タイトル:【駆除蒼】 団地の中で
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3329 レス数:0
初投稿日時:2009/03/13-23:21:49修正日時:2009/03/13-23:21:49
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「ポクゥ…」

双葉市にあるマンモス団地。その外れを死体を背負う仔実蒼石がとぼとぼと歩いていた。
実蒼石はそれなりに成長すると親に狩りを習う。
今日、住処の神社から団地沿いの公園に、実装石を狩りに親仔で遠出していたのだ。
実蒼石は目に涙をためて、今日のできごとを思い出していた。



植え込みの奥にチラチラと動く緑色の影。仔実蒼は燃え上がるような高揚を覚えた。
本能的にハサミを構えて、身を屈める。

「ポクウゥゥッ!」

それは自分の声ではなかった。突然の衝撃に転がり前を見ると、実装石たちが一目散に逃げていく。
そして、実装石の前には、ひしゃげた親実蒼の体が。

「ポ、ポクゥゥ…」

自転車に撥ねられたのだ。実蒼石が実装石に心を向けるあまり、周りに注意が行かなくなることがある。
そこへ、子供の乗った自転車が不注意で仔実蒼に迫っていた。
親実蒼は自らの身を呈し、仔を守った。親だけならなんなく身をかわしていたはず。
今日の狩りで周りへの注意を教えるはずだったのだが、その教訓は最悪の実例で示された。
親実蒼を撥ねた子供は、罪悪感と叱られる恐怖からそのまま走り去ってしまった。
残されたのは、ただ静かに泣く仔実蒼と、撥ねられた衝撃で自らのハサミでちぎれて死んだ親実蒼のみ。

「…デプププ」

「ポクゥ!」

実装石が仔実蒼の様子を遠巻きに窺っている。その中でも糞蟲気質の連中が嘲り笑い始めた。
糞蟲はジリジリと蒼実石に近づいていき、投糞を始めた。

「デスウゥン」
「チプププ」
「デスデスゥ デッスーン!」

糞が親のハサミに付着したのを見て、仔実蒼は心が冷たくなるのを感じた。
冷静に狂い、戦う。実装石には不可能な能力が実蒼石には備わっている。
仔実蒼にもそれが開花した。体が動くままに、ハサミを持ち一回転する。
ふと気付くと、周りには額に一文字の傷を付けた実装石が五体倒れていた。
その傷は脳に僅かに達しているだけだが、これで十分だった。
始末は他の実装石が付けてくれる。

「ポクウッ!!」

植え込みの中から様子を窺う実装石を睨み付けると、親の死体を背負い歩き始めた。
置いていくこと等できない。脅しても実装石たちが群がるのは自明の理だ。
いくら運動神経のいい実蒼石とはいえ、親と、そのハサミの重量はバカにならない。
時折虫をとって食べて闇雲に歩いたが、巣の方向が分からなくなってしまった。

「ポ…ポ…」

気を失いかけたとき、学校帰りの子供たちが仔実蒼を発見した。

「どーした?」
「うわっ死んでるじゃん!」
「ここの蒼か? 大丈夫かよお前」

手を伸ばす少年にブルブルとハサミを向ける仔実蒼。消耗して認識能力が低下していた。
そんな仔実蒼を少女が手を伸ばして優しく制する。

「大丈夫よ お父さんに見て貰おうね」

額を撫でられて警戒を解いた仔実蒼は気を失って倒れた。
子供たちは親実蒼をゴミ袋に入れて、仔と一緒に団地側の獣医に連れて行った。少女の家である。



「親は完全に死んでるな…」

獣医は親実蒼を診てそう言った。仔実蒼は栄養注射をされてまだ寝ている。
不憫な仔実蒼を、少女と少年は団地に入れようと提案した。

「そうだな 最近実装石が増えてるから 丁度よかったかもしれん」

「だって!良かったね蒼!」

「ポフポフゥ」

仔実蒼は涙を流していた。夢の中で親との最後の別れをしていたのかもしれない。







「デスー さっきのアイツはなんだったデスウ」
「デプププ 一匹死んでたみたいです ざまあデスゥン」
「調子に乗るなデス!ワタシが止めてなかったらお前も肉になってたデスウ」
「ワタシが生きるのは必然デスウン お前に借りなんか無いデスウッ デププ」
「アオ蟲に異変が起こっているんデスウ チャンスデスウ」
「アオが死ぬとこなんて初めて見たデス…」
「何かが起こってるかもしれないデス 慌てず様子を見るデス」








「ポクウ?」

仔実蒼が目を覚ますと、目の前の穴から光が差し込んでいた。
体を起こすと、自分はタオルに包まれて眠っていたらしい。のそのそと這い出る。
穴から外を見ると、そこでは四匹の実蒼石が賑やかに食事をしていた。

