ニセモノの詩(うた)、ホンモノの唄(うた) 第十幕 〜ニセモノの唄・ホンモノの詩〜 エイエンの円舞曲(ロンド) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1週間後、サザエ達一家は移動ケージに詰め込まれ、再び病院を訪れていた。 サザエ達は、懸命に狭いケージの格子戸に顔を押しつけ、隙間から手を伸ばして叫んでいた。 「デギャァァァァ!!チョコクッキー寄越すデスゥ!! これはギャクタイデスゥ!!」 「ニンゲンのクセにワタシ達をこんな狭いところに入れるなんて許されないテッチィィィ!!」 「クソ臭いテチィ!! ハヤク尻を拭くテチィ! オフロ、オフロテチィィィィィィィィィィ」 「このベス様のウンコドレイのクセにナマイキなんテチュー!! 土下座テチィ! もう一回泣かすテチィ!!」 テンプレートな勘違い実装の台詞を吐きまくるサザエ達。 そして、そのケージを足下に啜り泣く飼い主の女性。 眼鏡を掛けた青年が、やや厳し目の口調で女性に問いかける。 『どうして変化があった時にすぐに診せに来なかったんですか?』 厳しい口調ではあるが、女性より低い位置目線位置から優しく見上げる配慮があった。 『すいません…性格は少し変わるかと言われた物で、最初はそうなのかと… コロちゃんは… どうなるのですか?』 女性の話によれば、初日、変化があったのはやたらと部屋中を走り回っていたと言うことだった。 当人達は目新しいものに喜びはしゃいでいたのだが、飼い主には襲われた恐怖が冷めず混乱していると見えた。 それだけに礼儀作法を守っていたペットが、突然、食べ物の喰い散らかし等をしても、鳴き方が変わっても、 トイレがちゃんとできない、道具の用途を間違えるなどボロを露呈しても、 ”あんな目に遭った直後だから”という事で気にしないことにしてしまった。 その責任が自分にもあるという負い目が、判断を曇らせ、対応を甘くさせた。 そうなれば、元から野良の仔達はおろかサザエも、 飼いでいる為に必要な事は何であるかと言うことを、思い出す気も起こらずに待遇に流された。 あとはお決まりの糞蟲スパイラルである。 『先生、血液検査の結果も出ておりますが…』 『 … 』 青年は看護婦に渡された書類に目を通し、しばし考え込む。 「デスゥ! デギャァァァァ」と一気に騒がしい診療室の中で…。 『仕方有りません… 普通は処分なのですが、もう一度、この私自身の手で再教育を施してみましょう。 なーに、コロちゃん達は、この私が産まれた時から”厳しく躾を施しましたから…”』 青年が屈んでケージを覗こうとすると、サザエは自分のした糞を手にして格子の隙間から投げつける。 「オマエはムシズが走るデスゥ! キライデスッ! あっちいきやがれデッスゥー!」 予備動作が長いので、青年は慌てる様子もなく慣れた動きで飛び退いた。 『ただ、ここまで性格が変わった物を再教育するのは本当に難しいのです。 特別に無料で手を掛けてあげますが、再教育の課程で再起不能になってしまうかも知れませんのでね。 一応は、お預かり中に何が起きても問題としないという誓約書にサインはしていただきます。 あと、これは御買い上げの時にも説明しましたが、ペットを本当の意味で仕上げるのは飼い主さんです。 ご自身のペットが何も悪い事をしていないとお思いでしょうが、危機を招く原因はペット側にもあるのです。 何もスパルタにしろとは言いませんが、何気ない甘やかしが飼い主の居ないところでの態度に表れます。 それに、飼い主さんが社会的マナーを守っていれば防げたはずなのですから』 『お任せ致します…』飼い主が力無く呟く。 事実、本物のコロ自身、外ヅラは立派だが、飼い主無しの散歩が当たり前であった。 それが性根に甘えを生み、他者への優越感を生み、いつしか違う事に関しても増長を産み始めていた。 『「」さん、悪いけどしばらくは躾の予約を入れられないと各ショップに伝えてくれるかな?』 青年がそう看護婦に伝えると、看護婦は笑顔で答えた。 『はい、早速、お道具の準備に取りかかります。 では、○○さん、誓約書に記入していただく事がありますので待合室でお名前が呼ばれるまでお待ち下さい。 この仔達のお引き取りは2週間後を予定致しておりますが、何かありましたらお電話でお知らせ致します』 看護婦が肩を落とす女性を待合室に移動させる間、 その飼い主の姿が見られないサザエ達は飽きもせず喚き続けた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ケージの格子戸の留め具が開け放たれると、サザエ達は我先にと出ようとして絡み合いながら転がり出る。 「デスゥ!こんな所に閉じこめるなんてギャクタイにも程があるデスゥ!!」 「「テチ! 出てこいクソババア!! またウンコ付けてやるテチィ!!」」 勢いよく出たサザエ達は、野良の食生活からの反動で贅沢な食べ物を食い漁ってプクプクの身体を揺らす。 肉体が粗食な野良生活になれているので、急激に高栄養品を取り始めれば余剰栄養を蓄えようと脂肪がつく。 さらに、普段掛かっていたストレスや運動量も低下すれば、たかが1週間と言えど実装石は別物になる。 サザエは人間の後ろ姿を見つけて、ズケズケと抗議に行こうとするが、 危うく踏み外しそうになって初めて、そこが台の上の限られた空間である事を知った。 ギイ… と椅子が鳴り、人間がこちらに正面を向ける。 それは、あの眼鏡の青年だった。 だが、今は白衣ではない。 動きやすい薄緑の手術服に身を包んでいる。 『威勢がいいなぁ… まだ思い出せないとは残念だよコロちゃん… いや、サザエちゃん…』 「デッ!」サザエの喉が急速に閉塞して言葉を紡げなくなる。 ニンゲンに名前を呼ばれた… しかも、すっかり自身ですら忘れかけた方の名前を…。 それだけで、サザエは全身の肌が電気を帯びたように痺れ、力が抜け出した。 それなのに、緩み慣れた排泄口がキュッと痛いぐらいに締まるのを感じた。 サザエの頭の中は「?」マークで一瞬に埋め尽くされた。 何故に2回しか会っていないコイツがワタシの記憶を知っている… 何故に、この声と目を嫌っていたのか… ニンゲンはワタシ達のカクシタではなかったのか? と。 『本当に悪い仔だなサザエちゃんは… あんなに厳しく指導したのに忘れるなんて…。 それに、お前のご主人様は、居なくなった時に、それこそ必死に何日も探しておられたんだよ。 たった一回、外に行く事を許してしまった自分の責任だと酷く落ち込んで居られて…。 あの頃は首輪発信機も性能が悪かったから、行方不明になった事自体は仕方ないんだけどねぇ。 