タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!第2話02
ファイル:「虐待正義の世界編」02短縮版.txt
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初投稿日時:2009/10/15-22:52:36修正日時:2009/10/15-22:52:36
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 謎の緑色怪人に因縁をつけられ、別世界に飛ばされてしまったという子供を捜すことを強要された弐羽としあきは、アパートの
自室ごと世界を移動する旅をするハメになった。
 彼が巡る世界には、「実装石」と呼ばれる人型の不思議生物が存在する。
 としあきは、五日間しかその世界に留まれない。
 それを過ぎてしまうと、永遠に元の世界に戻れなくなってしまうのだ。
 
 あらたにやって来たのは、「人間が実装石を虐待・虐殺する世界」。
 廃墟の中で負傷し、野良実装の大群に食われかけたとしあきは、虐待番長を名乗る男に命を救われたのだが——
 



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  じゃに☆じそ! 第2話 ACT-2 【 虐待番長の資格 】

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 どれくらい眠っていたのだろう?
 としあきは、病院の一室で目覚めた。
 いつのまにか、入院していたらしい。
 痛む身体を動かして時計を確認すると、午後6時を指している。
 一瞬、大して眠っていたわけではないのだな、と思ったが、廃墟の中での出来事を思い出し、そんなことはありえないと気付く。

「ま、まさか……あれから一日以上寝てたのか、俺?!」

 慌てて枕元に置かれた荷物を確認し、携帯を取り出す。

 3月11日金曜日。

 としあきがこの世界に来てから、二日が経過していた——つまり今は、三日目が始まって約二時間。

「ミドリ!」

 無理やり起き上がろうとするが、身体の節々が痛んでどうしても立ち上がれない。
 思った以上に怪我は酷かったらしく、全身いたるところに包帯が巻かれている。
 顔も妙に強張ると思ったら、絆創膏やガーゼがそこら中に貼り付けられていた。
 骨折しているのか、身体の芯を駆け巡るような激痛すら伴う。
 右往左往していると、看護婦がやって来て、慌ててとしあきを止めた。

「ダメです、まだ動いてはいけません!」

「で、ですが、家に……帰らないと」

「それでもいけません!
 貴方、全身打撲や骨折で、全治一ヶ月の大怪我をしているんですよ!」

「いっ……!! じ、冗談じゃない!!」

「冗談ではありませんよ。
 鎮痛剤もそろそろ切れる頃ですから、ヘタに動くと大変ですよ」

 時代がかったナース服をまとった看護婦は、そういってとしあきを抑えると、再びベッドに導いた。
 だが、それで落ち着きを取り戻す筈がない。
 一ヶ月もここに入院させられたら、二度とこの世界から出られなくなってしまうのだ。
 なんとしても、部屋に戻らなければならない。
 そう思っていると、ふと、ある疑問が浮かぶ。

「あのすみません、誰が僕をここへ?」

 としあきの問いに、看護婦は温かい笑顔で答える。
 随分年上に思える女性だが、その何気ない仕草から、意外に若いのかも、と一瞬考える。

「虐待番長さんですよ」

「ぎゃ……?!」

「実装石に殺されそうになっている所を助けたそうです。
 良かったですね、あんな素晴らしい方に救っていただけるなんて♪」

「は、はあ?」

「ああ、治療費と入院代はお気になさらないでくださいね。
 実装虐待法で、今回は無料になっていますから」

「え?! へ?!」

「だから、慌てないでゆっくりと療養していってくださいね♪」

 そういうと、看護婦は鎮痛剤を与え、退室した。
 実装虐待法……この世界に来て、初めて耳にする単語だ。
 入院費がタダで済むのは本当にありがたいが、なぜそうなるのか理屈がまったくわからなかった。
 しばらくすると、また別な者が病室に入り込んでくる。
 黒一色の長ランを背負い、目深にボロボロの学帽を被った、目つきの鋭い大男……
 それが、あの時自分を助けた「虐待番長」であると、としあきはすぐに察した。

「あ、あんたは?」

「フッ、思ったより元気そうじゃねえか。
 今にも死にそうなツラしていたから、心配したぜぇ」

 そういうと、番長は片手に下げた菓子箱をテーブルに置いた。
 「フタバ洋菓子店」を印刷された箱からは、甘いカスタードの匂いが漂ってくる。
 としあきは、彼のバンカラ硬派ビシバシの外観とのギャップに、不可思議な感覚を覚えた。

「助けてくれてありがとう、なんてお礼を言ったらいいのか」

「フッ、気にするんじゃねぇ。
 人として当たり前のことをしただけよ。
 それよりおめぇ、なんであんな所にいたんでぇ?」

「そ、それは……」

 としあきは、ありのまま話すべきか、それとも実装石をかばおうとした事を隠すべきか、戸惑った。
 だが番長は、鋭い視線でとしあきを睨むと、再び「ふっ」と鼻で笑った。

「フッ、だいたいの検討は付くがな。
 おめぇ——実装を守ろうとしたのか?」

「んな?!」

「フッ、あの時、おめぇの胸ポケットに実装の血が滲んでた。
 中には肉片だ。
 どうやら、そこに仔実装を隠してたみてぇだな」

「……」

 見事に看破され、としあきは押し黙ってしまった。
 だが番長は、そんなとしあきの肩を、ポンと叩いた。
 全身に、激痛が走る。

「フッ、やさ男の癖に、身体張るじゃねぇか。
 気に入ったぜ」

「は?」

「フッ。
 今のご時勢、実装を守り切ろうとする気概のある男は、すっかりいなくなっちまった。
 俺は嬉しいぜ、おめぇみてぇな気骨ある野郎と会えたことがよぉ」

「は、はぁ?」

 どうやら、としあきは番長に咎められることも、殴られることもないようだ。
 虐待番長などという名を名乗りながら、あの時の連中とは全く態度が違う事に驚かされる。
 見た目の荒っぽさ、無骨さ、無駄に溢れる男っぽさに圧倒されながらも、としあきは虐待番長に少し関心を抱き始めていた。

