一章:旅の始まり 「頑張るデスウ!」 小さな部屋、ろうそくの薄暗い明かりの中で、ある実装親子が飼われていた。 部屋の隅、寝床の前で親実装が仔実装に向かって声を掛け続けている。 その後ろでは四匹の仔実装と、一回り大きな仔実装が涙ぐんで見ていた。 そこに深刻な面持ちの男が器を持ってやってきた。 「良くないな、これは…」 男は平たい器の水で布を絞り、仔実装の額に乗せた。 仔実装は「テヒュウ テヒュウ」と儚げな声を上げて苦しんでいる。 「ご主人サマ、どうにかならないんデスウ?」 「かなりの実装薬は試したんだ。なんでいっこうに良くならないのか…」 親実装は仔さえいなければ、男に抱きついて泣き出してしまいたい気持ちだった。 仔実装、末女チロが病に倒れたのは一週間前。最初は気持ち悪そうなだけだったのに、段々と 弱り始めて、今では男が特別にこしらえた液状の食物をすするのが精一杯の体。 男は看病を手伝ってくれるし、薬も買ってきてくれたのだが、一向に効く様子はない。 先日には医者がやってきた。優しそうに微笑む初老のお医者が、仔実装の 服を脱がせて丹念に体を見て、注射をしてくれた。しかし、親実装は見てしまった。 医者の帰り際、お礼を言おうと玄関に向かう途中、廊下でその医者が 「駄目かもしれません」と言いながら頭を下げているのを。 「テチ、仔たちを寝かせてくれないか」 テチとは親実装の名前である。生まれた時に名づけてもらった、大切な名前。 飼い主の言うとおりに、仔達をなだめて寝床に帰らせる。そのときに助けになるのが、 成体になりかけの長女、チコ。とても賢く、姉妹のまとめ役だった。 「ご主人サマ…」 「お前も分かっている通り、チロは危ない状態だ。 でも、ひとつだけ助けられるかもしれない方法があるんだ」 「ど、どうすればいいデスウ!?」 「実装王の洞窟に向かうんだ」 「デスウ!?」 実装王の洞窟。テチは聞き覚えがあった。仔実装とともに男に聞かせてもらったおとぎばなしの題名。 魔境に口を開ける恐怖の洞窟。その最奥には、実装石の夢を叶える宝があるというのだ。 男が読み聞かせに使う絵本を、テチと仔実装たちは何度も何度も読んだ。 実装勇者は洞窟を見事切り抜ける。そして勇者は村人たちの疫病の治癒を願い、宝箱を開ける。 その願いは光となって空へと飛んでいった…。この場面で絵本は終わっている。 「洞窟は、ほ、ほんとにあるんデスウ!?」 「あるんだ…しかし、そこには仔実装しか入ることが出来ない」 「それは知っているデス。オトナの実装石には小さくて入れないというデスウ。 実装勇者が一匹で立ち向かって、栄光を勝ち取るデスウ」 それができるのは、長女のチコしかいない。テチは分かっていた。 しかし、そんな何があるか分からない恐ろしいことをさせていいのだろうか。 うつむく男とテチ。そこに、盗み聞きをしていたチコがのそのそとやってきた。 「アタシがいくテチ!」 「アタチたちも行くテチュウ!!」 チコの後ろには、これまた盗み聞きをしていた妹たちが。何のことはない。 皆チロを救いたくてたまらないのだ。強くつながる親仔の絆。 「だ、駄目デスウ。お前たちを危ない目には合わせられないデスウ」 「ママ!アタチはもう大人になるテチ!やってみせるテチィ!」「テチュウ!!」 テチは目頭が熱くなった。大切に育てた仔たち。こんなに優しくなってくれた。 だからこそ、危険な冒険に行かせるわけには…。 「チコなら大丈夫さ!」 「デスウッ!?」 「チコは俺が見た実装石の中でも、とても可愛くて、勇気があって、知性もある。 彼女ならあるいは、宝を手に入れられるかもしれない」 「デデ…」 「テチ!アタチ行くテチ!!絶対帰ってくるテチィ!!」「テッチャー!!」 テチは少し戸惑ったが、チコと妹たちの奮起の叫びに否定する気持ちが失せていった。 何より、絶対的なご主人様までが支持をしている。もしかして…いや、きっと…。 結局、テチはチコを洞窟に向かわせることを決心した。 洞窟には仔実装一匹しか入れない。