これはワタシの肉デス! オマエなんぞに喰わせてたまるかデスゥ!」 「そんな黒くてダサイ服なんか着てる分際で、ワタシ達に逆らってタダで済むと思っていやがるんデスゥ!?」 「イイからさっさと退くデス! 肉喰わせろデスゥ!!」 「テェ〜ン、おなかすいたテチュゥ!」 「レチィ、レッチュー!」「レフ、レフ〜ン」 もはや何が何だか分からない。 自分達の言葉で勝手にヒートアップした実装石達は、門番の様に立ちはだかるJを取り囲み始める。 独善主義の権化の様な実装石だが、共通の敵が現れればこうして仮初めの協力関係を結ぶ事もある。 事実、弱い同族相手の集団リンチは実装の蔓延る公園の日常的風景の一つだ。 とは言えその結束は砂の城よりも脆いんで、敵が居なくなればどころか状況開始十秒で即仲間割れという事もあるのだが。 「デジャアア! こうなったら実力行使デスゥ! ハメ殺してやるデッズゥーーーー!!」 痺れを切らした一体のマラ実装が、果敢にも突進を仕掛ける。 股間のマラは張り詰め切って天を指し、ぶるんぶるんと揺れる度に先走りを飛び散らせている。 対するJは自然体のまま。常とは異なり丸腰だが、まるで緊張した様子も無い。 「デッズゥゥアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」 咆哮を上げ、力任せに怒張を振るうマラ実装。 スタンダードなマラよりも体格は大きい。普通の実装相手なら速攻で終わった事だろう。 だが、相手が悪過ぎた。もしくは、運が悪過ぎた。 突き込まれたマラを悠然と避け、お返しとばかりにカウンターパンチを叩き込むJ。 マラの顔面が丸く手の形に陥没し、叫び声も上げられぬままぐらりと後ろに倒れ掛かる。 しかしJは攻撃の手を緩めない。間合いを詰め、いきり立ったマラを薙ぎ払う様な足蹴りで根元から粉砕する。 ……うわ、何か痛ぇ。 「—————! ——! ————————————!!!」 口が押し込まれたせいで声が出せず、呻きの様な音を漏らしながら血塗れ糞塗れ精液塗れで転がるマラ実装。 多分最初の一撃で首くらいはすっ飛ばせたのだろうが、見せしめの為に加減したのだろう。 実装にとって暴力の象徴であるマラ実装が手も無く倒され、他の実装達の間に動揺が走る。 だが、未だに理解出来ていない低脳も混じっていた。 「デズゥゥゥ! 何でこんなコトするデスッ! それはワタシの肉デスゥ! 何の権利があってオマエが高貴なワタシの食事を邪魔するんデジャアアアア!! その蒼いのは本来なら生きる価値もない糞蟲どもデス! 天誅によって始末されたんデスゥ! それをワタシがわざわざ喰ってやって更なる罰を与えてやるのを止めるなんて神をも恐れぬ大罪デッスゥーーーー!! 今すぐ謝れデスゥ、土下座するデスゥ! ワタシの足を舐めろデスゥッ!! そうしたらそのナマイキな不細工面にワタシの高貴な糞を擦り付けて、奴隷の身の程を教えてやるデッギャアアアーーーーーー!!!!」 ……何と言うのか、素晴らしいほどレベルの高い糞蟲だ。違う意味で突き抜けてやがる。 こと罵倒や媚態における実装石の語彙の豊富さは誰もが知るところだが、ある意味コイツは別格だろう。 神が居るかは知らないが、神をも恐れぬとは良く言ったものだ。 Jは糞蟲の寝言を右から左へ聞き流し、興奮し過ぎて肩で息をしているソイツに鋭い回し蹴りを放った。 柔な腹が斜めに抉れ、傷口からは内臓と糞が一緒くたになって盛大に漏れ出す。 声も出せずに蹲りかけたところへ更に逆足での跳び回し蹴りが側頭に決まり、陥没するどころか首ごと吹っ飛んで絶命する糞蟲。 鮮やかな手際。流石にJも頭に来たのか、今度は割と本気でやった様だ。 ぴくぴくと痙攣する糞蟲の成れの果てには一瞥も与えず、Jは自分を取り囲む実装達を睥睨する。 「……彼女達は己の任務を全うした誇り高き狩人達デス。 それを汚す事は、例え誰であろうと許さないデス。