タイトル:【観察】 実装石の日常 髪
ファイル:実装石の日常 31.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:8975 レス数:5
初投稿日時:2009/01/04-08:52:24修正日時:2009/01/04-08:52:24
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 実装石の日常 髪






公園の片隅で親実装が、仔実装の髪へ歯が欠けた櫛を当てようとしていた。
プラスチック製の安っぽい櫛ではあるが、洗っているのか清潔なものだ。

「さあ、今日も髪を梳(す)いてやるデス〜」

「テチテチ〜♪」

野良実装が多く住むこの公園で親仔2匹、豊かとはいえないがなんとか暮らしてきた。

不器用な手で、それでも精一杯髪を梳(と)いてやる親実装。

没頭する、という表現がぴったりの風景だ。ゆっくりと丹念に我が仔の髪を梳いてやる。

仔も座ったまま、身じろぎもしない。

「今日もきれいになったデス〜」

親実装は宝物を扱うように仔の髪を撫でてやると、仔実装も嬉しげに笑う。

実際、仔の髪は美しい。綺麗でつやがあり、美しい亜麻色であった。

「綺麗になったテチ? 綺麗になったテチ?」

「いつもどおり綺麗になったデス〜」

鏡が無いゆえに確認しずらい仔に、親実装はそうやって声をかけてやる。

自分の髪をなでている仔のかたわらで、親実装はビニール袋の中へ櫛を入れると汚さないよう丁寧に折りたたんだ。

「じゃあそろそろ出かけるデス」



*************************************




今日も愛護派がやってくる時間である、ベンチの辺りにはちらほらと野良実装が集まってくる。

実装石も人間の影響を受けておおまかな時間の感覚を覚えたのだろう。

野良同士でおしゃべりしたり、家族でふざけていると数人の愛護派の姿が見えた。

実装フードの袋へ手を突っ込むと、盛大にフードをばら撒いた。

わっ、と実装石が落ちてくるフードに群がりだす。愛護派の人数分だけ、その光景が始まった。

さいわい、まだ野良実装の生息数はそれほど多くないので、競争は厳しくは無い。

愛護派がばらまく実装フードを懸命に拾い集めるなか、髪を梳いていた親仔が静々(しずしず)と1人の愛護派の足元に近づく。

親実装は大人しくしている我が仔をそっと持ち上げて掲げて見せた。

「ああ、今日も綺麗な髪だね」

実際に仔実装の髪は光沢を保ち、飼い実装並みに美しかった。

愛護派の男は嬉しげに一掴みの実装フードを差し出す。

親実装は仔を降ろすとコンビニ袋を差し出し、フードを入れてもらう。

騒がしい他の連中をよそに、愛護派と少し遊ぶと重たくなった袋を片手に、空いた手で仔の手を引いて帰ろうとする。

「またな、実装ちゃん」

親仔は手を振って応じた。

「デスデス〜」

「テチテチ〜」




ダンボールに帰宅した親仔はコンビニ袋の中身を取り出すとぼそぼそと咀嚼する。

「今日のは甘口テチ」

とか

「この間のは少し辛口だったデス」

とつまらぬ会話をしながら食事を終える。

一休みすると、親実装はダンボールハウスのすみのビニール袋から取り出すと、仔実装の髪を梳いてやる。

やさしく、丁寧に、まどろっこしいほどの愛情を込めて梳いてやる。

仔もうつらうつらとしているほど心地よいようで静かなものだ。



こうして親仔は暮らしてきた。



この親仔にとって櫛はかけがいのない宝物だった。
一瞥すれば一般人でも気づくほど、仔実装の髪はほかの仔実装と比べても綺麗だ。
それもこの櫛がなければ、ほつれたりゴミが付いたりして台無しだったろう。

そして美しくなければ、実装フードにありつくため争奪戦に参加するはめになる。





ある暖かい日、親実装は思い切って仔を連れて噴水に向かった。
さいわいにも噴水は混雑もしておらず、安心して親実装は仔を抱えて縁に座り込んだ。
水を小さなペットボトルに入れると、仔実装の服を脱がせて上から水をかけてやる。

