『蒼蛆ちゃんと親指ちゃん』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ アキトシが夜遅くにバイトから帰ると、部屋からテレビの音が漏れていた。 ありゃ? テレビは消して出かけた筈なのに…… アキトシは自宅暮らしの大学生で、部屋は一軒家の二階にある。 二階にはもう一つ、去年結婚した姉が使っていた部屋があるが、音は間違いなく自分の部屋から聞こえる。 首を傾げつつ、ドアを開けると── 「…ポフー♪」 ベッドと机と本棚とAVラック……等を窮屈に並べた四畳半の、谷間のような床の上に鎮座していた。 生意気にも座布団まで敷いて。 戸口に背を向けて、テレビのお笑い番組を観ている蛆実蒼が。 「…ポフュフュフュ♪」 蛆といっても規格外れに大きくサツマイモほどのサイズはある。色でいえば、むしろ茄子というべきか。 「……おい」 アキトシは蒼蛆に後ろから近づくと、尻尾をつまんで逆さ吊りにした。 「…ポフッ!? ポフー! ポフー!」 釣り上げられたダボハゼみたいに、ぴちぴちと蒼蛆は身をよじった。 アキトシはもう一方の手で机の上に置いていた実装リンガルをつかみ、スイッチを入れる。 「コラッ蒼蟲、御主人様が汗水垂らしてバイトしてた間に、なにテメェは呑気にお笑いなんぞ観てやがる?」 『ヤメてポフ〜放してポフ〜逆さまはイヤイヤポフ〜!』 ぴちぴちと身をよじる蒼蛆の尻尾を、アキトシはお望み通りに放してやった。 空中で。 「…ポフャッ!?」 蒼蛆は床の座布団に顔面から墜落した。 数秒間、シャチホコ状態で顔面倒立を披露したのち、ぱたりと仰向けに転がって、ひくひく痙攣する。 こんな状況でもシルクハットが脱げないのが不思議だ。頭の下で潰れて、ひしゃげてるけど。 アキトシは舌打ちして、 「だいたいどうして水槽から出てやがる。オカンが出したのか? 勝手なことしやがって……」 『マスターのお帰りが遅くて寂しいでしょうってお母様がテレビつけてくれたポフ〜アイは悪くないポフ〜』 蒼蛆は仰向けにひっくり返ったまま、短い四肢をじたばたピコピコと足掻くように蠢かせながら訴えた。 アイというのはアキトシがつけた名前だ。漢字で「藍」と書く。 本当は仔実蒼を飼ったらつけてやろうと考えたのに、何の因果か役立たずの蒼蛆に命名するハメになった。 アキトシの家の近所では野良実装に庭や家の中を荒らされる被害が相次いでいた。 近くの河川敷に野良実装が大量に棲みついたせいだ。 河川の管理者は国だからというお役所的な理由で地元の自治体は積極的な駆除を行なおうとしない。 そこで自衛策として、アキトシは実蒼石を飼おうと考え、両親も賛成してくれた。 実蒼石は素直な性格でペットとしても優秀である。ただし少しばかり値段が張る。 幸いというべきか、姉の結婚相手はペットショップチェーンの若社長だった。 バイト先のキャバクラで客として来た若社長に一目惚れされたというから馴れ初めはロクでもない。 しかし夫婦仲は良好、というより旦那がアキトシの姉にベタ惚れで何でも言いなりなのだという。 そこでアキトシは姉に連絡して、躾け済みの実蒼石を手に入れてくれるように頼んだ。 旦那に言えば何とでもなる筈のことである──が、アキトシは姉がケチだという事実を忘れていた。 ケチといっても自分の洋服や持ち物には金に糸目をつけない。 結婚しても派手なファッションはキャバ嬢時代のままである。 だが、家族を含めて他人のために何かしようという考えが、姉には根本的に欠落しているのだ。 「旦那に実蒼石を用意させるのはいいけど、誰が実家に連れて行くの? 旦那は忙しいし、あたしも……」 毎日、エステ通いかヒルズやミッドタウンで散財するだけのくせに姉は協力を渋った。 「姉貴が自分で連れて来なくても、店から配達してくれるだろ。それくらい旦那に頼んでくれよ……」 アキトシが言って、ようやく姉は旦那に実蒼石を用意させることを承知した。 ところが──その二日後、アキトシの家に配達されて来たのは、仔実蒼でも成体実蒼でもない。 見るからに売れ残りのような、茄子ほどのサイズに丸々と肥え太った蛆実蒼だったのだ。 いったい姉貴は旦那にどんな頼み方をしたのだろう? そうしてアキトシに飼われることになった蒼蛆だが、野良実装対策という目的では全くの役立たずだった。 野良仔実装が入り込んだ庭に放してみると、 「…ポ、ポフー…」 「テヂャァァァッ!!」 「ポフィィィッ…!?」 たった一匹の相手に威嚇されて、あたふた逃げ出す始末。 「まだ赤ちゃんでしょ、仕方ないわよ」 アキトシの母親は蒼蛆をかばったが、すでに仔実蒼サイズまで成長しているのに赤ちゃんもないだろう。 