タイトル:【虐・駆】 1/3 忘れた頃に第二話
ファイル:JISSOU FREAKS 2-1.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4568 レス数:0
初投稿日時:2006/08/04-00:27:51修正日時:2006/08/04-00:27:51
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『JISSOU FREAKS』CASE-2






---20**年5月19日 緑野市 午後11時42分---


既に時刻も真夜中に迫った緑野市繁華街。
周辺のビルの灯りもあらかた消え、街灯はそれなりに多いとは言え光が届かない場所は多い。
その人気の絶えた大通りを、一人の若い男が歩いていた。

「あーあ、すっかり遅くなっちまったなあ……」

誰に聞かせるでもなく愚痴る青年。足取りはお世辞にも軽いとは言えない。
青年はバイトからの帰り道である。が、本来はこんな遅い時間まで働く予定ではなかった。
社員の一人が無断欠勤し、その埋め合わせの為に(半強制的に)駆り出されたのだ。

「いきなりだもんなあ……ホント、勘弁してほしいぜ。ったく」

更に呟く。
普段は別段独り言の多い方ではない。
だが今は仕事疲れの不満と、不気味なほど静かな周囲の雰囲気が無意識に青年の口数を多くさせている様だった。
市内でもっとも栄えている繁華街とは言え、大通りから一歩裏道に入ればその寂れ具合は想像を超えるものがある。
青年もそれは承知していたが、彼の住むアパートまではこの道を通るのが近道なのだ。
少々の後悔と共に、青年は家路を急ぐ。

それにしても、と青年は思う。今日来なかった社員についてだ。
青年から見ても彼は真面目で、普段も仕事に対して熱心に取り組んでいた。入った当初、不慣れだった自分を何かと助けてくれた事もあった。
そんな彼が、無断で休む事などあるのだろうか?
無論有り得る事ではあるのだろう。しかし、何となく男は腑に落ちない。
何かあったのではないか、とも思うのだが、プライベートな付き合いの無い相手では如何にも想像し難い。

「ハァ…………ん?」

何度目かの溜息を吐き—————不意に青年は立ち止まった。
横手にはビルに挟まれた暗い路地が続いている。二つのビルの外観は古く、どうも既に打ち棄てられて久しいらしい。
路地の幅はそれなりに広く、在りし日はゴミの集積などに使われていたのか、薄汚れた路地には大型の集配ボックスが三つほど設置されていた。
奥は墨を塗った様に黒く闇に満ち、足を五歩でも踏み込めばもう灯りも届かない。
青年はじっと、見えない通路の奥に眼を凝らす。

…  ……

今、何か聞こえた様な……?
か細い、こんな状況でもなければ聞き流してしまう様な、そんな音。
空耳かも知れない。だが妙に気になった。

…… …  ………デ………ゥ……

「!」

聞こえた。
殆ど聞き取れない様な掠れた音だが、確かに聞こえた。
否、音ではない。
これは声だ。
それも、自分にとっては耳慣れた鳴き声。

——————実装石、だ。

実はこの青年、割とガチの虐待派である。
大っぴらに喧伝する事は無いが、経験はそれなりに長い。
最初はストレス解消の為だったが、今ではもう趣味という範疇を少し越えるところまで踏み込んでいる。
当然、一般人に比べれば知識も豊富で、ごく日常的に実装石と接していると言っても良い。
こんな声とも言えない様な声に気付いたのもその所為だ。

だが、一体何なのだろうか。
声は確かにこの奥から聞こえてくる。
それも良く聞けば、一匹だけではない様だ。
呻きの様な、弱々しい声が幾つも折り重なって響いてくる。

「………」

青年は少し逡巡したが、結局は好奇心に負けて暗い路地に足を踏み入れた。
携帯を開いて即席のライトに仕立て、足元を照らしながら一歩一歩慎重に歩みを進めていく。

「……うお!? 臭っせぇ!!」

十歩ほど歩いたところで、異臭が鼻を刺した。
無理に一番近い表現をすれば、生ゴミをそのまま放置して発酵した様な、とでも言うべきだろうか。
刺激臭などとは異なる、酷く生々しく纏わり付く様な、鼻粘膜を苛む臭い。
思わず立ち止まり、鼻を押さえる青年。
周囲に眼を向けると、何やら左右の壁に妙な物が付着している。
ライトの光を反射するそれは薄く緑色に輝き、見た感じでは粘液質な印象を受けた。
質感だけなら固まりかけた木工ボンドの様な感じだ。

「……何だ、こりゃあ」

勿論触る様な真似はしないが、青年は一体コレが何なのか気になった。
弱い鳴き声はこの辺りから響いている様だ。もうはっきりと聞き取れるそれは、紛れも無く実装の発する声。
これに良く似た声を、青年は何度も耳にしている。
苛烈な虐待を受けた実装石が、演技を捨てて許しを請う時の、あの嗚咽にも似た声だ。
粘液質の何かは地面や壁際から虚空へ向けて不規則に伸び、闇に溶け込んでいる。
恐る恐る、青年は目の前の闇に向けてライトを差し出した。

「………? …ヒッ!!」

己の意思に反して勝手に悲鳴が漏れる。だが、実際には喉が引き攣って吐息以上の音にはならなかった。
ライトの光を受けて浮かび上がったもの。
それは、路地いっぱいに張り巡らされた粘液質の何かと……それに絡まって蠢く無数の実装石だった。
しかし、その様は普段青年が見慣れた姿ではなかった。
胴体部分は粘液に覆われ、露出しているのは頭のみ。
見える範囲にあるそれらの肌は全て例外無く古紙の様に色褪せ、無残なまでに干乾びていた。
色違いの両目は濁り、乾いた体液の後が醜く歪んだ面を汚している。
だがそれらが生きている証拠に、しわしわになった口からは今も尚デー、デー、と絶息した様な声が漏れ出ていた。

