タイトル:【虐】 信号
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:5779 レス数:0
初投稿日時:2009/05/16-01:14:01修正日時:2009/05/16-01:14:01
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「デジャアアアアァァッッ!!!」

「あっち行くテチャアアアァァッッ!!!!」

公園の中、あるダンボールハウスが猫に襲われた。中にいたのは成体一匹と仔二匹に蛆一匹。
親は糞投げをして必死に抵抗したのだが、俊敏な猫には無力で威嚇にすらならない。
猫はじりじりとハウスの入り口に近寄りつつあった。

「どうにもならないデス!に、逃げるデスッ!お前達荷物を持つデスウ!!」

「テチャ!」

「テェ!」

「レプレプ?」

蛆を抱えてハウスから飛び出した親実装。その後を仔二匹が必死に追う。
それが猫にとっては止まっているようなものであることは親実装にも分かっていた。

「蛆ちゃん、ゴメンナサイデスウ……」

「レフウ?」


ぽい


猫の視点が投げ捨てられた蛆に集まる。

「レフーン オネチャもママもどこ行くんレフー?蛆チャはお留守番レフー?」
「蛆チャ、テチィ…」「仕方ないんテチ、オネチャ達を許して欲しいテチ…」





「そこの大きいの、プニプニして欲しいレフ。あなたも気持ちいいと思うレフ」

「ニャオ」

「レプレ…レピュピュッ!!!レピャッッッ!!!」

猫は前足全体を使って蛆の胴体を押しつぶし、糞をひりださせてから食べた。
その間に実装親仔は植え込みを進み、公園を飛び出していた。





「デフーデフー」「テヒュテヒュ」

久々の全力疾走に体力も限界近い親仔。
特に仔は酸欠寸前で今にもぶっ倒れてしまいそうな程である。

「デー、このままじゃすぐ捕まっちゃうデスウ。蛆ちゃんに申し訳が立たないデスウ…」

「ママ!あそこを見るテチ!」

「デス?」

仔の指差す先は公園沿いの道路の路肩であった。その中の蓋が一つ外れていた。
夢中でその穴から側溝に駆け込む実装親仔。どうやら猫もここまでは追ってこない様子。
側には他の実装石のハウスもある。そちらを襲撃する方が手間も無い。満腹でもう帰ったのかもしれない。




「臭い臭いテチー」

「真っ暗じめじめ、ヌルヌルテチュウ…」

「お前達、それくらい我慢するデス。蛆ちゃんの苦しみに比べればこれぐらいデス…」

実装親仔は腐ったようなぬかるみの上で息を潜めていた。
汚れが服に付くのが嫌なので座る気にもならない。ひたすら耐えていると、夕方頃になって雨が降ってきた。

「雨デスウ。これなら猫もいなくなっていると思うデス。上がって様子を見てくるデスウ」

「ママ、アタチたちは…」「テチテチー」

「お前達はまだここにいるデスウ。ワタシ一人なら危なくなってもここまで逃げられるデス」

「テー」




親実装は側溝の中にあった板を斜めに立てかけ地上に這い出した。
公園の中に入ると、他にも数匹猫に襲われたのだろうか、服と肉片が散らばっていた。
側溝への入り口を見つけたことは不幸中の幸いだった。

「デ、デデガガ…」

植え込みの奥へと進み、我が家の前に着くと、親実装は気を失いそうになった。
そこにあるのは地面に空いた穴のみ。ハウスも何もかも全てが消え去っていた。

「ね、猫はここまでしないデスウ…」

親実装がふと周りを見ると、自分を囲むジトリとした視線に気が付いた。
殺気は感じないが、友好的な印象でもない。ここから親実装は一つの結論に辿りつく。
ハウスは同属の略奪にあったのだ。



しばらくは帰ってこないであろう、猫に襲われ逃げ去った親仔。
そのお留守のハウスに野良実装が集まってきた。猫に襲われ四肢欠損している者や仔を失った者、
手痛い損失を補うことに気持ちがいっぱいの危険な連中である。
まずダンボールを奪い合うと、地面の穴に気付く。そこにあったのは親実装がせっせと貯めた貯蔵食料。
野良実装にとっては宝物庫だ。また争奪戦が繰り広げられ、全ての資源・食料が持ち去られたのだ。

