第3話「仔実装の名前」 「シャァァァッ!! デシャァァァァッ!!」 「テェェェェーーンッ!! テェェェェーーンッ!!」 デさんが仔実装に向かって威嚇をしている。 仔実装が近づくたびに、デさんは自らの縄張りを主張するかの如く、仔実装を遠ざけた。 実装石は群れで生きる生物じゃない。 段ボールなどを駆使して、自らの生活範囲であるテリトリーを主張する。 飼い実装の場合、この家自体が段ボールと等しい。 段ボール内に進入した赤の他人である実装石を排除しようとするのは、当然の行為であると言えた。 「なぁ。デさん。頼むよ」 「デブデブ……」 デさんは、前掛けで、黒縁の実装眼鏡を拭きながら、ブツブツと文句を言う。 仔実装は、俺の背中の後ろに回り込んで、小刻みに震えている。 「そうだ。あいつの名前は、デさんがつけていいよ」 「………デプン」 あ〜ぁ。臍を曲げちまった。 取り付く島もないとは、このことか。 時間が解決してくれればな…。甘い期待だとは自覚しながらも、天に祈らざるを得なかった。 ◇ 「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」 居間から声が聞こえた。デさんの声だ。 日頃、黒縁の実装眼鏡をかけて、日経新聞を読むデさんから聞くことの出来ない甘い声だった。 そういや居間には、あの仔実装もいるはず。まさか…。 ダッと俺が居間を覗くと、デさんは難しい顔をして絵本を逆さに読んでいた。 見れば、仔実装はクッションの上で丸く、寝息を立てていた。 「デさん?」 俺が声をかけると、デデッと「今いい所だから声をかけるな」と、逆さの絵本を手にしながら、 顔を赤らめていた。 「…………」 俺は敢えて何も言わず、台所に向かって、水仕事を始めた。 ジャー…… 水仕事をしながら、ちらりと居間の方を伺う。 俺は、水が流れる水道の蛇口をそのままに、洗い場を離れて、そぉと居間の中を覗いてみた。 「………デー」 テスーテスーと寝息を立てる仔実装を上から伺うデさん。 ずれ落ちる黒縁眼鏡を、ない指の手で戻しながらも、頬を赤らめながら、仔実装の寝顔を見つめていた。 そして、デさんは無意識のうちに小声で口ずさむのだった。 「ボェ〜♪ デッデロゲ〜ボォ〜♪アッアッ〜♪」 ぷっ。 俺は思わず吹き出しそうになるを堪えるのに懸命だった。 時間が解決する?何てことはない。仔実装を連れて来て、翌日の出来事である。 実装石は母性の強い生き物である。ましてはデさんは、ペットショップで躾けられた飼い実装である。 飼い主の許しがなくば、仔を宿すことも許されない身の上は、充分に理解できている賢い実装石である。 「そうか。デさん……」 デさんが、この家に来て2年。 そう我が儘を言う実装石ではない。 もしかすれば、仔を望んでいたのかもしれない。 俺は飼い主として、デさんの望みも察してやれてなかったのかと思い、頭を掻いたりした。 ◇ その日の夜。 俺はデさんに昼間の居間の事を語った。 「デデッ!! デデスワッ!! デッスンッ!! ダッダッ〜〜!!」 (な、なによ!べべべつに、寝顔を見てただけなんだからね!) 「デスデスッ!! デスァ!! デェースデスデェース!!」 (こ、この仔のことを認めたわけじゃないんだから!勘違いしないでよね!!) と、リンガルで表示されていたかどうかは確かではないが、多分似たようなことを言っているに違いない。 「デさん。とりあえず名前をつけてやってくれよ」 約束したのだ。仔実装の名前は、デさんに付けて貰う。 その方が、デさんもこの仔を受け入れてくれるはず。そう思ったのだ。 「ダァ!! デェスデェースッ!!」 昼間の子守歌の件を認めたがらないのか。 デさんは、抗議の声を上げながら、最後には近くの物を俺に投げ始めた。 新聞や積み木。果ては、近くにあった薬箱の中を漁っては、それを投げつける。 「痛てて。いい加減にしろ、デさん」 「デスァ!! デスァ!!」 「おまえだって、仔が欲しいんだろ。だったらいいじゃないか」 「ダァ!! デェスデェースッ!!」 そんな押し問答が続き、デさんがとうとう降参した。 「デッ!!」 「なんだよ」 「デデッ!!」 デさんが俺に近づき、ない指で、先ほど投げつけた物を指さしている。 「何だよ」 「デッ!!」 「……まさか。名前か」 「デスッ!!」 デさんが指さしたのは、先ほどデさんが投げつけた物だった。 「……………」 「……………」 「まじですかぃ」 「デス」 居間で寝ている仔実装よ。 おまえの名前が、決まったぞ…。 デさんがそう決めたのだから仕方がなかった。 俺は、先ほどデさんが投げつけた「ボラギノール」を手に、ゆっくりと居間へと向かった。 「………きっと、お通じがいい仔になるに違いない」 そう思いながら、居間で眠る仔実装「ボラギノール」を見つめながら、 俺は持病の痔を押さえながら、ボラギノールを手に、便所へと向かった。 (つづく)
