タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!第3話02
ファイル:「人化実装の世界編」02短縮版.txt
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初投稿日時:2009/10/18-12:47:22修正日時:2009/10/18-12:47:22
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 謎の緑色怪人に因縁をつけられ、別世界に飛ばされてしまったという子供を捜すことを強要された弐羽としあきは、
アパートの自室ごと世界を移動する旅をするハメになった。
 彼が巡る世界には、「実装石」と呼ばれる人型の不思議生物が存在する。
 としあきは、五日間しかその世界に留まれない。
 それを過ぎてしまうと、永遠に元の世界に戻れなくなってしまうのだ。
 
 あらたにやって来たのは、「実装石が人間の姿になれる世界」。
 代わりに、普通の実装石が姿を消してしまっていた。
 些細なことでアパートを飛び出したミドリととしあきは、それぞれ予想外の事態に遭遇するのだが——

 



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  じゃに☆じそ! 第3話 ACT-2 【 超進化の真相 】

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 三日目、8月9日の明け方——


 ミドリは、まだ白い家の敷地内に居た。
 建物の影になるところに潜み、中の様子を窺っていたのだ。

 あれから、住人の男やあの女性に追われたり、捜索されることはない。
 そのため、ミドリは再び家の中に侵入し、物陰に身を隠しつつ状況を観察した。
 更なる収穫を狙う意図ではなく、なぜかあの女性が気になって仕方なかったのだ。

 リビング内では、きょとんとした表情で、少女が男を見下ろしている。
 いったいどこから持ち出したのか、少女は、胸元が大きく開いた派手なメイド服をまとっていた。
 その姿は、非の打ち所のない完璧なネコ耳?メイドだが、何をしていいのかわからない様子でじっと佇んでいる。
 一方の男は、頭を抱えながら何か唸っている。
 やがて、とても残念そうな口調で呟きだした。

「あああ〜、なんでこんなことになるんだよぉ。ぷちぃ〜」

「テチュ?」

「誰も、人化してくれなんて頼んでないだろぉ?
 まったく、お前はいつまで俺を困らせるんだ……」

「テ、テェェ……テチュン」

 どうやら、少女の存在は男に受け容れられていないようだ。
 その割に、少女の身体を横目で見ては頬を赤らめている。
 素直じゃないのか、それとも何か事情があるのか。
 ミドリは、息を殺してやりとりを見つめていたが、二人が何も動こうとしないため、展開が全く進まない。
 いい加減キレかけてきた頃、突然、少女が男に抱きついた。

「テチィッ♪」

「ぶわっ!」

「テェェ、テチュ〜ン」

 男の顔を、豊満なバストの谷間に挟み、優しく抱きしめる。
 そして、愛しそうに何度も頭を撫で上げた。
 その表情はうっとりしているが、悦楽とは違う、まるで母親が赤子を抱いている時のような、暖かなものだ。
 慈愛に満ちた、心がホッとするような優しく甘い顔つき。
 それを見て、ミドリはなぜか、胸が締め付けられるような感覚に捉われた。

 困惑しているのか、それとも苦しいのか、男はしばらくジタバタしていたが、やがて動きを止め、少女の乳房を脇から揉み
しだき始めた。
 突然の男の行動に、少女の顔が困惑に歪む。

「テ、テェェ…テチュゥ?」

「ぷち、ぷちいぃぃ〜〜!」

 男は、何か吹っ切れたように立ち上がると、少女を乱暴にソファへ押し倒し、上に覆いかぶさる。
 メイド服の胸元を引き下げ、大きな乳房を露出させると、徐にしゃぶりつき始めた。
 少女の身体が、ビクンと痙攣する。

「テチャ?! ……あぁっ!! あっ、ああんっ!!」

「ぷち、ぷちぃ、ぷちぃぃぃぃ!! ハアハアハアハア」

「テ、テェェェ……!」

 男は無我夢中で少女の身体を愛撫しているが、どうも少女の方は望んでいるわけではないらしく、その嗚咽には明らかに
悲鳴が混じっている。
 男の手つきは大変にぎこちなく、その上メイド服の布地に惑わされ、上手いように触れていないように見える。
 そのせいなのか、少女は快感よりも気持ち悪さに翻弄されているようで、しきりに男の手から逃れようと身をよじっている。
 途中まで、野暮なことはしないでおこうと決めていたミドリだったが、少女が男の肩を掴んで押し放そうとしている仕草を
確認し、考えを改めた。

“しゃあない、ここはいっちょ助けてやるデスか”

 ふう、と息を吐き、ミドリは以前実装ハウスのあった場所に移動した。
 いつのまにか、男はズボンを下ろして、少女の下腹部辺りに自身の下半身をこすりつけていた。
 それを見たミドリはニヤリと微笑み、手にした「得物」をクルクルと回転させた。

「テ、テチィ! テチィィ!! テ、テェェェェン!!」

「ぷちぃ、ぷちぃ!! ハアハアハアハア!」

“秘技! 実装七年殺し!! デギャ!”

 ズボッ!

 軽やかに宙に舞い、落下の勢いを加えながら、ミドリは……手に持った電子モップの柄を、男の尻穴に思い切りブッ刺した。
 時間が、止まる。

「グギ? ——グ、グギャアアアアアァァァァァアアア?!?!」

 突然の処女喪失に、男が絹を引き千切るような悲鳴を上げる。
 しかし、ミドリはまだ手を離さない。

“まだまだあっ! 刺した後に! 捻り込むっ! デスッ!”