それが貴様等なら尚更デス」 低い声で恫喝するJ。 その実装らしからぬ迫力に仔実装以下の個体は軒並みパンコンし、成体どももブルブルと震えながら後ずさりしていた。 流石にどんな糞蟲でもここまで見せ付けられて命の危険を理解しない奴は居ない。 理解と言うか、生存本能の成せる業と言うか。 「………デ、デプププ、デップゥ〜ン」 とか思ってると、中の一体が露骨に媚びの色を濃くした笑みを浮かべてJに擦り寄り始めた。 自分より強い他者を前にした実装が取り得る手段は、精々が逆切れか媚びを売るくらいしか無い。 「デッスゥ〜ン、オマエ、ナカナカ強いデスゥ。今なら美しいワタシの下僕にしてやるからワタシだけは見逃すデスゥ♪」 ……まあ、最初から方向性を見失っている奴も少なくは無い訳だが。 Jは醒めた眼で媚びを売り続ける糞蟲を見ていたが、やがて見飽きたのかアッパー気味の一撃を叩き込んで醜態を強制終了させる。 パンツを脱いで総排泄孔まで晒していた実装は、顎を撃ち抜かれた衝撃で両目を飛び出させ、もんどりうって地面に激突した。 ぐったりとうつ伏せに倒れたソイツの股間から、デロデロと糞が漏れ出してくる。 束の間、流れる沈黙。そして、 「「「「「「デ、デデデデッギャアアアアーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」 恐怖が臨界突破したのか、一斉に恐慌状態に陥る実装石達。 すぐさま逃走する奴、顔面を汁でぐちゃぐちゃにしながら媚びる奴、胃の中の物を残らず吐き出している奴、実に様々だ。 中には現実逃避にその場でオナり始める奴、同じく錯乱したマラとファイト一発してる奴まで居る。 Jはいい加減うんざりしたのか、手近な奴から黙らせようと足を前に踏み出す。 ま、潮時か。 「J、その辺で止めとけ。キリが無いぞ」 「! ……ま、マスター「」。申し訳無いデス、つい」 「別に良いって。つーかむしろ良くやった。 しかし、それはそれとしてどうするかなコレ」 「……デス」 狂乱する実装どもを眺め、少しばかり対処に困る俺。 どうせ放っておけば五分も経たない内に元の木阿弥だろう。 かと言って処理班が到着するまでこのままで居てもどうしようもない。 手っ取り早く黙らせるには…… 「…そうだ、アレ使うか」 俺はハンター達を呼び、リュックから取り出した“ある物”を渡して思い付いた案を述べる。 五人は即座に了解し、各々別方向へ向かって散開する。 合わせて俺も動き、目の前のナマモノ達に視線を飛ばした。 「おい、お前等」 「デースゥ! デデースゥー!!」 「テェーン、テエェーン!!」 「デッププン、デップー♪」 「人の話を聞け」 「デーデロゲー♪ デーデーデー♪ デープジャッ!?」 何故か服を脱ぎ、耳障りな歌と共に踊り狂っていた馬鹿を蹴り飛ばして残りの注目を集める。 「取り敢えず、さっきは済まなかったな」 「「「「「デェェェ………デ?」」」」」 今度は何をされるのかと怯えていた実装達は、俺の意外な言葉を聞いて一様に首を傾げた。 多分理解出来てない奴も居るが、別にそれはどうでも良い。 勿論心にも無い嘘八百だが、コイツ等相手に痛む良心は端から持ち合わせちゃ居ない。 「別にお前等の食事を邪魔しようって訳じゃあ無いんだ。 ただ、どうせ食うならお前等も肉よりコッチの方が良いだろ?」 そう言って、俺は袋に詰まったある物を見せ付ける。 「デ! そ、それは!!」 超速で反応する緑の大群。 何かと言うと、言わずと知れた実装石の大好物、コンペイトウである。見た目は。 案の定、先程の出来事を小さな脳味噌の遥か彼方に追いやった糞蟲達は激しくいきり立った。 「デップゥ、は、早くそれを寄越すデスゥ! みんなワタシの物デッスー!!」 「デプププ。オマエ、ニンゲンの癖にナカナカ見所あるデス。下僕にしてやってもイイデスゥ♪」 「テッチューン、ニンゲン、カワイイワタチにはやく食べさせるテチュー! グズグズしてると許さないテチュよ!?」 