【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 飲み会の帰り道、何か不思議なものを踏みつけてしまった弐羽としあきは、夢の中で赤色と緑色の目を持つ不思議な人型 生物と出会う。 「ワタシの子供を返すデスゥ」と、意味不明の言いがかりをつけられたとしあきは、眠りから覚めた途端、そこがいつもの 自分のアパートではないことに気付いた。 そこは、1989年—— 携帯も、インターネットも存在しない、二十年前の日本。 としあきは、自分がまだ一歳程度だった頃の時代に、突然タイムスリップしてしまったのだ! だがそこは、単なる過去の世界ではなかった。 街中や公園には、見たこともない「緑色の生物」が跋扈していた。 しかも、他の人々はそれをまったく気にしていない。 困惑するとしあきだったが、彼の買い物袋に侵入していた「緑色の生物の子供」をうっかり殺してしまったことで、深い悲しみ にとらわれる。 そして、子供を埋葬したとしあきの目の前に、今度は、その「親」が姿を現した! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ! 第1話 ACT-2 【 公園実装の世界 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「えーと」 デスゥー♪ 「なんといいますか、この度は……」 デスデスデスーっ♪ ゴクゴクゴク 「知らぬこととはいえ、大変なことをしてしまいまして、なんとお詫びを申し上げたらよいやら」 ゴクゴク……ゲップ。 デスーッ! デスデスーッ!! 「それにしても、そんな口でよく起用に飲めるもんだなあ」 デギャーッ!! デギャーッ! 「わ、わかった、わかったよゴメン!!」 ここは、としあきの自室。 子供を殺してしまった罪の意識から、「緑色の小人」を部屋に上げたとしあきは、ひたすら土下座しながら許しを乞うていた。 さきほどの牛乳は、あっという間に小人の腹の中に消えてしまった。 なんともいえない雰囲気と、ドブ川にも似たすえた臭いが室内に漂っていたが、立場の弱いとしあきは、小人の要求に抗う ことが出来なかった。 小人は、器用なジェスチャーで「自分を部屋に連れて行け」と指示し、接待を要求してきたのだ。 その態度にとしあきはとても驚いたが、同時に、ここまでハッキリと意思表示を行える賢さに興味と関心をも覚え始めていた。 しかし、いかんせん言葉が通じない。 小人は、ただひたすら「デスデス」としか鳴かないのだ。 こちらが言うことは理解出来るようなのに、向こうの言いたいことはハッキリ伝わらない。 とりあえず、牛乳を飲み終えた小人はそれだけでは満足出来なかったらしく、まだ何かを要求している。 困り果てたとしあきは、まず紙とペンを渡して、筆談交渉を試みてみた。 「字、書ける?」 デ? デッシャー!! ブスッ 「ぅお痛てぇっ!!」 小人の手はゴムマリのように丸く、とても字を書くなど起用な真似は出来そうにない。 やむなく、今度はジェスチャーを行わせてみることにした。 しばらく何かを考えた小人は、ゆっくり立ち上がると、なにやら不思議な動きで手足を振り回し始めた。 「えーと……オレと、オマエ……とっても仲良し……だから生涯ファーラウェイ……?」 デェ? 「えっ違う? え〜と……今夜の食事は……おお、ここまで正解か。 それで……ボンカレーが食べたい?」 デェェェ? 「あ、もっかいやり直し? ……私に、オマエの……えっ、こ、これ? ……を食わせろ? じ、じじじ、冗談じゃないよ!」 デー……デデェッ?! 「だってオレ、まだ女の子ともしたことないのに、突然そんなこと言われても——」 デギャーっ!! バキッ! としあきの顔面に、小人の放ったドロップキックが炸裂した。 ほんのりと、糞臭が鼻腔をくすぐる…… 勢いあまってぶっ倒れたとしあきの手にぶつかり、役に立たなくなった携帯電話が吹っ飛んで壁に激突した。 その途端、携帯電話が奇妙な点滅を始める。 「いててて……って、アレ、メール着信? なんで?」 携帯のサブウインドウには、着信を示すランプが明滅していた。 さっき電源を切っていたことを思い出したとしあきは、少し気味悪さを覚えたが、ひとまず画面を開いてみることにした。 携帯を開くと、薄汚れた液晶画面に、何か文字が表示されている。 “ではワタシに、コンペイトウと、熱々の、ステーキを、腹一杯、ご馳走するデス!” “もっかいやるデス。よく見やがれデス。 ——そうそう、そうデス。 ワタシに、コンペイトウと、ステーキを、よこせ、デス!” “今はお正月じゃないデス! このスカポンタン! ワタシは、コンペイトウと、ステーキを食わせろと、言ってるデスーッ!!” “んなもん誰が食うかーっ!! デス!” その文字は、メールでもWEBブラウザ表示でもない、奇妙な画面構成の中に刻まれている。 三年半も使った携帯なのに、初めて見る機能だった。 何事かと思い携帯のボタンを操作するが、なぜか画面が切り替わらない。 しばらく気を取られていると、無視されていることに怒った緑の小人が、また叫び声を上げた。 デギャーッ!! デスデスデス、デスーッ!! と同時に、携帯に新しい文字が表示された! 「えっ?」 “オマエ、何してやがるデス! いつまで待たせるつもりデス?!” 「えっ、えっ?!」 デスデスデス、デスーッ!! デスーッ! “どっちがこの家の主人か忘れたデス?! この役立たずのクズ奴隷がっっっ! デス!” 「は、はぁ?!」 携帯に、次々に口汚い言葉が羅列されていく。 それは、明らかに小人の鳴き声に連動しているようにしか見えない。 まるで、翻訳機——しかし、その内容を見る限り、賢そうではあるがとてもまともな奴とは思えない。 としあきは、携帯を開いたまま、あらためて小人に話しかけた。 「ところでさ、君」 デス? “なんデス? クソ奴隷” 「ここは俺の家だよね?」 デェ? デスゥ? “何、寝言ほざいてるデス?” 「俺はここの家主。君はお客さん。わかる?」 デェ〜…デシャシャシャシャ!! デスデ〜ス! “はあ〜? デシャシャシャシャ!! 違うデース!” 「ほほお、なんでかな?」 デスデスデスデス、デスデスー、デスデース!! “ワタシはここに来た時からこの家の主になったデス!!” 携帯を持つ手が、ぷるぷると震え始める。 さっきまで申し訳なさで一杯だったとしあきの心は、あっという間に「いてこましたろかホンマに」気分で満たされた。 一発ブン殴ってやろうかとも思ったが、即座に考えを改める。 一応被害者なんだし、なんとか穏便に出て行ってもらう方法はないものかと、としあきは必死で考えた。 理屈はわからないが、この携帯を通せば確実に会話が成立するようだ。 緑色の小人は、なぜか知らないがこの部屋は自分のものだと信じ込んでいるようで、もはや死んでしまった子供のことなど 完全に忘れているらしい。 よく見たら、口元にご飯粒がいくつかくっついたままになっている。 それを見たとしあきの頭の上に電球が浮かび、パリン! と割れた。 ※ ※ ※ 「どうしたのですかご主人様〜? いったいステーキはどこに?」 “デ、デデ…おかしいデス、前は間違いなくここにあったデス!” (大の便器指差しながら言ってんじゃねーよ) 心の中で嘲りながらも顔には出さずに、静かに小人を見下ろす。 としあきは、あえてステーキを食べさせる約束をして、小人に「ステーキのある場所」まで案内してもらうことにした。 だが、行くところはビルの谷間、歓楽街の裏、公園のはずれなど、およそステーキとは何の関係もなさそうなところばかりだ。 あげくに「ここなら確実デス」と飛び込んだ先は、公衆トイレ。 小人は、としあきの本心も知らず、次々に半開きの個室の中を覗いていく。 “——今度こそここデス! デ、デェェ?!” “いやこっちだったデス!! デ、デシャアァァッ!” いい加減退屈になってきたので、としあきは絶叫しながら個室ピーピングを繰り返す小人を放置して、静かにその場を去った。 「せいぜい、朝まで探してな——!」 時計を見ると、時間は既に23時だ。 さすがに空腹感が限界に達し始めたとしあきは、またあの時のコンビニまで遠征し、もう一度おにぎりと牛乳を購入した。 国道から住宅街へ向かう小道に入ろうとした時、何かが脇から飛び出して来るのが見えた。 「ぅおっ?!」 デーデ、デーデ…… テーチ、テーチ、テー… 飛び出して来た小さな影は、としあきの少し斜め前の位置で立ち止まっている。 そして、妙に聞き覚えのある声で何か言っている。 咄嗟に携帯を取り出そうとしたとしあきの傍で…… デェッ! テェッ!! ひゅーん パスッ ヂッ!! 小さなものがコンビニ袋の側面にぶつかり、そのままアスファルトに落っこちた。 そして、そのまま静かになった。 ほんの数秒間の、出来事。 