タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!第2話03(完)
ファイル:「虐待正義の世界編」03短縮版.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:776 レス数:0
初投稿日時:2009/10/15-22:52:55修正日時:2009/10/15-22:52:55
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 謎の緑色怪人「初期実装」に因縁をつけられ、別世界に飛ばされてしまったという子供を捜すことを強要された弐羽としあきは、
アパートの自室ごと世界を移動する旅をするハメになった。
 彼が巡る世界には、「実装石」と呼ばれる人型の不思議生物が存在する。
 としあきは、五日間しかその世界に留まれない。
 それを過ぎてしまうと、永遠に元の世界に戻れなくなってしまうのだ。
 
 あらたにやって来たのは、「人間が実装石を虐待・虐殺する世界」。
 廃墟の中で負傷したとしあきは、緊急入院のため時間を大幅にロスしてしまう。
 夢の中に現れた初期実装の力で奇跡的に回復したとしあきは、ミドリを連れて再び廃墟に向かおうとする。

 だがそんな彼らの前に、極悪外道な“虐殺スケ番・ミヂミヂのお蘭”が立ち塞がった。




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  じゃに☆じそ! 第2話 ACT-3 【 フィナーレ・虐待を継ぐ者 】

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 以前トラックで移動した時はすぐ近くという印象だったが、実際に歩くと町はずれからでもたっぷり一時間はかかった。
 時計は午後2時——残り、50時間。
 としあきは、いまだに仔実装の手がかりどころか、とっかかりすら掴めていない。
 廃墟は、以前に来た時と全く変わらない印象で、どことなく不気味な雰囲気を漂わせている。

「じゃあミドリ、そういうわけで頼むぜ」

“うぐぐ、まだ顔が痛むデス。
 クソドレイ、ワタシの報酬は何デス?”

「そうだなあ、結構な臨時収入もあったし、お前も身体張ったし。
 今度こそ、マジでステーキ行くか」

“デ! デス——ッ!”

 ステーキ、という単語を聞くが早いか、ミドリは実装石とは思えないような速度で廃墟ビルに飛び込んで行った。
 だがミドリは、ほんの数分程度で玄関に戻って来てしまった。
 しかも、なんだかかなり慌てているようだ。

「どうした、ミドリ?」

“クソドレイ、中に来るデス!”

「ん? どういうことだ?」

“いいから、早く中に来いデスッ!!”

 ミドリは、しきりに手招きしとしあきを呼んでいる。
 何かあったのか、随分と慌てているようだ。
 玄関をくぐり、ミドリに誘導されて一階の廊下の奥へ進む。
 一番奥の部屋の中、むせかえるような実装臭に包まれながら、小学一年生くらいの小さな女の子が座り込んでいる。
 彼女の周りには、沢山の実装石が群がっていた。
 それらが、としあきに向かって一斉に殺気のこもる視線を向けて来る。

「お兄ちゃん、誰?」

 少女が、振り返りながら訪ねてくる。
 どうやら幽霊とかそういったものではなく、ちゃんと存在している人間のようだ。
 スカートの端が少し汚れているが、かなり高価そうな上品なブラウスを身に着けている、なかなか良いところのお嬢さんのようだ。
 辺りを見回してみるが、他に誰かがいるような感じはしない。
 一瞬反応に戸惑ったとしあきに対して、少女は両手を開いて野良実装達の前に立ち塞がった。

「ダメーっ! この子達をいじめちゃ、だめーっ!!」

 思わぬ言葉に、としあきは益々言葉に詰まる。
 少女は、実装石達をかばっている。
 首輪のない、明らかに野良の実装石達を。
 としあきは、しゃがんで目線を少女に合わせると、優しく話しかけた。

「俺は虐めたりしないよ、大丈夫。
 君は、実装石が好きなの?」

 としあきの呼びかけに、少女は素直に頷く。
 その表情は真剣で、今にも泣き出してしまいそうだ。

「ダメなの、弱い子を虐めたらダメだってママが言ったの。
 実装ちゃん達を虐めるのは悪い人なんだよ!」

「君は、こんなところで何をしているんだ?
 危ないじゃないか」

「大丈夫だよ、この子達に、ご飯を持ってきてあげたの」

「ご飯?」

 よく見ると、彼女の足下にはお菓子の袋や食パンの破片が散らばっており、実装石達がそれを食べているだろう様子が窺える。
 この世界に来て、初めて真っ当に実装石を愛する人間に出会えた。

「そうか、わかったよ。
 けど、たった一人でこんな所に来たらお父さんやお母さんに怒られちゃうぞ」

「だってぇ……」

 少女は、としあきに語り出した。
 ここに住む実装石達は、いつも大人達に虐められて泣いている。
 誰も助けてくれないから、せめて自分だけでも助けようと思ったそうだ。
 
 ふと見ると、ミドリが他の実装石達と何か話している。
 しばらくすると、両手を振ってとしあきに話しかけてきた。
 その背後では、激しい憎悪を叩き付ける野良実装達の鋭い視線があった。

 デスデス、デスデス……

 デス、デスデスデス……

 少女は、としあきに向き直り、目を見開いた。

「お兄ちゃんも、実装石大好きなの?
 虐めるのヤなの?」

「ああ、俺は実装石虐めたり殺したりするのは嫌だよ」

「ホント? ねぇねぇ、ホントにホント?」

「ホントだよ、だってホラ、ミドリとこぉんなに仲良いだろ?」

 としあきは、ミドリの襟首を持ち上げて抱きしめると、頭をグリグリ撫で始める。

“わざとらしいデス!
 そ、そんな態度では益々信用失うデスーッ!!”

「何言ってんだミドリ。
 俺とお前の仲じゃねーか!」

“あやふやにすんなデスーッ!
 ワタシは主人、お前はクソドレイ、主従関係デスーッ!!”

 なんとも表現し難い会話だが、としあきがミドリを虐め、ミドリが逃げようとしているわけではない事は、少女にも野良実装達にも
伝わったようだ。

 デスデス、デスデス……

 デス、デスデスデス……

 デェ?