まったく… そのサザエが、コロを名乗って戻ってくるとは… バレてたら危うく、このボクの商売にも傷が付くところだったんだぞ、出来の悪い糞溜まりめ… 汚れたら手を洗う! 糞に触れるなんてもってのほかだろうが!!』 ピシッ! 青年がこちらに向けた手が光ったと思った瞬間、サザエは手に刺すような痛みを感じた。 実際に、手には銀色の針が貫通していた。 「デッ、デッギャァァァァァ!!」 サザエは激しく叫んで膝を屈した。 何故、こんなに痛いのだ… サザエは目をさらに見開く。 実装石は痛がりだ。 ソレには哀れみや手加減を誘う目的が無意識に働いて習性となっている。 しかし、サザエが今感じているのは、習性となっている過剰な演出などではない。 嫌な汗が止まらない… 身動きをとる事が出来ない… 体の芯は熱いのに悪寒が止まらない。 痛みと言うより、何か別のものが内側から身体をそうさせているのだ。 『この仔達は恥ずかし気も無く外でホイホイ産み落としたのか? え? このクズ蟲がっ! 自分の命よりタイセツだと言った我が仔はどうした? その命が無いのに生きているのか! 何処までもプライドを棄てた蟲ケラめが! これが新しくひりだした自慢の命ある糞か!?』 ピシッ!ピシッ!ピシッ! 「テチャァ!!」「テッテテテテ!?」「テェェェェェチィィィィィィ」 男は、小さな針を爪弾いて飛ばしていた。 その技量と正確さは、只の器用さではなく熟練の業だ。 あっという間に、やかましい3匹にも腕に針が突き刺さり、激しい悲鳴を上げさせ走り回らせる。 この痛みは演出の過剰な痛がり方だ。 痛い手を振り回して走れるだけの余裕がある。 『できそこないの産んだ糞は、本当にウンコだなぁ…。 みろ、あの品のない騒ぎようを…。 教えたはずだぞ… キサマらはこの世にあっては只の汚物だ、存在する価値もない廃棄物だと。 だから、飼い実装としての品格が保てなくなったら速やかに死ね! と。 でなければボクが”死ぬより苦しい目に遭わせてやる”と何度も教えただろ? まったく… 血液検査の前からコロじゃない事は判っていたが、結果を知って驚いたよ』 『ですねぇ、まさか、1年以上も前に行方不明のサザエの実装細胞型でしたからね… まさか、先生の顔も覚えていない糞蟲に成り下がっているとは思いませんでした』 外観的区別の付かない実装石は、保健所登録の際、他のペットとは大きく違い、 DNAと同じように個体差がある実装細胞の構成成分配列を数値化し、 それを登録コードに用いている。 個体区別が付きにくい上に、半端な知能が災いして、飼育放棄の対象になったり、 他のペットにはない様々な事件に関係する為の苦肉の処置である。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 青年は実装専門医師であると同時に、ペット実装に初期の教育を施す調教師も兼任していた。 調教師とは、紙一重で虐待と捉えられる行為、”躾け”を駆使して、 知能の弱い実装石にペット実装として生きられるだけの礼儀を反射で出来る程に躾られる者を指す。 すなわち、そこらの並の虐待派など裸足で逃げ出す程、実装石の取り扱いに習熟している者の職業である。 実装石を助ける医師とペットを生み出すという、端から見れば愛護精神に溢れた職業を兼任するが、 それは、惜しみない努力と研究によって身につけた技量を生かす為の方便である。 普通は、愛護精神が有れば、医師は実装石を悪戯に傷付ける調教師を虐待派寄りと嫌い、 調教師は、自分達が実装石の為を考えてしている事を貶し称賛を浴びる実装医師をエセ愛護の職業と嫌う。 この愛護という以外は根底では相容れない2つの職を苦も無く兼任できるのは、 どちらも、たった1つの裏の顔を満足させる為に最適な職種であるからだ。 眼鏡の青年は… 腕の確かで優しい実装医師であり、引く手数多の有能実装調教師であり、 実装石へのサディズムに心奪われた究極の趣味人… 人はそれを虐待”師”と呼ぶ。 『血液検査の結果が出るまでは、流れ作業で処分するだけと思っていたが… こんな掘り出し物だとはな。 さぁ、ショーの始まりだ… 針の山、血の池… サザエは何がお気に入りだったかな?』 カラカラと看護婦が押すワゴンの上には様々な道具が並べられている。 サザエは思い出した…。 あり得ない程の恐怖を排泄口が内側に締まらんばかりの痛みと共に…。 これは… 死ねない事への恐怖だ。 同時に、自分が自分で居られなくなる事への恐怖だ。 青年はメスを片手に立ち上がる。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 虐待派にも様々な嗜好がある。 存在する事自体が気に入らないからひたすら蹂躙し叩き潰す。 シチュエーションを作りあげ、糸を引き、破滅の連鎖にはまる姿を鑑賞する。 持ち上げた量に対して、如何にしてより多く、長く苦しめられるかを競う。 精神的に理不尽な世界を与え、シアワセ回路をフル回転させ、その上で真っ白になっていく様を楽しむ。 その中で青年は如何にして、殺さずに実装石であって実装石でない物に作り変えるか。 そう精神を、性格を、人間が”作りあげて”それがどれだけ日持ちするほど植えつけられるのか、 そして、それが崩壊していき様々な形で自滅していく様を観察し楽しんでいる。 彼は、そういう趣味に人生を費やせ、職にしてしまう事に躊躇いの無いタイプの人間ではあるが、 最近はいささかその楽しみが少なくなってきた。 せっかく、丹精込めて様々なタイプのペット実装を作り上げても、 判っては居る事ではあるが、託した後の崩壊はパターンに集約されてしまっている。 既にデーターとしてそれが集約されてしまっては何の面白味も無い。 そうなると2つの職業はただの作業になってしまっていたからだ。 そこにサザエ達が戻ってきたのだ。 幸か不幸か、予想もしない方法で…。 意味の無い息抜きには実に相応しい材料… 道の探求に課した普段の戒律を破って楽しめる材料… 何より、彼らは調教師としての青年の面目を危うく潰してしまうところだったのだ。 青年は、ペットが野良に落ちれば生命として存在する意義が無いのだと言う事を、特に徹底して教え込んだ… そう刷り込む事で堕落への緊張感を生んで、日常生活での増長を無意識に抑制させていた。 それが強いために、本当に野良に落ちれば自動的に自ら命を断ててしまう程に強い刷り込みだ。 彼の仕込むペット実装全てが完璧に自殺をこなせるわけではないが、 数例でも、そのような事象があれば、その筋の業界では注目されるべき成果であり、 それだけに、彼の調教したペットは増長し難く、それがペットショップから依頼が絶えない人気の根幹だ。 