私が会社に向かうのは、通勤時間のピークを少し過ぎた頃だ。 山手線に揺られていると、巣鴨駅で中年の女と実装石が乗り込んできた。 「隙間に気をつけるのよ」 「デススゥ」 マジかよ。こんな時間帯に飼い実装を電車に乗せるなんて。 電車に乗りなれてない実装石は興奮や恐怖ですぐに糞を漏らす。人の多い今の時間だとなおさらだ。 それに、押しつぶしちゃったらスーツが酷いことになっちゃうじゃないか。 個人的には電車に持ち込んでいいのは、小型ケージに入れられる親指と蛆だけだと思う。 さて、女と実装石は電車に乗り込み、なんと不幸なことか俺の隣に立った。 実装石とはなるべく関わらないようにしているので、外を見て知らん振りを決め込む。 次の駅で人が沢山乗り込んでくると、実装石の体が押されて俺のズボンに密着する。 勘弁していただきたい。飼い実装とはいえ実装臭はある。僅かな人を除いて不快感しか起こさせないものだ。 何も考えないようにしていてしばらく経つと、足元からなにやら音が聞こえる。 「フゴッ フゴッ」 すりすり 「わっ!!!」 俺は年甲斐も無く声を上げてしまった。飼い実装がズボンに鼻をこすりつけて、臭いをかいでいた。 「クンカ クンカ!」 こみ上げる気持ちの悪さにたまらず飼い主の女に声をかける。 「ちょっと!この実装なんとかしてくださいよ!」 女は驚いた顔をして下を見ると、まだ驚き、 「こら!駄目でしょキミドリ!」 「デスウ!?デップウウウゥン…」 と叱った。 良い意味で意外な反応だ。逆上されるかと思っていたからな。 まあそうなったとしても、周りが味方だらけであることは、実装に向けられる白い目から明らかだったが。 「申し訳ありません。躾がなっていないばかりに…」「デスゥン…」 「ああいえ…」 素直に謝られるとこちらも強くは出にくい。ここは引いて穏便に済ますのが得策だろう。 しかし、車両の中にはそう思っていない者もいた。 いけぶくろー いけぶくろー 多くの人間が降りていくその時、高校生だろうか、三人の少年が飼い実装を抱きかかえた。 「デ!?デッスゥ!デスウウウ!!!」 「え?キミドリちゃん?ええ??」 俺が窓の外を見ると、飼い実装の姿が池袋のホーム上にちらりと見えた。 運び出されてしまったのだろう。少年達は人ごみに紛れ階段を下りていった。 女も慌てて後を追おうとするが、無常にも人がなだれ込み、まごつく間に扉は閉まった。 「キミドリ、あああ、あああああぁ…」 女は泣きそうな顔になって膝を震わせている。周りの人間は知らず存ぜずを決め込んでいた。 まいったな。泣き喚かれたらひたすらに迷惑だ。ここは隣にいる、 多少なりとも言葉を交わした俺がフォローしないといけない空気じゃないか…。 「ま、まあまあ。次の駅で降りて引き返せば会えますよ」 「ううぅ。はうううううぅぅぅぅ…」 はああああ。今日はヤボ用があって普段より三十分早めに出社しようと思っていたのだが。 次の駅で女の肩を押し、電車から降ろし、ベンチに座らせた。 戻るための電車が来るまでの間が辛いから会話でもするか。 「大切な実装石だったんですね」 「ええ、実は…」 中年女は身の上を語り始めた。 なんでもこの女の旦那が昨年なくなったのが事の発端らしい。 夫婦は長らく子供ができず、二人だけで暮らしていたのだが、 数年前についにさびしさに耐え切れず、子の代わりにと仔実装を購入したという。 仔実装は夫婦に愛されてすくすくと育った。 問題はここからで、実装石は旦那を飼い主としてではなく、男として愛するようになったという。 女の方も相当の変わり者というか、それを許容し、実装石を交えて「営み」をすることすらあったという…。 旦那が死んで女が立ち直ってからも、飼い実装はずっとメランコリーであった。 不思議に思った女はある日発見をする。家にやってきたセールスマンの中年男。 そのスーツに飼い実装がしがみついてくんくんと臭いを嗅ぎ始めたのである。 飼い実装は男に飢えていたのだ。 旦那のスーツ姿にひときわ興奮してパンツをぬらしていた事を今になって思い出す。 そこで月に一回、電車に連れ込んで男の臭いを堪能させたやることにしたのだ。 それからというもの、飼い実装は元気を取り戻し、肌にもつやが出てきたように見えた。 めでたしめでたし! 中年女の性的な話を聞くだけでも吐き気がするというのに実装を入れて3Pとは…。 しかも電車内で行っていた痴女まがいの事を堂々と告白するなんて。 この女と、悪いが亡くなった旦那さんは、基地外か?たぶん、そうなんだろうなあ。 参ったな。電車に乗せておさらばしようと思っていたのに、この女に興味が湧いてきてしまった。 観察派であった俺は、日常を圧迫され、社会人生活に支障をきたすので半年前から実装石に興味を向けないことにしていたのに。 