デ、デギャアアアァァァァ!! デシャアァァァアアアアッ!! デギイイィィィィィッッッ!!! デギャ、デギャ、デギャアァァァッッ!!! 影が、としあきの足をぽふぽふと連打し、泣き叫ぶ。 慌てて避けると、それはそのまま前のめりに倒れ、益々大声で泣き出した。 困惑したとしあきは、例の携帯を取り出して画面に見入った。 思ったとおり、そこには新しい翻訳文字が羅列されていた。 “いいデス? あのニンゲンさんの所でお前は幸せになるデス。 ニンゲンさんの言うことをちゃんと聞いて、絶対ワガママをいわずに頑張るデス” “わかりましたテチ、ママ。今まで本当にありがとうテチ” そこには、「親」と「子」らしき者達の会話が記されている。 どうやら、部屋にやって来たような傍若無人な奴とは違う性格の者達らしい。 “ママは、ずっとオマエの幸せを祈っているデス……じゃあ、行くデスよ” “用意、いいテチ!!” “行くデス——どっせい!!” “ヂッ” “デ、デギャアアアァァァァ!! 私の子ちゃあぁぁぁぁん!!” そこまで読んで、としあきはだいたい理解した。 どうやらこの“緑の小人”は、としあきのコンビニ袋に子供を投げ入れようとして失敗したようだ。 しかも、その後の態度から失敗を彼のせいにしようとしているらしい。 携帯のバックライトで照らすと、緑の小人の親が、アスファルトに落下した我が子の死体を必死でつかもうとして、逆に どんどん散らばらせていた。 よく見ると、親の首には真っ赤な首輪が着けられている。 どこかのペットなのだろうか? 「なあ君、どうしてその子を俺に投げつけたんだ?」 目線を下げ、としあきは優しく声をかける。 しばらく泣きじゃくっていた親は、グズグズと鼻をすすりながら顔を上げ、憎々しげに睨み付けてきた。 “ワタシ達はもうこれ以上生きていけないデス! だからせめて、子供だけでもニンゲンさんに飼ってもらおうとしたデス!!” 「なんで俺に?」 “袋を持っているからデス。子供を入れれば安全に運んでもらえるデス!” 「なるほど、それでなのか」 ようやく、あの時の怪異の正体が判明した。 あのステーキが大好きな小人も、これと同じようにして子供を託したのだろう。 そして向こうは成功し、こちらは失敗した。 よく見ると、どうやら子供は牛乳パックの側面部に激突したらしく、その部分に僅かなシミが付着していた。 小人に興味を持ったとしあきは、子供の犠牲の原因となった牛乳パックを親にプレゼントする代わりに、詳しい話を聞いて みようと考えた。 近くの更地の隅で、二時間ほどたっぷり話しこんだとしあきは、ようやくこの赤い首輪を着けた小人の概要を知ることが 出来た。 緑色の小人は「実装石」という名前の動物で、この世界だけに生息している特殊な生物のようだ。 としあきだけに見えている「妖精さん」ではなかったようで、ちょっとだけホッとさせられる。 この街には、野良としてそこら中に生息している個体が多く、いずれも日々の餌の確保に難儀している。 だからこそ、せめて子供だけでも…と思い、このような「託児」と呼ばれる行為に走る者達が出てくるのだ。 としあきは、そこまでして愛する我が子を生かそうとする親心、そしてそれを無に帰してしまった自身のふがいなさを知り、 激しい自己嫌悪に陥った。 そして同時に、この実装石が、野良生物らしからぬ賢さを持ち、また逞しい心を持っていることに感動もした。 500mlの牛乳パックを抱えながら、ようやく泣き止んだ赤い首輪の実装石が、不思議そうな顔でとしあきを見つめている。 よく見ると、彼女の目は右側が赤く、左側がグリーンだ。 所謂オッドアイという状態だと気付き、再び何かが記憶の端に引っかかる。 としあきは、首輪の実装石への償いとして、何かしてやれることはないだろうかと申し出た。 “デエエ、子を失ったワタシには、もう何の望みもないデス…” 「そんな事言わないで! 俺、出来る限りだけどなんとかお詫びしたいんだよ」 “その気持ちだけで充分デス。 ニンゲンさんはとてもいい人だとよくわかったデス。 これをもらっただけでもう充分デス” 「そんな……俺は尊い命を奪ってしまったんだ。もっと君に罵倒されたって仕方ないのに」 “そんな事ないデス。ニンゲンさんの方も、もう忘れてあげて欲しいデ——” と、そこで首輪実装の言葉が止まる。 何かを考えるような仕草をした後、彼女は、突然真顔でとしあきを見つめてきた。 「お願い、あったデス!」 “なんだい?” 