タイトル:【哀】 雨の追憶
ファイル:雨の追憶.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4344 レス数:0
初投稿日時:2009/04/05-01:18:50修正日時:2009/04/05-01:18:50
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−雨の追憶−


[0]

灰色の空から絶え間なく降り続く冷たい雨。もう少し寒かったら雪になっていただろう。

冬のこう言った雨は陰鬱になる。妹が死んだ日と同じだからかもしれない。

大学からの帰り道、物思いにふけりながら歩いていると、川沿いの道にパステルカラーの小さな傘が3つ。

金網フェンスにしがみつくように川面を見ている女の子達がいた。

小学校3〜4年生ぐらいだろうか。

街中を通るコンクリート水路は、かき集められた雨水をはらんで増水していた。

フェンス越しとはいえ、危険を感じた僕は声を掛けた。


「どうしたんだい?」

「あのねェ!テチテチが流されそうなんだよ!」
「早く助けないと!どうしたらいいかなぁ?」
「こんなに寒い日に可哀想だよ・・・ぐすん」


口々に答えながら川面を指さす。

よく見ると引っかかっているゴミに必死につかまる小さな緑色___仔実装がいた。

なんであんな所にと疑問が浮かぶ。それと同時に助けられるかどうか検討する。

金網フェンスが2m。向こう側に足場のスペースもなんとかある。

増水してるので仔実装までが1.5mぐらいだからなんとかなるかな?


「そうだねかわいそうだね・・・じゃあ僕が助けてみるからちょっと離れてて・・・」

「エーッ!ホントに出来るの?無理しちゃダメなんだよ」
「川の流れがスゴイよ。大丈夫かなぁ?」
「お兄さんやさしいーですね・・・ぐすん」


僕はロリコンじゃないけれど力強い声援を受けて救出開始。

傘をたたみクルクルと巻くと、フェンスをガシャガシャよじ登り跨ぐように向こう側に降りる。

しゃがんでしっかりと左手で金網を掴んで支点にする。

よっと右腕を伸ばして、J型になってる傘の柄を仔実装の首に引っ掛ける。

かすかにテェーと聞こえたので生きているようだ。

左腕に力を入れあらよっと、上体を引き戻して足場に仔実装を降ろした。

固唾を飲んで見守っていた女の子達の歓声があがる。


「すごい!すごい!レスキューの人みたいなんだよ」
「わーい!やったね!でも、無事に戻れるかなぁ?」
「無事で良かった。助かって良かった・・・ぐすん」


傘と仔実装を小脇に抱えると再びフェンスをガシャガシャよじ登り道路側に戻った。


「ねーねー!生きてるの?死んじゃってるの?心配なんだよ」
「びちょびちょだけど風邪ひかないかなぁ?」
「怪我していたら可哀想だよ・・・ぐすん」


興味津々の女の子達に説明する。


「死んでいないし、怪我もしていない、ただ体が冷たくなってるから暖めなきゃだめだ」


すっかりずぶ濡れとなってしまったが、再び傘をさすと上流を見る。

見たところ野良のようだが何処から来たのだろう?親はいるのかな?

道路と川の間にはフェンスがあるから直接落ちることは考えにくい。

であれば、側溝に落ちて流されて水路に合流したのだろう。

そうなると何処から来たのかサッパリ分からんな・・・

私が飼うのやりとりで、やや険悪なムードになっている女の子達を仲裁し、とりあえず僕が預かることで納得させた。

やれやれレスキューより疲れる・・・

「ピッっとこれでOKなんだよ」

女の子達の持ち込み禁止だが、こっそり持ってきてる携帯にメアドを転送。


「ありがとうなんだよ」
「また会えるかなぁ?」
「ありがとう・・またね・・・ぐすん」


バイバイと帰って行った。

ははは 小学生とメアド交換しちゃった・・・

下手すると犯罪者にさせられる危険性を危惧しながら家路を急いだ。




[1]

