「ふう、デス」 と、ため息とつく親実装が1匹いた。 彼女は今、自分の巣であるダンボールの中に居た。 エサはそこそこ公園へやって来る愛護派や、拾い集めている分でまかなっているし、虐待派の襲撃もない。 きれいなタオルや小箱まである、野良実装としては上位の生活環境であった。 ペットボトルがないことを除けば。 実装石の日常 ペットボトル いくら公園の噴水があるとは言え、ペットボトルのない野良実装の生活は楽ではない。 仔たちに飲み水を与えようにも、毎回毎回アキカンで汲みに行かねばならないし、貯水もできない、そもそも運べる量が違う。 体を洗うことさえままならない。 だがペットボトルを入手しようと思うと意外と難しいのが現状だ。 双葉市では分別してペットボトルを資源ごみとして回収しているが、その際は町内会の人々が当番で立っているので盗るのは困難だった。 その辺にポイ捨てする輩も滅多にいないし、自動販売機に備え付けられたゴミ箱は手が届かない。 実際に公園に住み着いたダンボール持ちの野良実装でさえ、ペットボトルを持たないものは3割程度は確認されている。 ペットボトルがない連中は空き缶やらプラスチックの容器やらで代用するものの、不自由で不衛生な環境にならざるをえない。 稀に入手した野良実装は後生大事に使うのでとても貰えるものではないし、 なんらかの交換物(コンペイトウ数粒、きれいなタオル、保存食十食分、実装服一着など)が必要なのだ。 「じゃあママは、お仕事に行ってくるデス—」 今日も仔実装たちの声を背にして、野良実装はダンボールを出てそのまま公園を抜け出す。 彼女は公園近隣のごみ捨て場へしばしば遠征し、少なくない収穫物を得ている。 もちろん様々な危険を冒してはいるが、それに見合うものがないでもない。 今日も住宅街まで出かけて、そ、と電柱の影からゴミ捨て場をのぞく。 路上に集積されたゴミ袋、ぞんざいにかけられたネット、隙間から生ゴミを引っ張り出すカラス、といつもの光景だ。 人がゴミ袋片手にやってくると、たちまちカラスが飛び去っていき、ため息混じりに市民がゴミ袋を捨てて、ネットをかけ直して去る。 左右を見ると、野良実装はゴミ捨て場目指して飛び出す。 カラスが落として路上に散った生ゴミが目当てなのだ、素早く右手で拾って左手に持つコンビニ袋へ放り込む。 迅速に、しかし可能な限りの収穫を得ると、野良実装はただちにゴミ捨て場を離れた。 欲張って滞在時間が長ければカラスや人間に襲われると言う事を、彼女は良く知っていた。 実際、彼女の行為は人間にもカラスにも知られているのだが、人間にしてみれば路上にばら撒かれた分を綺麗にしているので 目くじらを立てるほどではなく、カラスにしてもゴミ袋のほうが獲物として価値があるので、お零れくらいは気にしていない。 ************************************* 野菜の切れ端などを回収できた野良実装、無事であることもあって嬉しげだ。 住宅地を抜けようとしていると、視界になにか見えた。 「デ、デジャアアアアアア!」 4リットルの大きな長方形型のペットボトルが路上に転がっていたのだ。 驚きの余り、無用心に近寄ってみるときちんと蓋もあるし、変形などもしていない! 慌てて持とうとするが、コンビニ袋に気づく。 数瞬、ためらってから野良実装は全速力で自分の巣に駆け戻る。 「あ、ママ、お帰り」 テチ、と仔が言い終える前にコンビニ袋をダンボールの中へ放り込み、一声残してまだ飛び出していった。 「ペットボトルがあったデス!」 残された仔実装たちはざわついた。 さて親実装が走っていくと、さいわい大きなペットボトルはそのまま残されていた。 彼女が知るはずもないが、これはスーパーなどで清水を買うときに使う大型のペットボトルであった。 笑みを浮かべてペットボトルを両手で担ぐと、意気揚々と帰路に着いた。 喜びの反面、野良実装は心配した。 これほどのペットボトルだ、他の野良実装に奪われないか、猫に出くわしても身動きも取れないし、なにか起こるのではないか。 ……なにも起こらなかった。 無事に帰宅すると、5匹の仔実装と1匹の親指は大喜び。 「テチャ————————————!」 「すごいテチィ!」 「こんなにおっきいの初めてみたレチ!」 「さすがママテチ!」 「お水が飲み放題レチ!」 「お手手も洗えるテチ———」 水不足を堪えてきた姉妹、喜びを爆発させた。 少しだけ親実装は涙ぐむ。 「これからは、これでたくさん、たくさんお水が使えるデス。 髪も洗えるデス、顔も洗えるデス」 人間ほどではないにせよ、実装石も生活用水が欠かせない。 これからの生活に胸躍る一家だった。 「じゃあ、水を汲んでくるデス—」 一段落した仔実装たちを残して、親実装は噴水へ出掛けた。 ひときわ大きなペットボトルを見かけて、他の野良実装はざわついた。 自慢げに噴水の水面へペットボトルを入れて水でたっぷり満たす。 鼻歌交じりに持ち上げようとすると ……お、重い!!!! 満タンにしたものだから4kgである、野良実装にはあまりに重い重量だ。 「デ————————————————————————————————————————————ス!」 額に血管を浮かべて気合一つ、野良実装はそれを持ち上げたのは立派なものだ。 大きな蓋を閉め、そして、両手で抱えて歩き出す。 だが重い。 あまりに重い。 重たすぎた。 腕が千切れそうだし、前のめりに倒れそうだ。 その野良実装が思い浮かべたのは、これからの生活だった。 ……たっぷりの水を注いで仔の体をすすいでやろう、頭から足まで ……喉が渇いたらたっぷり飲ませてやろう ……髪を洗ってやろう、手も汚れたらすぐに洗ってやろう 後ろめたい気持ちがあったのだろうか、それだけに仔たちに良くしてやろうと言う思いは強い。 彼女は全身汗だくになりつつも、4リットルのペットボトルを見事ダンボールの前まで持ち込んだ。 ************************************* 「お水テチ! お水———————————————っ」 待望の水に歓声を上げた仔実装たちがダンボールから飛び出す。 走り寄って来る仔実装たちの姿に親実装の疲労は完全に消し飛ぶ。 「たくさんお水が入ってるレチャ!」 親実装にまとわりつき、はしゃぐ。 地面を転げまわる仔もいた。 「そんなことしたら、汚れちゃうテチ」 としっかり者の次女が言うが、親実装が笑顔でさえぎった。 「お水で洗えばいいデス—!」 「そうレチ! これからは違うレチ——」 「そうだったテチ!」 と、次女まで転げまわって家族を笑わせた。 「踊るテチ、こんな時に踊らなくて、いつ踊るテチ!」 長女が言い出して踊ると、妹たちが続いて踊りだす。 この喜びを家族は生涯忘れないであろう。 ……良かった、本当に良かった 野良実装はささやかな幸せをかみ締めている。 野良の暮らしは楽ではないが、こうして歩き回って少しづつ生活は楽になってきている。 仔も元気に育ってきた。 辛いことも多いが、これからも一家はなんとかやっていけそうだった。 そう思った刹那、親実装は握力が無くなっていたのかツルリと手を滑らせてペットボトルを落とす。 運が悪いことに、落下していくその先には踊っている仔実装たちが全員集まっていた。 「「「「「「テベテジレチャアアア!!!!!!」」」」」」 重たい一撃で押し潰れて一つの大きな肉塊になっている6匹の姿を、ペットボトルの波打つ水越しに親実装は見下ろしていた。 END
