前の植え込みから、野良実装の親子が近づいてきた。 野良実装とはいえ、身なりもキレイな方で、賢い個体のようだ。 ベンチ前まで来た野良実装の親の方が、ウメにぺこりとお辞儀をする。 『あら、随分と行儀の良い実装石ね』 『身なりもキレイだし・・・』 『何か御用?』 「こんにちはデス」 「人間さんが来たら、この公園の実装石は挨拶する決まりデス」 「ほら、お前達も挨拶するデス」 母実装の足元で、こちらを見ていた仔実装が、やはり頭をぺこりと下げ挨拶をした。 「こ・・こんにちはテチ」 「ほら、すみれ・・お前も挨拶するテチ」 仔実装のスカートに隠れていた親指実装が、仔実装に即されて出てきた。 「レ・・レチィ・・」 その様子を見ていた親実装が、親指実装に注意をする。 「お前は・・まだ挨拶も出来ないデスか」 「ママは悲しいデス」 自分が言われている・・キョロキョロと親指実装は母と姉を交互に見て、 何をすれば良いのか、分からずにいる。 「まったく・・この程度の事も出来ないデスか」 「前にも言ったデス、さー人間さんに挨拶をするデス!」 母実装は親指実装に強く言った。 「レ・・レチィー!レチィー!」 親指実装は、泣き出してしまった。 母実装は溜息をついて、親指実装の方を向く。 「はー・・・まったくデス」 「出来ないなら、また躾をしなければ、いけないデス」 躾・・・その言葉を聞いた親指実装の泣き声は、さらに大きくなった。 「レチャー!!・・躾はやめてレチ!!」 「痛いのは怖いレチィー!!」 親指実装は姉の仔実装の、スカートの裾を持って、後ろに隠れた。 姉は親指実装に話しかける。 「泣いてちゃ駄目テチ・・ほら、お姉ちゃんのやった通りにやるテチ」 「昨日ハウスで、お姉ちゃんと一緒にやった事を、思い出すテチ」 すると姉実装はもう一度、挨拶をした。 「人間さん、こんにちはテチ」 「ほら、すみれ・・・ハウスでは、すみれも出来たテチ」 姉を見ながら親指実装も、挨拶をした。 「こ・・こん・・こんにちはレチ」 親指実装も頭をぺこりと下げた。 「良く出来たテチ!」 「すみれも、やれば出来るテチ」 「お姉ちゃん、嬉しいテチ」 姉はしゃがんで妹の頭を、優しく撫でる、泣いていた妹の顔がぱあっと明るくなった。 「褒められたレチ、嬉しいレチ」 「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」 妹は姉に抱きついて、体中で愛情表現をした。 ベンチの上でウメと、一部始終を見ていた仔実装は、 自分の妹だった、蛆実装の事を思い出した。 「蛆ちゃんも良く躾で、蹴り上げていたな・・・」 そして仔実装はこの親子に、かつての自分の家族を思い出し、 好感を持つ反面、羨ましくも感じていた。 『ふーん、出来の悪い子供もいるのね』 母実装がウメに話しかけた。 「人間さんは商店街の人デスか」 『えーそうよ、あそこで揚げ物屋をしてるけど』 『・・それがなんだい』 「商店街の人達には、お礼が言いたかったデス」 『お礼って・・・・何かやった憶えは無いよ』 「公園が平和になったのは、商店街のお陰デス」 「昔の公園は実装石があふれ返り、実装石だらけデス」 「餌も少なく、殺し合いも起きるほどデス」 『えー知ってるわ、あの頃は公園に行く人もいなかったわ』 「次第に力の強い実装石達が、餌を独り占めするようになったデス」 「反抗した者は、みんな食われたデス」 「私のママや姉妹も、私一人残し食われたデス」 「弱い実装は、同属食いの対象デス」 「ほんとうに地獄だったデス」 「いつしか商店街に行った実装達が、帰らなくなって来たデス」 