「・・・」

ダンボールハウスを叩く雨音で目が覚めた。

いつの間にか寝てしまったようだ。

眠い目を擦りながら我が仔を探すも姿が見えない。


「どこいったデスゥ!?」


背筋に冷たいものがつたう。

いつもは散歩に出かける時間。雨の臭いがしたので止める事にした。

当然、仔はぐずったが言いきかせたはずだった。


「デデデ! 外に出たら大変デス!」


ダンボールハウスを飛び出ると、水はけの悪い公園は水浸しであった。

思ったよりも前から雨が降り出していたことに気づく。

こんな雨の中、歩き回るものなどいないが、仔を呼ぶわけにはいかない。

仔喰いはコミュニティーの維持から禁忌とされている。

しかし、見つからなければいいと、チャンスを虎視眈々と伺っている輩も少なくない。

愛想の良い隣人とて、その仮面の下に邪悪な笑みをたたえているかもしれなのだ。

雨音に混じり甲高い仔実装の悲鳴を聞いた。


「デッ! 何処デス!」


声のする方向を見ると、公園の出入り口付近に黄色い雨合羽を着たニンゲンの子供が見えた。

緑色のモゾモゾしたものを抱えている。あれは我が仔だと直感する。

ニンゲンの子供は無慈悲にワタシ達を殺すことがある。

そのニンゲンの子供が、我が仔を抱き上げたまま歩き始める。


「デス!? もってちゃだめデスゥ〜!」


半狂乱になった親実装は叫びながら追いかける。

しかし、ぬかるんだ公園をバシャバシャともたついている間にだいぶ離れてしまった。


「デゼェ デゼェ デゼェ・・・」


急激な運動で酸欠を引き起こしていたが、雨と涙でゆがんだ黄色を目指して走り始めた。


「デゼェ 仔を返してデスゥ デゼェ・・・・・」


幸いにも黄色いニンゲンの歩みはそれほど速くなかった。

しかし、決して追いつくこともなく十メートル程の位置を保っていた。

額をつたう雨とも汗ともつかないものが、鼻孔に入り呼吸を阻害する。

むせびながらも後を追う。


「デゼェ 仔がさらわれたデス! た・・たすけてデス! ゴフッ!」


誰も助けてはくれない。

何人か人間とすれ違ったが、親実装の無様な形相に侮蔑の笑みを浮かべるだけだった。


「デゼェ デゼェ ひどいデズゥゥゥン!・・・」


黄色のニンゲンが止まる。

よく見ると、背の高い黒い人間が進行を遮っていた。

おかげで少しずつ距離が縮まってきた。

しかし、突然の怒号とともに黒い人間が仔を奪い取ってしまった。


「デゼェ デゼェ デジャャャャー!? もってちゃだめデスゥ! デゼェ」


黒いニンゲンが路地裏へ走り去る。

危険だ。あのニンゲンは危険だ。

警鐘が鳴り響く。臓器を吐きだしてしまうくらい呼吸が苦しい。


「デゼェ デゼェ ゴフッ!!」


最初の簒奪者に追いつく。恨みを込めて一瞥すると目が合った。

尻餅をついてぐずぐずに泣いていた。

全部おまえが悪いのだ。

かまってる暇はないと言わんばかりに路地裏へと急ぐ。


「デゼェ デゼェ デデデ?!」


そこに黒いニンゲンの姿はなかった。

雨が重くのしかかる。


「デゼェ デゼェ あきらめないデズ・・・ 必ず・・デス・・」


ばしゃ!

気力が尽き冷たい水たまりに倒れ込んだ。




[2]

__どどどどどど。

湯気がもうもうと立ちのぼる浴室に水音がこだまし、ベビーバスにお湯が注がれる。

男はお湯が満たされると浴室から薄暗いリビングに移動した。


「テェェェェェン! こわいテチ! ママはどこテチ?」


リビングでは、冷たい水槽に仔実装が入れられ、不安と恐怖から泣いていた。

男が仔実装の背後から近づき胴体を掴まえた。


「...テェ!?」


突然の暴挙に驚き、恐怖から暴れるもののがっちり拘束され逃れられない。

ひょいと持ち上げられると浴室に連れて行かれる。

フワッとした浮遊感に酩酊し、高所からの風景がめまぐるしく変わるとひきつった表情になる。


「テェェェェ! やめるテチ! しんじゃうテチ!」


男は、仔実装をくるりと反転して後頭部に手を添えるように仰向けにした。

浴室の照明に目がくらんでまぶしそうな顔をする。

足下からベビーバスに入れられると、思わぬ所業に悲鳴を上げ手足をばたつかせる。


「テチィィィィ! なにするテチ! あついテチ!」


お湯がパシャパシャと波立った。

しかし、雨の中で冷えた身体が氷解すると仔実装は暴れるのを止めた。


「あついテチ!あついテチ! あっ・・・つくないテチ?・・テチィ?・・・あったかいテチ?」


男は仔実装が落ち着くのを見計らって洗いはじめた。

ボディソープをフワフワの洗顔パフに取ると、仔実装の鼻孔や目に泡が入らないように顔を洗いはじめた。

やさしい感触で顔全体が泡で包まれていき、こわばった表情がほぐされていく。


「なにするテチ!?・・・いたいテチ!・・いた・・くないテチ!?・・テチィ?・・・あわあわテチ?」


リラックスした仔実装からそれとなく自然に服を脱がせていく。

するりと頭巾が取られ、小さな耳がコシュコシュと洗われる。


「テチュ〜ン♪ くすぐったいテチュ♪ きもちいいテチュ♪」


その様子に男は笑みを浮かべる。

汚れで固まった髪をゆすぎながらほどきシャンプーすると目を細め小さく鳴いた。


「テェ・・・テチュ〜ン♪」


夢見心地の間に服は脱がされ、たっぷりのボディソープが全身に塗りたくられる。

ぬるりとした感触が身体を包み、たまらず声を上げる。



「テェェェ! だめテチ!だめテチ!だめテチ! あたまがおかしくテチュ〜〜ン♪」



聞きようにによっては猥雑な音と不規則な叫声がハーモニーを奏でる。

身体を包む泡が鈍色から白色になる頃には、限界をむかえグッタリとしていた。


「テェ・・テェ・・」


泡を洗い流してタオルで十分に拭き取る。

そのまま寝てしまった仔実装はタオルに包まれ、魔法の絨毯で運ばれるように水槽へ戻される。

水槽の底に平べったく服を広げ、山盛りの実装フードと水とオマルが入れられた。


「さてと・・・こんなもんかな?」


男は一人ごちると部屋を出て行った。




[3]

親実装は、路地裏のポリバケツの中で目を覚ました。

力を使い果たして倒れているところを人に見つかり捨てられたのだ。

なんとかポリバケツを倒して、生ゴミとともに転がり出る。

雨は小雨に変わっていた。


「心配デスゥ・・はやくあの仔を探すデスゥ・・・」

「おい おまえ まちやがれデス!」


がらの悪い同族のダミ声が背後から聞こえた。

振り向くと生ゴミをくちゃくちゃさせながら1匹の野良実装が睨んでいた。


「なにか・・ご・ごようデス?」


平静を装って答えるが高まる緊張に脂汗をかく。


「デェス! ここはワタシのなわばりデス! 荒らしてんじゃねぇデス!」


真っ赤な顔で激高してがなり声をあげる。


「な・なにか誤解してるデスゥ 仔を探してるだけデスゥ」

「デェェェス! ふざけんなデス! お前みたいな奴が一番むかつくデース!」


意味が分からない憤怒とともに隠し持っていた糞を投げつけてきた。

不意打ちに避けられず顔面が糞まみれになった。


「な・なにするデス!」


ニタニタとやらしい笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。


「礼儀を教えてやったデス 礼を言うデス」


糞が目に入りうずくまっているところに蹴りがはいる。

ドコッ!