「はいはい、今やるよ。ホレ」 戯言は無視して、俺はパラパラとそこら辺にコンペイトウっぽい物を撒いてやる。 撒かれた端から我先にと群がってくる実装ども。 「デププー、甘いデスゥ、美味過ぎデッスゥ〜ン♪」 「デジャアアアア! それはワタシのモノデッスゥ! 手を出すんじゃないデズアアアア!!」 「テッチュー、うまうまテチュゥ♪ ニンゲン、もっと食わせろテッチューン!」 「レフ〜ン♪」 ざっと見ただけで三十体以上は居る様だが、撒いた数は百以上。 様子を見るに、行き渡らなかった奴は居ないらしい。数の不公平は兎も角として。 当然、揃いも揃って真性糞蟲型のコイツ等がこれっぽっちで満足する筈も無い。 これでは足りない、もっと寄越せ、ワタシを可愛がれ、飼わせてやる、テンプレ発言のオンパレードで迫ってくる。 さて、確か仕様書に拠れば摂取後十秒程度で効果が現れるとあったが果たして。 「ニンゲン、ナニをやってるデス! さっさと可愛いワタシにもっとコンペイトウを………デ?」 俺の足元でデスデス喚いていた一体がピタリと口を閉ざし、首を捻りながらしきりに腹を擦っている。 それを皮切りに、次々と同じ行動を取り始める実装石達。 やがて、その違和感は決定的な危機へと変貌を遂げる。 「デ、デゥ、何、何デスゥ、オナカが、オナカが変デスゥ! あ、ああ、熱いデスゥ!」 「デス、デェース、デデデデ! や、焼けるデスゥ、身体の中が焼けるデスゥーーー!!」 「テッチュアアアアア!? ぽ、ポンポン痛いテチュー!! ママァ、ママァーー!!!」 「レ、レチィー!!」「レピュッ!?」 まず、個体としては群を抜いて儚い蛆や親指が本来の効果を得る前に死亡する。 まだ余裕のある奴は腹を押さえて走り回り、既に効果を発揮している奴はその場で引っ繰り返ってじたばたともがいている。 そのどれもに共通しているのは、サウナに入ったかの様に全身から吹き出る夥しい汗だ。脱水症状を起こしかねないほどに滴っている。 コイツ等に食わせたのは研究部が新開発した実装駆除用新薬、通称『実装ニコミ』だ。 実装石の内臓系は、凡そその七割強が通称『糞袋』によって占められている。 そこに溜まった糞にニコミを混入すると、溶け出した成分との反応により高熱が生じ、結果として糞そのものが激しく沸騰する。 身体の内側から徐々に焼かれていくその苦痛は想像を絶するものだろう。少なくとも俺は体験したいとは思わない。 しかも、この薬のえげつない点は他にもある。 「デギャアアア! デジュベェェェ!!」 「デッズゥ、デッジャァ、う、ウンチが出ないデスゥーッ!! う、ウンコォ、ウンコデェェビャアーーーー!!!」 「デビョオオオオオ! 身体が動かないデギィィィィ!! デッギャアァーーーース!!!」 喰った物に問題があると分かったのか、必死の形相で糞をひり出そうとしている実装達。 だがどれだけ力もうと意気込んでも、肉体そのものが反応しないのでは意味が無い。 これが実装ニコミのもう一つの効果。表面の糖分コーティング、その下層に仕込まれた特殊成分が身体末端系から徐々に機能を侵蝕する筋収縮現象だ。 腕と言わず足と言わず強制収縮によって麻痺させ、最終的には随意筋の殆どが硬直状態に置かれる。 実装の肉体に随意筋だの何だのという区別があるのかは知らんが、それによって奴等は有害物質の体外排出が不可能となる。 無論、筋肉そのものが収縮硬化している訳だから勝手に垂れ流される事も無い。 総排泄孔は意思に反してピッタリとその口を閉ざし、それどころか満足に動く事さえ出来なくなって内部から焼き殺される。 実戦運用試験、と称して渡されていた訳だが、ネーミングは兎も角、随分と凶悪な代物だ。 ある程度までなら駆除にも使えるかも知れない。 次々に息絶えていく実装石を眺めていると、他のハンター達の方でも同じ様な光景が展開されていた。 目に見える範囲の糞蟲型はこれで全滅しただろう。