「すごいすごいー! お兄ちゃん実装ちゃんとお友達なのね!
 お話もできるなんて、すっごーい♪」

 少女は手を叩いて喜び、やがて足下の仔実装達も、釣られて踊り出す。
 成体の野良実装達は、しばらく不思議そうに顔を見合わせていたが、逃げ出したり威嚇したりはしてこない。
 ミドリを通じ、更に野良実装達への警戒心を解こうとする傍ら、としあきは謎の少女に尋ねた。

 少女の名前は「しいか」。
 ここから少し離れた新興住宅街に引っ越してきたばかりだという。
 以前両親と散歩している時にここを見つけ、一人で遊びに来ているうちに実装石が住んでいる事を知ったという。
 としあきは、随分変わった名前だと思ったが、71年当時ならそんなものなのかなと思いこむ事にした。
 それよりも、こんな小さな子も自分の時代だと44歳になっちゃうんだな、という過酷な現実の方がつらかった。

「しーかね、実装ちゃん達と仲良しになったんだよ!
 見てみて♪」

 テッチュウ♪

 そう言いながら、しいかは仔実装を抱き上げ、楽しそうに遊ぶ。
 手の中で軽く弾みをつけられ揺れている仔実装も、とても楽しそうだ。
 しいかの足下には、順番待ちなのか沢山の仔実装がいる。
 その中の何匹かが、物欲しそうな目でとしあきを見上げていた。

「えっ、ひょっとして俺もするの?」

 テチュウ♪
 テッチュウ!
 レッフーン♪

 としあきが手を差し伸べてみると、二匹くらいの仔実装が嬉しそうにその上に乗ってきた。

“クソドレイ、それより仔実装を捜すデス”

 ミドリに言われ、ようやく本来の目的を思い出したとしあきは、彼女と手分けして聞き込みを開始した。

「頭巾に模様のある仔実装ちゃん?
 うーん、うーん、居たかなあそんな子」

「こーんなね、6みたいな模様なんだって。
 もし覚えてたら教えて欲しいんだけど」

「うーん、しーか、わかんない!
 お兄ちゃん、その子達はどうかな?」

 向こうでは、十数体の成体実装達が、ミドリを中心にデスデスと話し込んでいる。
 ミドリは結構真面目に聞き込みをしてくれているようで、懸命に手を振りながら説明を加えている。
 一方、仔実装達は揃ってしいかやとしあきの周りに集まりだし、遊んで欲しいとジェスチャーで訴える。
 としあきは、数匹手の上に乗せて遊んでやることにした。

 テチィ!
 テッチューン!!
 テチテチ、テチィ♪
 ……

 両手の中に、四体の仔実装を抱える。
 いずれも、少し服が汚れてはいるものの比較的小綺麗で、臭いもきつくない。
 目線が高くなって怖がるどころか、皆とてもはしゃぎ喜んでいる。
 だが、一体だけ様子がおかしい。
 他と違いはしゃぎもせず、声を上げたりせず、ただ手の中で立ち尽くしている。
 それは、まるで置物のようですらある。
 よく見れば、それは他の仔実装と何かが違っている。
 上向きに付いた耳、ギョロリと剥かれた血走った目、肉の感触を感じない無機質な肌、そして奇妙な模様の入った頭巾。

 奇妙な模様の、頭巾。

 頭巾……

「え?」

 思わず、顔を近づけて確認する。
 見間違いではない、確かに、頭巾に6に似た模様が入っている。
 それに、顔立ちや雰囲気が他の仔実装とは全く異質で、まるで夢に出てくる初期実装をそのままミニマム化させたように思える。
 どれだけの時間、見つめ続けただろうか……ようやく、としあきは我に返った。

「あーっ!!」

 としあきが思わず驚きの声を上げると、その奇妙な仔実装は手の中から飛び降り、タタタと部屋の奥へと走り出した。
 手の中に仔実装を抱えているとしあきは、咄嗟に対応出来ない!

「ミドリ、いた——っ! 初期実装の仔だぁっ!!」

 デデッ?!

 ミドリと、彼女と話し込んでいた成体実装達が、一斉に反応する。
 部屋を斜めに横切るように、仔実装はトタトタと走っていく。
 だが、部屋が暗いせいか実装達にはどこにいるのかがすぐにはわからない。

「ミドリ、左だ左! もっと奥の方だ、捕まえてくれ!!」

 テチャァッ?!
 テェェェン、テェェェン!!
 テチャアァァン!!

「お兄ちゃん、仔実装ちゃん達が怖がってるよ!
 おっきな声出しちゃ、だめーっ!!」

「えぇっ?!」

 デスデス、デスデスーッ!!

 デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、
 デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス、デスデスデスデス!!

「う、うわわわわわ!!」

 動けないとしあきをよそに、成体実装達の大追跡が開始された。
 ミドリより早く、例の仔実装に気づいた個体が先導し、追いかけ始めたのだ。
 十数体の成体実装が、さほど広くない部屋の中をかけずり回る光景は圧巻だ。
 としあきとしいかは、仔実装達を誘導し入り口付近まで退避するしかない。
 部屋中を駆け巡る実装石の中から、ミドリがピョコンと顔を出して、何かを訴えている。

 デスデスデスデス、デスデスーッ!!

「ん? どうしたんだミドリ?」

 デスデス、デスデスーッ!! デェェ、デスーッ!!

「どうしたんだよ、デスデスじゃわかんねーって」

 デス? デスデス、デーッ!!

「え? あ、携帯? あ、アレ?」

 デーッ

 携帯を取り出してみるが、不思議なことに、いつもの翻訳機能が作動していない。
 本来なら、ミドリから呼びかけられた時点で振動し、自動的に翻訳音声が流れる筈だ。

「おっかしいな、こんな時に故障かよ!」

「お兄ちゃん、ねえ、みんなどうしちゃったの?」

 としあきは、ひとまず携帯はおいといて、しいかに事情を説明した。
 初期実装の子供という特殊な仔実装を捜さないと、としあき達は自分の家に帰れないんだと。
 かなり情報を要約したが、しいかは一応理解を示してくれたようだ。

 しばらく待つと、ミドリが駆け寄ってきて、何やらジェスチャーで訴えている。
 どうやら、見失ってしまったと言いたいらしい。
 酷く弱った表情を浮かべているのを見て、としあきは「仕方ない、もういいよ」と制する。

「ミドリ、とりあえずみんなを落ち着かせてくれ。
 あんまり大きく騒いで声が漏れたら、また誰か来るかもしれないからな」

 デスッ!