「デベッ!・・や・やめるデスゥ・・」


「お仕置きをくれてやるデス! 感謝しろデス!」


奇襲に成功して調子ずく野良実装は愚弄しながら暴力を加える。

ドコッ! ドコッ! ドコッ!

「デグァ!・デガッ!・デギィ・・さ・先を急ぐ・・デスゥ・・」



「デププ 奴隷にしてやるデス! 糞をなめろデス!」

ドコッ! ドコッ! ドコッ! ドコッ! ドコッ!


「デゲェ!・デバッ!・デジェ!・デギィ!・・ひ・ひどいデスゥ・・」

蹴られ、殴られ、薄れゆく意識の中、親実装は自分の半生を回顧し悲観した。


「・・・どうしてこうなるデスゥ?


 ママが死んで悲しかったデスゥ

 ご主人様と出会ったデスゥ

 おいしいゴハンと暖かいねぐらが懐かしいデスゥ

 何よりもご主人様のやさしい笑顔がうれしかったデスゥ

 これで幸せになれると思ったデスゥ

 ある日公園でご主人様は言ったデスゥ

 必ず迎えに来るって言ったデスゥ

 公園でずっと待ったデスゥ

 ひとりぼっちで寂しかったけどガマンしたデスゥ

 お腹がすいて居場所がなくて心細かったデスゥ

 ゴハンを探してねぐらを作ってがんばったデスゥ

 殺されかけて怖い思いをしたデスゥ

 それでもずっと信じて待ったデスゥ

 何度もオウチを壊されて悲しかったデスゥ

 ずっと一人ぼっちで寂しかったデスゥ

 それでも我慢してご主人様を待ったデスゥ
 
 がんばったけど心が折れそうになったデスゥ

 そんな時、仔ができたデス!

 うれしかったデス! 生きる喜びを実感できたデス! 幸せを感じたデス!

 可愛い仔達をご主人様に見せたいと張り切ったデス!

 でも・・現実は厳しかったデスゥ・・

 1匹は鳥に連れて行かれてしまったデスゥ

 1匹は猫の戯れで死んでしまったデスゥ

 1匹は犬のケンカに巻き込まれたデスゥ

 1匹は悪いニンゲンに騙されてはじけたデスゥ

 いつの間にかあの仔だけになってしまったデスゥ

 あの仔は最後の希望デスゥ

 あの仔だけは守ってあげたいデスゥ

 それなのにどうしてこうなるデスゥ?・・・」


「デププ いいこと教えてやるデス! さっき仔を喰ったデス! 

 頭からバリバリ喰ったデス! 甘くて禁断の味がしたデス! 

 きっとお前の仔デス! デピャピャピャピャ・・・」


___な、なんて言ったデス?! 今なんて言ったデス?!


あの仔とつないだ手の感触が・・・

あの仔の可愛らしい声が・・・

あの仔の健気な笑顔が・・・

光が消えザワザワと闇が心を浸食し、怒りの炎がメラメラと燃え上がる。

糞が取れ視界を取り戻したのとぶち切れたのは、ほぼ同時であった。

「デェズゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

偶然にも片足に重心が乗ったタイミングでタックル。

ドン!


「デッデデデ!」


ゴロン!

構造上、簡単にバランスを崩すと仰向けに倒れた。すかさず親実装が馬乗りになる。


「い・いまなら許すデス! そこをどくデスゥ・・・」


虚勢を吐く野良実装に冷たい怒りの眼光が突き刺さる。

マウントを取った親実装はブッと血混じりの唾を吐いて怒りを露わにした。


「あの仔は最後の希望デスゥ・・・

 その仔を・・その仔を・・ふざけんなデズゥゥゥゥゥ!」


クニュと曲がった怒りの鉄拳を振り降ろした。

ボフ!

布団をおもいっきり殴ったような音とともに野良実装の顔面に赤い花が咲いた。


「デギャヤァァァァァ!」

脳までしびれる痛みと防御できない恐怖に絶叫する。

「許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス!
 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス!
 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! 許せないデス! デシャャャア!」

ボフボフと狂ったように殴りつける。

「デギャア!・・デグアァァ!・デギャラァァ!・デゴォ!・・・デグボッ・・デグッ!・・・」

顔の形がだんだん変わり、悲鳴が小さくなっていった。

顔面が陥没しガシャンとガラスの砕ける音がして右手に激痛が走しった。

痛みで我に返り、引き抜いた右手を見ると何かが突き刺さったようにえぐれていた。

どうやら、頭部に偽石があったらしい。野良実装は体をビクンビクンさせて絶命しかかっていた。

ゴボッと血を吐き、とぎれとぎれに話す。


「・・・ウ・ソ・・デスゥ・・・
 ・・こ・・仔は・・食べてない・・デ・スゥ・・」


この期に及んでとカッとなったが、奇妙な感じに怒りを収めた。

もうすぐ死ぬのに命乞いしても意味がない。それに、憑きものが取れた感があった。


「・・ニ・ニンゲンに・・虐待され・仔が・・産めない体に・・なったデスゥ
 ・オマ・エのように仔が・・いる奴が・ねたましかった・・デスゥ
 ・・・・・ココロが・・蝕まれたデスゥ・・こ・仔食いに・・なって・・公園を追放さ・れ・・たデスゥ
 ・・意地悪を・・いったデスゥ・・・仔は・・知らない・デスゥ・・は・・早く行・くデスゥ
 ・・・・希望は・・き・・消えてないデスゥ・・・・・・・・・・・デボッア!」