「ボク!」

「ポクー」

その中で一回り小さい実蒼石が目覚めた仔実蒼に気付きやってきた。

「もう体は大丈夫ボクゥ?」

「ポクー」

「リラックスするボク ここはアオのお家ボクゥ」

「……ポ、ポ、」

「どうしたボクゥ」

「ポフェエエエエエエェェェン」

実蒼石は仔実蒼を胸に抱き、撫でてやった。
親を失った辛さはよくわかる。それは、自分も身無し仔としてここにやってきたからだ。

「これからお前の名前はアオイだボクゥ 私はアイと呼んで欲しいボク」

「フェッフェッ…はいポクゥ…」

アオのお家は、マンモス団地の中心の建物沿いに作られたプレハブ小屋である。
その中で実蒼石たちが共同生活している。人間の作った水道があり、
トイレも簡単だが水洗になっている。食事は基本的に自分たちで集めるが、
厳しい冬や嵐の日には近所の住人が気を利かせて残り物などを持ってきてくれる。
実蒼石たちの役目は、団地に害をなす実装石たちを排除することである。

親の墓の場所を教えてくれたが、アオイは見に行かなかった。
やっとの思いで気持ちに区切りを付けたのに、
墓なんて見たらまた寂しさ・悲しさが湧き上がってくる。






「デスー 飼い実装になりたいデスウ 大きなオウチに住みたいデスウ」
「全部アオ蟲が邪魔するデス 殺したいデシャアッ」
「デー 死んだママはニンゲンに迷惑掛けるなと言っていたデス ここで我慢デス」
「デププ そんな糞蟲の話なんか当てにならないデスウ!」
「そうデスウッ 向こうに広がるおおきなオウチには アオ蟲の守る楽園があるんデスウ」
「デスー 夢の世界デスウ」






ある日、団地のメンバーで作られた十人ほどの実装委員会が会議をしていた。
リーダーの観察派青年が招集を掛けたのだ。議題は今後の実装駆除について。
ホワイトボードに今までの経緯を書き出す。
実蒼石が来るまでは、ゴミは荒らされ放題、託児も頻発。
団地内の通路には猫や鳥に捕食された実装石の死体が腐っているなど、散々な状況だった。
虐待派に駆除を頼んでも、無駄に時が過ぎるばかり。人のためには動かないのが虐待派だ。
駆除の量にムラが大きく、拉致って虐待しだすと、一匹に掛ける時間がこれがまたとてつもなく長い。
ヒャッハー派は熱しやすいが冷めやすく、飼い実装にも危険が及ぶので期待できなかった。

そこに実蒼石を招いたのが、一昨年にガンで他界した先代のリーダー。
きっかけは彼の飼っていた実蒼石、ブルだった。
団地の惨状を見て、気まぐれに実蒼石に実装狩りを命じた。
実蒼石は夜に先代の部屋を出て行き、明け方に戻ってきた。
返り血もなにも浴びておらず、一般人には遊んできたのか?と思える状況。しかし…

「ブル、まだまだ甘いのう」

先代の目は、ハサミのネジの部分に目をやった。
ネジのみぞに僅かだが赤と緑の血痕が。

「お前が実装殺しの痕跡を残すとは 久しぶりだからってかなりやったのうッ!」

「ボックゥ!」

微かな金属音以外には声も上げさせず実装石を葬り、ハサミを砂で擦って清める。
昨晩ブルの狩った実装石は200匹を越えていた。先代も扉を開けるとすぐに分かった。
ブルがゴミ袋に頭巾をしこたま詰め込んで扉の外に置いていたからだ。

「まだやるボクゥ?」

「いやいやいや… さあ死体の片づけをせにゃあ…」


それからは団地の住民公認での実装狩りが続いた。毎週出される大量の実装ゴミ。
子供に見られない夜中に、音もなく実装石を駆除してくれる。
住民たちはお礼にと、ブルにオヤツや玩具を持ってくた。
いつしかブルは住民みんなの実蒼石となり、プレハブの小屋が作られた。
自然と子供たちの間でお世話当番ができた。情操教育にもなり、親にも好評だった。
実装石にも悪いことばかりではなかった。飼い実装をブルに見せると、
糞蟲気質が収まるのだ。人間には無い実蒼石のオーラが、実装石への良い躾となった。
真性愛護派は面白い顔をしなかったが、糞蟲被害が減るのが分かると反発は自然と収まった。

こうして団地の中からは野良と糞蟲が消え去った。
その後、ブルは仔を三匹産んで、ガンを病んだ先代とほぼ同時期にこの世を去っていったのである…。
仔達はすくすくと育ち、時折紛れ込む実装石を始末して暮らしてきた。