 相変わらず、携帯の調子は戻らない。
 ミドリは、としあきの指示に従い実装石達を止めに戻っていく。

「まさか、いきなりこんな所で出会うとはなぁ。
 くそ、惜しかった!!」

 としあきは軽く舌打ちをして、しいかと共に明るい廊下の方へ出た。

「お兄ちゃん、なんだかみんなすごく慌ててるね、どうしたんだろ?」

「うーん、話せば長くなるんだけど……っと、それより」

 としあきは、時計を確認してみる。
 いつの間にか、午後4時になっている。
 残り時間、あときっかり二日……というより、小学校低学年の児童が一人で居ていい時間ではない。
 としあきは、しいかに「今日は家に帰りなさい」と伝え、途中まで見送りしていくことにした。

「えー、でもぅ……
 しーかがいなかったら、あの子達また、大人に虐められちゃうでしょ?」

「それは……」

 はっきりと否定は出来なかった。
 それでも、だからといってしいかをここに残していいわけではない。
 としあきは、あれだけの数の実装石達の追跡にも関わらず捕まえられない初期実装の子供が気にはなったが、それよりも今は
しいかの身の安全の方を優先させることにした。
 としあきは、喧噪にまみれるミドリに大声で呼びかけ待機させると、その間にしいかを送り届けることにした。
 夕方だし、周囲も少しずつ暗くなり始めている。
 こんな時刻に、わざわざ実装達を虐待しに来る者はいないだろうと考えたのだ。

 としあきは、やや渋り気味のしいかの手を引き、廃墟を出る。

「しいかちゃんは明日もここに来るの?」

「うん!」

 明日は日曜日なので、しいかは午後からあの廃墟に来るという。
 としあきは、明日また廃墟で逢う約束を交わし、しいかを自宅付近まで見送ってやった。
 彼女が家の門をくぐった所を確認すると、急いで廃墟に駆け戻る。
 幸い、そんな遠くはないので、ものの十数分で辿り着く事が出来た。


      ※      ※       ※


 3月13日、日曜日。
 この世界に来て、五日目になった。

 夕べ、眠る間際にある事を思いついたとしあきは、朝早く起きると、喫茶店や本屋を巡って実装石関連の情報を資料を集めた。
 この時代、テレビやラジオ以外の情報源は伝聞か紙媒体しかない。
 午前中をフルに使って改めてこの世界の事情を調べたとしあきは、今まで不明瞭だった物事のいくつかを正しく把握することが
出来た。

 虐待番長の言う通り、この世界は“人類に害を持ち込む”と信じられている実装石を虐待し、あるいは虐殺する事が世界規模で
提唱されているという、恐るべき世界だ。
 実装石は虐待されるためだけにこの世界に生を許されており、またその生態も8割以上が人間の監視下にある。
 一見野良に見える実装石達も、実際には養殖されている状態に過ぎず、それもまた虐待を行うためのものなのだ。
 資料やニュースを読めば読むほど、“人類に害を成す者”を人類が養殖しているという矛盾が拭えなくなるが、どの資料もその
問題はわざとらしいほどにスルーしている。
 それどころか、どうやったら実装石を効率よく痛めつけることが出来るか、的確に仕留めることが出来るかなど、ハウトゥ物が
占める割合がとても多い。

 更に読み進めていくと、どうやらこの世界では「虐めて甚振る事」と「殺す事」の境界が大変曖昧であることがわかる。
 要は、実装石に危害を加える側の裁量次第ということで、虐待行為の後に実装石が生きているか死んでしまうかはさほど重要で
はないようだ。

 同時に、この世界では公に認められた「実装虐待数」の大小が、そのまま社会的地位に関係してくるようになっている。
 虐待番長が言っていた、二億匹殺してのし上がったという「虐殺スケ番ミヂミヂのお蘭」も、その一人なのだと裏付けられた。
 もし、彼女が社会人だったなら相当な地位に居る事が予想され、今のままでも、高校を卒業すればたちまちエリートコース一直線
なのだろう。
 否、それどころか、今のままでも一生遊んで暮らせるかもしれない。
 同じような肩書きを持つ虐待番長と、どうしてこんなに格差があるのか疑問ではあったが、彼女だけでなく、実装石を星の数ほど
殺してのし上がった著名人は本当に多いようだ。
 としあきは、「殺した実装石の数なんかどうやって公式にカウントするんだ?」という疑問が最後まで拭えなかったが、とりあえず
今は現実をありのまま受け止めることにした。

 ただ、ハッキリと確信出来た重要な情報として、「飼い実装」の立場だけは特別だという事もわかった。

 この世界では、実装石はいくらでも殺して良いし、甚振って良いが、他人が所有している実装石に手を着ける事だけは絶対の
タブーとされており、重大犯罪行為として扱われている。
 これは、としあきの世界における「動物愛護法」や「器物破損罪」よりも遙かに厳しいもので、ともすれば一般人なら全財産を失い
路頭に迷うほどの額の罰金が課せられる。
 某国に至っては、これにより処刑された例もあるようだ。
 勿論、飼い実装の持ち主は自分の所有物をどのようにしようが構わないわけだが、他人がそれをやってはいけない。
 飼い主が他人に虐待を依頼するというケースでも、複雑な認証手続きが必要なほどで、なぜかはわからないが大変やっかい
のようだ。
 町中を行く飼い実装、そしてミドリが他の人達から一切何もされなかったのは、この罰則があったからなのだ。

 だがそれでも、平気で他人の実装石に手を着けようとする者が居た——蘭子。
 としあきは、改めて彼女の恐ろしさと冷酷さ、そして大胆さに恐怖した。


 もう一つ、としあきがどうしても知りたい情報があった。
 それは、「愛護派」と呼ばれる人達に対する罰則だ。
 愛護派——その言葉の通りなら、実装石を愛護し守ろうとする、虐待派とは対になる存在だ。
 以前、廃墟でとしあきをフルボッコにした連中は、彼を指して愛護派と蔑んだ。
 ということは、この世界では、しいかがやっている事は褒められる行為ではなく、むしろ反逆罪的に扱われるのではないかと思った
のだ。
 だが、残念ながら喫茶店に置かれた新聞や週刊誌、本屋の立ち読み程度では、そこまで詳しい情報は発見出来なかった。
 というよりも、虐待に関連する情報は過剰なほど閲覧可能なのに対し、その正反対の行為に対する情報は不自然なほど見受け
られないのだ。
 とりあえず、今のところ「愛護派だから云々」といった類の罰則に関する情報はない。
 図書館に行けばなんとかなるかとも考えたが、そろそろ待ち合わせの時間が近づいている。
 としあきは、途中でミドリ運搬用に使えるリュックサックを購入し、一旦アパートに戻ることにした。


 午後一時ちょっと前くらいに、としあきとミドリは無事廃墟に辿り着いた。
 今日も、例の駆除活動が行われる兆しは見られない。
 リュックサックのおかげで、ミドリは道中の“惨たらしい飼い実装の実態”を見ることはなく、そのせいか昨日よりはテンションが
高めだ。
 ミドリを下ろし、廃墟の入り口をくぐると、突然携帯が振動した。

“おいクソドレイ、今日こそ初期実装の仔を捕まえてここを脱出するデス”

「あれ? 直ってる?」

“デ? ワ、ワタシの言ってることがわかるデス?”