 二人は、しばらくしてシュークリームを頬張りながら、色々と語り合い始めた。
 バニラビーンズの香りが嬉しいカスタードクリーム一杯のシュークリームは、怪我した口内にとても染みたが、涙が出るほど
美味い。
 としあきは、先ほど看護婦が囁いた「実装虐待法」について、尋ねてみることにした。
 意外にも、番長はとしあきの質問に対して、素直にかつ解りやすく説明してくれる。

 この世界には、「実装石及びその亜種の屠殺・処分の権利と義務に基く虐待行為容認推奨法案」というものが存在していると
いう。
 略して「実装虐待法」。
 これは、“実装石”と称されるすべての生物に対し、人間はいついかなる時でも虐待を加え、或いは殺害する権利を持っている
というものだ。
 しかも、実装石を殺害する力または手段を持ってさえいれば、年齢・性別は一切不問である。
 とにかく、実装石を見かけたら即殺して良いということなのだ。

「どうして、そんなとんでもない法があるんですか?」

「フッ、そりゃあおめぇ、実装石は害獣だからよ」

「害獣って……あんなに賢くて人間と意志の疎通も出来る生物を、どうしてそんな」

「フッ、それ以上は口にしない方がいいな。
 誰かに聞かれて密告でもされたら、大変なことになるぜぇ」

「密告?」

「フッ、実装石を擁護したり、虐待を否定したりすれば、酷い目に遭わされる。
 それが、この世界の決まりってもんだぜぇ」

「なん…だと?」

 虐待番長は、更に説明を続ける。

 実装石は、確かに知能が高く生態系としては特殊な部類に入り、本来であれば大変重要・貴重な生命体だ。
 しかし、ある危険性が指摘されて以降、その扱いは一転してしまった。
 実装石の体内で生成される糞、粘液、体液は、外気に触れることにより急激に変質し、無数の雑菌を急激繁殖させる温床と
なってしまう。
 もし実装石自身が、コレラ菌・チフス菌など毒性の強い危険な菌を内包していた場合、その排泄物から一気に感染が広まって
しまう可能性がある。
 また、実装石自身はこれら人間に致命的なばい菌に対する高い抵抗力があるため、生きているうちに保菌の有無を確認する
ことは難しい。
 また繁殖力の高さも手伝い、病原菌の温床元はどんどん増殖していくことになる。
 これでは、保健所がどんなにフル活動しても、駆除が追いつく筈もない。
 これを踏まえ、特別に一般の人間でも実装石を屠殺・処分する事が認められるようになり、更にその法案が長い時間をかけて
変化したのが、現在の「実装虐待法」なのだ。

「でもそれって、実装石を即処分しなきゃ意味ないんでしょ?
 じわじわと甚振って漏らしたりさせてたら、かえって危険なんじゃ」

「フッ、いいところに気付いたな」

「は?」

「まったくもってその通り。
 実装石が危険な菌を保有していたとしたら、それは実装石とは関係ない別な所に原因があるってことよ。
 つまり実装石は被害を拡大はさせるが、被害そのものを生み出してるわけじゃねぇのさ、フッ」

「え、じゃあ」

「フッ、そうよ。
 これは、実装石を虐待させたい誰かが、とんでもねぇ難癖をつけて、人類全体で実装石を虐待しようと仕向けた、とんだ茶番
 なのさ」

「ぐえ……」

 虐待番長によれば、今では法案成立当初の意向はほぼ無視され、世間では「実装石を虐待する」事そのものに意義を見出し
つつあるという。
 いつしか人々は、実装石を虐待すればするほど偉くなると錯覚し、そのために様々なものを生み出した。
 としあきが関わった「実装清掃業」も、その一つである。
 あれは、廃墟の中にわざわざ培養・増殖した実装石を放ち、更に自然増殖させた後に、わざわざ効率の悪い駆除活動を行わせ、
その活動報告を責任者に伝えるだけ、というものだそうだ。
 なぜそんな無駄なことをするのか……というとしあきの質問に、番長はあくまでクールに答える。

「フッ、ただの娯楽よ」

「娯楽?」

「フッ、好事家な責任者が、清掃活動のレポートと成果を聞いて、それを肴に酒を楽しむためよ。
 恐らく、おめぇが袋叩きにされた件も、面白おかしく伝えられていることだろうぜ」

「な、な、なんだそれ?!
 そんなくだらないことで、わざわざ日当払って人を集めるのか!!」

「フッ、そりゃあそうよ。
 なんせあそこで清掃活動している連中の親方は、実装虐殺三千万匹という記録を打ち立ててのしあがった奴だからな」

「……」

 としあきは、話を聞けば聞くほど混乱してきた。
 だが、とにかくこの世界では、細かい理屈を抜きにして「実装石を殺せば殺すほど偉くなれる」のだということは解った。
 聞けば、実装石虐待に関係した事故や負傷などは、それが証明さえされればすべて無償及び確実な補償が得られるという。
 としあきの入院も、番長の計らいでそういう扱いにされているが、もしとしあき自身が虐待を行っていない上に仔実装を守ろうと
していた事が知れたら、その時点で犯罪者同然に扱われてしまう。

「ちょっと待って。
 虐待する理屈はわかったけど、なんで実装石を守ると罪になるの?」

 としあきの問いに、番長は指を振り、チッチッと舌を鳴らす。

「フッ、想像してみな。
 もしおめぇが麻薬や大麻を持っているとして、それがバレたらどうなる?」
 
「まあ、普通に捕まるだろうね」

「フッ、そういうことだ」

「なんだよそれ、全然説明になってないよっ!」

 どうやらここは、実装石に関しては本当に理屈が通らない世界らしい。
 まともに解釈してはダメだ……ここは、本当に根本から何かがねじ曲がった世界なのだ。
 としあきは、そう考えてそれ以上の反論を止めた。