四散した死体は親実装と道路を汚して生ゴミと同化した。

なんだか分からない感情がこみ上げてきて、親実装は大粒の涙を流して泣いた。


「デェェェェェェェェェェェェェェェェェン!」
「デェェェェェェェェェェェェェェェェェン!」
「デェェェェェェェェェェェェェェェェェン!」


___ひとしきり泣くと、よろっと立ち上がり、希望を胸に歩きはじめた。

「きっと大丈夫デス・・・かならずあの仔をもう一度抱きしめるデス・・・」





[4]

大学の帰り道、横断歩道で信号待ちしてると、道路の向こう側で黄色い雨合羽が通り過ぎた。

しばらくすると無様な実装石がヨロヨロしながら通り過ぎた。


「うん?」


あの子を追ってる?両手に何か抱えていた?僕はあごに手を当てて考え推論をたてた。

行動は迅速に。

100メートルほど先の歩道橋までダッシュ。速攻で渡ると黄色い雨合羽の前に出た。

抱きかかえてるのは、やはり仔実装か・・。ふむふむ、どうやら野良らしい。

なるほどね。

『必死で追う親』=『愛情のある親に育てられた仔実装』

そして

≒『虐待派の大好物』

推論は証明された。是非とも手に入れなければ・・・

しかし、さすがに子供から強奪するわけにもいかないだろう。

さて、この由々しい事態をどう解決したものか。

とりあえず、やさしき大人の仮面を被りさりげなく近づく。


「おや? ぼく〜どうしたのその仔実装?」

「・・・公園で・・拾ったんだ・・」

いきなり話しかけられたので、やや警戒しながら答える。


「ふ〜ん どうするつもりなのかな?」

「お家で・・飼うんだよ」

晴れて飼実装だね仔実装ちゃん___でも、そうはいかないよ・・・ククク


「連れて来ちゃって大丈夫かな? 近くにその仔の親いなかった?」

「・・う〜ん・分かんない」

50m後ろにいるんだけどね。


「急に自分の仔がいなくなっちゃったら、悲しいんじゃないかな?」

「・・・う〜ん・・」

胸中に罪悪感が渦巻くようにあおる。


「大事そうに抱えてるけど、そいつがいかに不衛生か分かってるの?」

「・・ふえいせい?」

「そう、汚いってことだよ。
 なぜならそいつらは、蛆のわいた悪臭漂う生ゴミをむさぼり食い、あまつさえウンチを食べることもあるんだ」

「えっ!ウンチ!」

ウンチは小学生の鉄板キーワードだ。効果てきめん大事に抱えていた仔実装を体から離して、前に差し出すようにする。


「ちょっと仔実装持っててあげるから自分の手の臭い嗅いでごらん・・・ククク」

「・・・うん・・」


素直に仔実装を渡すと恐る恐る手のひらを顔に近づけた。

そして___澄んだまなこが極限まで見開かれ、苦悶の表情に変わる。


「くせえええええええええええええええええええええええええええ!」


こんなに元気な子だったんだと、思わせるくらい大きな声で怒号を発する。

むせ返るような腐敗臭とも刺激臭ともつかない悪臭は雨に濡れて倍プッシュだ。

あまりの臭さに昏倒したのか、涙を流しながらフラフラと尻餅をついてしまった。


「おやおや少年大丈夫か?」

「・・・うぐぅ・・ゲホゲホ・・」


予想外の破壊力だが好都合だ。


「ねっ!すっごい臭いだろ〜。こんな汚物をお家に持って帰ったら怒られるって分かるよね?」

「・・・うん・・うぐぅ・」


視点がさだまらんようだが、理解してくれたみたいだ。


「じゃあこれは僕が公園に戻してきてあげるね。親実装が探してるといけないから悪いけど行くね。
 一人で帰れるよね?」

「・・・うん・ゴホゴホ だいじょうぶだ・・よ・・」

よしよし、しっかりした良い子だ。親実装もだいぶ近づいてきたし潮時だ。

少年が心配だがしばらくすれば回復するだろう・・・たぶん。


「じゃ!バイバイ〜〜」


あと5mまでに近づいた親実装にウインクすると公園とは逆方向にダッシュ。

僕は上機嫌で『雨に唄えば』を歌いながらアパートに帰った。




[5]

「...テチ!?」


眼を覚ました仔実装は、所在を失って慌てた。


「ここどこテチ!?・・・」


平静を取り戻しつつキョロキョロと周辺を見渡した。

裸であることに気づいたが、すぐ近くに服があったので安堵する。

それに、タオルの肌触りが気持ちいい。


「ニンゲンさんのオウチにきたテチ?!・・・」


ここに来てからのことを思い出す。


「そうテチ! ポカポカでアワアワでヌルヌルになったテチ!」


なんだか体から良い臭いがしていることに気づく。


「テチィ! すごいテチ〜♪

 かみがサラサラするテチ〜♪

 ほっぺがツルツルするテチ〜♪

 からだがスベスベするテチ〜♪」


「テチィ? あのニンゲンさんはいいニンゲンさんテチ?・・・」


よく分からないが、あのニンゲンに飼われたのではないかと思いはじめた。


「きっとそうテチ♪ しあわせにしてくれるテチ♪」


良いニンゲンに飼われれば、幸せに暮らせるとママも言っていた。

であれば、さっきから気になっているゴハンを食べてもいいのでは?

