虐待らしい虐待もなく、愛護らしい愛護もない。 ただ漫然とした日常の一端。 ------------------------------------------------------------------------------ と、暮らせば。—限定モデル編— ------------------------------------------------------------------------------ デシャアァァと威嚇する背中を反射的に踏み付ける。 デベッと短く鳴いて痛みを訴えたが、もう一度威嚇の声をあげた。 「こりないね、お前は」 これで何回目かの行為に、少しばかり飽きがきていた。 テレビに喧嘩を売る実装石を足蹴にしつつ、携帯もいじりながら、 横目でテレビ番組をみるのは今や習慣になっているのだ。 テレビを、ながら見になってしまったは、近ごろはすぐコマーシャルに切り替わるし、 見逃しても明けには同じとこから放送するのだから充分だと思う。 ただ別に地上波放送映画の場合を除いて、コマーシャルを見るのはイヤではない。 この数年は特にシリーズものや何パターンにも分かれたもののように、 趣向をこらしたものもあって商品よりもなかなか興味深いのだ。 今一番楽しみなのは、某携帯会社の犬のお父さんシリーズである。 話の構成、各キャラクター、そして中の人の演技などの絶妙なバランスがいいのだ。 後二年は続いて欲しいと思う。 それよりも気になっているのは、 携帯つながりになるが国内有数の電機メーカーのNISHISHIBAである。 つい先日機種変更したのがこのNISHISHIBA製だからとか、 家の実装石がこのCMを見る度うるさいから、という理由だけではない。 ある業界大手と提携し、この冬限定モデルを発表したからだ。 不況の現在、一定の需要がある業界とはいえ、随分と冒険するものだと思う。 誰が言ったか忘れたが、 ネタに行き詰まった時は"子供"か"動物"を使え、という言葉がある。 人間、いや日本人はなんだかんだでそういうものに弱いのだと思う。 前出のお父さん犬、うるうるチワワ、直立するレッサーパンダ、 たっぷりタラコのペア、人面金魚の歌などなんらかの社会現象を起こしているのだ。 その二つの要素がある世界名作劇場「フランダースの犬」なんかいい見本かもしれない。 悲劇の主人公がもし年端のいかない少年ではなく、 とうの立った青年だったら、あそこまでの感動はなかったかもしれない。 もしそうだったら、いっそあの村を出て町に働きに出りゃよかったのに、 と変に冷めた目で見てしまう気がする。 せめてジャンバルジャンを見習え、這い上がれのし上がれ、 そして幼女を保護するくらいの気概をみせろ、とだ。 それはともかく、要するに、NISHISHIBAはその手を使ったわけである。 "子供"と"動物"を兼ね備えた存在が、この世にいるのだ。 それを使わない手はないということらしい。 それが今話題になっているのが、NISHISHIBAとローゼン社のコラボレート携帯、 「Regenbogen(レーゲンボーゲン)」シリーズである。 レーゲンボーゲンとはドイツ語で虹を意味するという。 ちなみに最初そのレーゲンボーゲンという響きで、 なんだかレディボーゲンが食べたくなって、 コンビニまで走ったのはうちの実装石だけが知っている。 ---------------------------------------- さて、ローゼン社といえば"実装シリーズ"専門の有名ブランドであり、 世界でのシェアは随一である。 提携を持ち掛けたのはNISHISHIBAなのか、ローゼン社なのかはともかく、 遅い隆盛期を迎えた実装産業には開拓の余地があるようだ。 その肝心のコラボ携帯の宣伝だが、予告編の時は一般向けにお洒落系だった。 一瞬化粧品か何かのCMかと見間違えそうになるくらいのだ。 そのままの路線でいくかと思いきや、本編はいたってほのぼのとしていた。 実装燈編は鶴の恩返し、実装紅編は赤頭巾、 実装雛編は白雪姫、実装金編はアリババ、 雪華実装編は娘道成寺、 などと童話やら昔話をモチーフにし、現代版アレンジを加えてたものである。 もし、あの時携帯、正確には手元にリンガルがあったら、というのがテーマのようだ。 なんだかんだで様子を見に出戻る鶴とか、狼とタメ張る闘いをする赤頭巾とか、 食い意地のはった白雪姫とか、それぞれの特徴が生かされていたように思う。 それに対応する男なり王子なりの人間も、疲れたフリーターだったり、 獣害に悩む農家だったり、獣医だったりと置き換えてある。 さて、このCMシリーズなのだが、残りのパターンは、 実蒼石と実翠石によるヘンゼルとグレーテルだ。 実装石ではなく、実翠石とである。 外見の類似点もないわけではないが、実装石と実翠石は全く別の存在だったりするやつだ。 