それ以上で向かうと、砂の嵐が襲い全滅するという話だ。 男の説明を聞いて仔実装は震えおののいたが、チコは毅然とした態度だ。 やはり、チコならやれる。テチは涙を流してチコにお礼を言った。 次の日、男と実装親仔は翁の元に向かうことになった。 翁は男と親交のある老人で、とても不思議な道具を持っている。 テチは一度彼の屋敷に行った事がある。そこで空を飛ぶ機械や、踊る植物などの 品物を見てきたテチは、彼を魔法使いだと信じている。 「お姉ちゃん!看病は任せるテチ!絶対帰ってきてテチー!」 仔実装は留守番をして、男とテチ、そしてチコと翁の屋敷を訪ねることに。 テチたちは、森林浴に連れて行かれる以外には部屋から殆ど出たことがない。 男によると、実装石は伝説の巨木から生まれた妖精。結界の張られた屋内と森の中でしか生きられない。 人間の世界には実装石ではとても耐えられない瘴気が満ちているのだ。 テチとチコは男の用意した光を通さない移動用防護ぶくろに入り、抱きしめあって恐怖に耐える。 外からは、人間や、わけの分からぬ機械に、生き物の立てる音が聞こえてくる。 そして、時折襲う大きな振動に二匹とも糞をもらしそうになる 外出に慣れないチコが気を失いかけた頃、翁の声が聞こえ、二匹はふくろの中から光の下にだされた。 そこはテチが昔見たとおりの摩訶不思議な部屋。大小さまざまな道具に、山ほどある書物に絵物語。 棚の上には、仔実装よりも小さな、奇妙な小人の標本がズラリ。 床には液体の入った透き通った入れ物が並んでいる。そこには老人の絵の書かれた紙が貼られていた。 翁はふさふさの眉毛とあごを覆うヒゲをなでながらテチに微笑みかけた。 「飲んでみたいかの?」 「デスウ?」 テチには、液体が飲み物であることも分からなかった。翁は小さな器を手に取り、 入れ物の中の茶色く透き通った液体を少量注いだ。初体験の強い香り。 恐る恐る口に含むと、 「デスァッ!!」 テチは口の中が焼けたように感じた。 「すごいデス!!なんの魔法に使うデスウ!?」 翁は男を見て微妙な笑みを浮かべてから言った。 「これを沢山飲むと、勇気が湧いて、体の痛みを忘れることが出来るんじゃよ。 手足が千切れても、平然と振舞っていられるようになるんじゃ」 「さすがは翁様デスウ…」 テチの後ろに隠れていたチコも驚きの表情を浮かべている。 そして、この魔法使いに道具を貰えれば百人力だと理解した。 「冷たいテッチュウウン」 翁は仔実装を裸にして、鎖帷子を着せた。その上に実装服を着せる。 左手に、銀色に輝く盾を持たせる。右手には、竜を倒したと伝えられる実装ソードを持たせる。 「テッチャー!ありがとうテチュウ」 テチとチコが喜んでいる間に、翁は棚に手を伸ばした。 そして、仔実装の腰にベルトを巻き、液体の入った三つの入れ物を結びつけた。 その液体の色は、茶色、赤、深緑。 どれも、おとぎ話で見たものばかり。実装勇者はそれらを使い危機を切り抜けた。 「茶色の液体は、先に言ったように、お前が死にそうなときに飲めば、元気をもたらすじゃろう。 赤い液体をお前の左目に注げば、身代わりが現れるから囮にすると良い。 深緑の液体を飲むと、お前は一度だけ破壊魔法を放てる。しかし、体に負担がかかるぞよ」 「ありがとうテチ。大事に使わせていただくテチ!」 翁に道具をもらい、いよいよ冒険のときが近づく。 男が器にお湯と香草を入れ、その中でチコは体を清めて神に祈った。 洞窟の入り口にはチコと男だけで向かう。勇者でない実装石が近づけば、破滅を呼ぶ。 したがって今が、親仔の今生の別れとなるかもしれない。 「チコ…」 「ママ、言葉は要らないテチ。沢山の愛をもらい、知識を下さったテチ。 それを無駄にはしないテチイ。きっと宝を持って帰ってくるテチ。チロを助けるテチ!」 「…これを持っていくデス。少しでもお前を守ってくれるデス」 テチが差し出したのは自らの大切な頭巾だった。チコは涙ぐみ、それを上から被った。 ママの匂いが染み付いている。二匹は強く抱き合い、ぬくもりを体に刻み込んだ。 