しかし、ママからはニンゲンのゴハンを勝手に食べてはいけないと厳しく言われていた。

しばらく葛藤が続いたが、空腹に耐えかね実装フードにかぶりつく。


「テチュ〜ン♪ う・・うまうまテチ!」


初めて食べた美味に感動すら覚えた。しばし感動に浸ったあと夢中で食べ尽くした。

いつも飲んでいる糞尿まじりの泥水ではない清潔な水も一気に飲み干した。


「テテテ! も・・もうきたテチィ・・」


食べたらそれ以上に出す___それが、糞蟲と呼ばれる所以。

しかし、賢い親に教育されている仔実装は、ところ構わず排便したりしなかった。

ダンボールハウスの衛生面と索敵されにくいように、公園の決まった場所で排泄するように躾けられていた。


「ママが言ってたテチ! ニンゲンさんのオウチではオマルでウンチするテチ!」


ココにあるのは3つ、ゴハンが入っていたお皿、水が入っていたお皿、何も入ってないお皿・・・


「あれテチ! なにもはいってないテチ! ウンチいれるテチ!」


内股でヨロヨロ近づき、白い器をまたぐと自我を解放した。

ブチョ ブリョブリョブリョブリョ・・・ブリョリョ・・・


「テチュ〜ン♪」


汚物の山を築き、開放感に快楽の声を上げると、満たされた表情で眠りについた。




[6]

帰ってきて、雑事を片づけると小腹が空いた。

冷蔵庫を開けるとペレストロイカ以前のロシア状態であった。

仕方なく、雨ザーザーだが、買い物に出かける事にする。

表通りに出てルートの選択ミスを後悔した。

この通りは小学校の通学路だった。

それほど広くない歩道を、小学生の傘を避けながら歩くのは結構うっとうしいものだ。

しかも、キャキャと騒ぎながら予測不能の動きをする。

コートの裾がじっとりと濡れた頃、目的地のスーパーマーケットに到着。

この辺では、一番大きな店舗で、食料品の他にも日用雑貨品を取り揃えている。

ニンジン、玉ネギ、ジャガイモ、オレンジ、レタス、ヨーグルト、たまご、ベーコン、パン・・・

よく使う食材を買い物かごに入れてゆく。

一通り食料品を選び終えたところで、ペット用品のコーナーへとまわった。

実装フード(仔実装用)と書いてある商品棚から、商品のひとつを手に取り裏書きを確認する。


「えっと・・・対象サイズが1〜30cm?」


だいぶ差があるが、まいいか。


「無添加で低カロリーだからおいしくてからだにいい! 仔実装ちゃんも大喜び!嗜好性のよい半生タイプ・・」


半生タイプと言うのはおもしろいなと、思いながら箱を裏返しパッケージを見る。

可愛らしい仔実装のキャラクターが描かれ「テチまっしぐら!」とある。

どうやらキャラクターの愛称が「テチ」らしい・・。

値段も手頃だし、新商品のようなのでこれを買うことにした。

「おいしさUP!(当社比1.5倍)」って、どうやって調べるんだろうと、考えながらレジへと向かった。




[7]

水槽で仔実装がテチテチ鳴いている。


「テチュ〜ン♪」


近づくと媚びのポーズをとり、すっかり飼実装気分のようだ。

オマルに糞がしてあるのを見て驚いた。

「期待以上に賢いな・・・ククク」

寝ている間に首にテグスを巻き、フックの付いた吸盤を水槽の内側にくっつけて縛っておいた。

そして、届かない位置に服を置き、届く所に山盛りの実装フードと水とオマルを置いといたのだ。

テグスの良いところはキリキリと皮膚に食い込む残虐性だが、気をつけないと無理に逃げようとして切断してしまう。

その為、首に掛ける輪は、カウボーイの投げ縄のように引っ張ると締め付けられるようにしておく。

こうすれば、切断してしまう前に苦しくてあきらめるか、酸欠で気を失うので安心だ・・・ククク


「偉いねぇ〜 ちゃんとオマルにウンチして」


褒めてあげるとイントネーションで分かるのか「テチ! テチ!」と、素直に喜ぶ。

オマルを手に取るとペコリと頭を下げる。お礼のつもりらしい。


「いやいやどういたしまし・・てっと!」


くるりとオマルを反転させてボタボタと仔実装の服の上に糞を落とす。

ピタリと動きが止まり、目が見開かれる。


「テチィィィィィィィィィ!」


ワンテンポ遅れて悲鳴を上げながら猛ダッシュ___頭をグンと後ろに引っ張られ、床に後頭部を打ちつけた。

ゴロゴロとのたうち回りながら、涙を流して「カハッ! カハッ!」と咳き込む。

ゲラゲラゲラゲラゲラ。ベタなリアクションに思わず大笑い。


「急に走った危ないだろ〜 気をつけないと生首さらすことになるよ〜」


丁寧にゴムベラを使ってオマルの糞をかき出しながら、愚弄した口調で注意する。

ゴムベラを仔実装の大事な服にこすりつけてきれいにすると、オマルを元の位置に戻した。

実装フードのお代わりを、てんこ盛りでドンと置く。

「遠慮しないでゆっくりしていってネ」と、悪魔の笑みを残して寝室に移動した。

バイトに行くため着替えて準備する。

リビングに戻ると、仔実装は、涙を流して糞まみれの服を見ている。

そうだ、卓上リンガルを水槽近くに設置しておこう。

久しぶりに使うのでテストしてみる。


「テチィ・・だいじなふくがウンチまみれテチ・・・ママがかなしむテチ・・・」


実に楽しそうだ・・・ククク

さて、バイトの時間だ、出かけるとするか。



[8]