団地沿いの公園には実装石の集落が残っていたが、ブルの恐怖が刷り込まれていたし、
慎ましやかに暮らしていたので、虐待派を除いて殆ど寛容に放置していた。

「で、この公園が今回の議題です」

リーダーの部屋は公園横の建物にあり、観察派天国の環境から積極的に観察を行っていた。
その興味と知識を買われてリーダーになったのだが、近頃気になる変化が起きていた。
糞蟲が急増しているのだ。

「ブルを知る世代がいなくなってしまったんです」

リーダーはわざわざ大きい紙に時系列のグラフを描いて説明する。
このマメさが、広い世代から支持を得る理由なのだろう。

「団地内の実装石が一掃されて、大量にいた団塊糞蟲の残りは公園に落ち延びました。
 それからしばらくの間は、一部の愛護派がダンボールや餌をやっていましたね。
 この時に生まれたのが実装バブル世代です。こいつらは親の指導でどうにか暴走を抑えていたのですが、
 バブルは弾けました。双葉川沿いに綺麗な公園ができて、愛護派が公園の実装石に飽きたのです」

「あそこの実装は川で洗濯とかもするし、綺麗なんだよねえ」
「それに引き換え、木で薄暗いし、空気がこもった感じがしますからなあ」

「バブル世代の不満が増大したときに、その親の世代が死に出しました。
 その後に生まれてきた連中は、苦しい家庭の現状も過去の教訓も知らずに我がまま放題です」

「ゆとり乙wwプギャーw」
「おめーは黙ってろ」

「まあ、実装ゆとり世代というのは言いえて妙かもしれません。
 男根実装…失礼、団塊実装のできの悪い集団と、ゆとり実装が結託して
 不穏な空気を漂わせています。また大規模な駆除を行う時期かもしれませんね」

「アオイちゃんもしっかりしてきたしな」







「デププ 今日ニンゲンのメスガキが慌ててたデス」
「アオ蟲が病気で倒れたそうデスウ」
「チプーッ! これを祟りって言うんテチャ!」
「さすが我が仔 賢いデスウ」
「アオ蟲がいなけりゃ楽勝デス 大勝利確実デス」
「とにかくチャンスデスウ 時が来たデス!」
「そ、そうなんデスウ…?」
「楽園に向かうデス…………」






リーダーは部屋の窓から指向性マイクで公園の実装石の会話を断片的にだが拾っている。
それをリンガルを通してヘッドホンで聞いていた。
遠隔マイクとカメラを公園に設置していたこともあったが、いかにも怪しげなので止めた(ポリス的に)。

「確実によからぬことを考えている。でもまずいなあ。
 アオイちゃんがはやく元気になると良いんだけど。実蒼石のことは疎いから分からないんだよな…」

プレハブ小屋では、寝込むアオイを少女と父親である獣医が心配そうに囲んでいた。
しかし、アイを含んだ実蒼石たちは冷静な表情でアオイをじっと見つめていた。




アオイは夢の中で、親代わりのアイからの、今までに受けた教えを思い出していた。
まずは感情をコントロールすること。
それは人間社会の中で暮らすにはとても大切だ。
できの悪い実蒼石は衝動に任せて飼い実装までも襲ってしまう。
イタズラな狩りは獲物の減少を招く。狙い目は、溺愛されて肥えた糞蟲である。
栄養が豊富だし、糞蟲を狩ることでむしろ実装石が数を増やす助けになる。
ただし、これも人里はなれた場所での話しだ。
街中で飾り立てられた糞飼いを処刑してしまっては「こと」である。
いくら実蒼石でも人間にかかればひとたまりもないし、良好な関係を築いていたいもの。
そこで、実蒼石はシャンプーの匂いで飼い実装を見分けることを学んだ。
高級飼い実装は当然良い匂いを漂わせている。ずさんな飼い方をされている個体でも
体は洗っているものだ。
逆を言えば、汚臭を漂わせてうろついているような実装石は、この世から消えても問題が無い。
捨てられた者、見放された者、虐待目的で冒険させられている者…。
迷子になった個体であっても、シャンプーの匂いが消えるほどの日数がたっていれば、
実蒼石の仕業だとは分かりようも無い。証言者はおらず、痕跡も残らないからだ。
音もなく闇夜に消え去る迷子飼い実装。これが実は多いのである…。

次にアオイが学んだのは格闘術。アイが見せる多彩な技を、どんどんと習得していく。
小屋の隅には団地に住む引退したボクサーが持ってきた古いサンドバッグが置いてある。
アオイがハサミを振ると、ギザギザに皮が破れて、中身のスポンジが散らばる。
大してアイの放つ一撃は、音もたてない。一見、空振ったように見える。
しかし、アオイがサンドバッグを触れると確かに切られているのである。