「フッ、ところでおめぇ。
 さっきミドリがどうとか言ってたが、何かあるのか?」

 その言葉に、としあきの心臓が止まりそうになる。
 虐待番長を名乗るような男に、自分の事情をどこまで説明するべきか。
 それどころか、説明して何になるというのだろうか?
 だが、家でずっと待ち続けているミドリが心配なのも事実だった。
 としあきは、眉間に皺を寄せて唸るしかない。
 その様子を見た番長は、ニヒルに微笑んだ。

「フッ、当ててやろうか。
 おめぇの飼い実装が心配なんだろう?」

「え゛!?」

 ズバリ言い当てられ、露骨に表情に出してしまう。
 としあきがしまった! と思った時は、もう遅かった。
 番長は、鋭い眼光でじっと睨み付ける。
 その視線の鋭さ、底知れぬ迫力は、としあきを圧倒するのに充分だ。

「フッ、おめぇの住所を言いな」

「き、聞いてどうするんだ?」

「フッ、決まってるじゃねぇか。
 様子を見て来てやるぜ」

「じ、冗談じゃない!」

 懸命に拒むが、無言で迫る番長の迫力に負け、としあきは、渋々アパートの場所を説明した。

「あっ、勝手に服を漁るなっ」

「フッ、これが部屋のカギか。
 心配するな、ちゃんと返してやる」

 そう言うと、番長はとしあきから部屋のカギを奪い取り、挨拶もせずに病室を出て行った。
 慌てて追いかけようとするが、ベッドからずり落ちそうになり思いとどまる。
 としあきは、なんとか番長が辿り着く前にミドリに事情を説明する手段を考えたが、どうしようもない。
 とてつもない不安に駆られたとしあきは、差し入れのシュークリームの残りを片っ端から口の中に放り込んだ。

「……それにしても美味いなコレ。
 番長って、さりげに気遣いの人?」

 さすがに全部は食べ切れず、三個ほど残ってしまった。
 いったい何個買ってきたんだよと、としあきは不思議な気持ちに包まれながら眠りに就いた。


      ※      ※       ※


 眠りの中、としあきは、例の夢を見た。
 モノクロの病室の中、空中に緑色の物体が浮かんでいる。
 ゆっくりとこちらを振り返ると、赤と緑の目玉が輝いた。

『しばらくぶりデスゥ、いよいよ第二の世界に来てしまったデスゥ〜』

 頭の中に直接響く声は、間違いなく夢の中に出てきた“緑色の怪人”だ。
 今回は、さすがにはっきりと記憶している。
 としあきは、突発的に怒りが湧き上がって来るのを感じた。

「おいコラ! 俺をいったいどうしようってんだこのバケモノ!」

『なんだお前、また忘れてしまったデスゥ?』

「忘れてはいないけどさ、なんで俺がこんな事しなきゃならねぇんだよ!
 第一、お前何者なんだよ、お前は!?」

 まくしたてるように怒鳴るとしあきに対して、怪人はグフフと不気味に笑う。

『ワタシは“実装石”デスゥ』

「えっ?」

 怪人の言葉に、としあきは思わず目を見張る。
 言われてみれば、確かに共通する特徴は多い。
 だが、漂わせている雰囲気があまりにも別物過ぎて、これまで全然そんな事は考えていなかった。

 こいつは、何か特別な実装石なんだろうか?

『人はワタシのことを“初期実装”と呼ぶデスゥ。
 今は、そんな細かいことは気にするなデスゥ』

 前髪をさらっ、と良い角度で払いのけると、“初期実装”と名乗った怪人は、空中で無意味にクルリと一回転する。
 まるでモデルにでもなったかのような立ち振る舞いが滑稽で、どことなくかわいらしくもある。
 初期実装は、改めてとしあきを睨むと、ようやく本題を切り出し始めた。

『以前、ワタシの子供を捜せと言ったデスゥ。
 その期間は五日間だと伝えたデスゥ』

「覚えてるよ、だから今回はちゃんと——」

 としあきの言葉を遮るように、初期実装は話を続ける。

『この世界のお前の部屋には、本来の住人がいるデスゥ。
 もし、お前が五日後に部屋に戻って来れなかったら、その部屋の本来の住人が戻ってくるデスゥ。
 その意味が、わかってるデスゥ?』

「あれ、じゃあ俺達はあの部屋に居られなくなるんじゃない?」

 としあきの呟く疑問に、初期実装は大きく頷きを返した。

『そうデスゥ。
 お前達は、五日間のタイムリミットを過ぎると、この世界から出られなくなるだけじゃなく、住処すら失うことになるデスゥ。
 それをゆめゆめ忘れるなデスゥ♪』

「な、なにぃ?!」

 思わず驚きの声を上げるとしあきに、初期実装は愉快そうな笑顔を浮かべる。

『だから、時間制限にはせいぜい気を配れデッスン☆
 あーあと、携帯電話はいつでも手放さず持って行けデスゥ。
 もう気付いてると思うデスが、これはお前だけに使える特殊な翻訳能力があるデスゥ』

「それも、お前のせいなのか?」

『この携帯がなければ、お前はこれから巡る世界で何もできないデスゥ。
 だから、せめてワタシがちょっとばかり手助けしてやってるデスゥ。
 ありがたく思えデスゥ。イヒヒヒヒヒヒヒ♪』

 そう言うと、初期実装はフワリと浮き上がり、天井にめり込むように姿を消した。



 目覚めると、時計は午前7時を指している。
 枕元を見ると、シュークリームの箱はあるが中身が空っぽになっている。
 としあきは、夕べの夢の内容を思い出し、少し遠慮気味に身体を動かしてみた。

 まだ若干痛みはするが、昨日からは考えられないほど快調だ!
 骨折も問題なくなったようで、昨日は全然動かせなかった左足がしっかり動く。
 何があったのか知らないが、全治一ヶ月が嘘のように回復している。

「なんなんだこれ……ま、いいや好都合だ」

 としあきは、余計な包帯や当て木、ガーゼなどを取り払い、急いで服を着替えた。
 あの時着ていた服は丁寧に洗濯されており、胸ポケットも染み一つない完全な状態にある。
 としあきは、ポケットの中を覗き込み、あの時救ってやれなかった仔実装を思い出して、憂鬱な気分に陥った。