「な、何だよコレ、何なんだよぉ……」

殆ど泣きそうな声で青年は二、三歩後ずさる。
半固形の粘液に包まれて吊るされている実装石は、そのどれもがげっそりと痩せ、こけた顔からオッドアイを飛び出させている。
身体中の水分という水分を失っていると言うのに、未だに生きて……否、生かされている実装達。
青年は見てはいけないものを見てしまったのだと、思考に拠らず悟っていた。

しかし、青年は唾を飲み込み、一歩、足を前に踏み出す。
頭の冷静な部分は逃げろと叫んでいる。
だがその一方で、これが一体何なのかを強く知りたいとも思っていた。
実装達を捕える粘液質の何かは、どうやら放射状に張り巡らされているらしい。
青年は携帯を掲げ、その中心と思しき部分にライトを当てる。
そこには、一際大きな粘液の塊があった。

「実装…? いや、これは………う、うわああああああああああああ!!!???」

新たに照らし出された“それを”眼にした瞬間、青年の恐怖は臨界点を超えた。
腹の底から叫びが溢れ、腰を抜かして無様に尻餅を突く。

——————人間。人間だ。しかも、

「ああああ、と、利さん!? 利さん!! 利さぁん!!!!」

死体の様に青白い顔をした若い男————今日、仕事を無断で欠勤した事になっていたあの社員の身体が、宙に磔にされていた。

「ひっ、ひぃ、あああああ、あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

言葉にならない奇声を上げ、青年は這う様にしてその場から逃げ出した。
衝撃の余り恥も外聞も無く、涙と鼻水で顔を汚しながら駆け、路地を飛び出す。
助けようなどという賢しい考えは一切浮かばず、ただただ恐怖から逃れるべく暗い歩道をひた走っていく。

その様子を。

“——————————”

闇の奥から、得体の知れない“何か”が、じっとりと眺めていた。



---20**年5月21日 《悪性変異実装駆除部隊》本部 午前11時24分---


「……現場からは五十体以上の実装石を発見。
 実装の大半は野良だが、一部に捜索願の出されていた飼い実装も含まれる。
 また、被害者男性は衰弱しているものの命に別状は無し……」

無味乾燥な文字の羅列が印字された紙の上に、陰惨この上無い情報が並べられている。

「尚、当局には緘口令が敷かれ、情報封鎖は完了済み…と。
 はーん、これまた仰々しい。
 で、本日休暇中だというのに呼び出しやがった用件というのはこれについて、という解釈で宜しゅう御座いますか、ご老体」

A4ファイルを放り投げた俺は、ニコニコと目の前に座っている老人に向けて口を開いた。

「左様じゃよ。世間一般には伏せておるがの、これは紛れも無く悪性変異の仕業じゃ。
 ケース・フリークスともなれば、お前さんの出番じゃからのう、なあ「」よ」

質問に込めた嫌味をさらりと受け流し、我等が《悪性変異実装駆除部隊(ジッソウ・フリークス・ハンターズ)》隊長殿は笑顔で首肯した。


俺こと「」は実装石の凶悪な突然変異、通称『悪性変異実装(ジッソウ・フリークス)』を駆除するハンターの一人である。

近年多発する実装関連事件に業を煮やした政府は、秘密裏に対実装事件専門の組織を創設。
《悪性変異実装駆除部隊》と名付けられたその組織は、ハンターと呼ばれる専門的実装駆除技能者を使い、社会に仇為す悪性変異実装を狩り立てている。
無論、非公式であるから一般人には知られていない。表向きはただの駆除業者として認可されている。
今俺が居るのはその本部ビル、最上階に位置する隊長室である。

約一ヶ月ほど前、俺は某県のとある山林地帯で識別名称“巨人実装さん”と呼ばれた悪性変異実装と闘い、その駆除に成功した。
その後は特に出動する機会も無く、まあ世間一般に顔向け出来ない程度には怠惰な生活を送っていた。
俺の様な駆除専属のハンターは悪性変異の発生が無い限り、基本的にする事が無い。
特に俺の場合、色々と事情があって結構充電期間が長くなるケースが多いので、休暇中は非常に暇なのである。
そんなこんなで、喰って寝て喰って寝るというひたすらに腐った生活が延々と続いていた折、いきなり隊長殿から呼び出しを受けた。
そして出頭したところで報告書を突きつけられ、こんな事件が起こっていた事を知った訳である。


「悪性変異の仕業ねぇ……。
 そうまで言い切るって事は何かい、どういう奴なのかある程度のアタリは付いてるって事か?
 まだ三日も経ってないだろうに」

客用ソファに身を沈めた俺は、極めてぞんざいに質問を発した。
仮にも年長者に対する言葉遣いでは無いとも思われるが、今更このクソジジイに敬語で対応しようなどとは思わない。
というか、言葉を費やす労力が惜しい。

「例によって“ドクター”が張り切っておってのう。
 発見の報を受けてからサンプルが搬入されるまで三時間、それから今日までで大体のところは判明したらしいぞい」
「……相変わらず、凄まじいなオイ。どういうスピードだよ」

ドクター、というのは駆除部隊の一セクション、研究部の主任の事である。
実装シリーズの研究に始まり、対実装用アイテムの開発から実装の効果的な運用など、細部に至るまで様々な研究を行っている部署だ。

「取り敢えず、詳しい話はドクターの方から説明される事になっておる。
 色々と興味深い事実もあるそうじゃから、そっちの方が良いかと思うて、な」
「……要するに、今回は“ご指名”な訳ね。はん、そういう事か」
「明察じゃ」

成程、と得心する。
わざわざ俺を呼び出したのならまあ何か理由があるのだろうとは思っていたが、ドクのご意向か。
他に手空きのハンターも居るだろうに名指しって事は……まあ、何にせよ碌な事にはならないんだろうな、ほぼ確実に。