「デスウウウウ…」

親実装は泣き出しそうな気持ちをこらえた。ここで泣くと危ない。
周りの視線は、体力を減らした自分を襲うかどうか品定めしている眼なのだ。
ここは胸を張らなければ。

「シャッ!シャッ!糞猫許さないデスウッ!!ぶっ殺すデス!!猫鍋デスウッッ!!!」

方々に威嚇の声を上げ、腕をぶんぶん振り回し親実装は植え込みから出てきた。
周りでは舌打ちのような音が聞こえ、親実装の感じた視線は消えていった。





「ママ遅いテチー」

「捨てられたテチ…」

「な、何を言うテチャ!ママがアタチたちを捨てるわけ無いテチュ!」

「怪しいものテチ…。蛆ちゃんは現に捨てられたテチ。
 自分が危なくなったらまた仔を捨てるかもしれないテチ…」

「そんなこと言うならオネチャはなんで蛆チャを助けに戻らなかったテチュウ!」

「それはしょうがないテチ…。アタチの命は最優先テチ…」

仔実装妹は姉の突然の発言に驚いていた。
矛盾を棚に上げて、自らの都合に合わせて物事を身勝手に解釈する。
これではまるで糞む……頭に湧いてくる言葉を仔実装妹は必死に消した。

「と、とにかく、蛆チャのおかげでアタチたちは助かったんテチュウ!」

「そうデスウ…」




「「テチャッッ!!!」」

「何を驚いているデス?そんなことより、これからが大変デスウ…」

親実装は住まいが無くなった事を説明した。一週間は過ごせたであろう食料も消え去った。
実装それぞれはコンビニ袋を少し破いて、肩掛けバッグにしたものに荷物を入れていたが、
合わせても一日分の木の実やゴミ屑程度でしかない。
これからどうすればいいのだろうか…。

「ママ、ここで暮らしたらどうテチュ?猫も来なかったし、すごい頑丈そうテチャ」

「駄目デスウ。駄目どころかもう出て行かなくてはならないデス。
 こんな雨の日にはここは川になるんデス。足元を見るデスウ。もう水が少し増えてきているデス」

1センチもない程度だが水が流れ始め、よりぬかるんだ地面に油断すると足を取られてしまいそうだ。

「テチャー…どうしようもないテチね…」

「愚痴っても始まらないデスウ。とはいっても…」

親実装は考え込んだ。







「…これは避けたかったデスウ」

親実装に思いつく生き残るすべは託児しかなかった。
ハウスも無い状態で、治安の悪くなったこの公園をさまよいながら仔を守りきる自身は無い。
かといって仔を諦めて自分だけ生き延びられたとしても、もう子を産み育てる自信も無かった。
この親実装はもう満二歳を越えていた。野良暮らしの栄養状態ではあと半年もすれば老化が始まるであろう。
冬を越し、また仔を産み、送り出す。親実装にはそれが途方も無いことに思えた。
託児は一種の逃げだ。出来そうも無い、叶えられそうもない未来を見限り、
目の前にある、とりあえずは行動を起こせる選択肢に走り、安心し、満足する、そんな思考。
親実装も心の底では託児のリスクについてリスクは十分に理解している。
しかし、実際こんな事態に陥ると、何とかなるんじゃないデスウ?と思えてしまうものなのだ。



一時間後、実装親仔は公園沿いの二階建てのアパートの前にいた。
夜に加えて雨であることが実装たちの行動を助ける。歩行するニンゲンは傘を持っており、より視認しやすい。
自転車や車などの乗り物も、ライトを点けている。雨の音は、実装の小さな足音や声も完全にかき消す。
鈍い実装石でも十分安全確認を行って、アパートの二階まで忍び、到達することが出来た。

しばらく息を潜めていると、真面目そうなスーツ姿のメガネの若者がドアを開けている姿があった。
非常等しか点いていないためによく見えないが、ドアの真ん中には実装石の顔のような飾りが見える。
誠実そうなニンゲン。狙い目である。どうやら実装石にも興味がある模様。
親実装は仔を連れて閉まったドアの前に立つ。そして…


ゴンゴン!