実装シリーズではよくあることだが、生まれたときに粘膜を舐めとられるのが遅れた後天的な奇形蛆なのか。 「野良実装の対策なら戸締まりに気をつけて、庭にコロリでも撒いておけばいいでしょ。ね、アイちゃん?」 「ポフー♪」 母親は何が気に入ったのか、完全に蒼蛆の味方で、父親は無関心。 蛆の役立たずさに憤慨しているのはアキトシ一人である。 実蒼石が届いたら「藍」と名づけるつもりだと事前に家族に宣言していたのは失敗だった。 アキトシには能なしの蒼蛆など「蒼蟲」でなければ「アホ蛆」としか呼ぶつもりがない。 賢くて素直で野良実装を駆除しまくってくれる働き者の実蒼石こそ、名前を与えてやるにふさわしいのだ。 仰向けに転がったまま、じたばたピコピコもがく蒼蛆を、アキトシはもう一度、尻尾からつまみ上げた。 「…ポフィィィッ、ポフィィィッ…!」 抗うように身をよじるそいつを部屋の隅に置いた水槽に放り込む。 「…ポフュッ!?」 今度は手加減して低いところで手を放したのに、トップヘビーの蒼蛆、やっぱり顔面から水槽の底に墜落。 再びシャチホコ顔面倒立から仰向けに転がり、じたばたピコピコと、みじめたらしく四肢を蠢かせた。 『イタイポフ〜マスターひどいポフ〜ここじゃテレビが観れないポフ〜』 「やかましい!」 この期に及んでテレビの心配をしているのが腹立たしい。 『次はハリセンボンが出るポフ〜アイはハルナさんのファンなのにポフ〜角野卓造の顔芸が観たいポフ〜』 「なんつーディープな趣味しとるんだオマエ……」 『お願いポフ〜テレビ観せてポフ〜ゴハンとテレビがアイの生き甲斐ポフ〜』 「……あー、わかったわかった鬱陶しい!」 放っておくといつまでも騒いでいそうなので、アキトシは水槽をテレビの前に移動してやった。 蒼蛆が母親のお気に入りである以上、虐待して黙らせるわけにもいかない。 『わーいポフ〜マスターありがとうポフ〜、あっハリセンボン出てきたポフ〜ハルナさんポフ〜♪』 ころりとうつ伏せの姿勢に転がり起きてテレビを見上げ、「ポフュフュフュ♪」と嬉しそうに鳴いてみせる。 アキトシは、深々とため息をついた。 野良実装の駆除にも使えず、テレビを観て笑い転げるだけの無駄メシ喰らい。 御主人様のお手伝いができなくて申し訳ないと少しは思わないのか? この実装石並みの役立たず! ------------------------------------------------------------------------------------------------ 翌朝──アキトシは六時に目覚ましで起きた。 昨夜が遅かったのでツラいけど、きょうは一時限目から必修科目があって学校をサボるわけにいかない。 だが、部屋の隅に戻した水槽の中では蒼蛆が鼻ちょうちんなど作って呑気に寝入っていた。 「…スピー、スピピー、ポフー…♪」 「……起きろや、アホ蛆!」 ムカついたので水槽を蹴飛ばしてやると、蒼蛆は飛び起きて鼻ちょうちんが割れた。 「…ポフィィッ!? ポフーッ! ポフーッ!」 きょろきょろ周りを見回した蒼蛆、アキトシに水槽を蹴飛ばされたと気づいて抗議の叫びを上げる。 「やかましい、放っときゃ俺が出かけたあとまで寝てるんだろが。御主人様に朝の挨拶する気もねーのか?」 ぺちん! と、デコピンを喰らわせてやると、蒼蛆はみじめたらしく泣きだした。 「…ポフュェェェン、ポフュェェェン…!」 「文句があるなら出て行くか? いつでも公園に捨ててやるぞ、役立たず!」 アキトシは言い捨て、みじめに泣きじゃくる蒼蛆をあとに残して部屋を出た。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ アキトシの大学までは片道二時間かかる。 本当は下宿したかったが、そんな金は出せんと親に却下された。 必修科目がなければサボっているところだ。 もっとも、講義に出ても出欠をとり終わったら寝ているだけだが。 講義が終わって、次の時限は必修ではないので、朝食も抜いたし早めに昼メシにするかと学食へ向かう。 すると、学食棟の前で珍しい光景に出くわした。 「…デェェェェェッ!!」「…テヂャァァァッ!?」「…テッチ!! テッチ!!」 「…ボクゥゥゥッ!!」「…ポクッ!! ポクッ!!」 どこから構内に入り込んだのか、薄汚れた野良の成体実装と仔実装二匹が生ゴミを抱えて逃げ回っている。 学食の残飯を漁ったのだろう。エビフライの尻尾や魚の干物の頭など、野良にとっては大層なご馳走だ。 追いかけているのは大学で飼われている実蒼石の親仔、マリンとコバルトだった。 普段はキャンパスの掃除や植木の手入れを手伝っている利口者である。 ジャキンッと、マリンがシルクハットから鋏を取り出した。 