 ぐりゅっ!! と、電子モップを回転させる。
 手応え、あり!
 モップの先端が、何かにガッチリとはまりこんだ。

「んはああぁぁぁっ?! ら、らめええぇぇっ♪」

 男は、ケツから電子モップのフサフサを生やした状態でソファから転げ落ち、もんどりうちながらリビングから脱走する。
 ふん! と力強い鼻息を吹き、ミドリは少女に向かい合った。

「大丈夫デス?
 まったく、酷い目に遭ったデスね」

「テェェ、あ、ありがとうございますテチ。
 あなたは、どなたテチ?」

 少女の言葉は、やはり実装石のままだ。
 信じられないことだが、やはり彼女は実装石が転じたものなのだ。
 その話し方から、少女がまだ仔実装程度の存在だと理解する。
 ミドリは、一瞬胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えたが、表情には出さず、逆に妙にエラソな態度を演じた。

「ワタシは、この世界最強にして最高の至宝・ミドリという者デス!
 あんたの悲鳴に呼ばれて、颯爽と助けに来たデッスン!」

「テェェ、さっきおうちに入ってきた野良さんとは違うテチ?」

「デ、デェェ?! し、知らねぇデスそんなことは!」

「とにかく、ありがとうございましたテチ!」

 ミドリは、男がトイレで唸っているのを確認すると、少女を連れて、ひとまずとしあきのアパートに逃げ込むことにした。
 幸いまだ日は出ておらず、人通りも少ないので、恥ずかしい格好でも人目につき難いだろうという判断だった。

「ワタシについてくるデス」

「テェェ、でも、ご主人様が」

「あんな男はどーでもいいデス! ホラ早く!」

「テ、テェェン」

 ミドリは、少し強引に少女の手を引いて外へ飛び出す。
 手を引くと言っても身長差が大きいので、少女はかなり歩きづらそうだ。

 どれだけさ迷っただろう。
 そろそろ完全に日が昇るという頃になっても、ミドリ達はアパートに辿り着けなかった。
 そもそも、ミドリはかなり適当に歩いていた事もあり、正しい帰路など知る由もない。
 ミドリ達は知らなかったが、その日は平日。
 通勤のために駅へ向かう人々が動き出す頃で、だんだんすれ違う人間の数も増えてきた。
 派手なメイド服をまとい、しかもその胸元から溢れんばかりのバストを露出させている少女は、いやがうえにも相当な注目
を集めてしまう。
 それだけでなく、成体実装が少女と共に歩いているという光景も、注目に値するらしい。
 何人かのサラリーマンが、二人を携帯で撮影したり、何やら電話を始めている。
 なんとなく気味悪さを覚えたミドリは、咄嗟に脇道へ飛び込んだ。

「まずいデス、一旦逃げるデス」

「テ、テチ」

 人通りの多い道を避け、裏通りの外れにある小さな公園に辿り着いた二人は、お粗末なベンチに腰掛けて一息ついた。
 と同時に、ぐぅ〜、とお腹が鳴る。
 ミドリも少女も、気がつけばかなり空腹になっていた。

「あんたは、どうして人化したデス?
 あの男は望んでなかったみたいデスけど」

 先ほど抱いた疑問を、ぶつけてみる。
 ぷちは、少しだけはにかんだ表情を浮かべると、まるで独り言でも呟くように話し出した。

「ご主人様は、とってもいい人だからテチ」

「デェ? とてもそうには見えなかったデス」

「ううん、私にはわかるテチ。
 ご主人様は、もうすぐ処分されるところだった売れ残りの私を引き取って、大事に育ててくださったテチ。
 それに、ご奉仕する大切さと喜びを教えてくださったテチ」

「デ……」

「でも私はちっちゃくてドジばかりしてたから、いつもご主人様を困らせていたテチ。
 だから、ニンゲンさんみたいになって、もっとちゃんとご奉仕が出来るようになりたかったテチ」

 遥か遠くを見つめるような眼差しで、少女は呟く。
 その横顔は眩しいほどに美しく、それでいて何故か、酷く儚げな印象を与える。
 思わず少女の姿に見入っていたミドリは、自分の頬をペチペチと叩いた。

「でも、それで何故その格好デス?
 なんでそんな美人になる必要があったデス?」

 更に話を聞いていくと、どうやら少女は、本当に自力で人化したようだ。
 「ドウジンシ」と呼ばれる絵本を読み、その中に出てくるキャラクターに憧れ、今まで見かけた人間の姿、テレビ映像など
ありったけの記憶をまとめ上げ、イメージを構築したという。
 主人を敬愛し、疑うことなく尽くす事に喜びを見出し、たとえ自分が傷ついても主人に喜んで欲しいと純粋に願った結果が、
この姿なのだ。
 それが、まだ幼い仔実装だからこそ持ちえる「夢」の一端に過ぎないことにミドリはすぐ気付いたが、それでも、その思いを
昇華させ姿を変えてしまえるほど強い彼女の愛情に、僅かながら尊敬にも似た念を抱き始めていた。

 だがミドリは、同時に別なものも感じ取っていた。
 少女は、とても無理をしている。
 このままでは、いつか彼女は壊れてしまうのではないだろうか——と。

「でも、もうあんな奴のところに戻っちゃダメデス。
 あれはクソドレイより酷い奴デス」

「テェェ、そんな事ないテチ、ご主人様は世界一素敵で優しいお方テチ」

「いやいや、あいつはクソドレイ以下の腐り果てた外道デス。
 あんたは、さっき襲われそうになったデス、無理やり子供を生まされそうになったデス。
 たとえ見た目がドンバンズドンでも、まだ子供のあんたを孕ませようとするんだから、奴はまごうかたなき変態ロリペド野郎
 と判断出来るデスッ!」

