実装燈の繁殖に関して有用な論文を書いた男の家に私は来ている。 彼のおかげで実装燈の人工繁殖の成功率があがり、ペットとしての実装燈が手に入りやすくなった。 扉の前に立ち、一呼吸置く。 呼び鈴を押す、ピンポーンとお定まりのあの音。 少し間を置いてインターホンから男の声がした。 どなたですか? 実と装で記事の取材を申し込んだ者です、と答える。 ああ、わかりました今扉をお開けします かちゃり、と鍵の開く音がし中に招かれる。実装燈の研究をしてる男の家なので、中はヤクルトくさい。 応接間に招かれる。 応接間の椅子に座り、その対面に男が座る。さぁ、インタビューを始めよう。 よろしくお願いします、と開始の合図を送る。 今日は私の話なんぞを聞きに来てくれてありがとうございます。研究者としては未だ未熟の限りでお恥ずかしいところなのですが… 何故実装燈の研究を始めたのか、そのきっかけを聞く。 研究を始めたきっかけですか…そうですねぇ?長くなりますよ? 昔の事です。 あれは私が小学生の頃のことです、教室で一匹の実装燈が飼われていて皆がよく世話をしていました。 名前はいつの間にかクロちゃんと呼ばれていた。 羽が黒いから、クロちゃんだったのでしょうか?今となっては詳細はもう知る由はありません。 『クロちゃんはかわいいね』 『クロちゃんヤクルトあげる!』 『クロちゃん、お花摘んできたよ、ここに飾ってあげるね』 と、クロちゃんは可愛いかったから人気があった。 特に可愛い物好きの女子からはもう構われない時が無いほどでした。 女子が構っている間は男子は近づき辛いものがありました。 クロちゃんが教室で飼われるようになった経緯は確か当時の先生が持ってきたからでした。 恐らくは、生徒の情操教育のための生物育成あたりが目的だったのだろうと思うのですが… 今思い返してみると、実装燈をそこに持ってきたのは選択ミスにも程があると思いますね。 …いえ、あえて持ってきたのかも知れないな。先生は確か笑っていたもの、子供心にこう、少し恐怖を感じるような笑顔で。 ともかくそうしてクロちゃんは教室に来た。 来たときからひっきりなしに、主に女子に構われるようになった。 先生から注意が来ることもしばしばでした。 『君、授業が始まるから席に着きなさい!』 『君、そろそろ栄養過多になるし、何事もやりすぎると良くないからやめなさい…』 『君、花を飾るのはいいのですが、枯れる前に新しいのと変えなさい』 全てもっともらしい注意でしたが、今思い返してみると花の交換の時になぜか微笑んでいたように思います。普段無表情だった分、違和感を感じましたね。 今、大人になってみて振り返ってみると、この花こそが最悪のフラグだったのだと思います。 なにせ教室の中で実装燈の生態を知っている人間は誰もいなかったのですから。 花が飾り続けられる鳥籠、クロちゃんには実装種としての当然の結果が出ました。 教室でクロちゃんが飼われはじめて一ヶ月もたった頃、クロちゃんの挙動が荒々しくなったんです。 別段、外部からのストレスがあるような環境ではなかったから、当時の私には原因なんて思いつきませんでした。 今はわかります、クロちゃんは花を種に仔を孕んで気が立っていたのです。 気が立っているクロちゃんは世話をしようとした女子に噛み付いたりしました。 『撫でようとしただけで、なんで噛むのよ!』 『今ヤクルト挙げるからそんなにがっつかないで』 『先生ー、クロちゃんがまたお花を散らかしたー』 そんな風に、世話を焼こうとする人間に当たり散らすクロちゃん。 当然、次第次第に構う人間は減っていって、最後には生き物係だった私が嫌々世話をする羽目になりました。 本当にあの時は嫌だった、なにせ少しでも触ろうものなら全力で暴れるのだもの。 その時期はずっと絆創膏のお世話になりっぱなしでした。 