「力の弱い実装達は、公園の雑草しか、食べさせて貰えなかったデス」 「だから商店街で盗みをするなんて、考えた事も無かったデス」 「そして力の強い実装達は、段々と数を減らしたデス」 「残った糞蟲達はもう雑草なんて、食べれなかったデス」 「糞蟲達は、この公園を去っていったデス」 「今でも去った糞蟲が、たまに帰って来るデス」 「でも糞蟲デス、また商店街に行って死んだデス」 『なるほどね、最近になって現れるのは、そいつらなんだ』 「今では公園に、人間さんの子供も帰って来たデス」 「私の仔も人間さんの子供と、たまに遊んでいるデス」 姉が思い出したように、話し始める。 「この前は小さな人間さんと、オママゴトして遊んだテチ」 「人間さんに飴玉を貰ったテチ」 「すみれと一緒に食べたテチ・・おいしかったテチィ・・」 姉はうつむいて、恥ずかしそうに話す。 「人間さん・・大好きテチ」 「この仔は人間さんが、気になって仕方が無いみたいデス」 「平和になった公園には、愛護派の人間さんが、良く来るようになったデス」 「愛護派の人間さんが言ってたデス」 「商店街には飼い仔実装が見張りをして、野良実装から商店街を、守ってるって話デス」 母実装はベンチの仔実装に目をやった。 「あなたが商店街の、仔実装デスね」 「ありがとうデス、あなたのお陰デス」 そう言うと母実装は仔実装を抱え、頬ずりをした。 仔実装はいきなり抱え上げられ驚いたが、頬ずりをされ動けなくなってしまう。 ママと同じだ・・・この実装石はあの時のママと、同じ匂いがする。 いつしか仔実装は声を上げてしまう。 「テッチュ〜ン・・」 「この仔は甘えんぼデス」 そう言うと母実装は、仔実装を優しくベンチに下ろした。 「・・・・テチ」 「教えて欲しいテチ」 「・・・あそこの・・ダンボール」 仔実装はかつて自分が住んでいた、ダンボールのほうを指差した。 「あそこのダンボールに住んでいた、実装石がいたはずテチ」 「おばちゃん・・知らないテチか」 その話を聞いた親実装は、全ての話が分かったのか、黙ってしまう。 「おばちゃん!知っているテチ!!」 「どんな事でも良いから教えテチ!!」 「何で黙ってるテチィ!!」 仔実装の剣幕に、親実装は重い口を開いた。 「良ーく聞くデス・・あそこの実装石は、あなたのママだったデスか」 「私のハウスは、あのダンボールのすぐ近くだったデス」 「子供がいなくなった事は、すぐに公園中の実装は知ったデス」 「子供がいなくなる事は、あの頃のここでは珍しくないデス」 「だから・・いつもの話程度に、聞いていたデス」 「子供は、また生めば代わりがいる、その程度の存在デス」 「でも・・あなたのママは違ったデス」 「子供がいなくなった日から、捜し続けたデス、いつまでも、いつまでもデス」 「いつしか公園のみんなにバカにされて、石や糞を投げられたデス」 「それでも公園を捜したデス。まるで幽霊みたいな姿になってもデス」 「わたしもその時は、あなたのママが怖かったデス」 「そのうち他実装の子供が、自分の子供に見えるようになったデス」 「ある日あなたのママは、仔実装をさらってしまったデス」 「さらわれた親実装はすぐに分かったデス、さらったのはあの実装だと」 「あなたのママはその親実装にボコボコにされたデス、子供は連れて行かれ、 ダンボールもめちゃくちゃにされて、その前でいつまでも泣いていたデス」 「そして次の日ふぃっとこの公園から、姿を消したデス」 「あなたのママは、あなたが公園の外に行ったと思ったデス」 「何処に行ったかは、だれも分からないデス」 話が終わると、親実装はまた黙ってしまう。 