「す、すごいポクー」

「今のが『流れ蟲』ボクゥ
 一筋の光の後、パっと実装石の命は燃え尽きてしまうボクゥ
 フジイさんが名付けてくれたんボク」

フジイさんとは件のボクサーの名前。
昔は結構なところまでいったようだが、今では引退して、大工として働き、幸せな家庭を築いた。
彼はプレハブ小屋を作る中心になった他にも、暇を見ては実蒼石の格闘術を指導してくれる。
実蒼石は人間と比べても相当に強い。その力は実装石以外には数割ほどしか発揮されないが、
潜在能力を発揮すれば危険な存在だ。それでもアイは、フジイさんを尊敬していた。
人の歴史が積み上げた技術。実蒼石にもその技の数々を学ぶことは大変有意義なものである。
アオイは実蒼石と人間、2種族から訓練を受けている。自身の才能も合わせて急激に成長していた。

「お前ならもうちょっとで『流れ蟲』を使えるようになるボクー」

「難しいポクゥ 疲れたポクゥ」

その時、アイもアオイ自身も知らなかった。父の骸にたかろうとする糞蟲を屠った一撃。
それが蒼流秘伝、360度版流れ蟲、『実装円獄殺』であったことを…。







「ポクゥ…」

「あっ!お父さん、アオイちゃん熱が引いてきたみたい!」

「おうそうか、じゃあお前は帰ってお母さんを手伝ってきてくれ」

「はーい!アオイちゃん、早く元気になってね!」

少女が必死にアオイの濡れタオルを替えていた時、獣医は実蒼石たちから、
小屋の外でアオイの症状の詳細を聞いていた。

「これから起こることは、娘に見せるには刺激が強すぎる…」

アオイの熱は実蒼石の大人への通過儀礼の一部だった。メスを強める第二次性徴と別に、
オス的な力強さ、戦闘能力を急激に高める。それには、アオイが抱えるハサミが関係している。
実蒼石の出産は基本的に難産で、ポコポコ出てくる実装石とは大違いだ。それは、仔実蒼が
粘膜に覆われているとはいえハサミを抱えて生まれてくるからである。
仔実蒼は毎日ハサミを抱いて眠る。体からは鉄分やその他未知な成分が分泌されてハサミに染み込み、
巨大化、硬質化を進める。いつの間にか、ハサミはゴツゴツとした仔に似合わない大きさに育つ。
それは、刃までがゴツゴツとしている重いだけの切れないハサミ。鞘を被った仔供のハサミだ。
実蒼石が成長すると、高熱を出し、それがシグナルとなってハサミの外殻が剥がれ始める。
その中からは鋭く光る薄刃のハサミが現れる。技量持つものには強大な力を与える、大人のハサミになるのだ。

さて、外殻が剥がれると言っても、簡単にポロポロ取れるわけではない。
自らのハサミを硬いものに打ち込み、無駄をそぎ落として硬い薄刃を作り上げていくのだ。
ハサミは実蒼石の感覚とリンクしている。そのため、打ち込みには苦痛が伴う。
それを我慢して、敏感な薄刃を鍛えていくことで、立派な成体実蒼石が誕生するのだ。

「ポヒュウ!ポヒュウ! ポクー!」

ちょっと引けた腰で打ち込むアオイ。打つたびに冷ややかな刺激が下腹部に走る。
打ち込んでいるのは、団地の裏にある大岩。実蒼石たちは場所を決めてハサミを鍛え、研ぐ習性がある。
アオイは痛みをこらえてひたすらに打ち込む。仔供の部分が剥がれ落ちていく。





「ポク!ポク!ポク!        ボクーーーーー!!!」




明け方、岩の前にいたのは大人として一皮剥けたアオイであった。

「いやあ勉強になったよ 犬猫には詳しいんだけどね」
「いやあ勉強になったよ 実装石には詳しいんだけどね」

獣医と、いつのまにか見に来ていたリーダーは満足げに家路に着いた。
アイとフジイはアオイを抱いて感動の熱い涙を流している。

「ボクボクー!」






ちょっと時間を戻して…

「デスーン お前たち、覚悟はいいデス?」
「デププー みんなやっつけるデシャッ! ばくだんの準備はできたデスウ!」
「ちびっこスパイはどうデスウ?」
「テッチャー!任せるテチイ!」
「お引越し隊、整列するデス!」
「デスデス!お家は畳んで、蛆チャ親指チャはダンボールに乗せるデスウ」
「お前たち、いよいよ今日の夜に決行デスウ!誰か気合入れるデスウ!!」
「レフー!!蛆チャのために頑張るレフ!!プニ!プニフー!!プニプニフー!!!!」
「「「「お前は黙るデス!!」」」」