「なんでテチ! ちゃんとオマルにウンチしたテチ! なんでいじわるするテチ!」

いくら考えても分からない男の理解不能な行動にプンプンと憤慨する。

なんとか服を取り戻せればと、服に近づくがテグスが締まり苦しい思いをするだけであった。


「テェ・・テェ・・だめテチィ どうにもならないテチ・・・」


−前回の食事から6時間経過−

ぐ〜きゅるる〜。

余計なカロリーを消費した仔実装は空腹を感じた。

「まずいテチ・・・おなかペコペコしてきたテチ・・・」

問題を解決していないのに食べるのは危険と理解できていた。

しかし、どう考えても解決方法など有りはしない。時間だけが無情に過ぎ空腹を増していった。



−前回の食事から12時間経過−

ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜

日々の食料を確保できるとは限らない実装石にとって、2〜3日何も口にしない事は珍しくもない。

しかし、そこに食料があるのに我慢させられる状況はどうだろうか?


「テェー・・ぐるぐるしてきたテチ・・・しんじゃうテチ・・・」


視覚情報に生存本能が反応し胃を活発に動かす。

ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜 ぐ〜きゅるる〜

ついには、親実装の仮面を付けた悪魔が囁く。


『食べるデス〜 服よりも命が大事デス〜 何も心配いらないデス〜 ママが付いてるデス〜』


ポワ〜っと空中を見ながら仔実装は返事をした。


「・・はいテチ わかったテチ ママのいったとおりにするテチ・・」


フラフラと立ち上がると、ついに実装フードに手を付けてしまった。


「・・テチュ〜ン♪・・ング・・おいしいテチ♪・ング・・ング・・テチュ〜ン♪」


あっという間に平らげ、大きくなった腹部をさすりながら満腹感に至福の時を過ごす。

刹那、排便を促す発作が来た。


「テテテ! も・・もうきたテチィ・・」


オマルに行きかけて正気を戻す。本当に排便してもいいのだろうか?

脂汗を垂らしながら考える。

さっきまでさんざん考えて答えがでなかったのは分かる___しかし、むざむざ服を汚されるような真似はしたくない。

メリメリっとお尻に圧力がかかる。

「テチィー! テテテ・・・」

妙案を練る暇もなく内圧が高まり破裂しそうになる。


「テチィー! もうげんかいテチィィィ・・・」


発作に耐えるべく、四つんばいになって尻を高く上げた。

そして、その状況から仔実装はひらめいた。


「そうテチ! そのてがあったテチ! かみのいってテチ!」


勝利を確信した仔実装は、パアっと後光を指した神が微笑みながら降臨する姿を見るのであった。




[9]