何度も何度も、はしゃぐ仔実装に水をかけ、指の無い手で髪を洗ってやる。

芸術品の手入れをするかのように、真剣に洗う。

持ってきた古新聞で髪と全身の水分をぬぐうと、最後に服を着せてやる。

それから自分も体と髪を洗うが、それは最低限のもので先ほどの熱心さの半分もない。

親仔で体を綺麗にし終えると、親実装はさっそく髪を櫛で梳きはじめた。

梳き終えると、笑顔で仔実装が親実装の顔を覗き込む。


「綺麗になったテチ? 綺麗になったテチ?」

「いつもどおり綺麗になったデス〜」

親仔で笑いあう。



「おやおや、今日も体を洗いにきたんだね」

いつの間にか愛護派の1人がそばにやってきていた。

「よし、清潔にしているご褒美だよ」

コンペイトウの詰った小さな包みを仔実装に手渡してくれたではないか。

礼を言う親とはしゃぐ仔に手を振って、愛護派は去っていった。

まれにこうした幸運にも恵まれるのだ。

野良実装が髪をきれいにし続けるのは並大抵の事ではない、水の運搬や古新聞の確保は重労働だし、危険も伴う。

それを親実装はやり遂げてきた。

長期間にわたる仔実装のきれいな亜麻色の髪と、親仔で洗髪する姿は愛護派の心を捉え、有名となり生活にゆとりをもたらし始めた。

公園全体では野良実装の増加で環境は悪化しつつあったのだが。




*************************************





夜。

仔が寝静まるのを待ってから、親実装もようやく眠りにつく。

我が仔の寝顔と髪を見ながら親実装は心の中で呟いた。

……これだけきれいにしているデス。きっと、この仔はニンゲンさんに飼ってもらえるデス

……こんな公園じゃない、違う世界で意義ある一生を送ってくれるはずデス

この親実装、凄惨な生存競争で家族を失いこの公園にやってきた。
だからこそ我が仔には幸せで安全な暮らしを望んでいる。

……将来に絶望したり、毎日泣いて暮らすなんて、私だけで十分デス


いつしか親実装も眠りについた。




静かな夜は去り、空気の澄んだ爽涼な朝がやってくると親仔は気持ちよく目覚めた。

朝食にわずかな実装フードを腹に納めると、さっそく親実装は仔実装の髪を梳いてやった。


「綺麗になったテチ? 綺麗になったテチ?」

「いつもどおり綺麗になったデス〜」



さて。目覚めが早かったのか、まだ愛護派がやってくるまで時間がある。

いつもなら、時間どおりに出かける親仔であるが、

……たまに早く出かけるのも良いデス

と親仔して出かけた。


楽しげに仔実装が瞳をかがやかせ、はしゃぐ。

「ママ、ママ! 追いかけっこテチ!」

ふざけて駆けていく姿を親実装は笑顔で見ていた。

こうした生活を考えると、親実装も我が仔をいつかニンゲンに託す、という考えがゆらぐ。

このまま幸せな日々が続けばいいのに、と。

だが現実はいつでも残酷だ、最善でも親は老いて死に、仔は成体になったとしても残され野良の生活を送ることになる。

……それならば自分が我慢して、良いニンゲンさんに飼ってもらうのが一番デス

親実装、自分も一緒に飼って貰おうなどとは露ほども考えていない。


そんな思索が一瞬で絶たれる。公園の道ではしゃぐ我が仔の前にニンゲンが現れたのだ。
しかも仔実装に気づかないのか、靴で仔を蹴飛ばしてしまう。


「テチャ!」

蹴飛ばされた仔は地面にぶつかり、転々とし、止まった。

「テチャーーーーーーーー!」

火がついたように泣く仔実装。服はあちこち擦り切れ、自慢の髪はほこりまみれ。

「何をするデスー!」

急なことで親実装は怒った。

「なんだこいつ! 威嚇しやがって!」

出会い頭による不可抗力だった男だが、デジャーーー!と叫ぶ親実装を見て激昂した。

「黙れよクソムシ!」

咄嗟に叫ぶ口へ蹴りを入れる。

「デジャア!」

悲鳴ひとつあげ、吹っ飛ぶ親実装。
失神してぴくりともしない。