「この近くに、ワタシ達の仲間が沢山住んでいる公園があるデス。 そこのみんなに伝えて欲しいことがあるデス!」 ※ ※ ※ 自宅に戻り、妙に使い込まれた薄い布団に包まったとしあきは、隙間風の吹き込む暗い部屋の中で身を縮めながら、さっき の実装石が話したことを思い返していた。 “もうすぐ、あの公園でクジョが行われるデス! ワタシが行っても誰も信じてくれそうにないデス! お願いデス、みんなに「あそこに居たら死んじゃう」って伝えて欲しいデス!” としあきは、激しく混乱していた。 ここまでの流れで、この世界が自分の住んでいた所とは根本的な部分が違うとよく解った。 あんなに賢くて人間と コミュニケーションを取れるほど高度な知能と情操感を持つ生命体が、なぜ「駆除」などされなければならないのか? 否、それほどのものがなぜ野良動物としてさ迷っているのか? そして、あの子達を思い出す度に記憶のどこかに何かが引っかかるのは、どうしてなのか? 何もかもが、としあきの理解と想像を超越している。 ここはつまり、二十年前の日本に偽装した完全異質な世界なのだ。 実装石という生命体が居る以外は、すべて同一の、不思議な日常。 こんなところに来て、これから自分はどうすればいいのか。 これから、俺はどうなってしまうんだ? あのステーキ好きの実装は—— としあきの思考は、眠気に侵食されて徐々にとりとめなくなっていく。 時計が一時を回る頃、としあきは深い深い眠りに落ちていった。 枕元に置かれた携帯のサブディスプレイが、激しく明滅しているのも気付かずに—— ※ ※ ※ 気がつくと、としあきはかつて住んでいた自分の部屋の中に佇んでいた。 だが、なぜか目に映る光景はすべてモノクロになっている。 自分の身体以外の全てが、グレーの濃淡だけで彩られた世界は、見慣れた光景すら不気味に感じさせる。 と突然、その中に明確な色彩を携えたものが姿を現した。 緑色の服、亜麻色の髪、怪しい模様の浮かんだ頭巾、血走った赤と緑の目—— としあきの中で、封じられていた何かが弾けた。 「あっ! お前——あの時のっ!」 『どうやらお前、ワタシの言ったことを忘れてしまってるみたいデスゥ?』 緑色の怪人は、またあの機械的な声で話しかけてくる。 無表情のまま、口も動かさずに。 不気味な人形というイメージを漂わせるそれが、どことなく実装石に良く似ていることに気付く。 「お前、実装石なのか?」 『その質問に答える必要はないデスゥ。 そんなことより、のんびりしているゆとりはあるデスゥ?』 「どういう事だよ?」 としあきの疑問に、実装石に良く似た怪人は、相変わらず無表情のままで反応する。 『お前は色々な世界を巡るデスゥ。 そのどこかに居るワタシの子供を捜して連れ帰れば、お前の罪は許されるかもしれないデスゥ——と、前に伝えた筈デスゥ』 「そ、そういえばそんなことを……って、お前の子供って、なんでそんなことをしなきゃ」 『お前が踏み潰したからデスゥ。都合よく自分の失態を忘れるなんてサイテーな奴デスゥ』 「うぐ……で、その子ってどんな特徴があるんだよ?」 『ワタシの頭巾の模様を見るデスゥ』 そういった途端、怪人の首から上が突然消えた。 次の瞬間、怪人の生首がとしあきの手の中にストンと落ちてきた。 「う、うわあぁぁぁぁぁっ?!!?」 『いちいちわめくなデスゥ。ホラ、頭巾の模様をよく見ろデスゥ』 「い、生きてるのか……コレで? ってえっ、模様?」 『ワタシの子供の頭巾にも、同じ模様があるデスゥ〜』 恐々ながら見てみると、確かに、頭巾の表面には「6」や「9」に似た模様がところどころに確認出来る。 それに、よく見ると実装石とは耳の形や位置が若干違うし、何より目の大きさや口の形も異なっている。 それに、実装石には感じられた生物感というか、肉の質感がほとんどない。 まるで作り物——人形のようだ。 いつのまにか怪人の生首に興味を覚え始めたとしあきは、両手でしっかり支えながら、あらゆる角度からじっくり観察を 始める。 怪人の頬が、徐々に赤らんできた。 『そ、そんなに見つめられると、て、照れるデスゥ〜』 「ああ、ごめん。でもよく解った。確かに実装石とは違うんだな」 『今度は忘れるなデスゥ。 この世界に来てからちょうど五日間、厳密には120時間キッカリで、この部屋は世界を移動するデスゥ』 「い、五日間? そういや前にもそんな事言われてたなあ」 『一分一秒でも部屋に戻るのが遅れると、お前はこの世界に閉じ込められてしまうデスゥ。 