バイトから帰って来ると僕の帰宅に気づいて仔実装がテチテチ騒ぎ始めた。


「なんだ?」


卓上リンガルを起動してみると


「これでどうだテチ! ざんげするテチ! まけをみとめるテチ!」

と、なかなか挑戦的なセリフを吐いていた。短時間でだいぶ糞蟲度が高まってきたな・・・ククク


さて、何のことかと思い水槽を覗いてみると、オマルの脇に糞が山盛りになっていた。


「チププ オマルにウンチするからふくがよごされるテチ! あたまいいテチ!」


やれやれ、トンチ勝負にでも勝ったつもりでいるらしい。

まあいいや、少し増長させてから落とすか・・・ククク

僕は無言でゴムベラで糞を片付けはじめる。


「チププ まけをみとめたテチ! くやしくてこえもでないテチ?」


スプレー式洗剤で洗剤を水槽の底に吹き付け、ぞうきんで綺麗に拭いた。


「チププ みのほどをしったテチ! きょうからクソドレイとよぶテチ! チププ」

一切無視。

ゴムベラに乗った糞を更に服の上に盛ると、割り箸で繊維の奥の奥まで糞を練り込んでゆく。


「テチィィィィィ! クソドレイなにするテチ! まけおしみはかっこわるいテチ!」

「そもそもオマル以外に糞しちゃだめだろ?しばらくエサ抜きだ」


ぴしゃりと言うとエサ皿に実装フードを山盛りにして、水槽の外に置き寝室に移動した。


「な、な、なぜテチ?・・・ワタチのかちだったはずテチ?・・かみはどこいったテチ?」



−前回の食事から8時間経過−

「・・・」

うっかり寝てしまったらしい。時計を見ると午前8時であった。

よーし、今日は休日でバイトも夕方からだ。

たっぷり仔実装ちゃんの相手をしてあげようではないか・・・ククク

着替えてリビングにいくと、仔実装が水槽の側面に張り付いていた。

エサ皿の置いてある外側から覗くと、オモシロ顔でガラスに張り付いて、涎まみれになっていた。

どうやら一晩中ガラスを舐めてたらしい。

僕に気づくと敵愾心満々でテチテチ吠え始めた。


「テジィィィィィ! クソドレイおそいテチ! ゴハンよこすテチ! いまならどげざでゆるしてやるテチ!」


昨日までは、我慢できなければ食べられる状況だったが、今はガラスにへだたれてどうにもならない。

そこにあるのに食べられない、こういった種のストレスは糞蟲化を促進する。

それにしても一晩でずいぶん糞蟲化したな。もともと素質があったのかもしれない。

まあ、そうでなくてはおもしろくない・・・ククク。

時計をチラリと見ると計算通りの進行状況にほくそ笑んだ。


「エサがほしいか?」


相手にしないで、無表情に質問すると激高して答えた。


「テジィィィィィ! クソドレイあやまるテチ! そのたいどはなんテチ!」

「そうか、いらないならいいや」

「ち、ちょとまつテ・・・」


くるっと背を向けると、怒りの鳴き声をBGMに朝食の準備をはじめる。


レタスを洗い、サラダスピナーで水を切り、トマトを潰さないように輪切りにする。

ライ麦パンを切り分けバターをたっぷり塗る。

ジューサーに皮を剥いたオレンジとレモン汁と水を入れスイッチを入れる。

フライパンを熱し、ベーコンを敷いてタマゴを2つ割り入れる。頃合いを見て、水を入れ蓋をして蒸す。

ん?騒ぎ声が聞こえなくなったと思ったら、鼻が潰れるくらいガラスにくっつけて調理に見入ってた。


「テチィ?・・・なんテチ?・・あれなんテチ?・・・」


公園暮らしで食事と言えば、原形をとどめていない腐敗した肉やデロデロの野菜をそのまま喰らうが普通。

綺麗にお皿に盛られた、おいしそうな食べ物に心奪われるも無理もない。


では、仔実装に見せつけるように朝食にするか・・・ククク


シャキシャキ新鮮レタスやチーズとトマトを挟んだサンドウィッチをほおばる。

「はぐ!レタスの歯触りとトマトの適度な酸味がチーズの濃厚な味わいにあいまって・・うまっ!」

「テェー・・・クチャ クチャ・・」

仔実装は、僕の口の動きに合わせて口をパクパクさせている。



黄身がトロリとしているベーコンエッグにコショウを振りかけていただく。

「ぱく!黄身の半熟具合がちょうどいい! ベーコンの塩味と白身の相性もバツグンで・・うまっ!」

「テェー・・・ぺチャ ぺチャ・・」

仔実装は、よだれをダラダラ垂らして見えない黄身をペロペロ舐める。



絞りたてのオレンジジュースを喉を鳴らして飲む。

「ぷはぁ〜鼻腔を抜ける爽やかな柑橘系の香りとオレンジの酸味と甘みが口に広がり・・うまっ!」

「テェー・・・ング ング・・」

仔実装は、口腔に溜まった唾液をゴクゴク嚥下する。



食べ終えてコーヒーで一服つきながら水槽を見ると、よつんばいになってガッカリしていた。


「ひどいテチィ・・ぜんぶたべたテチ・・すこしもくれないテチ・・・」


本能に従って傲慢な態度を取らなければ、こんな事にはならなかったじゃないかと、後悔の念にさいなまれる。


「だめテチ・・ニンゲンさんをおこらせてもいいことないテチ・・・」


実際には適時に十分な栄養を摂取してるが、精神的にあおられてるので餓死しそうな飢餓感を感じている。

いよいよ虚勢をはる元気もなくなってきたみたいだ。

そろそろ仕上げに入るとしよう。

僅かに残ったプライドをへし折って、屈辱を舐めて舐めて舐め尽くしてもらおうか・・・ククク


「エサがほしいか?」

「テチ?! あたりまえテ・・いや・・あやまるテチ! ゆるしてほしいテチ! ごめんテチ!」


ゴリゴリと床に額を擦りつけて土下座する。

「それじゃ・・・・」

ニッパーでプチンとテグスを切る。

割り箸で糞まみれの服をつまむと放り投げる。

ベチャとキャッチした仔実装は驚いて悲鳴を上げ転倒する。


「テチィィィィィ! くさいテチ! なにするテチ!」


「従順な態度のごほうびだ。それを着たらエサをくれてやる」


「こ、これをテチ?!・・・」


予想外の仕打ちにワナワナと身を震わせる。

だが、先ほどの朝食がフラッシュバックし、屈辱に対するプライドのレートが急速に下がっていく。


「テチィ・・しかたないテチ・・」


実装石の服は裾側からくぐるように着る構造になってるため、悪臭漂う中に頭を突っ込む事になる。

ベタベタにくっいている裾をなんとか引き剥がすと、ためらいながら両手を入れた。


「テェー・・・」


耐えられない感触に助けを求めるようにこっちを見るが、首を横に振って拒絶する。

しばらくためらったあと思い切って頭を突っ込んだ。


「テゲッ! くさいテチ! ぬるぬるするテチ! テェェェェェン・・・」