この実翠石と実装石、似て非なるものだからこそか仲が悪い。 実際には実装石が勝手に実翠石を嫌っているだけで、 実翠石自体は徹底無視をしているのだ。 この実翠石がテレビや雑誌の表紙に登場する度に、うちの実装石は激しく威嚇するのである。 しかし、その声を拾っていた実装リンガルのログには、解析不能と表示されていた。 近所の飼い実装石も似たような反応を示すと聞いたので、 専門書で調べてみると偽石の拒絶反応が起きているらしい。 実装石の内どのような個体であっても、似て非なるものへの嫉妬、憎悪、 絶望など入り交じったものが沸き起こり、威嚇行動に繋がるのだという。 しかし、それ以上の、例えば糞投げなどの攻撃行動までは至らず、 ただ威嚇するだけなのだという。 実装シリーズの本能や生命、そして記憶を司る偽石は未だ未解析のままで、 何故そこまでなのかは未だはっきりと解明されていない。 そもそも実装石と実翠石とは、外見からしてまず違うというのに、 何故か勘違いする人も多く、両種を比べるとそのあまりの差に愕然とするらしいのである。 らしい、というのはそもそも実装石や実蒼石以外の実装シリーズなんて、 一般人は普段あまりお目にかかれない珍種だからだ。 ただ珍種といっても、Y県I市の白蛇くらいの価値らしく、 いるとこにはたくさんいるようだし、 一般人でも国の指定機関による審査を受け登録さえすれば飼える。 当然ネットやドキュメンタリー番組、 大きな動物園でもその姿を確認することができるし、飼育書や専門書だって簡単に手に入る。 不思議なことに。 話は戻るが、今回のCMも何処かから借り受けて来たか、精巧なCG合成なのだろう。 彼女らのぽむぽむした可愛さがよく表現できていたものだった。 ただ、芝居としては良くも悪くも幼稚園のお遊戯程度のものだ。 人間が下手に演るのよりはましだが。 それに比べて、脇役もとい敵役憎まれ役である実装石や獣装石は正に迫真の演技だった。 腹を切り裂かれたり、 熱した鉄の靴で踊らされたり、 バラバラに切り裂かれたり、 沸騰した油を上から流し込まれたり、 燃え盛る窯の中に押し込まれたりと、原作の落ちに忠実だ。 十中八九使っているのは実物だろうというのが、 ネット内での見解であり、物議の元でもある。 確かにコミカルで見ていて笑えるのだが、 果たしてお茶の間にオンエアしていいものかどうかということだ。 元々アラビアンナイトなんて、暴君さえ魅了したエログロナンセンスの集合体なわけだし、 童話昔話も原作はそういうものである。 だがその原文ママで許容されたのは昔の話で、 今はやんわりと婉曲表現をしたり改ざんしたりとしなければ、倫理に反するのが現代だ。 公然と動物を虐殺風景を放送してよしなわけはないし、 はっきり言って常時見たいもの見せたいものではない。 例えそれが、立ち位置グレーゾーンの実装石でもである。 といっても、本当にグロ映像がそのまま流れるわけでもなく、 それ相応にぼかしは当然入っている。 つまりギリギリスレスレなCMなのだ。 商品を売りたいのか、放送倫理の限界に挑戦したいのかわからない。 しかも、世界的不況の最中、 年々高くなる携帯本体の新規購入や機種変更を自重する向きがなくもないのだ。 素人目にはちょっと話題になっただけで、 年をまたいでしまえばすぐ忘れられてしまうのではないか、と思った。 とはいえ、自分には意外というべきで、 会社には計算通りというべきのCMは好意的な反響を呼んでいる。 それは、朝昼夜のニュースでそれぞれ取り上げられ、 新聞や週刊誌で取り沙汰される程にだ。 そのお陰か、今やNISHISHIBA×ローゼン社コラボ携帯は絶賛品薄状態と報じられていた。 ただし、基本的性能や実装リンガル機能の付属、 スタイリッシュな外装については他の携帯と何ら変わるところがない。 しかし、NISHISHIBAは他社に先んじていたもの、 更にはローゼン社と提携するよりも前のもの、があった。 それが、"実装ちゃんの部屋"、通称実装アプリである。 3Dのデジタル実装石を携帯内で飼うアプリだが、 これは最初から携帯に付属しているものだ。 ただ待受なりでイゴイゴ動いて、発言したり、質問してきたり、 妙なメールを送って来たり、家出したりするくらいのレベルのアプリだ。 それが、わざわざダウンロードする必要もなく、 無料で何度も繰り返し遊べるのだから、いい暇潰しになるらしい。 実際自分も起動させて、 何代目になるだろう3D実装石の仔が今も待受でふらふらしている。 たまに親とすり変わっているのが、なかなか油断できない。 この実装アプリは密やかな人気を呼び、 その要望によって公式ホームページでユーザーコミュニティも作られていた。 そういう下地もあって、 NISHISHIBAはより一般受けする他の実装シリーズをこれに起用したのだろう。 冬期限定モデル携帯には、テーマカラーごとにそれぞれの実装を内包させてある。 