しかし、どいつもこいつも他人様の都合は完璧に無視かい。
これでもし万が一、下らん用件だったらどうしてくれようか。
ま、ここで考えててもしょうがない。グダグダ言ってもどうせ何も変わらんしな。

「そんじゃまー、ドクんトコ行って来ますよ。今からで良いんだよな?」
「うむ、では後は任せたぞい、「」よ」

例によってぞんざいな敬礼を捧げ、俺はオフィスを後にした。


《悪性変異実装駆除部隊》の本部ビルは、地上十五階、地下六階という中々に豪華な造りになっている。
敷地面積はかなり広く、それに応じて人数も多い。大半は後方事務員やそれに類する職員だが、中には俺の様なハンターもちらほらと居る。
地上部分は日常業務や各セクションの為のオフィス、各種福利厚生私設、それから会議場など、まあ一般的な企業やらとそう変わらない。
対して地下は駆除部隊ならではの施設、ハンターの訓練施設や研究施設、更には実装シリーズの生産飼育場などが存在する。
研究部の統括フロアは地下四階で、目的に応じて幾つもの部屋に分かれている。
その中の一つ、プレートに「主任室」と書かれた部屋が、目指す訪問先であるドクターの根城である。

隊長殿との会見中、別室で待機していたパートナー実装のJと合流した俺は、即座に研究部へと足を運んだ。
研究部はその性質上管理が厳しく、フロア進入前には種々のチェックを受ける。
その後ゲートで殺菌処理を受け、ようやく足を踏み入れる事が出来た。正直、これが面倒なのであんまりここには来たくないのだが。

ゲートを抜け、各研究室に繋がる大廊下を進み、一番奥にある主任室まで辿り着く。
ドアの横に備え付けられたインターフォンを鳴らし、少し待つと返事があった。

「あら「」さん、いらっしゃい。先生がお待ちですよ」

カメラで来客を確認したのだろう。
自動ドアがスライドする。中に入ると、白衣を着た妙齢の女性が出迎えてくれた。

「よ、典。わざわざスマンね」
「いえいえ、取次ぎも助手の仕事ですもの。Jも久しぶり。元気だった?」
「お久しぶりデス。特に問題は無いデス」

この女性の名前は桜庭典(さくらば・のり)。それなりに長い付き合いで、一応俺の後輩に当たる。
件のドクターの助手であり、自身も有能な実装研究者だ。
何が有能って、まず以ってあのドクの助手を務めていられる時点で尊敬に値する。

「んで、肝心のドクは何処に居るんだ? 姿が見えんが」
「先生なら、ほら、処置室ですよ。何か昂ぶっちゃってるみたいで」
「……あー、もしかしてまた寝てないのか」
「ここ三日ほど。特に今回は張り切ってて」

さらりと口にする典。まあ慣れ切っている所為もあるが。

「まー良いや。じゃ、取り敢えず死なない内に話聞いとくわ」
「はい、ごゆっくり。Jはどうする?」
「ワタシもマスターに着いて行きますデス」
「分かりました。それじゃ、何かあったら呼んで下さいね」
「りょーかい」

手を振る典に別れを告げ、奥の扉に向かう。
処置室、と言っていた通り、そこは術式全般を行う専用室だ。但し実装の、だが。
一応ノックをしてから扉を開ける。
瞬間、非常に聞き覚えのある威嚇の声が響き渡った。

「デッギャアアア!! デギュオオオオオ!!
 クソニンゲン、美しいワタシをこんなトコロに閉じ込めてナニしやがる気デスゥ!!
 さっさとこのヘンなのを外して相応しいもてなしをしろデジャアアアアアア!!!!」

……。
あー、案の定か。

処置室の内装は至ってシンプルなもので、メタリックな寝台と雑多な機械類、そして各種道具の納められたラック以外には何も無い。
その中央、実装用の術式寝台が置かれた場所に……居た。
視線の先には寝台に拘束された裸の成体実装石。
そしてその傍らには、両手に手術道具を持って柔らかに微笑むちょっとどころでは無く危なげな白衣の男の姿があった。

「ふふ、キミは賢く美しい実装石なのだろう? ならこの程度の事で怒りを露にするのは賢明とは言えないなあ。
 私はキミに得難い経験をして貰いたくてね、こうして御足労願った訳だ。
 これはとても、とてもとても“特別な事”なんだよ。普通の実装石ではまずお目に掛かれないだろうねぇ」

丁寧な、その実慇懃無礼を音に変換したかの様に乾いた声音。
言葉の意味がどれほど正確に届いているのかは分からないが、“特別”という単語に脊髄反射した実装石はいやらしく笑いを漏らす。

「デ? デププ、そうデスか。特別なワタシにはまあ当然の待遇デスね。
 なら、早くワタシを可愛がるデス。まずはコンペイトウデス」
「うんうん、期待通りだねぇ。ほーら、甘いよ〜」
「デッス〜ン♪」

コンペイトウではないが、代わりに蜂蜜を口に垂らされて御満悦の拘束実装石。
今まで味わった事の無い甘味に至福の表情を浮かべ、ニチャニチャと汚らしい音を立てて味わっている。
うーん、にやけ面が思わず捻り潰したくなるほど醜い。
その様子をニヤニヤと見ていた男は、おもむろに右手のメスを実装石の左腕に刺し入れた。
そのままスーっと腕を縦に割り開く。

「デプ、デプププ、甘いデスゥ、幸せデッスゥ〜ン………デ?」

蜂蜜にトリップしていた実装石が不思議そうに首を傾げ、視線を固定された左腕に向ける。
無論、そこにあるのは自分の腕だ。
但し、肉が裂け血が溢れ、骨まで見えてはいるが。