それが、野良に堕ちるだけならまだしも、”成り替わり”を行ったのだ。 もし、保護したのが飼い主で、主治医である青年の元に持ち込まなかったら… あるいは、途中で何らかの事件を起こして捕獲などされていれば、検査で素性や経緯がバレて、 成功例以上に尾ひれがついて、瞬く間にその事が業界に広まるのだ。 まさに”ごらんの有様だよ!”と言わんばかりに生き残ったサザエの姿と行為は、 青年への侮辱という2文字だけで表せる物ではない。 だが、だからこそ彼らには調教を受けきって、 できるだけ長く、恐怖と偽りの生を生きてもらわなければならないと青年は考える。 ペットは人間の庇護を受けて、勝手な解釈をして幸せ回路を満たして気楽に生きている…。 人に飼われて生きると言う事は、生物的に弱い実装石には天国にいるような物である。 だが、天国とは幸せではあるが、満たされているが故に満たされない… 日々の変化… 安寧であるために何の楽しみもない。 変化を求めれば、すぐに道を踏み外して奈落に落ちてしまう気の許せない危険な場所。 お気楽そう見えても、ペットとして生きると言う事は、天国と言う一本の紐を踏み外さない為に、 そのペットという呼称に… そこに至る過程に実装石である己と言う存在を殺されるのだ。 シアワセを掴んでいるのは、いつだって本能を押し殺したニセモノの存在…。 だから、ペット実装は… いずれホンモノの自分としてシアワセを掴みたいと願い、 ホンモノであろうとして実装石らしく滅んでいくのだ。 ならば、もう一度、ニセモノとして生きる苦行を与えてやる。 通常なら再教育不可として流石の彼も処分しか手が無い、野良化の上に勘違いを起こした”糞蟲”。 だが処分は、彼的には、実装石にとっては一番苦しみのない救済である。 好き放題やって、死という人の手が届かぬ先への逃げ得くなど、彼からしても許される物ではない。 ただそれは、絶対に殺さないと言う保証でもない。 とても難しい、野良から勘違いした実装への教育だけに、普通の”躾”の調教とは訳が違う。 普通の調教師のものとでは、かなりの労力を費やしても教育効果が得られないと処分され、 青年の”躾”の元では教育効果が現れるまで偽石が無事にあり続けられるのか? という意味で… それだけに、結果がどちらに転ぼうとも、彼はそれなりに溜飲を下げられるのだ。 青年が、自ら手を下せる状況が手に入ったという事で。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 飛ばし針で手を打ちぬかれたサザエ達は、抵抗の間も無く素早く偽石を取り出された。 破損を可能な限り防ぐために、実装活性剤も混ぜられた栄養豊富なスペシャルドリンクに浸される。 「ベスゥゥゥゥゥ、ベスチャァァァァァン!!」 恐怖に身動きを取る事が出来ないサザエが、タイコ=ベスに向かって叫ぶ。 そのサザエの見送る先、青年の手に掴まれたタイコは、頭頂からまさにびっしりと針が刺されている。 しかも、顔面にも休む事無く次々と精密機械的にびっしりと、今まさに刺されている最中なのだ。 「テヘェ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…」 これが青年が得意とする地獄巡りの1つ、針の山の刑である。 顔面を、それこそウニか栗と間違えんばかりの針に埋め尽くされたタイコは、 最後に床が大型剣山になっているアクリルケースの真ん中に乗せられた。 『「」さん、何分かな?』 『先生! ベストタイム更新です。 顔面500本刺し4分57秒です♪』 青年と看護婦が陽気に話をする中、仔実装には針の絨毯となっている剣山の上のタイコは、 自らの顔を埋め尽くす針を抜こうと顔に手を伸ばすが、 密集しすぎていて、1本を摘まみ抜こうと手をやれば、その丸い手は数十と言う針を同時に押して痛みを与る。 「ピアァァァァァ!! ヘヒッ! ヘッヘヘヘヘヘヘヘッ! ヘヒッ!? ヒピャァァァァァァァァ…」 顔の痛みに悶絶して、踏ん張れば足が剣山に沈み、足の痛みにその身体のバランスを保とうとすれば、 足が動いて、また、別の針の山に足を勢い良く乗せ、その痛みにバランスを崩せば転倒する。 転倒すれば、顔の針はどこかが下になり、その面は針が深々と刺さり、 その痛みに身を捩れば、次々と針が体内にめり込み、動く事で剣山に皮膚を引っ掛かれる。 偽石を体外に出されたので、その責め苦で全身の皮膚が剥かれ、肉が切られて、 その痛みに気が狂い出しても尚苦しむことになるのだ。 コレが青年の好んで使う、針の山地獄である。 「リ、リ、リ、リンチャァァァァァン!!」 サザエが耐えかねて顔を横に向けた先には、イクラ=リンが透明なケースの中で走り回っていた。 ケースには、ナガヒョウタンゴミムシと呼ばれる体長2cm程の甲虫が大量に入れられていた。 ナガヒョウタンゴミムシは、小さいが鋏の顎を持ち、通常、蛾の幼虫等を捕食する性質が肉食性の甲虫だ。 実装石の存在により、これら小さな肉食性を持つ甲虫は、自然界で実装石の死肉を食べる事もある。 ただ、自身より巨大すぎる生物を簡単に襲うわけではないし、少数なら脅威では無いが、 大量に存在すれば、そして、それが攻撃性を持てば十分に脅威足りえる存在。 青年が責め具として用意するこの虫は、実装石の肉を主食に繁殖されている。 飢えれば、その臭いにのみ反応して攻撃性を高め、実装石が生きていようとも襲えるのだ。 それだけで仔実装どころか、成体実装にも驚異的な存在になりえるのだ。 すっかり走り疲れて追いつかれるイクラは、その小さな虫を払いのける力も使い切っている。 「テェェェェッ!! テテッ! テチッ、テチャッ! テッ! テテテ、チビィ! テチャァァァァァ!! テビィィィィィ…」 1匹、2匹を、叩いて避け、掴んで投げても、足を止めた時から八方を塞がれ、 3匹、4匹と投げ捨てた頃には、完全に息が上がり、 その後は、一気に畳み掛けられ噛まれ出し、その痛みに成す術がなくなっていた。 しかし、この責めが恐ろしいのはただ食われることではない。 小さい為に、いや、小さいくせに強い鋏顎がある為に、その攻撃は痛みが強く、痛みが強いのに損傷は小さい。 人間で言えば、ペンチで肉を少しずつ摘まれ引き千切られていくのを繰り返される事になる。 しかも顔にだけ、このゴミムシが嫌う臭いが塗られている。 イクラは頭部だけは狙われにくく、虫に集られてもストップを掛ける頃合がわかりやすい上に、 最も恐怖を感じる視覚が残りやすいのだ。 地獄には、亡者が生きたまま蛇や虫の毒に冒され内外を食われる苦しみを延々と味わう刑があるとされる。 