そうすると、もう二度と元の世界には戻れないデスゥ。 それどころか、お前はこの世界での住処すら失うデスゥ』 「な、なんだってぇ?!」 としあきは、この世界に辿り着いて既に三日経過していることを思い出した。 しかも、この部屋が今の世界に到着した正確な時間はわからない。 残り二日弱という短時間で、この怪人の子供を捜さなければならない……! 『顔が青ざめたデスゥ、ようやく事態の深刻さに気付いたデスゥ?』 いつのまにか元に戻った怪人は、無表情のままでまたもとしあきを見つめる。 その仕草、様子は、昨日見てきた実装石にやはり告示している。 その時、としあきは何かに気付き始めた。 「もし、その子供を見つけられたら?」 『その時は、お前は元の世界に戻れるかもしれないデスゥ』 「見つけられなかったら?」 『この部屋ごと次の世界に移動するデスゥ』 「例えば、その子が北極とかオーストラリアとか、めっちゃくちゃ遠い所にいたら、俺はどうすりゃいい?」 『その時は……イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ♪』 突然、気味の悪い笑い声を上げると、怪人は空気に溶けるように姿を消してしまった。 と同時に、ドアを突き破り、凄まじい数の怪人が押し寄せてきた! アパートの中を埋め尽くすほどの、赤と緑のエクスタシー!! 「う、うわああぁぁぁぁぁぁっっ!?!?」 デスデスデスデスデスデス〜〜☆ 無数の足に押し潰され、としあきは、意識を失った。 夢の中なのに。 としあきが目覚めたのは、午前9時を少し回った頃だった。 夢の内容は、不気味なほどはっきりと覚えていた。 部屋の様子は、やはり変わっておらず、89年のままだ。 携帯も相変わらずのようで、画面には何も表示されていない。 残り時間は、あと1日と20時間弱——その間に、この世界の中から「あいつ」の子供を捜さなければならない! としあきは身支度を整えると、携帯を引っつかみ、例の公園を目指して部屋を飛び出した。 あの親実装との約束を果たす以外にも、やらなければならない事があると気付いたのだ。 めちゃくちゃ腹が減っていたが、今はそれどころじゃない気がした。 ※ ※ ※ 「ふたば公園」と記された大きな公園に辿り着いたとしあきは、晴天の下、そこら中を行ったり来たりしている多数の実装石 の様子に圧倒された。 ざっと見渡した限りでも、軽く100匹はいるんじゃないだろうか? 彼女達は、まるでそこが自分達の家の庭であるかのように、ごく自然に、ごく普通に振舞っている。 敷地内には人間の姿はまったくなく、まさしく実装石だけの楽園と化している。 遊具は実装石の集会場となっており、水のみ場では飲み水を確保したり、服を洗ってる者達がいる。 大きな石のオブジェに器用に乗った者達は、何かの植物を乾燥させているようだ。 中には一体で複数の子供達の世話に追われ、てんてこまいしている者もいる。 眺めているだけなら確かに退屈しない光景だが、いかんともしがたいものがある。 それは——周囲一体を覆う、なんとも不快な悪臭だった。 としあきは、「これじゃあ駆除されるのも当然なのかもしれない」と一瞬考えてしまい、慌てて首を振った。 しばらく実装石達の生活の様子を見ていて、ある事に気付く。 奥の方に、ダンボールを持ち寄って家を作っている者達までいる。 どこから拾ってきたものなのか、ダンボール板を器用に折り曲げ、積み重ね、うまく空間を作り出してその中に住んでいる。 中にはとしあきの腰の高さくらいまである大型のものまであり、しかもパッと見の印象に反してかなり頑丈そうだ。 ビニールシートを被せたり、太い木の枝で補強されていたり、複数の家で互いを支え合っている長屋のような状態のもの まである。 としあきは、実装石達の生活の様子にすっかり魅了され、いつしか彼女達の生活領域に踏み込み、無意識に観察を始めて いた。 鼻が慣れたのか、あの独特の異臭も、あまり気にならなくなっていた。 「ふえー、思ったより高度な生活してんだなあ」 公園の中央に位置する広場にやってきたとしあきは、水場の周辺で井戸端会議をしている実装達を見止め、携帯を構え つつ話しかけた。 「やあ」 “デ?” “デデ? ニンゲン?!” “デェ?” いずれも、野良の割にはそこそこ綺麗な身なりの者達だ。 としあきは笑顔で片手を上げて挨拶したが、なぜか実装達は数歩後ずさった。 