太い枝を持ち、ありったけの力でドアを叩く。その後親実装はすぐさま走り去る。
ドアの脇には仔実装二匹が待機、親仔は目で会話をした。これが今生の別れかもしれない。
ドアが開き男が出てきた。外を見回す男の足元からすかさず室内に走りこむ仔蟲ニ匹。
怪訝な顔をした男がドアを閉めかける時、部屋の中から

「「テッチュウゥゥ〜ン」」

という媚びの一鳴きが聞こえてきた。

「上手くいく事を祈るデス。ママがいなくても頑張るデス…。
 絶対幸せになって欲しい、いや、なれるはずデスウ…」



とは言ったものの、寂しさに耐え切れず、いつの間にか託児先のアパートの軒先にずっと潜んでいた親実装。
成体の自分まで押しかけては、託児が上手くいっていたとしても台無しにする恐れもある。
しばらく悩んだ末に、踏ん切りを付けていずこかへと去ろうとしていたのだが…。
家の扉が急に開き、そこからは愛するものの臭いが漂ってきた。

ガチャ

「おーい、この仔の親はいるかい!!?」

「ママテチュー!!」

「ママーーーーーーーーーー!!!」




ガサゴソ

「デ、デスウ?」




「いるなら出てきなさい。仔供達が待っているよ!」

ここまで言われて耐えられるほど親実装の心は強くなかった。
茂みから這い出て、おずおずと男の前へとやってくる。

「ニ、ニンゲンさん、仔供だけでも十分ありがたいデスウ」

「何を言ってるんだ。仔供は親と一緒にいないと幸せになれないんだよ」

「デ、デズズウ」

男の温かな言葉に親実装は涙を流し、部屋の中へと入って行った。




部屋の中には眩しい光景が広がっていた。
仔達は通常の実装服ではあるが、綺麗に洗濯された服に着替えていた。
人間用のテーブルに実装石用の座面の高い椅子が並べられ、仔実装たちはそこに抱えて座らされると、
目の前にある暖かい紅茶を飲み始めた。

「デ、お前達、勝手に飲んでは…」

親実装の発言をさえぎるように男が言う。
手にはタオルを持ち、濡れた親実装を拭いてやっている。

「ああ、いいんだよ。君が来る前から飲ませてやっていたんだ。
 君達の体は鈍いからね。感じなくても雨に当たってだいぶ冷えていたからね」

「そうテチ。ニンゲンさんがお風呂にも入れてくれたんテチ」

「あまあいお紅茶ウマウマテチュゥ〜ン」

「実装石は元気いっぱいで、幸せな方が僕もシアワセなんだ。
 さあ、君もお風呂に入れてあげるよ」

「恐れ入りますデスウ〜ン」

優しく自分を拭いてくれる男に対して、親実装の気持ちは緩み始めた。
母親が死んで以来の自分を世話してくれる存在にとても心を動かされた。
実装石には夫がいない。大人になれば、仔の上に立つだけ。支えあうパートナーなどいないのだ。

男はタオル越しに親実装を抱きかかえて風呂に運んだ。
さしたる抵抗もなく服を脱がせて、弱めのシャワーで温めのお湯を掛けてやった。

「デェェ、デフゥゥ〜〜〜ン…。
 デデ!ごめんなさいデスウ!間抜けな声を出しちゃったデスウ」

「風呂なんか入ったこと無いだろう?しょうがないよ
 今まで苦労してきたんだろ?ほら、背中を流してあげるよ」

親実装の背中を男がスポンジで擦ると、野良時代に溜まった垢が言葉通りボロボロと落ちる。
表皮から出る成分がわずかずつだが実装服の破損を補う実装石の体。
野良はその機能が活発に働いているので、服に定着しなかった成分が垢やフケとなりけっこうな質量を伴って出てくる。
清潔であることは飼い実装の特権なのだ。野良が体を良く洗っていると、服が薄くなってしまう。