朝の五時ごろ、部屋に着いたリーダーはモニターを見てすぐさま異変を発見した。ハウスが見当たらない。
よく見ると植え込みの影に物資が集められている。その側で雑魚寝している実装石たち。

「夜を通して準備していたんだな。昼は寝ておいて、今夜に襲撃するのか。
 ホントに糞蟲ばっかになっちゃったんだな。アオが夜元気なことも忘れてしまったのか。
 近隣に迷惑を掛けないためにも、団地の中でスマートにやるのが望ましいな。
 今夜は暑い祭りなりそうだ…」




九時になると、リーダーは実装ショップに向かった。
目当ては肥えた糞蟲。ショップに入ると、デスデスとざわめきが起こる。
水槽の中の実装石たちがいっせいに喚き、媚び、壁を叩き、暴れ、糞を漏らす。
一見どうしようもない糞蟲ばかりだが、飼いとしての腐れ根性を植えつけられている。
それを激安実装フードと安っぽいハウスでやってしまうのが、このショップの凄いところ。
リーダーは糞蟲を3千円で五匹購入する。糞蟲なんてゴミ袋に入れて持ち帰ればよいところだが、
お引越しだと思っている方々なので、いちおうタオルを敷いたダンボールに入れて持って帰る。

彼女たちが今夜担うのはおとりである。

家に着くと、押入れから引っ張り出しておいた水槽に座布団を敷き、おまるをいれ、
高級フードを入れて、フルーツジュースを皿に注ぎ、糞蟲たちをお迎えする。

「デスゥ〜ン 良い心がけデスウ」
「中々のドレイのようデス」
「こんなの当然テチャ 楽園には程遠いテチィ!!」

腹いっぱいになり落ち着いた糞蟲を、今度は風呂に入れる。
衣装ケースをベランダに置いて、沸かした湯を薄めて適温にして注ぐ。
見た目は熱湯コマーシャルのような感じだ。それを見て糞蟲たちが興奮しだす。

「露天風呂でございますよ」

「デププ ワタシにお似合いの優雅さデスウ」
「テチャー 下賤に裸体を見られちゃうテチュー」
「デッスゥン 入浴剤も試したいデスー」

実装石用にぬるめにしたお湯の中で一時間掛けて汗を流した糞蟲たち。
綺麗になった後はマッサージの時間。リーダーはゴム手袋をして糞蟲の肩や腰を揉む。

「デフゥ〜 心地よいデスウ」
「ま、前はしないでもいいデスウ…」
「テチテチー 仕方ないすけべニンゲンテチイ!」

全てが終わり、パジャマを着て至福の中で布団に包まり眠る糞蟲たち。
目覚めた後は人数分畳んで置いておいた上等な実装服を見てまた喜ぶことになる。

「糞蟲も、欲求を満たせば安らかな顔を見せるんだな。メモメモ」

言うや否や、一匹がしかめ面になる。夢の中で欲求不満を感じているのだ。
リーダーは慌てて糞蟲を優しく撫でてやる。念のために枕の下にコンペイトウの写真も敷いた。

「デチュゥ〜ン コンペイトウあまあまデスゥゥ〜ン ムニャムニャ」

「う〜むこれは…」



五匹の糞蟲は、更に欲求が高まるまでの束の間の話ではあるが、リーダーの部屋を楽園と認識した。
団地に突入してくる実装石にとって、彼女たちはまさに楽園の住人なのだ。
糞蟲御殿の費用は寄付や廃品利用なのでリーダーの負担は無い。
むしろ、駆除後には沢山のおすそ分けや果物やらが貰えることだろう。
糞蟲の世話も観察派にとっては望むところだった。

残る仕事は実蒼石の待機だけ。








「ちびっこスパイ、行くデスウ!」
「行ってくるテチ!」

夜十二時ごろ、たっぷり寝だめした二匹の仔実装が公園の植え込みの間から団地の中心に向かって走り出す。
時折ふらつきながらも、懸命に物陰を選んで進んでいく。
30分後、仔実装は団地の中心、花壇に到着した。


「こ、ここが楽園テチイ?」
「花園テチイ!きっとここに生えてるのは匂いを嗅ぐと夢を見れる花テチ!」


「野良が入ってるデプゥン」
「汚いデスゥン」

「テ!!」

振り返ると、そこにいたのは楽園の住人を気取る糞蟲。
仔実装の目から見て、目の前に現れた糞蟲は、天女に見えた。
幸福により緩んだ顔。野良には途方もなく高貴に見える、羽衣のような実装服。
糞蟲天女は飽きれたような表情で実装椅子に腰掛けて言う。