糞まみれの服は予想以上に着ずらいようだ。

七転八倒してヌルリンと頭が出ると糞まみれになっていた。

ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ。

嘲笑が響く水槽。

優しい僕は、鏡を用意して汚れた姿を良く見せてあげた。


「テェー・・・これが・・アタチ・・テチ?・・・」


サラサラの髪はベタベタの糞まみれ。

スベスベの肌はヌルヌルの糞まみれ。

愛らしい顔は茶褐色で化粧され、石けんのいい香りは、吐き気をもよおす糞のそれとなった。

心が折れたのか、その場にへたり込むように座った。


「よくできました。じゃあ約束のエサだ」


実装フードを水槽の中に入れてやる。


「テチッ?! これじゃないテチ! さっきのテチ!さっきのテチ!さっきのテチ! ウマウマたべてたテチィ!」

「あん? あれは人間様の食い物だ。分をわきまえないとエサを取り上げんぞっ!」

「テェー・・・そんなテチ・・ひどいテチ・・テェェェェェェン!・・・」


両目からボロボロと涙を流して水たまりを作る。

実装フードといえご馳走に変わりないが、アレを食べられると思えばこそ、ひどい仕打ちに耐えられたのだ。

仔実装は心底落胆し、ピキッと小さな胸の奥で鈍痛を感じた。


−糞まみれから数時間経過−

洗濯や掃除など家事を終えて様子を見に行く。


「チププ・・そうテチ・・チププ・・ングング・・ママのいうとおりテチ・・・チププ」


そこには実装フードをボロボロと食べこぼしながら、不可視のママに話しかける仔実装がいた。

己の惨めな姿から現実逃避したか・・・ククク

自壊ギリギリの状態だ。時計を確認して予定通りの成果に満足する。

僕の計算が正しければ、バイトから帰ってくる頃にやってくるはずだ。

感動の親子の再会だ。

きっと僕は泣いてしまうだろう・・・笑いすぎて・・・ククク

薄気味悪く笑う仔実装を残して、僕はバイトに出かけた。




[10]

アパートに帰ると自室の前に実装石がたたずんでいた。

ずぶ濡れのそいつは僕に気がつくとデスデス興奮しながら何かを訴えていた。


「ああ、分かっているよ・・さあ、中にお入り」


僕はやさしく言った。

ドアを開けると、しゃがんで人差し指を顔の前に立て警告した。


「騒がないように・・・」


ジェスチャーを理解できたのか、激しく首を縦に振った。

床をビチョビチョにされたくないので、いらないバスタオルを渡し、ぞうきんで足を拭いてやる。

リビングに連れて行くと、水槽の仔実装に気づいてデスっと、大きな声を出したので再び警告。

申し訳ないとばかりにペコリと頭を下げる。

水槽を見やすいように椅子を持ってきて、その上に乗せた。

___そして、我が仔を見て息を飲む・・・


















そこには、スヤスヤと天使ような寝顔で寝ている仔実装がいた。


「デスゥー・・・」


手で口を押さえ、小さく安堵の声を漏らした。

別室からリンガルを持ってくると、親実装に説明してやった。


「その仔は、水路で流されてたところを助けたんだよ」

「・・あ・ありがとうデスゥ・・・」

「どうして、その仔は流されたんだい?」

「・・えっとデスゥ・・仔を連れてゴハンを探してたデスゥ・・急に雨になったデスゥ・・」

「ふむふむ、それで?」

「急いで帰ろうとしたデスゥ・・水かけられたデスゥ・・仔がいなくなったデスゥ・・」


良く分からないが、推測するに車の跳ね水かなんかで驚いた仔実装が、側溝に落ちた的な事であろう。


「ゴハンを食べて寝てるみたいだから、しばらくそっとしとくと良いよ」

「デスゥ!?・・ありがとうデスゥ・・・感謝するデスゥ・・」


親実装は涙ぐんでお礼を言った。

水槽の前から離れない親実装に、電子レンジで暖めたミルクを渡す。

僕はコーヒーを淹れ、ソファーに座ると情愛深い親仔をみて追憶する。

あの日から痛みが疼くようになった。


すべてが消え入りそうな午後の光に満ちた白い病室。

僕と妹のやさしくて悲しい時間が流れる。

「子供の頃、みんなに内緒で仔実装飼ってたの知ってた?」

「ああ・・物置の裏でだろ」

「あは やっぱり知ってたんだ・・・」

「バレバレだよ・・・ゴハンやオヤツ食べながらビニール袋に詰めてたろ」

「フフフ なーんだ・・・」

「そう言えば、あの実装石って急にいなくなったよな?」

「・・あの仔・・捨てたの・・・可愛くなくなったから・・公園に・・・」

「えっ!・・」

「大人になってから感じる罪悪感ってあるのね・・・今になって後悔してるわ・・・

 もうどうしようにもないのにね・・勝手だよねぇ・・」

切なさに耐えながら涙を浮かべて微笑んだ。

「・・・」


僕は何も言えなかった。

そして、その時にバラバラの記憶が一つになった。

あの雨の日、公園で仔実装を見つけた。

いなくなった妹の実装石の代わりと思い連れてきたが、無知が故に、黒い青年に渡してしまった。

それから数日経った頃、糞まみれの服を着た仔実装の亡骸を、大事そうに抱えている実装石を見かけた。

ボロボロの身なりで、足を引きずるようにして泣きながら歩いていた。

そして、全てに絶望した様子で車道に飛び出し、僕の目の前で肉塊となった。

その時は分からなかったが、あれは、僕を睨んだ実装石と、僕が公園で見つけた仔実装だった気がする。

妹と同じ大人になってから感じる罪悪感___それが、胸の奥で感じる痛みの正体だ。

痛みに向き合わなくてはならないのは分かっていた。しかし、何をどうすれば良いのか分からなかった。

失った命は取り戻せないのだから贖罪できようはずもない。

しかし、ようやく一つの答えを見いだしたかも知れない。

それは、意味は無いのかも知れない。それは、偽善と笑われる事かもしれない。

だが、何もしなければ前に進めない。

それに、僕が感じる痛みは、僕と妹だけの痛みであって、他者に理解を求める必要はないのではないか。

ならば、独善的な衝動で行動するだけだ。それが、唯一のこの痛みに対する鎮痛剤なのだ。


やがて、仔実装が目を覚まし、再開を果たした親子の歓喜の声が上がった。

僕は、携帯を取り出すと、その光景を写真に収めた。


「あの女の子達に写メしてあげよう・・・」


外を眺めると、灰色の雲から春近しの光が漏れこぼれていた。

                                            −終わり−

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