チャキンッと、コバルトも鋏を構える。 「デッ…デェェェッ!!」 鋏の音が聞こえたか、走りながら後ろを振り向いて悲鳴を上げる成体実装。 おいおい、よそ見してる場合じゃないだろと思っていたら、小石にでもつまずいたのか成体実装が転んだ。 「…デベッ!?」「…レヂョッ!?」 弾みで抱えていた生ゴミが散らばり、気づかなかったが一緒に抱えていたらしい親指実装も地面に転がる。 「…テチャァァァッ!!」「…テェェェェェン!!」 倒れ込んだ成体実装にすがりつく二匹の仔実装。見捨てて逃げようとは思わないのか。 野良にしては愛情深い家族のようだが、所詮は衛生害蟲。 「ボクゥゥゥッ!!」 追いついたマリンの鋏が一閃、二閃。二匹の仔実装の首が地面に転がった。 さらに、 「デジャァァァッ!!」 眼の前で我が仔を惨殺され、血涙を流して泣き喚く成体実装の左眼に鋏が突き立つ! 「デヂョォォォッ!?」 緑の左眼が血で赤く染まった……途端、もりもりと成体実装のパンツが膨らんで、おなじみの産声。 「「「「「…テッテレー♪」」」」」 強制妊娠モードに入った母体から蛆が生まれ始めたのだ。 だが、それも次の瞬間で終わった。 「…ボクッ!!」「デギョッ!?」 マリンの鋏が額に突き刺さり、偽石を砕かれたらしい成体実装は、残った右眼を白濁させて倒れ臥した。 さらにマリンは成体実装の股間にもパンツ越しに鋏を突き立て、生まれたての蛆どもを葬り去る。 「「「「「…レピャッ!?」」」」」 しかし、まだ全てが片づいてはいない。 「…レェェェェェン!!」 立ち上がった親指実装が成体実装に駆け寄った。 「…レチィッ! レチィッ! レェェェン、レェェェン…!」 もはや物言わぬ成体実装の血まみれの顔を、ぺちぺち叩いて泣きじゃくる。 そこに静かに歩み寄る仔実蒼のコバルト。 「…レ…!?」 気配に気づいたのか振り向いた親指実装は、 「…レ…レ…」 恐怖のあまり、もりもりと脱糞してパンツを膨らませつつ、悲しくも卑しい本能に従って、 「…レッチューン♪」 コバルトに向かって、媚びた! その次の瞬間、親指実装の首は地面に転がっていた。 「──おおっ!」 周りで見ていた学生たちから拍手が沸き起こった。野良実装の害は皆が知っていることだ。 「…ボクゥ♪」「…ポクゥ♪」 照れくさそうな様子で頭を下げるマリンとコバルトの親仔。 ──これだ! と、アキトシは思った。 実蒼石は相手がちっぽけな親指実装であろうとも容赦なく鉄槌……ならぬ鉄鋏を振るい、その命を絶つ。 それが実蒼石の偽石に刻まれた──コバルトみたいな仔実蒼にも当然の如く備わった本能だ。 我が家の飼い蒼蛆には、それが欠落しているように思われる。 しかし考えてみれば、大きさだけは仔実蒼並みでも、手も足も生えていない不格好な蛆である。 いきなり自分と同じサイズの野良仔実装を狩れと言うほうが無理があったのだろう。 ところが親指実装ならどうか。たとえ相手が刃向かってきても、チリぃ親指に力負けはしない筈だ。 まずは確実に勝てる喧嘩を経験させて、蒼蛆の狩人としての本能を目覚めさせてやろう。 うまく仕込めば仔実装が相手でも負けないくらいになるだろう。 成体を威嚇して追い散らすこともできるようになるんじゃないか? 必修科目の講義が終わったら、さっそく生贄となる親指実装を調達に行こう! この際、バイトは休ませてもらおう。朝が早くてツラいってのもあるし…… ------------------------------------------------------------------------------------------------ 大学帰りに地元のショッピングセンターのペット用品コーナーに立ち寄った。 姉の旦那の会社の系列店も地元にあるが、車で行かないと不便な場所だ。 安価な親指実装くらいならショッピングセンターで手に入る。 もっと安上がりなのは野良の親指を捕まえることだが、不潔なのでヤメにしておいた。 「…レッチューン♪」「…レチィッ♪ レチィッ♪」「…レリューン♪」 蒼蛆の闘争本能を刺激するよう、できるだけ糞蟲な個体を選ぼうと親指実装のショーケースを覗く。 しかし頭の悪さはどれも同じようで、揃いも揃ってアキトシに媚びてくる。 悩むほどのことでもないので店員を呼んで、一番手前にいた一匹を指差して購入したい旨を告げた。 サービス品の虫カゴに入れられた親指実装は、アキトシの家までの道中、ご機嫌な様子だった。 「…レッチロチー♪ レッチロチー♪」 全ての実装石が本能的に憧れる飼い実装に、とうとう自分も選ばれたのだ。 店で売られていたときは与えられなかったコンペイトウも飼い実装になれば食べさせてもらえるだろう。 