「普通、人間様にケンカ売るかよ」

男が立ち去ろうとすると、今度は仔実装が前に立ちはだかった。

「ママに何するテチィィーーーー!」

叫ぶと、体格差も考えず突進し、テチテチと男の靴を叩く。

「ママの仇テチ!」

「やっつけてやるテチ! やっつけてやるテチィーーーーーーーー」

一心腐乱に殴り続ける姿を男は上から眺めている。

「うるせえんだよお前も」

虫の居所が悪かったのか、男は乱暴に仔実装の頭巾を破って髪を鷲づかみして持ち上げる。

気づかないのか、空中でテチテチと仔実装が暴れている。

「ふん!」

男が髪をつかんだまま、仔実装を振り下ろす。







何かが千切れるような、嫌な音を立てて仔実装は地面へ放り出され激突し、バウンドした。






痛みで仔実装が正気に戻ると、自分の体が地面に横たわっているのが分かった。

全身の節々が痛む。擦過傷と骨折であろう、服もあちこち破れている。

目の前の男は汚れた亜麻色の髪の束を空に投げて捨てると、立ち去っていった。

……あれは、私の髪テチ

空中で舞う自慢の髪が見えた。

そっと手を頭にやると、毛髪はまったくなく、慣れぬ頭皮の感触しかない。

ペンペン、と叩いてみるが、髪の感触は無い。

両手で慌てて頭部をまさぐるが、髪の感触は少しもない。

顔面の裂傷から流れる血にも気づかず、必死に頭をさわるが髪はまったくない。



「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



公園中に轟くような悲鳴。


「髪! 髪がないテチャアアア!」

この悲鳴に親実装が目を覚ます。傷ついた体を起こすと、完全な禿となった我が仔が両手で頭を撫で回している。

「髪ィィィ! 私の髪が無いテチャアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー」

「しっかり、しっかりするデスウゥウ!!!」

親実装も血相を変えて我が仔の元へ駆け寄ると、地面に散らばった髪を拾い集める。

「大丈夫デス! すぐにくっつくデス!」

「テチャアアアア! ママ! マァマ!」

「すぐにくっつくデス!」

言いながら泣き叫ぶ仔の頭に拾った髪を押し付ける。

「ほら、くっついたデス!」

だが手を離すと髪は地面へと落ちていく。

「テチャアア!!!! くっつけてぇぇぇぇぇぇぇ! ママ、髪をくっつけてぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

「大丈夫デス! すぐに元通りデスゥゥゥ!」

もう一度くっつけようとするが、手を離すと途端に髪は落ちる。

髪が砂まみれになるのも構わず、親実装は拾い集めて仔の頭部にそれをあてがうが、無情にもこぼれていく。

「おかしいテチャ!!! くっつかないテチ!!!!!!」

「もう一度やってみるデスーー!!!」

仔実装は泣き叫ぶ。

親は懸命に髪をあてがうが、すぐに落ちていった。

「髪ィィィィィィィ! 髪がないテチャアアアアア!!!!!!!!!!!!! 私の髪がぁぁあぁぁあああ!!!」

「大丈夫デス! 大丈夫デスーーーーーーーーーーー!!!!!」

もうぼろぼろになった髪をつかみ、小石や落ち葉もろとも我が仔の頭に置くが、また落ちていった。

「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「いまくっ付けてやるデス! ママがくっ付けて見せるデーーース!」

また髪をゴミもろとも我が仔に添えるが、ぼろぼろと崩れていく。

一層汚れた仔実装が悲鳴をあげて血涙を滝のように流す。

励ましながら、また親実装は無駄な努力を重ねた。

「テチャアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!! 髪が元に戻らないテチ!! おかしいテチィィーーーーー!!」