例え生き延びたとしても、焼け爛れた腹では何も消化出来ないだろうから末路は同じだ。 「大体片付いたか………ん?」 あ、さっきのマラどもまだヤってやがる。 この地獄絵図にもセックスに夢中で気付いてねぇ。 わざわざ鑑賞するのも非常に阿呆らしい(それ以前に目障り)ので、サクッと射殺する事にした。 「デッズデッズデッズデッズデッパァッ!?」 光の速さで腰を振っていたマラの頭を実装弾の三点バーストで粉砕する。 その衝撃で勝手に射精したらしく、相手の実装石が嬌声を上げて激しく身体を震わせた。 「デ、デッスゥーーーン!! デェ、デェ、デェス……い、今のは効いたデスゥ、最高デスゥ〜ン♪ 激しいの大好きデッスゥ〜ン♪ デスゥ〜ン、デェス、デェ…デェ? ナニやってるデスゥ、もっと動くデスゥ〜。もっと満足させるデッスゥ〜ン……デプスッ!?」 忘我の面持ちでマラの死体(気付いてない)に組み敷かれている淫乱実装の方も同じくヘッドショット・キル。 両方とも首が無くなった状態でまだ動いているのは正直ホラーだが、その内動かなくなるだろう。死体の処理は野良に任せれば良い。 さて、取り敢えずはこれで良し。 「おーい、お前等ここ頼むわー」 「え、あ、はい!」「分かりましたー!」 俺は新米の二人を呼んで現場の保存を任せると、残り三人と示し合わせて行動に移る。 俺とJは、広場から少し離れた位置に有る茂みの一つへと近付いていく。 まあ、セオリー通りなら大体この辺りに……お、居た。 「デッ、デェェェェ!?」 「テスゥ!?」「テッチー!」「テチュ?」「レフ〜ン」 煤けたダンボールハウスの中には、親仔合わせて五体の実装石がこちらを見上げてブルブルと震えていた。 どの個体も、野良にしては小奇麗な格好をしている(それでも汚い事には変わりないが)。 あの状況で隠れていたのなら、恐らくはそれなりに賢いのだろう。 仔を背後に隠した親は、涙を流しながら俺達に懇願してくる。 「わ、ワタシたちは何もしてないデス! ニンゲンさんの邪魔になるようなことは絶対にしませんデス! だから、だから殺さないでデスゥ!! せめてコドモたちだけでも見逃してあげてデスゥーーーー!!!」 しゃがみ込んだ俺の前で頭を地面に擦り付け、何度も何度も土下座する親実装。 まあ目の前であれだけやったんだ。怯えるなと言う方が無理な話だろう。 とは言え俺は別に虐待派では無いし、隠れている奴をわざわざ探し出して殺すほど暇でも無い。 虐待も虐殺も、言ってしまえば単なる手段の一つに過ぎない。とすれば、相手によって対応は自ずと異なる。 Jを見る。Jは俺を見上げ、少しして頷く。やはり演技ではない様だ。 「あー、安心しろ。別にお前達をどうこうするつもりは無いから。 ただ、ちょっと聞きたい事が有るだけだ。協力してくれるか?」 「デ……き、聞きたいこと、デスゥ?」 「そうそう」 顔を上げた親実装に不思議そうな色が浮かぶ。次いで葛藤する様に両目の間に皺を刻み、頭を抱えて煩悶する。 「……い、言う事聞いたら、コドモたちに手を出さないデス?」 「出さないって。つーか、お前等自体は別にどうでも良いんだって。 少し話を聞かせて貰えればそれで良いんだ。報酬にコンペイトウくらいはやるぞ?」 「デェ……わ、分かりましたデスゥ」 「良し。それでお前等、ここに住んでるんだろう? だったら、あそこで殺されてる実蒼石達を襲った奴、見てないか?」 「デ!!」 俺の言葉にピシリと硬直する親実装。先程までとは質の異なる恐怖に、全身がガクガクと激しく痙攣する。 「見たんだな?」 「デ……デスゥ。み、見ましたデスゥ……大きい、すごく大きくて、ウデがイッパイある奴だったデスゥ………」 「腕がいっぱい……ね。ふん、ソイツはどんな風に暴れてたんだ?」 「デス……ソイツはいきなり現れて、噴水の辺りに居た仲間に襲い掛かったんデスゥ。 