もしかしたらお寿司やステーキだって食べ放題かも。 リンガルは起動していないものの、親指実装がそんな浅ましい考えでいることは容易に想像できる。 何しろ高級躾け済などではない、ショッピングセンターで売られていた安物である。 家に着いたアキトシは、さっそく蒼蛆に親指実装を引き合わせることにした。 「…ポフュフュフュフュ♪」 またしてもテレビの前で座布団に鎮座していた蒼蛆、アキトシの帰宅に気づき、ぎくりとして振り向いた。 「…ポ、ポフューン♪」 また痛い目に遭わされると思ったか、実装石さながらに媚びるように笑ってみせた蒼蛆。 アキトシは反射的に蹴り飛ばしそうになったが、自分を抑えて笑顔を作り、蒼蛆を抱き上げて水槽へ移す。 「…ポフュ?」 怪訝な様子の蒼蛆の眼の前に、虫カゴから親指実装をつかみ出して置いてやった。 「…レッ!?」 「…ポフ?」 一瞬、凍りついた様子で見つめ合う親指実装と蒼蛆。 「…レ…レヂャァァァッ!?」 親指実装は悲鳴を上げて、ぶりぶりとパンコンやらかした。うわあ、あとで水槽を掃除しなきゃ…… そして一方の蒼蛆は、 「…ポフュン♪」 なんと親指実装に向かって、にっこり微笑みかけた! 「…ポフーン♪ ポフーン♪」 「…レ……レッ…?」 「ポフュポフュ♪」 怪訝な様子の親指実装、しかし蒼蛆に敵意がないと理解して、おどおどしながらも、 「レ……レッチューン♪」 蒼蛆に向かって、媚びた! 「ポフュフュフュフュ♪」 「レッチューン♪ レッチューン♪」 すっかり仲良し状態で笑い合う蒼蛆と親指実装に、アキトシは呆れ果ててながらリンガルを起動して、 「こらアホ蛆、いったいどういうつもりだ? なんで親指蟲とお友達になってんだ?」 『だって親指ちゃんはマスターが連れて来たポフ♪ 新しく飼われるならアイの仲間ポフ♪』 『レッチューン♪ ワタチは飼い実装レチ♪ アイちゃんとはお仲間レチィ♪』 『マスターは親指ちゃんに何てお名前をつけてあげるポフ?』 『可愛いお名前くださいレチィ♪』 きらきら眼を輝かせて期待いっぱいで訊ねる蒼蛆と親指実装に、アキトシは頭痛を感じながら言ってやった。 「……チリぃからチリトマト」 「…ポフュ?」「…レ?」 凍りついたように動きを止める蒼蛆と親指実装。 『マスターそれはあんまりポフ〜愛情が感じられないお名前ポフ〜』 蒼蛆は自分のことのように涙ぐんだ。すると親指実装が、 『アイちゃん大丈夫レチ、ワタチはトマトは大好きレチ、食べたことはないけど赤くて美味しそうレチ』 『でもチリぃなんてヒドいポフ〜親指ちゃんは小さいから可愛いのにポフ〜』 『チリはスパイスのお名前レチ、小粒でピリリと辛いレチ、食べたことはないけど聞いたことあるレチ』 『親指ちゃんはいい仔ポフ〜イジワルなマスターに少しは見習わせたいポフ〜』 アキトシは頭痛に加えて目眩まで覚え始めた。 眼の前で展開している、この茶番劇は何なのだ? 何のためにバイトを休んでまで親指実装を買って来たのか。 ……いや待て、落ち着け。 蒼蛆と親指に友情が芽生えたのであれば、逆にそれを利用してやればいい。 そもそも蒼蛆に狩らせたいのは野良実装だ。そして野良は飼い実装に敵意を抱いている。 ならば野良実装をけしかけて親指を襲わせたらどうだろう? お友達を守るための戦いに、否が応でも蒼蛆を引きずり込むのだ! ------------------------------------------------------------------------------------------------ 翌日は幸いにも必修科目がなく、アキトシは蒼蛆と親指を虫カゴに入れて近くの河川敷まで出かけた。 『久しぶりのお散歩ポフ〜お天気で嬉しいポフ〜♪』 『アイちゃんと一緒ならトマトは雨でも平気レチ♪』 親指はチリを省いてトマトを自称するようになった。 いっそ名前にふさわしく両眼をトマトと同じに赤く染めてやろうかと思うが、ここは我慢。 河川敷の草むらで蒼蛆と親指を虫カゴから出した。周りにいくらか実装糞が転がってるのは仕方がない。 「さあ、遊んでおいで」 『ポフ〜ン♪ トマトちゃん、四つ葉のクローバー探すポフ〜幸せになれるポフ〜♪』 『一緒に探すレチィッ♪』 はしゃいでいる割には、ひょこひょこヨチヨチと、もどかしい歩みで草の上を進み始める二匹。 親指はともかく蒼蛆も警戒心なさすぎである。 周りに転がる実装糞で野良実装の存在に気づかないのか? もちろん、アキトシにとっては好都合だが。 アキトシは堤の上まで引き返し、離れた場所から蒼蛆たちを見守ることにした。 チリぃ親指実装の姿は緑の草むらに溶け込んで見分けがつかないが、茄子色の蒼蛆はよく目立っている。 それは野良実装どもから見ても同様だろう。