「うん、わかるよ。おっかしぃな、どうしたんだろう?」

“まあ、直ったならいいデス。それより、とっとと急ぎやがれデスクソドレイ!”

「クソドレイ言うな! このツルッパゲミドリハダカジッソー!!」

“デギャア!! フルネームで呼ぶなデスーッ!!”

 携帯は、いつものようにミドリの言葉を自動翻訳してくれる。
 どうやら、本当に何の問題もないようだ。
 昨日の不具合が何故起こったのか気にはなったが、これは元々、ありえない機能を発揮している不思議携帯なんだという事を
思い出す。
 昨日しいかと出会った部屋に行ってみるが、誰も居ない。
 としあきは、二階へ上ってみることにした。

 二階ホールに辿り着くと、嫌な記憶が蘇ってくる。
 奥の方には、例の部屋に通じる細い通路が見えた。
 出来ればそこへは立ち入りたくない、と思っていたが、ミドリがそこを指している。

“こっちから仲間の匂いがするデス”

「うええ、マジかよ」

“何渋ってるデス、とっとと行くデスクソドレイ!”

 ミドリは、一人でトコトコと通路を進んでいく。
 さすがに彼女一人で進ませるのは危険なので、としあきも渋々後を追う。
 突き当たりの部屋に辿り着くと、そこはドアが粉々に粉砕されたままになっていた。
 北側の小さな明り取りから差し込む光に照らされたその部屋は、あの時の惨状がそのままの形で残されている。
 だが、実装石の死体だけは残っていない。
 代わりに、生きている実装石達が静かに奥の方で並んでいた。

 そして、しいかも彼女達の前でしゃがみこんでいる。

「お兄ちゃん、こんにちは!」

「こんにちは、しいかちゃん」

 デッスゥ!

 薄暗い部屋の中、しいかは怖がることもなく、実装石達と戯れていたようだ。
 ヒラヒラのついた可愛らしいブラウスの袖が、既に薄汚れているようだが、本人は全く気にしていない。
 今日もエサを提供していたようで、ボーロのようなものを手に取り、実装石達に渡している。
 としあきは、携帯を取り出して、野良実装達に呼びかけた。
 尋ねるのは、当然、昨日の初期実装の子供の件だ。
 金平糖を提供したためか、としあきに対する警戒心を解き始めた野良実装達は、少しずつだが情報を提供してくれるようになった。

“あれ以来見てないデス”
“そもそも、そんな奴今まで見かけたことないデス”
“ワタシ達はみんな仲間デス、知らない仔が紛れたらすぐわかるデス”

「そっかあ、ありがと」

 予想通りの解答だった。
 なんとなくだが、あの仔実装はもうここからいなくなってしまったような気がしていたのだ。
 そもそもからして、相手は異世界への移動が可能という非常識な存在だ。
 今この瞬間、アラスカやパプワニューギニア、新発田市赤谷、大阪天満・鰻の天五に居てもなんら不思議ではない。
 どうやら、これ以上の有力な情報は得られそうにない、と諦めかけた頃、しいかが袖を引っ張ってきた。

「ねー、お話終わった?」

「ああ、ごめんね。うん終わったよ」

「じゃあみんなで、あっち行って遊ぼうよ!」

 しいかは、二階ホールで遊ぶことを提案する。
 としあきはしばし考えたが、実装石達の逃げ場があるなら大丈夫だろうと考え、その話に乗った。
 野良実装やミドリも喜び、全員揃って行進するように、ホールへと歩き出した。


      ※      ※       ※


 ミシッ

 テ、テェェェ…?!


「ここか? あの男が入っていったってのは」

「へい、そうです。
 大虐建設の豚爺が管理してる、虐待用の特殊施設です」

「そうか——よし弁護士、あの豚と話をつけろ。
 日直、お前はあいつらを呼びな。
 百合は、発煙筒をありったけ集めるんだ」

「蘭子様、まさか——」

「気にするな。
 あの豚さえ黙らせとけばいいだけの話だ」

「わかりました。それでは早速。
 ところで蘭子様、例の男はどうします?」

 テチ、テヂ……テ、ヂ、ヂィィィ……!!

 メリ……メリ、メキメキ

「どうせ愛護派だ、構うことはない。
 そこらに埋めておきゃバレはしないさ。
 だが、昨日のアレだけは絶対殺すな、見つけたら生け捕りにしろ」 

「へい!」

「久々にバラすぞ、ぬかるな」

「蘭子様、了解しました」

 ミヂミヂ……ポキ、ポキ、ボキッ

 テヂャ……ヂッ!!

 ブヂュッ!

 手の中に握られていた仔実装が、まるで熟しすぎた果実のようにあっけなく潰される。
 目や鼻、口から大量の粘液、汚物を撒き散らし、女子高生の手を汚していく。
 それはまるで、仔実装の精一杯の反抗のように思えるほど、べっとりと付着する。

 仔実装を握り潰した女子高生は、自分の隣に座っている全裸の女性に向かって、汚れた手を差し出した。

「綺麗にしな」

「はい——蘭子様」

 命じられた女は、愛しそうに女子高生の手を舐め上げる。
 付着した肉片、体液、汚物も構わず吸い取り、舌を伸ばして隅々まで清めていく。
 だが女子高生は、そんな女の無様な姿に目もくれない。

 四人の女子高生を乗せたデボネアが、ゆっくりと走り出す。

 そして、それを遠目に眺めていた長ランの男は、フッと鼻で笑うと林の中へ入っていった。


      ※      ※       ※


 気がつくと、時計は午後五時を示していた。
 ついに、としあきの滞在可能時間が24時間を割った。
 しいかやミドリ、野良実装達と戯れる時間は思ったよりも楽しく、としあきにとって良いストレスの発散になった。
 同時に、こんな連中を虐待する者達に対する怒りも、ふつふつと湧き上がってくる。
 そろそろ帰ろう、という話をし始めた頃、野良実装達が、しいかととしあきに悲しそうな視線を向けてきた。

“もう行っちゃうデス?”

“とっても楽しかったテチ。明日も遊びに来てくれるテチ?”