 と、その時、病室に看護婦が入り込んできた。

「としあきさん! 何をなさってるんですか!!」

「すみません、俺退院します!
 もう治ったから平気です」

「平気って……えっ?! ええっ?!」

 包帯を取って平然としているとしあきの姿に、看護婦はえらく驚いているようだ。
 としあきは、看護婦に軽く一礼すると、即座に病室を飛び出した。
 とにかく、早くアパートに戻らなければならない。
 病院の玄関を飛び出し、道路に出ようとした所で、としあきははたと足を止めた。

「やっべ、部屋のカギ!!」

 夕べ、虐待番長にアパートのカギを奪われたままだった事を思い出し、としあきは道路の脇で呆然と立ち尽くした。


      ※      ※       ※


 アパートへ戻る途中、としあきは、とあるペットショップの前を通りかかった。
 店頭には沢山の大型ケースが並べられ、可愛らしい犬や猫などの動物が入れられている。
 こういうディスプレイのスタイルは、今も昔もさほど大きく変わらないらしい。
 よく見ると、少し奥まったところでは実装石も売られているようだった。
 虐待の世界で実装石を売るなんて、どういう意味があるのだろう? と疑問だったがもとしあきはひとまず覗き込んでみることに
した。

 ガラスケースの中では、柔らかく暖かそうな敷き布の上で、コロコロとした仔実装達が数匹楽しそうにじゃれあっている。
 とても清潔に管理されているようで、敷き布や実装服、パンツに糞の染みは一切ない。
 しばらく見ていると、何匹かが視線に気づき、嬉しそうに手を振ってくる。
 としあきも、つい釣られて小さく手を振って反応した。
 この可愛らしい仔実装は、一匹3,000円もするらしい……欲しくなっても、今のとしあきには到底手が届かない。
 しばらく眺めていると、いつのまにか、脇に小学生になったばかりくらいの年頃の女の子が立っていた。

「パパー、これ欲しい!」

 少女は、ガラスケースの仔実装を嬉しそうに指さし、店内にいる両親に呼びかける。
 邪魔になりそうだったので、としあきはケースの前から立ち退いた。
 
「とし子、本当に飼いたいの? 世話はとっても大変なのよ?」

「ハパ達は手伝わないからね、ちゃんと一人でやれるかい?」

「うん! 私、ちゃんとお世話するよ! ねーねー、だからお願いー」

「うーん、仕方ないわねぇ」

「まあとし子が欲しがってるんだし、いいんじゃないか? ママ」

「そうねぇ」

「ママー、ママー、お勉強もお手伝いもちゃんとするから、お願いー!」

 なんとものどかな光景だ。
 虐待世界と言っても、どうやらペットについては話は別物のようで、少しだけホットする。
 どうやら話はまとまったようで、少女は仔実装を買ってもらう運びとなり、一度店内に引っ込んだ。
 しばらくして、仔実装を収めた小さなケースを嬉しそうに抱きかかえながら、少女が出てくる。
 少女の両親は、交互に頭を撫でてやりながら、改めて少女に言い聞かせているようだ。

「いいね、どんなに面倒臭くなっても、責任を持って最後まで世話をするんだよ」

「お父さんとお母さんと、約束ですからね?」

「はーい♪ ちゃんと約束守るよ!
 うふふ、マドレーヌちゃあん☆」

 少女は早速仔実装に名前を付け、満面の笑みでケースを覗き込んでいる。
 仔実装も喜んでいるようで、ケースの中で何度も跳ねているのが見えた。
 待ちきれなかったのか、少女はケースを下に置いて仔実装を抱き上げると、父親が持っている袋から首輪を取り出し、装着
させた。

「こうしないと、悪い奴らに盗られちゃうからね」

「ウン! これで私の飼い実装チャンだもん! 誰にもあげないもん!」

「そうね、これでもう安心よね」

 母親が優しく少女の頭を撫で、仔実装に微笑みかける。
 それは、本当に微笑ましい光景だ。
 ふぅ、と息を吐き、としあきはペットショップを後にしようとした。



「早くおっきくなってね♪
 そしたら、一杯虐待して、殺してあげるからねーっ!」



「ははは、こいつめ」

「そうねぇ、一杯痛めつけてあげましょうねぇ、とし子」

 背後から聞こえてきた物騒な会話に、思わず足を止める。
 だが、振り返ったとしあきの視界に映るのは、変わらず平和そうな家族の後ろ姿だけである。

「幻聴……そうだ、これは幻聴だ、そうに違いない」

 何か、とても恐ろしい場面に立ち会ってしまったような気がして、としあきはアパートに向かってダッシュした。


 アパートに戻ると、としあきは、ふと郵便受けを確認してみようと思い立った。
 中には、全然記憶にない女性名宛ての手紙がたくさん詰まっていたが、一つだけ宛名も差出人名もない封筒がある。
 振ってみると、中で何か塊のようなものが揺れている感覚がある。
 外から形を確かめてみると、それは間違いなく部屋のカギだった。

「割と几帳面な人だな、番長って」

 なんとなく感心しながら、としあきはカギを取り出して自室に向かう。
 ドアを開いて中に入ると、微かに糞臭が漂いはするものの、特に大きな変化は見られない。
 そして、ミドリの姿もない。
 
「ミドリ! おいミドリ! どこにいるんだ?!」

 呼びかけてみるが、まったく返事はない。
 焦ったとしあきは、部屋の中を捜し始めた。
 テーブルの下、テレビの裏側、押入の中、冷蔵庫の中……しかし、どこにもミドリの姿はない。
 としあきの頭の中に、虐待番長に痛めつけられ拉致されるミドリの姿が浮かぶ。
 
「やべぇ、本当にどうなってんだよこの世界は?!
 おーい、ミドリぃ!! 出てこい!」

 ふと見ると、出がけに放置していったパンの耳入り袋が見あたらない。
 更に、実装フードを入れた袋もない。
 不審に思いごみ箱を覗いてみると、明らかにそれらと思われる袋が、一見それとわからないようにくしゃくしゃに丸められて
押し込まれていた。
 しかも、それらからは実装石の涎の乾いた悪臭が漂っている。
 コホン、と軽く咳払いをすると、としあきは、静かに呟くように呼びかけた。

「ミドリちゃ〜ん?
 怒らないから、出てらっしゃ〜い?」

 自分でも気味悪いほど、甘ったるい声で呼びかけると、やがて流しの下の棚がガタガタ揺れ始めた。
 引き戸が開きかけて閉じ、開きかけて閉じ、を繰り返している。
 としあきはスススと近づき、軽く引き戸をノックしてみた。

「もしもし? どなたかいらっしゃいますか?」

“デデッ!? だ、誰もいないデス!”