「頑張るデスウ!チコ!!」 テチは翁とともに屋敷に残ることに。チコは男のふくろに再び入り、洞窟の入り口へと向かった。 数時間の振動を耐えて、チコはふくろから出された。 そこには伝説の実装王の洞窟が禍々しい口を開けていた。 洞窟の後には一面に険しい山が広がり、もくもくと煙が立っている。 背後を見ると背の高い草が覆い、何も見えない。まさに魔境。 「テテテ…!」 さすがのチコも恐怖で震え始めたが、男が肩に手を掛けると、 「テチ!」 っと気合を入れて、意を決して洞窟に入っていった。 それを男は満面の笑みで見送った。 二章:試練の道 チコが洞窟に入ると、薄っすらと明かりが差している。 これはおとぎ話のとおり。壁面には発光水晶が多く含まれていて、 ゴツゴツとした表面を照らし出している。 ガゴーーーーーーーーン!!!!!! 「テチャーーーーー!!」 大きな音に振り返ると、洞窟の入り口が閉じてしまっていた。 僅かだけ逃げようとする心があったチコ。それも最早不可能となった。 「テチ…。宝を手に入れれば地上に出られるはずテチ。まさにチロちゃんと一蓮托生テチャ」 勇気ある仔実装は、意外にも退路を立たれることによって奮起したのだ。 奥にそろそろと進むと、ただならぬ汚臭が漂ってくる。 下を見ると、床一面にぬかるみが広がっているのが分かった。 仔実装は戦慄した。これは糞の沼である。 「これは不潔の試練テチュウ…。」 チコは覚悟を決めて糞の海に足を踏み入れた。 凄まじい悪臭と、全身を包むぬるぬるに吐き気を催す。 「テベエエェ。良かったテチ。足がついたテチ でもあごの下までウンチに埋まっちゃったテチュウ…。 これは勇者の試練テチ!アタシは糞蟲じゃないテチー!」 自分を元気付けてチコは進んだ。あぷあぷ言いながら何とか渡り終えると、岸で一息つく。 実装服は頭巾を除いてぐじょぐじょの糞まみれ。仕方なく、チコは下着と頭巾を除いて服を脱いだ。 下着の上に、目の粗い鎖帷子。大胆に透ける素肌にチコは戸惑う。しかし、ここには自分一人。 気合付けに頬をはたいて先を急いだ。 重力魔法を使う石を忘れて置いていったことにチコは気付かなかった。 しばらく歩くと、チコの鼻を甘い香りがくすぐる。 「これはアマアマの匂いテチュウ?」 ふと下を見るとそこには白い粉の筋が。チコは手にとってぺろっと舐めた。 「甘いテチュア!」 久々の極上の甘みに冒険を忘れるチコ。そのひと時をちくりとさす痛みが破る。 「テチャアア!」 足元を見ると足にアリが噛み付いていた。さらに左右からざわざわと沢山の音が。 壁にあいた穴からアリの大群が湧いて出てきた。仔実装の足はどんどん噛みつかれて血が滲み出す。 「痛いテチュー!た、助け…駄目レチュ!自分で何とかするテチ! そうテチ、囮を呼ぶテチイ!!!」 チコは赤い液体をとりだし、目にかざした。 「チギャアアアアアアアア!!!!」 凄まじい目の痛みと動悸とともに、下腹部がぼこんぼこん!と蠕動しだす。 死ぬ気になって目をこすると、痛みはどうにか治まったようだ。 我に返って前を見ると、そこには小さな実装石が小山を作っていた。 しかし、この実装石、どこかおかしい。異常に小さい。そして、手足がない。 「レフー。あなたがママレフ?プニプニしてフー」 「テ?アタシの子供テチ…?」 「レピャアアアアアアアアアア!!!!」 あっけに取られているうちに、小さな芋虫実装石の一匹がアリに覆われた。 アリは、襲いやすい芋虫実装石に一斉に飛び掛っていく。 すさまじい勢いで体積が減っていく。食われているのだ。 「お、囮って、アタシの子供なんテチィ?」 「レフーン。とっととプニプニするレフ。蛆ちゃん怒っちゃうレフ!」 「う、蛆テチ?そういえば芋虫さんに似てる気はするテチが…」 ザザザー! また一匹、芋虫実装がアリに包まれた。 「レフー!!なにボケっとしてるレフ。とっととプニフー!!!」 同属が横で食われているのにこの傲慢さ。 うにうにとくねって糞をひりだしている。この痴態を見てチコは気持ちを固めた。 