丸いおなかからキラキラした変なのを出して、それで沢山の仲間をグルグル巻きにして、口から伸びた尖ったのを頭に突き刺して……」 時々つかえながらも、なかなか上手に説明する親実装。 予想以上に賢いらしく、きちんと時系列に沿って起こった事を順に話している。 後ろの仔も騒ぐ事無く、親の邪魔をしない様に寄り添っている。態度から見て選別済みなのだろう、すぐにそれと判る糞蟲型は居ない様だ。 話を総合すると、どうやら蜘蛛実装は最初は単純に空腹か何かでここの実装石を喰いに来たのだろう、という事が分かった。 市内の“巣”は俺達が悉く潰しているから、奴は補給地点を持たない。この想像は恐らく当たっている。 そして、丁度その場面に件のハンターと実蒼石小隊が鉢合わせてしまったのだろう。 ハンターは奴を探していたのだから、発見すれば当然交戦状態に突入する。 だが、蜘蛛実装の戦闘能力が予測より遥かに高かった事が悲劇の始まりだった。 今回の敵である蜘蛛実装は、実装シリーズはおろか、人間よりも大きな体躯を持つらしい。 だと言うのに戦闘訓練を受けたソルジャー実蒼石をも凌駕する素早さを備え、その力は実装さんにさえ匹敵する。 それに加えてあの“粘糸”。 ソルジャー実蒼ニ十体を僅か十分で壊滅させ、ベテランのハンターさえ退けたその理由。 「腹……の、中辺りに開いた穴から吹き出したんだな?」 「はいデス。緑色のベトベトしたのをいっぱい、蒼いのに向けてプシューと吹いたんデスゥ。 緑色のベトベトは途中で弾けて、それが蒼いのに降りかかって捕まっちゃったんデス」 「粘糸のネットか……器用な奴だな。それで?」 「デース……捕まった蒼いのを引き摺って、それを助けようとした別の蒼いのをまた捕まえたデス。 そしたらニンゲンさんが怒って、ソイツに何かを撃ったんデス。 でも、ソイツはまた緑色のを吹き出して、ニンゲンさんの撃った何かを防いだんデスゥ」 「………」 聞けば聞くほど明らかになる、多彩な能力の数々。 そう。蜘蛛実装の真の力。ただ身体能力に任せて猛威を振るうだけではない、己に備わった特性全てを把握し、それを自在に操る卓越した知能。 恐らく、実装石の中でも一握り程度しか存在しない実超石に匹敵、もしくは超越しているだろう。 肉体的能力。知能。そして凶悪性。どれを取っても、俺がこの前相手にした巨人実装さんなど比較にならない。 今回の獲物に比べれば、あんな奴などただ図体がデカイだけの実装石だ。 兎も角、有意義な話を聞けた。 こちらの手持ちの情報と合わせて考えても、この親実装の言っている事は信憑性が高い。 まあ幾らかは差し引いて考えるとしても、有ると無いとでは大違いだ。 俺は震える親仔の頭を撫で、フェイクではないコンペイトウを十粒ほど袋に入れて渡してやる。 「参考になった。これは礼だ。親仔で仲良く食べるんだな」 「デェ!? い、いいんデスか……デスゥン……ありがとうございますデスゥ」 「ああ、それと、死にたくなければあまり出歩くなよ。 俺は置いとくとしても、他の仲間は気が立ってるからな。うろちょろしてると殺されかねんぞ。 そうだな、今日いっぱいは大人しくしてな。そうしたら大丈夫だ」 「デス、分かりましたデス。コドモたちと静かにしていますデス」 素直に頷く親実装。 今言った事を守ったとしても生き残れるかどうかは分からんが、別に無理矢理死ぬ確率を上げる必要も無い。 こういう奴ばかりなら俺達の仕事も少しは楽なのだが、残念ながら現実は少々以上に苦いものと相場が決まっている。 良い奴も居れば悪いのも多い。優れた個体が居れば劣ったのはそれ以上。その辺りは人間を含めてどの生物も変わらない。 実装石の場合、単にその比率が狂っているだけだ。自身に拠る理由と、他からもたらされる理由に拠って。 だとすれば悪性変異とは、その歪みから生じたものなのだろうか? 「……ハ。アホらしい」 簡単に答えが出せれば苦労は無い。 それに俺にはそんな事、糞蟲の末路ほどにも興味は無い。 頭を使うのはドクにでも任せておけば良い。 「それじゃあな。