これはまさに、その毒蛇地獄の刑を模した責めである。 「デ、デェェェェッ… デ!? チコォォォォォォォ!チコチャン!」 黒い虫に集られるイクラの姿を見かねたサザエは、再び、その2匹から目を背けようとするが、 この配置だと、次はどちらに顔を背けるかというクセまでも見抜いたように、タラコ=チコが”飾って”ある。 タラコはやはり小さな透明ケースの中をウロウロしていた。 「テェー… テェー…」 そのタラコは、首、肩、手首、太腿、足首に太めで中空の針が刺してあり、ポタポタと体液が流れ出している。 針は、体内から血を止め処なく流させ、かつ、一気に抜ききらない為に付けられている。 しかも、頭頂部には点滴が付けられていて、失われる体液分の水分と栄養を薄めた栄養剤で補う。 損失、補充、共に徹底的に計算された濃さ、流量でそれをされるのだ。 徐々に流れ、止まらない、止められない血を見ながら助けを求めて延々と箱の中を彷徨う。 しかも、その分の栄養が補われ、デタラメな実装石はそれだけで新たな体液を補えるので死に至らない…。 頭の管で栄養が補われ死ぬ事はない… と言う複雑な事を知らない仔実装に理解できるのは、 ”血が沢山出れば死ぬ”位であるから、延々と血を垂らしながら死の恐怖に晒されるのだ。 しかも、やがて、その血が水槽を満たしていき、自らの体液に溺れる恐怖も加わる。 まさに血の池地獄が行われている真っ最中だ。 「テェー… テェェェェ…」 カツン、カツン… タラコは力無くアクリルの壁を叩いて見上げる。 今の段階で、はやくも人間に反抗した己の浅はかさを悔い、救いを懇願しはじめているのだ。 そして、それを味わったサザエも、すっかり記憶の奥底に忘れ去っていたそれらを鮮明に思い出していた。 サザエにとっては、生まれながらに知っているスシやケーキという単語と同じくらいに、 ”偽石の記憶”として染みついている… 染み付けられたはずの事だ。 何もされていないというのに、サザエはガバっとその場に伏して亀になる。 ガタガタと震え、その表面には、まさにガマの油のように大量の汗が噴き出している。 タイコが肌を剥かれながら転がり回る。 「デギャァァァァァァ!! ジビィィィィィィ!!」 イクラが表面をちぎり取られながら鳴く。 「テッ… テッ… チッ…」 タラコが壁を叩きながら呟く。 「テチュー… テェェェチュゥゥゥゥゥゥン…」 サザエは、「夢であれ、夢であれ」と言うように自らの手を噛み、プスゥ〜と屁を出し続ける。 排泄口が過去の調教通りに反射的に締まりきって、大量脱糞しているところがオナラしか漏れなくなっている。 徹底的にニンゲンという存在への反抗意識をなくさせ、それを刷り込む為の拷問。 3匹の仔は、それを肉体的死の刑期満了までされ、 1つの刑期が終わると活性剤で命を繋がれて、新しい事を学ぶ為にも違う刑を味わう…。 しかも、地獄には、凍死しない細工を施されてフリーザーに放り込まれ、徐々に凍傷を負って苦しむ極寒地獄、 生皮を剥がれてファンヒーターに晒され、剥き出しの敏感な肉に熱風を浴び続ける灼熱地獄もある。 恐ろしいのは、どの刑罰も徐々に刻まれる痛みと、ある程度は自由に動き回れる事で、 逃げているという感覚を仔実装に与え、それでいて時間を掛けて抗いようがない結末に導く事だ。 記憶がシアワセ回路で都合良く改変される実装石故に、 何度も何度もジワジワとした生と死を繰り返す、まさに”地獄”を繰り返して、 ようやくニンゲンには勝てない事を感覚ではなく、それこそ骨身に染みる程に学び、 従う事になれていき、教えられる事柄を遂行できるようになっていく。 もちろん、やりすぎれば、体外に出して保存してあるとは言え偽石が壊れる事もある。 物事を教える以前に、精神が立ち直れない程に壊れる危険もある。 幾ら実装石の限界を深く知る調教師でも、普通はもっと手心を加えた罰ですます。 表向きに必要十分なレベルはそれで達成されるし、手間が掛かりすぎて完全に不効率だ。 そこまでの調教を施しても、実装石を理解しない買い手に渡れば堕落する結末は一緒だと、 実装石を知る買い手に渡るのなら、そこまでの調教は必要ないのだと誰もが暗に判っているのだ。 だが、青年は、この事に関しては努力と手間と金に糸目をつけない。 ソコまでするのは、どんな理由よりも虐待師だからであるという一言に帰結してしまう。 青年は、絶望の絶叫や鳴き声をBGMに、丸まっているサザエの後ろ髪を掴んで頭を引き起こさせる。 『オマエはコロに成ったんだ… ならばサザエに戻してやろうと言う無粋な真似をしようと思わない。 なんでもない、普通のペットを作るなんて下らない真似にも飽きている。 せっかく辿り着いたのだから、お望み通りホンモノのコロに成って貰うよ。 そう、オマエという存在が何一つ存在しない、コロその物になって貰うんだ…』 それは結局は、コロのニセモノでしかない…。 しかも、自分がニセモノの詩を紡ぎ続ける事を、自分の唄もニセモノである事をも判らないまま歌い続ける。 それはサザエという、この世に生を受けた1匹の実装石が、その肉体が生きているのに何一つ残らない。 自己というものの存在と尊厳が殺される恐怖。 何より恐ろしいのは、そういう目に見えない”尊厳”という物に死が存在するという事を、 尊厳という物が存在する事を認識させられた上で、そういう”死の形”が存在するのだと、 あの糞蟲と呼称される自尊心ばかりが高く知性の低い実装石が身に理解させられるという事。 青年の調教を、2度味わう事がなければ… 少なくとも、自分がそう言う死を迎えていたとは理解できなかっただろう。 そして、もう一度、その死を味わうのだという恐ろしさを… ホンモノに成ろうとしなければ味わう事もなかったはずなのだ。 サザエは、震えながらプルプルと頭を小刻みに左右に振った。 サザエは、人間の指示に首を縦以外に振る返事をしてはならないと言う男の教えに無意識に逆らった。 サザエは作られたサザエどころか、ナマエ以外は知りもしない… 顔すら忘れた… コロという物に作り替えられようとしている。 そんな理不尽を受け入れてはいけないとホンモノのサザエが拒否する。 もう… 飼い実装なんかゴメンだと。 今更、なんでこんな物になりたがったのか後悔すらした。 ジューーーーーッ ジュッ! ジュッ! 「デギッ! デビャァ! デスゥ!」 焼きコテが突き出されサザエの肌を焼く。 サザエは、流石にコレにはジョロジョロと止まらぬ尿を垂れ流しながら台の上を逃げなければならなかった。 火傷は自然治癒で正常には戻らない… それだけに痛みの印象はより強い。 