「あ、あれれ?」 “ニンゲンが、ワタシ達になんの用デス?” “あの笑顔、あからさまに怪しいデス” “きっとギャクタイハデス。そうに決まってるデス” 「えーっと、あのさ、大事な話が……」 “ヤバいです! さらわれるデス!” “美しいワタシ達の肉体が、ニンゲンの毒牙で汚されるデスーッ!!” “逃げろデスーッ!” 勝手なことを叫びながら、実装達はボテボテと走り去っていく。 その気になれば余裕で追いつき回りこめるスピードではあったが、としあきはいきなり拒絶された理由がわからず、ただ 携帯を握り締め呆然とするだけだった。 さっきの実装達の声を聞いたのか、周りに居た他の者達も、いぶかしげな目でとしあきを見つめ始め、少しずつ散って いく。 気がつくと、辺りには誰もいなくなっていた。 「どーなってんだ、これ?」 それから更に30分ほど公園を巡ったが、実装石達はとしあきの姿を見るなら草むらやダンボールの影に隠れてしまい、 話すどころかまともに姿を確認することも出来なくなった。 これでは、例の伝言を伝えるどころか、仔実装の頭巾の確認も出来ない。 焦ったとしあきは、いっそのことここで駆除のことを叫ぼうかとも思ったが、益々怪しまれるだろうと考え自重した。 実装石との接し方がわからなくなったとしあきは、正午になる頃には公園を撤退した。 さすがに、空腹感も限界に達していた。 ※ ※ ※ その後、コンビニでハンバーグ弁当とジュース、そしてある駄菓子を買ったとしあきは、素晴らしい満腹感を味わっていた。 しかしその満足感も、過酷な現実の前にあっという間に打ち崩される。 残金はこれで6400円……当然ながら、自分の銀行口座はこの世界にはなく、結果これが全財産になってしまう。 この世界に取り残されてしまったら、あと5日もしないうちにこの金は使い果たしてしまい、路頭に迷うことになる。 としあきは、ここに至りあらためて、自分がとんでもなく恐ろしい境遇にあることを自覚した。 あの怪人の子供を見つけられなければ、としあきはまともな生活すら営めないのだ。 なんとしても、頭巾に模様のある子供を捜して、元の世界に戻らなければならない。 さもなくば、実質的には死んだも同然だ。 日雇いアルバイトでも探そうとも考えたが、時間を無駄に消費するだけだし、第一そんな時間もない。 あまりの不安に胸の奥がムカムカしてきたとしあきは、なんとか打開策が見つからないかと街中をさ迷ったが、特にこれと いった発見は出来なかった。 夕方過ぎにようやく帰還したとしあきは、へとへとになった身体を引きずりながら、階段に足をかける。 と同時に、携帯が振動を始めた。 デスー! 階段の真下では、夕べのステーキ狂い実装が待ち構えていた。 後にわかることだが、この携帯は実装石からとしあきに話しかけた時のみ知らせる機能があるようだ。 なんでこんなものになってしまったのか理解が及ばないが、とりあえず便利なので引き続き使い続けることにする。 ※ ※ ※ 思う事があり、としあきはあえてあの実装石を自室へ上げた。 そして、向こうから何か言い出す前に、金平糖の袋を丸ごと差し出した。 100円で買える程度の安っぽいものだが、それなりに量はある。 “デ、デェェェェェッ?! コ、コ、コンペイトウがこんなに?!” 「食べたかったんだろ? それを全部くれてやるから、力を貸してくれ」 “デ?” 「実は——」 としあきは、自分の事情をあらいざらい実装石に説明した。 知能が高い彼女達なら、きっと理解してくれるだろうと考えたのだ。 だが…… 「——ってわけなんだ。なんとかしてもらえないか?」 “あー? えー…わ、わかったデス。それはそうと早く中身を出して欲しいデス” コンペイトウの袋を何度もさすりながら、目線すら向けずに返答する。 「今の俺の話、理解しているか?」 “だいたいわかった、デス” 「じゃあもう一回復唱してみろ」 “それより、これ開けるのが先デス” 「……ったく」 全然埒が明かないので、としあきはやむなくコンペイトウの袋を開けてやった。 それが、失敗の元だとも気付かずに。 袋の中身を畳の上に出した次の瞬間、実装石が宙に舞った。 欲望にまみれた薄汚い顔が、悪夢のようにとしあきの頭上から降り注ぐ! “コーンペーイトーオォー!!!” ぶぉん! という風を切る音と共に、実装石はコンペイトウの山に飛び込むと、大口を開けて次々に放り込んでいく。 一つひとつを味わおうという気はさらさらないらしく、とにかく詰め込めるだけ詰め込んでいく。 