「テ、テェェ」

 少女の頬が赤く染まるが、ミドリはそれを強く否定する。

「人生の大先輩のワタシの言う事を聞いておけば間違いはないデス」

「大先輩テチ?
 じゃあ、オネーチャテチ!」

 そう言いながら、少女はミドリの手を握って微笑んだ。
 思わぬ言葉に、今度はミドリの顔が紅潮する。

「デ、デ? わ、ワタシがオネーチャ?」

「私、オネーチャがいなかったテチ。
 だから、あなたのことをオネーチャって呼んでもいいテチ?」

「デ……わ、わかったデス!
 今日この瞬間から、お前とワタシは姉妹の絆を結ぶデスっ!!(キリッ」

「やったー、カッコイイテチ♪」

 ふん! と無意味に胸を張るミドリと、なぜか笑顔で拍手する少女。
 としあきの事を思い出して少し不快感を覚えていたミドリは、いきなりご機嫌モードになった。
 自分が頼られるというのは、とても気持ちの良いもので、張り切りたくなってしまうものだ。
 ミドリの心は、としあきに殺された子供の恨みがちょっぴり、少女に姉と呼ばれる快感たっぷり入り混じり、なんとも訳の
わからない状態に陥った。

「私はぷちと言いますテチ。よろしくっ、オネーチャ☆」

「ワタシはミドリデス。これからはワタシの言う事を聞いてしっかり生きるデス」

「はいテチ♪」

 その後、二人は人の行き来が落ち着いた頃合を見計らい、もう一度としあきのアパートを目指すことにした。
 だが、ベンチから立ち上がろうとした瞬間、白いバンが静かに停車し、公園の出口を塞いだ。
 中から、白い服を着た人間の男性が、三人ほど現れる。
 その戦闘に立つ初老の男が、何やら黒い板状の機械を向けてきた。

「君達は、どこから来たのかね?」

 優しい口調だが、どこか怪しい雰囲気の漂う男の声。
 怯えるぷちの前に立ち塞がると、ミドリは歯を剥き出しにして精一杯の威嚇を始めた。

“近寄るなデシャアァッ!!
 この仔に触れたら、ゼロコンマ一秒で貴様の命はあの世へ極楽デギャアッ!!”

「心配しなくてもいい。
 君達に危害は加えないよ」

“デ?”

 初老の男は、ミドリの言葉に返答した。

 ——言葉が、わかる?
 としあき以外に、実装石の言葉を理解出来るニンゲンがいたのか?!

 呆気に取られるミドリに向かって、初老の男は更に続けた。

「私は、実装石特殊研究所の三戸という者だ。君達の味方だよ」

 そう言いながら、通常より二周りは大きい金平糖を取り出し、二人の前に差し出す。
 ミドリとぷちは、瞬時に注意を逸らされた。

“テェェ、こんなおっきいコンペイトー、初めて見たテチィ”

“こ、こ、これを、くれるデス?!
 な、何が目的デス?!”

「このままでは、君達は過ごしづらいだろう?
 私達の所に来たまえ」

 そう言いながら、男は金平糖を二人にしっかりと握らせる。
 少しずっしりした金平糖の存在感は、二人の気持ちを大きく揺さぶるのに充分過ぎた。

 数分後、白いバンに乗せられたミドリとぷちは、どこへともなく連れられて行く。
 大きな金平糖を半分も舐め切らないうちに、彼女達は深い眠りへと誘われていった——


          ※          ※          ※


 一方としあきは、正午になってもまだあの美少女につきまとわれていた。
 否、「少女」ではなく……

「お、おい。そんなにベタベタくっつくなよ〜。暑いってば」

“てちぃ♪ さっきはあんなにベッタリくっついてたのに、いきなり冷たいてちぃ〜”

「ば、バカいえ! 誰が男なんかと」

“てぇ? じゃあなんでボクを突き放さないてち?”

「う、うるさいっ!!」

 携帯を通じて、「 美 少 年 」と会話をしながら街をとぼとぼ歩く。
 この少年が、人化を果たした実装石の一人だとわかったのは、絶頂を迎えた時に漏れた啼き声と、フードの下から出て
きた大きな耳を見たからだった。
 男の子だったという事に、としあきは少なからずショックを受けたが、それより何より初めてこの世界で接触出来た実装で
あるため、色々呑み込んで情報収集を試みることにした。
 だが、としあきの願いに対して少年が求めた代償は、「更なる要求」。
 自身を「モカ」と名乗る少年実装は、ヘタな女性をも遥かに凌駕するほどの美貌とスタイルを持ちつつ、男性という
アンバランスな身体を持っている。
 しかも、その総合的な美しさは普通の男性ですら魅了してやまないほどで、道行く人々も思わず振り返り見とれるほどだ。
 まったくそのケのない筈のとしあきでさえ、その超絶的な魅力には全く逆らえず、気がつくと彼の存在を求めてしまう。
 既に精も根も尽き果てた筈なのに、モカに見つめられると、自分の意思とは関係なく欲望が湧き出てくる。
 それが、たまらなく恐ろしかった。

 手近の店で適当な男物の服や靴を見繕ったものの、それでもモカの色香は抑えられることはない。
 
“男の人のアレをもらうと、なんだか元気になる気がするてち”

「まったく、とんだビッチだぜ」

“それより、ボクのお願いを早く聞いて欲しいてち”

「わかってるよ、ちょっと待ってろ。よさげな所探してるから」

“うふふ♪”

 色っぽい含み笑いと上目遣いに、としあきの胸がときめく。
 としあきが、これだけ惑わされながらもモカと離れないのには、理由があった。
 先ほど一緒に休んでいた時、彼が気になる話をしたのだ。

“実装石が、ものすごく一杯居るところを知ってるてち。
 お兄ちゃんがボクのお願いを聞いてくれたら、そこを教えてあげるてち”

 「お兄ちゃん」というのは、としあきのことだ。
 モカの言う事が本当なら、これは物凄く有力な手がかりになるのは間違いない。
 過去に巡った二つの世界での経験から、としあきは、少しでも頼れそうな情報があればなんでもすがるべきだということを
学んでいた。
 早いところ仔実装を見つけて、この狂った実装世界から脱出したかった。