荒れ初めてから二週間ほど過ぎた頃には、もう私以外クロちゃんの世話を焼こうという人間はいませんでした。 クロちゃんの暴れ方が変わったのもこの時期だったと思います。 それまでは触ろうとした人間に噛み付いたり、籠の中に飾ってある花をちぎったりといったものから 籠に体当たりしたり、籠の中に手を入れようとしたらその籠の扉から逃げようとしたり、 まるで外へ逃げようとする、そんな行動でした。 流石に様子がおかしいと思った私は先生に聞いてみたんですが、先生はのらりくらりと 『ごめん、僕も実装燈の生態についてはあまり知らないんだ』 と全く役に立たない返答をするだけでした。 今考えるとあれは嘘だったんでしょうね、なにせ目が笑っていましたから、先生。 本人は隠そうとしていたんでしょうが、ちっとも隠せてやいませんでした。 その間にもクロちゃんの暴れ方はどんどんひどくなっていきました。 酷いときには籠が倒れるくらいに暴れようでした。 それだけの力で籠にぶつかるのだから、綺麗だった羽はもうぼろぼろになっていましたね。 授業中もひっきりなしに暴れまくるものだから、あまりのうるささにキレた生徒が廊下に放り出すこともありました。 教室のアイドルだったクロちゃんは、もう影も形もありませんでした。 クロちゃんの暴れ方は日増しにひどくなっていきました、ですがある日急に静かになったんですよ。 ボタっと、何か濡れた塊が堕ちる音がしたと思った直後でした。 ルト…、とクロちゃんが一鳴きしたのを覚えています。 異様な臭いが教室を襲いました、もう授業どころじゃなくなりましたよ。 パニックになる男子、臭いに思わず吐く女子。ちなみに、私も吐いてしまいました。 教室を襲った臭いは腐臭でした。 実装燈の生態を知っている人間には、もう答えがわかるでしょう? 実装燈は繁殖時に実装石の肉が必要となります。 そして、文字通り籠の鳥であったクロちゃんには実装石との接触機会がありませんでした。 クロちゃんの腹の中で仔になるはずだった卵は生まれる時期を逸し腐り果てて堕ちた。 その、仔の成れの果てがこの時教室を襲った異臭の正体だったんです。 クラスの誰かが実装燈の生態を知っていればこの悲劇は回避できたのかもしれません。 …あるいは、知っていても回避できなかったかもしれない。 パニックに陥った教室の中で、一人、ほくそえんでいた人物がいましたから。 そう、先生です 先生はきっとこうなることを望んで実装燈を持ってきたのでしょう。 今となっては、その真意を知る由はありませんが。 その事件の後、先生は学校をやめました。 表向きは今回の件を受けて、責任を取った形で学校を去ったそうですが… パニックの原因となったクロちゃんは私に押し付けられました。 いわく、 『生物係だったくせに、まともに世話ができなかったからこんなことになった。』 『だから責任をとれ。』と。 ちなみに、こんなことを言ったのは冒頭で猫可愛がりしてた女子3人組だったことは言うまでもありません。 今度、実装種の頭蓋骨の詰め合わせでも贈ってやりましょううかね?……失礼、話がずれましたね。 当時押しに弱かった私は、クロちゃんを言われるままに引き取りました。 クロちゃんは流産したのがショックだったのか、あれだけ荒々しく暴れていたのが嘘のように まるで、人形のようにピクリとも動かないぐらい弱っていました。 家に連れて帰って1週間程は、もう死んでいるんじゃないか?と思うほど動きませんでした。 たまに空腹に負けたときに餌をもそり、もそりと食べる時くらいしか動きませんでした。 家に来て、一ヶ月程したらある程度は回復しましたが、 それでも以前のような元気さはなかったですね。 また、荒れている時に受けた人間の仕打ちを覚えていたらしく、悲しいことですが私になつくことは最期までありませんでした。 