本能的に、火傷が治らない事を知り、無意識がそれに至る行為を”上位の痛み”に感じる。 だが、青年は活性剤と生皮剥ぎ、時には壊死した部位を切り離す等の方法を使って元に戻す事で、 通常は使わない事をも”躾”に取り入れられるのだ。 『今のは、イヤだって言うのか? この、どんな動物の糞より汚らわしい生き物のクセに… 一丁前に首を横に振る様になったか? 嘆かわしい姿だ… オマエはそんなに野良の本能の生活が御気に召したのか? ならば、何故に舞い戻ってきた! 落ちぶれたなら、落ちぶれた事で満足してひっそりと土に還れ』 コテの突きが、左膝に正確に突き刺さる。 その時は、深く深く… 確かに力が込められ、貫くようにコテが潜り込んで行く。 「デギャァァァァァ! デギャッ! デギャァ!」 サザエは目を剥いて、激しく首を縦に振る… ひたすら振る… ニセモノのサザエの身に染みた習性だ。 だが、同時にブビュ!ムリムリムリ! と、我慢に我慢を重ね、尿を放出しきった為の硬い糞の塊を、 排泄口を裂かんばかりの勢いで一気に放出する。 そして、ホンモノのサザエが反射的に、その糞を手に取るが、青年に狙いを定めようとした瞬間に目が合い、 あっという間に力が抜けたように振りかぶった手が萎えて、糞の塊を落としてしまう。 『何も学ぶ気が無いクセに、上に行く事を辞められないからあんなことをしてまで戻った飼い実装だろうが! どちらにしろ人間の夢を真似て夢見たいなら、貴様らは永遠に首を縦に振り続けるガラクタになるしかない。 人が貴様らに求めるのは、所詮は人の中で都合よく作り上げられた幻想の中の存在で、 貴様らはその幻想を元にしたできそこないの儚い贋作でしかないのだからな』 当然、日常必要とされる範囲外である青年の難解な言葉をサザエが理解する事は無い。 青年は当然、言葉を理解するしない関係なく、冷酷にコテで打ち据えては、攻撃を緩めて逃げることを許した。 その様は、まさに亡者を休ませないために槍や金棒で追い立てる地獄の鬼の様相だ。 サザエは、動かなくなった左足を庇うでなく、邪魔な重りの様に引き摺ってヨタヨタと逃げ出した。 それほどになりふり構わぬ逃げっぷりだ。 そして、反対側の端にまで逃げ切ってから青年が声を掛ける。 『このクズ蟲は、汚物であるキサマの汚物を撒き散らして始末も出来ないのか?』 青年は皮手袋をした手で、カランカランと、ほうきと塵取りを投げ出した。 それを見たサザエは、ブワッと血涙を流して首を再び小刻みに左右に振り出すが、 ”始末も出来ないのか?”と言われた瞬間から、首を縦振りに変えて、ズリズリとほうきに這って行く。 「イヤ… イヤ… イヤデス… オソウジイヤデス…」 だが、機械の様に手がほうきに伸びる…。 ジュッ!! 「デギャァァァァァァ!!(ヤッパリデスゥゥゥゥゥゥ!!)」 ほうきの柄は金属製で赤熱するほどにタップリと熱せられていた。 勿論、塵取りの取っ手の方も。 だが、手を離せば、より酷い目に遭うのは本能が知っていた。 掃除をする事を、そうやって学ばされる… されたのだ。 ここまでの極限状態でも正しく掃除が出来る様にも矯正される。 そうすれば、普段の掃除は間違いなく楽にこなせるのだと…。 コレに比べたら、掃除をしない事は地獄、飼われた先での普通の道具での自主的な掃除など天国である。 そして、その時の条件反射的にサザエは焼けた道具で呻きながら糞を掃く。 ジュ!ジュ! 「デギィィィィィ!!」 だが、左足が使えないなりに滞りなく掃除をするサザエの背中に容赦なく焼きコテが押し当てられる。 『違う! ゼンゼン違う! コロの掃き方とゼンゼン違う!』 「デェ!! デデデェェェェ!?」 サザエは、すっかり手に焼き付いて離せない道具を両手に付けたまま、何故なんだ? と両手を振る。 ジュゥゥゥゥゥ… 『バカかキサマは! コロはそんな反応はしないぞ!』 「コロなんて知らないデスゥ… 知らないんデスゥ…」 今のサザエには精一杯の心からの抗議…。 それを青年は目を笑わせながら見下ろす。 そんな事はキサマに言われるまでもなく判ってやって居るんだよバカ… と目が物語っている。 『何を言って居るんだコロ? なりたくてなったコロだろう? なると決めたのならトコトンやれよ。 コロの声、コロの話し方、コロの仕草、コロの反応… 全部コロにならなきゃ、お前は存在する価値の無い糞以下の廃棄物なんだよ。 そいつと入れ替わって、そいつの実装生を手に入れると言う事は、そこまでするって言うことなんだよ。 コロにならないのか? なる努力はしないのか? なる努力もしないでコロを名乗ってたのか? そうだな… 楽しい事だけ努力するのが糞蟲なんだものなぁ… コロを襲った時は楽しかっただろうな。 そんな時には惜しげもなく身につけた事を精一杯してみせるんだよな? でも、そんなヤツはどうなるんだろうな? そうだ、ベスになろうとしたオマエの仔はどうなったのかなぁ?』 そこに、看護婦が出来上がったタイコを運んでくる。 タイコは、それこそおろし金で肉の塊を降ろした状態になっていた。 頭、手足が形状として判らなければ、それこそパックで売られている切り出したバラ肉の塊だ。 その肉塊が、注射を打たれて、モゾモゾとズタズタの肉の隙間から新しい肉が虫のように蠢き這い出して、 失われた物を埋めだしている。 活性剤による強力な全身規模での肉の再生は、実装石自身から見てもおぞましい光景だ。 とてもこの地球上の生物の物とは感じられない。 それは知能の弱い実装石にしても、本能的に恐れ、疑いを持つ光景だ。 こうして、何度も死から蘇らされるおぞましさ…。 過去に何度もそうされて、何度もこうなったのを見せつけられる。 都合良く改変して、忘れる振りをしていた事を再認識させられる恐怖がサザエに降りかかっている。 「ジゴク… ジゴク… ジゴクデス… ジゴクはイヤデス… ジゴクイヤデスゥゥゥゥゥゥ」 続いて、降ろされるイクラ…。 身体は虫食いにされ、一部は穴が開いている。 穴の開いた胸から、柔らかく食べやすい内臓から優先的に狙われ、 糞溜まりの腸の一部を除いてはあらかた食い尽くされていた。 フルフルと振られれば、まだ残っていた、胃液に溺死した虫の死体が零れ落ち、 口から、まだ頭の中を喰っていた落とし残しが顔を出して、 イクラの顔に塗られたフェロモンを嫌がるように跳び出して来る。 それで居て、口元や目の周りの肉はヒクヒク動いて完全に死んではいない事を物語っている。 アクリル水槽のタラコは、既に腰まで溜まった体液に、 もはや無心で、壊れた玩具のようにカタカタカタと壁を連打している。 「デギャァァァァァァァァァァァァァ…」 絶叫が響き、サザエはペタリと床に尻をつけてしまう。 