「…デ、デデデ、デジャアアアーーーー!? 何をするデスクソニンゲン! やめ、やめぇデアアアアアア!!!!」
「クフフフフ、良い声で啼くねぇキミは」
「ワタシを可愛がれと言ったハズデジャアア!! そんなことも分からないんデスかこのバカニンゲン、死んで償えデッギャアアアア!!!」
「良いねぇうん、実にイイ。
 ホラ、ココはどうかな? ココは? ココはぁ?
 大丈夫大丈夫、私は何と言ってもドクターだからねぇ。
 何処までやったってキミは死なないし死ねないよ」
「デウゥ、デッ、デアッ、デギャアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!」

………。うわー、超近寄りたくねぇ。
まあ、ここまでトランス入ってるとどうせ何言っても無駄だから、取り敢えず落ち着くまで待つか。
俺は手近にあった四角い機械に腰掛け、動けぬまま狂乱する実装とイっちゃってる男を観察する。
Jは座らず、立ったままで黙然と手術の様子を見ている。

「お前も座れば?」
「いえ、大丈夫デス」
「あっそ」

そんなやり取りの間にも男は手早く実装石の四肢を切り開き終え、中の骨を全て抜き去る。
次いでウレタン的で均質な筋肉を幾本ものメスを用いて偏執狂の如く細かく細かく筋に沿って分断していく。
当然だが実装は盛大に出血している。赤緑の血液が溢れ、見た目には既に血塗れである。
だがそれらは全て寝台の傾斜を伝って下に流れ、台下部に設けられた排水槽に落ちる様になっている為、床が汚れる心配は無い。
精緻の極みを以って振るわれるメスが筋肉を切り裂く度に叫び声を上げ、涙と鼻水と涎を撒き散らす実装石。

「デウゥ! デヒィッ!? デ、デアアアア、デギュヒィィィィィィ!!
 痛い、痛いデスゥゥゥゥ!! ワタシの美しいカラダに何しやがるデビャアアーーーー!!!
 デエェ、デエエェェン、デエエエエエェェェェン!!!!」

一通り苦痛の声を愉しみ、転じて一気に四肢を切断。
各断面から滝の様に血潮が迸り、実装石の絶叫が処置室のそこかしこに反響する。

「デギャアアアアアアア!!!
 う、ウデがあ、ワタシのウデ、痛い、痛いデスゥ!
 足も、足も痛いデェェェ、デビャアアーーーーース!!!!
 ニンゲ、ニンゲェン、何でこんなコトしやがるんデジャアアアアアアアア!!??」

しわくちゃになった顔面を震わせ、実装は必死に訴える。
しかし男は特に反応せず、それどころか実装の胴体をせっせと押してより血液を噴出する様に仕向けている。
再度の絶叫。しかし男は止める気配を見せない。
男は三分ほど実装石の身体を圧し続け、然る後、切断面をバーナーで焼き潰した。

「デジュギオジャベベベベベベベベ!!!!!」

青い炎にジリジリと焼かれ、熱さと痛みに身を捩る実装石。
ここまでやれば普通はさぞタンマリと糞を漏らしている筈だが、そんな様子は欠片も無い。
それもその筈、総排泄孔に排便の為のぶっといチューブが挿入されているのだ。
そのおかげでバイオハザードは起こらず、至って順調に手術は進行していく。
そのままたっぷり五分使って念入りに焼きを入れ終わると、立派な達磨実装が出来上がった。
先程の四肢切断で血を失い過ぎた為か、肌の色は青を通り越して白っぽくなってしまっている。

「ふう、これで良し。では次に……」

バーナーを置いた男は、そこでようやく腹を割いて偽石を取り出し、栄養剤を満たしたシャーレの中に沈める。お馴染みの抗死措置だ。
しかし、手術前に抜いてなかったんかい。いやまあ、分かっててやってたんだろうが。

「デ、デスウゥゥゥ!? そ、ソレを返しやがれデスゥ!!
 クソ奴隷の分際で何をやっていやがるんデジャアアアアアーーーーーーーーーッ!!!」

処置が進む度にデギャデギャ鳴いていた実装石が、抜き取られた偽石を見て絶望の声を上げる。
まあ、まさに自分の命そのものが盗られたとあっては堪らないか。
四肢の無い胴体をじたばたと動かしながら(拘束の所為でまるで動いてないが)、何処から出るんだという声量で男を罵倒し続ける。
この口振りからして、またぞろ研究用の養殖実装じゃなくて糞蟲タイプの野良をわざわざ拾ってきたのだろう。
男はその口汚さにウットリと眼を細め、心底嬉しげに身を震わせた。

「嗚呼……やはり良いねぇ。
 賢い個体や愛情深いタイプをを腑分けるのもそれはそれで大変趣があって宜しいのだけどね。
 素直な反応を愉しむにはやはり糞蟲の方が味があってイイ。これぞ正しく虐待、という醍醐味があるからねぇ。
 さあ、これからもっともっともっともぉぉぉぉっと愉しくなるよ、楽しみだろう?
 ん〜、楽しみだ愉しみだタノシミだなあ」
「デ、デジャアアアアア!? お、オマエは悪魔デスゥッ!?
 たすけ、誰か可愛いワタシを助けてデアアアアアアア!!!!」

……帰って良いかな、俺。
別に虐待するのも虐殺するのも個人で好きにやれば良いが、本題置き去りってのは頂けない。
傍らのJに視線を向けてみると、別段普段と変わりない様子でこの狂態を見ている。
同族が幾ら虐げられようと、コイツは何も思わない。
思っているのかも知れないが、それが表に出てくる事はごく稀だ。
そういや昔からこんな奴だったなあ。
そう思っていると、笑っていた男がいきなりその場で回転し、ピタリとこちらに視線を合わせる。

「……んん? おお何だ、来ていたのか「」。そうならそうと言ってくれれば良かったのに。
 それにJも一緒かい。うんうん、息災な様で何よりだねぇ」
「遅ぇよ」
「遅いデス」