「あ、いや明日は——」

 としあきは、言葉に詰まった。
 またここに来るのは、時間的に難しい。
 明日のこの時間には、としあきはもうこの世界にいない——否、そうなっていなくてはならない。
 それがあるからこそ、としあきは今日、徹底的にしいかや野良実装達と遊んだのだ。
 額にうっすら汗を掻くほど戯れ、軽く息も上がるほど遊びに熱中したのは久々だったが、これはもう二度と楽しめないものだ
という実感もある。
 としあきは、遠回しに自分はもう来れない事を伝えた。

「お兄ちゃん、どっか行っちゃうの?」

「うーんと、その……実は引越ししちゃうんだ」

「ええー、そうなの?
 じゃあ、もうしいか達と遊べないんだ……つまんなーい」

「うう、ごめん」

“後ろ髪引かれる思いってのは、こういう事デスー”

 かつては命を狙われるほど憎まれた相手ではあったが、一度「虐げられる者」の立場に理解を示すと、野良実装達は思いの他
心を開いてくれる。
 こんなに気持ちの良い連中を無差別に痛めつけ、殺すなんて、やはりありえないことだ。
 としあきは、この世界にいるうちに何かしてやれないものかと必死で考えたが、何も良いアイデアは出てこなかった。
 世界規模で概念が捻じ曲がっている世界では、一個人の想いなど小さなもの。
 そんな無常感を、としあきは改めて感じ取っていた。

 しいかを連れて階段を降りようとした時、突然、ミドリがデスデス叫び始める。
 と同時に、階下から白い煙が立ち込め始めた。
 
「か、火事?! なんで?!」

「キャーッ!!」

 デェ、デスデス、デスーッ!

 白煙は、あっという間にとしあき達の視界を奪う。
 すぐ傍にある筈の階段の位置すらわからない。
 どこかで、何かが割れる音がする。
 煙は二階ホール全体を覆い尽くしたようで、奥からは野良実装達の悲鳴も聞こえてくる。

「逃げろ! お前達も早く!」

「お兄ちゃん! どうしよう、ふぇぇぇえん!!」

 としあきは、玄関のあるだろう方向に向かって煙の中に突入しようとした。

 デスーッ!!

 耳元に、リュックの中のミドリの声が突き刺さる。
 あらゆる抗議を無視して、としあきは強行突破を敢行する。
 幸いにも、大した距離を移動せずとしあき達は玄関へ辿り着くことが出来た。
 だが——

 デギャァァ!!

 デ、デ、デ、デジャァァァ——ッッ!!

 グシャッ、バキッ、メキッ!

 ドカッ、グシャッ!!

 ザクッ、ザシュッ!

「オラオラオラ——っ!! 糞蟲共、死にやがれぇぇっ!!」

「ぎゃーっはっはっはっ!!」


 玄関のすぐ傍から、実装石達の泣き声、悲鳴、断末魔と、それに混じり耳障りな打撃音、切断音が聞こえてきた。
 更に、男だか女だかよくわからない、異様に興奮した大勢のわめき声。
 それは、玄関口のすぐ前で、殺戮劇が起こっている何よりの証拠だった。

「おぅい、あの男はまだ出てこねぇか?」

「出て来たらぶっ殺せ! 蘭子様のご命令だからなーっ!!」

「おーっ!!」

 
 咄嗟にしいかの口を手で塞く。
 外にいる者達は、虐殺スケ番の部下のようだ。
 ミドリも気付いたらしく、リュックがブルブル震えている。
 逃げ道が、ない。

(くそ、なんなんだあいつら!
 まさか俺や実装石を炙り出すためだけに火を着けたのか?!)

 ケホン、ケホン!!

 と、その時しいかが激しく咳き込み始めた。
 やがて、ミドリもとしあきも呼吸が苦しくなる。

「お、お兄ちゃ……ん」

「ぐ…」


「おい、今中で声しなかったか?」

「野郎、引っ張り出してやる!」

 咳き込む声を聞きつけた何人かの連中が、外で更に活気付く。
 意を決したとしあきは、ミドリを抱えたまま立ち上がる。
 女子高生達が飛び込んだその瞬間、としあきはミドリを抱え上げ、尻を前方に向けた。
 その構えは、まるでミドリをバズーカ砲に見立てているようだ。
 同時に、ミドリがパンツを下ろし、総排泄孔を露出させる。
 ミリミリミリ……と音がして、力が充填していく。

「今だ、ぶちまけろミドリっ!!」

 デシャア———ッッ!!

 ズドォォォン!! ズドオォォォン!! ズドオォォン!!

 ミドリの尻から、三つの「弾」が撃ち出される。
 それは、飛び込んできた三人の女子高生の顔面に見事に命中した。
 夕べの鮭の脂をたっぷりと含んだ濃緑色の糞は、凄まじい粘度を発揮して彼女達の顔にまとわりつく。
 片手でしいかを抱えたとしあきの猛突進を受け、女子高生達は押し倒された。

「グバッ?!」 「ぐぎゃっ!!」 「ぎゃひぃ?!」

 ドサッ!! ベチャアッ!!

「キャアーッ!!」

「しいかちゃん、ミドリ、行くぞ!」

 デスデスーッ!!

 倒れた三人を踏みつけ、持っていた釘付きバットを拾うと、としあきは玄関へ再び突入した。
 玄関の周りでは、十数人の武装した女子高生達がたむろしている。
 としあきは、大声を張り上げながらバットを振り回し、彼女達の中に突入していく。
 だが、彼女達は怯むことなく背後を取って襲い掛かろうとする。

「こんガキャー!!」

 デプププ♪ デリャッ!

 ドシュッ!

「ぐべっ?! ぎゃあああぁぁぁっ!!」

 リュックの上にがっしりしがみついていたミドリが、後方から来た女子高生の顔面に糞弾を命中させる。
 弾はまだまだ尽きないようで、二発、三発と発射されていく。
 それらは見事に百発百中で、いずれも追っ手の顔面を的確に捕らえていく。
 濛々と煙を上げる廃墟を背に、としあきはやっと林の中に突入した。

 だが……

「そこまでにしな」

 前方に、何者かが立ち塞がる。
 それは、虐殺スケ番ミヂミヂのお蘭。
 なぜか、脇に全裸の女性を引き連れ、腕組みをしながら堂々と佇んでいる。
 思わず身震いするような、鋭い眼光がとしあきを射抜く。

「よくもやってくれたね。
 愛護派の分際で私に楯突こうってその根性は褒めてやるよ。
 だがね——もうあんた、生きてここを出られないぜ」

「ミドリ!」

 デシャッ!

 としあきの肩に上り、ミドリは糞弾を発射する。
 だが、それは蘭子には届かなかった。

 ベチャッ!!