「託児するなんて切羽詰っていたんだろう?
 親の君から後で詳しく身の上話を聞かせて欲しいな」

「お安い御用デスウ。それにしてもニンゲンさんはなんでこんなワタシタチを迎えてくれたんデスウ?」

「ははっ、実際に託児をした君達が言うと面白いね」

「あ、デデスス…」

「いいよいいよ。
 実装石が自分から我が家に来るなんて初めてだったからね。
 そんな物好き実装石が来てくれたんだ。お客としては上出来さ」

こんな綺麗なお家に入れるなんて、しかも歓迎ムードだなんて、
なんて幸運なのだろうと親実装は思った。





親実装と男が風呂から上がると、仔供たちはお寝むだった。

「まったく、失礼な仔デスウ」

「大変な一日だったろうからね。寝床を作ってあげよう」

「デスウ?」

男は棚からダンボールを下ろして組み上げて中に新聞を引き、
少し汚れたタオルを十枚ほど持ち出して寝床を作った。
そこに仔を優しくおろし、上からもタオルを被せてやる。

「テチチ…うまうま…テププゥ…すやすや」

「蛆チャ…プニプニ…もうできないテチュ…すやすや」




「可愛い寝顔だね。さあ、君の食事の間、お話を聞かせてもらえないかな?」

「デスウ!」

緑色の皿においしそうな猫缶が空けられた。
横にはコンペイトウが。生まれて二回ほど食べたことがある。至高・究極の甘味。

「デスデスウゥ〜〜〜ン!」

「デザートを先に食べちゃうなんて面白い実装石だね」

「デスゥ!」

親実装は満腹になると、自分の事を話し始めた。
優しい母親に沢山の愛情を注がれて育ってきたこと。
春のある日、眼を覚ますと母親が死んでいたこと。
餌場での他の野良との争奪戦のこと。
マラに襲われて妊娠したこと。
頭が悪くてもとても愛しかった蛆実装のこと。
安らかに眠る二つの小さな宝物のこと………。

男はそれをとても興味深そうに聞き、メモまで取っていた。
親実装は嬉しかった。知能ある存在に、自分の話を沢山聞いてもらえる。
10分もかからずに全てを話し終えた頃、男がコップを差し出してきた。

「君は成体だし、一杯やらないかい?」

「何デス?」

「酒というものだ。幸せな気分になれる飲み物だよ」

「デー、不思議デスウ?」

ゴクゴク

「デフ〜ン」

「さ、もう一杯」

ゴクゴク

「テプ〜ン。デプププ」


「笑っているね?」

「嬉しいんデスウ〜ン」


「何がだい」

「託児が上手くいったからデスウ」


「してやったりって感じかい?」

「とんでもないデズウ…感謝してもしてもしたり無いデスゥ〜ン。
 上手くいくなんて…皆死ぬかもしれなかったデスウ。
 ニンゲンさんありがとうデスウゥ〜ン…ムニャムニャ」




「君は本当に善良なタイプみたいだね安心したよ。
 僕に託児するなんて物凄くアホウな糞蟲だろうと思っていたから。謝るよ」

「…デ?…?…………ムニャムニャ…デプーデプー」













…………フー………ニフー……プニフー…



蛆ちゃん?



……そこは危ないレフー……プニプニ…

逃げるレ…レプー…逃げた方がいいレフー…




何でデス?ニンゲンさんは優しいデスウ




…逃げフー……レフレ…プニプニの時間…レフー

もう…さよならレフー…蛆ちゃんは恨んでないレフー…




どこへ行くデス!




プニプニー…ママ、ありがとう…レフー…プニプニフー…




蛆ちゃん?蛆ちゃあああああああああぁぁぁん!!