即座に突っ込む俺とJ。
今まさにアッチの世界に逝きかけていた野郎がどの口でそれをほざくよ。
つーかこういう奴って皆こういう事言うよね。

「いやいや、ドクのお楽しみタイムを邪魔するのもどうかと思ってね。
 別に待っててやるからサクッと殺っちゃってくれよ」
「うふふ、嫌だなぁ「」。愛しい君がわざわざ訪ねて来てくれたと言うのにそんな真似が出来るものかね。
 それに、こんなのは片手間でも朝飯前さ。朝食はもう三日くらい食べてないけどね」
「いや、食えよ。つーか寝ろよ。あと愛しいとか言うな」

この片眼鏡に白衣、丁寧に撫で付けた長髪と甘いマスクという見た目には完璧なナイスミドルが研究部の主任、コードネーム『D』。通称ドクター。
今までの行動で分かる通り、ちょっと色々とアレな人だ。
普通なら関わり合いになるのは御遠慮願いたい人種だろうが、悲しい事に俺とコイツは十年以上の腐れ縁です。
あのクソジジイと言いコイツと言い、ちょっと人間関係見直すべきだろうか。

「取り敢えず、今回の件に関して何か報告があるとか聞いてきたんだが」

このまま放っておくと何時まで経っても終わりそうに無い。
俺はここにやって来た本来の用事を済ませる為、そう口にした。

「ああ、そうそう。そうだった、そうだったね。
 いや実はね、その辺りとも関連して、今ちょっとした実験をやっていたんだよ」
「何? 単なる虐待じゃねぇのか?」
「嫌だなあ、私はそんな無駄な事はしないよ。
 愉悦は実益と両立させるべきもの。一方だけでは片手落ちだよ」

説得力が有るんだか無いんだか良く分からんが、今のドクは大層機嫌が良さそうだ。
研究欲が高じて虐待派じみてくる研究者というのはこの業界じゃ大して珍しくないが、コイツの場合は少し違う。コイツは真性である。
コイツにとっては実装を切り裂く事も、その生態を探り解明する事も、等しく愉悦の対象なのだ。現に研究に打ち込むコイツは非常に愉しそうである。
まあ、今は単純に寝てないからハイになってるだけかも知れんが。

「さてさて、何から話したものかな。
 まあ取り敢えずこの実装ちゃんには少し休んでいて貰うとして」

言いつつ、苦しげに喘ぐ皺くちゃの達磨実装の身体に様々なコードを取り付けるドク。

「デェ…、デェ…、……デ!? な、何をしてやがるデス!?」
「はいはい、ちょっと待っててね。すぐに済むから」
「や、やめろデスゥ! 今ならコンペイトウ山盛りで許してやるからさっさとデモッ!?」

教科書にでも載りそうなほどテンプレ通りの糞蟲発言を軽く聞き流し、ドクは達磨実装の口にマスクを被せる。
マスクに付属された太いチューブを食道どころか糞袋まで突っ込まれ、必死にえずく様な仕草を見せる実装。
まあ人間の力には抗える訳も無く、容易くマスク装着を完了する。
マスクは達磨実装の頭、その両側に“直接”鋲で留められており、どれだけ暴れようと外れる心配は無い。
そしてチューブの末端は何らかの薬品だろうか、翡翠の様な輝きを放つ液体がなみなみと注がれた透明容器付きの装置に接続されていた。

「それじゃ、少しの辛抱だよ」
「———————! ———————————!! —————————————!!!」

顔中の穴という穴から体液を流し、出そうとしても出ない声を絞る様に懇願する達磨実装。
大方さっさとマスクを外せとか、飼わせてやるから助けろとか、お決まりの台詞を吐こうとしているんだろう。無駄な努力な訳だが。
ドクはにこやかに微笑んだまま装置のパネルを操作し、機械を起動させた。
罵倒にも媚態にも哀願にもまるで反応しない。
うむ、このスルー力はある意味賞賛に値する。近頃はハンターでも我慢出来ないのが結構居るからな。
しかし、休んでいて貰うんじゃなかったのかドク。

「それでは、こちらの用件に移ろうか。
 ああ、彼女は暫く放置しておいて大丈夫だよ。限界まで試して反応を見たいからね」

ゴウンゴウンと唸る機械が液体をチューブに流し込み、寝台の達磨実装へと無理矢理注入されていく。
相当苦しいのだろう、両目を限界以上に見開き、小刻みな痙攣を繰り返している。
下のチューブにもモリモリ糞が流れ込んでいるが、どう観ても容積以上の量なのはもはやお約束である。

「……まあ別にアレがどうなろうと構わんけどさ。
 で、一体今回のはどういう状況なんだ?」

備え付けのパイプイスに座ったドクに向けて、俺はようやく本題を切り出した。

「ふむ、まあ一から説明していこうか。
 まず昨夜、発見者は仮にA君としておこう。
 そのA君がバイト帰り、ふとした好奇心からビルに挟まれた路地に足を向け、そこで今回の…」

言葉を切り、リモコンで電灯を消してから横に置いてあったプロジェクターを起動させる。
同時に天井から降りてきたスクリーンに映し出されたのは、現場の撮影らしい画像。
そこに映るのは昼でも薄暗い路地の様子と、ビルとビルの間に張り巡らされた薄い緑色の粘着質な何か。
それらは路地の道幅いっぱいに拡がり、幾重にも折り重なって中空を埋めている。