 ご丁寧に返事が返ってきた。
 としあきは、もう一度ノックして呼びかけた。

「誰もいないなら返事するなんておかしいですね?
 ミドリさん、いらっしゃるんでしょ?」

“デ、デデ! ぜ、絶対いないデス!”

「ひょっとして、パンの耳と実装フードを全部食べちゃったから、顔出しづらくなっちゃいましたか?」

“し、知らないデスそんな事、絶対知らないデス!”

「そっかぁ、せっかく、熱々のステーキとたっぷりの金平糖を買ってきたんですけどねぇ〜」

“デシャー!”

 間髪入れずに、流しの下から大きな肉塊が飛び出し、ごろごろと転がっていく。
 見事に回転受け身を取って立ち上がると、ミドリはシュタッと、片手を掲げた。

「いるじゃねぇかよ」

“クソドレイご苦労デス!
 さあ、労働の証、熱々の金平糖ステーキを今こそワタシの前に献上するデス!”

「ねーよ、んなもんは」

“デェ?! 騙しやがったデス?!”

 額に青筋を浮かべ、グググと腕に力を込めるミドリだったが、無言で迫るとしあきの威圧感に負けて、すぐにへたり込んでしまう。
 としあきは、ミドリの頭にポンと手を置いて、ようやく安堵の息を漏らした。
 意外そうな表情で、ミドリが見上げる。

「心配したぞミドリ。
 昨日、ここに人が来なかったか?」

“デェ、あのやたらと「フッ」を連呼する大男デス?”

「来たのか。何かされなかったか?」

“それが——”

 ミドリは、部屋の真ん中にペタンと座り込むと、少し鼻息荒く説明し始めた。
 どうやら、ミドリは番長に虐待されることはなかったらしい。
 それどころか、漏らしたウンチの片づけや汚れた実装服の洗濯、陰干しまで行い、更に差し入れまで持ってきてくれたという。
 虐待どころか、完璧なまでに世話をしてくれたようで、その上としあきの状況まで報告してくれたという。
 予想外の内容にきょとんとするが、確かに、それを裏付ける様子は見て取れる。
 ミドリの服はまだちょっと生乾きっぽいが丁寧に洗濯されており、ほのかに良い香りが漂っている。
 
 虐待番長は、その名に反して愛護派なのだろうか?
 としあきは、戸惑いを覚え始めた。

“それにしても、お前よく帰ってこれたデス。
 あの男の話だと当分戻って来れないって話だったデスが”

「ああ、それなんだがな——」

 としあきは、夢の中で出会った初期実装との会話を説明する。
 五日間でこの部屋に戻らないと、世界に閉じこめられるだけでなく住処すら失ってしまうと。
 それを聞いて、さすがのミドリも顔色を変えた。

“じ、冗談じゃないデス!
 クソドレイ、残り時間はどれくらいデス?”

「えーと、今が三日目の午前10時か。
 だとすると、あと……56時間くらいかな。
 二日と8時間しかない」

“だったら急がないとデス!
 けど、なんか変じゃないデス?”

 ミドリの疑問の言葉に、としあきも頷く。
 そう、何かが変だ。

“その初期実装、子供を捜して欲しいって言ってたデス?
 でも話を聞いてると、なんだかそんなに子供を心配してるように感じないデス”

「気づいたか、俺もそう思ってたんだ」

“まるで、クソドレイが慌てるのを見て楽しんでるみたいに感じるデス。
 第一、本当にその仔実装は存在してるんデス?
 ワタシも子供をどこぞの誰かにヌッコロされた事があるからわかるデス。
 子供を思う親の気持ちはものすごく大きいものデス”

「せっかく埋めてやったのにそれ掘り返した奴に言われたくねー」

“ムカッ! おにぎりなんか埋めたのが悪いデスっ!”

「まあそれはいいけど……でも、確かにそうなんだよなあ」

 しかして、初期実装の子供を見つけないと、このうざったい世界移動の旅から逃れられないのもまた事実だ。
 としあきは、ミドリと相談してこの世界で実装石がいそうな場所に行ってみようという話をまとめた。
 あの廃墟の実装石達の態度を見るからに、相当人間を憎悪し距離を置こうとしている様子だ。
 だとしたら、としあきが接近して会話を行うのは難しいだろう。
 そのため、現場までミドリを連れて行かなければならない。

 だが、それには問題がある——安全な輸送手段が、ない。

 としあきは、ふと、先ほどの家族の会話を思い出した。
 あの時、父親は仔実装に首輪を着け、これで誰にも盗られないと言った。
 ひょっとしたら、首輪をはめていれば、飼い主が虐待しようとしない限り安全なのかもしれない?
 意を決したとしあきは、早速、前の世界でルミという実装石が着けていた赤い首輪を探した。
 埋葬する前に外してやったものが、まだ処分されずに残っている。
 首輪のサイズは調整が可能で、ミドリでも充分着けられる。
 リードがないのが不安だが、少なくともこれで飼い実装だという身分証明にはなる筈だ。

「いいかミドリ、外に出たら絶対俺から離れるなよ。
 何が起きるかわからないからな」

“デェェ、そ、そんな危険な思いしなきゃならないデス?
 お前、あのリュックはどこへやったデス?”

「それがどこ探しても出てこないんだ。
 あれは多分、前の世界に置いてけぼりになったんじゃないかな」

“グギャアァ!! ワタシの命の心配が危険デシャアァァ!!”