新しい糞山が座布団の様に拡がり、サザエは、手の肉が剥がれるのも構わずに掃除用具を振り剥がし、 這い回り始め、ついには… ついには手術台の端から身を投げる。 「ジゴクイヤァァァァァァ… (グチャ!) デピギャァァァァ!!」 人の腰上の高さからのダイブとは言え、成体に育った実装石には致命傷にはならない。 偽石が体内にあれば、下手をすれば衝撃で偽石のほうが損傷するかもしれないし、 自然界においては、再生力があるとは言え、足の1本でも折れ、いや挫いただけでも、 治るまでの間に肉体的不利を抱えて高い確率で死が待っている。 サザエにとっては精一杯の選択…。 死を恐れる実装石が、まさに青年の調教どおり”自殺を選択できる実装石”に仕立て上げられていた。 だが… 『遅いんだよ… 遅すぎるんだよクズが… 何故、今更、ここにきて自殺を選ぶんだ? 本当に出来の悪いクソむかつくカスだよキサマは… 何故、どいつもこいつも教えた通りに自殺せずに、自分の都合では死を選べるんだ? その中でも、キサマの存在は本当に俺をイラつかせるんだよ! ツケ上がって、”自分で産んだ仔を育てたい”だぁ? 俺の調教を無に帰す発言したと思ったら、案の定、パターン通りに野良に転落しやがって! 何が産んだ仔さえ居れば何も望まないだ。 我が仔こそ我が命だ。 我が儘言いまくって自滅したじゃないか! 絶対にその腐りきった性根を根本から作り変えてやる』 両足をあらぬ方向に曲げ、太股の肉が爆ぜてしまったが生きてはいるサザエ。 その頭を乱暴に掴み上げた青年の目は怒りに燃えていた。 その証に、言い訳や泣き言など聞くものかとリンガルの電源が落とされるのを見せ付けられる。 「カイジッソウ… イヤデス…」 サザエは、そう呟いた。 だが、その呟きは、青年には「デスデス」という鳴き声でしかなかった。 それは、冬が訪れた寒いある日の出来事であった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 春も真っ盛り日差しが穏やかな公園… 真新しい公園は清潔で、花も手入れされ蝶がのどかに舞っている。 公園内を小奇麗な実装石達ものどかに散歩をしている。 真新しい公園は、飼い実装たちが賑やかで野良の目印たるダンボールハウスはない。 そんな公園の入り口に、人間に手を引かれた着飾った実装石が顔を見せる。 その実装石の側には、さらに、小さな玩具のようなベビーカーを押す3匹の仔実装が付き従っている。 仔実装の頭にはそれぞれ色分けされたリボンが飾られている。 そして、それぞれリボンと同じ色の玩具のベビーカーには、蛆実装が入れられている。 『ちょっと遠いけど、ここが新しい公園よコロちゃん』 「デースゥ♪」「「テチュテチュ〜♪」」「「レフゥー… レフゥー…」」 『じゃ、私はそうね…あそこのベンチに居るから、この中で遊びなさい。 ここは前の公園よりは清潔で蛆ちゃんにも安全だからねっ。 あっ、でも、あまり遠くに行かない様にね』 新たに、この公園を訪れた飼い実装の名はコロ… 仔はそれぞれ、チコ、リン、ベス… 非常に大人しく聞き分けの良い飼い実装のコロ一家は、 我儘を言う事も無く、とても仲が良く、みんな家の手伝いも進んでする理想の飼い実装と評判だ。 チコ、リン、ベスは、今はその普段のお行儀よさのご褒美にもらった、 ペット実装用ペット蛆を世話する遊びに夢中で、まるで我が仔のように可愛がっている。 普段のお散歩も、飼い主、ゴシュジンサマが公園口まで同伴してくれる。 だが、この前、普段の通いなれた公園で、野良実装達に囲まれてベビーカーを奪われそうになり、 飼い主の計らいで新しい公園に行く事になった。 しかも、その公園でコロが襲われるのは2度目になる。 デスゥクーターや服をボロボロにされ、4日も町中を彷徨った… と言う事になっているあの事件…。 だから、多少遠いが、実装石散歩用に新設されたこの公園まで足を運ぶ事にしたのだ。 ここは野良の数が少なく、飼い実装も安心して楽しめると評判であった。 先に飼い実装達のテリトリーという形で確立されれば、野良実装は定住しにくい。 前の公園も、そのように飼い実装の散歩しやすい公園を目指していたが、 既存の既に大量の野良が住み着いていた公園を改良したものでは不十分らしく、 あの事件が起き、それ以降もたまに騒ぎが起きていたため、散歩がさせられる公園としての評判が落ちていた。 『広くて良い公園ね… ここまで遠いけど。 コロちゃん、本当にデスゥクーターはいらないの?』 そう尋ねられたコロは、飼い主を見上げて笑顔で両手を広げて振って見せる。 「デスゥクーターは便利デスゥ。 でも、デスゥクーターは可哀相なお仲間さん達がうらやましがるデス。 それで、とっても、怖い、怖い目にあってしまったデス。 ご主人様のお気持ちでコロはとっても幸せ者なのデスゥ〜♪」 飼い主のリンガルにそう表示される。 飼い主は、失敗に懲りて、青年医師のアドバイスを取り入れて、 リンガルでコミュニケーションを取るようにし、ただ買い与えるのではなく賛同を取り、 せがむようになれば与えず、与えるにも理由を付け説明するようになった。 散歩は同伴、義務首輪の受信機もバックに入れて持ち歩いている。 そして、コロも、前にも増して従順で理想的なペットとなっていた。 ベンチに来て、飼い主はコロのリードを外す。 コロ達は、一列に並んで飼い主に軽く会釈する。 「行って来ますデス〜♪」「「行って来ますテッチュ〜♪」」 そうして親仔は仲良く、その横一列を保って、公園を巡る散歩に出た。 飼い主は、コロ達が遠く離れていくのをある程度見送ると、バックから本を取り出して読み始めるのだった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− コロ達は、新しい公園の楽しみ方を考える散策を続けていたが、 歩きではすぐに疲れてしまい、公園を一周する舗装道の丁度半分でクタクタになった。 チコがハンカチで汗を拭きながら言う。 「蛆クーターは仔実装の常識テチ… 前に乗った事がある気がするテチ… こんな公園なんか、楽チンで回れるハズテチ…」 リンが続く。 「それ以前に、こんな遠い公園まで毎日歩くのヒドイテチ…」 ベスはその場にしゃがみ込む。 「ゴシュジンサマが買ってくれると言うのにどうして断ったテチ? ママのバカテチ」 コロも汗を拭きながら、やや困った顔になる。 「何でもかんでも欲張ってはセレブちゃんにはなれないデスゥ… オマエ達には、ご主人様の見せてくれるお勉強おビデオは難しいデスゥ? ちゃんと見ていれば理解できるハズデス… 欲張るのは可哀想なお仲間さんになってしまうデス。 