「……何だコリャ。見た目には粘液っつーか、如何にもベタベタしてそうな感じだが」
「そうだね。粘液質というか半流動体……いや、半固形質と表現した方が適切だろう」

確かに緑色の何かは液体と言うよりは柔らかい粘質と言った方が良さそうだ。
放射状に広がるそれは、俺の脳裏にある種の連想を呼び起こした。

「何か、アレだな。蜘蛛の巣っぽいな」

何気ない俺の言葉に、ドクは嬉しそうな笑顔を見せる。

「ふふ、流石だね「」。そう、これは云わば蜘蛛の巣に非常に近い形態を取っている。
 これを見てみたまえ」

そう言ってドクがプロジェクターを操作すると、今度は様々な角度から撮られた“巣”の映像が浮かび上がる。

「これが発見当初の画像。
 広がりに沿って沢山くっ付いている小さな塊が実装石で、中心の大きな塊の中には被害者が包まれていた」

投影された映像は、まさしく蜘蛛の巣に獲物が掛かった様子を髣髴とさせる。
実装石は兎も角、人間と対比してもアレだけの大きさという事は……かなりのものなのだろう。

また切り替わる画像。
今度は採取された実装石の解剖写真の様だ。

「……カラッカラだな。搾り滓じゃねぇか」
「ああ、その通り。
 解剖の結果、ほぼ全ての実装石が極限まで身体中の水分……体液を失った状態だった事が分かっている。
 つまりはこういう事だ」

検体安置所に敷き詰められた、緑の塊達。
画像の中には乾き切った雑巾か、さもなくば干し大根の様な有様の実装石が無数に並べられていた。
その光景は悲惨というか、無残の一言に尽きる。
耐性の無い人間なら速攻で吐き出しかねない。トラウマにでもなりそうだ。
まあ、少なくとも今ココに居る人間はそんな繊細な神経持っちゃいないが。

「人間の方の被害者はどうだったんだ?」
「ああ、それに書いてある通り衰弱はしているが命に別状は無い。
 もっとも、精神の方に受けたダメージがどの程度なのかは分からないけれどね」
「そうじゃない。人間の方も体液吸われてたのかって聞いてんだよ」
「ん? ああそうか。確かに吸われてはいたけどね、そう大した量じゃないよ」
「ふーん……」

ドクは特に気にせず頷いたが、もし他の人間が傍から聞いていたとすれば俺の言葉は随分と非情に聞こえた事だろう。
だがまあ、被害者には同情するが、別に俺がどう思ったところで快復が早まる訳でも無い。
それよりも、今はこの事態に対応する為の情報が必要だ。少しでも多くの。

「そうそう。被害者は兎も角、この実装石達は随分と面白かったよ。
 いや、この仕事に就いて結構経つけど、あんなのは見た事が無かったなあ」
「? どういう事だ?」

ドクはちらりと寝台で蠢く達磨実装に目を向け、言葉を続けた。

「現場から発見された実装石は五十体以上居たのは知っていると思うけど……
 その全てが、採取された時も“生きていた”と言ったら「」は信じるかな?」
「あん?」「デス?」

我ながら間抜けな声が出た。
思わずスクリーンの映像とドクの顔を交互に見比べる。
会話中、邪魔をしない様に口を閉ざしていたJも、眼を丸くしてドクを見ていた。

「あの状態でか? 幾ら実装石がデタラメを形にしたナマモノとは言え、それは幾ら何でも無茶なんじゃないか」
「まあ確かにそうなんだけどねぇ。
 より正確に表現すると、“生きていた”と言うより“生かされていた”と言った方が良いかもね」
「生かされていた……って、一体何の為にだよ?」
「うん、まあそれを検証する為に今さっきの実験をしていた訳なんだけどね」
「実験って、アレ?」

ドクの言葉に、俺は達磨実装の方へ眼を遣る。
既に薬液は尽きたらしく、実装は丸々と水膨れした身体をうねうねと蠢かせていた。
ドクは立ち上がると、テキパキとマスクや総排泄孔に挿入されていたチューブを取り外していく。

「……デェェ……デェェ……ニ……ニンゲ………」

消耗し過ぎたのか、言葉にならない言葉を発する達磨実装。
口を開く度にタプタプと膨張した肉が波打つ。見ていて余り気持ちの良い物でも無いのは確かだ。
ドクは寝台から離れ、偽石の入ったシャーレを持ってくる。

「巣に捕えられていた実装達を調べてみたら、体内から奇妙な液体が検出されてね。
 それの成分を調査してみたら、どうもこの巣を形成している粘質物と同じ物らしい、という事が分かった。
 今この実装に注入したのは、採取した巣の一部を液化・濃縮したものなんだ」
「実装の体内から? 血液とか、そういうのとは違うのか?」
「うん。実装石の体液成分とは異なる性質を持っている様だった。
 とは言えより細かく見てみると、どうも細胞レベルでは組成が酷似していたんだけどね。云わば擬似体液だ。
 今回の事件の原因が悪性変異だとされたのは、つまりはそういう事さ」
「……成程、そうだったのか」
「画像を見れば分かると思うけど、実装の身体に粘質が少し付着しているだろう?
 アレはね、実は付着じゃなくて殆ど一体化しているんだ。肉に溶け合う様にね。
 あれじゃどう足掻こうとも逃げられない。ましてや実装じゃ尚更ね」
「……」
「恐らく、あの巣の粘質は捕えた実装石を拘束しつつ、尚且つ獲物が衰弱死しない様に養分補給をしていたのだろうね。
 知っての通り、実装石は生命力だけは折り紙付きだ。どれだけ飢えようと、最低限の栄養さえ有れば死ぬ事は無い。
 ましてや、それが偽石に直接作用していればね」

ドクはシャーレに沈めた達磨実装の偽石をピンセットで摘まみ、ステンレスの摘出皿に移す。

「一方、被害者の身体にはそういう形跡は無かった。
 体液を多少吸われていたのはそうだけど、血液検査をしても特に異常は発見されなかった。一応洗浄作業なんかはしたけどね。
 果たしてコレは偶然なのか、それとも……」

手術台のライトを点け、達磨実装を見下ろすドク。
それに気付いた実装は、満身の力を込めて口をパクパク動かす。

「ニ…ニンゲ…ン………タス………タスケ…テ…………デェ……」
「大丈夫だよ、もう少しの辛抱だから。これが終わったらもう御仕舞いだよ。
 キミにはいっぱい頑張って貰ったからねぇ。幾らお礼をしても足りないかもなあ」