 モカによれば、「実装石特殊研究所」という所があり、そこに多くの実装石が集められているという。
 その数は、彼曰く「数えられないくらい、いっぱい」らしい。
 本当ならば、これは大きなチャンスだ。
 としあきは、下腹にぐっと力を込め、多少の困難は乗り切ろうと覚悟……しようとして、止めた。

 ぐぅぅぅ〜〜……

 きゅるるぅ〜〜……

 二人のお腹が、ほぼ同時に鳴った。

「そこで、飯、食うか?」

“てち♪”

 周囲を見回すと、吉野屋のオレンジ色の看板が見えた。
 としあきは、この世界の吉野屋って自分の世界のとどれだけ違うのかな、などと考えながら、ここで昼食を取ることにした。
 

 としあきは、並盛と卵を二つ注文し、更にお新香を足して二人で「いただきます」をした。
 モカは、誰から習ったのか器用に箸を使いこなし、とても上品に食べている。
 綺麗な者は、何をやらせても完璧なんだなと思っていたら、とき卵に紅しょうがを入れ始め、少しゲンメツさせられる。
 この世界では、どうやら輸入牛肉騒動は起きてないようで、豚丼などの“かつての”代替メニューがなくいささか残念では
あったが、それでもどこか懐かしい味わいが感じられ、としあきは心ときめいた。
 モカも、結構満足しているようで、いつものような淫靡な微笑ではなく、素直に可愛らしいと思える笑顔を浮かべていた。
 としあきも、そのナチュラルな笑顔につられ、思わず微笑んでしまった。

 ——が、その笑みは数秒後に凍りつく。

「なんだよコレ! オイ!!
 全然つゆだくじゃないじゃないか!!
  俺はつゆだくって言ったんだぞ!!」

 カウンターの向こうで、若い男が突然大声を張り上げたのだ。
 年はとしあきと大差ない感じだが、体重は明らかに彼の二倍近くはある。
 そんな男が、既に半分以上空にしたドンブリを掲げて、店員に文句を言っている。
 他の客も、そんな男の態度に眉をしかめている。

「申し訳ありません!
 お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、どうか……」

「何言ってんだ!
 注文間違ったあんたらが悪いんだろ?!
 どうしてくれるんだよオイ!」

「で、ですがお客様、失礼ですが、もう二杯も同じものをお食べに……」

「関係ないだろ!」

「ひぃっ、す、すみません!」

 相当たちの悪いタイプの客がごねている。
 激しく気分を害したとしあきは、残りを一気にたいらげ、とっとと会計を済ませようとする。
 だがどんぶりを下ろした時、隣に座っている筈のモカが、いつの間にかいなくなっている事に気付いた。
 その上、例の客の怒号も、いつの間にか止まっている。
 否、止まっているのは男の声だけでなく、店の中全体だった。

 としあきの視界には、どんぶりを振り上げたまま硬直する男と、彼に抱きついて唇を重ねているモカの姿が映った。

「んな…?!」

 としあきの手の中から、小銭がじゃらじゃらと落下した。



 その後、紆余曲折あり居心地が悪くなったとしあきと男は、モカを連れて店を飛び出し、近くにある小さな公園へと逃げた。
 モカ曰く、うるさい男を黙らせるにはあれが一番だと咄嗟に機転を利かせたつもりのようだ。
 彼のキスがものすごく上手だったせいか、それとも虚を突かれたショックが抜けていないのか、太った男はさっきの喧騒が
嘘のようにおとなしくなっている。

「ごめんな、こいつが変なことして」

 とりあえず一応の詫びを入れたが、男の反応は薄い。
 一応「いや、いいよ」と小声で言っているようなので、とりあえず解決したと考える。
 だがモカは、新しく現れた男に興味津々のようで、既にとしあきよりそちらの方に擦り寄っている。

「こいつ、人化実装なのか?」

 突然、男が尋ねてくる。
 少しびっくりしつつも、としあきは事情を説明した。

「そっか、じゃあ誰かが捨てた違法なのかもなあ」

「違法?」

「うん」

 男の説明によると、この世界では実装石を飼う場合、人化をさせる・させないに関係なく、区役所や市役所への登録申請を
行った上、認証用のIDチップを体内に埋め込まなければならない決まりになっているらしい。
 これは、生後1週間以上の個体すべてに行われるもので、これがないと違法とされ、重い罰金刑が課せられてしまう。
 また、登録済みの個体を勝手に捨てたり廃棄(殺害処分)しても同様で、とにかくかなり厳格な手続きを必要とされるそうだ。

「なんでそんなに面倒なんだろうなあ」

「簡単に人化させられるようになったからだよ。
 人化実装が増えすぎたら、大変なことになるだろ?」

「あ、そっか。なんとなくわかった気がする」

「てちぃ〜」

 飼い実装の手続きが厳格・徹底化されたのは、ごく最近のことだという。
 一見普通の人間と判別つけ難い人化実装の増加は、放置すれば一般社会にどのような悪影響を与えるかわからない。
 居住問題や食糧問題、その他生活ゴミの増加や環境汚染の可能性、更には風紀の乱れなど、想定される諸問題は
果てしなく多い。
 実際、法が改定される以前は、人化実装をかつての奴隷売買のように取り扱ったり、犯罪補助に用いたり、中には悦楽
目的で虐待したり殺したりするケースが多々あり、世界的な問題となった。
 そのため、実装石を巡る法律の改定は、過去の歴史ではありえなかったほど大規模かつ迅速に行われたが、即興である
ため徹底はまだ難しいらしい。
 そのせいか、いまだに非合法実装が跋扈しているようだ。
 説明を受けたとしあきは、なんとなく、モカの横顔を覗き込んだ。