      ※      ※       ※


 としあきとミドリの予想に反し、実装連れの街行きは意外にもスムーズに行った。
 二人のことをチラ見する者はいても、特にちょっかいはかけずそのまま通り過ぎていくのみ。
 実装石虐待の世界にしては奇妙な反応だと思いはしたが、その考えはすぐに氷塊する。
 十数分も歩いていると、前方から、同じように飼い実装を連れた品の良いお婆さんが歩いて来たのだ。

 だが。

「あら、可愛らしい実装ちゃんですねぇ。こんにちは」

「は、はあ、ども、こんにちは」

“デ、デス…”

 お婆さんに優しく声をかけられ、としあきとミドリは軽く会釈をした。
 すると、彼女が連れている飼い実装も、深々と頭を下げてきた。
 大変よく躾られていることが、一目でわかる。
 そう、一目で。

「そんなに大きくなっちゃったら、さぞ躾が大変でしょうねぇ。
 よろしかったら、私のところにおいでなさい。
 成体実装の正しい躾け方を、お教えしますわよ」

「は、はぁあ、ありがとうございます……」

“デ、デデ、デデデ……ガクガクブルブル”

 としあきは呆然とし、ミドリは恐怖で全身を震わせている。
 そして、決して脱糞しないようにと、総排泄孔にありったけの力を込め続けていた。

「それでは、ごきげんよう」

 お婆さんは、丁寧に頭を下げ、飼い実装を連れて行ってしまう。
 としあき達は、ただその後ろ姿を見つめることしか出来なかった。

「あれが、この世界の有様だぜ、ミドリ……」

“デ、デェェ、は、早くこんな所から脱出したいデス!”

 としあきとミドリは、会話中一言も鳴かず、また挨拶以外ピクリとも動かなかった飼い実装の後ろ姿に注目した。
 実装服は奪われ、髪の毛はすべて引き抜かれ、全身には無数の傷跡が色濃く残っている。
 しかも、両腕はおかしな方向にねじ曲げられており、更に右目が潰され何やら鉄塊のようなものがめり込んでいた。
 左耳は半分にカットされ、切り口にはステンレスのようなものがリベット打ちされていた。
 全く呻き声すら立てなかった所から、恐らく声帯も潰されているのだろう。
 そんな異形の姿に変えられてしまった実装石を連れて、さも当然といわんがばかりに街中を散歩する老婆。
 としあきは、改めてこの世界の異常さを思い知らされた。

 その後も、飼い実装を連れた人達と何人かすれ違ったが、どの実装石も、酷い扱いを受けている様子がハッキリとわかった。
 実装服や髪を奪われ、禿裸にされているのはまだマシな方で、片腕がない者、頭が半分変形している者、豚のように四つんばい
で歩く事を強要されている者など、本当に惨い有様だ。
 そんな中にも、普通の姿を維持している者達が何匹かいたが、特に何もしていないのにいきなり主人に後頭部を蹴られたり、
殴りつけられたりしている。
 また、親実装と思われる個体にリードを引かせ、複数の仔実装を引かせているというパターンもあった。
 子供達は、リードに繋がれながらも好き勝手な方向に進もうとしているため、なかなか普通に前に進めない。
 親実装が右往左往していると、その後ろから追いついた飼い主が、鉄の棒のようなもので頭を強く殴る。
 そしてしばらく足を止め、親が少し先に進むとまた追いつき、また殴る、を繰り返す。
 とにかく、何も虐待を行わず、五体満足な姿で連れているのはとしあきだけだ。
 だがミドリは、それら異様な光景にすっかりビビってしまい、としあきの足の陰に隠れるようになってしまった。

 幸い、廃墟への道順は単純だったため、トラックが向かった方向をトレースするのは簡単だったが、この調子では街から出る
のすら手間取ってしまう。
 カラカラの喉を押さえ、荒い息を吐きながら歩き続けていると、目の前で一台の車が停車した。
 それは、黒塗りの三菱デボネア。
 丸二灯ライトと前方・上方に張り出したフェンダーが、時代を感じさせる。
 高級車の中から出てきたのは、なんと、4人の——女子高生だった。
 そのうち一人は、明らかに運転席から降りてきている。
 四人は、セーラー服姿から女子高生だろうと判別できるが、その顔、態度から、どうみても二十代後半から三十代くらいにしか
見えない。
 というか、本当に学生なのかどうかすら怪しい。
 きょとんとしているとしあきとミドリを取り囲むと、四人は、ドスの利いた声で話しかけてきた。

「おいおめぇ」

「…は?」

「なかなかいい実装連れてるじゃねぇか」

「は、はぁ」

 デ? デッス〜ン♪

 褒められたのが嬉しいのか、さっきまで怯えていた事も忘れ、ミドリはおどけたポーズで喜びを表現する。
 小首を傾げ、右手を頬に翳して微笑む。
 だが次の瞬間、その顔面に鋭いつま先蹴りが炸裂した。

 ドガッ!

 ドギャス?!

 蹴られたミドリはもんどり打って転倒し、反対側に転がる。
 すると、としあきの背後に回り込んだやせぎすの女子高生が、ニヤニヤ笑いながら更に蹴り飛ばした。

 ガスッ!

 デギャァ?!

「へぇ、さすが蘭子様のお見立てだ、なかなか良い声で鳴くわい」

 もっとも体格の大きい……明らかに性別を間違えて生まれてきたとしか思えない巨漢女子高生が、ミドリの胴体を踏みつけ
ながら呟く。
 ようやく我に返ったとしあきは、四人に歯向かった。

「何をするんだ、ミドリを離せ!」

「あ? なんだって?」

「ミドリを離せと言ってるんだ! 何もしてないじゃないか!!」

「おめぇ、誰に向かって口聞いてるつもりだ? んあ?」

 間髪入れずに、としあきの顔面に鉄拳が炸裂する。
 とても女が殴ったとは思えないほどのパワーに翻弄され、としあきはうめき声も上げられずよろめいた。
 続けて、背後から何者かに羽交い締めにされる。
 押さえつけられたとしあきに、更なるパンチとキックの連打が加えられる。

「ぐぇ…?! ぐ…っ!!」

「おっとっと、飼い主様は具合が悪いみてぇだな」

「じゃあしょうがないねぇ、この可愛い可愛い飼い実装ちゃんは、あたい達が保護してやんないとねぇ」

「げへへ、いたぶり甲斐のある糞蟲じゃわい」

 デギャアァァ!! デジャアァァッ!!