そう言って微笑むドクに、側頭からダラダラと血を流しながら微かな光明を見出す達磨実装。
これでもう助かると踏んだ途端、心なしか表情に余裕が生まれた。どころか「デププ」と苦しげだが笑ってさえいる。
……良いのかね、そんな素直に喜んじまって。
そんな事を思っていると、ドクが振り返って俺を見た。片眼鏡がプロジェクターの淡い光を反射して妖しく光る。

「それで話を戻すけど、拘束されていた実装達は擬似体液の他にも奇妙な点があってね。
 こちらはサンプルがそれほど無かったから画像の方には映ってないけど、もしかするとこれこそがこの液体の本来の作用なのかも知れない」
「本来の……作用?」
「それをこれから確かめてみるのさ。まあ、取り敢えずは見てて御覧」

言葉を切り、ドクは達磨実装に向き直る。
備え付けの台からメスを取り上げ、膨張した実装の胸部に軽く切れ込みを入れると、ピンセットで静かに偽石を戻す。
切創は偽石を取り込んだと見るや瞬く間に修復され、綺麗に元通りになった。
元々実装の再生力は異常に高いが、これは明らかに速過ぎる。
何かがおかしい。

「デプププ………こ、これでワタシは自由デス………。
 さあニンゲン、這いつくばってワタシの糞を舐めればこれまでの無礼を許してやらんこともないデスゥ………。
 何ボサっとしてやがるデスこの奴隷……美しいワタシを崇めて、女神の様に敬うデス………。
 まず手始めに、ステーキとスシとコンペイトウと、それから綺麗な服と専用の部屋を用意するデス……とっととしやがれデスゥ……」

既に助かる事を脳内で決定したのか、立場を弁えない糞蟲全開の世迷言をほざく達磨実装。
実装の妄想力は生命力に直結でもしているのか、今の今まで死にそうになっていたとは到底思えない。
どう考えても生殺与奪の権利はドクに握られていると思うのだが、実装の幸せ回路というのは何処まで優秀なのだろうか。

「ふふ、そうかい?」

笑顔のドクがそう呟いた瞬間、いやらしく歪んでいた達磨実装の表情が固まった。

「…デ? デデデ? デデデデ、デデデデスススススス!?」

Aの形をした口が不自然に捩れ、言葉とも唯の鳴き声とも取れる不可思議な音が連続する。
水風船の様な身体が不気味に痙攣し、タポタポと不安定に揺れ動く。

「な、なななな、何を、ナニをしや、しやがっ、しやがったデスゥ。
 かか、から、カラダがヘン、変で、ヘンでdddddd」
「ああ、始まったね。ここまでは予測通りだ」

何処までも冷静な目で、達磨実装の状態を見守るドク。

「この実装は先程の手術によって自前の体液をかなりの量失っている。
 勿論実装石ならその程度で死ぬ事は無い。栄養状態さえ万全なら持ち前の代謝能力で即座に補いが付くだろう。
 だが今、これには濃縮擬似体液を容積の五倍分ほど注入している。
 現場で発見された実装石と比較しても数百倍の濃度だ。
 体内に流し込まれた高濃度の擬似体液成分は、実装石の発達した栄養吸収力によって速やかに体内へと行き渡り……そして」
「……デ!!」

朗々と流れるドクの解説を合わせる様に、達磨実装が鋭い一声を上げる。

「デ! で! デ! De!」
「さっき、画像には無いサンプルがあったと言ったね。
 この実験は、そのサンプルに起きていた変化を意図的に再現しようと試みたものだ」
「デ、ニンゲ、デ、ナ、ナン、ナンデ、ワタ、タスカ、イッタ、ジユウッ!?」

音程の狂った吃音を搾り出し、ドクに問い掛ける実装。
今やその身体は皮下をボコボコと何かがうねり、血涙を流した顔も文字通りぐにゃぐにゃと崩れ、本来の形とは掛け離れた惨状を示している。

「嫌だなあ。最初から“これが終わったら”って言ったじゃないか。
 それに、私は“御仕舞い”とは言ったけど、別にキミを自由にするとは一言も言ってないよ?
 意味は文字通りさ、嘘は付いてない。
 但し、御仕舞いなのは実験じゃなくてキミだけどね」
「dl路tんp@e:\ヴぁwyこcdvdp:@¥:gふぃrわyq、;p!!!?!??!?」

意味不明な絶叫が処置室に響き渡る。
助かると思っていたところに無情な宣告。古風に則った見事なまでの上げ落としである。
もっとも、勝手に舞い上がって勝手に落ちただけだが、それもまた伝統か。
そんな益体も無い事を考えていると、ドクが注意を促してきた。

「見て御覧。始まった様だよ」
「…! これは……」

原形を留めぬほどに膨張し、更には内部から蹂躙されるかの如く蠢き続ける達磨実装。
声帯すら震えなくなったのか、僅かに見える口だけを開閉させている実装。
その最初の変化はまず四肢の断面、黒く焼き潰された部分から始まった。

「—————! ———————!!」

焦げ付いた火傷の跡にピシピシと乾いた音を立てながら亀裂が走り、炭化した断面部分がボロボロと剥がれ落ちる。
剥離した断面からは、真新しい鮮紅色と緑の入り混じった筋肉と白い骨、そして再生された神経組織が覗いていた。

「……火傷から再生したのか? あそこまで念入りに焼かれたってのに、切除も無しに?」
「いや、これはむしろ全面的な組織の書き換えに近い現象だろうね。
 戻した偽石と擬似体液が反応して、身体中の組成を変化させているんだ。
 ほら、まだまだ続くよ」

ドクの言葉通り、実装に起きた変化はこれだけに留まらなかった。
肉体全体がうねり、皮下の蠢きが途切れた四肢部分に流れる様に集まっていく。
肉の断面がぴくぴくと震え、それどころか体側全体が徐々にその体積を増していく。
達磨実装のオッドアイがカラータイマーの様に点滅し、口からは断続的に緑色の体液が噴出する。
そして—————