「ふふん」

「ぐえ?!」

 デエ? ……デデェッ?!


 蘭子に向けて放たれた糞弾は、彼女が頭を掴み上げ、前方にかざした全裸の女性に命中した。
 顔面に糞弾を受け止めた女性は、呻き声一つ立てず、じっとしている。
 やがて……くちゃ、べちゃっ……と音を立て、顔にへばりついた糞を食べ始めた。

「ぐぇ……?!」

「きゃあぁぁぁっ!」

 デギャアァァ!!

「こいつはね、あんたと同じく私に飼い実装を差し出さなかった奴さ。
 実装石を猫可愛がりする愛護派でねぇ……
 だから、実装石のだったら死体でも糞でもなんでも食っちまうように調教したのさ」

「な、なんだって?」

「最後にゃあ、自分の飼い実装の死体まで食っちまったよ。
 腐って蛆が湧いてるくらいの奴をねぇ。
 もっとも、私が握り潰してやったんだけどさ」

 蘭子は、とても愉快そうに微笑む。
 なまじ美人なため、それがかえって恐ろしさを引き立たせている。
 見れば、全裸の女性の目は既に正常ではない。
 としあきは、ミドリとしいかを下ろし、釘打ちバットを構えた。

「へえ、あんたに私が殺れるのかい?
 面白い、やってごらん」

「ぐぐ…!」

 蘭子は、全く臆することなく、それどころか威嚇するような鋭い眼差しを向け、近づいてくる。
 バットを構えたまま硬直するとしあきに接近すると、そっとバットに手を伸ばす。
 その瞬間、信じられないことが起きた。

 蘭子は、バットの柄より少し上の部分を掴み、そのままとしあきをなぎ倒した。
 虚を突かれたとはいえ、女とは思えない凄まじいパワーだった。

「うわぁっ!」

 どさっ!

「お兄ちゃん!」

 釘打ちバットはあっさり蘭子に奪われてしまった。
 蘭子は、釘が打たれていない少し太い部分を掴み直すと、気合を込める。


 メキ、メキメキメキメキッ!!  ボキッ!


 釘打ちバットは真っ二つに折られ……否、握り潰された。
 断面から、尖った破片が露出する。
 あまりに信じられない光景に、としあき達は言葉すら失ってしまった。

「な……?!」

「私はね、小さい時から素手で実装石を握り潰すのが大好きだったんだよ。
 おかげて、今は実装石だけじゃなくて、犬の頭でも握り潰せるようになったのさ。
 ——ミヂミヂのお蘭って名前は、伊達じゃないんだよ」

「ひ、ひぇぇぇぇぇ!!」

 蘭子は、折れたバットの尖った部分をかざしながら、なおもとしあきに迫る。

「形勢逆転だね。
 実装石を甚振るのも好きだけど、愛護派を潰すのも好きなのさ。
 あんたは面白いねえ。
 殺してやるつもりだったけど気が変わった、顔と喉を潰して、一生地下室で飼ってやるよ。
 実装石の糞や死体をエサにねぇ」

「ちっくしょ…!」

「ふふ、愛護派の分際で、虐待派に勝てるなんて思ったあんたの間違いさ」

 蘭子が、バットを前方にかざしながらとしあきを追い詰める。
 ミドリもしいかも、恐怖のあまりその場から動くことすら出来ない。
 再び追い詰められたとしあきには、もう何も反撃の手段が残されていない。

「さあ、潰してあげるよ」

 蘭子が、バットを軽々と振り上げる。
 その表情はとても嬉しそうだが、果てしない狂気の色が宿っている。

 としあきは、ギリギリの瞬間まで状況打開のアイデアを考慮したが、さすがにもう何も出てこなかった。

「う、うわあぁぁぁぁ!!」



 ——その時、どこからともなく、一陣の風が吹き込んだ。

 轟々と響く風の音に混じりながら、口笛が響いてくる。
 蘭子の背後からやってくる、激しいまでに高まったオーラ。
 それは、まるで炎のように周囲の大気を加熱させていく。

 ザシャアッ!

 使い古されたバスケットシューズが、地面を噛む。
 学帽の向こうから、何もかも射抜くような鋭い眼光が放たれた。

「フッ、待たせたな」

「番長——虐待番長!! 来てくれたのか!」

「虐待番長……禿裸の玄!」 
 
 火花を散らすような、睨み合いが始まる。
 大地は裂け、大気は脈動し、木々が揺れ悲鳴を上げる。……ような気すらするほど、二人の間の緊張感は瞬時に高まる。
 番長は、折れたバットの先端を軽々と踏み潰すと、蘭子ととしあきの間に割り行った。

「フッ、おめぇにしちゃあよくやったぜとしあき。
 さすが、俺が見込んだだけのことはあるぜ」

「番長…」

「この女は俺に任せな。
 いつか決着をつけなきゃあならなかった相手だ。
 フッ……」

 長ランのポケットからごつごつした両手を出し、何やら怪しげな構えを取る。
 それを見た蘭子は、手にしていたバットを更に握り潰し、地面に叩き付けた。

「調子に乗りやがって。
 お前みたいな馬の骨が、私に勝てるとでも思ってるのかい?」

「フッ、おめぇこそ、禿裸の玄を舐めるんじゃねぇぜ」

 両者の緊張感はピークに達し、今にも激突が始まる気配が漂う。
 だが、としあき達の予想に反して、二人はまるで示し合わせたかのように、林の奥へと走り去っていった。

 ザザザザザザサ……!!

「んな?!」

“デ、デェェ?! 何デス?”

「お兄ちゃん、あの人達、何してるの?」

「さ、さあ……」

 としあきとしいかは、逃げるのも忘れ、二人の後を追った。
 その場に全裸の女性が取り残される形となったが、その後、彼女の姿を見た者は居ない。


      ※      ※       ※


 そこは、野良実装達が住む廃墟。
 大勢の武装女子高生に取り囲まれるように、虐待番長と蘭子が激しく睨み合っていた。

「今日こそ、あんたの××○△を粉々に握り潰してやるよ!」

「フッ、いきがるんじゃねぇ、ドサンピン!」

「なんだと?」

「フッ、おめぇの方こそ、禿裸にされないように気をつけるんだな」

「くっ!」

 蘭子は、両手を振り上げ、まるで魔女の真似でもするかのようなポーズを取る。
 すると、彼女を中心に竜巻のようなものが発生した。
 周りから、風に巻き込まれて実装石達の泣き声が聞こえる。

「私の虐待技で、ぶっ飛びな!」

 蘭子が右手を前方にかざすと、竜巻は一陣の突風に変化し、巻き込まれた実装石達が弾丸のように飛翔していく。

 デギャアァァァァァァァ!!
 デジャァァァァッ!!
 テチャァァァァァン!!