「こ、これが噂に聞く糞蟲テチイ? こ、こんなのアタシの子供じゃないテチ。ただの糞袋テチ!!!」 「レフ!育児放棄レフー!死ねレ・・・・・レピャアアアアアァァ!!!!」 チコは食われていく糞袋たちを囮にして全力で駆けた。 無我夢中で転ぶまで駆けると、もうアリも何も見えなくなっていた。 「育児って言ってたレチ。でも違うテチ…。子供なんかじゃないテチィ…。 それにしても…異様に疲れたテチイ…。」 チコが罪悪感にさいなまれながら歩み始めると、周りが熱く、明るくなってきた。 「テチャー。地面が真っ赤テチ」 チコの前の地面は真っ赤に発光して、凄まじい熱を持っているように見えた。 しかし、よく見ると真ん中を一筋の発光していない道が走っている。 「真ん中を通れば向こうにいけるテチイ!」 仔実装は勇気を出して、真ん中を走り始めた。しかし、すぐに立ち止まらざるを得なかった。 「あまああぁぁい匂いテチュウ…。 テェェ!!!」 仔実装がふと横を見ると、側面の壁に穴があいており、 その中に輝かんばかりに山盛りのコンペイトウが置かれていた。 「テェェァァ…。おいしそうテチャ。食べたいテチャアアァア!!!」 一歳の誕生日を迎えた日、チコは男にコンペイトウを一粒頂いていた。 脳が壊れてしまいそうなほどの強烈な快感。 口にいくつも頬張れば頭が弾け飛んでしまいそうなほどの禁断の甘み。 「ア…アオ……!」 「ッジャアアアアアアアア!!!」 チコはコンペイトウの魅力に負けて、熱した地面に足を踏み出してしまった。 その途端襲う強烈な痛み。チコはすぐさま足を引っ込めた。 「テェェ…!死ぬとこだったテチ。妹たちなら一気に駆けていって、 戻れずに苦しみながら焼け死んでいたところテチ…」 気を取り直して前に進む。しかし、足が動かない。 「テエエエ…。駄目テチイイィィ…!」 自分の無意識が反乱を起こす。チコの体はコンペイトウの虜になっていた。 しかし、背中の熱さが体を目覚めさせた。 ちんたらしているチコの後ろ髪が床に着き、火が付いていたのだ。 「テアアアアアアァァァ!!!」 仔実装は無我夢中に駆け抜け、安全な地面に転がり、どうにか炎を消した。 後ろ髪は僅かな縮れ毛を残して燃え尽き、火傷は背中全体に広がっていた。 「テアア…。アタシの大事な髪が燃えたテチャアア……。」 チコは家族の優しさを理解している。後ろ髪を失った自分でも、愛してくれるし、前髪は残っている。 それは分かっていても、髪を大きく失った喪失感は大きく、 それは火傷の痛みを忘れさせる副作用を生むほどの衝撃だった。 「アアアァ…」 ぼとっ 「!!! テチャアアアアァァ!!!」 チコは突然背中に重みを感じた。その重みはすぐに消えて、目の前を黒光りする物体が走り去る。 見覚えがある。ご主人様がいない間に、妹を襲ったあいつ。 ママが死ぬ気で布団を振り回してかろうじて追い払った恐ろしい虫。 「今のアタシは実装ソードを持ってるテチィ。こいテチャア!」 その声にあわせてかは知らないが、 黒い虫は六本の足を猛烈に動かして突進してくる。 チコはソードを目の前に構えて叫んだ。 「実装蟲粉斬テチャ!」 おとぎ話では剣の先から毒粉が吹き出てくるはずだったのだが…。 ぐばぐばぐば 「ヂャアアアアアアアアア!!」 虫に何のダメージも与えられずに、頭に被りつかれてもだえ苦しむチコ。 額に焼けるような痛みを感じる。 「テヂャアア!テチュウウウウウゥゥッ!!」 ザクザクザク! チコはソードを逆手に持ってひたすらに虫を横から突いた。 虫の力は抜けたので、チコは払いのけて起き上がる。 額からはダラダラと血が流れている。 「まだ生きてるテチイ…」 チコはすかさず深緑の液体を飲み干した。 破壊魔法を放つ。手を前にかざして、足を広げて構えを取る。 「実装水流テチャアアアアアアアァァ!!!」 魔法は尻から猛烈な勢いで噴き出した。 チコは気を失っていた。目を覚ますと、激しい頭痛が。頭に手をやると傷はさらに広がっていた。 尻から噴き出たのはチコの糞だった。