「おうおう、ホント良い声で啼きよるわい。今夜は久々に蘭子さんの拷問が見られるぜぇ」

 とても女子高生……否、十代女性とは思えないような会話が響く。
 鉄球を叩き込まれたような衝撃に、いまだ立ち上がれないとしあきは、なんとか必死に立ち上がろうとするが力が入らない。
 やがて四人は、ミドリを乱暴に掴み上げると車に引き返そうとする。
 制止の声をかけようとするが、微かな呻き声しか出てこない。

 …なんていう無法な世界なんだ、ここは……!!

 かろうじて上体だけ起こしたとしあきの目に、また新たな展開が映った。
 車の後部ドアから、五人目の女子高生が姿を現したのだ。
 先の四人が、その人物を前に硬直しているのが見える。

「誰が、そこまでしろって言ったかい?」

「ら、蘭子様、これは……」

「街中で無駄な暴力は使うな、っていつも言ってる筈だがな——忘れたのか日直」

 しばらくして、先の大男……もとい女が、激しい悲鳴を上げた。

 五人目の女子高生は、どうやら煙草の火を大女の顔面に押しつけたようだ。
 他の三人も、突然の事態に恐怖の表情を浮かべている。
 やがて、五人目がとしあきに近づき、そっとしゃがみ込んで来た。

「うちの連中がすまない事をしたね、ケガは大丈夫かい?」

「……?」

 五人目の女子高生は、他の四人とは全然違い目を見張るような美女だった。
 切れ長の目に整った鼻筋、きりっと引き締まった赤い唇に透き通るような、それでいて健康的な白い肌。
 長く風にたなびく黒髪も美しく、指先は正に白魚の如くだ。
 そして、制服を着ていてもはっきりわかるほどメリハリのあるナイスバディ。
 日本人離れしたその美貌に、としあきは、しばし痛みも怒りも忘れ見入っていた。

 だが、やはり、どう見ても女子高生には見えない……

 五人目の女性は、優しくとしあきの手を取り立ち上がらせると、軽く頭を下げて詫びを入れた。
 指をパキンを慣らすと、先ほどとしあきの背後で羽交い締めにしていた女が、車内から黒いバッグを持ち出す。
 女性の持ち物について特に関心を持っていないとしあきでも、そのバッグはかなりの高級品だということがわかった。
 中から大きな財布を取り出すと、五人目の女は、ぎっしり詰まった万札の束からいくらかを取り出し、としあきに掲げた。

「治療費だよ」

「え?」

「あと、あの実装石の代金さ。足りないかい?」

「意味が……よくわかんないんだけど」

「私が買い取る、って言ってるのさ。悪い話じゃないだろ?」

 五人目の女は、当然だろ? といわんがばかりの表情でまっすぐとしあきを見つめてくる。
 吸い込まれそうな瞳から、目が離せない。
 差し出された金はすべて万札で、どう見ても十万以上の額がある。
 これだけあれば、当面の生活費は充分まかなえ、それどころかかなりのゆとりも出るだろう。
 だが彼女の肩越しに、他の女子高生達に捕まれているミドリの姿を見たとしあきは、意を決して首を横に振った。

「ミドリを返してくれ。あいつがいないと困るんだ」

 としあきの反発に、三人の女子高生が身を震わせて反応する。
 どうやら、相当予想外の反応だったようだ。
 だが当の五人目は、眉一つ動かさない。

「まあ、わかるよ。
 あんたもアレを殺したくてここまで育てたんだろうからねぇ。
 けどね、アレは私が気に入ってしまったんだよ。
 あとは……わかるね?」

 恐ろしい事を言いながらも、五人目の女は魅入られるほど素敵な微笑みを浮かべる。
 だがとしあきは、その直後に背筋がゾクッとさせられた。
 この女は、一度もとしあきに選択肢を与えていない事に気づいたからだ。

「ミドリを返してくれ。
 あいつは俺の相棒なんだ、いないとその……色々困る」

「相棒?」

 ようやく、女の態度に変化が現れた。
 だが、そんなとしあきの言葉を鼻で笑い飛ばすと、女は手の中の札束を指で弾き、としあきの顔に叩き付けた。

「私が誰か知らないようだねぇ。
 まぁいいさ、その度胸に免じて今回は見逃してやるよ。
 だから——それ持ってとっととおうちにお帰り」

 それだけ言うと、踵を返して車の中へ戻ろうとする。
 勿論、ミドリは返却されない。
 としあきは、散らばる札束に目もくれず、ミドリを抱えている女子高生に向かって突っ走った。
 ドアが閉じられようとする寸前、女子高生の一人にタックルが命中した。

 ドスン!

「んあっ!?」

 デギャッ?! 

 ボテ、ボテ、ボテッ

 弾かれたミドリが、路肩の上でバウンドする。
 としあきはミドリを抱き上げると、再び車を降りてきた女子高生達と睨み合った。

「てめぇ、蘭子様が下手に出ていりゃあつけ上がりやがって!」

「ぶっ殺してやる!」

 車の中から釘打ちバットやバールを取り出し、女子高生達がとしあきに迫る。
 五人目の、蘭子と呼ばれた女は、その後ろから冷たい目で睨みつけていた。
 蛇を思わせる鋭い視線に、としあきは、ようやく恐怖心を感じ始める。
 女子高生がとしあきに向かって駆け出そうとした瞬間、どこからともなく、口笛が響いてきた。

 女達の背後から、突然、何匹かの実装石が飛んできた。
 紙一重でかわした蘭子以外は、全員顔面で受け止めてしまった。

 デキャァァァ———!! ×4

「うげっ?!」
「ぎゃっ?!」
「げぇっ!!」
「ぶほぉっ!!」

 ドシャアアッ!!