 だが実装石の弾丸は、すべて番長の身体をすり抜け、地面に落下する。

 チベッ!!

 二人の戦いを見守っていた女子高生達は、実装石が番長をすり抜けた瞬間、一匹残らず禿裸にされたのを見て、背筋を凍り
つかせた。

「さ、さすがは禿裸の玄…!!」

「1秒間に50匹の実装石を禿裸にする、究極の虐待師——伝説じゃなかったの!」

「フッ、違うな。——1秒間に、100匹だ」

 余裕の態度でギャラリーに訂正すると、番長は禿裸を掴み上げ、蘭子に投げつけた。

 デギャアァァァァ?!?!

 球? 速180キロものスピードで、蘭子に向かって飛んでいく禿裸。
 だが蘭子は、それを難なく片手でキャッチし、そのままブヂュリと頭から潰してしまった。

 ヂ……

「この程度かい?
 大したことないねぇ」

「フッ、それはこっちのセリフだぜ」

「調子に乗るのもそこまでだよ!」

「出るぞ!! 蘭子様の必殺技だ!」

 誰かが、わざわざ説明を加えてくれる。
 蘭子は、部下達が捕まえてきた実装石を超握力で次々に押し潰すと、それを巨大なダンゴ状に固め始めた。

 デ・ギ・ィィィ……

 ギ、ギャ……

 デジャ……パキン

 たっぷり十分以上時間をかけ、額に汗を流しながら、蘭子は直径2メートルはあるだろう巨大実装肉弾を作り出した。
 この間、微動だにせず立ち尽くしていた番長は、それを見てフッ、と鼻で笑った。

「ハァ、ハァ、ハァ……ど、どうだ、これなら禿裸にしようがないだろう!
 禿裸の玄! お前の負けだよ!」

 巨大肉弾を片手で持ち上げながら、蘭子が啖呵を切る。
 持ち上げた腕がプルプル震えているのが、はたからでも見て取れる。
 そして番長は、それを見て不敵に笑った。

「おめぇじゃ俺の足元にもおよばねぇ。
 凡人は、所詮天才には敵わねぇんだよ、フッ」

「貴様……そのへらず口を、一生叩けなくしてやるよっ!!」

「フッ、おめぇのその技、指一本使わねぇで破ってやるぜぇ」

「で、出来るものなら、やってみろおぉぉぉっ!!」

 蘭子が、巨大肉弾を持った手を振りかぶる。
 周囲から、悲鳴に似た叫びが聞こえる。
 だが、番長は避けようとするどころか、益々前に歩み出る。
 相変わらず、その表情は余裕そのものだ。

 ふっ、と微笑み、番長は、右手の人差し指を前方にかざした。



「おい、ブラ見えてるぞ」

「えっ、マジで?」


 ——ドシャン!!



 勝負は、着いた。
 蘭子は、巨大実装肉弾の下敷きになって悶絶した。

「ら、ら、蘭子様ぁぁぁぁっ!!」

「ひえぇぇぇぇっ! だ、誰か救急車をーっ!!」

 予想外の展開に、蘭子の部下達はうろたえ、物陰から見ていたとしあきとミドリはあんぐりと顎を落とした。
 ただ、しいかだけが展開を呑み込めず、小首を傾げている。
 しばらくすると、女子高生達の悲鳴が聞こえてきた。
 蘭子に群がる者達の中を突っ切るように、番長が歩き始めたのだ。
 次々に宙を舞い、禿裸にされて地面に落下する女子高生達。
 何十人も居た部下達は、一人残らず頭髪と衣服を失い、昏倒した。

「なんだかすげぇけど、あれって要するに、めっちゃくちゃ手が早い猥褻行為だよ、なあ」

 としあきは、呆れたため息を吐くと、しいかの方を向いた。
 
「しいかちゃん、おうちに帰ろうな。送っていくから」

「ねえお兄ちゃん、あの人達、どうしちゃったの?」

「生涯知らなくていいからねぇ」


      ※      ※       ※


 すっかり夜の帳が下り、街灯に明かりが灯る。
 としあきとしいかは、住宅街に向かって夜道をとぼとぼと歩いていた。

「ねえ、これ見て♪」

 不意に、しいかが服のポケットから、あるものを取り出した。

 テチューン♪

「おっ、仔実装?」

「うん、さっきね、しーかの所に逃げて来た子なの。
 危なかったから、しーかが守ってあげてたの!」

「そっかあ」

 残念ながら、その仔実装の頭巾には例の模様はない。
 しいかは、これを飼い実装にしたいという。

「しーかね、この子を虐めたりしないの。
 ちゃんとおっきくなるまで可愛がって、お友達になるの!
 いいよね、仲良くしてもいいんだよね?」

 すがるように尋ねてくるしいかに、としあきは笑顔で応える。
 彼女の頭を撫でながら、としあきは静かに呟いた。

「そうだよ。実装石だって生き物なんだから。
 本当は大事にしてあげなきゃいけないんだ。
 他の皆は実装石を虐めても、しいかちゃんはそれを真似しちゃダメだ」

「うん、わかったよ♪」

 としあき達は、やがてしいかの自宅に辿り着いた。
 チャイムを押すと、心配そうな顔をした両親が出てくる。
 としあきは、軽く会釈をすると、番長とか蘭子とか、まずい部分を取り除いて事情を説明した。

「まあ、そうでしたか。わざわざありがとうございます」

「うちの娘がご迷惑をおかけしました。
 ほらしいか、お礼を言いなさい」

「うん、お兄ちゃん遊んでくれてありがとー!!」

「いえ、とんでもありません」

 デスー♪

 としあきの肩越しに、ミドリが顔を覗かせる。
 その途端、しいかの両親の顔つきが変わった。

「実装石…?」

「あ、そーだねぇママ、パパ♪
 しーかね、お兄ちゃんみたいに実装石を飼いたいの!
 それでね、それでね、仲良くなってお友達になるのーっ☆」

 そう言いながら、ポケットの中にいる仔実装を取り出してみせる。
 仔実装は、満面の笑顔で両親に頭を下げるが、彼らはとても複雑な表情だ。
 しばらくぼそぼそと小声で話した後、父親がしいかに話しかけた。

「いいかい、しいか。
 実装石はね、人間にとって悪い生き物なんだよ?
 だから、仲良くなんかしちゃいけないんだ。
 逆に、見つけたら退治しなくちゃいけないんだよ」

「えー、でもぉ、この仔は……」

「しいかちゃん、言う事を聞きなさい。
 それに、まだ実装石を飼うのは早いわ。
 ママが、いつか虐待の方法をきちんと教えてあげるから、それからにしなさい」

「ええー……そんなぁ」

「言う事を聞かない子は、おうちに入れてあげませんよ?」

「…」

「あ、あのちょっと……」

 思わず耳を疑うような発言に、しばし呆気に取られていたとしあきは、しいかをフォローしようと身を乗り出す。
 しいかは、両手の中に抱えた仔実装を悲しそうな目で見つめ、微かに呻いていた。

「さあ、ポイしちゃいなさい」

「あの、ちょっと、お母さん」

「はぁいママ。——おチビちゃん、ごめんね」

 テチィ?