仔実装は話を聞き終わると、全ての意味を理解した。 自分がママから逃げたのは間違いだった、ママは自分の事を愛していた。 それなのに自分は人間の所で、何不住無く暮らしていた、 その間にママは、公園で酷い目に合っていた、全てはあの日の自分のせいだ。 仔実装は泣きながら、自分の愚かさを思い知る。 「わ・・わたしのせいテチ・・」 「何で分からなかったテチ」 「あの時、すぐに公園に帰れば良かったテチ」 「ママ・・・わたしはバカだったテチ」 「ママはもう、ここにはいないテチ」 「幾ら待っても無駄テチ・・」 「わたしは今まで・・・何をやっていたテチ」 仔実装は今までやってきた事は、全てが意味のない事で、 自分勝手に作り上げた浅はかな考えが、引き起こした元凶だと知ってしまう。 幾ら泣いても、何も変らないが、泣く以外に何も出来なかった。 黙っていた親実装が口を開く。 「あなたのママは・・死んだ訳じゃないデス」 「生きていたら、いつか・・・いつかは会えるデス」 仔実装がポツリと本音を漏らす。 「ここにいないんじゃ・・・・死んだも同然テチ」 「何を言うデス・・・そんなこと言うもんじゃ無いデス」 「・・フンッ・・ママなんてどうせ今頃・・どっかでのたれ死んでるテチ」 仔実装はふて腐れて、横を向いてしまう。 いきなり親実装が、ベンチで座って泣いている仔実装の横っ面を張り倒した。 パッシィィン!! 「テジャッ!!」 仔実装は吹き飛ばされ、鼻を押さえ目を開き驚いている、 ウメや他の姉妹もいきなりの事に、驚きを隠せず声を上げる。 『ちょ・・ちょっといきなり、なんだい!』 「テチィ!」 「レチィーー!」 親実装の顔が怒りに変り、ベンチの仔実装を睨みつける。 「とんだ甘ったれデス!」 「これじゃお前のママも、何の為にがんばったか分からないデス」 「ママは死んでないデス!!子供に死んだなんて言われて、ママも可哀相デス」 「いつかママはここに帰って来るデス」 「あきらめちゃ駄目デス!・・あきらめたら誰がママを待つデス」 「絶対に・・・帰って来るデス」 「私には分かるデス・・・・あなたのママと同じデス・・」 『驚いたわ・・・実装石でもやっぱりママね』 『ふふ・・ママの気持ちはママが、一番分かってるのね』 『あんたのママも、他にいないことが分かれば、ここに帰って捜すしか無いんじゃないの』 ウメは仔実装を膝の上に載せて、顔をハンカチで拭いた。 「チンッ・・ごめんテチ」 「おばちゃんの言うとおりテチ」 「なんてバカな事を言ったテチ」 「ママは生きてるテチ、ここに帰って来るテチ」 仔実装は親実装に両手を広げ謝り、最後に笑顔を見せた。 「分かってくれれば良いんデス」 「この仔は賢い仔デス」 『それにしても、あなた相当賢い実装石ね』 『私の記憶の実装石は、商店街に盗みに来る糞蟲しかいないから』 『命乞いの媚を売るか、飼い実装になってやるとか・・』 『他はこの仔実装ちゃんだけ・・』 『あなたを見ていると、実装を見る目も変りそうね』 「賢いだなんて、恥ずかしいデス」 「ここの実装は、みんなこんな感じデス」 『あなたの子供なんだけど・・・』 『お姉ちゃんは賢いみたいだけど、妹の方はちょっと・・・』 何を言いたいのか理解した、親実装は答える。 「下の仔デスね・・・この仔は私の仔では無いんデス」 『えっ・・・どういう意味?』 