コンコン

「…デスー」

「さあ朝だよ」





「今日僕は仕事場にいるから、良い仔にしててね」

「ご主人様、アタチも仕事場に入りたいテチ!」

「我侭を言うんじゃないデス!それにご主人様だなんて…」

「あれ?僕は君達を飼うつもりでいたんだけどな。公園で暮らすほうが幸せかい?」

「テチャアア!!!ここがいいテチここがいいテチ!!」

「ははは、分かってるって。
 仕事場には明日になったら入れてあげるから。とりあえず我慢しててよ」






男はスーツ姿でどこかに出かけていった。

「蛆ちゃんは私達を恨んでいるんデス。
 だからあんなことを夢で言ったデスウ…」

「ママ、どうしたんテチ?」

「ママの夢に蛆ちゃんが出てきたデスウ。あのニンゲンさんは危ないというデス…」


「そ、そんなことないテチュウ!」

「そうテチ!悪い人なわけないテチャ!」


「デー、ママもそう思うのデスウ…」




実装石たちがダンボールを出てみると三食分の餌と替えのタオルや新聞紙がおかれていた。
ボールやぬいぐるみなどの玩具もいくつかあった。男は特に何も決まりごとなど言わなかった。
だからこそ親実装は感じた。この留守中の行いで自分達が本当に飼われるかが決まるのだと。

抑えきれぬ仔実装の好奇心、二匹のちびは部屋の中を所狭しと走り回る。
カーペットを毟ろうとすれば止め、ウンチをしそうになると寝床の中のトイレへと走らせた。
夕方になり仔が遊びつかれ、親も見張りつかれた頃、実装石たちは自らの異変に気付いた。


「ママ、なんだかワタシたち臭いテッチュウ…」

「デー、私もなんだかすえた臭いがするデスウ…」

それは野良の頃には気付くことは無かったであろう異変。
汗が服に染み込み臭い立っていたのだ。昨夜風呂に入ったからこそ分かる汚臭。

「お風呂に入るテチ!」

「ママ、お風呂に入らないと臭い臭いテチュウ…」

「デスー、ちゃんと綺麗にしないと嫌われてしまうデス」

実装親仔は少ない頭を働かせて昨日入った風呂の場所へと向かった。
リビングを出て廊下を歩くと二つの扉がある。その右側がお風呂である。

廊下の先には玄関があった。
ドアには実装石でも手を掛けられるように低いところにノブが付いていた。
好奇心でそれをひねると、ドアは開き、アパートの外廊下と、綺麗な青空が見えた。
そして、手すり越しに見える懐かしい公園が日差しを受けて緑に輝いていた。
貧しくも慎ましやかな暮らし。しかし、もはやそこでの出来事は遥か遠いことに思えた。

「無用心なニンゲンさんデスウ…」


気を取り直して風呂場に入ると扉は少し開いており、石鹸にタオル、洗面器が置かれていた。

「やっぱりデスウ。私たちが入れるようになっているデス」


蛇口にはバリアフリー用のレバーが付けられており、実装の手でも開けることは容易だった。
洗面器に湯を注ぎ、仔の服を脱がせて湯に入らせる。
その間に、親実装が服をまとめて蛇口から出る湯でぬらし、石鹸を付けてもみもみした。