親指の存在にも匂いで気づいているかもしれない。 果たして── 姿を現した大小の野良実装ども、周囲の背の高い草の陰から、蒼蛆と親指の様子を窺い始めた。 敵意の込められた視線に蒼蛆たちは全く気づかず、ポフポフレチレチ楽しそうに歩き回っている。 宣言通りに四つ葉のクローバーを探しているのか。平和ボケした奴らだ。 ついでにいえば野良実装どもも、堤の上から人間が自分たちを観察していることに気づいていないらしい。 こ奴らも警戒心欠如である。 もっとも、その間抜けさが実装石なのだが。 『……蒼い蛆デッスーン♪ 蒼どもへの日頃の怨みを込めて喰ってやるデッスーン♪』 ついに野良成体の一匹が草の陰から飛び出した。 つられるように他の野良どもも、次々と駆け出す。 『親指も頂くデッスーン♪ 生意気にも小綺麗な飼い実装デッスーン♪ 栄養満点デッスーン♪』 『チプププ……ワタチの高貴な胃袋に収めてやるテチィ♪』 蒼蛆と親指は悲鳴を上げた。 『ポフィィィッ!? トマトちゃん逃げるポフゥゥゥッ!!』 『アイチャァァァッ!?』 ポフポフレチレチと逃げ出す蒼蛆たち。 だが、足の遅さはいままで歩き回っていたときと変わらない。 成体実装だって大したスピードではないが歩幅が違う。たちまち周りを取り囲まれた。 『ポフュェェェン〜! マスター助けてポフュ〜!』 「戦え! アイ!」 泣き叫ぶ蒼蛆に、アキトシは叫び返す。 いちおう、いつでも助けられるように歩いて近づいて行きながら。 『無理ポフュ〜アイは蛆ちゃんポフュ〜おててもあんよもナイナイポ……ポフュァァァッ!?』 『レヂャァァァッ!?』 蒼蛆が泣きごとを言ってる間に、親指が成体野良に捕まった。 『デプププ……飼い親指の踊り喰いデッスーン♪ いただきますデッスーン♪』 あんぐり開けた大口からヨダレを垂らしながら、成体野良が親指を丸呑みしようとする。 『トマトちゃんッ!? ポッ……ポフュワァァァン!!』 蒼蛆が絶叫した途端。 ぱたりとシルクハットが後ろに倒れ、下から現れた金色の鋏が、蒼蛆の眼の前に落ちた。 蒼蛆は小さな前肢で鋏を抱え上げると、やはり小さな後肢で立ち上がるように、ぐいっと身体を反らす。 その間にシルクハットは元に戻っている。 バネ仕掛け?? 『ポフュェェェン! トマトちゃんを放せポフュ〜!』 ととととと、と、鋏を構えた蒼蛆が後肢の二足歩行で、成体野良に向かって突進した。 這うより全然速いじゃん!? やれば出来る仔!? アキトシは眼を丸くする。 ずぶり! と、鋏が成体野良の腹に突き立った。 『……デッ……デェェェッ!? 何じゃこりゃデッスーン!?』 自分の身体に深々と突き刺さった鋏を見下ろし、愕然とする成体野良。 その手から親指実装が、ぽろりと落ちる。勿体ぶって早く喰わないからだが。 「レッ…レヂャァァァッ!?」 地面に叩きつけられる寸前の親指実装の真下に、鋏を手放した蒼蛆が滑り込む! ぽむっ、と、緊張感の欠ける音がして親指実装は蒼蛆の背に軟着陸した。 『……アイちゃんッ!?』 『トマトちゃん! アイのお帽子に掴まるポフ!』 蒼蛆は親指実装をおんぶした格好で、再び後肢の二本足で立ち上がった。 一方、腹に鋏が刺さった成体野良は、 『デギョォォォッ!? イタイイタイデッスーン!?』 その場にひっくり返り、じたばたと手足を振り回して、のたうつ。 『デェェェッ!? こいつタダの蛆じゃねえデス!』 『だから蒼いヤツには関わらないほうが身のためデス! 賢いワタシは知ってるデス!』 周りの野良実装どもは後ずさりした。 こうなると「協力」とか「連携」なんて概念を持ち合わせていない野良実装は脆い。 『デプププ……逃げるが勝ちデッスーン!』 最初に一匹が逃げ出すと、ほかの野良どもも、わらわらと散り始めた。 『きょうはこのくらいで勘弁してやるデッスーン!』 『おととい来やがれテチィ……!』 腹に鋏が突き立ったまま取り残された成体野良は悲鳴のように叫ぶ。 『ま……待つデス! 置いてきぼりは許さんデスッ! イタイイタイデス! 誰か助けろデスゥッ……!』 蒼蛆は親指を背負ったまま、とてとてとそいつに近づいて行き、両前肢で鋏をつかんで引っこ抜いた。 『トマトちゃんを食べようとした報いポフ! これでトドメポフッ!』 だが再び成体野良に鋏を突き刺す寸前、アキトシは後ろからを蒼蛆を抱き上げた。 「もういいぞ、アイ」 「ポフ…?」「レッ…?」 アキトシは蒼蛆と親指を抱いたまま成体野良を蹴り飛ばした。 「…デギャァッ!?」 派手な悲鳴を上げる成体野良を、アキトシは川岸へ向かって蹴り転がしていく。 「…デギョォッ!? …デベェッ!? …デヂョァッ!?」 