オマエ達にはまだ早いデスが、それでもある程度はシャコウジレイ語の使い方が判っていないとダメデスゥ… ここは丁度良い景色デスゥ♪ オヤツにしながらお話ししてあげるデスゥ♪」 仔達は「「テチャァ〜♪」」と芝生に向かって元気に駆けだした。 何気ない幸せな飼い実装の光景。 リュックからシートを出して親仔で拡げ、菓子の入ったパックを拡げての頂きます…。 コロが先程の続きを話し出す。 「ご主人様が”ホシイ?”と聞いたら、そこで欲しがるのは可哀想なお仲間さんのする事デッスゥ。 ご主人様が”クレル”と言って、そこで貰うのは普通のお仲間さんなのデスゥ〜。 ご主人様がワタシ達の行いを見て、本当に物を買ってくれるまで待つのが、セレブちゃんの賢さなのデッス」 「テチャ? それでは何も買って貰えないかもテチュ?」 「カケヒキがシャコウジレイ語の大切なところなのデスゥー。 ご主人様を信じるデス。 ワタシ達は、他のお仲間さんより見栄えで大きく劣っているデスゥ? 見るデス、このお洋服は、可哀想なお仲間みたいな産まれた時からの服ではないんデス。 しっかりして、飾りも付いているデス。 ヒラヒラの模様がカワイイデスゥ〜♪ 何も言わなくても、ちゃんとセレブらしい行いをしていれば、ご主人様はちゃんと見ていて、 常に選ばれたミンナと同じ程度の待遇に、自然として貰える物なのデス」 それは、僅かな解釈の違いではあるが、勘違いを起こす前の本物のコロが… 初期教育を無意識にまもって、飼い主を信頼して待つ事が出来ていた頃のコロが居た。 「テチィ〜? それじゃ野良と比べてるテチ… やっぱり他のお仲間より目立てないからセレブちゃんじゃないテチュ」 なおも質問が続く。 「そこが、まだオマエ達が仔供な所デスゥ、その発想がダメなのデスゥ…。 他より良い物を望むのが普通どまりのカイジッソウな考え方なんデスゥ。 それではオネダリは止まらないんデス。 ご主人様はちゃんとお見通しデス。 今はワタシ達の努力が足りないから周りと一緒デス。 何も言わなくても、周りより目立つ生活が出来るのがセレブちゃんであり、 その為の努力、お片付け、一人でお風呂、シャコウマナーの1つでも絶対に欠かしてはいけないのデスゥ。 シャコウジレイ語とシャコウマナーをオマエ達もカンペキに出来るようになれば、 その時にはセレブちゃんの呼び名があとから付いてくる物なのデッスゥ〜ン♪」 「テチャァ〜 ママはセレブちゃんテチィ! コロママはワタシ達が誇れるママテチィ!」 「良く判らないケド、ママは一杯難しい言葉を知っているテチィー。 セレブなコロママテチィ!」 「サスガテチィ〜♪ コロママのソコがしびれるテチュ〜〜〜、あこがれるテチィ〜〜〜〜」 「デスゥ〜♪ 煽ててもダメデスゥ〜♪ ご主人様の言う事が聞けなければジゴクデスゥ〜 デッ…」 コロは饒舌になって、舌が滑り、何故か余り関係のない言葉が自然と滑り出る。 そして、その言葉と共に、後の言葉を詰まらせてしまった。 仔達も、自然と出た唐突な言葉に、何故かピタリと黙り込んでしまった。 「デ… デ… 食べ過ぎは良くないデス。 残すのがシャコウマナーデスゥ。 デェ… 少しおボール遊びをするデスゥ♪」 コロ達は気分を変える為に、家族でボール遊びをはじめるのだった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− それを植え込みの中に巧妙に隠された、ボロボロのゴミの集合体の中から見る目があった。 その幸せそうな家族を隙間から覗く実装石は「デェー…」とため息をつく。 「どうしてデスゥ… せっかく苦労してキレイな所に移動したのに、 ゼンゼン住み心地が良くならないデスゥ…」 その実装石… 野良に堕ちた本物のコロが呟く。 その呟きには苛立ちが込められていた。 本物のコロは、消費量が増える一方の仔達の食料確保に頭を抱え、 飼い実装の訪問が少なくなり、野良達が昼型に移りだしたのを感じ、思い切って家を棄てあの公園を離れた。 本物のコロには、あの公園に居る限り、外出して見た目でばれなくても、 あの糞山に埋もれかけた家を寝床として居る限りはクソダンゴと嘲られるのが気にくわなかった。 あそこに居るせいで、未だに並の野良としても生きられない、侘びしい食生活もその所為だと。 そう思い込んで寝床を捨て公園を離れたのだ。 そして、あの家さえ捨て、贅沢を言わなければ新天地はすぐに見つかる。 家も新しく建てればよい。 材料を集める事も、不足がちな食べ物も、きっと取るのが楽になると思っていた。 だが、現実はそんな実装石程度の夢など容易に踏みにじる。 程なく、多少の苦労はしたが、真新しい、ライバルの殆ど居ない公園に辿り着き、 ココこそ求めていた新天地だと居住に取りかかった。 しかし… 公園は飼い実装用の公園… 工事中に目立つ野良達が入り込めば排除されるのがオチだが、 半端に運がよい本物のコロは、本工事が終わった後にこの公園に辿り着いたのだ。 本物のコロは、ナカマが多くなく、人も滅多に来ない環境が気に入り、 意地でもココに住み着こうと、植え込みの林を巧みに隠れ回った。 そして、気が付けば公園は開放され、昼間は飼い実装達の天下となった。 あの公園が、そっくりそのまま移ってきたのだ。 その上、本物のコロは、ダンボールハウスの様な家を造る必要性も機会も得られず過ごしてきた。 いきなり、イザ作ろうと言っても、本物のコロにはノウハウがまったくない。 じっくりナカマの家造りを観察したりという余裕もないし、ココに居ればその機会はない。 何が家造りに最適な素材なのかという段階からして知識が存在しない。 前にいた家のイメージから、取り敢えず目に付きにくい場所の目安はあり、 それらしいゴミを集めては来たが、箱に出来ず積み上げて横風を凌げるようにする事しかできない。 しかも、野良が住みにくい環境にするようになっているココは、 そうしたゴミ類は元より、食料の確保も近隣では難しい。 野良の住環境には適さない様に作られている事が、本物のコロには理解できていない。 こんな場所に住もうとするのは、それこそ本物のコロ並に無知であるか、他に行き場のない者達…。 野良としての生存不適合者が競争を避けるか、競争にあぶれて他に行き場が思いつかないパターンだ。 そうした者達は、生半可にこの適合しない環境にも生きてはいける身体になってしまっているだけに、 素早く見切りを付けて逃げ出す事も出来ずにいる。 本物のコロも、並の野良以下の粗食になれているだけに、 公園の草花を集めて喰い凌げてしまい、この場にあって日々不満を溜め続けていた。 