黒なら仔実装燈、赤なら仔実装紅というようにだ。 内容としては元の実装アプリと変わらないが、 前に比べて一応バージョンアップはしている。 もし家族であれ友人であれが同じコラボ携帯であれば、 赤外線通信で仔実装シリーズ同士の交流ができるのだという。 総メール数やネット接続回数などで貰える、gifアニメやFlash、部屋のアイテム類が、 交流入手限定でしかないものもあるようだ。 コンプリート癖がある人には、実に向いていると思う。 他にもNISHISHIBA製携帯なら、公式ホームページで有料ダウンロードできるようだ。 ちなみに予約限定特典もあって、ストラップもついており、彼女らの持ち物、 例えば実蒼石であるならば鋏、実翠石なら如雨露が仔サイズの実寸大で飾りになっている。 どうみても本物です、ありがとうございました、 と予約購入者によって公式掲示板に書き込まれていた。 また精巧なレプリカだという意見もあった。 どちらの意見にしても、家でいわゆる他実装を飼っている人からだ。 うちの仔は反応したしなかった、とも寄せられていた。 気になるのは、例えば実蒼石がレプリカであるはずの鋏を抱いたまま離さず、 ずっと泣いているという類いの報告だ。 実装紅は悲しい表情でやはりレプリカのティーカップを離そうとせず、 食い気ばかりの実装雛さえ、リボンを見て怯えるのだともあった。 無論それが全ての報告にみられた話ではなく、何事もない例も多数あるわけだ。 その点もあり、ネット内で物議を熱くかもしている。 もし名無しの彼らの推測が正しければ、と思うと少し気味が悪くなった。 それでも、携帯は次々に売れている。 それが、本当に商品が良いからなのか、 ノせられやすく限定ものに弱い国民性だからかなのかはわからない。 ---------------------------------------- 今もテレビから流れるCMでは、 またヘンゼルとグレーテルが森の中で身を寄せあっている。 それに反応して耳障りな唸り声を発する実装石に、軽い踵落しをいれる。 デェッス、とヒキガエルみたいに鳴いた。 (解析不能) と、携帯のリンガルにエラー表示された。 そのまま言葉をかけないでいると、 デェッスともう一度鳴いた。 ふるふると小さな体が震えている。 顔をのぞき込むと、右左色違いの目玉から、血涙が滲み出ていた。 小芝居が終わり、社名と虹を背景にキャッチコピーが謳われる。 しかし、その"実装する携帯"の七種に、実装石は含まれていない。 この国での虹は七色、その虹からはじかれてしまったというわけだ。 そういえば、虹にまつわる話で、その根元には宝物が埋めてあるだとか、 「共存」や「平和」の象徴とされているだとかを昔どこかで聞いたことがあった。 はじき出され、今は見上げることしかできない存在、実装石。 かたや持ち上げられ、今は見下ろせるようになった存在、他実装。 それでも、そのどちらも、人類にとっては宝である。 その意味するところが、彼女らにとって幸せか不幸せかは別としての話だが。 デースデース、とテレビの前で腹ばいになっている実装石が鳴いていた。 先程とは違い機嫌がいいようだ。 調子はずれの歌に合わせて、上に曲げた足と頭がふらふら揺れている。 視線の先を見ると、うちの実装石お気に入りのご当地巡礼グルメ番組に切り替わっていた。 内容は来月のバレンタイン先駆け特集だ。 太ましい男二人とゲストの番組にしては、珍しく色気のあることだ。 特に何か見たいものもないので、 勝手にチャンネルを変えたことには、今回だけは目をつぶろう。 ただ何かねだれば、即チャンネルを変えるつもりだ。 ふと温かいものが欲しくなり、CMの間に台所に立った。 戻って来ても、やはり同じところから始まっている。 その時、BGMに合わせていた実装石の鼻歌が、急に絶叫に変わった。 「おやぁ今日のゲストが来たようですよ。 そう、なんと今話題のあのCMに登場した彼女たちです〜〜」 タレントがいつもの仏スマイルで紹介したのは、七匹の実装シリーズだった。 デシャアアァァ、という聞き慣れた威嚇をあげる前に、テレビを消した。 実装石は黒い画面の前で固まったまま、デェェ……と力なく息を吐く。 他実装ブームが冷めるまで、うちの実装石の偽石は保つのだろうか。 呆然とするしかない不条理にまみれたナマモノに、 自分は今回の粗相を責める気にはなれなかった。 とりあえず自分にできるのは、 淹れたてのココアをだらしない三つ口に、流し込んでやることだけだった。 ------------------------------------------------------------------------------ 2009.01.23 初UP,2009.01.26 誤字修正 過去投稿スク sc1674.txt 【淡々、馬鹿】と、暮らせば。−携帯アプリ編−