「さつきが・・さつきは姉の方の名前デス」 「さつきが公園の噴水で、一人洗濯をしていたデス」 「親指実装がお腹をすかせて泣いていたデス、 さつきがゴハンを分けてあげたら、付いて来たデス」 「ハウスの中まで入ってきたから、私が追い出したデス」 「でも・・何度追い出しても来てしまうデス」 「心を鬼にして遠くに連れて行って「今度来たら殺す」って殴って捨てたデス」 「次の日、この仔はさつきを見つけて、またくっついて来たデス」 「さつきが可哀相だって泣いて頼むから、仕方なく親が見つかるまで、面倒を見てるデス」 「さつきは、この仔にすみれって名前を付けて、可愛がってるデス」 「片時も、さつきから離れようとしないデス」 「また捨てられるのを、さつきが守ってくれると思ってるデス」 『この仔は親に、捨てられちゃったの』 「分からないデス・・・ただ親指実装だと、 成体実装にならないって理由で、捨てられる事はあるデス」 「でも賢い親指なら捨てる親は、まずいないデス」 「多分この仔が一緒だと家族が危険だって感じたから、捨てられたと思うデス」 「賢くない仔は親指、仔実装に限らず間引きされるデス」 「間引きされずに捨てられたのは、母親が優しかったからデス」 『捨てて優しいってのも、何だかね』 「しょうがないデス・・公園の実装社会は厳しいデス」 「私もこの仔が不憫に思うデス」 「だから淋しくない様に、姉と一緒にママって呼ばせているデス」 「将来の事を考えて、躾もちゃんとしてるデス」 「厳しく躾けているせいで、この仔は姉にしか懐かないデス」 「ただ・・このままじゃすみれの将来が不安デス」 「それに・・さつきの方も不安デス」 『さつきちゃんは大丈夫でしょ、素直で賢い様に見えるけど・・』 「はいデス・・でもさつきは優しすぎるデス」 「優しい実装は公園では、長生き出来ないデス」 「賢く素直で優しいのは、人間さんの飼い実装向きデス」 「ここでは賢くて、ある程度素直な実装が長生きできるデス」 『フーン・・なるほどね・・あなたが、それに当てはまるようね』 ウメは親実装の体を見回し、破れ等はあるが、清潔に保たれた服を確認する。 『ほら・・あなたもご挨拶しなきゃね』 そう言うと膝に抱えた仔実装を、さつきの近くに置いた。 仔実装はさつきの前で、もじもじとうつむき何も話せないでいる。 最初に切り出したのは、さつきの方だ。 「始めまして・・さつき・・さつきテチ」 「生まれたのは、そっちが先だから、そっちがお姉ちゃんテチ」 「お姉ちゃんの名前は何て言うテチ」 「は・・はじ・・始めましテチ」 「名前は無いテチ・・」 仔実装はウメの方を見た。 『名前ねー・・そう言えば名前・・無かったわねーあなた』 暫く考えた後ウメは名前を決める。 『マリ・・マリモでどう』 「なんでマリモ・・テチ」 『うちで飼ってたマルチーズの名前よ』 「可愛くないテチ・・センスゼロテチ」 『あらマリモが家にいた時は、素直な良い子だったわよ』 「・・・・テチ」 仔実装は、さつきの方を振り返り答える。 「私の名前はマリモって言うテチ」 「マリモお姉ちゃんテチね」 「よろしく・・マリモお姉ちゃん」 「ありがとテチ・・さつきちゃん」 「名前で呼ばれるなんて、恥ずかしいテチ」 「あっ・・私の事はさつきで、いいテチ」 「何だか悪いテチ」 マりモとさつきは、すっかり打ち解けたようである。 元から優しく疑う事を知らない、さつきにとって、 自分に姉のような存在が出来る事に、何の抵抗も無かった。 マリモにとっても自分の妹である、蛆実装以来の実装石の存在、 しかも自分を姉と慕ってくれる事に、心の中に置いてきた、素直な心を思い出させた。 そして・・さつきのスカートの裾を握り締め、怒りで震えている者がいた。 「お・・お・・お前なんか・・お前なんか・・・レチィ」 「お姉ちゃんから・・離れろレチィィ!!」