見てみたい…!もっとこの変態女と実装の姿を…! 「先ほどはしがみつかせてしまって…。臭いを嗅ぐだけにするよう躾けているのですが…」 そんな躾けどうやってするのか聞いてみたいものだが、 そもそも臭い嗅がれるだけで不快なことが分からんのかこのババアは。 さっき謝ったのもあくまでひっついたことについてだけのようだな。 俺と同じように事を大きくしたくない連中は謝る姿を見て気を静めてしまうのだろう。 「キミドリちゃん…」 女は携帯を開いて画像を見ている。うげげっ! 女と飼い実装がむしゃぶりあうような熱いキスをしている写真。 裸で旦那であろう男性と抱き合う飼い実装の写真。 ふざけんなっ!この駅は学生が沢山降りるんだぞ。いたいけな少年少女が見たらどうするんだよ! 俺の観察対象としては面白いのだが、こんなもの見た後じゃ昼飯も食えなくなるじゃないか! そんなこんなで逆方向行きの電車が入ってきた。 「ちょっと過激だと思いますか?でも、これが愛の絆なんですよ」 電車の中、テレビでは確実にピー音が入るであろう話をのたまう。 旦那の死後、女は飼い実装と何度も体で交わろうとしたのだという。 旦那が欠けていても、実装と交われば3Pしていた時の愛を再現できるのでは、と考えたのだ。 しかし、飼い実装の反応は芳しくなかった。生の男の臭いを欲していたのだ。 ここまで聞いて俺が思ったのは、飼い実装は単に性欲過剰なだけで愛の絆など無かったんじゃないかということだ。 男の臭いなら誰でもいいんだからな。しかし、女は「それは旦那の代わり」なのだと言い張る。 愚かだが、興味深い観察対象だな。周りの白い目線が相当に痛いが。 池袋に戻ると、どうも普段とは違うざわめきが聞こえる。う〜む、嫌な予感しかしないな。 飼い実装を最後に見た場所の側に人だかりができていたので覗いてみると、 案の定というか、飼い実装であろう物体が血塗れ糞塗れで悶えていた。 「デギャアアァ…デェェェン!デェェェェン!」 通勤途中の実装石など会社や学校に向かう人間にとっては邪魔な石ころのようなもの。 鈍間な実装石が進路上にいる。手で押しのけられ、腰で押しやられ、膝で突き飛ばされ、つま先で蹴られ、踏み潰される。 雑踏に揉まれる内に飼い実装は服がズタボロになり、肌はところどころが破れ、 手足がぐにゃぐにゃに折れ曲がった満身創痍状態になってしまったのであろう。 「キミドリちゃああん!!」 「デジャアッッ!!デェェェェン!デェェ…オゴブゥ!!!」 ドパッ 女が飼い実装を抱きしめて感動の再開かと思えた矢先の、大量の吐血。 おそらくだが、折れた肋骨が抱きしめられたことで肺や心臓に突き刺さったのだろう。 「いやああああああああああああああああああああああああああああ」 ミシミシミシッ!ポキポキッ! 「デッギャアアア!!デボオオオオォォォ!!!」 錯乱し更に強く飼い実装を抱きしめる女。 「キミドリちゃあああん!!死なないでえええぇぇ!!!」 「デゴブッ デベエエェェフェベエェ…」 「助けてください!助けてください!」 血をゴボゴボと噴出し、糞をモリモリと排出する糞蟲。 何を思ったか女は、飼い実装を側にいるスーツの男に押し付け始めた。 俺はその時既にさりげなく人の輪の外に出て、事の経過を観察していた。 「嗅がせてやって!嗅がせてやって!」「フェベエエェェ…デェェェン!!」 「ふざけんなっ!!!!!」「だああああああ!!死ねよ糞蟲!!!」 「デギャアアアァ!!ゲブッ!」 「通してください!なにしてるんですか!!!うわっ!!」 ラッシュは外れているとはいえ混雑した時間帯だったので、ようやく駅員に事情が伝わり駆けつけてきた。 女と飼い実装は駅員に連行されていくだろう。どうやら俺の観察もここまでの様子。 スーツに汚れも付いていないし、よくできた観察といえるだろう。 時計を見ると、出社時間を過ぎていた。 ああ駄目だ!やはり実装観察派は時間を食うな…そう思いながら電車に乗り込む俺であった…。 遅刻の小言を言われた後の昼休み、空腹を我慢して漫画喫茶に入り、 町BBSを開いて池袋のスレッドを見る。やはり今朝の事態が話題になっているようで、 レスから情報を読み取ると、どうやら飼い実装はゴミ袋に入れられ、女はヒステリックに泣き叫びながら 駅員に連れて行かれたそうだ。駅員と名乗る者のレスによると、駅員室に着いた後、 飼い実装はゴミ袋の中で自らの血と糞で溺死しており、それを知った女は泡を噴いて倒れたので救急車を呼んだそうだ。 夫との最後の繋がりが殺されたと思い込んだ女が、訴訟に出るかもしれないな。 やれやれ、しばらくはまた観察派として行動することになりそうである。