まんまるの手でどうやってこんな粒が掴めるのだろうと、としあきは思わず目を見張った。 ごっくん! 大きな飲み下しの音と共に、口中の金平糖が一気に消えた。 実装石の頬が緩み、目がほにゃ〜とたるんでいる。 よほど幸福な感覚だったのだろう、あらゆる力が抜け切ったかのような態度だ。 と同時に、突如鼻を突く異臭が漂ってきた。 「んな?!」 ぶりぶりぶりぶり…♪ “デッス〜〜ン♪” なんとその実装石は、畳の上に座り込んだまま脱糞していた。 パンツが大きく膨らみ、そのため姿勢を崩し、前のめりに倒れてしまう。 と同時に、汚物がベチャッと周囲に飛び散った。 部屋の中が、瞬時に地獄と化した。 「うわあぁぁぁっ!! な、何やってんだお前〜?!?!」 “慌てるなデス、まだ終わってないデス” 「な?」 “ふんぬっ!!” ぼんっ、という破裂音が響き、一瞬、実装石の下半身が浮き上がる。 パンツの膨らみが瞬時に倍加し、実装石はアンバラス極まりないヒップアップ状態となる。 当然、顔面は畳に埋没している…… 呆然とするとしあきの眼前で、実装のパンツはみるみる萎んでいく。 脇から、汚物が流出したためだ。 これはもはや、夕べの惨状どころの騒ぎではない。 部屋は、瞬時にして人間の住める場所ではなくなってしまった。 “ふー、すっきりしたデス。——さあ我が奴隷よ、聞いてやるから戯言を呟きやがれデス!” 満面の笑顔を向ける実装石と、石の様に硬直するとしあきの対峙。 次の瞬間、実装石はとしあきの超低空ドロップキックを食らい、部屋の反対側までぶっ飛んでいった。 ※ ※ ※ “へ、へ、へ、ヘックショイチキショー!! デスっ!” 「お前、江戸っ子か?」 全身ずぶ濡れの実装石は、コンクリートの上に実装服とパンツを丁寧に並べている。 それを冷たい目で見下ろしながら、としあきは静かに声をかけた。 ここは、アパートから少し離れた空き地。 汚物の山を片付け、窓を全開にして換気扇を回したものの、あの醜悪極まりない臭いはそう簡単には消えそうにない。 余りの臭さに気が狂いそうになったとしあきは、気絶した実装石をアパートの敷地にある水道で無理やり洗い流し、ここまで 連行してきたのだ。 力関係を思い知らされたせいか、今はとしあきの方にパワーバランスが傾いているようだ。 服を脱いで全裸になった実装石は、とても滑稽な姿をしている。 額と後頭部の一部だけにしか髪の毛がなく、あとは見事にツンツルテンだ。 また、ぶよぶよと膨らんだ四肢と腹、尻は、所謂メタボ体型を連想させる。 人間の前で裸になっても全然恥じない所が、やはり動物たる所以か……と、としあきは妙に納得した。 「一つ聞くが、実装石ってな、金平糖を食うとみんなそうなるのか?」 “し、ししし、知らないデス! まったく、こいつはとんだギャクタイハデス。殺されるかと思ったデス” 「人の部屋を使用不能にまでしといて、良く言うぜ」 “生理現象なんだから仕方ないデス!” 「ほー、開き直るか。 なるほどな、そんなんじゃ実装石が駆除される理由もわかるってもんだ」 としあきの呟きに、裸の実装石の動きが止まる。 “今、なんといったデス?” 「駆除」 “お前、まさかワタシを駆除するつもりデス?!” 「冗談じゃない。 駆除ってのは公園の話だよ」 “公園? 公園デス? 駆除?!” この実装石は、駆除の意味を知っている個体らしい。 としあきは、実装石の脇に座り込み、もう一度さっきの話をした。 あの時出会った別な実装石から聞いた、駆除活動の情報を…… 実装石の顔が、みるみる青ざめていく。 “そんな、また……またデス?! もうあんなのイヤデスッ!” 「また? どういう意味だ」 としあきの追求に、実装石はかなり真剣な眼差しで答える。 今度ばかりは、かなり真面目な反応のように思える。 少しだけ口ごもったが、実装石は、やがてぼそぼそと語りだした。 彼女がまだ生まれて一月程度しか経っていなかった頃、突然、公園が閉鎖された。 親達は食料を取りにいけなくなり、公園内に落ちているごみや植物、土の中に居る虫・昆虫などを餌に生きなければならなく なった。 やがてその食料もなくなり、仲間同士で備蓄食料を巡る奪い合いが発生。 実装石が実装石を殺すという、それまでありえなかった事態がそこら中で勃発した。 更に時が進み、やがて殺された実装石の死体も餌となっていき、ついには壮絶な共食いに発展する。 