時間はそこからしばし飛びます、そこからちょうど半年ほどしてからですか、私は壮絶な物を見る羽目になりました。 父のくしゃみがが止まらない時期、スギ花粉が飛来する時期でした。 もう答えはわかりますよね……? そう、またクロちゃんは仔を孕んだんです。 この時期でも私はまだ実装燈の生態を詳しく知りませんでした。 ただ、前に見た荒れ方だったんで対処はしたんです。 …まずいことに、教室で世話をしていたときに散々怪我をしたから自分が怪我をしないように餌の世話以外放置するというアホな対処を。 当時の私は確か、「また荒れてるよ…構うと余計に暴れるし、しばらくほっとこ」程度の認識しかなかったように思います。 まったくもって無知は怖い…。 ですが、その時はそこから先のクロちゃんの行動が前回とは違っていたのですよ。 その時の事を見てなかったら、私にとって実装燈はただの生き物でしかなく、 今、ここで改めて語るようなことも無かったでしょうね。 クロちゃんは何か決意したようにお腹に向けて語りかけるようになっていました。 こう、ぼそ、ぼそ、と内緒話でもするみたいに。 正直言うと、私はその鳴き声が怖かった。 そこからだったかな、餌を馬鹿食いするようになったのは。 日ごとに太っていきました、最期の方は太り過ぎて飛ぶこともかなわなくなっていましたよ。 半年の時間経過で外見だけは元にもどっていたのに。 愛らしかったあの姿はもう無く、実装石と見間違う程の肥満体になっていました。 その様には家族も驚いて、気がつけばまたもクロちゃんの世話をするのは私一人になっていましたよ。 姿形が変わってもあのぼそぼそとした鳴き声は変わらなかった。 むしろさらに鬼気迫っていくかのような…そんな怖さを感じましたよ。 餌が不足すると酷く暴れたので、おとなしくさせるために餌は際限なく与えていました。 以前のように鳥籠が倒れるほどに暴れる事はなくなっていましたね。 ただ、ひたすら際限なく餌を食うだけでした。 太るために、増えるために。 ある日深夜にがっしゃんと何かが落ちる音がしました。 その音に飛び起きて私は音のした部屋に向かいました。 予想通り、鳥かごが落ちていました。 中でクロちゃんが暴れて、それで落ちたんですね。 両親も何事かと起きてきていました。 その時のクロちゃんの様子は今でもハッキリ覚えていますよ。 すさまじい悲鳴、明らかに異常な暴れ方、そして、みるみる減っていく体積。 どれをとってもただ事じゃぁありませんでした。 両親はその余りの異常性にただただクロちゃんを見つめることしか出来なかった。 私は、もう恐怖しかクロちゃんから感じないのに、クロちゃんから目をそらすことができませんでした。 次第に減っていく体積、そして肉が減ってきたことでクロちゃんの中で何か蠢いているのがわかりました。 もぞもぞと、なにか小さなものが皮膚の下で蠢いていたんです。 オチはもう、わかりきってますよね…。 実装石に実装燈が卵を産みつけたときに見るあの光景が展開されていたんですよ…。 つまりは、クロちゃんは自分で自分に卵を植えつけていたんです。 前回の二の舞を踏まないように、人間の管理下で実装石と接触できると思わなかったんでしょうね。 そう、まるであのカバキコマチ蜘蛛のように自身の肉を餌とすることでこの世に仔を送り出すことにしたんですよ、クロちゃんは。 そのために愛らしい外見を捨て、空を飛べる体を捨て、太り続けた。そして最後には食われ尽くして死にました。 なんという、壮絶な母性愛なのでしょう。 そして、なんと業の深い生物なのでしょう… クロちゃんは、最後に一言「ルト…」と鳴いた後、内側から弾けるようにして死にました。 後に残ったのは黒い羽とぼろぼろになった皮だけでした。 そうまでして、守ろうとした仔達だったんですが、所詮は実装燈でした。 