 車の前に立ち塞がるように、長ランと学帽を身に着けた大男が佇む。
 目深に被った学帽のせいでその表情は見えないが、まるで凄まじい迫力の眼光に射抜かれているようだ。
 蘭子が、呻くような呟きを漏らす。

「虐待番長……」

「フッ、久しぶりだなお蘭。
 こんな町外れでひっそり御乱行とは、すっかり落ちぶれたもんじゃねぇか」

 火花が散りそうなほど、激しい睨み合いが続く。
 虐待番長は、まるでこのまま車を突進させても微動だにしないような迫力で、蘭子の視線を受け止める。
 他の女子高生達も、いつしかとしあきからマークを外し、番長を睨んでいる。
 一触即発という状態が、何十分も続いたかのような感覚が訪れる。
 だが、その緊張の沈黙は、蘭子のため息で破られた。

「あんたの、知り合いかい?」

「フッ、そうだ。
 こいつは、俺が見込んだ男だ」

「そうかい、どうりで私に歯向かうわけだ。
 けど教えてやりな。
 私に目をつけられたら、どうなるのかって……ね」

 それだけ言うと、蘭子は部下達に指示し、車へと戻った。
 としあきには目もくれない。
 女子高生達は、番長に向かって舌打ちをすると、蘭子をガードするように乗り込んだ。
 黒いデボネアが、車線に戻り遠ざかっていく。
 その途中、先ほど飛ばされた実装石の何匹かが礫死体と化したが、としあきもミドリも、そんなことには気づかなかった。

 ただ……道路に散らばった札束を踏みつけながら歩み寄ってくる、番長の迫力に気圧されていた。

「フッ、よく、あいつから飼い実装を守れたな。
 大したもんだぜ」

「ありがとう、助けてくれて。
 んで、あいつら、何?」

「虐皮蘭子——人呼んで“虐殺スケ番ミヂミヂのお蘭”。
 あとは、その取り巻きだ。
 実装石虐待だけじゃ物足りなくなって、他人の飼い実装や、ともすりゃ飼い主までまとめて虐待しちまう外道な連中さ。
 フッ」

「番長だけじゃなくて、スケ番なんてのもいるのかよ」

 スケ番とは、いわば女番長のことである。
 昔読んだ古いマンガに出てきたのを知ってはいるが、まさか現物に出会えるとは思っていなかった。

「フッ、そうよ。
 あいつにかかればどんな実装石でも無条件に殺されちまう。
 今まであいつに捕まり殺された飼い実装は数知れねぇ」

 虐殺スケ番ミヂミヂのお蘭は、高校生でありながら実装石虐待・殺傷数が二億を超え、その抜きん出た実力と異常なほどの
カリスマ性で、日本全国に二千万からの部下を従える大スケ番だという。
 しかもその活動は高校生レベルに収まらず、政界の大物や各大企業の経営者とも深い関わりを持っており、自身も莫大な財産
を抱えている。
 性格は冷酷非道・極悪外道、おまけに超のつくサディスト。
 自分の意のままにならないものは力ずくでねじ伏せる悪党の中の悪党。
 彼女の機嫌を損ねたら、老若男女問わず酷い目に遭わされるという。
 ニヤリ、と不適に微笑みながら、そのようにとしあきに説明する。
 番長は、ミドリの傷の様子を窺い大した事はなさそうだと告げると、改めてとしあきの顔を覗き込んできた。

「あいつには、飼い実装だから云々てぇ理屈は通用しねぇ。
 殺し甲斐のありそうな奴を見つけたら無条件で奪うだけだ。
 首輪着けたからって安心しない方がいいな、フッ」

「そうなのか、とんでもないな。
 わかったよ」

“デェェ、ろくでもない奴がいるものデス”

「フッ、ところでおめえ、怪我人のくせにどこへ行こうとしているんだ?」

 としあきは、素直に自分達の目的を話した。
 自分達がこの世界とは違う所から来た事、特別な仔実装をどうしても探さなければならない事。
 なぜかわからないが、自分やミドリを助けてくれた番長なら、信用に値する気がしたのだ。
 それにとしあきには、この男が虐待派だとは、とても思えなかったのだ。

 話を聞いた番長は、今ひとつ話を理解し切れていない様子だったが、また軽く鼻で笑い、としあきの肩を叩いた。

「フッ、とにかくあの廃墟に行きたいんだな」

「そうなんだよ、番長、力を貸してくれないか?」

「フッ、俺は虐待番長——実装石の虐待を極めた男だ。
 そこまでしてやるほど甘くはねぇぜ」

“デェェ、けど夕べはあんなに色々してもらったデス。
 ご飯ももらったデス、ウンチも後始末してくれたデス”

「っておま! 飯までもらってたのかよ!」

 としあきは、確信していた。
 虐待番長は、虐待派ではない。
 さもなければ、ミドリなどとっくの昔にボロ雑巾のようにされていた筈だからだ。
 としあきは、改めて番長に協力を願い出る。

 だが番長は、きっぱりと断りを入れた。

「フッ、おめぇが本物の男なら、自分の力だけでなんとかしてみろ。
 それだけの覚悟があるからこそ、ここまで来たんだろ?」

「う、うん、確かにそうだけど」

「だったら、最後までやってみな。
 お前の力が及ばなくなった時、俺が来るかも……しれないぜ、フッ」

 それだけ言うと、番長は背中を向け、口笛を吹きながら悠々去っていった。
 先ほど、蘭子が叩き付けた札束には、目もくれない。
 その後ろ姿に、としあきは素直に「かっこいいなぁ」と呟いた。

“おい、クソドレイ”

「…うむ」

 しばし見つめ合うと、としあきとミドリは、ばら撒かれた札束をかき集め始めた。
 そんな二人の様子を離れた所から眺め、虐待番長は口元を僅かに歪めた。




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お蘭は、滝沢解/川崎三枝子「姫」に登場する姫川京子のイメージで

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