「こ、こんなんでいいのデス?」

服からは薄ミドリの液体が染み出てくる。
昨日も一回男が洗濯したのだが、野良の汚れの凄まじさが分かる。
仔たちを見ると肌が桜色になり、のぼせそうになっていた。

「お前達、そろそろ出るデスウ!真っ赤デス!」

「テー、そういえばクラクラするテチ」

「ふらふらテチュウ〜」

仔が出た後に親実装が入り湯浴みをする。
胡坐をかいて座ってもへそほどの深さだが、手を使って湯をピチャピチャと
頭にかけてどうにか体全体を洗った。



コォ〜ン    コォ〜ン


「デス?」

親が湯の気持ちよさにまどろみ、仔ものぼせてポケーとしていると、
なにかの金属音が聞こえてきた。

「ママ、何の音テチ?教えて欲しいテチ!」

「怖いテチュウ…」


ココォ〜ン コンコン ココォ〜ン


「デェェ、このお湯の出る管から聞こえるデスウ…」

親実装が蛇口に耳を付けると音がよりはっきりと聞こえてきた。
どこか有機的なリズムで、聞いていてなにか物悲しげにも思えた。


コココォ〜ン コォォォ〜ン



「怖いテチィ。早く出るテチ」

「蛆ちゃんのお化けテチ…」


「とにかく出るデスウ。体が冷えてしまうデス…」


風呂から上がり体を拭くと、環境の変化に疲れてしまった実装石親仔は
裸のままタオルに包まって眠ってしまった。
濡れた服はハウスの屋根に掛けておいて干した。









ガチャリ

「ただいまぁ〜」


「デスゥ〜」
「「テッチュゥ〜〜」」



男が帰ってきたのにまず親が気付き声を上げ、その声で仔も目を覚ました。
犬のように玄関まで走ると、自分達が丸裸で男を出迎えたことに気付いた。


「デーッッ!恥ずかしいデスウ!」

「ははは、どれどれ・・・この様子だとお風呂も洗濯も自分達でできたみたいじゃないか」

「テチー。褒めてくださいテチ!」

「すごいすごい。玩具も餌も散らかってないね!」

「どんなもんテチュウ!」




「いやあ、君たちはほんとに素晴らしいよ。立派な飼い実装だよ!」

「デッスウウウゥ〜〜!!!」



家族は深い安堵の中で寝床に戻り、安らかな眠りに付いた…。














「レフーレフー レフーレフー」

寿司やステーキ、コンペイトウの山に囲まれた親実装と仔実装二匹。
遠くでみすぼらしい蛆が悲しげな顔をして鳴いている。親実装は思ったなんだっけあれは?
私の蛆だっけ?でもちょっと汚いなあ…そういえば野良だったんだっけ?
なんかもう、野良時代のことはどうでもいいや…

親実装は興味なさげに蛆から目をはずした。

「…レフ……レフー…」

蛆実装はうつむき煙のように消え去ってしまった。
親仔は蛆のことなど頭から消え去ったようで、目の前の宝の山に見入った。

そこに、大きな影がかぶさった。
その影は宝の山を持ち去り、さらには自分達に手を伸ばしてきた。

「や、やめるデスウ…」
「テェェ…」

動きたいのだが、何故か体が動かない。
懸命に力んでも手足をぴくぴくと動かせるだけ。
影はそのまま痛みもなく自分達の体に入り込んでいき、
なにか半透明の実装石の形をしたふわふわしたものを抜き出している。

「や、止めて欲しいデスウ…」

影は仔からも半透明の何かを抜き取り、遠くに行ってしまった。










「デー、目が覚めたデスウ」
「テチー、朝テチ?」

実装親仔が目を覚ますと、まわりはぼんやりと赤い光に包まれていた。
そして四方から、ガサゴソ、もぞもぞと音がする。

「ママ、なんだかワタチすごい元気テチ!」

「アタチもテチュウ!」

「ママもデスウ…でも…」

三匹とも、変にみなぎる力とともに、妙な不安感を感じていた。
背筋がぞくぞくするような、何か大切なものをうしなったときのような、寂しげな感覚。

「ちゃんと三匹居るデスウ?」

「何言ってるテチ、見れば分かるテチ」

「テー」

仔実装妹が漠然とした不安感に耐えられず、親実装に抱きついた。
つられて姉実装も親の胸へと飛び込む。

「なんだかワタシ達が半分になった感じがするデスウ…」





「当たり前デスウ」

「デ!?」

突然声がした。薄暗い中から実装石の目玉が浮かび上がり、話し始めた。

「偽石を抜かれたデスウ。もう絶対に逃げることはできないデスウ」

「な、何を言ってるテチ!!」


「……」


「何か言うデスウ!」


「…無駄なんデス。私のできることは何もないデス。
 ここからは出られないデス。死ぬこともできないデス。
 何もできないんデス!」

「こ、ここはいい所テチ!出られなくても我慢するテチ!」

「わ、ワタシもそう思うデス。なにが嫌なんデスウ?」



「今に分かるデス。こっちに来るデス。今日の食事デス」


そう言いながら声の主が暗がりから出てきた。親仔はその姿を見て心臓が止まりそうになった。
ハゲハダカで、片腕がない。びっこのように足を引きずり、苦しそうにあえいでいる。