 人化育成マニュアルが広く知れ渡っているとはいえ、それでも失敗しとんでもない姿になってしまう実装石は数多く、
そういう者達を不法に捨てる人間も後を絶たない。
 この世界の代々木公園はそのメッカであり、一時期は保健所による大規模駆除が行われたこともあるらしい。
 時には、人化実装による殺傷事件や窃盗も起こりうるということで、夜は大変危険なのだという。
 としあきは、「そんな所に入り込んでしまったのか!」と思い返し、ぶるぶる肩を震わせた。

「ところであんた、なんであんなに荒れてたんだよ?」

 としあきが突然話を切り替えたせいか、男は一瞬ムッとしたが、モカに微笑みかけられすぐに態度を軟化させる。
 それを見たとしあきは、モカが男の子だという事はナイショにしておこうと心に強く誓った。

「実は、うちの実装も人化しちまったんだ」

「へえ、いいじゃないの」

「全然良くねぇよ!」

「なんでさ?」

「だって俺、登録してなかったんだもん。
 安売りしてたから衝動買いしただけだし」

「それってめっちゃヤバイんじゃね?」

「登録費、一匹につき2000円もかかるんだぜ?
 成体でも仔実装でも関係なくさあ。
 2000円あれば吉野屋の牛丼が何杯食べられると思ってんだ?」

「は、はぁ?!」

「しかも、バレたら罰金10万円だぜ!
 10万払うくらいなら新しいPC買うぜ俺」

「?!」

 話を聞くと、彼の飼っていた未登録実装が、勝手に人化してしまったらしい。
 しかもものすごく目立つ外観になってしまったので、飼っていたことがバレたら大変なことになると気が気でないらしい。
 としあきは、男の微妙なズレ具合に首を傾げながらも、その話に強い関心を抱いた。

「モカ、実装石って自分の力だけで人化出来るの?」

 モカに尋ねてみると、彼はキョトンとした顔で頷く。

“出来るてち。ボクもそれで人化したてち”

「そうなの? すごいんだな」

“うふふ♪ 見直したてち?”

「すごいかもしれないけど、断りなしにやられたら迷惑なんだよ!」

 二人の会話に、男が声を荒げる。
 彼は、飼っていた実装石が勝手に人化し、その上勝手に家から飛び出して行方をくらませた事に苛立っており、つい
荒れてしまったのだという。
 としあきは、男を軽く諌めると、定番の質問をしてみることにした。

「全然話が変わるんだけど、模様付き頭巾を被った仔実装って見たことない?」

「模様? ああ、あるよ」

「えっ、マジ?!」

 思わぬ手がかりに、としあきは思わず立ち上がった。

「うちで飼ってた奴がそうだよ。
 ぷちって名前なんだけど——」

 と、男がそこまで話した時、突然モカが無言で立ち上がった。
 しばらく耳を澄ますような仕草をした後、突然公園の反対側へ走り出した。

「あれ? おーいモカ、どうしたんだぁ?」

 としあきが声をかけた直後、背後から車の止まる音がする。
 大きなバンの中から、白衣を着た男達が姿を現し、としあきと男を取り囲んだ。
 それはまるで、何かのサスペンス映画の一シーンのようですらある。

「失礼、“としあき”さんはどちらですか?」

「「 は、はい、オレです 」」

 としあきと男の声が、ハモる。
 二人は、思わずぎょっとして顔を見合わせた。

「えっ、あんたもとしあき?」

「マジか!」

 二人だけでなく、彼等を取り囲む男達も、困った顔を見合わせる。

「まいったな、どっちも同じ名前ってか?」

「どうするよ?」

「面倒だし、両方連れてっちゃえ」

 白衣の男の一人が、名刺を差し出しながら二人に同行を求めて来る。
 名刺には、「実装石特殊研究所・三戸班」と記されていた。


          ※          ※          ※


 車に乗せられた“二人のとしあき”は、白衣の男の一人から簡単な説明を受けた。
 研究所の責任者が、とある女性型人化実装の飼い主にどうしても会いたいと言うのだ。
 話によると、どうやらその人化実装は、さっきの話に出た“勝手に人化した実装石”らしい。
 マニュアルを使用せず人化を促した“としあき”の手法と経験を、是非学びたいという意向のようだ。
 車中の会話により、男の名前が“双葉敏昭”だと解り、としあきは困惑した。
 まさか、漢字が違うだけで全くの同姓同名だとは思わなかったのだ。

「ところで、お二人にお伺いしたいのですが、これを見たことはありませんか?」

 白衣の男の一人が、懐から一枚の写真を取り出し、見せ付ける。
 グリーンのフードを付けた、色っぽいネコ目の美少女……いや美少年。

「ああ、さっきちょっとだけ見たけど?」
「この子なら、朝からずっと一緒でしたけど」

 白衣の男は、としあきの回答に反応し、眉をぴくりと動かす。
 その後、無関係な筈のとしあきは何故か車を降ろされる事もなく、そのまま研究所まで連れて行かれる。
 だが、車から降りた途端、としあきだけ別室に誘導されてしまった。
 そこは、とても小さなコンクリート剥き出しの部屋で、窓一つない閉鎖された一室。
 まるで、刑事ドラマに出てくる取調室のようだ。
 天井に一つだけ付けられた蛍光灯が、なんだかとてもまぶしいが、それ以外には小さな木のテーブルと二脚のパイプ椅子
しかない。

「なんなんだ、これ?」

 十分間ほど待たされたとしあきは、まさか閉じ込められたのかと思い、ドアノブを回してみようと立ち上がった。
 だがそれとほぼ同時に、ドアが向こうから開かれる。

「失礼しま——?!」

「えっ、モカ?!」

 ドアの向こうから現れたのは、なんと、モカだった。
 紺色の女物スーツをまとい、化粧をして金色のネックレスを着けてはいるが、特徴的な色っぽいネコ目と、思わず見とれる
ような美しい顔立ちは間違いない。