「下賤に構ってる暇は無いんデス」
「ドレイがこれからアタチたちのために花火を上げるんテチ」
「これやるからとっとと帰るデスウ」

天女汚物がコンペイトウをパラパラと撒く。それに飛びついてがっつく仔実装たち。
その光景をニヤニヤ眺める糞蟲天女。

「デスー デプププゥ 夢中デスウ」
「ペットには良いかもデスウ」

「「テッッ!」」
「ペットは駄目テチ 住人になるんテチ!!
 皆のところに報告に行くテチャー!」

「テチャー あいつらどれだけ必死テチ まあそこが可愛いかな、テチ」



「テッチッテッチッ!」
「凄いテチー アタチたちも楽園で過ごせば天女になれるテチ!」
「コンペイトウ初めて食べたテチ あんなものを施せるなんて凄い余裕テチ!」
「花火知ってるテチ!!前に見たけどニンゲンの家が邪魔で殆ど見えなかったテチ」
「天女のために花火まで上がるテチ!すごい権力テチ!!」

夢中で公園に向かって走る仔実装。夢中ゆえに道のど真ん中を走る仔実装。
戻ってきた仔実装を実装石たちは歓喜と驚きを持って迎えた。

「デスーン ワタシたちにも運が向いてきたようデスウ」
「デェェ!!コンペイトウ食ったなんて憎たらしいデスウ!!」
「落ち着くデス すぐ食えるようになるデス」
「お前たち!突入デスウ!!!」

ザザッ
一斉に駆け出していく突撃部隊。
そして、引越し部隊が蛆たちをダンボールに乗せて、四方を持ち上げる。

「レチュー!高い高いレチー!」
「レピャー 怖いレフー!!!」

「ダンボールのささくれにしっかり掴まるデスウッ!!」


実装石たちは二列になって中心に向かって走っていく。
手には枝や石、実装石の作ったばくだん。少し後ろに続くのは蛆と親指を乗せた神輿に、貨物ダンボール。
その様はちょっと駆け足の大名行列のように見える。


公園の糞蟲たちは、いつしか中心に到達した時点で楽園入りができると思い込んでいた。
それ以前から、見たことも無い領域に、楽園が存在すると勝手に思い込んでいた。
その思いは、天女の目撃報告で確信に変わった。

「デスウ!花園デス!ちびっこスパイの言ってたとおりデスウ!!」
「いよいよ楽園の領域に入ったテッチャア!!」
「デー ステーキ・お風呂・フカフカお布団 何から楽しめばいいデスウ?」




「デエ!何デスウ!」
「小汚いのが沢山走ってくるデスウッッ!!!」
「デプププ ドレイ志願デスウ?」
「きっとペット志願テチ!虐待してやるんテチャアッ!!」


どたどたどたどた


天女の前に集まってきた三百匹を超える実装石。
神々しい天女を目にして足は止まり、その言葉を待つ。

「デェスゥ…お前たちの楽園入りはワタシが推薦してやるデスウ
 ただ、ちょっと待ってろデスウ これから花火が始まるデスウ
 お前たちも賑やかすデスウ」




その時、リーダーたち実装委員会のメンバーは庭園の背に立つ建物の3階の廊下から様子を眺めていた。
花火なんて無い。代わりに用意されているのは目くらましの照明。暗さになれた実装石は数秒昏倒する。
そこに、明るいところで待機している実蒼石が突入して片付ける手はずとなっている。
周りにはギャラリーが見物に集まって息を潜めていた。

「さあ、いよいよだ   3、  2、  1、   」



ピカッッッ





「「「「「デシャッッ!!!!」」」」」
「「「「「テヂャッッ!!!!」」」」」
「「「「「レチャッッ!!!!」」」」」
「「「「「レピャッッ!!!!」」」」」

蛆と親指は強烈な光で失明、仔実装は完全に昏倒してパンコン状態。
糞蟲天女五匹も予想を超える眩しさにパンコンしてふらついている。
しかし、一つだけ誤算があった。

「デジャアアアアアアアアッッッ!!!!!」
「らくえぇぇーーーーーーーーんんんんんデジャアアアッッッ!!!!!」
「アオ蟲イイイイイイイイィィィィ お前らデジャアアアアアッッ!!??」
「絶対楽園行くデスアアアアアァァッ!!」