「お、おばちゃん大丈夫テチ…?」

「…来るデス」


戸惑いながらもハゲハダカの後を付いていくと、床にグジョグジョになった新聞紙が現れ、
続いて金属のトレーと、部屋の壁が現れた。壁からは一つの蛇口と一本のパイプが飛び出していた。
上を見るとパイプがタンクにつながっていることが分かった。

ハゲハダカがパイプに付いたレバーをひねると、
パイプの先からぶりぶりねちょねちょと緑がかったドロドロのわけの分からぬものが垂れてきた。
巻きグソのようにトレーに積もったそれをハゲハダカは手ですくい、口に入れた。

「食うデス」

「…デス?」

「これを食うデス」

「「ウンチテチ…?」」


「ウンチじゃないデス。
 これで最後です 食 う デ ス」


「…た、食べるデス!お前達も、早くするデスウ!!」

「ま、ママ食べるテチ?」

親実装はただならぬ雰囲気を感じてドロドロに手をつけた。
口に運ぶと、どぎつい薬のような、糞のような、ゲロのような、
軽〜く嫌な気分になる香りが漂ってきた。

「…デ…ヂュヂュウ…もっちゃもっちゃ」

苦く、かすかに塩味が付いたそれは、とんでもないマズさだが
親実装の感じる限り毒ではなさそうだった。

「まずいテヂュウウウゥゥ〜」
「テベベェ〜…」

空きっ腹なのが幸いしなんとか詰め込む。
ハゲハダカはその様子を見てまた語り始めた。

「それが今日の食事デスウ。ご主人様が来る前に身の回りの掃除をしておくデス」

「掃除といってもデスウ…」

実装親仔の寝ていたところには、黒ずんだ雑巾が三枚置かれているのみだった。
昨日の寝床はいったいどこへいってしまったのだろうか。


「これから必要になるんデス」

「テェ?」


ぐるるるるるぐるるぐるるるるるる〜〜


「ママ!お腹が痛いテチ!」

「ワタシもデスウ!どうしたんデス…!?」


「ウンチは雑巾にするデス!そこだけがあなたの土地デスウ!!」

「デデ!これは…お布団じゃないんデスウ?」

「お布団デス!トイレデス!部屋デス!お前の唯一つの所有物デス!」


「テエエエェェ…テェェ!!」

仔実装が耐えられずに雑巾に糞を漏らした。
親も続いてモリモリと糞をひりだした。



「これを片付ける必要があるデス」

「デスウ…かわりの雑巾をいただきたいデス」

「そんなものは無いデス。それをずっと使うデス。
 糞を始末するデス。眠る場所がなくなってしまってもいいんデスウ?」


「「テェェ!」」
「そ、そんなデスウ!」

悲嘆した親仔だったが、他にどうしようもない。
とりあえず雑巾を持ち、トレーに糞を捨てに行こうとした。

バシッ!!