「モカ、どうしてこんなところに居るんだ?」

「——私は、モカではありません」

「は?」

 モカ…と思われた人物は、実装語ではなく、しっかりとした日本語で話しかけてきた。
 露骨に不快感を示し、としあきと向かい合わせに腰掛けると、軽やかな香水の香りが周囲に漂い始める。
 としあきは、ここで、ようやく気がついた。
 
「初めまして。私は、実装石特殊研究所・三戸班主任のローザ三隅と申します。
 本日は、急な招待にも関わらず応じていただきまして、ありがとうございます」

 感情のまったくこもらない事務的な口調で、ローザと名乗った女性は自己紹介する。
 その名前から、ハーフらしいことが窺えるが、それにしても本当に美人だ。
 というより、うがった見方をすれば「エロ美人系」ともいえる。
 特に巨乳という事でもなく、所謂「エロ尻」というわけでもないのだが、なぜか全身から表現し難いエロオーラが漂っている
タイプなのだ。
 特に、目線の動かし方や細かな仕草、唇に指を添える動作などは、モカと完璧に同じだ。
 こんな女性の姿を丸写しにしたようなモカなら、そりゃあエロくなるのも当然だと、としあきは妙に納得した。

「それで、俺に何のご用ですか?」

 ローザが話し出そうとした瞬間をわざと狙い、としあきの方から話を切り出してみた。
 なんとなく尋問されそうな雰囲気を感じたのだが、そうなるのは御免被りたかったからだ。
  
「貴方は、私と同じ顔をした人化実装をご存知ということですが、それについて詳しいお話をしていただけませんか?」

「別に構いませんけど、逆に、こちらからも聞かせてください」

「なんでしょう?」

「アレはいったい、何者なんですか?」

 としあきの質問に、ローザは一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直した。
 彼女の説明によると、モカはこの研究所内で育成された人化実装で、元々は、実験開始直前まで判別出来ないほど性器
状器官が小さい仔実装だった。
 ローザの所属する研究班は、人化実装の確実な育成方法を発見・確立させた本拠地でもあり、この時も何体かの実験体
を人化させる研究を行っていたという。
 だが、モカだけはなぜかローザ達の準備した情報を受け容れず、まったく異なる性質と外観を以って孵化してしまった。
 その姿はローザと瓜二つで、その上なぜか男性体、しかも異常なほど性欲が強く人間の男性を求める傾向が見られた。
 外観と性質の問題からすぐに処分される手筈だったのだが、ある研究員が故意に逃がしてしまったため、ローザ達は
なんとしてもモカを捕獲しなければならない。

 モカは特殊な能力を持っており、たとえその気がない人間でも簡単に誘惑し性交に至らせてしまう。
 このままでは、ようやく成立しかけている人化実装関連の認識が乱され、各方面に多大な悪影響を及ぼしかねない。
 この研究所内でも、既に彼の手に落ちた者達が何十人とおり、その中の何人かは強い依存症状を示しているようだ。
 その結果、必然的に外観が瓜二つのローザへの風当たりはきつくなり、このままでは科学者生命すら危ぶまれてしまう
可能性があるため、どうしても必死にならざるをえない。
 としあきは、そこまで説明されてようやく合点がいった。

「でも、なぜそこまでして人間の男としたがるんですか? モカは」

 としあきの質問に、ローザは少しうんざりした表情で答える。

「その質問も、色々なところから受けましたよ。
 実装石が人化すると、寿命が極端に減るのはご存知ですか?」

「えっ? し、知りません」

「実装石の寿命は最大で約十年前後、犬より少し短い程度です。
 環境によっては数年程度ですが、人化すると、これがいきなり2〜3ヶ月程度まで激減します」

「に…?! なんでそんなに?」

 驚くとしあきに、ローザは補足説明をする。
 実装石の体内にあり、いまだにその全貌が解明されていない謎の器官「偽石」は、実装石の生態維持のため常時フル
稼働している状態にある。
 だが人化を行うためには、これを更に過剰活動を強いるのだ。
 偽石への負荷は並大抵ではなくなり、また人化後は実装石時代より遥かに大きな身体機能を維持しなければならなくなる
ので、更に負担は高まっていく。
 これでは、長持ちのさせようがない。

「ところが、例外があるんです。
 ある方法を用いれば、人化実装は偽石の補強を行えます。
 寿命が延ばせるんです」

「補強? それはなんですか?」

「本来は部外秘なのですが、こちらからもお聞きしたいこともありますので、お話しましょう」

 少し言い辛そうな態度で、ローザは更に続ける。

「個体によるのですが、その身体に最も適合した栄養素を得ることで、偽石の負担を相対的に軽減できるケースが確認
されています。
 これをフェイクミスティカ・リペアリングと申しまして——」

「すみません、専門用語はちょっと…」

「失礼しました。
 とにかく、その個体が自分に最も合った何かを定期的に摂取することを覚えれば、高確率で寿命を延ばせます」

 そこまで話して、ローザは一旦言葉を止めると、大きく深呼吸する。
 そして、としあきから視線を外し、少しだけ頬を赤らめた。

「——それが、男性のせ、精液……なんです」

「モカの場合が、ですか?」

 こっくりと頷くローザをよそに、としあきは無意識に腕組みをして頷いた。

「あれは、明らかに自身の延命のためにあのような活動をしています。
 このまま逃走を続けて、更に寿命が延び続けたら大変なことになってしまうんです」

「なるほどねぇ、だからあんなに求めてきたのかぁ」

 ウンウン頷きを繰り返すとしあきと、その呟きにキッと顔を上げるローザ。
 突然、場の空気が入れ替わった。

「やっぱり、彼とまぐわったのですか?」

 ローザの口調が、突然とげとげしくなる。
 思わず腕組みを解いたとしあきは、まるで憎悪のオーラでも背負っているかのような彼女の迫力に、一瞬気圧されて
しまった。

「え? あ、あの、俺、なんかまずい事言いました?!」

「いえ別に。でも、だとしたらこちらとしても好都合です」

 口ではそう言いつつも、彼女はとても好都合と考えているようには思えない態度だ。
 ローザの無言の迫力に屈したとしあきは、なぜか「すみませんごめんなさい」と頭を下げてしまった。 