「「ボクウッ!」」

目の前に迫った楽園に、なんとしてでも入園してみせるッッ!!!!
意地だけで意識を保っている実装石の凄まじい気迫。
実蒼石をも一瞬たじろかせるものだった。

「「ピャッッッ」」

数瞬後、アオイ達は蛆と親指の首を全て刈り取った。
そして一秒もしないうちに仔の偽石を刺し貫いて抹殺。

「「チャッッッ」」

しかし残りの親実装を仕留めようと振り返ったその時、

べちゃっべちゃっ

実蒼石たちに糞のしぶきが飛び掛る。
糞蟲たちが用意していた「ばくだん」だ。ビニール袋に糞を詰めただけの単純さ。
投石や枝での攻撃は、実装石に当てることなどほぼ不可能。しかし、ばくだんは違う。
適当に投げても大量の糞が飛び散り、適当ゆえに三匹の実蒼石が避けきれなかった。
被弾。ダメージは無いとはいえ、糞蟲の攻撃が通用。アオイには決して許されないことである。
頭に浮かんだのは実装石にたかられそうになり、ハサミに糞を付けられた親の死んだ姿。
ワタシは絶対に当たらない!実装の糞なんて死んだほうがマシ!…一瞬のうちにアオイは決意した。

被弾した実蒼石も体勢を立て直し、次々と糞蟲を狩っていく。
心なしかイラだちが見える。その表れか、豪快に頭を吹き飛ばしながら暴れまわっている。

「ボクウゥゥゥ!!!」

「死にたくないデシャアアッッ!」

アオイはアイに背中を預けて、円状に立ち回って糞蟲の額を切り裂いていく。
すぐに体を崩すもの。痙攣しながらのたうちまわるもの。背を異常に反らして咆哮を続けるもの。
共通するのは唯一つ、もうまともに生きていけない肉体。

「デギャアアッッ!!」
「デェェェ!!!」

調子が乗ってきたアオイは、色々な技を繰り出し始める。
両手でハサミを開いて首を切り取り、その返しで刃の部分を持ち、柄で横にいる糞蟲をなぎ払う。
背後から掴み掛かり、閉じた刃を胸に何度も突き刺す。
興奮していた。精神のコントロールを失い始めていた。

ヒュンッ

糞蟲を突き刺すのに夢中なアオイにいくつもの糞の塊が飛んでくる。
残っている実装石たちが、アオイを最大の障壁と認識し集中攻撃を始めたのだ。

「ボク!ボクゥゥ!!」

塊をハサミで防ぐと弾けてしまう。
無数の飛沫まで防御しなければならない。
被弾を覚悟したその時、

「ボクウウゥゥゥ!!!」

アイが糞とアオイの間に割って入る。
ハサミの柄に腕を入れて、無限大マークを描いてヴンヴンと振り回す。
広範囲のバリアーが糞を全て弾き飛ばした。アイは本来防御タイプだ。
実装石相手では防御に回ることは今までなかった。初めて才能を発揮できる、喜びの時間。

「行くボクウ!ここはワタシに任せるボクウ!!!」

「ボクウッ!!」


「デジャアアッ!まずいデスウウ!」

糞を的確に糞蟲の目や口に弾き返していくアイ。
アオイは糞ばくだんを投げる集団の中央に身を低くして走った。
ばくだん投げに夢中で、中心にいるアオイが入り込んだことに気付かない実装石。
アオイはハサミを高く掲げて、叫んだ。

「ボクウウウウゥゥゥゥッッ!!!!!!!!」


「「「「「「「デッッッ!!」」」」」」」

「「「「「「「シャアアッッ!!」」」」」」」


アオイに向かって一斉に飛び掛る糞蟲。あたかも半球のドームがあ縮まるようにアオイに覆いかぶさっていく。
アイがアオイの身を案じた刹那、実装ドームから光が漏れたように、見えた。

上から眺めるリーダーたちにはその様子が良く見えた。
アオイが『実装円獄殺』を、高さと範囲を変えて連続で五度放ったのだ。
円状の攻撃を連続で出して重ね、球状の攻撃にする。アイも初めて見る技。

「あいつ、やりやがったボクウ…」

「『天下無蟲(テンカムチュウ)』ボクウ…」






他のかたまりも三匹の実蒼石に殺戮されて、残るは八匹。
その内の五匹はさっきから呆けて周りを眺めていた糞蟲天女。

「デェェ 過激なショーデスウ…」
「夢デスウ 夢デスウ 夢デスウ」
「は、花火テチ 赤と緑の花火テチ…」

「「「「「デフェッ」」」」」

五匹の思考は同時に絶たれた。
後頭部から同時にハサミを抜く五匹の実蒼石。
糞蟲天女は同時にひざを突き、頭を地面につけ、そのまま魂は地獄へ落ちていった…かは知らない。