そうして数が激減したところで、保健所の人間が薬剤を散布し、生き残りを殺して処分する。 奇跡的に助かった彼女は、それ以来公園から遠く離れた場所を住処にして今まで生きながらえてきたのだという。 確かに、あれだけ公園内に広まり人間の目に留まり易いなら、実装石が駆除されようとする理屈もわからなくはない。 しかし、あんなに賢くて素晴らしい生き物なら、しかるべき施設や環境を用意して保護した方がいいのではないか? 話を聞いているうちに、としあきはだんだん納得がいかなくなって来た。 いつしか、としあきは両手を強く握り締め、実装石の話に聞き入っていた。 「やっぱり、納得がいかないよ。いくら保健所でも、実装石を殺すなんていけないだろう」 “デ、デデ?!” 「あの公園の実装石達に、駆除活動の話をするんだ。 そして、駆除が始まるまでに一匹でも多く避難させるんだ」 “ほ、本気でそう思ってるデス?” 「ああ、俺、弱い者虐めってなぁキライなんだ。 そういう事なら、実装石の味方をするよ」 “本気で言ってるなら、こんなに嬉しいことはないデス! よっしゃ、二人で力を合わせてみんなを助けるデス!” 実装石は、ピスピスと鼻を鳴らして胸を強く叩く。 としあきも、立ち上がり無意味に胸を張った。 二人の意識は今完全に一つとなり、公園実装達救済のための作戦決行に向けて動き出そうとしていた。 しかし、駆除活動が行われるという情報源は、あの時出会った実装石しかない。 彼女が、どこまで詳しく話を聞き、覚えているかが重要な鍵になるだろう。 そう判断したとしあきは、もう一度あの実装石に会うことにした。 今度は、この実装石も一緒にである。 「そういえば、お前の名前ってなんだよ?」 “デェ? そんなのないデス” 「なんだ名前ないのか、呼びづらいなあ」 “だったら、お前が名前をつければいいデス” 「俺が? うーん、じゃあ、ツルッパゲミドリハダカジッソー、ってのはどうだ」 “長すぎるデス! そのまんますぎデス! それに嫌な単語が混じってるデス!” 「注文が多いなあ、じゃあ縮めて[ミドリ]でどうよ?」 “ミドリ……ま、まぁ、それなら、いいデス。納得してやるデス!” 「はあ、何顔を真っ赤にしてんだよ気持ちの悪い。ホラ、さっさと行くぞ」 “待てデス! せめて服くらい乾かして——へ、へ、ヘックショイチキショー!!” すたすたと歩くとしあきと、その後に必死で付いて行く裸の実装石ミドリ。 彼らはまず、国道に面したセブソイレブソへ通じる住宅街を目指した。 ※ ※ ※ 途中、どうしても服を着たいというミドリの懇願のため、としあきは自宅に戻りドライヤーを使って強制乾燥を施した。 部屋の中にはいまだに吐き気を催す強烈な臭気が残っていたが、としあきは鼻での呼吸を我慢して凌いだ。 また、ミドリの歩行が遅いため、これを補うため大きめのリュックサックを用意した。 これは、としあきの時代にあるような街中で持ち歩いても不自然には見えないデザインではなく、いかにもどこかに探検に 行く時に使いそうな、無骨でガッシリした皮製のものだ。 買った覚えのないものが押入れに入っていることにいささか疑問を覚えはしたが、ここではどんな不思議なことが起こって もおかしくはない、と割り切ることにした。 「お前、この中でウンコすんなよ」 “バカにするなデス、私は喜怒哀楽の感情が高まった時にしかしないデス” 「いや、この際それもやめてくれ」 “デ、デデッ?!” 中に何枚ものタオルを敷き、その中にミドリを詰め込むと、としあきは「ヨッコイショ」と掛け声を上げてリュックを担いだ。 結構、重い。 「お前、デブすぎ。少し痩せろよ」 “奴隷の分際で余計なことを抜かすと、中でウンチして益々重くなってやるデス” 「器用な奴だなあ。って、いつ俺が奴隷になったよ?!」 “初対面の時にお前は自分で認めたデス。しっかりと忘れてないデス!” 「あーそうかよ、勝手にしろ」 あらためて携帯を掴み、としあきは臭い部屋を出て目的の場所へ向かう。 時間は、既に22時になっていた。 “ワッタシはミッドリ〜♪ 名前があるデッス〜♪ 飼い実装デスご主人様デス、ニンゲンなんかドレイデッス〜♪” リュックの中から、デッスデス〜♪ と楽しそうな歌声が聞こえてくる。 としあきは、携帯を見るのもおっくうになり、とにかく夜道を急ぐことにした。 →NEXT −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