精々達者で暮らせ」 「さらばデス」 「さようならデス。ほら、オマエたちもちゃんとご挨拶するデス」 「チューン、ニンゲンさん、バイバイテチュー」 「コンペイトウありがとうテスー」 「テッチュ〜ン」「レーフー」 手を振る親仔(蛆はくねくねしていた)に別れを告げ、俺達は元の広場へと戻った。 集まっていたハンター達に先程の情報を開示し、こちらも彼等が聞き込んできた情報を得る。情報はやはり、大筋では一致していた。 今現在公園内で生き残っているのは生存能力の強い個体ばかりだ。そういう奴等は自分達の為にも状況を逐一確認している。 そうでなければ、幾ら賢くとも生物単体として脆弱に過ぎる実装石は生きていけないからだ。 「それで「」、これからどうするんだ?」 「さて、どうするかな。追撃隊が奴さんを追い込まん事には動き様が無いしな。 とは言えココに居ても始まらんし、取り敢えず本部に連絡入れて……」 そこまで言ったところで、俺の携帯が震え出した。着信だ。 番号は……ゲ。 俺は皆にスマンと断りを入れ、素早く距離を取ってから通話をオンにする。 『やあやあ、調子はどうかな「」。中々に苦戦している様じゃあないか』 「……何の用だドク。知っての通り、こっちはアンタに外でまで付き合ってられるほど暇じゃあないぞ」 のっけから緊張感の無い声を聞かされ、かなりげんなりする。 まあ、本当に用も無く掛けてきた訳ではないだろうから、取り敢えずは我慢しておこう。 『ああ、知っているとも。随分と派手にやっているらしいねぇ蜘蛛ちゃんは。 確かに時間も無い様だから手短に行くよ。君と語らう余裕すら無いのは非常に残念だけどね』 「気色悪い事言ってないで早くしろ」 『ハイハイ。ふふ、相変わらず冷たいねぇキミは。そこがイイんだけどね。 取り敢えず、用件は一つだけさ。 今回の悪性変異実装“蜘蛛実装”、その最大の特徴である“粘糸”に関する件だ』 「!」 『二日前に強制変質させた“仔蜘蛛実装”のサンプルが居ただろう? アレを使って幾つか実験を行ってね。いや、有意義な時間だったよ。 でまあ、色々と分かったんだけど、今の君に必要なのは多分“粘糸”をどう攻略するか、これに尽きると思ってね』 「……そうだな。確かにその通りだ」 『“粘糸”は言うなれば攻防一体の武器とでも呼ぶべき代物だ。 体内での生成過程によって幾つかのパターンがあるんだが、大きく分けると三つ。 “捕縛”と“防御”、そして“変質”だ』 「ふむ。まあ“捕縛”と“防御”は何となく分かる。最後の“変質”ってのは……アレか、仔蜘蛛の」 『そう。大体この三種が“粘糸”の大きな用途別パターンなんだろうね。 それじゃ、詳細な機能の方に話を移そう。この三種の“粘糸”は、名前で分かる様にそれぞれ特性が大きく異なる。 “捕縛粘糸”は粘着性、伸縮性に優れたもっとも基本的なパターンだ。例の“巣”を形成する際にもこれが使われてる。 対して“防御粘糸”は優れた弾力性による衝撃吸収、更には瞬間的な硬化すら可能にする。 実験では自身に危険が迫ったと察知した仔蜘蛛ちゃんがそれこそ繭の様に全身を粘糸で覆い、こちらからの干渉を防ぐといった行動を見せた』 「繭……そうか、とすると“盾”もその変形版だな」 『“盾”?』 あの親実装から聞いた話を思い出す。 それを話すと、ドクは興味深げな調子で小さく笑った。 『ふぅん、オリジナルの方はそんな使い方までするのか……。ふんふん、成程ねぇ。 オリジナルは余程知能が高いのかな。仔蜘蛛ちゃんの方は多分、防衛本能に従った結果なんだろうけど。 しかし、そうなるとやはり必要になるねぇ』 「…必要? 何がだよ」 『“粘糸”を無力化する方法が、さ。 こちらの耐性実験では“捕縛粘糸”が熱に弱く、また半固体化した状態ならある程度の衝撃を与えれば切れる事も分かっている。 だけど“防御粘糸”の方は結構厄介でね、仔蜘蛛とは言え随分頑丈だよ。 