「デ、デデデジャジャ デェェェ…」
「オ、オロロ〜ン オロロ〜〜〜ン」
「やるべきじゃなかったデス 先祖の知恵はやっぱり大切にしなきゃ駄目デスウ…」

精神崩壊しかけの二匹。
頭を振って後悔しているのは、比較的まともそうだった実装石。
修羅場の中でもきちんと野良実装を糞蟲から潰していったから、最後に真面目蟲が残ったのである。
血みどろになった庭園にリーダーと委員会、それにフジイや獣医たちが降りてきた。

「よくやってくれた ありがとう」

「もったいねえ 金取れる戦いだったぜ」


「「「「「ボクウゥ!」」」」」

糞を被弾した実蒼石は住民に連れられて風呂に入りに行った。
アオイとアイも返り血をかなり浴びていたが、残りの三匹をどうするつもりなのか気になっていた。

「こいつらどうするボク?」
「ここで実生終わらせてやったほうが幸せボクゥ」

「だからこそ、生きて償いをしてもらわないとな」

リーダーはそう言うと、実装石三匹のケツを思い切りはたいた。

「「「デエエエェェ!!!」」」

「やっぱりアオ蟲怖いデスウ!」
「ここは地獄だったデスウ!!」
「許してくださいデス!よく言って聞かせるから許してくださいデスウゥゥッッ!!」



「おいおい 逃がしちゃっていいのかい?」

「いいんです。団地の入り口にダンボールと食料をゴミに見せかけて自然に置いておきました。
 あいつらはアオイ達の恐怖を伝道して貰います。恐怖の夢に自壊するまで」

公園に実蒼石の恐怖を知る実装石がいれば、むしろ団地への実装石の侵入を防ぐ防波堤となる。
あの中の一匹は糞蟲ではなさそうだった。彼女が主導で、渡りやはぐれ実装にも教育を行ってくれるだろう。

アオイとアイも風呂に向かわせた。後はニンゲンによる後片付けだ。
女性陣は、血に汚れた花園や地面に実装洗浄液を吹きかける。
これは実装の血や糞を洗い流すために使われる業務用の巨大なもの。
花園から色のついた液体がドンドン流れ出て、地面に染み込んでいく。
綺麗な花が枯れてしまうかもしれないが、それはそれで植えなおしてイメチェンして楽しむだろう。

男性陣は山のようにある実装石の死体をトングを使ってゴミ袋に放り込んでいく。
微かに生きている実装石も、トングの先で頭を押しつぶして始末する。予定外の落ち武者は許さない。
中腰がつらいので20代の若者が率先して働いている。祭りを見れたのだから安いものだ。
細かい肉片や目玉は、長靴を履いたメンバーがよく磨り潰して、洗浄液で流してしまう。
側溝の端に網を張っておいたので、そこに屑が溜まったら掬い取ってゴミ袋に入れていく。

清掃が終わるともう明け方。
今日は日曜日だ。ゆっくり風呂に入って寝ようじゃないか。
そんな面持ちで住民たちは部屋に帰っていった。
リーダーの側に風呂上りの実蒼石が集まってきた。

「お前たちもしばらく暇になるな。のんびり子作りでも何でもしてくれよ」

「「「「ボクゥ」」」」

「あれ?アオイがいないな」



アオイがいたのは団地の裏手の林に作られた親の墓。
盛り土に木を立てただけの質素な墓。そこにアオイは顔を付けた。
大人になったことを報告したのだ。

「ボクゥ」

そしてアオイは誰にも合わずに団地を旅立った。
糞蟲のいないところに自分の役目はない。親と過ごした神社もまた見に行ってみたい。
次に報告に来るときは、子供ができた時だろうか…。

「ボクゥ…」

アオイが公園の中を覗くと、実装石たちがさめざめと泣きながらハウスを地面に据え付けているのが見えた。
夢を打ち砕かれて、厳しい日々がまた始まる。糞蟲二匹にも以前の面影は無い。
いつまで続くかわからない。世代交代を待たずに再び糞蟲だらけになってしまうかもしれない。
それでも、頑張って欲しいと思った。仲間を殺戮してしまった相手への、どこか矛盾する複雑な感情。
アオイは生まれて初めて実装石を応援した。

シュッ

「デスウ?」

頭上からぽとりと落ちてきた青味がかった茶色のフードが入った袋。
アオイが懐にしまっていた食事であった。

「デェェン デェェン」

実装石たちは神の慈悲と受け取り、また泣き始めた。
そのできごとを一つのカメラだけが見ていた。

「珍しいことするじゃない」






団地の中で、また平穏な時間が始まった。
団地の外、公園でも実装石の質素な暮らしが再開した。
少しずつ形を変えながら、この関係がいつまでも続いていくのだろうか。
アオイは道の向こうに消えていった。

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