成体野良へのトドメを蒼蛆に任せきりにして、 「マスターは何もしてくれなかったポフ〜」 などと思わせるのは今後の躾けのために良くないと思ったのだ。 自分よりも大きな成体野良に立ち向かっていったことで今回は充分と考えるべきだろう。 『……デギャァッ!? やめるデスッ蹴るなデスッ! おなかも身体もイタイイタイデスッ!?』 成体野良は喚きたてる。 『蒼蛆も飼い主のオマエも無礼者デスッ! 謝罪と賠償を要求するデ……イタイイタイ蹴らないでデスッ!?』 アキトシはリンガルのログに眼をやったが、成体野良のテンプレ糞蟲ぶりを再確認させられただけだった。 これなら情けも容赦も無用だろう。アキトシは川に向かって成体野良を思いきり蹴り飛ばした。 「…デギョェェェッ!?」 尻から糞を、腹から体液を、両眼から血涙を撒き散らしながら吹っ飛んだ成体野良は、 ──ばしゃん! 川の中に落ちて、ばしゃばしゃと暴れもがいた。 「…デブェッ!? …デェェェッ!? …デボゴブォァァァッ!?」 締まりのない口を開けて泣き喚きながら暴れまくるおかげで、がぼがぼと余計に水を飲んでいる。 たちまち成体野良の身体は沈んでいき、 「…デッ…デブォゴブェゴボバブォ……!」 みじめたらしく喚きながら水面の下に消えた。 「…ポッ…ポフュェェェェェン!!」 その途端、蒼蛆が泣き出した。 『怖かったポフ〜マスターひどいポフ〜どうしてすぐに助けてくれなかったポフ〜!』 『レェェェン、怖かったレチィ、アイちゃんが助けてくれなかったらトマトは食べられてたレチィ……!』 親指実装までつられたように泣き出して、アキトシは苦笑いしながら、 「わりぃわりぃ、小僧寿司おごるから勘弁な」 『……レッ!? お寿司レチ!?』『……ポフュッ!? ご馳走ポフ!?』 蒼蛆と親指は一発で泣き止んだ。 『……わーいポフ♪ お寿司ポフ♪ トマトちゃんはお寿司食べたことあるポフ?』 『初めてレチィ、嬉しいレチィ♪ ご主人様ありがとうレチィ♪』 「まあ、悪い野良実装をやっつけたご褒美だ」 アキトシは苦笑いで、 「その代わりにアイ、またトマトがピンチになったら助けてやるんだぞ」 そうなると寿司がお詫びかご褒美か交換条件なのかわからないが、蒼蛆は嬉しさで頭がいっぱいらしく、 『もちろんポフ♪ トマトちゃんはアイの大事なお友達ポフ♪ 絶対に守るポフ♪』 『ありがとうレチィ♪ トマトはアイちゃんとお友達になれて幸せレチィ♪』 「よし、それじゃ小僧寿司を買って帰るか」 親指実装をダシに使って蒼蛆を闘わせる計画は成功である。アキトシは、大いに満足だった。 ──ところで、アキトシが蒼蛆と親指を連れて河川敷を離れたあと、 (……デェェェッ、蒼いのとニンゲンは帰ったデス?) (蒼蛆に刺されたヤツは川に沈められたデス、バカなヤツデス、蒼いのに関わるからデス) (アイツの仔どもたちは親を失って可哀想デス、ワタシが引き取ってやるデス) (とか言って晩ゴハンにするつもりデス? 独り占めは許さんデス) (デプププ……早いモノ勝ちデッスーン♪) 「「「「…テッ…テヂャァァァッ!?」」」」 親を喪った仔実装を巡って野良実装どもの間で争奪戦が繰り広げられたのは、彼の預かり知らぬ話である。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ その週の土曜日。 アキトシがバイトの出勤まで時間があるので、のんびり朝食を食べていると、玄関のチャイムが鳴った。 「……はーい」 玄関へ行ってドアを開けると、姉のトシコがいた。 大きなスーツケースを携えている。 「……姉貴、どうしたの? まさか旦那と喧嘩して家を出て来たのかよ」 「それなら旦那のほうを追い出すわよ。あいつは出張で、あたしは地元で同窓会だから帰って来たの」 アキトシにスーツケースを押しつけながらトシコは答える。 荷物を運べということだろう。 「今夜こっちに泊まるから。といっても夜は同窓会だからゴハンはいらない、寝るだけね。ママは?」 「庭で花壇の手入れ、蒼蛆と一緒に」 アキトシが答えて言うと、トシコは眉をしかめて訊き返す。 「……はあっ? ウジ?」 「蛆実蒼だよ、姉貴が旦那の会社から送らせた」 「蛆なんて知らないわよ。あんたが実蒼石が欲しいって言うから、あたしはそのまま旦那に頼んだの」 そこに蒼蛆と親指を抱えて母親が現れた。 「あらトシコ、どうしたの? アイちゃんトマトちゃん、お姉さんに会うの初めてよね、ご挨拶して」 「…ポフューン♪」「…レッチューン♪」 母親の腕の中で媚びてみせる蒼蛆と親指を、トシコは鼻で笑った。 「うわっ、キモッ! 何そのキモいの、庭に入り込んだ野良?」 「…ポフュ?」「…レッ!?」 「ちょっとトシコ、なんてこと言うの! アイちゃんたちが可哀想でしょ!」 