噴き出る勢いで突進し、黒い虫に痛烈な一撃を与えた。 「アタシ凄いテチ。チプププ」 チコは気絶していたため本当の魔法を撃てたと思い込み、薄ら笑いを浮かべた。 糞まみれでズタズタの体にもかかわらず、足をぴくぴくと動かす黒い虫。 チコは頭にとどめのソードを突き刺す。 「テ!」 割れた虫の頭からはひと房の毛が出てきた。 ふと下半身を見ると、下着もはいていない。糞で吹き飛んでしまったのだ。 「…テ?これアタシの髪テチ?テ?まさかアタシすっかりハゲハダカテチ?テ…?」 鎖かたびらは服のうちに入らないばかりか、羞恥心を増幅するばかり。 現実をすぐには受け入れられないチコ。 血の溢れる額を何度もぬぐう。手に触れるのはぬるぬるした血と肌の傷のみ。 しかしチコは気付いてしまった。自分の持っている銀色に輝く盾に。その表面はまるで鏡のようで…。 チコはまたもや糞を噴出した。 三章:蟲の帰還 ハゲハダカの衝撃を受けて腰から崩れ落ちたチコ。 数十分の時間を置いてチコはどうにか歩み始めた。 体に付いているのは鎖帷子と薬を結びつけたベルトのみ。そしてソード。 盾は、再び自分を見たら心が崩れ落ちてしまいそうなので置いてきた。 「テハーテハー」 火傷に出血、そんなものより精神への打撃は甚大だった。 よたよたと洞窟の奥へと向かって歩いていく。 行き止まりかに見えたが、目を凝らすと仔実装が通れるほどの穴が開いている。 くぐろうとした直前、穴の真上にあるくぼみが目に入った。 丸いくぼみ。 その大きさや形、奥行きには見覚えがあった。 「あの石をはめるテチイ?」 チコは石を忘れてきて、重力魔法を使えなくなっていたことに今更に気付いた。 この穴には絶対に何かがある。入り口近くまで石を探しに戻らなくてはいけないのか…。 重い気分で後ろを振り返るチコ…。 「テエエ!?」 かすかに浮かび上がる、銀色の盾。 それが奇怪なことに浮かんで揺れ動いている。まるでチコの後戻りを封じるかのよう。 「こ…怖いテチュー。おとぎ話の通りテチュー…」 勇者を騙る悪者が、試練を前にして怖気づき、泣き喚きながら遁走した。 その途端にばらばらに体が弾けて飛び散った。死体を哀れんで見下ろす実装勇者。 また鏡を見たら、同じように飛び散ってしまう。チコはそんな気がした。 「も、戻ることは不可テチィ…!」 もう二度と振り返らない。チコは心に決めた。 チコは穴の中に剣を伸ばしてみた。 シュランッ ガツンッ 穴の中を断首台のように鉄の刃が落ち、剣に当たった。刃はまた上がっていった。 ソードを抜くとグニャグニャに折れ曲がっている。 チコがくぐろうとすれば、胴体で二つに分かれていたことだろう。 「テテテ…ア…。」 おびただしい量の失禁。チコはブルブル震えながらかろうじて立ち上がる。 「試すことがあるテチイ…」 チコは全力でソードを穴に投げつける。 すると、ソードは刃の落ちる前に向こう側に抜けた。 「これなら飛び込めば刃の落ちる前に通れるはずテチイ…。 行かなきゃ行けないテチイ。アタシにはもう失うものはないテチ!!!」 覚悟を決めたチコは鎖帷子を脱ぎ、マントのように羽織る。せめてもの刃からの防御だ。 そして、仔実装は四つんばいになった。本能が覚える、最速のスタートポジション。 「ヂャッッ!!!」 …チコは刃の向こう側にいた。しかし、脚部に激痛。 見ると足はつぶれかけていた。鎖帷子のマントが滑り、かろうじて切断からは救った。 しかし、これなら這いずることは出来る。 「テヂュウウウ!!」 チコはチロへの思いを胸に、つぶれかけた足で懸命に這いずった。 しばらく進むとそこは少し広くなって行き止まりになっていた。 床は石畳になり、向かい合って四対の仔実装の石像が並ぶ。 薄桃色の壁が前面を覆っていて、その中心には肉のひだひだをともなう入り口が。 「肉の道テチ…!」 おとぎ話の終盤に登場したそれは、宝が間近であることを示していた。 この道をかいくぐれば…!チコに闘志が宿った。 「く、臭いテチュー!!」 ひだひだの間から中にもぐりこんでいくチコ。