「……デッギャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

魂消る絶叫。
文字通り血を吐く勢いで押し出された叫びと共に体側が裂け、中から弾ける様に何かが飛び出してくる。

「!?」

ぬらぬらと体液に濡れて輝くそれは、実装石特有の、指の無いあの偏平な腕とは全く異なる、鋭角的で節くれだった硬質の“足”だった。
茶色い産毛に覆われた節足の長さは通常の実装の五倍以上にも伸び上がり、寝台からはみ出してわさわさと不規則に蠢動する。
その数、左右併せて実に八本。

「おいおい……マジかよ」
「デ、デスゥ」

異常は続く。
口の両脇から歯が変化したと思しき牙が一対伸び、明滅しているオッドアイの周辺にはポツポツと新たな輝きが生じていた。
複眼だ。色違いの両眼に合わせて左右に計三対。元のを入れて四対。
更に下腹部が恐ろしい勢いで膨張し、卵の様な形状を取る。
股間の総排泄孔は歪な楕円を描く腹の中腹辺りに位置し、内圧で押し出されたのか、緑色の粘着質な何かをしきりに吐き出していた。
最後に、これだけはそのまま残っていた短い前髪と長い後ろ髪がバサリと抜け落ち————

「………蜘蛛、か」
「うん、まさしくねぇ」

変異を終えたその形状は、言葉通りまさしく蜘蛛そのもの。
と言うより、余りにも奇形なその姿は、蜘蛛の特徴をそのままデタラメに戯画化して実装石に当て嵌めた様な代物だった。

「デジュー……デジュー……デギジャアアアアアア!!!!」

顎も変化した所為か、それとも声帯そのものが変わった為か、酷く濁った声で威嚇を繰り返す元達磨実装。

「現場に残っていたあの粘質はね、確かに前例の無い物だったんだけど、実はそれと良く似た物を実装石は造り出す事が出来るんだ」

拘束され、ギチギチと歯を鳴らす変異実装を見遣りながら、ドクは静かに言葉を紡いだ。

「……『繭』、さ。この粘質は実装石の繭を形成する糸とほぼ同じ性質を持っている。
 現場から数体採集されたサンプルにも、低度ながら同様の体組成変化が確認されている。
 つまり、捕えられていた実装が生かされていた本当の理由は—————」

ドクは棚から巨大な圧力注射銃を取り出し、濃縮実装シビレをたっぷり300ml装填してから暴れる変異実装の頭に突き刺す。
引鉄を引くと一瞬でシリンダーの薬液が注入され、変異実装は「デジュ!」と一鳴きした後、ゆっくりとその動きを停めた。

「ああ………そうか、そういう事か」

気絶した変異実装を見詰め、思考が冷たく凝っていく。
そこに形成される、余りにも胸糞の悪い結論。
つまり、それは——————

「つまり………“仲間”を増やす為、って訳か。糞ったれが」

暗い処置室に沈黙が降りる。
無性に煙草が吸いたくなったが、場所が場所だけに控えざるを得ない。
唾を吐きたい衝動を堪え、俺は立ち上がる。

「さっさと潰さないと—————色々とヤバイな、今回は」
「ああ。本体のみならず、痕跡もろとも完全に消し去る必要があるね。
 今回の実験は意図的に変異の速度を上げたけど—————恐らく、本来の変異に掛かる時間は長くて一週間かそこらだろう。
 可及的速やかに全てを終わらせなければ、被害は幾何級数的に増大する」
「隊長に申請して、動けるハンターは全面投入だな。今回見つかった奴の他に、巣が存在する可能性は?」
「無い、と言い切れれば楽だったんだろうけどね。残念ながら可能性は十分以上にある。
 これまで発見されなかった事からして、どういう場所に巣を張るのかは良く分かっていない。
 ただ、今回発見された巣がアレだけ大規模だった事から見ても、恐らく本体の発生時期はそう古くは無いだろう。
 他の巣と、そして本体の捜索に関しては既に『シモン』が動いているよ」
「ああ、それなら巣の方は何とかなるか。問題は本体だな」
「対策を講じる為に、既にチームは組んである。
 オリジナルには及ばないだろうけど、近しいサンプルは今こうして手に入った。
 一両日中には調べ上げてみせるよ」
「ああ、まあ精々期待させて貰うぜ、ドク」

言い置き、俺は足早に出口へと向かう。Jが慌てて後を追ってくるのが分かった。
処置室を出た俺達に事務仕事をしていたらしい典が気付き、只ならぬ気配を察してか恐る恐る声を掛けてきた。

「あ……お、お疲れ様です。お話、どうでした?」
「ああ、随分とまあ楽しげな状況になってきたな。いつも通りと言えばそれまでだが。
 つー訳で、バックアップは宜しくな」

無意味に悩ませるのも何だ。出来る限り朗らかに対応する。
しかし、あのドクの助手を務めていられる聡明な女性だ。如何に配慮しようと、事態の重大さはこれだけで知れるだろう。

「…はい。こっちの事は任せて下さい。
 お仕事、頑張って下さいね「」さん。怪我には気を付けて。Jも、ね?」
「了解」
「分かりましたデス」

心配そうな典に別れを告げ、俺達は主任室を後にする。
無機質な廊下を歩きながら、口の端が段々と吊り上っていくのが自分で分かった。

「糞蟲ならぬ害蟲駆除か。奴さんには果たして殺虫剤は効くんかねぇ?」

残された時間はそれほど無い。
だがまあ、いつもの様に気負わず、いつもより余計に楽しむ事にしよう。
せめて、一ヶ月前と同じ程度には楽しませて貰わなければ、わざわざ出張る甲斐が無いというものだ。

「そうだろ? なぁJ」
「デス、マスター「」」


———————さあ、狩りの始まりだ。





『JISSOU FREAKS』CASE-2:『the WEB』part-1....END. and, to be continued.

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