怒る母親に、トシコは莫迦にしたように笑って、 「だって蒼い蛆なんてありえないでしょ。おまけに親指? いまどき飼ってるバカいないって実装石なんて」 「…ポフュェェェン…!」「…レェェェン、レェェェン…!」 蒼蛆と親指は泣き出した。 アキトシは見かねて、 「その蒼蛆は姉貴が送らせたんだろ、旦那の会社から」 「だから蛆なんて知らないってば。それより旦那が送った実蒼石はどこ? キモ蛆と親指を駆除させるから」 「…ポフュェェェッ!?」「…レェェェッ…!?」 蒼蛆たちは震え上がった。親指は母親に抱かれたまま、ぷりぷりとパンコンまでしている。 アキトシは姉の鈍さに頭痛を感じながら、言ってやった。 「だから、姉貴の旦那の会社から送られて来たのが、その蒼蛆なんだってば」 「……はあっ!?」 トシコは呆れきった顔をした。 「何それ? あたし、ちゃんと仔実蒼を頼んだわよ、緑じゃなくて蒼いほうのジッソーだって」 「知らねーよ、旦那に聞いてくれ」 「…………」 トシコは携帯を引っぱり出して、電話をかけた。 「……あたしだけど。前にウチの実家に仔実蒼を送ってもらったでしょ? あれ、違うの届いてるけど」 「…ポフュェェェン、ポフュェェェン…」「…レェェェン、レェェェン…」 「よしよし、泣かないで。アイちゃんとトマトちゃんがいい仔だってことはママが知ってるから」 泣きじゃくる蒼蛆たちを母親は宥めている。 親指がパンコンしているのに嫌な顔もしないのだから、大した愛護派だとアキトシは呆れてしまう。 「……はあっ? いま新幹線に乗るところ? 知ったこっちゃないわよ、そんなこと!」 トシコは電話の相手──間違いなく旦那──を怒鳴りつけた。 「いますぐ代わりの仔実蒼を用意して、あたしの実家まで来なさい、いいわね!」 『……ちょっ、ちょっと待ってトシコちゃん……!』 電話の向こうの旦那の悲鳴がアキトシにも聞こえたが、トシコは構わず電話を切った。 「いまから旦那に、ちゃんとした実蒼石を連れて来させるから」 「はあ……」 「…………」 アキトシと母親は呆れ果てて顔を見合わせた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 居間に通されたトシコの旦那──虹浦は、アキトシと母親に向かって土下座してみせた。 「……申し訳ありませんでしたッ!」 彼の説明では、アキトシの家に届いた蒼蛆は、本来は蛆実装マニアの客が購入したものだったという。 蛆を受けとる筈が仔実蒼が届いた客からクレームが来て、店側は商品を取り違えたことに気づいた。 同じ日に仔実蒼を届ける筈だった配送先は三件。 その時点で店側は、仔実蒼を注文した客全員に連絡して、蒼蛆が届いていないか確認するべきだった。 しかし、三件のうち二件は無関係である。 配送担当者は、そう考えて客への連絡を怠った。 関係のない二件の客にまで店の失敗を知らせることはない 蛆が届いて文句があれば、客のほうから言ってくるだろうと決めつけたのだ。 その客というのが社長夫人の実家であることを配送担当者は知らなかった。 そして報告が社長まで上がらなかったので、きょうまで虹浦は配送ミスを知らなかったという。 「お母様、弟様には本当にお詫びのしようもありませんッ!」 若ハゲの虹浦は広いおでこを汗でテカらせながら、ひたすら頭を下げた。 「もちろん代わりの仔実蒼は用意させて頂きましたッ! 私どもの店では最高級の血統書付きですッ!」 虹浦は携えて来たキャリーケージをアキトシたちに示してみせる。 「これだけでお赦し頂けるとは思っておりませんがッ、どうかッ、どうかお収め下さいッ!」 「……旦那がここまで謝ってるんだし、赦してやればあ?」 横に座って他人事みたいに煙草をふかしながらトシコが言った。 「あとは、あたしからキツくお仕置きしておくし」 「ハハハ、そんなトシコちゃん、お仕置きなんて……ハハハ、お手柔らかに……」 引きつった笑みを見せる虹浦の様子に、アキトシは彼とトシコとの関係が理解できたように思う。 「……どうするの、アキトシ?」 蒼蛆と親指実装を抱いた母親が訊ねた。 親指は脱糞したパンツを替えさせてあるが、蒼蛆ともども不安げで、いまにも再び漏らしてしまいそうだ。 「……新しい仔実蒼を見せてもらえますか」 アキトシは言った。 「……ああッ、はいッ、喜んでッ!」 ほっとした様子で虹浦はケージの蓋を開けた。今度の商品には自信があるのだろう。 アキトシは虹浦から仔実蒼を受けとった。 人化実蒼と見紛うほど綺麗な顔立ちの仔実蒼だった。 アキトシに抱かれて人形のように大人しくしているが、眼が合うと、にっこり微笑んでみせる。 「…ポクゥ♪」 「……こいつを貰っていいんですね?」 