「今度はくっつくデーーース!!」

ぼろりと崩れる髪。

「テチャアアアーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! おかしいテチ、おかしいってテチィィィ!!!」

「大丈夫デーーーーース!」

「ママァァ?! なんでくっつけてくれないテチィィィィィ!!! ママァァァァァ!!!!! ママッ!!」

「大丈夫デス!」

自分と仔を励ます親実装。

「今度はうまく行くデーーース」

一つまみの髪を押し当てる。

全身から滝のような汗をながしながら、親がそっと手を離す。

髪は地面に落ちた。

「テチャアアアアアアアアアアアアアア! ママからもらった髪がないテチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「デスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」





*************************************





徒労の末に、親仔は取り返しのつかない損害を認めるしかなかった。

仔も泣きつかれたのか、今更傷が痛むのか、もう黙っていた。

ただ骨折したらしい右手で引き抜かれた髪を抱えられるだけ抱えていた。

「……もう、それは置いていくデス」

嗚咽しながら、激しく左右に頭を振る仔実装。

「……分かったデス」

それ以上、何も言わず親実装は仔の手を引く。

髪のほとんどを悲惨な現場に残し、親仔は帰っていった。

もう愛護派の餌やりの時間もすぎているし、とても行ける状態ではない。

血まみれ、ほこりまみれ、汗まみれ、あげくに仔は禿である。

もう死んだも同然である。いや、死んでない分まだ苦痛があるであろう我が仔を思うと親実装は発狂しっそうだった。



……私たちが、なにかしたかデス



暴力を振るった男というよりも、この世界そのものへの問いだった。

それでも何とか生きていかねばならない。

のそのそと歩く親仔を人影が追い抜く。

親仔が何気なく顔を上げると、追い抜いたのは愛護派の1人であった。


一瞬で親実装はひらめいた。


……もう、この仔のことを頼むしかないデス


近頃公園の環境は悪化しつつあるのだ、髪を失った仔実装は遅かれ早かれ惨い死にざまを迎えるであろう。

それならば、可愛がってくれている人に飼ってもらえれば少なくとも生きていける。

それはもう、藁をも掴む思いで、親実装は愛護派の背中に声をかけた。

愛護派は立ち止まり、親仔の姿を認めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

じっと、親仔を見つめる。 
仔実装も愛護派の人間だと気づいたのか、いつものように声をあげた。

「あのね! ニンゲンさ」

「うわ! キモッ! 」

嫌悪感あらわに叫ぶ。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

親仔が声も出さずにいると男は速さをあげて歩いて行く。



残された親仔はしばし、立ちすくんでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ニンゲンさん」

「さ、帰ったらゴハンデス。 今日は甘いあま〜いコンペイトウ食べるデス」

とっておきの食べ物の名前を出す親実装だったが、声は我が仔に届かない。

瞳から光を失わせながら、仔実装は親に手を引かれて歩き出す。

抱えていた髪が腕からこぼれ、点々と落として行く。




END

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1 Re: Name:匿名石 2017/11/16-20:30:13 No:00005091[申告]
渡りII第2話から登場の禿仔実装の可能性が高いと思われる
2 Re: Name:匿名石 2017/11/17-09:31:07 No:00005092[申告]
そうだったのか!(今更気づいたよ)
3 Re: Name:匿名石 2017/11/23-00:24:47 No:00005094[申告]
作者の都合もあるんだろうけど、個人的に渡りIIは最後まで読みたかったなぁ
4 Re: Name:匿名石 2023/08/31-01:19:09 No:00007912[申告]
超いまさらかもしれんが、60cm実装石設定なら髪で公園内にとんでもない量の髪が残って大変なことになりそう
というか普通に野良じゃ髪汚すぎてすぐあんなロール髪なくなりそう
5 Re: Name:匿名石 2023/09/18-04:44:52 No:00007984[申告]
リアルメクラきめーデス
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