 しいかは、手の中の仔実装を片手で掴み上げると、ググッと力を込めた。
 驚いた仔実装の顔が、瞬時に紫色に染まる。
 目が飛び出し、舌が伸び、苦しげな呻き声が上がる。

 テ……ヂ、ィッ?!

「え?! ちょ……」

「バイバイ」


 ぶちっ

 ヂッ!!


 しいかは、もう一方の手で仔実装を首を掴むと、そのまま躊躇うことなく引き千切った。
 胴体と首の断面から、血や内臓が吹き出す。
 白いブラウスが、仔実装の血で汚れていくが、しいかは全く気にしていないようだ。
 呆然とするとしあきとミドリをよそに、しいかの両親はパチパチと手を叩いている。

「よくやったね虐苛(しいか)。見事だったぞ」

「さあ、早くおうちに入りましょうね虐苛ちゃん、お洋服も洗濯しないとね」

「うん! じゃーね、お兄ちゃん、バイバーイ!」

「……ば、ばいばい……」

 デ、デス……


 虐苛とその両親は、無残に引き千切られた仔実装の死体もそのままに、家の中に戻っていった。
 ついさっきまで、飼い実装になれるという最高の喜びに満たされていた仔実装の笑顔は、苦悶の表情に変わり、凍り付いていた。

「——なぁミドリ」

“なん…デス?”

「俺、帰ったら、次の世界に移動するまで、寝てていい?」

“ワタシもそうするデス……”


 としあき達は、これ以上この世界に滞在するのが、心底嫌になった。


      ※      ※       ※


 3月14日月曜日、滞在最終日の正午。

 昼飯と、今後のための食料を買い込むために街に出たとしあきは、70年代の景色を目に焼き付けていこうと、特に用事のない所
にまで足を伸ばしていた。
 道中、哀れな飼い実装とその飼い主の姿を何度か見かけたが、もうさずかに慣れてしまった。
 大安売りをしているスーパーを見つけ、中に入ろうとした途端、奥手のアーケード街から、何やら怪しげな集団がやって来た。
 推定数十人、全て丸坊主! の……セーラー服姿。
 それは、蘭子の部下の女子高生達だった。
 だが、虐待番長が彼女達を先導している。
 としあきの姿を見つけると、番長は親しげに声をかけてきた。

「フッ、調子はどうだ?」

「番長、昨日は(一応)ありがとう。
 おかげで助かったよ」

「フッ、そうか。
 それでおめぇ、俺に対して何か忘れちゃいねぇか?」

「へ?」

「俺はおめぇを何度も助けたが、一度も礼をされてねぇんだ」

「あ、そうか、そうだったごめんごめん。
 どうすればいいかな」

 頭をボリボリ掻きながらヘラヘラしていると、突然、番長の背後にいる女子高生達が凄んで来た。

「てめぇ! 番長に向かって何なれなれしくしてんだよ!!」

「何様のつもりだ?!」

「へ? え?」

 予想外の展開に驚愕しているとしあきに、番長はいつものように鼻で笑う。

「フッ、こいつらはみんな俺の傘下に入ったのよ。
 お蘭は行方不明、あいつの組織は実質壊滅——そうしたら、跡を継ぐのは俺しかいねぇからな」

「あ、ああそう……ですかい」

「フッ、としあき。
 じゃあ、出すもん出してもらおうか」

 そう言うと、番長はとしあきのズボンから強引に財布を奪い取った。
 問答無用で中から札を抜き取り、叩き付けるように返す。

「な、何するんだよ! 返せ!!」

「フッ、見てたんだぜ。
 これは元々、お蘭の金だろう。
 あいつの資産は今や全部俺のだ。
 だから……おめぇにくれてやったつもりのねぇ金は返してもらうぜ」

「な、なんだよそれ!! めちゃくちゃじゃないか!」

 抗うとしあきに、再び女子高生……否、いまや番長の部下、と呼んだ方が相応しい女達が吼える。
 大勢の禿頭の女達、そして異様に迫力のある大男に睨まれ、さらにその様子を窺う野次馬達に取り囲まれ、としあきはにっちも
さっちもいかなくなってしまった。

「フッ、本来なら追加料金でも取りてぇところだが、ろくに金もなさそうだしな、特別にこれだけで許してやるぜ」

 突然人が変わったような態度に、としあきは疑問が拭えない。
 そんな彼の考えを見越したのか、番長は、病院で話し込んだ時のような親しげな口調で語り出す。

「これが“上げ落とし”っていうもんだ。
 いつか、おめぇが実装石を虐待したくなった時のために、しっかり覚えておくんだぜ。
 フッ」

「上げ落とし?! 実装石?」

「フッ、忘れてねぇか?
 俺は 虐 待 番長……虐待を極めた男だって、説明した筈だぜ?
 もうおめぇに用はねぇ——とっとと消え失せな」

「ひ、ひでぇ……」

 財布の中身は、再び100円玉一枚だけになってしまった。
 食料の買い込みはおろか、今日の昼飯すら買えなくなったとしあきは、長ランで風を切って歩き去る虐待番長と、その後を金魚
の糞のように追っていく女達の姿を、ただ呆然と見つめるしかなかった。

 寒い、あまりにも寒い風が吹き付ける。

「かえせ……俺の金、かえせ……なんなんだよ、この世界わぁ!!」

 としあきの悲しい叫びが、商店街に響き渡る。

 この後、彼は腹を空かせまくったミドリと大喧嘩をくり広げることになるが、今はただ、無常の風に身を晒すのみであった。


 
→ To Be Continue NEXT WORLD


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次回 【 人化実装の世界 】

 

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