アキトシが念を押すと、虹浦は救われたように満面の笑みになった。 「はいッ! 弟様のお気に召して頂けましたでしょうかッ!?」 「待ちなさいよアキトシ、アイちゃんはどうするの?」 母親が眉をひそめて言うと、トシコが、 「当然、返品でしょ。もともと他の客が買う筈だったんだし」 「はいッ、喜んで引き取らせて頂きますッ!」 虹浦が答えて言うと、蒼蛆と親指は泣き出した。 「…ポフュェェェン…!」「…レェェェン、レェェェン…!」 「うるさいわね、だから実装シリーズは嫌いなのよ。バカのくせに言葉だけ通じてるんだから」 トシコがしかめ面で言って、煙草の煙を吐く。 アキトシは言った。 「……蒼蛆も、そのままウチで飼っていいですか?」 「…ポフュ?」「…レッ!?」 「最初に蛆を買った客には代わりの商品を渡すか返金するかで、とっくに話がついてるんでしょう?」 「ええ……まあ、それはそうですが……」 曖昧に頷く虹浦に、アキトシは苦い顔で、 「ロクな客じゃないでしょうけどね、わざと蛆の姿で生ませた実蒼石を欲しがるなんて」 「ちょっとアキトシ、わざと生ませたって……?」 驚いて訊ねる母親に、アキトシは頷いて、 「仔実蒼サイズの蛆なんて普通に生まれて来るモノじゃない。たぶん客の注文で、わざと蛆の姿にしたんだ」 「何で蛆みたいな役立たずを欲しがるの? 普通に実蒼石を飼えばいいじゃん」 トシコが呆れたように言って、アキトシは肩をすくめ、 「虐待目的だろ。本来は働き者の実蒼石を蛆の姿で生まれさせて、手も足も出ない様子を嘲笑うんだ」 「まあ酷い……そんな」 「ポフュェェェ…」「レェェェ…」 母親も、蒼蛆と親指もショックを受けたようだ。 「そちらも商売ですし、虐待派に実装シリーズを売ることをとやかく言うつもりはないです」 アキトシは虹浦に言った。 「だいたい、うちの蒼蛆──アイはテレビ好きのグータラで、僕自身も何度か手荒く扱いましたし」 でも……と、アキトシは言葉を続けて、 「最近は鋏の扱いを覚えて、少しずつ使いモノになってきたんです。だから思ったんですけど……」 アキトシは仔実蒼を床に下ろし、代わりに母親から蒼蛆を受けとって抱き上げた。 「こいつだって蛆じゃなくて普通の仔実蒼に生まれていたら、もっと利口な働き者に育ったかもしれない」 「ポフュゥゥゥ…!」 アキトシに頭を撫でられたが蒼蛆は不満げだ。いまでも充分に利口だと言いたいのだろう。 「だから、アイは返しません。縁があってウチの飼い実蒼になったんです。それで了解してください」 「……まあ、そう言ってるんだし、それでいいでしょ」 トシコが投げやりに言って、煙草を灰皿で揉み消した。 「旦那も文句ないわよね?」 「はいッ、ええッ、僕はもう、お母様と弟様のお赦しを頂けるのであればッ……!」 「ポフュ…」 アキトシに抱かれている蒼蛆が、もぞもぞと身じろぎした。 仔実蒼のほうを見ながら、何やら訴えるように鳴いてみせる。 「…ポフー、ポフー…」 「……ん? なんだオマエ、新しいお仲間に挨拶したいのか?」 アキトシは蒼蛆を床に下ろしてやった。 母親も親指を床に下ろすと、二匹はポフポフレチレチと、仔実蒼の前まで歩いて行く。 そして、にっこりと相手に笑いかけると、揃って媚びてみせた。 「…ポフューン♪」「…レッチューン♪」 すると仔実蒼のほうは、にっこりと笑顔を返し、ぺこりと頭を下げてみせる。 「…ポクゥ♪」 「…ポフューン♪ ポフューン♪」「…レッチューン♪ レッチューン♪」 「よかったわ、すっかり仲良しになったみたい」 母親が安心したように言って、アキトシは苦笑いで頷く。 「まあ……躾け済の実蒼石なら、ほかのペットと上手につき合えて当然だけど」 それでも躾けのレベルが低い実蒼石では、飼い実装とはいえ媚びる姿を見たら襲いかかっているだろう。 最高級クラスの躾け済だと虹浦が言ったのは嘘ではないらしい。 「…ポフー♪ ポフー♪」「…レチィッ♪ レチィッ♪」 蒼蛆と親指がアキトシを振り返り、にこにこしながら何やら言った。 「……ん? なんだオマエたち?」 「はいッ、リンガルがございますので、よろしければお使いくださいッ!」 虹浦が差し出したリンガルを受けとって、アキトシは蒼蛆たちに向ける。 蒼蛆と親指は、こう言っていた。 『仔実蒼ちゃんのお名前は何にするポフ?』 『アイちゃんやトマトみたいな可愛いお名前をつけてあげてほしいレチ♪』 「……名前か、そうだな……」 アキトシは苦笑いしながら、考えを巡らせる。 すでに蒼蛆に与えてしまった「藍」に代わる、仔実蒼にふさわしい名前はないものかと—— ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【終わり】