そこは凄まじい腐臭のする肉の洞窟。 洞窟の広さはチコの胴の直径ほどもない。そこを軟らかい壁を押しのけて突き進んでいく。 道は斜め上に伸びていた。チコは懸命に這いずるが、ぬるぬるして滑り落ちてしまう。 しかもこの洞窟、チコが這いずるたびに地響きを起こす。 「負けないテチー!」 チコはひん曲がった剣を突き立てて懸命によじ登る。 ずががんずががんと洞窟が揺れ動くが、ここまで来てもう躊躇は出来ない。 平らな所まで登ると、目の前に白や黄色のブロックが並んで壁を作っていた。 「チュワアアアーッ!!」 それをチコはひたすらに剣で突いた。 ぐばあああっ 突然目の前がまばゆい光に包まれた。 目がなれると、緑の大地が広がっていた。 周りは高い壁に囲まれていて、上を見ると天井はなく青い空と綺麗な白い雲。 久しぶりに見る真っ赤な太陽。 「王の間テチ…」 崖に囲まれた大地の真ん中に、 そこには、太陽の光を浴びて、まばゆく輝く宝の箱があった。 チコは夢中で這いずろうとするが、体が動かない。 最後に残された茶色の液体を飲む。体中が熱くなり、感覚が薄くなる。 「翁様ありがとうテチ!」 チコの苦痛はもうどこかへ飛び去った。 ぐんぐんと進み、そして宝箱にすがりつき、 「チロを直して、家族みんなで幸せに暮らしたいテチャアアアア!!!」 と叫びながら一気にふたを押し上げた。 ひゅるるるるるるるるっ ぱらぱらぱらぱら 宝箱から赤い光が登っていき、上空で弾けた。 「これでチロは大丈夫テチ。やったテチュ… テエ!!!?」 宝箱の中をみると、干からびた仔実装が入れられていた。 この仔実装は…? チコは飛びそうな意識で必死に現状を理解しようとした。 「やったなあ、こいつ制覇しちゃったよ!!」 「スゲー!ひゃははははははははっっっ!!!」 「テェ?」 突然、崖の上から、ご主人である男と、翁が顔を出した。 「テェェ?ご主人様に翁様テチュウ!!?助けに来てくれたテチ?」 二人の男は大笑いしながらわけのわからない会話を交わしている。 「せい…う ………… びじね… だんじ…ん ………… くそむし ほんとに バカだな ゲラゲラ…」 「テチー…」 「まあ、とにかく読めや」 翁が懐から絵本を取り出してチコの前に落とした。 はじめて見るものだった。 チコが絵本をめくるのと同時に男が文を読み上げた。 『実装王の洞窟 完結編』 ゆうしゃさまは だまされていました ねがいなど けっして かないません ちろちゃんは どくをのまされていました ほかのこたちは いしのぞうになりました やさしいママは にくのみちになりました なにもしんじられない じっそうゆうしゃさま なら ふりかえって ごらん なさい チコが振り返ると、そこには肉の道の前で見た石像が。 そして、目の白濁しかけている母実装、テチの顔が地面から飛び出していた。 「テ…テ…!?」 男が針を取り出して、緑色の液体をテチの頭に注射した。 すると、洞窟の出口が、もぞもぞと動き始めた。 「デ…デズズ…。よくも、だまして…くれたデスウゥ… オロロ…ゴボゴボ…チコ…ごめん…デ…ブゲゴ」 乾いた音が鳴り響き、テチは血を噴出して動かなくなった。 「死んじまったか。お前に渡した針を見るにだいぶ刺したみたいだなあ。 シビレ打ってたから今まで殆ど動けなかったんだよ。かわいそうなママだなあ」 「こっちも見せてやろうぜ」 翁がかなづちを取り出し、四体の石像を砕いた。 肉がはみ出て、血がほとばしる。表面がはがれて、顔がのぞく。 間違いなく、ハゲハダカにされた妹たち。今は粉々に砕け散った。 そして、笑みを浮かべながら、翁は髭と髪をむしりとった。そこにはチコの知る顔があった。 お医者様…? チコは朦朧としていることもあり、殆どわけが分からない状態だったが、事の本質だけは全て理解した。 全ての希望は絶望に変わった。自分たちは騙されていた。自分が母親を殺した。 「チャッッッッッ!!!!!!!!!!!!」 パキイィィィン じっそうゆうしゃさまは かなしみのうちに しんでしまいましたとさ