「野良猫と同じで、モカは、一度“餌付け”をした人物に付きまとおうとする習性があります」

「え? それじゃあ」

「貴方がモカに飽きられていない限り、彼は必ずまた貴方を求めてきます」

「……」

「申し訳ありませんが、私達に協力してくださいませんか?
 出来る限りのお礼はさせていただきます」


 口では低姿勢の願いだが、その雰囲気は、明らかに拒否権を与えるつもりなどないといった態度だ。
 としあきは、深く考えることもなく、反射的にその申し出を受け容れてしまった。


          ※          ※          ※


 としあきと敏昭が出会うより前、一足先に研究所に連れて来られたぷちとミドリだったが、それぞれの扱われ方はまったく
違っていた。

 まずぷちは、全裸にされて大きなベッドに寝かされ、麻酔をかけられ身体を入念に検査されている。
 開腹や解剖といった処置はないが、CTスキャンのような大きな機械にかけたり、様々な測定装置で周囲を取り囲んで
様々な処置を行っている。
 無数に並べられたモニターには、心電図や脳波など、多数の信号情報が示されており、複数のスタッフが監視している。
 だが何人かのスタッフは、時折モニターから目線を外し、横になっても形がほとんど崩れないほど見事なぷちのバストや、
一切の染みや無駄毛のない美しい下腹部に見とれていた。
 
 対してミドリは、そこからかなり離れた小さな部屋の中で、同じく全裸に剥かれていた。
 しかし、麻酔などかけられてもいなければ、何かの検査をされているわけでもない。
 四肢をぶっといベルトでガッチリ拘束され、両足を限界まで開かされ、その上猿轡まで嵌められていた。

 〜〜!! 〜〜!!!

 必死の叫びは、誰の耳にも届かない。
 ミドリの周囲のスタッフは、まるで汚物の塊でも見るような目で、彼女を見下ろしている。
 その眼差しは、どれも酷く冷たい。

「体内洗浄は完璧か?」

「問題ありません。生理食塩水による最終流動洗浄も完了しています」

「よし、栄養剤注射。下腹部に局所麻酔。無駄に力ませないようにな」

「了解、両剤注射します」 

 〜〜!! 〜〜!!!

 マンガに出てきそうなほど太い注射針が、ミドリの右腕と両腰に深々と突き刺さる。
 生まれて初めて体験するような激痛に、ミドリは生涯最大の悲鳴を上げた。

 〜〜!! 〜〜!!!  〜〜!! 〜〜!!!  〜〜!! 〜〜!!!

 だが、猿轡に殺されて声は出ず、奇妙な低音となって空気を振るわせるだけだ。
 スタッフのリーダーらしい男が、マスクの下で軽く舌打ちした。

「うるさくてかなわんな。おい、とっととやっちまおう」

「シャーレ用意。——だめだ、それじゃあ小さい」

「たっぷりひり出してもらうんだからな、もっと豪快に行こう」

「栄養床の準備はいいか? 蛆実装一匹逃すなよ」

「大事なママなんだから、間違いのないように丁寧に扱えよ。——赤色点眼液、用意」

「了解」

 リーダーの指示に合わせて、大きな機械に支えられた巨大なスポイトが、奥からせり出してくる。
 スポイトの先端は、拘束されてまったく動けないミドリの左目直前に添えられる。 
 ミドリの恐怖はピークに達したが、それに対し、下半身からはどんどん力が抜けていく。
 麻酔が効いてきたのだ。

「しかし、こんな特異体質の実装なんか役に立つんですかね?
 製糸袋も排糸管もないし、筋肉構造も違うんですよ?
 どう見てもこれ、繭作れない奇形じゃないですか」

「ばかだなあ、新種かもしれないだろ。
 うまくしたら大発見かもしれないんだぜ?
 それに、繭が作れないなら、研究サンプルとして他部署に高く売りつけりゃいいさ。
 ——よし、点眼」

「点眼、開始。投下量50ccに調整します」

 〜〜!! 〜〜!!!  〜〜!! 〜〜!!!  〜〜!! 〜〜!!!

 スタッフの掛け声と同時に、ミドリの顔に真っ赤な液体が振りかけられる。
 ミドリの視界が真っ赤に染まり、同時に、腹の中で激しい脈動が始まった。


“なんでワタシだけこうなるデズアァァァァ?!?!
 クソドレイ!! クソドレーイ!
 今こそ史上最も美しいと世界が認めたこのワタシを、颯爽と助けにきやがギャァァァァァ!!”

 ぼとっ、ぼとっ、ぼとっ………

 テッテレー♪


 ミドリの尻の下に置かれた鈍い銀色のトレイの中に、次々と、仔実装、親指実装、蛆実装が降り積もっていく。


          ※          ※          ※


「ダメだ! どうしてこんなことも出来ないんだ!
 このクズ、糞蟲! お前なんか死んでしまえ!!」

 ビシッ、ビシィッ!!

 テ、テチャァァァ〜〜!!

 パキン!!

「クソ、また自壊かよ。
 しょうがない、次だ次!」

 テ、テェェェェッ?!
 テェェェェェン、テェェェェン!!
 テチャアァァァ!! テギャアァァァ!!

「うるせーな、ダメだここにいる奴みんな糞蟲だ!
 すみません、次の箱ください」

『え、もうですか? これで三箱目ですけど』

「しょうがないですよ、こいつらみんな全然なってないダメな連中なんですから」

『ムカ! そ、それ、うちの部署で丁寧に育てた仔達なんですけどねぇ』

「いや、俺が言うんだから間違いないですよ。
 こいつらは何の役にも立たない、クズ中のクズです」

 テ、テ、テチャァァァァ?!