どんなに醜く太ろうとも、それが実装石と見間違うほどであっても、やはり肉が足りなかったようです。 結局まともに飛び出せたのは4匹、しかも二匹は明らかに栄養不足で奇形でした。 クロちゃんの死骸の中にも何匹か残っていたみたいですが、それも5分と経たずに動かなくなりましたね。 そうして母の命を喰らって生まれた仔実装燈だったんですが、外に出たところで籠の鳥。 籠から出ることがかなわず、次第に弱っていきました。 …なんですぐに出さなかったのかって?そういう顔をしていますよ? ははは、考えても見てくださいよ。 いきなり、不細工な肉塊から無数の羽の生えた仔蟲…しかも親の血肉まみれで奇形がまじってるんですよ? そんなものが出てきたら不気味すぎて、真っ当な精神の人間なら手を出すのをためらいますよ。 事実、私はその余りの壮絶さに、…下世話な話ですが小便をもらすほどでしたよ。 父はなんとかはこらえてはいましたが、母は余りの光景にその場で吐いていました。 正直、「キモチワルイ物体」に構っているどころじゃなかったんですよ。 結局、真っ当な形の二匹を残して後は全て死んでしまいました。 その後その二匹がどうなったかですが、 …まぁ、初出が先ほどの通り余りにも酷すぎたので、 朝になってから落ち着いてから、早々に父の手で外に放り出されました。 その時の父の表情は、もう、なんというか 「これでこの不気味なものから開放される」 という安堵感がありありと感じ取れるものでしたよ。 私も、ようやくクロちゃんの世話から開放されたのでしばらくは楽園にいるかのような清々しい気分でした。 後にクラスでクロちゃんの事を聞かれると後ろめたさが襲ってきましたが。 ええ、ここまでが私の過去の体験です。 今話したクロちゃんのことがなかったら、きっと私はこの道には進んでいなかったでしょう。 今の私があるのはクロちゃんのおかげです。 今、クロちゃんに起きたあの出来事を再現しようとしているんですよ。 訳がわからない?はは、今ご覧にいれますよ。 少々、臭いますよ? そうしてガチャリと開けられた扉の奥からは甘ったるい匂いと、肉の腐った臭い、 それらが混ざった異様な臭気が漂ってきた。 そして案内された扉の中には無数の籠、籠、籠。 そして例外なく実装燈が中にいる。 肥満、餓鬼、孕み、腐死。 まるで地獄絵図の様。 あまりの光景に俺は絶句した。 ええ、先ほど話したあの状態を再現しようとしているのですよ。中々思い通りにはいきませんが… そう言って男は一つ、籠を取る。 中は、壊れて動かない黒い人形。 この通り、大半が先ほど話した「教室での出来事」を経て、壊れて動かなくなってしまいます。 屈託なく、男は困ったように笑う。 仮にこのように壊れなくても、確実に仔を孕むということを忌避するようになってしまうのです。 男は籠の中に手をいれ、中の人形を優しく撫でる。 無理やり孕ませてもみたんですが…全く持って先ほどの「自宅での出来事」にはならないんですよね。みんなさっさと堕ろしちゃって。 男は備え付けの花を手に取り、人形の下腹部に押し付ける。 こうして努力は続けているんですが、今のところ1000回以上実験をしても先ほど話した「自宅での出来事」の状況にまで行ったケースは皆無なのです。 ぽろり、と人形が涙を流した…気がした。 私はあの壮絶な母の愛を再び見たい、ただそれだけなのです。 「ぼたり」と、命の消える音がした。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 後書き なんともひたすら陰険になった上に、実装燈の台詞がほとんどないという 実装系スクとしてこれでいいのか?という代物になってしまいました。 次を書くことがあったら、もう少し実装達の出番を増やしてやらねば…