「何してるデスウ!!そこは御飯が盛られる場所デス!!!」

「ど、どうすればいいデスウ…」

「あっちに捨てるデス!」

ハゲハダカの腕指す向こうには穴の開いた箱、大きな郵便受けのようなものが置いてあった。
実装親仔は腰の高さにある穴の中に雑巾を入れて、ばたばたと糞を振り落とした。

デズーデズー


「怖いテチ!箱の中から声がするテチ!」

「ここは懲罰房デス。粗相をするとこの中に一週間入ることになるから気をつけるデス。
 さっきのトレーに糞を付けていたらそうなっていたデス」

「ママー、雑巾くさいくさいテチュウ…」

「デェ…」

「嫌なら舐め取るデス」

「…テェ?」




「…いい加減にするテチ!」

「や、止めるデス!」

「…こっから出すテチ!優しいご主人様のとこに返すテチャアッ!!!」



「ここが、そうデス。その優しいご主人様のお家の、実装部屋デスウ」

「嘘付くなテチ!もっと普通のオウチだったテチャッ!!」

「…それが手なんデス」

「どういうことテチ!」

「ご主人様は糞蟲は嫌いデス。だから最初は優しくして、一日留守にして、
私たちの本性を探るデス。お目に叶えばワタシのように飼い実装になれるデス」


「あ、あなたはハゲハダカで腕も無いデス。そ、そんなのが飼い実装だとは思わないデス…」







「いい加減気付けデスッッ!!!
 虐待派デシャアッッ!!あの男は!!虐待派の!!!!!糞ニンゲンなんデスァッ!!」






ガチャリ


「デッギャアアアアァ!!」

「今の言葉遣いは酷いね」

「デエエェェ!ご主人様!今のは違うデス!違うんデスウ!!」

「どう違うんだい?」

「デガガ…!違う…違うんデスウウウウゥ!!!」


男はハゲハダカをつかみ、懲罰房の天井を開いて中に投げ入れた。

ぼぢょっ

「デギュウウ!臭いデスウウウゥゥ〜!」




「うるさいけど、半日もすれば衰弱して静かになるよ」

「ご、ご主人様、ここはいったい何デスウ…」

「あいつのいった通りさ」

パチッ



男が部屋の明かりのスイッチに触れると蛍光灯が点き、親仔実装は眩しさに目がくらんだ。
目が慣れると、十数匹の雑巾に寝そべる実装石が目に入ってきた。

「ここは僕の飼い実装の部屋および虐待部屋だよ。
 みんな良い実装石で、糞蟲は一匹も居ない。
 僕は糞蟲が嫌いでねえ」



「「テェェ…???」」
「……デエエェェ…!」



ゴトゴト!

「伝えようとしたデスウ!!」

懲罰房の中の実装石が叫んだ。

「でも気付いてくれなかったデスウ!!!」



「ずっとカメラで監視してたけど、そういえば、あいつが蛇口を一生懸命叩いていたな」

「デェェ、お風呂でした音はあなたが立てていたデスウ?」

「なるほど、水道管を通して風呂の君たちに信号を送っていたわけか。
 何かのリズムだったのかい?」

「…あれは胎教する時に使う悲しみの歌のリズムデス。
 ここが怖い場所だと伝えられると思ったデスウ…」


「さすが僕の見込んだ実装石だね。褒美に懲罰を一日減らしてあげよう。さて…


君たち親仔はほんとに珍しい実装石だった。
僕は普段ショップで実装石を仕入れて来るんだよ。
虐待派を公言していて、表札にも明記している僕の家にまさか託児するとはね」


「そ、そんなの知らないデスウ!暗かったし、それに…」

「運が悪かったんだね。いや、良かったのかな?
この建物を選び、いくつもある部屋から偶然にここを選んだなんて、
君たちは僕に虐待されるために産まれて来たんだよ。
ほら、これが表札のマークだよ」

男は部屋の奥に行き、デザインのプリントされた紙を持ってきた。
そのマークは、ムンクの叫びのような歪んだ顔をした実装石であった。
こんなものまともな実装石なら見ただけで不安を感じて近づかないであろう。

「デェェ…」


「さ、始めようか。もう偽石は抜いて栄養剤に付けておいたし。
 まずは妹ちゃんから始めようかな」

三匹は唐突に実装タタキで張り倒されて、虐待道具の置かれた作業台の上に運ばれて鎖でつながれた。
そこは血とサビのついた怪しげな物が所狭しとおいてある、見てるだけで体が痛くなるような場所。









表札、実装石が居ないのに妙に整備された飼育環境、ハゲハダカの信号、
そして、夢の中での蛆の知らせ。異変に気付く機会はいくつもあった。
男は自分を頼りきった実装石を求めている。
そのため留守を装っている間も玄関は開いていたから、気付けば逃げることもできた。
あのドアから見えた青空をまた眺めることはできるのだろうか…。

なにより、見捨てられたにも関わらずなおも家族を愛した蛆実装が
懸命にあの世から送ってきたメッセージを疑い、突き放した事実が親実装の心にのしかかる。
こんな自分に幸福などやってこない。心は絶望に染まり始めていた。
仔実装を安心させようと強く抱き寄せたが、その自分は青ざめ、ブルブルと震えている。














「デェェェェェン!!!!」「「テェェェェン!!!!」」

男が道具を手に取ってニヤリと笑い、
実装親仔の悲痛な悲鳴が部屋の中に響いた。





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