 パキン、パキン、パキンパキンパキンパキン

『うあああ、俺が育てた仔がみんな連鎖パキンしちまったぁぁぁ!!』


 ここは、実装石特殊研究所三戸班研究ブロックの一角。
 周囲を大きなウインドウで囲われた実験室の中、双葉敏昭は無数の仔実装達と向かい合っていた。
 人化実装ぷちの飼い主だった彼は、人化プログラムを全く行わなかったにも関わらず、下手な者よりも完璧な人化実装を
育て上げてしまった。
 その手腕を高く評価され、今は、ぷちに施した教育・躾を関係者に披露している最中だった。

 ところが。
 三戸班スタッフには、どうしても彼がそれほどの腕前を持っているようには感じられなかった。
 今、敏昭に預けられたのは「第四段階仔実装区分」と呼ばれるブロックで育成された、心身共に健全かつ優良な個体だけ
を収めた小型コンテナだ。
 中には、100匹からの15センチ未満級仔実装が、仕切りで一匹ごとに分けられて収まっている。
 かなり狭苦しい空間にも関わらず、一匹たりとも泣き出したり漏らしたりせず、しかも初対面の敏昭を見ても怯えたり威嚇
したりすらしない。
 元々、特別に優良な個体を用いた実験を遂行するために育成された者達なので、すべて厳格なテストとチェック、生活
管理を乗り越えており、ペットショップに流せばコンテナ一つにつき軽く100万円以上の卸値は付くだろう事はほぼ間違いない
レベルだ。
 にも関わらず、敏昭に言わせると、この中に優秀な個体は一匹も居ない。
 否、これより前に更にもう一つ、同様のコンテナをチェックしているため、合計200匹にダメ出ししたことになる。

 敏昭が行ったテストは、仔実装を台に上げ、仔実装用サイズの携帯トイレにまたがらせ、用を足させるという程度の簡単な
もの。
 もっとも、アクリル製の水槽の中で育てられた仔実装達は、携帯トイレの形も知らなければ用途もわからないので、普通
ならトイレまで導くか、便器の上にまたがらせる所まで丁寧にナビゲートしてやり、理解を促す必要がある。
 ところが敏昭は、そういった下準備を全くせず、いきなり「用を足せ」「何をしている」「グズグズするな」と頭ごなしに怒鳴り
つける。
 見慣れない人間にきつく怒鳴られ、叱られている意味すらも理解出来ない仔実装達は、緊張してろくに動けない。
 そこに、敏昭の鞭(アクリル定規)が炸裂するのだ。
 敏昭の定規は仔実装を直接叩くことはなくても、彼女達にとっては至近距離で小爆発が起きたようなもので、そんなものを
連発されては怖くて動きようもない。
 中にはその恐怖で、禁忌とされているパンコンをしてしまったり、或いは偽石を自壊させてしまう者達が出てくる。
 アクリルケースの中の仔実装がパニックを起こせば、当然伝染してしまう。
 これにより、実際には数匹しか躾けていない筈なのに、たちまち200匹の仔実装が悶死してしまったのだ。
 これでは、敏昭のお眼鏡に叶う個体が出てくる筈もない。

 結局、計四箱の仔実装をパキンさせた敏昭は、無念そうに首を振りながら部屋を出てきた。

「全然ダメですね、ろくな奴がいない」

 敏昭の無神経な一言に、コンテナの仔実装を育成してきた係は顔を真っ赤にして身震いするが、三戸班のスタッフが懸命
に諌めている。
 別なスタッフが、怪訝な顔つきで敏昭に質問してきた。

「あんなずさんな……失敬、厳しいやり方で、本当にぷちが人化したんですか?」

「そうですね、もっともあいつも全然駄目な糞蟲でしたけど」

「そうなんですか? 検査前に面談をした限りですと、ご主人思いの凄く良い性格の個体でしたが」

「とんでもない! 僕に迷惑をかけるわ物は壊すわトイレを汚すわで、本当にろくなことしない奴だったんですよ」

「あれほどの良い仔はそういないと思いましたけどね」

「まあ、実装石の扱いに慣れてない人には、そう見えるかもしれませんね」

 敏昭の一言は、その場に居るスタッフ全員がカチンと来るほどのものだ。
 彼らは、何年何十年と実装石の研究を続けてきたプロ中のプロである。
 それなのに、どう見ても素人以下の男に「慣れてない人」呼ばわりされては、怒らない筈がない。
 それでも、彼らは必死で怒りをこらえ、作り笑顔で敏昭に接する。
 だがその影で、別なスタッフ達はこっそりと耳打ちしていた。

「あいつ、まともに実装石飼ったことあるのかよ?」

「絶対ねーだろ。つーか、あんな奴に飼われたらどんなに良い仔でも死んじまうぜ」

「じゃあ、あのぷちって仔はなんで自力人化なんて出来たんだ?
 自力って、飼い主の事を真剣に好きにならないと出来ない筈だろ?」

「こりゃあ、部門長に報告した方がいいなあ」

 陰口を叩いたスタッフは、静かに退出すると、三戸の許へと急ぐ。
 そんな事にも気付かず、敏昭は他のスタッフに対して、自分の実装教育論を自慢げに語っていた。


「実装石はバカですから、しつこいくらいに強く言い聞かせなきゃだめなんです。
 言う事聞かなかったり首なんか傾げたら、即、手足折りますよ、ハイ。
 呼んでも答えなかったら本気でデコピンですね。
 ——え、死んじゃうだろうって? その時はそいつがただの糞蟲だったってことですよ」

 敏昭の言葉を聴き、その場に居合わせた研究員達は、全員まったく同じ事を心の中で呟いた。

『こいつ、自覚がないだけでただの虐待派じゃねーかあぁぁっっ!!』

 




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