その本物のコロが、家とは呼称できない有様のゴミの集合体の隙間から外を窺う。 目に付いたのは、幸せそうにベビーカーを押す仔実装を引き連れた飼い実装の一家。 後ろを振り返れば腹が減ったと喚く自分の仔達。 自らを見れば、洗う事もなく着た切り雀の服は、形がかろうじて服である以外は、 汚れが黴び、生地は腐食と摩耗ですり切れて薄くなり、僅かな力でも裂けてしまう為にボロボロだ。 肌は、垢が層をなして日に焼けたように赤黒く見えている。 自分も、あんな服を身につけ、幸せそうに散歩をしていた時期があったのだと…。 昔を振り返りだした。 それが、今の状況は一体何事なのだと、我が身に降りかかった災厄を今更ながらに呪っていた。 何が違うのだ… 何が違ったのだ… そう、心の中で反芻しながら何日をココで過ごしたのだろうか。 仔の大きさは違うが向こうも3匹の仔を引き連れ、明るい往路を散策し。 自分は飼い実装だったのに、今は陽が差して尚寒い日陰に怯え暮らし…。 こちらも仔達が居る… どさくさに紛れくすね盗った保存食とはいえ蛆実装も養っている。 なのに、何故にこれだけの立場の違いが存在するのか… 何故自分は不幸しか得られないのかと臍を噛む。 そして、弁当を拡げ談笑する飼い実装一家に嫉妬する。 だが、その日はそこで留まらなかった。 本物のコロは確かに、その飼いの仔達が 「コロ」 と言う名前を呼んだのを聞いた。 何と懐かしい響きであろうか… それは確かにニンゲンに与えられたタイセツなワタシのナマエ。 そのナマエを貰う為の苦労と我慢、そして、シアワセだった日々。 それを、あんな理不尽な出来事が瞬く間に奪い去った。 「そうデス! だからこんな目に遭っているのデスゥ!! カイジッソウで居なければ、死ぬより辛いジゴクとはきっとコレなんデスゥ!」 ドンと地面を叩いたコロに、仔達がビクっと寄り添う。 ならばどうしよう… そう考えだした瞬間、コロの頭には答えは1つしかなかった。 「アイツラはシアワセそうデス… ワタシもコロデスゥ… いつもキレイな服で楽しくお散歩。 美味しいお菓子を沢山食べて、残す贅沢もしていたデスゥ。 アイツラなんかよりスゴイ、デスクーターにも乗ってたデス、貰えたんデッスゥ。 そう、何でも貰えるセレブちゃんだったデスゥ… ワタシはセレブちゃんデッス! なのに、今は何でこんな生活なんデスゥ!! ありえないデス、あってはならない事デスゥー!!」 本物のコロは… 本物のコロ”も”結局は、生きる為には野良に堕ちる事は受け入れたが、 生きる限りは上を見る欲も捨てられなかった。 それは、コロも、ホンモノの実装石に回帰したからだ。 ホンモノの唄を、毎夜毎夜、子守歌にしたのはソレが捨てられない証。 何から何まで、肝心なところでは満足しきれない実装石という生き物の本能が持つ定め。 「何がコロママデスゥ… ワタシが”コロ”なんデスゥ… コロはワタシのナマエなんデスゥ… そのシアワセはワタシのシアワセだったハズなんデス。 奪い盗ったデス… アイツラがワタシのシアワセを奪い取ったからデスゥ。 カイジッソウで居られなかったら… ジゴクなんデスゥ。 だからワタシは何が何でも取り返してみせるデス! あんなニセモノにデカイ顔はさせる物かデッス! ジゴクデス… 殺してでも奪い取ってやるデスー!!」 まさか、その対象が、本当に自分を底辺に追い落とした相手であるなどとは本物のコロは知るはずもない。 そして、知る事もない。 当のサザエは、今はすっかりコロに作り替えられて仕舞っているのだから。 そして、コロも、そんな事は行動を起こすキッカケに過ぎず、 頭の中にあるのは、いかにして自分がされたような事を、 バカ面を下げたアイツらに味合わせてやるかという事だけで一杯になっていた。 「カミサマがワタシにカイジッソウに戻れと囁いているデッスゥ〜」 仔達を振り返ったコロの目は、狂気に満たされて生き生きと輝きを見せていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 飼い主は、青年のアドバイスを受け入れたが、 果たして完全に理解していたのかどうかと聞かれれば疑問が残る。 確かに散歩に同伴をしているが、公園では自由にさせてしまっている。 何かあったときのための受信機は、常に持ってはいるが当てにはしていない証に鞄の中だ。 とても、自分のペットに何かあっても気が付ける体勢ではない。 最も、そんな事は、これから起こる悲喜劇には些細な要素でしかない。 全ては実装石が、その持ち産まれた能力以上の夢を他力によって叶えようとする生き物故の悲喜劇。 舞台の上で舞われるのは、ニセモノの紡ぐ詩とホンモノの歌う唄。 永遠に繰り返される実装石の儚い円舞曲。 ホンモノ、ニセモノ、どちらのコロが飼いと言う舞台で舞えるかすら大事ではない。 そもそも、どちらもコロという存在のニセモノの詩しか作れなかったのだから。 本物のコロが復讐の行動を起こした時点で、舞うべき舞台の幕は降りたのだ。 どちらがどのような形で生き残っても、どちらにも飼い実装という舞台は消えて無くなってしまうのだ。 それが、ホンモノの実装石。 シェイクスピア曰く 幕が降りれば、全ては朝露が如く消え往くゆめまぼろし… 実装石の世界は、その儚い、人の夢の贋作であっただけに過ぎないのだ。 ならば、せめても、拍手を持って役者達を解放しようではないか… そう、新しい公園が見渡せる病院の窓から眼鏡の青年は思いに耽るのであった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ニセモノの詩(うた)、ホンモノの唄(うた) おわり 今だ未熟な長編を長らく読んでいただいた方々には感謝に耐えません。 年内に上げられる予定が1月もはや10日… 面目次第もない事であります。

| 1 Re: Name:匿名石 2015/01/11-04:01:15 No:00001614[申告] |
| なんとなく予想はついてたがそのオチか
だが、それがいい |
| 2 Re: Name:匿名石 2015/01/12-18:28:39 No:00001615[申告] |
| 一気に読んじゃったよ |
| 3 Re: Name:匿名石 2023/08/01-18:57:31 No:00007681[申告] |
| サザエ達がコロ一家を堕とす描写が特に凄かったです。 |
| 4 Re: Name:匿名石 2023/08/05-17:18:21 No:00007703[申告] |
| 元サザエ一家のこの後の末路も見てみたかった
少なくともコロには知って知らずか復讐する権利はあるし |