バーナーの炎でもそうそう焼き切れないし、拳銃弾くらいなら普通にストップするくらいの硬度を持ってる。 仔でこれじゃあ、多分オリジナルの蜘蛛ちゃんの方は更に凄まじいんだろうねぇ』 「他人事の様に感心してんじゃねぇよ」 『ふふ、事実を事実として認識しているだけさ。現状把握無しに打開策は生まれないからね。 ……で、まあそんな訳でね、何の準備もしないで捌ける相手じゃあ無いから、僕としても骨を折った訳だよ』 「どんな風にだよ」 『うん。要するにプレーンな物理的手段じゃ打破は難しい訳だからね。僕の専門でブレイクスルーを試みたのさ。 それでまあ、一応の成功は収めたよ。ほんの少し梃子摺ったけどね』 「…つまり、どうにかなる、って事か?」 『“粘糸”に関しては、ね。 ただ、実際にこれで蜘蛛実装の方をどうにか出来るか、と言われたらそれはどうだろうね。 結局、僕の方法はただの補助的要素でしかない。有効利用出来れば楽にはなるだろうけど、限界は歴然として存在する。 最終的にはやっぱり、ハンターに成否が掛かっているとしか言えない。 つまり、君にね』 「………分かった。兎に角、それでそのブツってのは…」 「————な、何だってェ!?」 重ねて訊こうとした瞬間、横合いから裏返った悲痛な叫びが上がった。 言葉を切って視線を飛ばすと、ハンターの一人が携帯に向かって大声で捲くし立てていた。 「オイ、どういう事だ! そんな……そんな言い訳はどうでも良い!他の小隊だって居たんだろう!? なのに何で……クソッ!! 兎に角、すぐにそちらに向かう。ああ、ハンター「」も一緒だ! 良いか、これ以上の失態は許されんぞ! ああ、ああ、そうだ! 死んでも逃がすな!! 何としてでも追い込め!! 被害が増えるなど論外だ!! 良いな!!!」 怒鳴り付けてから携帯を切った男は、情けない顔で俺の方を向いた。 「……すまんドク、何かあったらしい」 『ああ、良いよ良いよ。取り敢えずの説明は道すがらでも。 多分そろそろ搬入部隊も合流出来る筈だから、詳細はその時に』 「了解」 通話を終わらせ、俺はハンター達の輪に舞い戻る。皆一様に焦燥を露にした面持ちで俺を見据えていた。 「……「」、マズイ事になった」 「見れば分かる。何がどうなったって?」 「…つい先程、一部の小隊が連携して蜘蛛実装を無理矢理囲い込もうとしたらしい。 その際、急な運動で制御の取れなくなった実蒼小隊の包囲網に綻びが生じ、奴はその隙を突いて逆襲に転じた様だ。 一時的な混乱に追い込まれ、包囲網自体が瓦解し掛けた。まあ、流石にそれだけは何とか食い止めた様なんだが……」 「だが?」 「……一瞬、奴が輪から外れた折、ちょうどタイミング悪く一般人が入り込んでいたらしい。 母親と幼い兄妹という組み合わせだったんだが……やられた」 引き攣った顔で報告する男。その眼には悔恨、苦悩、幾つもの感情が渦巻く混沌とした光がある。 その光に嫌な予感……否、もはや確信を覚えつつ、俺は先を促した。 「……母親は何とか無事に済んだ。母親だけは、な。 奴は現在、子供二人を捕えたまま逃走中だ。安否の確認は……出来ていない」 ……………。 「…………へぇ、成程」 凡そ描いていた中でも、掛け値無しに最悪の事態。的中したところで何の喜びも無い。まさに最低だとしか言えない。 ハンター投入後に人的被害を生じるなど、失態どころの騒ぎでは無い。 黒々とした何かが、胃の腑に満ちていく。喉の奥から迫上がり、全てをぶち撒けたくなる衝動。 「……」 ……否。 否。否。違う。まだ間に合う。まだだ。まだ終わっちゃあいない。 俺は一度深く息を吸い、腹に溜まった泥の様な負の感情ごと大きく吐き出す。 殺意を弄ぶ余裕は無い。そんなものは後で愉しめ。 今は動け。何もかもそれからだ。 そうだ————————最悪になど、届かせはしない。 『JISSOU FREAKS』CASE-2:『the WEB』part-2....END. and, to be continued.
